INTEC JAPAN/BLOG

このブログは、異文化研修の教育機関(株)インテック・ジャパンの情報発信用です。(株)イー・メディアとの提携により、同社のドキュメント・レポート「Electronic Journal」をウィークデイの毎日お届けします。
「Electronic Journal」は様々な情報を400字詰原稿用紙7枚にまとめて配信する日刊メールマガジンです。

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● 2006年10月 記事 ●

2006年10月02日

異常さに気づいていながらなぜか黙認(EJ第1480号)

 前回のEJで述べたように、モハメド・アタ、マルワン・アルシェヒ、ジアド・ジャ
ラの3人は、ドイツのハンブルグ市内の大学の卒業生であり、ヨーロッパでの生活が長
かったことことにより、英語もかなり話すことができたのです。したがって、この3人
は比較的スムーズに飛行免許を取得できたといえます。
 しかし、C機――アメリカン航空77便に乗ったとみられるハニ・ハンジェルは言葉
の面で相当手こずったようです。なお、航空免許を取ろうとしたのは、アタ、アルシェ
ヒ、ジャラ、ハンジェルの4人だけではないのですが、この4人以外の者は結果として
誰も飛行免許は取得できていないのです。
 ハニ・ハンジェルは、2001年のはじめにアリゾナのフェニックスにある「パンナ
ム航空学校」で飛行訓練を受けています。しかし、彼の英語能力はお粗末であり、パイ
ロットとして最低限必要である管制官との会話もロクにできなかったといいます。
 しかも、ハンジェルの希望したコースは、ボーイング737の訓練だったのです。こ
のコースは、既に小型のパイロット資格を持っていることが条件となるのですが、彼は
その免許を持っていると主張し、関係書類を持参しています。
 小型機でも管制官とのやり取りは不可欠であり、それでも彼が資格を持っていること
に疑問を抱いた教官はFAA(米航空宇宙局)と連絡を取り、彼の資格が有効なものか
どうか調査を依頼したのです。
 これを受けてFAAは審査官を送り込んでハンジェルの免許を調べた結果、問題がな
いことが判明しています。しかし、彼の免許は、何ヶ所もの航空学校で奮闘を重ねた結
果1999年にアリゾナ州スカッツデールの航空学校で取得したものであり、そのとき
の審査官がアラブ系米国人であったという幸運に恵まれたものであったことがわかった
のです。
 ハニ・ハンジェルの飛行免許の件だけでなく、アリゾナ州の他の航空学校でもアラブ
人たちがしきりとボーイング級の飛行機の操縦を習う動きが多発している――この動き
に不審の念を抱いたのは、アリゾナ州フェニックスのFBI捜査官ケネス・ウイリアム
ズ氏です。
 彼は、飛行訓練を受けているアラブ系外国人のリストを付けてそのことを覚書として
次のように書いて、ワシントン本部に送っています。その覚書はあとで「フェニックス
・メモ」として有名になります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       オサマ・ビンラディンの信奉者が米国を攻撃するために航空
       学校で訓練を受けている可能性がある。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 しかし、その覚書に関心を示すワシントンのFBI高官は皆無であったといいます。
もっとも覚書に添付され、送付されてきた
 飛行訓練受講者の名簿の中には、9.11の実行犯19名の名前はなかったのですが
…。しかし、このことは、非常に多くのアラブ人が飛行免許を取得しようとしていたこ
とを明確に示す証拠といえます。
 この明らかに異様な動きに対して政府も、FBI高官も、そしてCIAまでも、何の
動きも見せていないのです。おかしいとは思いませんか。航空学校の授業料は相当高額
であり、それに加えて米国での長期にわたる滞在費もかかるのです。普通のアラブ人が
容易に払える金額ではなく、明らかにどこかの組織から資金が拠出されていたと考えら
れるのです。
 ハニ・ハンジェルが搭乗したのはC機――アメリカン航空77便です。実はこの飛行
機には次の2人のサウジアラビア人も一緒に乗っていたのですが、この2人はそのとき
FBIから国際手配されていたのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
               ハリド・アルミダル
               ナワフ・アルハズミ
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 この2人の容疑は2000年10月にイエメン南部のアデンで起こった米駆逐艦「コ
ール」の爆破テロに関与したというものです。爆発物225キロを積んだ小型船が駆逐
艦「コール」に激突し、米兵17名が死亡した事件です。
 1999年12月に、CIAはイエメンの電話を傍受し、1月にクアラルンプールに
おいてアルカイダ幹部会議が開かれることそしてその会議に上記の2人――ハリド・ア
ルミダルとナワフ・アルハズミが出席することを突き止めたのです。
 会議が行われた場所はビンラディン信奉者である微生物学者の高層マンションの一室
です。ところが奇怪なことに、そこまで突き止めていながら、CIAはこの事件に急に
興味を失ってしまったようなのです。その原因は不明ですが、とにかくCIAは、次の
当然やるべきことを全くやっていないのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      1.要注意人物として米国入国帰化局(INS)に知らせる
      2.テロの容疑者として国際指名手配するようFBIに通告
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これはおかしな話です。もし、このときCIAがINSに連絡していれば、その後米
国に入国した2人は入国審査で引っかかっていたと思われるからです。なぜ、CIAは
急に消極的になってしまったのでしょうか。上層部から「手を引け」とでもいわれたの
でしょうか。
 2000年10月12日に米駆逐艦「コール」が自爆テロを受けますが、FBIは
これにハリド・アルミダルが関与していると見ているのです。そして2001年夏にな
ってビンラディンが大規模な対米テロを仕掛けるという情報が流れてきます。
 この時点になってはじめてCIAは動き、アルミダルとアルハズミの2人を国際指名
手配リストに載せているのです。しかし、既に遅し――彼らはC機に乗ってテロを実施
したのです。・・・ [9.11/006]


国際手配の2人.jpg

2006年10月03日

FBI上層部に対する捜査官の怒り(EJ第1481号)

 EJ第1477号でご紹介した青木富貴子氏の著書『FBIはなぜテロリストに敗北
したのか』(新潮社刊)のタイトルは、どのような意味なのでしょうか。
 これは、どうしようもなく官僚化したFBIやワシントンの各政府組織に対する痛烈
なる批判なのです。その象徴といえるものが、ケネス・ウィリアムズFBI捜査官が書
いた「フェニックス・メモ」であるといえるのです。
 ケネス・ウィリアムズ氏は元警官で、FBIアカデミーを経て90年代のはじめから
アリゾナで勤務するようになったのです。当時FBIフェニックス支部は、麻薬対策に
最大限の力を入れていたのです。フェニックス支部には230名の捜査官がおりました
が、麻薬専門が60人いたのに対し、イスラム急進派など国際テロ対策部を担当するの
はわずか8人しかいなかったのです。
 しかし、アリゾナ州トゥーソンには当時から、イスラム原理主義者の拠点のひとつが
あり、ソ連軍と戦争をしているときから、アフガニスタンに援助金を送っていたといわ
れます。C機――アメリカン航空77便に搭乗してテロを実施したハニ・ハンジェルは
1990年に兄を訪ねてこのトゥーソンに入っています。
 2000年に入ると、ウィリアムズ捜査官は航空学校で操縦を学ぶアラブ人の捜査を
開始しています。彼はこの動きに不審を感じたからです。ハニ・ハンジェルはその時点
で訓練に取り組んでいたので、そのまま捜査を続けていればウィリアムズ捜査官は、ハ
ニ・ハンジェルに気がついたはずです。しかし、彼はFBI内部の別の情報局に異動と
なり、国際テロ対策部へ戻ってきたのはその年の12月末になってからだったのです。
 しかし、フェニックスに戻されたウィリアムズ捜査官は、またしても放火事件の捜査
に回され、その間にハンジェルはフェニックス航空学校でボーイング旅客機でのシミュ
レーション訓練を修了していたのです。
 そしてウィリアムズ捜査官が放火事件の捜査から解放されたのは2001年6月のこ
とです。直ちに捜査を再開したウィリアムズ捜査官は「フェニックス・メモ」を提出し
ます。しかし、このメモはテロが起こるまで日の目を見なかったのです。それではどう
いうキッカケでそのメモが日の目を見て、有名になったのでしょうか。
 9月11日の後になって、CBS放送が、「フェニックス・メモ」について特ダネと
して報道したからです。これをキッカケとして、FBIに対して「情報が生かされてい
ない」という非難が殺到するようになります。さらに、同時多発テロを防げなかった責
任を追求されたロバート・モラーFBI長官が「何の警告もなかった」という責任逃れ
の発言をしたことによって、FBIに対する批判は火に油を注ぐ結果となったのです。
これについては911同時多発テロの20番目の実行犯といわれるザカリア・ムサウイ
という男のことについて話す必要があるのです。
 ミネソタ州ミネアポリスにある「パンナム航空学校」に、ザカリア・ムサウイという
33歳の男が入学してきたのです。2001年8月23日のことです。彼は授業料68
00ドルを現金で支払い、ジェット旅客機のシミュレータ訓練を申し込んでいます。
 学校が少し不審に思ったのは、ムサウイが現金で6800ドルを支払ったことです。
ミネアポリスの小さな学校ではこれほどの大金を現金で支払う生徒はいなかったからで
す。さらに担当教官は、この生徒が離着陸には興味を示さず、旋回のみ熱心であったこ
とに不穏な気配を感じていたのです。
 そのときその学校ではムサウイがオクラホマ州ノーマンにある「エアマン航空学校」
で57時間も訓練を受けながら、免許を取得していないことを知っており、ろくに飛行
機の知識がないのに空中での操縦にのみ興味を持っていることを不思議に思っていたと
いわれます。この話が教官と事務局の間で開かれている月例会議に話題として話し合わ
れたのです。協議の結果、「テロかも知れない」という懸念が出されたので、レイ・モ
ロウFBI捜査官に対して通報が行われたのです。レイ・モロウFBI捜査官は、22
年のキャリアを持つ腕利きの女性の捜査官だったのです。
 8月16日になって、FBIと入国帰化局捜査官がパンナム航空学校にやってきて、
ムサウイを事情聴取のうえ、17日に移民法違反容疑で逮捕したのです。モロウFBI
捜査官は、ムサウイの身柄を確保したうえで彼の入国後の足取りを捜査した結果、テロ
リストである可能性が高いとして彼のコンピュータや電話記録を調べるため、FBI本
部に特別令状を請求したのです。
 しかし、FBI本部では証拠不十分であるとして特別令状を出さなかったのです。こ
れを不満としたモロウ捜査官は、FBI長官に対して13ページにおよぶ告発文をまと
て提出したのですが、梨のツブテだったといいます。
 最後の手段としてモロウ捜査官は、ワシントンのCIAに直接出向き、状況を説明し
テロの危険があると訴えたのですがCIAは手続きが間違っていると一蹴しています。
なぜなら、FBIからCIAに直訴することは異例のことであったからです。FBIも
CIAもどうしようもないほど官僚化しており機敏に対応することはなかったのです。
 テロ発生後、ロバート・モラーFBI長官の無責任発言にモロウ捜査官をはじめとす
るFBIミネアポリス支部は激高したのです。モラー長官は、モロウ捜査官の告発文を
「極秘」のスタンプを押して告発状を隠蔽しようとしたからです。
 青木富貴子氏は、このワシントンのFBI上層部の対応を官僚化が進行して事なかれ
主義になった結果、不祥事が起こっても誰も責任をとろうとしない体質になったためと
していますがそれだけでない何かがそこに存在したという見方があるのです。彼らは知
っていてあえて黙殺したのではないかと思われます。なぜなら、モラーFBI長官はな
お、現職にあるからです。・・・・・ [9.11/007]

