総集編
「海外生活の達人 Part II」シリーズは、前号2011年6月の「アイスランド編」をもって一応のピリオドを打つこととなった。今月は、これまでの記事を振り返り「総集編」を掲載させていただく。
「海外生活の達人」は、『日経ビジネス』(日経BP社)の月1回のコラムとしてスタートしたもので、同誌に2001年2月から同年9月まで計7編掲載した後、(株)インテック・ジャパンのホームページに場所を移して連載を続けてきた。
「海外生活の達人」として34編、その後2年間の中休みを挟み「海外生活の達人 Part II」として41編、合計75編(国の数としては73ヶ国)の記事を掲載したことになる。各記事は、その国にゆかりの深い方々にお話を伺ってまとめた。毎月、毎月の出会いを大切に、限られたインタビュー時間ではあったが、その地に暮らし、その地と深く関わった方々の経験や実感に基づく視点を示せるよう心がけた。読者の皆様が、記事を通じて「この国にはこんな一面があったのか」という発見をして下さったのであれば嬉しい限りである。
●インタビューさせていただいた方たち
「インタビューする方々はどのように決めるのか?」という質問をいただくことがある。連載を開始した当初は、インテック・ジャパンの主業務の一つである「赴任前研修」の講師の方々にお話を伺った。各国に(赴任、留学、研究等の目的で)長期滞在経験があり、その国の法務・経理財務・人事労務管理・ビジネス環境・文化・生活事情等について出講いただいている方々である。北南米(カナダ、米国、ブラジル)やヨーロッパの主だった国々、オーストラリア、そして日本からの駐在員数が堅調に伸びている東南アジア諸国や中国、インドについては、こうした講師陣のネットワークに助けていただくところ大であった。二十数ヶ国の取材・執筆を了えた頃、取材対象を「赴任前研修で扱ったことのない国」(=日本とその国との間の経済的な交流がまだ活発でない国)にも広げ、 “赴任前研修の講師陣”という範疇を超えて、お話を伺える方を探すようになった。
そうした流れの中でインタビューを申し込むようになったのが、JICAやJETROなどで国際開発援助、経済交流に関わっていらっしゃる方々や、元青年海外協力隊員の方、民間機関を通じて諸外国で奉仕活動を行った経験をもつ方である。こうした方々のお話を伺ってまとめた国は、主にアフリカや中東地域に広がっている。
第3のグループは、日本在住の当該国出身の方々である。(連載順で)ロシア、ポーランド、ベトナム、ブルガリア、カンボジア、パキスタン、ウクライナ、タジキスタン、ボスニア=ヘルツェゴビナ、マカオ、スロバキア、ニカラグアがこれにあたる。母国の文化に照らして日本人の暮らしや価値観をとらえ、印象を語って下さる場面もあり、心に残っている。
弊社の赴任前研修の対象国・地域が年々拡充していく中で、新しく講師陣に加わられた方々をインタビューする機会にも恵まれた。また、2009年10月には「特別編」として「エスペラント」を取り上げることができた。
ある国についてインタビューした方が、別の国のご専門家をご紹介下さることもあった。お忙しい中、取材に応じて下さった方はもとより、ご自身のお知り合いをご紹介下さった皆様のご厚情に、この場を借りて感謝申し上げたい。
●「海外生活の達人」から「海外生活の達人 Part II」へ
本シリーズの開始当初には紙メディアへの掲載という目的があり、字数に制限があった。そのため、取り扱い国について一点か二点に絞ってコンパクトに紹介するスタイルであった。ホームページに場所を移した後も、基本的に同じ取材・執筆方針を踏襲したが、字数制限が外れたこともあり、従来より深く、広く掘り下げることが可能になった。特にPart IIシリーズとして2008年2月に再開してからは、かなり字数のボリュームが増えた。
ちなみに、2001年に「日経ビジネス」に掲載したのは、英国、ドイツ、フランス、イタリア、オランダ、スウェーデン、オーストラリアの7ヶ国だった。その後ホームページに掲載した初期の記事は、タイ、香港、インド、韓国、フィリピン、中国など、日本人に身近な国々を多く含む。
連載の基本的な方針として、その国の政治経済の現況など、常に移ろい行く点よりも、「国民性」や「人々の価値観」「暮らしの知恵」など、十年、二十年では変わりようのない、文化・社会的な側面に光を当てるようにした。従って、十年前の記事を改めて読んでも“古さ”を感じることはないが、中国やインドなど、この十年間で国際社会における立ち位置が大きく変わった国もあり、そうした社会の急激な変化が人々の心理にどのような影響を及ぼしているのか…など、気になるところである。シリーズ草創期に扱った国について、今改めて取材し直し、かつてよりも字数を尽くして書いたならば、また別の表情を浮き彫りにできるのかもしれない。
