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このブログは、異文化研修の教育機関(株)インテック・ジャパンの情報発信用です。(株)イー・メディアとの提携により、同社のドキュメント・レポート「Electronic Journal」をウィークデイの毎日お届けします。
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● 2006年04月 記事 ●

2006年04月17日

注目すべき2つの”メンコン”(EJ1136号)

 音楽の話題から入ります。テーマはメンコン――メンデルスゾ
ーン作曲「ヴァイオリン協奏曲ホ短調 作品64」です。
 メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲ホ短調といえば、あま
り音楽を聴かない人でも、最初の出だしの部分くらいは、知って
いるくらいポピュラーな曲のひとつです。
 しかし、この曲に関する限り、心から満足できる演奏にめぐり
合える機会は少ないのです。多くのヴァイオリニストがこの作品
に挑み、数え切れないほどのCDが制作されているのにです。そ
れでいて、決定盤といえるものが少ないのです。それは、この曲
を演奏することが非常に難しいからです。
 もちろん技術的に難しいという意味ではありません。それは、
この曲が、一度でも耳にすれば、誰もが忘れることのできない美
しいメロディを持ちながら、ちょっと演奏を誤ると、単なるセン
チメンタルな音楽になってしまうという危うさがあるからです。
 演奏者はそういう音楽にならないようにしながら、この曲に本
来備わっている気品の高さや古典的な造形の美しさも表現しなけ
ればならない――これは至難のわざなのです。
 ごく最近のことですが、注目すべき2つのメンコンが相次いで
発売されています。
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 メンデルスゾーン作曲「ヴァイオリン協奏曲」ホ短調作品64
  1.ヴァイオリン/ヴィクトリア・ムローヴァ
    ガーディナー指揮
    レヴォリュショネール・エ・ロマンティックO
    (フィリップス/UCCP1075)
  2.ヴァイオリン/五嶋みどり
    マリス・ヤンソンス指揮
    ベルリン・フィルハーモニーO
    (ソニークラシカル/SICC123)
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 この2つは対照的なメンコンといえます。両方を購入してもソ
ンはないということです。カップリングもお教えしましょう。
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 ムローヴァ ・・・ ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲
 五嶋みどり ・・・ ブルッフ   のヴァイオリン協奏曲
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 もともとムローヴァのメンコンは定評があり、私は高く評価し
ているのですが、今回の新盤は今までにない大きな特色があるの
です。というのは、この盤は古楽器を使って、新しい感覚の音色
でメンコンに挑戦しているからです。
 現在のヴァイオリンは、ナイロン弦やスティール弦を使ってい
ますが、昔のヴァイオリンの弦はガット(羊腸線/ガット弦)を
使っていたのです。羊の小腸の一部分の繊維だけを取り出して、
これを太さに応じて何本も作り、E線からG線まですべてガット
で弦を張ったのです。
 このCDでムローヴァは、メンデルスゾーンもベートーヴェン
もガット弦を張ったヴァイオリンで演奏しています。ですから、
聞き慣れない音がときどき出てくるので、かえって新鮮な感じが
するのです。しかし、2002年6月の録音であり、「レコード
芸術」の録音点数は93と、音は申し分ないのです。
 もう一枚の五嶋みどりのCDは、マリス・ヤンソンス指揮のベ
ルリン・フィルとの共演です。このヤンソンスという指揮者は、
現在ヨーロッパの音楽界でサイモン・ラトルと人気を二分するほ
どの指揮者であり、五嶋にとって、現在望みうる最高の共演者と
いっても過言ではないでしょう。
 ところで、この五嶋みどり――メンデルスゾーンもブルッフも
初録音であり、とくにメンコンに関しては実演でもここ10年以
上弾いたことがなく、本人にいわせると録音はあきらめていたと
いうのです。五嶋みどりといえば、既に20年以上のキャリアが
あり、実力派です。それでいて、このポピュラーな曲を録音する
のに逡巡する――それほど、この曲は難しいといえます。
 録音は、ムローヴァと同じ2002年6月であり、非常に新し
い録音です。「レコード芸術」の月評にはまだ登場していません
が、音楽評論家の中村孝義氏は次のように絶賛しており、特選盤
か推薦盤は間違いないと思われます。
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 今さら五嶋みどりに対して失礼かもしれないが、この演奏は、
 いよいよ彼女が、後世に名を残す本物の芸術家への第一歩を踏
 み出した演奏のように思えてならない    ――中村孝義氏
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 それに五嶋みどりの演奏は、メンデルスゾーンとブルッフとも
に、ライブ録音であるということです。それでありながら、両方
とも、きわめて完成度の高い演奏であるといえます。もし、質の
高いメンコンを1枚欲しいと望まれるのであれば、五嶋みどりの
方をお勧めしたいと思います。
 このようにいうと、五嶋みどりの盤がムローヴァ盤を上回って
いるようにとる人がいるかも知れませんが、どちらも価値の高い
演奏であることには変わりはないのです。ただ、ムローヴァの場
合は、古楽器を使っている点が特殊であって、その点五嶋みどり
の方が一般的であるということだけです。
 ムローヴァ盤について興味が尽きない点は、やはりガット弦を
中心とする古楽器の音です。ムローヴァは、ベートーヴェンでも
メンデルスゾーンでもガット弦を見事に鳴らしており、自然な音
作りに成功しているといえます。もともとムローヴァは、実演で
聴くと線の細い演奏になるのですが、このCDではそれが繊細さ
となって響いています。そういう意味で貴重な一枚といえると思
います。             ・・・・・[メンコン01]

ムローヴァ/五嶋みどり.jpg

2006年04月18日

メンコンには第三者の手が入っている(EJ第1137号)

 メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲の続きです。
 ヘルベルト・フォン・カラヤンという高名な指揮者がいます。
カラヤンは大指揮者であるにもかかわらず、ポピュラーな曲を積
極的に取り上げ、それを素晴らしい演奏で聴かせる――そういう
ところに人気の源泉があったといえます。
 音楽にうるさい人にお聞きしますが、カラヤンの指揮するオー
ケストラで、メンコンを聴いたことがあるでしょうか。
 相当音楽に詳しい人でもあまりないと思います。カラヤンは、
なぜか、この曲をあまり取り上げていないのです。嫌いだったの
でしょうか。一説にはカラヤンはユダヤ人作曲家のヴァイオリン
協奏曲を意識して取り上げなかったという説もありますが、それ
は違うと思います。
 ところで、「あまり・・ない」と書きましたが、それは、カラ
ヤンがメンコンを演奏し、録音したことは少ないけれどある――
そういうことを意味します。
 カラヤンは、アンネ・ゾフィー・ムターというヴァイオリニス
トと組んで、次のCD(輸入盤)を出しています。これが初録音
であり、そのあとはないのです。もし、あったら、ご教示いただ
きたいと思います。
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   ●メンデルスゾーン作曲 ヴァイオリン協奏曲
    ヴァイオリン/アンネ=ゾフィー・ムター
    カラヤン指揮/ベルリン・フィル/1980年録音
    /ポリドール 445 515-2(輸入盤)
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 この盤で同時に入っているのは、ブルッフの協奏曲であり、昨
日お話しした五嶋みどりの盤と同じです。おそらくカラヤンは、
メンコンを演奏したかったのですが、良いヴァイオリニストがい
なかったのでしょう。ムターと出会えてはじめて録音する気にな
り、CD化したものと思われます。
 さて、メンコンは、メンデルスゾーンの代表作であるとともに
ヴァイオリン協奏曲の最高傑作の1つなのです。とかくメンデル
スゾーンの曲は、底抜けに明るく、伸びやかで、とくに交響曲な
どを聴くと、何か苦労しないで才能のおもむくままに作曲されて
いるなどとよくいわれます。
 しかし、メンコンに関しては、メンデルスゾーンは着想から完
成まで6年も費やしており、カデンツァを作曲者自身で書いたり
楽章間をつないだりと、当時としてはかなり革新的な作品だった
のです。
 ところが、いまわれわれが聴いているメンコンは、メンデルス
ゾーンの原典とは異なり、第三者の手が入っているということを
いうヴァイオリニストがいます。
 そのヴァイオリニストの名前は、ルイジ・アルベルト・ビアン
キというイタリア人です。彼は、メンコンを演奏するたびにどう
もこの曲には作曲家以外の手が入っていると感じ、調査を開始し
たのです。とにかく楽譜の原典版――メンデルスゾーンの自筆の
楽譜を探すことが先決であるとして楽譜の行方を追ったのです。
 調査の結果、その楽譜は第2次世界大戦中に他の膨大な楽譜と
一緒にベルリンからソ連、ポーランドに持ち出されていることが
わかったのです。そして、その足取りを追っていくと、ポーラン
ド南部にあるヤギヴォ大学にそれがあることがわかります。
 ビアンキは、その原典版の楽譜を手に入れ、演奏してみたとこ
ろ、現在われわれが聴いているメンコンとはかなりの違いが発見
されたというのです。その自筆楽譜には「1845年3月13日
初演」と書かれており、初演者ダヴィットの署名があるので、少
なくとも初演の楽譜には違いないのです。
 ビアンキは、この原典版の楽譜に基づき、1989年5月5日
に、テミルカーノフ指揮/ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
の演奏でこれを演奏しています。
 実は、メンデルスゾーンの原典版は、1998年に正式に録音
され、現在入手可能です。しかし、それを発見したビアンキの演
奏によるものではなく、イザベル・ファン・クーレンがヴァイオ
リンを弾いています。
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 イザベル・ファン・クーレン(ヴァイオリン)
 レフ・マルキス指揮/新アムステルダム・シンフォニエッタ
 BIS/1998年録音
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 このように、メンコンひとつとってもさまざまなドラマがある
のです。私自身はこの盤をまだ入手していませんが、時間ができ
たら聴いてみたいと思っています。
 メンコンについていろいろ述べてきましたが、最後に今までに
CD化された不朽の名盤といわれているものについて、情報を提
供しておきたいと思います。
 最近は、録音技術が進んでおり、かなり古い録音でも信じられ
ないほど、リアルに復刻できるようになっています。
 メンコンの名盤で、現在入手可能なものは、次の2つの盤があ
ります。いずれも1950年代の録音です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ●ヴォルフガング・シュナイダーハン(ヴァイオリン)
  フリッチャイ指揮/ベルリン放送交響楽団/擬似ステレオ
 ●ヤッシャ・ハイフェッツ(ヴァイオリン)
  シャルル・ミンシュ指揮/ボストン交響楽団
  RCA/LIVING STEREO
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 シュナイダーハンの盤は大変な名演です。1956年の録音で
すが、1998年末に日本で世界初CD化されています。もう1
つのハイフェッツの盤は、1959年の録音ですが、現在の録音
かと間違えてしまうほど凄い音でよみがえっています。
                ・・・・・[メンコン02]

五嶋みどり/シュナイダーハン.JPG

2006年04月19日

大韓航空007便墜落事件の謎を追う(EJ第1103号)