FBI捜査官.jpg

2006年10月04日

ユダヤ人4000人が休暇をとっていた(EJ第1482号)

 911同時多発テロのテーマを取り上げて、今回で8回目になります。ここまでに明
らかになったとをまとめると次のようになります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       1.あまりにも計画的にかつ整然と4つの旅客機がハイジャッ
         クされ、まるでコンピュータで制御されているように目標
         物に衝突していること。
       2.実行犯とされた19人は、テロ実施前に飛行訓練を受ける
         など相当目立つ行動を取っており、それが当局は掴んでい
         たのに何もしていない。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ここまでがこのテーマのプロローグの部分です。この911同時多発テロには数多く
の疑惑があるのです。既にテレビではタケシの番組などで多くのことが指摘されていま
すが、それらも参照しながら、以下に疑惑を整理し、解明していきたいと思います。
 最初に取り上げる疑惑は、次の2つのことです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       1.ハイジャックされた4機の旅客機は、そのすべてがボーイ
         ング社の大型旅客機であること。
       2.ハイジャックされた4機の旅客機には、非常に少ない乗客
         しか、搭乗していなかったこと。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ハイジャックされた4機の旅客機の機種と、それぞれの飛行機に搭乗していた人数
(乗客・乗員・テロ犯人)を確認することからはじめることにします。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
         A機 ・・・ ボーイング767型 → 92人
         B機 ・・・ ボーイング767型 → 65人
         C機 ・・・ ボーイング757型 → 64人
         D機 ・・・ ボーイング757型 → 45人
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 実行犯の側から見れば、飛行機の機種を絞るメリットはあると思うのです。何といっ
ても飛行訓練を覚えるのに便利であるからです。ちなみに、ボーイング767型とボー
イング757型の違いについて、全幅、全長について比較してみます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
                       全幅     全長
       ボーイング767型−200 47.57M 48.51M
       ボーイング757型−200 38.05M 47.32M
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これを見るとわかるように、767型の方が757型よりも大きいということです。
その大きな767型機がWTCビルの北棟と南棟に激突したことになります。
 乗客・乗員の人数が定員(約200人)に比較して非常に少ないということについて
も実行犯の方からは少ない方がやりやすいということになります。ハイジャックするた
めには少ない人数で、機内を制圧する必要があり、そのためには乗客・乗員の人数は少
ない方がベターなのです。犯人たちは慎重に期間をかけて乗客が少ない機を選定したも
のと思われるのです。
 しかし、テロの効果から考えると<死者は多いほど効果があるわけです。WTCビ
ルにA機とB機が激突した直後に、米政府は死者や行方不明者の総計は1万人に近いと発
表しているのです。そしてその20分後にブッシュ大統領は「これは戦争だ」と声明を
発表しています。
 犠牲者1万人――これなら「これは戦争だ」といっても説得力はあるといえます。ま
して一度も本土を攻撃されたことのない米国民にとって、1万人も殺されたということ
であれば、大統領の戦争発言は受け入れられるものになったと思われます。
 しかし、9月12日になると、死者の人数は大きく訂正されることになるのです。W
TCビルでの死者は約7000人、ペンタゴンその他での死者は800人という発表で
す。つまり、1日で1万人が7800人に減ったのです。
 その後も日が経つにつれて死者の総数はどんどん減って、最終的には死者は2800
人になったのです。これに関してその信憑性はわからないものの、興味深い話があるの
です。それは、「週刊朝日」2001年10月19日号に掲載されている「ユダヤ人犯
人説」なのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
        パキスタン各地で起こっている反米デモで「同時テロの本当
       の犯人はユダヤ人だ」というプラカードを持っている人が目立
       つ。理由を聞くと「えっ、知らないのか、世界貿易センターに
       は約4000人のユダヤ人が働いていたが、9月11日はみな
       休んでいて助かった。テロを事前に知っていたんだ。
                ――「週刊新潮」2001年10月19日号
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これは驚くべき事実です。というのは、次の式が成り立つことになるからです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
           7000 − 2800 = 4200人
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 つまり、こういうことです。米当局としても7800人という数字をいい加減に出し
たのではないということです。WTCビル内の企業数、店舗数、その他客観的なデータ
をすべて把握したうえで、7800人という数字を出したと考えられます。
 ところが実際はその数字とは4200人も少ない数字になっているのです。そういう
ところから、ユダヤ人4000人休暇説が信憑性を帯びて語られることになったものと
思われます。911同時多発テロは、アラブ人への憎しみとイスラエルへの全面支持と
いうことを意図に演出している――そういう凝った見方も存在するのです。・・・・
[9.11/008]

ボーイング767/757.jpg

2006年10月05日

9.11テロユダヤ人犯人説を探る(EJ第1483号)

 「9.11同時多発テロの黒幕はアルカイダではなくユダヤ人である」――この説を
あなたは信じますか。それとも荒唐無稽な説だと考えますか。
 今朝はこの説をもう少しフォローしてみることにします。「火のないところに煙は立
たず」といいますので・・・。しかし、調べてみると、これは根っこの深い問題なのです。
 はっきりしていることは、9.11の攻撃には、何らかのかたちで軍隊がかかわって
いるということです。なぜなら、9.11同時多発テロはそのタイミングといい、誘導
ミサイルのように使われた航空機の扱い方といい、ターゲットへの計算された突撃とい
い、まさに完璧なものです。とても素人の寄せ集め集団にできることではないのです。
少なくともアルカイダにはできない芸当だといえます。
 それは高度に訓練されたプロの軍隊か組織――具体的にはイスラエルの諜報員モサド
ではないかというのです。モザドであれば計画の立案から訓練攻撃の調整――それらを
整然と実行できる力を持っているといえます。そして、それには米国政府が密接にかか
わっているというのです。
 世界金融の中心であるWTCビルには約5万人が勤務し、1日に10万人前後の人が
出入りするといわれています。昨日のEJで述べたように、そのうちユダヤ人が約40
00人勤務していたのですが、9月11日はそのほとんどの人が休んでいたという情報
があるのです。つまり、彼らはなぜか、その日にテロのあることを知っていたことにな
ります。
 こういう情報もあります。テロのあった9月11日、イスラエルのシャロン首相がニ
ューヨーク入りする予定だったのですが理由もなく突然中止となっています。この情報
はイスラエルの諜報機関シャバクからもたらされたものです。WTCビルのユダヤ人に
対して9月11日は休むよう警告を発したのもこのシャバクだったというのです。
 もうひとつ、4000人のユダヤ人がテロの当日に欠勤していたということをヨルダ
ンとベイルートのテレビだけが放映しており、パキスタンでは70%の人がその報道を
信じているという事実があることです。
 テレビのミステリー番組ではありませんが、ある事件の犯人はそれによって一番利益
を受ける者である――こう考えるのは犯罪捜査の常道です。それなら9.11同時多発
テロによって一番利益を得たのは一体誰なのでしょうか。
 それは、911同時多発テロを事前に知っており、関連株の空売りを仕掛けて、それ
によって巨額の富を掴んだ存在です。いわゆるインサイダー取引ですが、9月11日直
前の株の動きには、そういう傾向が見られるのです。
 ニューヨーク証券取引所では、WTCビル崩壊直前に何百万株の株券が売却されてい
ます。それも保険業と航空業の株が大量に空売りされているのです。これは明らかに9
月11日のテロを事前に知っていたインサイダーの存在を明確に示しているといえるの
ではないでしょうか。
 WTCの惨事が起きる数日前、航空株と保険株が1000万株以上、メリルリンチで
空売りされています。通常の取引ですと、1日で400万株程度ですから、明らかに巨
額の株取引であるといえるのです。
 英国のインディペンデント紙は、2001年10月14日に次のように報じています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      9.11の5日前の9月6日、シカゴのオプション取引所に
     おいて、ユナイテッド航空の買付けが396に対して、空売り
     が4744もあった。この取引だけで、彼らの利益は5000
     万ドルに上った。
      9月10日のアメリカン航空の買いは748だったが、空売
     りは4516。これは、ユナイテッド航空とアメリカン航空以
     外の航空会社にはまったく見られなかった現象だった。
      ターゲットになったのはこの2つの航空会社だけではない。
     WTCビルに拠点を置くユダヤ系金融会社のモルガン・スタン
     レーは、9月第1週の1日あたりの平均が27だったが、9月
     11日直前は2157と急増している。同じくWTC ビル内
     のユダヤ系の金融会社メリルリンチは1日平均252だったが
     9月11日直前には12215にも上った。
         ――2001.10.14付、インディペンデント紙
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 この事実が正しいとすると、これらのユダヤ系金融会社はテロを事前に知っていたと
考えるのが自然であると思われます。こうなると、「9.11同時多発テロの黒幕はユ
ダヤ人」という説が信憑性を帯びてきます。
 もうひとつ9.11同時多発テロによってトクをした企業があります。それは、米航
空会社と兵器産業です。このようにいうと、米航空会社はテロの発生によって顧客が激
変し、経営危機に陥ったのではという異論が出てくるはずです。
 しかし、そうとはいえないのです。テロ直後に米政府はまるであらかじめ用意してい
たかのように航空会社に150億ドルもの支援を行っていますしやがて起こったアフガ
ン戦争で兵器産業に巨額の発注をしているのです。
 米国防総省はアフガンへの空爆開始直後に次の発注をしているのです。とりあえずの
発注です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       クラスター爆弾  1740セット ・・・ ボーイング社
       巡航ミサイル/トマホーク800基 ・・・ ボーイング社
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これらの兵器の発注は、続くイラク戦争まで発注が続くことになるのです。それにブ
ッシュ政権を支える米石油コンツェルンも巨額の利益を手にしているのです。
                    ・・・・・ [9.11/009]