●インタビューの舞台裏
インタビューにあたっては、弊社(飯田橋)にご足労をおかけしてお話を聞かせていただいた方もあるが、先方のご勤務先やホテルのラウンジ、お住まいの近くの喫茶室等でお話を伺ったことも多く、中にはご自宅にお招き下さった方もあった。今、一つ一つの記事を読み返すと、その方と向かい合った貴重な時間が蘇ってくる。

インタビュー風景:「ウクライナ編」の嶋崎イリーナさん(右)と。(撮影:原島一男氏)
インタビュー場所はほとんどが首都圏内だったが、それ以外の県(つくば市、長野市、静岡市、沼津市、仙台市、岡山市、松本市)に出向いたこともあった。サッカーの試合ではないが、その方にとっての「ホーム」、筆者にとっては「アウェイ」でのインタビューというわけだ。「アウェイ」インタビューは、普段暮らしていらっしゃる地域・空間の中でお話を伺える分、その方の生き様がより伝わってくるような思いがした。取材のための海外出張はなかったが、筆者の休暇を利用してのタイ旅行(2003年)で、バンコクに赴任されている方のお話を伺ったことも忘れられない。尚、現在も海外に居住されている方のインタビューは、一時帰国のタイミングに東京で実施(UAE編)したり、インターネットのビデオ通話を利用して行ったりした(フィジー編、デンマーク編)。
取材にはその国の基礎情報を把握してから臨むものの、こちらが描いた青写真に沿って質問をしたり、記事の流れを決めたりということは一切しなかった。全て、その方が「現地でどういう経験をし」そこから「何を伝えたいか」ということを基点に考えるので、インタビューを行うまでは、どのような論旨の記事が生まれるのか、想像がつかない不安や楽しさがあった。
初稿が仕上がり、ご本人に修正箇所をご指摘いただいた後、修正版原稿を再度ご確認願い、ようやく最終稿となる。毎回、赤が入った原稿が戻ってくるのを待つ時間は、まさに緊張の面持ちであった。単語単位の若干の変更・修正で「可」とされることもある一方で、沢山加筆して下さる方もあり、筆者自身がインタビューで十分にその方の経験や思いを吸収しきれなかったことを反省した。
●印象に残った言葉たち
多くの皆様をインタビューさせていただく中で、印象に残る言葉の数々に出会った。記事本編の中に書き記せた言葉も、残念ながら割愛せざるを得なかったものもある。この度、改めて取材ノートに目を通し、特定の国を離れてなお“普遍性のある”言葉たちを書き出してみた。
海外生活を送るにあたっての姿勢
まず、海外駐在経験が豊富な3人の方の言葉をご紹介したい。
「駐在員は移住を前提としているわけではない。謙虚な気持ちで、数年間彼らの軒下で雨宿りさせてもらい、そこで行商をしている…そういった感覚を失わないことである。我々は決して家人にはなれない。そう認識していれば、土足で応接間に入るような奢った言動は自然と控えられるであろう。」(「米国編(2)」定森 幸生氏)
「現地生活にいかに柔軟になじんでいくかという点について付言すれば、自分が外国人であるということを、常に謙虚に言い聞かせることだ。そこで生まれ育った人たちとは、宗教観、生死の考え、経済観念、政治的信条、教育環境等が当然異なるわけで、3年、5年そこに居住したところで、所詮われわれは外国人だと思う。言葉を自在にこなしたとしても、彼らが背負っている物を完全に共有することはできない。」(「ルーマニア編」鳴尾 眞二氏)
「これまで赴任したどの国でも、“仕事をさせてもらっている”という思いを忘れないようにしてきた。また、日本では当たり前のこと、正しいことも、場所が違えば必ずしも同じとは限らないということを肝に銘じてきた。」「あらゆる国について学ぼうという意識をもった。相手とのfriction(摩擦・軋轢)が減ると、相手に迷惑をかけることも減る。異文化コミュニケーション、ビジネスコミュニケーションの要諦は、(自分がストレスを受けないようにするのと同時に)相手にもストレスを与えないことだ。」(「スペイン編」元商社 H氏)
危機意識
アルゼンチンと米国で通算16年を過ごした光藤晃彦氏は、「アルゼンチン編」の中で、日本人の危機意識が薄いことへの危惧をこのように語った。
「アルゼンチン人や米国人は、普通に暮らしていても、明日は何が起こるかわからないという予感を誰もが持っており、不測の事態の発生の可能性を“いさぎよく”意識している。しかし、われわれ日本人は安全・安定を求め、それに慣れ親しみすぎて、非日常のことが起こり得るとはあまり考えたがらない。無風・平穏に暮らし得ている分にはよいのかもしれないが、今後、そのような暮らしはだんだん難しくなっていくように思える。このままで自ら変わろうとしなければ、危急の時、咄嗟に反応ができなくなってしまうのでは?」(光藤氏の商社マンとしての人生の中では、海外生活で命を落とした知人や同僚も少なからずあった。)