 本日からEJでは、航空機事故のテーマを取り上げることにし
ます。1983年9月1日未明にサハリン沖のモネロン島上空で
起こった大韓航空007便のソ連軍戦闘機による撃墜事件です。
数ある航空機事故の中でもっとも謎の多い事件とされています。
 どうして大韓航空機撃墜事件なのかというと、EJに関連して
御巣鷹山事故ともく星号遭難事故のことを調べたさい、この事件
に関するかなり多くの貴重な資料を入手したからです。中には、
あっと驚くような情報もあります。
 ところで、大韓航空機撃墜事件は、どのような事件だったので
しょうか。簡単に振り返ってみることにします。
 1983年9月1日(欧米時間では8月31日)のことです。
アラスカのアンカレッジからソウルに向っていた大韓航空007
便(ボーイング747型機)が正規ルートを北に500キロも逸
脱し、サハリン上空でソ連軍(以下、ソ連と表記)戦闘機によっ
てミサイルを撃ち込まれ、撃墜されてしまったのです。乗客・乗
員269人全員が死亡するという痛ましい事件でした。
 当時ソ連は、アフガニスタン戦争の泥沼から脱け出せないまま
西側との冷戦状態を崩しておらず、米ソは依然として敵対関係に
あったのです。ソ連の権力の座にあったのは、ブレジネフ書記長
のあとを継いだアンドロポフ書記長――元KGB長官でした。
 これに対してときの米国大統領は、対ソ政策強硬派のタカ派と
して知られたレーガン大統領――東西両陣営が厳しく対峙し、8
年後の1991年に起きるソ連崩壊など、誰もが、予想だにして
いなかったのです。
 この事件の謎は、大きく分けると次の3つがあります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 1.北太平洋上の定期航路をソウルに向けて飛行していたはず
   の大韓航空007便がなぜ大幅にコースを逸脱し、ソ連領
   サハリン上空にいたったかという謎です。
 2.領空を侵犯されたソ連側がスクランブルをかけて大韓航空
   007便に警告を促したにもかかわらず同機は何の応答も
   せず、そのまま飛び続けたという謎です。
 3.最終的にソ連側によって007便の残骸は発見され、ロシ
   ア時代になってからボイスレコーダも返還されたものの、
   未だに遺体は戻っていないという謎です。
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 1と2については、柳田邦男氏をはじめ、多くの学者や研究者
によるレポートがありますが、なぜか3については、それを謎と
いう人はいないのです。
 007便の残骸が沈んでいた海域は、モネロン島北の海域とさ
れています。米ソが激しい深海戦争をやった結果、ソ連側が19
83年の10月20日にブラック・ボックスを入手していたので
す。意外なのは、かなり早い時期に見つけているのです。
 1993年2月に、ICAOの調査団がロシアに赴き、当時、
海底で捜索とブラック・ボックスの回収に従事した民間の潜水員
監督官と2人のダイバーに会って、聞き取り調査をしています。
ICAO(イカオ)というのは、次のことを意味しています。
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 国際民間航空機関
 International Civil Aviation Organization ・・ICAO
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 国際民間航空機関(ICAO)は、1947年4月4日、国際
民間航空条約に基づき、本部をカナダのモントリオールに置き、
国際連合の一部として、正式に発足しています。日本は、195
3年シカゴ条約の批准とともに、ICAOに加盟しています。
 機体の沈んだ海底は砂地で、水深は174メートル、視界は約
8〜10メートルほどしかなく、そういうごく限られた視界のた
めに潜水員たちは、機体の残骸の全容を見ることはできなかった
といいます。
 残骸は横に60メートル、幅160メートルの範囲に散乱し、
航空機はまさにバラバラになっていたのです。そこにあったのは
機体の金属片、衣服、文書、財布などの乗客の持ち物などです。
しかし、不思議なことに遺体は1体も発見されていないのです。
 ダイバーは、潜水作業をはじめて約1週間でフライトレコーダ
を収めたコンテナ容器を発見――それから3日後にボイスレコー
ダのコンテナ容器も見つかっています。これらの目的の容器の発
見にともない、潜水作業は縮小され、11月の初めには捜索は終
了しているのです。
 ロシア政府は、1993年3月11日、韓国、米国、日本の3
国からの遺族の代表に対して、モスクワのロシア外務省別館で、
ロシア側の再調査結果の説明会を開いています。
 そのとき捜索活動の総指揮官であったシードロフ元海軍大将は
遺体は、手のひらの一部以外、発見されていないといっているの
です。そして、もともと捜索活動の主眼はフライトレコーダとボ
イスレコーダの発見にあり、遺体は最初から引き上げるつもりは
なかったというのです。おかしな話と思いませんか。
                   ・・・[大韓航空01]

大韓航空/ボーイング747.JPG

2006年04月20日

深海戦争の本当の勝者は・・・?(EJ第1104号)

 最初に、次のことばの定義を明らかにすることから、はじめた
いと思います。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  フライト・レコーダ(DFDR)
                 → ブラック・ボックス
  ボイス ・レコーダ (CVR)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 フライト・レコーダとは、航空機の飛行状況を自動的に記録す
る装置であり、高度、速度、方位、無線通信の発信状況といった
飛行データを磁気テープに記録します。
 ボイス・レコーダとは、パイロットや航空機関士が操縦室内で
交わした会話のほかに、地上管制官との無線交信を30分ごとの
エンドレステープに絶えず古い内容を消しながら新しい内容を録
音する装置です。
 そして、ブラック・ボックスとは、これら2つのレコーダが納
められている箱のことをいうのです。これは、ジャンボ・ジェッ
ト機の、構造上もっとも丈夫な機体後部、垂直尾翼の真下に格納
されています。
 ブラック・ボックスは、発見しやすくするために、水に浸かる
と独特の音響を約1ヶ月間、自動的に発信するようになっている
のです。したがって、航空機が遭難した場合、機体後部の残骸を
いかに早く見つけるかが事件解明の鍵となるのです。
 大韓航空007便撃墜事件の場合も、当然すべての秘密は、ブ
ラック・ボックスが握っており、日米両国は何はともあれ、その
発見に全力を傾けたのです。そして、後にこれは、「深海戦争」
と呼ばれたのです。
 撃墜事件が起きたのは、1983年9月1日のことですが、ソ
連は9月10日から、米国は9月15日から、ともに本格的に海
難捜索用の救難艦を投入して海底捜索をはじめています。もとよ
り、必死だったのはソ連の方であり、50隻以上の艦艇を投入し
て捜索に当っています。これに関して米国も11隻の艦艇を現場
に派遣してブラック・ボックスの発見に努めたのです。
 捜索場所は、ソ連側はモネロン島北の海域、米国はモネロン島
北西の海域だったのです。これは、どう見てもソ連側の方が有利
であり、結果としてソ連側が最初に発見しています。もちろん、
ブラック・ボックスを発見したことについてソ連側はおくびにも
出さず、秘密を保ったことは当然のことです。
 これが明らかにされたのは、事件から9年目の1992年のこ
とです。1991年の12月、ゴルバチョフ大統領の辞任とソ連
邦の崩壊という歴史的大変動を経て新体制となったロシア政府が
大韓航空撃墜事件にかかわる10通の文書をICAOに提出して
きたからです。これによって、次の2つのことが明らかになって
います。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 1.ソ連がブラック・ボックスの回収に成功していたこと
 2.米国海軍を混乱させるため偽の情報を流していたこと
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 これによると、ブラック・ボックスを発見したのは捜索をはじ
めて1週間後にフライト・レコーダ、さらに3日後にはボイス・
レコーダになっています。ということは、ソ連側は9月10日か
ら海底捜索をやっているので、9月20日にはブラック・ボック
スを発見していたことになります。
 しかし、ソ連側はブラック・ボックスを発見しているのに捜索
を続けるフリをし、それどころか、米国海軍を混乱させるため、
ブラック・ボックスの偽発信音を継続して流し続けていたという
ことを告白しています。
 これが効を奏したのか、米海軍はブラック・ボックスがあるは
ずのないモネロン島北西の海域に長く留まり続けています。実は
米海軍は日本から2隻のサルベージ船をチャーターしており、こ
の2隻のサルベージ船は、10月4日にサハリン沖の現場に入っ
ています。
 その船長の話によると、米海軍からは大韓航空機の残骸の引き
上げをするということで依頼を受けたのに、現場に着いてからは
海底捜索や海底からの引き上げの指示は一切なく、測量用のビー
コン電波の発信装置を渡され、モネロン島のソ連の領海から5キ
ロ離れた水深150メートルの海域で、もう1台のサルベージ船
と約10キロの間隔をとって、米海軍の指示にしたがい、ビーコ
ン電波を発射しながら、錨泊と漂泊を繰り返していただけだとい
うのです。
 これは、明らかに海底測量をやっているのであって、ブラック
・ボックスを探しているのではないと考えられます。要するに米
海軍は、海底の地形図を作っていたのです。軍事アナリストの小
川和久氏は、「原潜回廊を調査している」といっています。
 サハリン沖、モネロン島の北西の海域といえば、ソ連側の前庭
というべき場所であって、米海軍は普段は立ち入ることが困難な
場所になります。そこに大韓航空機撃墜事件が起こったので、そ
れを利用して、ブラック・ボックスの探索を行うかたわら、米海
軍は別のことをやったのです。
 その別のこととは、原潜の通り道をこのさい、調査しておくと
いうものです。ソ連がいち早くモネロン島の北の海域に50隻以
上の艦艇を入れた時点で米海軍は墜落場所がそこだということが
わかったはずです。さらに米海軍の居座るモネロン島の北西の海
域にソ連側が偽発信音を流してくるのを逆手にとって、米軍は、
同海域に居座る口実として利用し、ブラック・ボックスを探して
いるフリをして、原潜回廊のための海底測量をやったのです。
 こうなると、まさに狐と狸のだまし合いといえます。しかし、
戦争とはそういうものであり、ソ連は米海軍をだますつもりが逆
にだまされてしまったということになります。考えてみれば、こ
のときから、ソ連は軍事力において米国に完全に押さえ込まれ、
まっしぐらに崩壊の道を辿ることになるです。コト戦争にかけて
米国は抜かりのない国であるといえます。
                  ・・・[大韓航空002]