崩壊寸前のWTC.jpg

2006年10月06日

なぜ戦闘機は発進できなかっのか(EJ第1484号)

 米国第32代大統領フランクリン・D・ルーズベルトは、次のようにいっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      世界的な事件は、偶然に起こることはけっしてない。そうな
     るように前もって仕組まれていたと・・・。私はあなたに賭け
     てもよい。      ――フランクリン・D・ルーズベルト
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 この言葉の中の「世界的な事件」を「戦争」という言葉に置き換えてみてください。
そうなのです。過去における戦争や紛争・革命のほとんどが仕組まれたものであるとい
えるのです。第1次世界大戦、第2次世界大戦をはじめ、ロシアのボルシェビキ革命、
ヒットラー率いるナチスの勃興――これらはいずれもそのウラで巨額の資金提供や支援
をする組織があって引き起こされているのです。
 当の大統領自身がそういっているのですから、真珠湾攻撃だってきっとそうなのでし
ょう。当時日本軍の暗号は、すべて米軍によって解読され、日本軍が真珠湾を攻撃する
と事前に知っていながら、米国はあえて日本に真珠湾を攻撃させ、米国の第2次世界大
戦への参入を正当化したのです。
 そうであるとすると、9.11同時多発テロも真珠湾と同じパターンを踏襲し、アフ
ガン戦争とイラク戦争を正当化させるために米軍産複合体によって仕組まれたものであ
る――そう考えることもできると思います。
 それにしても、この9.11同時多発テロは不可解な謎に包まれています。それはあ
たかもJFK暗殺事件のときとそっくりの不可解さなのです。JFK暗殺事件のときは
後の世論調査で、その結論を信じない人は80%以上に達しており、事件の背後に何ら
かの超国家権力が介在しているらしいことをほとんどの米国民は感じとっているといわ
れますが、9.11同時多発テロもそれと非常によく似ています。
 今までの分析は一応公式発表をそのまま素直にとらえて書いたものですが、今日から
は数ある疑惑に踏み込んで、その核心に迫っていきたいと考えております。それらの分
析は、既にタケシの番組などで報道されたものも含まれていますが、EJではさらに別
の情報をそれに加えて分析を行っていきます。
 まず、ハイジャックされた飛行機に関する米国政府の公式発表をまとめておきます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
     1.19人の過激なアラブ系のハイジャッカーは、カッターナ
       イフという武器だけで、8人のパイロットと乗務員全員を
       制圧し、A、B、C、Dの4機の大型旅客機をほぼ同時に
       ハイジャックしている。
     2.そのうち最初のA、Bの2機を制圧したハイジャッカーは
       途中で進路を変更し、ニューヨーク上空に飛来して、低空
       からWTCビルに飛行機を激突させている。その飛行技術
       は、まるで神業である。
     3.オハイオ州に向っていたC機は、途中で方向転換してワシ
       ントンに飛来、まるで軽業師的な超低空飛行で大型旅客機
       を操り、ミサイルのような凄いスピードでペンタゴンの1
       階部分に激突している。
     4.D機はオハイオ州上空で進路を変更、ワシントンに向うが
       数名の乗客が地上と電話した結果、他機の運命を知る。勇
       気ある乗客の何人かはハイジャック犯人と格闘したが、そ
       の最中に墜落している。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 A機がWTCの北棟に激突したのは8:47AM、D機の墜落は10:06AMです
から1時間19分もの時間があるのです。その間、これら4機を妨げるものは何もなか
ったのです。信じられない話です。
 中でも衝撃的なのは、ペンタゴンへの突入なのです。何しろ首都ワシントンDCの周
辺には、ホワイトハウス、国会議事堂、CIA、FBIなど国家の中枢となる機関が集
中しており、国内で最も警戒が厳重なところです。
 そのためペンタゴンからポトマック川を挟んだ対岸には、アンドリュース空軍基地が
あり、そこには緊急事態に備えて24時間体制で米戦闘機が待機しているのです。その
対応のスピードは、連絡から1分でいつでもスクランブル発進ができる体制を誇ってい
るのです。それが1機もスクランブル発進をしておらず、1時間以上もやりたい放題や
られているのです。こんなことが考えられるでしょうか。
 しかも、FAA(米連邦航空局)の公式文書によれば、緊急事態が発生した場合は、
ホワイトハウスの許可なしで、民間航空機を撃墜してもかまわないことになっているの
です。そうであるとしたら、WTCビル攻撃は十分防ぐことができたはずなのです。な
ぜ、戦闘機はスクランブル発進しなかったのでしょうか。
 ペンタゴンのスポークスマンは、そのとき飛び立てる戦闘機が存在しなかった」と表
明しているのですが、これは明らかにウソでしょう。こんなことは到底考えられること
ではなく、戦闘機のスクランブル発進を止める何らかの圧力が働いたとしか、考えられ
ないのです。
 百歩譲って、何らかの不手際が重なって、A機とB機のWTCビル突入は防げなかっ
たとしましょう。B機は9:03AMに突入していますが、既にそのときには全米、い
や全世界の視聴者がテレビを通してライブ映像を見ているのです。
 ニューヨークの「デイリーニュース」によると、ニューヨーク警察は、9:06AM
の時点で、テロリストによる攻撃があったことをペンタゴンに報告を入れています。し
たがって、9:04AMには戦闘機がスクランブル発進し、少なくとも9:38AMの
ペンタゴン攻撃は十分阻止できたはずです。・・・・・ [9.11/010]
              
スクランブル発進の戦闘機.jpg

2006年10月10日

WTCビルは爆破されている(EJ第1485号)

 FBIが発表した実行犯は19人で、ハイジャックされた4機には、次の人数が乗り
込んでいたとされています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
           AA 11便(A機) ・・・ 5人
           UA175便(B機) ・・・ 5人
           AA 77便(C機) ・・・ 5人
           UA 93便(D機) ・・・ 4人
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 しかし、911同時多発テロのあと、奇妙なことが起こっているのです。9月20日
付の「中日新聞」によると、主犯格のモハメド・アタ容疑者の父親が19日にカイロ市
内の自宅前で会見を開き、次のように述べたと伝えているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       息子とは事件の2日後、電話で話している。誰かが私の息子に
       なりすました可能性がある。「何か必要なものは?」と聞いた
       ところ「ないよ」といった、せいぜい1分にも満たない簡単な
       会話だった。(その後、連絡がないのは)イスラエルの秘密情
       報機関に誘拐され、殺されたのかもわからない。
                       ――モハメド・アタの父親
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 こういう情報は他にもあるのです。9月23日にはサウジアラビアの国営サウジ通信
は、同時多発テロの容疑者としてFBIが名前を上げた19人のうち7人は事件に関与
しておらず、サウジ国内で連絡がとれているというナエフ内相のコメントを報道してい
ます。
 例えばサウジアラビア人パイロットのウォーリー・アルシェフリはAA11便でWT
Cビルに突入した自爆テロ犯の1人とされたのですが、それに一番驚いたのはアルシェ
フリ自身だったといいます。なぜなら、彼はモロッコのカサブランカ在住のジャーナ
リストで、事件当時もモロッコにいたからです。
 それだけではないのです。A機に乗っていたとされるアブドル・アジズ・アルオマリ
B機に搭乗していたサイード・アルガムディ、C機搭乗のサレム・アルハズミ――彼ら
は、いずれも事件当日、米国国外にいたことが判明しているのです。
 これに関連してさかんにいわれているのがWTCビルの完全崩壊です。旅客機が飛び
込むことによってあれほど完璧に崩壊してしまうものなのでしょうか。
 2001年11月1日付の毎日新聞には、航空機衝突の衝撃はマグニチュード1程度
といわれており、「それくらいの衝撃であのWTCビルが崩壊するはずがない」という
専門家の見方が紹介されています。
 WTCビルを設計した建築家の一人であるアーロン・スワースキ氏は、ボーイング級
の飛行機が激突しても耐えられるように設計しているといい、完全崩壊は別の原因が加
わったとしか考えられないといっています。
 この「別の原因」を爆発によるものであると主張する学者がいます。東大の菅原進一
教授です。菅原教授は、WTCビルは地下で何らかの爆発があったとして、次のように
述べています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       映像を見ると、ビルは沈むように崩壊し、エレベータなどを支
       えた内側の鉄柱もほとんど残らず、ものの見事に壊れている。
       これが衝突だけで起きたとするのは不自然である。しかし、地
       下で爆弾テロが起きたと仮定すれば説明がつく。
       ――また、WTCビル崩壊後、周辺の6つのビルが倒壊したこ
        とに関連して――
       敷地全体の地下構造が崩れ、ビルごと引きずり込まれたとみら
       れる。爆破で地下の壁が壊れたと仮定すれば納得がいく。
                         ――菅原進一東大教授
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 構造物破壊の専門家であるヴァン・ロメロ氏は、WTC崩壊は計画的な破壊に利用さ
れる制御された爆破ときわめて似ていると指摘して次のように述べています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
        ビデオテープを見ての私の意見であるが、WTCに飛行機が
       激突した後、ビル内部で何らかの爆発があり、それがビルを倒
       壊させたのだろう。
        南棟が崩壊する数枚の写真から、空中を飛ぶ金属片の速度が
       算出されたが、それは爆弾によって得られるスピードだった。
       さらに窓から吹き出す粉塵も、ビルの内部で数回の爆発があっ
       たことを示している。ビルを崩壊させるには、建物の基部を狙
       う。上部では大きなダメージを与えられないからだ。
                         ――ヴァン・ロメロ氏
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これらの学者や専門家たちの見解を裏づける証言は数多く存在するのです。航空機が
衝突した直後に救助のためにWTCビルに入ったニューヨーク消防隊のルイ・カチオリ
消防士は、次のように証言しています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
        私たちはビルで働いている人を避難させるため、ほかの消防
       士と一緒にエレベータで24階に向っていました。もうすぐ到
       着というとき、爆発があったのです。私たちはビルに爆弾が仕
       掛けられていたんだ、と思いました。
                       ――ルイ・カチオリ消防士
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ビデオに収録されているUA175便がWTCビル南棟に衝突した様子を観察すると
衝突と同時に燃え出した燃料は凄い勢いでビルの角を斜めに横切って、機体の破片と共
に反対側の空中に飛び出しているのがわかります。つまり、燃料のほとんどはビルから
外に飛び出して、そこで爆発しているのです。したがって、航空機激突の火災でビルが
倒壊することは考えられないのです。・・・・・ [9.11/011]