アルゼンチン編が掲載されたのは2008年4月であった。光藤氏のこのメッセージは筆者の心に深く刻まれ、その後も世界各地や日本国内で自然災害や大きな事故が発生する度に思い起こされた。2011年3月11日の東北関東大震災を経た今、その言葉の重みが、さらにひしひしと感じられる。
若い世代へのエール
若い世代へのメッセージとして、印象的だった言葉を二つ紹介したい。一つ目は、元商社でイラン会社社長を務めた野田修氏の言葉(イラン編本文には未掲載)。二つ目は元ウルグアイ大使、久山慎一氏(ウルグアイ編)の言葉だ。
<海外業務に関わる若いビジネスパーソンへ>
「サラリーマンは、成功体験をどれだけ積むかで、人生の充実度が変わってくる。駐在においても、幸せなのは“そこに(やりがいを感じられる)プロジェクトがある”ことだ。国情や暮らし易さを第一に考えて、ヨーロッパの先進国に赴任することを希望する人がいる。家族帯同の場合、その心情はわからぬではないが、市場が成熟した国では、事業が思ったように拡大せず、結果として駐在員が十分に能力を発揮できないこともある。生活環境が厳しい国であっても、そこに発展的な仕事があれば、社の業績に貢献できるばかりでなく、個々にとっての充実につながる。むろん、交渉や事業運営の過程で様々な障害が生じ、苦労もするが、そうしたハードルを一つ一つ越えていくことで、若いスタッフが成長できる。事業を通じてつながっている日本国内の担当部署のスタッフも、その経験を共有することで成長できる。」
<海外を志向しなくなった若者へ>
「違う価値観の国があるということを知ってほしい。そのためには、日本でしか暮らせないという先入観を排すべきだ。外国で幾多のハードルを越える経験は、必ずや人間としての器を大きくしてくれる。だが、外国といっても、どこでもいいというわけではない。私は“あまり危険なところに率先して行くべきではない”と考える。そもそも国情が不安定で命が危険にさらされるような国では、“脱皮”どころではなく、“shrink back”してしまうからだ。ある程度の安全性が確保されているところがよい。(ウルグアイはそういう意味で条件の整った国だ。)」
いかにあるべきか
異文化環境に身を置くと、「自分はどうあるべきか」ということを、日本にいる時以上に意識する方が多いのではないだろうか。次にご紹介するお二人のメッセージは大変示唆に富む。
「日本もオーストリアも、長い歴史のある国であり、常日頃の自分の精神構造、性格、ものの考え方そのままで、品格をもって付き合えば、何ら憂えることはなく、対等な関係が築ける。敢えて言うならば、“自分を磨くこと”。表面を繕う必要はさらさらないが、自分の考えや行動の柱として誇れるような一貫した“基準”をもつことが肝要。そうすれば、相手もこちらを理解しようとし、日本人を尊重してくれる。」(「オーストリア編」吉野 鋼平氏)
「アイスランドでは風がめっぽう強い。強風の中を歩くためには、おなかに力を入れねば、ふきとばされてしまう。誰もが、“歩く”というごく日常的な動作ひとつとっても、のんべんだらりとは生きていけないのだ。私は、おなかに力をこめると同時に“目線を高く、背筋を伸ばして、堂々と”歩くよう心がけた。それは“お互い一人の人間としてここに存在する”という感覚につながり、自分は何人であるとか、日本ではどこに属していたといった意識を忘れられるようになった。ある意味、精神的に脱皮したような実感を覚えた。」(「アイスランド編」伊藤 盡氏)
●おわりに
十年余りの間に取材した国々のほとんどは筆者にとって未踏の地であり、まるで一ヶ国一ヶ国を“探訪”しているかのような新鮮な思いに包まれて過ごすことができた。それぞれの国の歴史的背景や人々が抱えている問題を初めて知り、自分の不勉強を恥ずかしく思うことも少なからずあった。お話を聞かせていただいた方が現地で積まれた経験と年月の重みを、短い記事で表現せねばならないことへの申し訳なさを感じつつも、できるだけその国の像に迫りたいと願い、連載を重ねてきた次第である。
長い“旅路”から戻った今、これまで本欄にアクセス下さってきた皆様方、様々な形でお力添えをいただいた皆様に改めて感謝申し上げたい。また、社内のことで恐縮乍、可兒鈴一郎社長からは、連載期間を通じて全面的なバックアップを受けた。可兒の直接・間接的ネットワークによってインタビューが実現した編は数知れず、また、多くの著書を世に出している可兒のプロフェッショナルな視点から毎回拙文についてアドバイスやコメントを受けられたことは大きな励みとなった。
シリーズに一区切りつけることには一抹の寂しさを覚えるが、将来また新しい連載で皆様にお目にかかれることを楽しみに、これにて一旦おいとまさせていただきたい。
(齋藤志緒理)



清水一平さん:教室で担任するクラスの生徒たちと