2006年04月21日

コース逸脱には3つの仮説がある(EJ第1105号)

 EJ1103号において、大韓航空機撃墜事件には3つの謎が
あることを指摘しました。今朝から、その第1の謎について考え
ることにします。第1謎を再現しておきます。
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 ≪第1の謎≫
  北太平洋上の定期航路をソウルに向けて飛行していたはずの
  大韓航空007便がなぜ大幅にコースを逸脱し、ソ連領サハ
  リン上空にいたったかという謎
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 なぜ、大韓航空007便がコースを大きく逸脱したかについて
は、次の3つの仮説があるのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
    1.INSの操作手順に関わる入力ミス説
    2.米国のスパイ/おとりとしての飛行説
    3.米ソ戦闘機の交戦に巻き込まれて撃墜
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 第1の仮説は「INSの操作手順に関わる入力ミス説」です。
 INSというのは、ジャンボ・ジェット旅客機に装備されてい
る慣性航法装置のことです。離陸前に、パイロットが目的地まで
の飛行経路のデータをフライトプランにしたがって、あらかじめ
コンピュータに入力すれば、旅客機は自動的に所定の飛行コース
に乗って、目的地まで飛行するという装置です。
 007便がコースを逸脱したのは、このINSに間違ったデー
タを入力し、そのまま気がつかずに飛行して航路を大きく逸脱し
たというものです。これが第1の仮説です。
 第2の仮説は「米国のスパイ/おとりとしての飛行説」です。
 これは、米ソ冷戦を背景として、米国が仕組んだとする謀略説
です。米国の狙いは、対立しているソ連の防空能力をテストし、
軍事情報を得るために民間航空機を「おとり」として使って、ソ
連に進入させることにあるとするものです。
 その根拠として、INSのミス・インプットといってもINS
は3台あり、たとえひとつのINSにミスがあっても他のINS
が正しければ、相互に検証し合って警告を発する仕組みがあるこ
とや、そうでなくても長い飛行時間の間に操縦クルーのだれもコ
ースの逸脱に気がつかないことはあり得ない――したがって、パ
イロットが意図的にサハリンに向けて飛んだとしか思えないとい
う仮説です。
 第3の仮説は「米ソ戦闘機の交戦に巻き込まれて撃墜」です。
 007便は米空軍機の支援を受けてソ連へのスパイ・おとり飛
行作戦に加わり、カムチャッカの領空侵犯に成功します。その後
サハリン上空を横断中に、ソ連戦闘機の迎撃に遇って、米ソ戦闘
機の交戦に巻き込まれます。007便は北海道奥尻島沖の上空に
逃れたものの、証拠隠滅のため、米軍戦闘機によって撃墜されて
しまうというものです。
 これら、3つの仮説のうち一番荒唐無稽なのは、第3の仮説で
す。これは、仮説というよりも空想小説のたぐいとでもいうべき
ものですが、米国国内では活字になっているのです。しかし、実
際問題として、このようなことはあり得ないことです。
 第2の仮説は、INSに間違ってインプットしても途中で操縦
クルーの誰もが気がつかないことはあり得ないということから、
パイロットが意図的にサハリンに行ったのではないかということ
から、盛んに唱えられたものです。レーガン大統領が仕組んだ米
国の犯罪であると信じている人もかなりいたのです。
 しかし、ブラック・ボックスが発見され、その内容が検証され
た現在となっては、コックピットで交わされた操縦クルーの会話
からは、それを窺わせるものは何もないことがわかっています。
 そうすると、残る仮説は、第1の仮説――INSへのインプッ
ト・ミス説ということになります。実際にどのようにして、ミス
・インプットが行われたのか――少していねいに見ていきます。
 大韓航空007便は、日本時間で1983年8月31日、午後
1時5分、米国のジョン・F・ケネディ国際空港を出発し、午後
8時30分、寄港地アラスカのアンカレッジに到着しています。
 大韓航空の時間表では、007便は、アンカレッジを午後9時
20分に出発し、韓国のソウル金浦空港に9月1日の午前6時に
到着する予定となっていたのです。予定されている全飛行時間は
8時間40分です。
 ここにひとつの誤算が生じたのです。飛行前の気象条件を観測
した結果、航空路上に通常よりも弱い向かい風が吹いていたので
す。風は飛行時間に大きな影響を与えるのです。
 そこで、この風を考慮してコンピュータで計算し直すと、飛行
時間は7時間53分と、予定よりも47分も早く、午前6時前に
ソウルに到着してしまうことがわかつたのです。ところが、金浦
国際空港の乗客取り扱いのサービス業務や税関業務の開始時間は
午前6時からであったので、午前6時前の到着は、できれば避け
る必要が生じたのです。
 そこで、機長は定刻の午前6時に金浦空港に到着するように調
整を行い、アンカレッジ出発を予定よりも30分遅い、午後9時
50分に変更したのです。こういう時刻の調整は、大韓航空では
別に珍しいことではないのです。
 実は、この時刻変更をソ連側は、カムチャッカ上空に達する米
国の軍事偵察衛星フェレットDに合わせるための調整とし、スパ
イ飛行説の根拠としているのですが、これは明らかにソ連側の考
え過ぎであるといえます。
 このように、大韓航空007便は午後9時50分にアンカレッ
ジ空港の管制塔を呼び出し、ソウルへの飛行承認を求めます。そ
して、午後9時55分――地上走行の許可を受け、午後9時58
分、滑走路32から離陸承認を受けて、ソウル金浦空港に向けて
離陸します。時刻はちょうど午後10時の出発です。乗客240
人、乗員29人――あわせて269人は、このように、二度と戻
れない旅にスタートすることになったのです。
                  ・・・[大韓航空003]