2006年10月11日

WTCビルにあった根本的欠陥(EJ第1486号)

 昨日のEJで「WTCビルを設計した建築家の一人であるアーロン・スワースキ氏は
ボーイング級の飛行機が激突しても耐えられるように設計している」と書きましたが、
これは本当のことなのです。というのは、1945年7月28日にニューヨークのエン
パイア・ステートビルに濃霧のため、軍用機B26が衝突するという大事故があったか
らなのです。
 そのときは、B26の機体の破片が地上に落下し、多数の犠牲者が出たのですが、ビ
ル自体は崩壊することはなかったのです。しかし、エンパイア・ステートビルをはるか
に凌ぐ世界貿易センタービルを建てるに当たって、1945年の大惨事を教訓に仮に戦
闘機であろうと、旅客機であろうと、大型の飛行機が衝突して火災が発生しても、ビル
が倒壊するまで「最低5時間は持ちこたえること」が建築の条件とされたのです。
 したがって、アーロン・スワースキ氏をはじめとするWTCビルの設計者たちは、当
時最大の旅客機であるボーイング727が激突する場合を想定してビルを設計をしてい
るのです。しかし、WTCビルの北南2棟は次の時間で倒壊しています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
           WTCビル北棟 ・・・・・ 1時間00分
           WTCビル南棟 ・・・・・ 1時間45分
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これに対しては2つの見方があります。1つは注文通りに設計が行われず、手抜きが
あったとする説です。港湾局と建築業者の間でワイロのやり取りがあったという情報も
あるのです。こういう情報は、ビルや建物の不可解な倒壊事故があったときは必ず出て
くるものです。しかし、建築家の間では、事件発生直後からWTCビルの構造上の問題
が影響したのではないかという意見が根強く出されていたのです。
 2つは、大型の旅客機が激突した割りには、よくその衝撃に耐えたとする意見です。
マスコミなどではこの説を取っているところが多く、2001年11月11日付のニュ
ーヨーク・タイムス紙は、次のように書いています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       WTCビルは民間機の衝突の衝撃に立派に耐えた。しかし、そ
       の後発生した火災によって崩壊した。2000度近い高熱に耐
       えうる鋼材はどこのビルにも使われていない。
       ――2001.11.11日付、ニューヨーク・タイムスより
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ここで思い出していただきたいのは、WTCビルが1993年にも爆破されかかって
いるという事実です。このとき捕まった実行犯のテロリスト、ラムジー・ヨゼフは、イ
スラム原理主義過激派であり、逮捕されたとき次のようにいって悔しがっていたという
のです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       WTCビルの南棟の地下を爆破し、北棟にぶつければ2棟とも
       倒壊させることができると思った。そうすれば、5万5000
       人は殺せた。            ――ラムジー・ヨゼフ
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 どのような爆発であったのかについて述べておきましょう。
 1993年2月26日、午後12時27分にその爆発は起こっています。WTCビ
ルの地下駐車場で、トラックに乗せた爆弾が爆発し、6人が死亡、数百人のけが人が出
たのです。この爆発とWTCビルの崩壊は無関係でないと考えられます。
 テロ集団は、ビルの上部に飛行機が衝突しただけではビルが崩壊しないことを事前に
掴んでいたと思うのです。そこで、あらかじめビルに爆弾を仕掛けておき、飛行機がビ
ルに突入すると同時にその爆弾を爆発させたのです。
 その爆弾を仕掛けた位置や爆弾の量などは、1993年の爆破データが役に立ったと
考えられます。そうでないと、あのように完全には崩壊しないのです。それに実行犯た
ちは、WTCビルの構造的欠陥も十分アタマに入れていたと思われます。その結果、ビ
ルは爆弾の爆破によってよって完全に崩壊したのです。
 WTCビルの構造的欠陥について述べておきます。構造的欠陥とは次の3つです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       1.事務所スペースを大きくとるために、ビルの中心に垂直の
         鉄骨が使われていないこと。
       2.両方の棟とも、64階以上の内壁には耐火被覆財として、
         アスベストが使われていない。
       3.2棟が同時に火災になったとき、ビル内スプリンクラーへ
         の給水が間に合っていない。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ビルの外側は大きく弾力性のあるチューブであり、その中に小さく頑丈なチューブ
が入る構造をしているのです。ちょうど竹輪のような構造で、外側のチューブと内側の
チューブの間に床が渡してあり、この部分がオフィス・スペースになっていたのです。
 ところが、床の部分には金属板を敷いた上に軽度のコンクリートを流して固めただけ
だったのです。これは、ビルが老朽化した時点で床と柱のジョイント部分に爆薬を仕掛
けると、少量でビルを破壊できるように考えた設計なのです。
 64階以上にアスベストが使われていないのは、それが人体に有害であるとの議論が
建設の途中で沸きあがったためであり、代わりに使われた耐火スプレーでは効果がなか
ったのです。アスベストなら4時間は持ちこたえたといわれています。
 スプリンクラーへの給水が間に合わなかったのは、2棟同時に火災が発生することを
想定していなかったからです。・・・・・ [9.11/012]

WTCビルの崩壊.jpg

2006年10月12日

WTC崩壊で灰になった重要書類(EJ第1487号)

 WTCビルの崩壊――なぜあのように完璧に崩壊させてしまう必要があったのでしょ
うか。そうしなければならない事情がそこに存在したのではないでしょうか。単に飛行
機が飛び込んだだけでは、あのようには崩壊しないのです。だから、わざわざ爆弾を使
ったのです。
 証拠隠滅という考え方もあります。実はWTCビルに突入したのは、本当にAA11
便とUA175便だったのかという強い疑いもあるのです。もし、別の飛行機が飛び込
んだのであれば、ビルが半壊の場合はわかってしまいます。そういう意味でも完全に崩
壊させる必要はあったのです。
 別の考え方として、WTCビルの中のあるものを消滅させる目的があったのではない
かという疑いもあるのです。これに関して国際未来科学研究所代表の浜田和幸氏の興味
ある情報があるのでご紹介することにします。
 WTCビルには、FBIが密かに入居していたのです。「密かに」というのは看板を
上げないでという意味です。FBIの資料分析センターがあったのです。場所は北棟の
22階から24階にあったといわれています。
 ニューヨークの消防署には火災などのさいに優先して重要書類を運び出すため、あら
かじめ援助申請がFBIから出されていたので、消防隊は真っ先にWTCビルのFBI
の事務所に駆けつけたのですが、壊滅状態だったといわれます。つまり、大量の資料が
消失してしまっていたのです。
 問題は、その消失した資料とデータファイルがFBIが捜査中の金融犯罪に関するも
のであったことです。どういう資料かについては、浜田和幸氏によると次の2つです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       1.モービル石油が関与していたといわれるイラン産原油とカ
         ザフスタン産原油の違法スワップに関するものであり、近
         くに迫っていた裁判に必要不可欠な証拠書類である。
       2.金の価格設定操作に関するもので、モルガン・スタンレー
         やゴールドマン・サックスなどによる不可解取引にFRB
         議長がいかに関与しているかを示すデータ類である。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 2000年にモービル石油はエクソンと合併して世界最大の石油会社となっています
が、このエクソンモービルがイラン産原油とカザフスタン産原油の違法スワップに深く
かかわっていたとされているのです。
 石油スワップ自体に関しては、業界内では輸送コストを省くために日常的に行われて
いることなのですが、イランが関わってくると問題が生ずるのです。なぜなら米国政府
はイランに対する経済制裁の一環として、自国企業の対イラン貿易には厳しい制限を課
しているからです。
 とくにエクソンモービルは、この違法スワップに関してカザフスタンのナザルバエフ
大統領に莫大なワイロを贈っている疑いが持たれており、そのバックにはチェイニー副
大統領がいるといわれているのです。
 しかも、そういう違法行為の事実をモービルはエクソンとの合併前に司法省や証券監
視委員会に対して隠蔽していたため、ニューヨーク大陪審で近く裁判が行われることに
なっていたのです。何しろチェイニー副大統領までからんでいるとされているのですか
ら、裁判でそのことが公になれば、ブッシュ政権にとって大きな痛手になります。
 その裁判で提出される全資料がWTCビル北棟のFBI資料分析センターにすべて保
管されていたのですが、WTCビルの崩壊とともにすべてなくなってしまったのです。
もちろん、裁判は流れてしまっています。
 2の疑惑に関しては詳しい情報はないのですが、金(ゴールド)の価格設定に関しモ
ルガン・スタンレーやゴールドマン・サックスなどの投資銀行による不可解な売買やそ
れらの違法なデリバティブ取引に、グリーンスパンFRB議長がいかに関わってきたか
を裏付けるデータ類だというのです。
 もし、これが明るみに出ると、米国の金融史上前例のない衝撃をもたらす大事件とな
るということでFBIの内部でも厳重な情報管理の下で捜査が進められてきたのです。
しかし、その関連資料もすべて灰になってしまったというわけです。
 もうひとつ、これはWTCビルではなく、ペンタゴンの破壊に関する件があります。
これは前に9.11同時多発テロをEJで取り上げたときにも触れているのですが、W
TCビルで失った重要書類やデータ類に関係のある話です。
 米国防総省にハイジャックされたAA77便が西側から突入したとき、なぜ西側なの
かという疑問が提起されたのです。というのは、ペンタゴンの西側はその手前にアーリ
ントン墓地の高台があって進入が困難だからです。高度の操縦の技術を持つ自衛隊のパ
イロットでも、西側から侵入は難しいというのです。
 東側からの突入であれば、ラムズフェルド国防長官の執務室があるので、国防総省の
主要幹部を根こそぎ抹殺できたかもしれないのです。しかも、その進入は西側に比べる
と、はるかにやさしいというのです。
 それでは、テロの実行犯は、ペンタゴンの西側の何を狙ったのでしょうか。それは、
どうしても西側でなければならない事情があったのでしょうか。
 ペンタゴンの西側の地下にはWTCビルで稼動する株式や先物取引のコンピュータ・
センターのバックアップ・システムがあったのです。もし、これを狙ったのだとすれば
このテロはきわめて計画的な証拠隠滅の様相も帯びてくるのです。
 飛行機の突入によって、このバックアップシステムがどうなったのかについては情報
がないので不明ですが、9.11のテロ攻撃にはいろいろなウラがありそうです。WT
Cビルひとつとってもこれだけの疑惑が渦巻いているのです。 [9.11/013]

