NAVスイッチのミスが起きる理由(EJ第1111号)
日本航空には『FLIGHT SAFETY』という社内誌が
あるそうです。『FLIGHT SAFETY』誌は、同社の運
航安全推進部が運航乗務員や運航関係者を対象に発行している社
内の定期刊行物です。
この雑誌発行の目的は、運航乗務員が自ら冒したミスを公開し
そこから得られる教訓を運航乗務員や運航関係者の共有財産にし
て同じような事故を防ぐことにあります。
その「FLIGHT SAFETY」の1983年4月号に重
要な事例が出ているのです。それは、1982年5月に同じアン
カレッジ空港で、モード・セレクターを「NAV(ナブ)」に入
れないうちに機体を動かしてしまうミスの事例だったのです。
このケースでは、INSへウエイ・ポイントのデータの入力は
間違いなく行われていたのです。この日航747型機は、アンカ
レッジ空港を離陸したあと、アラスカ上空では無線標識の電波を
探知して飛ぶ航法をとっています。昨日のEJでご紹介した旅客
機の3つの航法のうちの3番目の航法です。
アンカレッジから最初のウエイ・ポイントであるベセルまでの
ジェット・ルート「J501」のちょうど中間にカイルン山無線
標識があります。ちょうどアンカレッジの西方約150マイルの
地点に当ります。
そのとき機長は、INSのデータをチェックしたところ、現在
位置の表示データは、3台のINSすべてがカイルン山無線標識
より北に15マイル(約28キロ)も逸れた位置を示していたと
いうのです。
ここで機長は飛行を直ちに中止し、アンカレッジ空港に引き返
す決断をします。調査の結果、INSそのものに異常はなく、出
発時にモード・セレクターを「ナブ」に切り換える前に機体を動
かしているという事実が判明したのです。実際どのようにして、
そういう事態が発生したのかについて説明しておきましょう。飛
行機が離陸するまでに乗員が何をしているのかを知ることもマイ
ナスではないと考えるからです。
この飛行機の操縦クルーは、アンカレッジから交代で乗り込ん
だ乗員でした。この便はアンカレッジへの到着が定刻よりも少し
遅れていたので、機長は少しでも遅れを取り戻そうとコックピッ
ト内の出発準備作業を急ピッチで進めたそうです。
INSへのウエイ・ポイントの入力が済むと、あとはモード・
セレクターのスイッチを「アラインメント」から「ナブ」に切り
替えるだけですが、機長はその操作をエンジン・スタート直前に
しようとして、「アラインメント」のままにしていたのです。
なぜ、そのようなことをしたのでしょうか。
それにはちゃんとした理由があるのです。モード・セレクター
を「ナブ」にすると、INS内部では、ジャイロスコープがコン
ピュータと連動してプラットフォームを完全に水平に保つように
働き、加速度計が機体の動きを敏感に検出する態勢になります。
しかし、INSを長時間使用すると、その精度は少しずつです
が、低下していくのです。通常INSの精度を安心して信頼でき
る時間は、モード・セレクターを「ナブ」にしてから、約12時
間とされているのです。そのため、ほとんどの機長は、モード・
セレクターの「ナブ」の切り替えをエンジン・スタートの直前に
しようとするのです。
早々に「ナブ」スイッチを入れてしまうと、天候その他の事情
で飛行機の出発が遅れたような場合、12時間というINSの持
ち時間が減ってしまうことを機長は嫌うわけです。
ここで、出発前の飛行機がどのような状態であったかについて
明らかにしておく必要があります。アンカレッジ空港では、飛行
機は、搭乗口に機首を突っ込んだかたちで駐機しています。エン
ジン・スタートは、地上での燃料補給、貨物の積み込み、乗客の
搭乗のすべてが終了し、飛行機のドアが閉められたあと――つま
り、エンジンを回転させても危険がなくなった時点で行うことに
なるのです。
この状態で飛行機を滑走路に移動させるのは地上の牽引車の役
割です。牽引車は、飛行機を誘導路まで引っ張る――つまり、後
退させるわけです。これを「プッシュバック」といいます。
エンジン・スタートのタイミングは、地上コーディネーターが
判断して、機長に「エンジン・スタート5分前」と連絡します。
ここからは、機長と管制官とのやりとりになります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
機 長:こちらJA○○便、エンジン・スタート5分前です
管制官:JA○○便、エンジン・スタート了解
(5分後、機長はエンジンをスタートさせる)
機 長:こちらJA○○便、プッシュパックしていいですか
管制官:JA○○便、プッシュバック了解
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
このように機長は管制官の承認を受けると、機長は航空機関士
に出発直前のチェックリストの読み上げを要求します。コックピ
ット内は緊張感を増してきます。そして、インターフォンで、地
上コーディネーターに対して、「プッシュバックの準備OK」と
伝えます。
モード・セレクターのスイッチを「アラインメント」から「ナ
ブ」に切り替えるのは、まさにこのタイミングなのです。しかし
このときは、スイッチの切り替えよりも、牽引車が機体を後退さ
せる方が一瞬早かったのです。その時点で機長は「ナブ」の切り
替えタイミングのエラーに気がつかなかったのです。
機長が飛行を断念したのには、もうひとつ理由があります。と
いうのは、INSの自動操縦で入力したデータ通りに飛行するに
は、所定の航路から常に半径7.5マイル(約14キロ)の範囲
内にとどまっている必要がある――こういう条件です。
つまり、航路を中心とする直径15マイル(約28キロ)の円
から離れてしまうと、INSは機能しなくなってしまうのです。
この日本航空機の場合、北に約28キロ逸れていたのですから、
これに該当し、機長は飛行続行断念を決断したわけです。
−−[大韓航空009]
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://www.intecjapan.com/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/241