大韓航空/ボーイング747−2.JPG

2006年04月24日

最初からコース逸脱の007便(EJ第1106号)

 大韓航空007便は、通常の航空路を北に500キロも逸脱し
ているのですが、これは極めて異常なことです。一番不思議なの
は、この飛んでもないコース逸脱を007便の機長をはじめとす
る操縦クルーが長時間にわたって気がついていないことです。
 それに旅客機の航行には出発地の管制はもとより、到着地の空
港管制も監視体制をとっており、これほどのコース逸脱があれば
いつでも警告を出せる体制にあったのに、結果として何もやって
いないことです。ソ連が西側の陰謀と疑うのも当然といえます。
 そのあたりを少し詳しく見ていきましょう。
 007便は、アンカレッジを離陸したあと、いったん「J50
1ルート」という航路に乗ります。この航路から、ソ連領空ギリ
ギリに設けられている「R20」に入って飛行します。そして、
深夜の長い洋上飛行のあと、日本の東北地方の上空を横切って韓
国に向かい、ソウル金浦国際空港に到着する予定だったのです。
 アラスカのアンカレッジ空港と日本を結ぶ航路は、当時5本用
意されていたのです。北から順に書くと次のようになります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       R20      A90
       R80      R91
                G44
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これら5本の航路のうち、R20とR80は、アンカレッジか
ら東京やソウルなどに向かう西行きの便に、他の3本は逆方向に
飛行する東行きの便に割り当てられていたのです。
 007便の機長は、千炳黄氏――元軍人のベテランパイロット
で、航空機関士としての総飛行時間は4013時間、アンカレッ
ジ−ソウル間は44回も飛んでいるのですが、R20ルートでの
飛行は、はじめてだったそうです。
 千機長は当然R20がソ連領空ギリギリであることは熟知して
います。R20がはじめての経験とはいえ、相手が冷戦中のソ連
ですから、必要以上に慎重になってもおかしくはないのです。そ
れでいて、なぜ、コース逸脱に気がつかなかったのでしょうか。
 飛行機のコース逸脱を防ぐため、航路上には、7ヶ所の義務的
位置通報点(ウエイ・ポイント)があります。アンカレッジを出
発したあとは、次のウエイ・ポイントをひとつずつ確認して飛行
を続けることになります。これら7つのウエイ・ポイントのうち
ベセルを除くと、すべて洋上に位置することになります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      1.ベセル     5.ノッカ
      2.ナビー     6.ノホ
      3.ニーバ     7.ナナク
      4.ニッピ
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 以上のウエイ・ポイントは、出発前に操縦クルーがINSに入
力するのです。そして、飛行してからは、ウエイ・ポイントを通
過するたびに、次の10項目を出発地のアンカレッジか、東京の
地上管制に対して報告することが義務づけられているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  1.自機のコールサイン 6.次の通過点までの所要時間
  2.現在の地点     7.残りの燃料
  3.現在地の時間    8.外気温度
  4.現在の飛行高度   9.風向きおよび風速
  5.次の通過点    10.気象状況
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これらの報告にさいしては、乗員がINSの表示を読み取って
確認し、報告するようになっています。この役割は、副操縦士が
務めるのが一般的です。テレビドラマのキムタクの役割といえば
わかりやすいでしょう。
 アンカレッジ空港を飛び立つと、パイロットにとってひとつの
目印になるのがカイルン山です。ここには無線標識(NDB)が
置いてあり、空港の航空路監視レーダーが出発機の航路をチェッ
クしているのです。アンカレッジ空港の管制官は、007便に対
し、次のように指示しています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  ウエイ・ポイントの「ベセル」に直行できるようになるまで
  機首方位を220度に維持すること、 高度は3万1000
  フィート(約9500メートル)へ上昇せよ
                  ――アンカレッジ管制官
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 航空路レーダーによる監視サービスは、このカイルン山NDB
までで終了し、あとは007便からのウエイ・ポイント通過の報
告を待つことになります。007便は、最初に次の報告を地上管
制官に送ってきています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ベセルを午後10時49分に通過し、次のウエイ・ポイント、
 ナビーの予定通過時刻は、午後11時30分である
                  ――007便パイロット
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 実は、このとき007便は、コースを外れていたのです。あと
になってICAOがレーダー記録を確認したところ、アンカレッ
ジ近くにあるケナイの航空路監視レーダーは、007便のが離陸
した約10分後に、ベセルへ直行する航路から逸脱していること
がわかったのです。
 正確にいうと、レーダーによるサービスが終了したときには、
J501ルートから北へ約6マイル(約11キロ)外れていたの
です。さらにアンカレッジ南西約450キロにある米空軍のキン
グ・サーモンのレーダー記録によると、007便がベセルの報告
をした時点で007便は、航路からおよそ12マイル(約22キ
ロ)北側に逸れていることが判明しています。
 何のことはない――最初からコースを逸脱しているのです。
                   ・・[大韓航空004]

007便離陸直後の航空ルート.JPG

2006年04月25日

位置通報とコース逸脱の謎を探る(EJ第1107号)