ペンタゴン周辺地域.jpg

2006年10月13日

飛行機突入前に爆弾爆発か(EJ第1488号)

 WTCビルから北に約34キロ離れたニューヨーク州、サリサデス――そこに、コロ
ンビア大学の施設があり、地震計が設置されています。9.11同時多発テロ当日のW
TCビル倒壊のさい当然地震計はそれを計測しているのですが、その最大値は次のよう
に記録されているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       南棟倒壊 9時59分の10秒間//マグニチュード2.1
       北棟倒壊10時28分の 8秒間//マグニチュード2.3
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ここで興味深いのは最大の振動を記録した時間なのです。9時59分の10秒間とい
のは南棟、10時28分の8秒間は北棟が倒壊し始めた時間なのです。常識から考えれ
ば、残骸が地面に落下した瞬間に最大値を記録するはずなのに、そうなっていないので
す。しかも、倒壊が始まる瞬間に記録された衝撃は、残骸が地面に落下した際の20倍
以上もあったというのです。
 これは、明らかにビルが爆破された証拠であり、建築の専門家であれば誰でも気がつ
く事実であるのに、誰も何もいわないのです。それは、JFK暗殺事件で勇気を持って
正しい証言をしようとした証言者たちの末路を知っているからです。メディアもこの件
に関しては深追いはしていないのです。
 WTCビルの倒壊について、事実関係を整理してみることにしましょう。公式発表に
よれば、最初にAA11便が北棟100階付近に激突し、積んでいた航空燃料と機体の
破片はフロアの奥までばら撒かれて、そこで爆発しています。
 そして、激しく燃える炎の中に梁が熱せられて、飴のように柔らかくなり、それによ
って、鋼鉄製の柱が溶かされ、各フロアが重ね餅のように折り重なって倒壊していった
――これが公式発表です。UA175便が激突した南棟も同様です。
 しかしこの公式発表は論理的におかしいのです。もし、公式発表が正しいなら、最初
に倒壊するのは北棟のはずです。しかし、最初に倒壊したのは南棟だったのです。しか
も南棟に航空機が突っ込んだのは北棟の18分後――そのとき北棟は黒い大量の煙を吹
き上げて激しく燃えており、9時45分にはビルの最上階まで火に包まれていたのです
。これに対して南棟は火の勢いも弱くフロア全体に燃え広がることはなかったのです。
 それでいて、南棟が先に倒壊したという事実は、火災によってビルが倒壊したという
公式発表は間違っていたという証明になるといえます。しかも、両タワーに使われてい
た鉄鋼製の巨大な支柱と梁は、日本製の「I字鋼」だったのです。
 この「I字鋼」はセ氏1370度の高熱を105分間維持しないと溶けないのです。
航空機のジェット燃料が発する熱は最高でもセ氏830度であり、しかも、航空機の場
合は、量も僅かでありとても1370度を105分間も維持できないのです。
 それに既に述べたように、数回にわたる爆発音を聞いたという証言はたくさんあるの
です。炎上するビルを目の当たりにしている人々に対してインタビューしていたあるテ
レビのコメンテータは、ビルを見ながら次のようにいっているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       聞こえましたか。ポッ、ポッ、ポッという音が。ビルから窓
      ガラスが吹き飛んで、ビルが崩壊するでしょうか。
       外に吹き飛ばされた窓ガラスは、下から上に向かっていて、
      上から下ではありません!
                      ――テレビ・コメンテータ
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 多くの証言を考慮すると、WTCビルはあらかじめ仕掛けられていた爆弾の数回にわ
たる爆発によって崩壊したと考えて間違いないといえます。おそらく何者かが航空機の
突入状況を見ながら、あらかじめ仕掛けておいた爆弾のスイッチを遠隔操作でオンにし
たのではないでしょうか。
 これに関して興味ある証言があります。2001年9月14日の中日新聞はニューヨ
ーク在住の芸術家である荒川修作氏の証言を次のように伝えています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       名古屋市瑞穂区出身でニューヨーク在住の芸術家、荒川修作
      さん(65)が、世界貿易センタービルに飛行機が突入するの
      を目撃していた。13日の夜(日本時間)、荒川さんは本紙の
      電話取材に対し、激突の様子や食料が調達できるようになった
      現在のマンハッタンの状況などを生々しく語った。
       同センタービルから約1.5キロ離れて住む荒川さんは、当
      日住んでいるビルの階下から聞こえてきた「火事だ」という声
      でセンタービルを見上げた。「今、冷静になって考えてみると
      不思議だが」と語ったうえで、飛行機がぶつかる直前にセンタ
      ービルからはすでに煙が出ていたように見えたといい、1機目
      2機目が相次いで突入するのを目撃。そのまま7時間、現場か
      ら目が離せなかったという。
                 ――2001.9.14付、中日新聞
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 この証言は実に貴重なのです。なぜなら、彼はテレビでの映像ではなく、実際にWT
Cビルで起こったことを直接見ての証言であるからです。テレビでは、AA11便の北
棟への激突シーンは放映していないからです。
 「飛行機(AA11便)が北棟にぶつかる前にビルからは煙が出ていた」――どのよ
うにして撮ったのかは不明ですが、その写真があるのです。
 添付ファイルをごらんください。これは、「ニューヨーク・ポスト紙」に掲載された
写真です。きわめて不鮮明ではありますがAA11便が突入する前に確かにビル(北
棟)からは、煙が出ているのを確認できます。しかし、「ニューヨーク・ポスト紙」の
遅版では写真が差し替えられています。当局から何かお達しが出たのでしょうか。
・・・ [9.11/014]

ニューヨーク・ポスト紙掲載の写真.jpg

2006年10月16日

盗まれたWTCビルの残骸・鉄骨(EJ第1489号)

 WTCビルは倒壊してからもおかしなことが起こっています。それはマフィアがWT
Cビル倒壊現場から、鉄骨を盗んでいる事実があり、それに関してマンハッタン公判陪
審が調査しているという情報です。
 2001年9月28日付の「ワシントンポスト」紙、ニューヨーク・タイムス」紙、
「シカゴ・トリビューン」紙などがこの情報を伝えているのです。
 WTCビルの残骸は、ニューヨーク市のスタテン島に集められそこでしかるべき機関
が調査を行うことになっていたのです。ちなみに、スタテン島というのは、マンハッタ
ン島の南西にある島です。ニューヨーク市は、超高層ビルが林立するマンハッタン島を
中心に、ブルックリン地区、クイーンズ地区、ブロンクス地区マンハッタン区(マンハ
ッタン島)、スタテンアイランド区(スタテン島)から成っているのです。
 ところで盗まれた鉄骨は255トン以上であり、それらはまったく別の3ヶ所のくず
鉄置き場で発見されています。バーナード・ケリック警察本部長によると、組織犯罪統
制局が貿易廃棄物委員会とともにこの事件を調査したところ、盗まれた鉄骨は次の2ヶ
所から発見されたというのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
         ニューヨーク州ロングアイランド ・・・ 1ヶ所
         ニュージャージー州 ・・・・・・・・・ 2ヶ所
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これは組織的な犯罪です。明らかに証拠となる鉄骨を隠す必要があったと考えられま
す。JFK暗殺事件についても、現在もなお証拠となるものが次々と盗まれているそう
です。ケネディの頭部も盗まれたというウワサもあります。このありさまでは2039
年の全面公開までにはほとんどの証拠はなくなってしまうはずです。9.11同時多発
テロは、不気味なほど、JFK暗殺事件のケースに酷似しているのです。
 おそらくある勢力からマフィアに対して鉄骨を隠すよう指示が出ており、それが実行
された結果であると考えられます。情報によると、鉄骨100ポンド(45.4キロ)
当り、1.6ドルが支払われているそうです。
 もうひとつ、WTCビル北棟に激突した飛行機――ボーイング767について興味あ
る情報があるのです。事件当初、NBCテレビは、最初の目撃者とされる女性の証言を
取り上げています。そのとき彼女は「小さなプライベート・ジェットがWTCビル北棟
に突入した」と述べているのです。
 さらに2001年10月25日、上院軍委員会において、NORAD(北米防空司令
部)の指揮官ラルフ・エバーハート氏は次のように述べています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       われわれは、それが軽量の小型旅客機であったと教えられてい
       る。したがって、WTCビルの倒壊は、1機の軽量小型旅客機
       によって起こされるようなものではなかった。
                    ――ラルフ・エバーハート氏の証言
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 繰り返しになりますが、北棟への激突シーンについては、テレビでは放映されていな
いのです。テレビとしてはそのようなことが起こるとは考えていないわけですから当然
です。テレビに放映されたのは突入した後の炎上する北棟の映像であり、それを放映し
ているときに南棟に旅客機――これはボーイングのように見える――が激突したのです。
 もし、北棟に激突したのがAA11便(ボーイング767)でないとしたらAA11
便はどこに行ったのでしょうか。少なくとも、ニューヨーク近郊では、そのとき飛行機
の墜落事件は起きていないのです。
 こうなってくると、11月30日のEJ第1485号で取り上げたように、北棟に突
入したAA11便に搭乗していたはずのモハメド・アタ容疑者の父親が、事件後に息子
と電話で話しているという証言が妙に信憑性を帯びてくるのです。
 とにかくAA11便にしても、UA175便にしても、予定の進路を大きく外れて飛
んでおり、こういう事態には政府の緊急対処計画が発動され、戦闘機によるスクランブ
ルがかけられるはずなのです。一体スクランブル(緊急発進)はどうなっていたのでし
ょうか。
 調べてみると、スクランブルはかけられていたのです。午前8時46分――マサチュ
ーセッツ州オーティス空軍基地で、2機のF−15戦闘機にスクランブル発進が命ぜら
れています。もちろん、AA11便を追うためです。この時刻は、NORAD(北米防
空司令部)がAA11便のハイジャックを知ってから6分〜15分後AA11便との交
信が途絶えてから29分後のことです。あまりにも遅すぎます。
 さらに不可解なのは、なぜ、オーティス空軍基地なのかということです。遠すぎるか
らです。8:46AMといえば、その1分後にAA11便はWTCビル北棟に激突して
いるのです。ニューヨークが攻撃されていることはすぐわかったはずです。なぜ、すぐ
近くのアンドリュースに連絡しなかったのでしょうか。
 UA175便がWTCビル南棟に突っ込んだのが9:03AMですから17分時間が
あったのです。なぜ、アンドリュース空軍基地からの発進はなかったのでしょうか。
 オーティス空軍基地でもおかしなことがあったのです。スクランブルの発令自体がが
6〜8分遅れているうえに、パイロットが戦闘機に搭乗してから発進までさらに6分を
要したからです。パイロットは戦闘機に乗って、すぐに飛び立てる体制にあったのに司
令部から、なかなか発進命令が出なかったのです。
 そのときアンドリュース空軍基地では、3機のF−16が訓練飛行をしていたのです
が、司令部からは基地への帰投命令が出ただけだったというのです。
考えられない話です。・・・・・ [9.11/015]