 大韓航空007便は、航空監視レーダーとアンカレッジ空港の
航空管制官に見守られて空港を飛び立って行ったはずです。その
航空監視レーダーは、離陸後約10分の時点で、早くも北に11
キロも航路を外れていることを示していたのです。しかし、それ
を管制官は、007便に警告していないのです。
 実は、あとでこれが問題になります。「なぜ、コース逸脱を0
07便に警告しなかったのか」というICAOの調査に対して、
アンカレッジ管制官は、「007便にはベセルに直行するよう指
示を出しており、問題はない。午後10時27分に、航空路レー
ダーの監視サービスは終了しており、それ以後のレーダー上の飛
行位置を007便に警告する義務は負わされていない」と、まる
で無責任な回答をしているのです。
 管制官のこの答え方から見て、管制官はおそらく007便の航
路を追跡していなかったのだと思います。一種のサボタージュで
はないでしょうか。
どうしてかというと、いかに航空路レーダー監視サービスの終
了後とはいえ、007便が午後10時49分に「ベセル通過」を
アンカレッジ航空管制センターに報告してきたときに、管制官は
コース逸脱のことを教えていないからです。
 知っていたのにサービス終了後だからいわなかったのでしょう
か。そんなことはないはずです。その時点で管制官が007便の
コース逸脱を掴んでいたら必ず警告していると思います。
 まして、R20は、ソ連の領空ギリギリのところに設けられて
いるキケンな航空路なのです。ひとつ間違うと大変なことになる
――その程度のことは常識として心得ていたと思うのです。
 さて、午後11時32分になって、007便は「ナビー」を通
過したこと、次のウエイ・ポイントの「ニーバ」は9月1日、午
前0時49分になることをアンカレッジ航空管制センターに報告
してきています。
 しかし、この報告は007便から直接ではなく、007便が離
陸してから14分後にアンカレッジ空港を出発して、やはりソウ
ルに向っていたもう1機の定期便、大韓航空015便の代理の報
告だったのです。
 「代理の報告」というと、何か悪いことをしているように感じ
られるかも知れませんが、そうではないのです。こういうことは
「空の慣行」としてよくあることなのです。015便の実際の報
告をご紹介しておきます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 大韓航空015便、位置通報を送信する。大韓航空007便の
 位置通報です。ナビー1432(午後11時32分)、フライ
 トレベル310(飛行高度3万1000フィート)、次の予定
 地点、ニーバ1549(午前0時49分)、残燃料200.0
 (20万ポンド)、外気圧マイナス49度、風向き250度、
 風速60ノット、どうぞ
              ――大韓航空015便の代理報告
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 航空機が地上の管制センターと連絡をとる場合、飛んでいる場
所によって、無線の感度が弱くなるなどして、センターと交信で
きないことがしばしば起こります。
 こういう場合、近くを飛行している航空機と連絡をとり、管制
センターへの報告の中継を頼むことはよくあることなのです。こ
のケースでは同じ大韓航空でしたが、大韓航空以外の航空機にも
中継を依頼することはよくあります。そういう中継を依頼された
場合、快く引き受けるのが「空の慣行」なのです。
 ついでに覚えておいて損のない知識として、航空機が使う連絡
用の無線には次の2つがあります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
    1.VHF ・・・ 比較的短距離で使用
    2.HF ・・・・ 到達距離が長い無線
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 015便が007便の位置通報を中継したことをもって、大韓
航空の両便はあらかじめ示し合わせて、015便が007便のコ
ース逸脱を隠蔽したということをいっている人がいますが、これ
は明らかに誤りです。
 007便は、午後11時44分、VHF無線を使って、アンカ
レッジ航空管制センターを呼び出しています。しかし、このとき
も交信状態は悪く、通じなかったので、今度はHF無線を使い、
アンカレッジを呼び出すことに成功し、直接ナビーに到達したこ
と、次のニーバの予定通過時刻は、015便の報告よりも4分遅
れて、午前0時53分になると報告しているのです。
 ここまでのところでいくつかの疑問が生じていると思います。
 そのひとつは、007便はきちんと位置通報をしているのに、
なぜ、航路がそれてしまっているのかということです。この謎を
説く鍵は、INS(慣性航法装置)にあります。
 INSはジャンボジェット旅客機には3軸用意されています。
これら3軸のジャイロを回転させることによって、正確に航空機
の位置確認を行うのです。そのため、INSに接続された航空機
自動操縦装置(オートパイロット)は、世界のどのような場所に
でも誤差300メートルの精度で誘導できるのです。
 007便が飛行したR20という航路を見ると、7ヶ所のウエ
イ・ポイントのうち、地上にあるのはベセルだけであり、あとは
すべて洋上です。地上のウエイ・ポイントには「無線標識」が設
置してあり、報告してきた位置情報が正しいかどうかをチェック
できるのですが、洋上の場合はそれができないのです。
 そのため、INSにルート上の経由ポイントを緯度と経度で入
力し、パイロットはINSが表示するウエイ・ポイントを確認し
て位置通報を行うことになります。
 ですから、もし、INSへの入力が間違っていると、その位置
通報も違ってきてしまうことになります。しかし、パイロットは
乗客と自分を含めた乗員の命がかかっていることであり、めった
なことでは、入力を間違えないものです。・ [大韓航空005]

2006年04月26日

INSをきちんと入力しない機長もいる(EJ第1108号)

 4月19日のEJ1103号から、大韓航空007便撃墜事件
について書いてきて、ちょうど1週間が経過しました。しかし、
4月19日の時点では、このテーマについて書くときに絶対に必
要なある書籍を入手していなかったのです。
 それは、柳田邦男氏の手になる次の3冊の本です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 柳田邦男著 『撃墜 上/大韓航空機事件』(講談社文庫)
 柳田邦男著 『撃墜 中/大韓航空機事件』(講談社文庫)
 柳田邦男著 『撃墜 下/大韓航空機事件』(講談社文庫)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 当初簡単に入手できると思っていたのですが、19日から一週
間かけて古本屋を含めて、書店めぐりをし、見つからなかったの
です。既に絶版の扱いになっていました。
 しかし、知人の知らせで石神井図書館にこの本があることを発
見し、やっと入手できました。この本は、1991年9月に刊行
されており、新生ロシア政府がブラックボックスをICAO、米
国、韓国に引き渡す前にであったため、版元は絶版にすべきと判
断したものと思われます。
 しかし、ブラックボックスがないという決定的な情報不足にも
かかわらず、柳田氏の分析は精緻にして正確であり、大韓航空機
撃墜事件について書かれたほとんどすべての本で、この本は参照
されているのです。そういうわけで、この本だけはどうしても必
要だったのです。
 この柳田氏の本を読んで、早くも疑問に思っていたことが判明
しました。それは、3台あるINSにどのようにしてウエイ・ポ
イントを入力するかです。これが分からないと、INS入力ミス
説を実証できないのです。
 そもそもINSは、無線標識のない洋上の長距離飛行のとき頼
りになる航空装置なのです。しかし、入力ミスがあったのでは何
もならないわけで、ミスを防ぐ工夫がこらされているのです。
 現在、ジャンボ旅客機には3台のINSが装備されていますが
3台設置すると、それだけで1億円かかるそうです。それでは、
3台の1NSにどういう手順で入力するのでしょうか。
 3つのINSには、No.1からNo.3までの番号がふられ
ています。No.1は左側の機長席側、No.2は右側の副操縦
士席側、そしてもう1台は、機長席、副操縦士席の後方中間側に
設置されているのです。
 まず、副操縦士が飛行計画書を手にして、これから飛んで行く
ルートの各ウエイ・ポイントの緯度と経度を読み上げ、機長が自
分のNo.1のINSにキーボードを押してデータを打ち込んで
いきます。これが終ると、リモート・スイッチによって、No.
1の入力データは、そっくりNo.2とNo.3にコピーされる
のです。これが第1段階です。
 しかし、これだけでは機長が入力ミスをすると、3台とも違っ
てしまいます。そこで、機長は自分の飛行計画書を手にして、各
ウエイ・ポイントのデータを読み上げ、副操縦士は、No.2と
No.3のデータ表示を見て、インプットデータが正しいかどう
か、ダブルチェックを行うのです。
 一般的に考えた場合、これをきちんとやっていれば、ミスは起
こらないはずです。しかし、大韓航空007便の機長や副操縦士
が、これをきちんとやっていたかどうかはわからないのです。
 実際にウエイ・ポイントをすべてきちんと入力しない機長はい
るのです。既に述べたように、007便は、次の7つのウエイ・
ポイントを通過するのですが、それぞれのポイントの間には通報
義務のない中間ポイントがあるのです。矢印の付いているのが、
そのポイントです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      1.ベセル      6.ニッピ
      2.ナビー    → 7.ニッテム
    → 3.ナックス     8.ノッカ
      4.ニーバ      9.ノホ
    → 5.ニンノ     10.ナナク
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これらのポイントは通報義務こそありませんが、きちんとIN
Sに入力して、操縦クルーはそれらの位置を確認して飛ぶのが正
しいのです。
 これを見ると、ニーバからノッカまでには、位置通報の義務の
あるニッピを含めて3ポイントがあります。例えば、ニーバから
ノッカにダイレクトに飛行しようと考えた機長がいたとします。
なぜ、そのようなことをするのかというと、燃料を節約するため
です。こういうことを会社ぐるみでやっている航空会社もあると
いうのです。
 実際に計算してみると、ニーバから途中の3ポイントをスキッ
プしてダイレクトにノッカに飛ぶと、3ポイントをきちんと経由
する場合に比べて、飛行距離は10キロ節約できるのです。わず
か10キロであっても、回数を重ねれば、大幅な燃料節約に貢献
することになります。
 それでは、ニッピの位置通報はどうするのかですが、これは、
ニーバからニッピまでの距離がわかっているので、INSの距離
計を見て通報するのです。報告を受けた航空管制センターとして
は、実際にその航空機がその位置にいるかどうかは判断のしよう
がないので、ウソの報告がまかり通ってしまうのです。
 これに関連して、当時、仮説ではありますが、有力視された説
があるのです。それは、機長がニーバからノッカまでダイレクト
に飛ぶことを考えたとして、到着点であるノッカの緯度の数字と
経度の数字を間違えて、入力してしまったケースです。
 詳しくは、明日のEJに書きますが、それはとんでもない結果
を招いてしまうのです。何回もジャンボ・ジェットで飛んでいる
と、INSの入力に関してもどうしても緊張感がなくなるという
ことを告白するパイロットも少なくないのです。
                   ・・[大韓航空006]

撃墜/上中下.JPG

2006年04月27日

無線が届かないのはコース逸脱が原因(EJ第1109号)

 機長が燃料を節約するため、ニーバから3ポイントをスキップ
して、ノッカまでダイレクトに飛ぼうと考えたとします。ところ
がノッカの緯度と経度を間違えて入力してしまったとします。E
メールの制約によって、度が正確には表示できないので、「度」
という漢字を使います。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
     ≪正しい入力≫
      ノッカの緯度  42度23.3N
      ノッカの経度 147度28.8E
     ≪ミスの入力≫
      ノッカの緯度  47度28.8N
      ノッカの経度 142度23.3E
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 緯度は「十」の位の数であり、経度は「百」の位の数字ですが
それを除くと、緯度と経度の数字はとてもよく似ています。そこ
で、つい間違えてしまうことはあり得ると思います。問題は、本
当にこういうミス入力をしてしまった場合、飛行機はいったいど
こに飛んで行くかです。
 緯度「47度28.8N」、経度「142度23.3E」は、
サハリン南部のホルムスクのやや内陸側になります。そこは、自
衛隊の稚内レーダーがとらえた大韓航空機007便の航跡と完全
に一致するのです。つまり、007便の撃墜地点なのです。
 この説は、当時米国で大きな話題となり、『ニューズ・ウィー
ク』の1983年9月19日号に、「いかにして007便は道に
迷ったか?」というタイトルで、紹介されています。
 しかし、この説は非常に驚くべき偶然の一致ではありますが、
あり得ないのです。というのは、007便はアンカレッジ空港を
離陸した直後から、R20のコースを大きく北に外れてしまって
いるからです。
 柳田邦男氏は、007便が太平洋上空に入る直前のニーバより
かなり手前でR20ルートから北に逸れて飛んだことは確かであ
ることを確信し、どの地点から北に逸れていったのかを特定する
作業をやっています。
 柳田氏は、アンカレッジ在住の知人に依頼して、地元のローカ
ル紙であるジ・アンカレッジ・タイムスと、アンカレッジ・デイ
リー・ニューズの2紙を2週分まとめて航空便で送ってもらった
そうです。1983年といえば、まだ、インターネットが普及し
ていなかった時代であり、情報収集はさぞかし大変であったと思
われます。
 なぜ、地元のローカル紙に注目したかというと、アンカレッジ
空港やアンカレッジ管制センターの情報が載っている可能性が高
かったからです。その狙いは当り、それらの新聞から貴重な情報
が柳田氏にもたらされているのです。
 007便とアンカレッジ管制センターの交信記録によると、0
07便は空港離陸後、位置通報義務のある3つのウエイ・ポイン
ト(ベセル、ナビー、ニーバ)の各点で、規定通り、通過時刻、
高度、風向き、風速などのデータを報告してきていますが、それ
らのデータには一見してわかるほどの異常さはなく、007便は
正規のR20ルートを航行しているように見えたということが判
明しています。
 しかし、柳田氏は、各通過点への007便の到着の遅れに注目
したのです。ナビーへは2分、ニーバには5分の遅れです。ジャ
ンボ・ジェットの巡航中の飛行時間が1分遅れるということは、
距離にすると、15キロないし16キロの遅れになります。した
がって、5分の遅れとなると、75キロ以上の差になるのです。
飛行機が正規のルートを飛んでいる限り、よほど向かい風が予報
よりも強くない限り、このような差は生じないものなのです。
 もうひとつ柳田氏が注目したのは、007便がナビーを通過し
たと考えられる頃から、007便の無線が、アンカレッジ管制セ
ンターに届かなくなってきている点です。こういうことは、飛行
機が正規のR20ルートを飛行している限り、あまりないことな
のです。無線が届かないので、中継して管制センターに代理報告
をした大韓航空015便の機長は次のようにいっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  007便の無線機が故障したために、交信音がアンカレッジ
 まで届かなくなったのだと思い、すぐ近くを飛んでいた私が、
 交信を傍受して中継したのです――KE015便朴機長
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 もうひとつ証言があります。それは、ニーバ通過時において、
007便とすれ違うはずであった大韓航空008便――ソウル発
ニューヨーク行きの機長は、「アンカレッジからのルート沿いの
気象状態を聞こうと思って、007便に何度も呼びかけたけれど
も交信できなかった」といっています。
 なぜ、交信できなかったのでしょうか――それは、007便が
正規のルートを飛行していなかったことを意味しています。最初
から北に大きく逸れて飛行していたからです。
 問題は、どうしてこのようなことになったのかです。既にブラ
ックボックスの解析も済んだ現在では、少なくとも自ら航路を外
すスパイ説は考えられないのです。そうすると、どうしてもコー
ス逸脱の原因は、007便パイロットの何らかのミスということ
になってくるのです。
 ここでどうしても知るべきことは、航空機が離陸からどのよう
にして所定の航路に乗るのかのプロセスです。というのは、IN
Sは最初から機能するのではなく、離陸して一定時間が経過した
あとからなのです。航空機の飛行方式には次の3つがあります。
詳しくは、明日のEJで説明します。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
    1.INS(慣性航法装置)での自動操縦
    2.ヘッディング・モードによる飛行方式
    3.無線標識の電波をとらえての飛行方式
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
                   ・・[大韓航空007]