ニューヨーク市.jpg

2006年10月17日

「そのとき大統領は何をしていたのか」(EJ第1490号)

 9.11のテロ当日、ブッシュ大統領は何をしていたのでしょうか。キーマンの足取
りを追ってみましょう。ブッシュ大統領は10日の夜からフロリダにいたのです。場所
は、フロリダ州ロングボートのコロニービーチ・ホテル――そこに宿泊していたのです。
ホテルの屋上には地対空ミサイルを設置してあり万一の場合に備えています。さすが、
米国の大統領ですね。警備は厳重です。大統領は11日の午前6時頃起き出して朝のジ
ョギングをしています。
 AA11便がWTCビルに激突したとされる8:47AM――ブッシュ大統領は、フ
ロリダ州サラソタのブッカー小学校に向う車の中にいたのです。スケジュールでは、大
統領はブッカー小学校で子供たちの本の朗読会に参加することになっていたのです。そ
のブッカー小学校に向う車の中で、大統領は飛行機がWTCビルに突っ込んだ
という情
報を受けています。大統領車の後方を走る別な車に乗っていたフライシャー報道官も連
絡を受けたのですが報道官は「何たることか、信じられない。飛行機がWTCビルに突
っ込んだ」と叫んだといわれます。
 これは緊急事態です。とくに大統領は直ちに予定の場所から移動する必要があります
。そうしないと、そこを飛行機に襲われる危険もあったからです。それにもっと指示を
出しやすい場所に移って全体の指揮をとる必要があったはずです。
 しかし、ブッシュ大統領はのんびりと子供たちと本を読んでいて、一向に腰を上げる
気配はなかったのです。そして彼は2年生の教室に移動します。そして、そこでも子供
たちに本を読ませていたのです。時刻は9:06AMになっていました。
 そこにアンドリュー・カード首席補佐官のが入ってきて、大統領の耳もと次のように
ささやいたのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       2機目の飛行機がWTCに衝突しました。合衆国が攻撃されて
       います。    ――アンドリュー・カード大統領首席補佐官
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 そのとき教室には16人の生徒と130人以上の記者団が詰めかけていたのですが、
記者の一人はカード補佐官から耳打ちされたブッシュ大統領の表情について次のように
いっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       補佐官の言葉を聞いた瞬間、ブッシュ大統領の表情は酔っ払い
       のようにうつろになり、合衆国が攻撃されているといわれても
       それ以上のことを問い返そうとはしなかった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 それでもブッシュ大統領は「山羊の話」を読む子供の話を8〜10分間も聞いていた
のです。後になって、彼は、「自分のために子供たちが一生懸命読んでくれているので 
小さな子供たちの気持ちを乱したくなかった」と弁解しているのですが、緊急事態にど
うするか自分のアタマをまとめ切れなかったのではないかという分析をする記者もいた
のです。「山羊の話」が終わったとき、ブッシュ大統領は「上手だ。まるで6年生みた
いだね」と褒めたそうです。これが、テロ攻撃を知ったあとの大統領の最初の言葉だっ
たのです。そして大統領が何かをしゃべろうとしたとき、教室の後方にいたフライシャ
ー報道官は、厚紙を高く掲げて大統領に見せたのです。そこには「まだ何もいわない
ように」と書いてあったのです。
 このブッカー小学校のある場所からサラソタ国際空港は近いのです。そうであるから
こそブッカー小学校が選ばれたのです。それなら、なぜ。シークレット・サービスは大
統領をもっと早く連れ出そうとはしなかったのでしょうか。
 そのあとブッシュ大統領は、子供たちに「上手に朗読を聞かせてくれてありがとう」
といい、教室を出ています。教室の外では記者団が「ニューヨークでWTCに飛行機が
突っ込んだのを知っていますか」と大統領に問いかけたのですが、ブッシュ大統領は、
「そのことは後で話そう」といって、校長室に行き、テロ攻撃があったので行かないと
いけないと話し、校長室の隣の部屋に入って行ったのです。時刻は9:16AMになっ
ていました。
 そこには、スタッフがテレビの画面を見ながら、情報を分析していたのです。ブッシ
ュ大統領はそこで補佐官たちと打ち合わせをはじめています。テロ攻撃に対してどうい
うコメントを出すかについての打ち合わせです。
 ホワイトハウスにいたチェイニー副大統領、ニューヨーク州のジョージ・パタキ知事
にも電話を入れています。そして、コメントの原案を練ったのです。
 9:29AM――ブッシュ大統領はまだブッカー小学校にいて生徒、先生、報道陣な
ど約200人の前で短いスピーチを行っています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
        今日わが国に大きな悲劇が起こりました。2機の飛行機が、
       ワールド・トレード・センターに突っ込んだのです。これは明
       らかにテロリストによるわが国への攻撃です。
                          ――ブッシュ大統領
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ちょうどこのときペルーで会議中であったコリン・パウエル国務長官のもとへ2機目
の飛行機がWTCビルに突っ込んだことが知らされたのです。長官は直ちに会議を中止
し、「飛行機の準備をしてくれ」と指示を出し、急遽ワシントンに戻ったそうです。お
よそ、ブッシュ政権あって最もまともな人はこの人ぐらいしかいないと思います。 
 ブッシュ大統領がサラソタ国際空港に向かって出発したのが、9:34AMです。と
ころがその車の中で、カード首席補佐官はペンタゴンがやられたことを知るのです。ペ
ンタゴンが攻撃されたということは、次は大統領専用機エア・フォース・ワンであるこ
とを疑ったのか疑わないのか――エア・フォース・ワンは、護衛なしでワシントンに戻
っているのです。・・・ [9.11/016]

ブッシュ大統領/カード補佐官.jpg

2006年10月18日

AA77便はミサイルに入れ替わっている(EJ第1491号)

 今日からは、ペンタゴンを攻撃したとされるAA77便――C機について考えていき
ます。
 ペンタゴンは1941年に建設されています。それは、コロンビア特別区からポトマ
ック川を隔てて、バージニア州アーリントンにあります。名前の通り5角形をしており
5重の同心円状になっています。
 5層の建物は10の渡り廊下で連結されており、その各外辺は282メートル、高さ
が24メートルあります。AA77便が突入したことによって炎上し、爆発が2回起こ
り189人が死亡したといわれています。
 AA77便がワシントンのダレス国際空港を出発したのは8:20AM――西方のオ
ハイオ州上空までおよそ300マイル進んだところでハイジャックされています。その
後、AA77便はUターンして再び300マイル飛行してワシントン上空まで戻ってき
ているのです。
 そのとき次の2人の航空管制官は、このAA77便をフォローしていたのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
            ダニエル・オブライエン航空管制官
            トム・ハウエル    航空管制官
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 オブライエン航空管制官はAA77便は2回、レーダーから機影が消えたと証言して
います。1回はUターンのとき、2回は墜落直前でホワイトハウスから3マイルのとこ
ろで、です。
 もちろんAA77便のトランスポンダーはオンになっていたのですが、レーダーには
映るので見落としはないのです。1回目に機影が消えたあとは、かなりの猛スピードで
飛んでおり、とても旅客機には見えなかったと航空管制官たちはいっているのです。彼
らは一様に軍用機であると考えたといっています。
 オブライエン航空管制官は次のように証言しています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
        私たちは(WTCの出来事を知って)すぐに飛行機の動きを
       確認しはじめたのです。そして私は未確認の飛行機がダレス空
       港南西に向かって飛んでくるのを確認したのです。
        それはものすごいスピードでした。私はレーダースクリーン
       を叩くことしかできませんでした。
                      ――オブライエン航空管制官
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 そのとき、ハウエル航空管制官は気がついたのです。その未確認飛行体がホワイトハ
ウスに向かっていることです。目標機は時速500マイル(時速800キロ)の速度で
ホワイトハウス――首都を捕捉する飛行禁止区域56に入ってきていたのです。しか
しすぐ近くのアンドリュース空軍基地からのスクランブルはなかったのです。
 管制塔では、その飛行体がホワイトハウスから12マイル――19キロのところまで
接近した時点で、カウントダウンが始まったといいます。もちろん、ホワイトハウスに
連絡がいったことはいうまでもありません。チェイニー副大統領やライス補佐官は、通
報により、地下室に避難しています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
        11マイル、10マイル、9マイル、8マイル・・・・
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 オブライエン航空管制官は、このときの様子を次のように述懐しています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       カウントが6、5、4になって、私の口から3といおうとした
       そのときです。突然、レーダーから飛行体の機影が消えたので
       す。部屋は一瞬安堵感に包まれました。これは、迎撃されたに
       違いない。これは私たちの男たちがやってくれたに違いない。
       私たちの首都と大統領を守る者たちがスクランブルを命ぜられ
       たと思いました。       ――オブライエン航空管制官
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 しかし、すぐオブライエン氏たちは、愕然とすることになるのです。その飛行体がペ
ンタゴンに衝突したと聞かされたからなのです。結局スクランブルは1回もなかったの
です。
 時速800キロといえば、高空での巡航速度であり、低空での飛行速度ではないので
す。このことから、ペンタゴンに突入したのはAA77便ではなく、巡航ミサイルでは
ないかという説が浮上してきています。つまり、どこかでAA77便と巡航ミサイルが
入れ替わったのではないかというわけです。
 ここで、AA77便が2回レーダーからその機影が消えたことを思い出していただき
たいのです。墜落直前に消えた2回目は、低空飛行になったからであると考えると、U
ターンをした1回目に巡航ミサイルのようなものに入れ替わったのではないかというわ
けです。これなら、猛スピードを出していた謎も解けます。しかし、それが正しいとす
るとAA77便は、どこに行ってしまったのでしょうか。
 これについては興味ある情報があるのです。ていねいに調べてみると、事件当日報道
されたのに、その後追及されずに消えてしまった別のハイジャック事件というのがある
のです。
 ニューヨークでテロ事件があって、1時間も経たないうちにアメリカン航空の旅客機
がハイジャックされているのです。そしてその飛行機は、ペンタゴンの近くのヘリポー
トに墜落したのです。36人が死亡し建物にも甚大な被害が出ているのです。この報道は
2001年9月12日付の「ホット・ウィアード」誌に掲載されたのですが、そのうち
に報道されなくなったというのです。これには目撃者も多くいたのですが目撃者の証言
は、ほとんど取り上げられていないのです。
 このヘリポートに墜落した飛行機が、AA77便なのでしょうか。そうすると、ペン
タゴンに衝突したのは何でしょうか。 ・・・ [9.11/017]