2006年04月28日

NAVを入れる前に飛行機を動かしていないか(EJ第1110号)

 旅客機の主な航法には、次の3つがあります。昨日のEJで上
げたものを再現しておきます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
    1.INS(慣性航法装置)での自動操縦
    2.ヘッディング・モードによる飛行方式
    3.無線標識の電波をとらえての飛行方式
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 第1は、「INS(慣性航法装置)での自動操縦」です。
 この航法は、離陸前に乗員があらかじめ目的地までの飛行経路
と通過地点のデータをフライトプランにしたがってコンピュータ
に入力しておくと、旅客機は自動的に所定の飛行コースに乗って
目的地まで飛行するのです。007便のように長距離の洋上飛行
をするときは、すべてこの航法を採用します。
 第2は、「ヘッディング・モードによる飛行方式」です。
 旅客機が離陸後、所定の航路に乗るときや一時的に航路を変更
するときに使う方式で、向かう方位(機首方位)を計器にセット
すると、機首(ヘッディング)が自動的にその方角を向いて飛行
するのです。
 第3は、「無線標識の電波をとらえての飛行方式」です。
 無線標識(VOR/NDB)の電波を捉えながら、その方向に
針路をとって飛ぶのが無線航法です。国内線では、陸地づたいに
無線標識が設けられているので、この方式が採用されることが多
いのです。
 通常航空機は、これら3つの航法を組み合わせて飛行するので
すが、一般的なケースを考えてみます。
 ほとんどの場合、航空機は、離陸時は「ヘッディング・モード
による飛行方式」を選択します。パイロットは航法選択スイッチ
をHDG(ヘッディング・モード)に合わせるのです。そして、
上昇しながら、航路上にある地上航法援助施設の無線標識(VO
R/NDB)の方向に機首方位を合わせて飛行するのです。
 やがて航空機が無線標識の上を通過すると、パイロットは航法
選択スイッチを今度はINSに切り替えて、INSを自動操縦装
置に連結するのです。そうすると、INSは飛行コースを捉える
作動を開始し、離陸前に入力された飛行経路通り自動的に所定の
飛行コースに乗って目的地に向って飛行するのです。
 さて、これからミスがどの段階で起こったかを検証するのです
が、それは大きく分けて次の2つがあります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 1.大韓航空007便が離陸する前のINS入力時における
   ミス
 2.007便が離陸後においてパイロットが冒した何らかの
   ミス
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 1のINS入力時のミスについては、既にいくつかのケースを
指摘していますが、柳田氏はM機長の話として、あるミスの可能
性を紹介しています。これは、非常に重要な指摘であると考える
ので、検討してみたいと思います。
 それは、INSの入力にはミスがなくても、最後のスイッチ一
つの操作を誤ると、コースを大きく逸脱する可能性があるという
重大な指摘です。
 INSの操作盤というのは、次のように、上下2つに分かれて
います。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  1.データ入力用電子文字盤
  2.モード ・ セレクター盤
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 下が、データ・インプット用のプッシュ・ボタンや電光文字盤
のあるコントロール・ディスプレイ盤、上が、INSの状態(モ
ード)を選択するモード・セレクター盤と呼ばれるスイッチ盤に
なっているのです。添付ファイルに、モード・セレクター盤のイ
ラストを付けておきます。
 それでは、パイロットは、どのようにしてINS関係の操作を
行うのでしょうか。
 EJ1108号で、機長と副操縦士によるウエイ・ポイントの
入力作業について説明しましたが、その前にとても重要な準備段
階があるのです。
 第1に、航空機関士が、駐機場に停止している飛行機に乗り込
み、モード・セレクターを「オフ」から「スタンバイ」にして、
飛行機の現在位置の緯度と経度をインプットします。航空会社に
よっては、この操作を副操縦士がやることがあります。
 007便の場合は、アンカレッジ空港スポット2Nの緯度と経
度を入力するのです。そうすると、ジャイロスコープが作動を開
始します。
 第2に、スイッチを「アラインメント」に切り替えます。「ア
ラインメント」とは、「整列させること」という意味です。この
操作によって、INS内部では、真北に対する飛行機の位置を正
確に知る計算やプラットフォームを水平にする作業などが自動的
に行われていきます。そして、約15分経過すると、モード・セ
レクターの隣にあるランプが緑になって、INS内部の準備作業
が完了したことを示します。
 第3に、機長と副操縦士が飛行機に乗り込み、飛行計画書に基
づき、これから飛んで行くルート上のウエイ・ポイントを入力し
ます。その操作が完了すると、「レディ・ナブ・ライト」が点灯
していることを確認のうえ、モード・セレクターを「アラインメ
ント」から「ナビゲーション(NAV)」に切り替えるのです。
 このNAVスイッチの切り替えが済むと、飛行機をスポットか
ら動かしていいのですが、モード・セレクターをNAVに切り替
える前に飛行機を動かすと、座標軸――位置確認の土台となるプ
ラットフォームが動いてしまうことになります。実は、ここに大
きなミスがあったのではないかといわれているのです。
・・[大韓航空008]

モード・セレクター.JPG

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