巡航ミサイル.jpg

2006年10月19日

AA機のペンタゴン突入の不可解さ(EJ第1492号)

 この世の中には、どのように考えても理屈に合わないことであるのに、それが正論と
してまかり通ってしまうことがあるものです。国家権力がからんで、それが国益にかか
わることであれば、白を黒といいくるめることもできるのです。
 その典型が9.11テロだと思うのです。中でもAA77便のペンタゴン突入はその
典型であると思います。最初に添付ファイルの画像を見ていただきたいのですAA77
便が激突したとされるペンタゴンの映像です。
 この写真にはおかしなことがたくさんあります。大きな疑問点をまとめると次の3つ
になります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       1.巨大なジャンボ・ジェット機が突入したにしては、ペンタ
         ゴン・ビルの壊れ方が小さすぎる。
       2.写真を見る限りでは、奥に突き抜けていないにもかかわら
         ず、飛行機の残骸がまったくない。
       3.ジェット機がビルに激突すれば、前の芝生は残骸や油で相
         当汚れるはずなのにきれいである。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 AA77便は、ボーイング757です。この飛行機の大きさのデータを示しておきま
す。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
            ≪ボーイング757≫
            高さ ・・・・・ 13.6メートル
            長さ ・・・・・ 47.3メートル
            幅  ・・・・・ 38.0メートル
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これほど巨大なジャンボ・ジェットが、超低空を時速800キロの猛スピードで、ペ
ンタゴンの2階部分に激突するさまを想像していただきたいのです。果たして写真の程
度の破壊で済むでしょうか。
 ここで「幅」というのは、両翼を含めた全幅――つまり、左翼の端から右翼の端まで
の長さです。それが38メートルあるのです。これでペンタゴンに突っ込んだのなら、
ペンタゴンは、幅38メートル以上が損傷するはずなのに、ペンタゴンは19メートル
しか損傷していないのです。これはまさに理屈に合わないことだと思いませんか。これ
が第1の疑問です。
 もう一度写真をよく見てください。ペンタゴンのビルは崩れていますが、奥まで抜け
ていないことがわかると思います。しかし全幅38メートルで突っ込んだのであれば、
飛行機は中庭まで突き抜けても不思議はないはずです。
 しかし、そうなっていない――ということは、飛行機の先端部分だけが衝突したとい
うことになります。そうであれば、ペンタンが幅19メートルしか壊れていないのは納
得できます。しかし、その場合は飛行機の残りの部分は、ペンタゴンの外――写真でい
うと、きれいな芝生の辺りに無残な姿となって散乱しているはずです。
 しかし、それがない。飛行機の残骸はほとんど発見されていないのです。そのような
ことがあり得るでしょうか。どう考えても理屈に合わないことです。事件の起こった翌
日9月12日にペンタゴン所在地を担当するアーリントン地区消防署長エド・プラウア
ー氏は、記者団から「飛行機の残骸はどこにあるのか」と聞かれて次のように答えてい
ます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       まず飛行機の機体に関する問題だが、消火作業をしているとき
       に小さな破片がいくつか散見された。けれども大きな残骸は、
       見当たらなかった。言い換えれば、胴体とかそういうものはな
       かった。この問題について、これ以上のことは言えない。実際
       にはたくさんの目撃者がいて、テロ機が接近してきたときに何
       が起こったか、もっと知っているはずだ。それについてわれわ
       れは知らないし、私も知らない。
                     ――エド・プラウアー消防署長
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 続いて、別の記者から、ジェット燃料について聞かれたプラウアー消防署長は次のよ
うに意味不明のことを答えています。意味がわかるでしょうか。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       記者:ジェット燃料はどこでしょうか
       署長:私たちは、飛行機の鼻先だと信ずるまさにそこにあった
          泥がそうだと思っている。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ちなみにこの会見は国防総省において国防次官立会いのもとに行われておりエド・プ
ラウアー消防署長は何か非常に話しにくそうだったといわれます。これが第2の疑問で
す。
 第3の疑問はペンタゴンの前の芝生の話です。再度添付ファイルを見てください。芝
生は本当にきれいであることが分かると思います。しかし、写真には数台のトラックが
止まっており、消防夫3人ほどいて何かをやっています。
 火災は既に鎮火しており、消防夫は火を消しているわけではないのです。実はトラッ
クはペンタゴンの芝生の上に砂利を撒いているのです。3人の消防夫はその砂利を敷き
詰める仕事をしているように見えます。
 なぜ、そのようなことをするのでしょうか。
 ここで先ほどの「ジェット燃料のゆくえ」について尋ねられた消防署長の意味不明の
答えを思い出して欲しいのです。「飛行機の鼻先だと信ずるまさにそこにあった泥がそ
うだ」という表現です。つまり、ジェット燃料はペンタゴンの鼻先のところにばら撒か
れ泥になっている――したがって、そこに砂利を敷いているという意味ではないでしょ
うか。
 しかし、どのように見ても芝生はきれいです。機体の残骸はないのに、芝生はジェッ
ト燃料を吸っているというのでしょうか。・・・ [9.11/018]

崩壊するペンタゴン.jpg

2006年10月20日

ペンタゴンに突入したのはミサイルである(EJ第1493号)

 ボーイング757のような巨大なジャンボ機が超低空を飛んできて、ペンタゴン・ビ
ルの1階部分に激突する――この想定には大きな無理があります。なぜなら、どのよう
な腕利きのパイロットでもジャンボ・ジェットでこういう操縦はできないと思われるか
らです。
 もし、奇跡的にそれが行われたとしても、激突する前に胴体や翼の部分が相当地面に
バウンドしたうえでビルにぶつかる――そういう状況が考えられます。しかしペンタゴ
ンの前の芝生にはそういう痕跡はいささかも残っていないのです。
 もうひとつ、こういう説があるのです。
 ペンタゴンのすぐ近くを高速道路が通っています。その先、つまりペンタゴンの手前
にペンタゴン専用のヘリポートがあるのですが、AA77便はそこにほとんど激突する
ようにして着陸してから、そのまま速度をゆるめずに前進を続け、ペンタゴンの建物前
面にぶつかったという説です。着陸時の時速はおよそ400キロ程度であると推定され
ます。
 この説はかなりリアリティがあります。しかし、この説でもペンタゴンの前面の芝生
はめちゃくちゃになり、AA77便の残骸が転がっていなければならないのですが、そ
れがないという不可解さです。
 米国防総省の公式発表は、次のようになっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       墜落したボーイング757型機は、テロの直前、芝生にぶつか
       って建物の一番下の階に突き当たり、ほとんど痕跡を残さず灰
       になってしまった。            ――米国防総省
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 そんなことが起こりうるでしょうか。
 ペンタゴンのテロ直後に、AP通信は「爆弾を積んだトラックがペンタゴンに突っ込
んだ」と報道しています。しかし、その報道内容は、後に国防総省の公式発表で修正さ
れています。
 また、テロ直後に国防総省は現場を封鎖し、誰も立ち入れないような処置をとってい
ます。報道陣に対しては安全を理由に撮影は禁止され、米国をはじめ世界の大部分のメ
ディアは煙が上がるペンタゴンを遠くから眺めることしかできなかったのです
 事件直後に米連邦捜査局(FBI)は、捜査を開始していますが国防総省によってこ
の事故が「極秘事故」と分類されたため、捜査を打ち切っています。「国防上の問題」
を錦の御旗にして振りかざし、徹底的な秘密防衛主義をとっているのです。したがって
関係資料やテロの内容は国防総省に全面的に依存しており、当時救助活動に参加してい
た救助隊員の証言を土台にするしか真相に迫る方法はなかったのです。
 そこで、証言を基にして真実に迫ってみましょう。
 ペンタゴンに本当にぶつかったのは、果たしてAA77便だったかどうかです。CN
Nテレビは「ペンタゴンに向う民間航空機を見た」と証言する匿名の女性を紹介してお
り、元陸軍大尉のリンカーン・リブナー氏は、AFP通信に対し、「大きなアメリカン
航空の旅客機が、高速、低空でやってくるのを見た」と証言しています。
 これは、国防総省の公式発表を裏付ける証言ですが、どうやら意図的な証言の疑いが
濃厚です。というのは、事件後に報道機関が明らかにした証言は、一貫してペンタゴン
に衝突したのはAA77便のようなジャンボ・ジェットではなく、もっと小さな飛行機
であるという点でほぼ一致しているからです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       航空機は8〜12人の乗員が乗っていたように思えた。そして
       戦闘機の激しい悲鳴のような音がした。
       スイーブ・パターソン氏/9.11付「ワシントンポスト」紙

       ミサイルのような音を聞いた。その後爆発音がした。
        ――ペンタゴン/ネットワーク技術者/トム・セイバート氏

       それは翼付きの巡航ミサイルのようだった。
          ――「USAトゥデイ」紙記者/マイク・ウォルター氏
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 もし、巡航ミサイルであったとしましょう。そう考えるとすべての疑問が氷解するの
です。超低空で、しかも凄いスピードで目標めがけて正確にぶつかる――巡航ミサイル
ならそれは可能なのです。ミサイルなら、ペンタゴンの外側だけが破壊していることも
手前の芝生に飛行機の機体の残骸がないこともすべて納得できるのです。
 巡航ミサイルではなく、小型無人偵察機「グローバル・フォーク」という説もありま
す。アフガニスタンやイラクでの戦争で使われた遠隔誘導の無人偵察機です。
 さまざまな証言を検証していくとペンタゴンに激突したのは少なくともボーイング7
57ではあり得ないということがはっきりしてきます。もっとも可能性が高いのが巡
航ミサイルですが、AA77便がホワイトハウスの付近でレーダーから機影が消えたと
きに入れ替わったのではないかと考えられます。
 問題は誰が何の目的で巡航ミサイルを発射したかです。当然ですが、それをやれる人
は限られてきます。しかし、その追求は後に回しましょう。
 上記の説とはまったく違う推論があります。ペンタゴンもWTCビルと同様に爆破さ
れたのではないかという説です。AA77便はもちろんのこと、巡航ミサイルも、グロ
ーバル・フォークも何もペンタゴンに飛び込んでいないというものです。内部から2発
の爆弾によって爆破されたというのです。
 確かに爆破であれば、ビルはあのように崩れることは確かなのです。これに加えて、
「巡航ミサイル+爆破」で破壊されたという説もありまのす。爆破の裏づけについては
来週に述べることにします。・・・[9.11/019]

ジャンボ機ではない.jpg

2006年10月23日

ペンタゴンを爆破を裏付ける証拠(EJ第1494号)

 ペンタゴンの前に本来あるべき突入機の残骸がない――このことから、ペンタゴンに
はどのような飛行物体も突入しておらず、あらかじめ内部に仕掛けられていた複数の爆
弾が爆発しただけなのでは・・・という説も浮上しています。
 確かにペンタゴンの崩壊のしかたを見ると、爆弾による破壊が疑われます。しかし、
何もペンタゴンに突入していないと考える説には無理があります。なぜなら、凄いスピ
ードで飛行するミサイルらしい飛行物体を多くの人が目撃しているからです。
 したがって、ミサイルのペンタゴンへの突入と同時に仕掛けられていた爆弾が爆発し
たという説に絞られてくるのです。つまりWTCビルと同じパターンです。
 そこで、ミサイルについては後で述べるとして、爆弾によるペンタゴンの爆破説を追
求してみることにします。
 MSNBCをご存知でしょうか。
 MSNBCは、マイクロソフトとNBCニュースのジョイント・ベンチャーで、イン
ターネット上やケーブルテレビで24時間休みなく情報を提供しています。
 このMSNBCでは、ペンタゴンのセキュリティー・カメラのビデオ映像を公開して
いるのです。そのセキュリティー・カメラはペンタゴンの手前のガソリン・スタンドに
設置されていたのですが、ペンタゴンの崩壊場所に本当にボーイング機が激突したので
あれば、その瞬間を確実にとらえてはずです。
 しかし、この公開映像では飛行物体の姿は確認できず、奇妙なことに日付や時間が違
っているのです。明らかにそのビデオ映像は編集され、飛行物体が写っているフレーム
はカットされていると考えられるのです。したがって、この映像を見る限りペンタゴン
に突入したのがボーイング757なのか、ミサイルなのか、それとも飛行物体などない
のか、わからないということになります。このビデオはタケシの番組でも公開されたの
で私自身見ましたが、何度見ても飛行物体は確認できません。
 実はこの映像の話をEJで取り上げたのは、飛行物体が何であるかを議論するためで
はなく、ペンタゴンから上がった炎の色についてお話ししたいからなのです。
 このビデオ映像で見られる炎の色について、次のように整然と指摘しているウェブサ
イトがあります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
     ペンタゴンのビデオは非常に明るい火の玉を示している。しか
     しながら、飛行機衝突(ないしは自動車の衝突)のさいには、
     煤汚れのダークオレンジの火の玉が上がるはずだ。明るい、き
     れいな火の玉が上がるには大量の酸素が必要になる。もし、煤
     をとらえず、光だけをとらえたこと、そしてその明度が安価な
     カメラのせいだということでないとしたら、火の玉は爆発物の
     それである。ペンタゴンは23メートルの高さがある。しかし
     火の玉はこの写真ではペンタゴンの高さの大体50%ほど、火
     の玉がこのサイズで青白いイエローで、それは何を示すのであ
     ろうか。なぜ、すべてのビデオフレームを公開しないのか。
              http://www.erichufschmid.net/index.html
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 添付ファイルとしてMSNBCのビデオ映像の写真を付けておきます。専門家でない
ので詳しくはわかりませんが、飛行機が激突したときに上がる炎は、真っ黒の煙の中に
赤い火が見える――そういう炎になるといわれます。ガソリンが大量の煤で汚れている
からです。
 添付ファイルの写真は、確かにオレンジ色の炎の中に黒い煙が見えます。しかしこれ
を持って直ちに爆発のそれであるといえるのでしょうか。読者のご判断にまかせます。
 ところで、ペンタゴンの崩壊部分をよく見ると、下の部分から崩れているのがわかり
ます。こういう崩れ方をするのは、ペンタゴンの地下のどこかで爆発が起きたと考える
のが妥当であるという意見がありますが、これには納得できます。地下ということにな
ると、内部爆発の疑いが色濃く浮上してきます。やはり、内部爆発はあったと考えるべ
きなのでしょう。
 ペンタゴンに関する数多くの疑惑に対し米国政府は頑なに情報公開を阻んでいます。
現場は今でも立ち入りは禁止であり、厳重に当局によって管理されています。遺族は花
束さえ置きに行けないといわれます。何を頑なに隠そうとしているのでしょうか。
 そういう秘密主義の一方で、明らかに矛盾する証言が大々的に公開されていたりしま
す。そのひとつをご紹介しましょう。
 元検察官兼評論家として知られるバーバラ・オルソンさん――46歳は、その日AA
77便に搭乗しており、携帯電話で司法省で働く夫に、AA77便の機上から機内の様
子を伝えてきたのです。声は落ち着いていたそうです。いったん電話を切り、2回目に
かけてきたときに、複数の犯人が刃物で乗客らを脅し、客室の後部座席に移るよう指示
したことを知らせてきたというのです。「何をすればいいだろう」――この夫への問い
かけが、最後の電話になったといいます。
 しかし、この証言には重要な疑惑があるのです。そのときのAA77便の高度にもよ
りますが、携帯電話と地上が交信できるのは、8000フィートが限界という実験結果
があるからです。普通では、AA77便は通常35000フィートの高度を飛行してお
り携帯電話は受信不能なのです。であるとすると、本当にこの話はあったことなのでし
ょうか。
 明らかにこれは作り話であると思います。いかにもAA77便がペンタゴンに突入し
たことを信じさせるための話です。ちなみに、バーバラ・オルソンさんはテレビでもお
なじみの顔であり、その証言に多くの米国民が関心を寄せることを計算してのヤラセ話
ではないかと考えられるのです。ところで、もし、ペンタゴンに飛び込んだのがAA7
7便でないとしたらAA77便は、どこに行ってしまったのでしょうか。・・
・[9.11/020]

2006年10月24日

AA77便はどこに消えたのか(EJ第1495号)

 ペンタゴンに突入したとされるAA77便がどこかでミサイルと入れ替わったとする
と、AA77便は、一体どこに行ったのでしょうか。
 AA77便の行方については、次の3つの説があるのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      1.AA77便はペンタゴンではなく、ペンタゴン専用のヘリ
        ポートに墜落している。
      2.AA77便は米空軍にピッツバークに誘導され、UA93
        便と一緒に撃墜された。
      3.AA77便は途中から針路を変更、離れた米軍基地に運ば
        れ、乗客・乗員は抑留。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 1について考えてみます。
 AA77便がペンタゴンに向かったとされる同時刻に、同じアメリカン航空の旅客機
がハイジャックされて、ペンタゴンのヘリポートに墜落したという報道は実際にあるの
です。ただ、この報道は1回しか報道されなかったのです。航空機墜落ともなると、大
惨事です。どうして詳しく報道されないのでしょうか。
 そこで、実はこの旅客機がAA77便でありペンタゴンへの突入に失敗し、間違って
墜落したものである――こういう説が出てきたのです。しかし、ペンタゴンの地下には
爆弾が仕掛けてあり、誰かが操作して、AA77便の突入と同時に爆発するようになっ
ていたのです。ところが、AA77便が突入に失敗したのでペンタゴンは爆弾で爆破さ
れたのではないかという説です。
 確かにこれなら、飛行機の残骸がないのは当然ですが、ひとつ矛盾があるのです。そ
れは、この墜落による死亡者数が合わないことです。AA77便には64人が乗ってい
たことがわかっているのですがヘリポートに墜落した旅客機の死亡者数は34人になっ
ているからです。
 2について考えてみます。
 9.11テロでハイジャックされ、唯一目標とするターゲットに攻撃できずに、ペン
シルバニア州ピッツバークに墜落したUA93便(D機)があります。 このUA93
便についてはこれからお話しするのですが、UA93便の機体の残骸が異常に広範囲に
散乱している事実があります。
 そのことから、これらの機体の残骸はUA93便のものだけではなく、2機分の残骸
ではないかという説があるのです。つまりUA93便とAA77便の2機の残骸ではな
いか――というわけです。それでは、墜落した原因は何でしょうか。
 それは米空軍のF−16戦闘機によるミサイル攻撃です「そんな馬鹿な・・・」と思い
ますか。世間一般にはUA93便は、機内でハイジャック犯と乗客が格闘になりそれに
よって墜落したというように伝えられています。そのUA93便の機内の様子を伝えた
本も出版されています。しかし、ミサイル攻撃という根強いウワサは消えていないので
す。
 EJでは、2度にわたってJAL123便の御巣鷹山事故を取り上げています。その
とき、JAL123便墜落の直接原因を航空自衛隊によるミサイル攻撃である――とい
う説をご紹介しております。そんなことあり得ない――と考える人は多いと思いますし
私もそう考えています。しかし、それを完全に否定することはできないので。それは、
そのときのEJのレポートを読んでいただけばわかります。
 しかし、米空軍がハイジャックされた未確認飛行物体に対してミサイルを発射するこ
とは、大統領の許可なしに実施できるのです。これはFAA(米連邦航空局)の公式文
書には次のように記述されているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       緊急事態が発生した場合は、ホワイトハウスの許可なしで
       民間航空機を撃墜してもかまわない。  ――FAA文書
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 そういうわけで、AA77便は途中で米空軍によって、ピッツバークに誘導され、同
様にその地点に来ていたUA93便もろともにF−16戦闘機から発射されたミサイ
ルで撃墜されたという説が出てきたのです。
 その際、AA77便もUA93便もFAAから機内にあるトランスボンダーをオフに
するよう指示されています。このスイッチをオフにすると国籍も航空会社名も便名も管
制塔にはわからない未確認飛行物体となるのです。しかし、レーダーには機影は映りま
す。つまりこれによってミサイルの攻撃対象にできることを意味しています。理由はF
AAが「安全上のため」といえばパイロットは従わざるを得ないでしょう。
 3について考えてみます。
 既に述べたようにAA77便は2回にわたってその機影がレーダー上から消えていま
す。これを「ロスト」といいます。ロストする