INTEC JAPAN/BLOG

このブログは、異文化研修の教育機関(株)インテック・ジャパンの情報発信用です。(株)イー・メディアとの提携により、同社のドキュメント・レポート「Electronic Journal」をウィークデイの毎日お届けします。
「Electronic Journal」は様々な情報を400字詰原稿用紙7枚にまとめて配信する日刊メールマガジンです。

<< どのようにして月に行くか(EJ第1396号) | トップ | フォン・ブラウンとV−4ロケット(EJ第1398号) >>

2006年11月16日

フォン・ブラウンとコロリョフ(EJ第1397号)

 LMとドッキングしたCSMが月に向かい、どのようにして地球に戻るかですが、そ
のステップは次の7段階です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
            6.月周回軌道に到達/LMを分離
            7.2人の飛行士LMで月面に着陸
            8.上昇エンジンでLM月面を離陸
            9.CSMと結合/飛行士CM移動
           10.LM廃棄/地球遷移軌道に乗る
           11.CMとSM分離/CM大気突入
           12.パラシュートの力を借りて着水
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 月の周回軌道に乗ると、LMに2人の飛行士が乗り込んでLMはCSMから分離され
月に向かい、降下用エンジンで減速しながら、月面に着陸します。副島氏は、そのよう
なことは現在の技術をもってしても不可能としていますが、・・・。
 月面活動を終えた2人の飛行士はLMに乗り込み、降下用エンジンを含む着陸船の下
半分を発射台に使って、上昇用エンジンに点火し、軌道で待機しているCSMとランデ
ヴー、ドッキングします。この段階で、飛行士と月面からの採集物――月の石などをは
じめ、必要な機器類をCMに移動します。この重量は最初から厳密に計算されているの
です。
 アポロ13号の場合、月着陸を断念したので、帰還するさいのCMの重量が足りず、
LMからいろいろな機器をCMに積んで指定の重量にするシーンが映画で見ることが
できます。
 そのあと、LMはCSMから分離され、廃棄されます。そしてSMのエンジンが点火
され、CSMは地球に向かう遷移軌道に投入され、一路地球周回軌道を目指すのです。
 そして、地球大気に到達する直前、CMとSMは切り離されCMは大気圏に突入し、
パラシュートの力を借りて減速し、指定の海域に着水する――これがアポロ計画の全プ
ログラムです。
 プログラムとしては完璧です。アポロ計画の詳細を知るには、どうしてもNASA
サイドに立って書かれた書籍を参照するのでここまで精緻に練られた飛行計画を示され
ると、当時の技術で十分実現可能であったのではないかと考えてしまいます。
 しかし、NASAサイドの資料では大きく抜け落ちていることがひとつあります。そ
れは、1958年にジェームズ・ヴァン・アレン博士が発見した「ヴァン・アレン帯」
が月に向かう宇宙飛行士に与える影響についてです。月には、ヴァン・アレン帯を突破
しないと行けないからです。ここを通っても人体に影響を与えない技術を人類は当時も
今も有しているのでしょうか。
 ヴァン・アレン帯については、改めて述べる予定ですが、NASAの記述によると、
この問題をあまりにも軽く考えているところがあり、それもアポロ疑惑が騒がれるよう
になってから、例の「月の雑学」のサイトなどで、「ロケットは超高速で通過するので
問題はない」とまるで問題にしていない説明ぶりです。
 確かに今まで、ヴァン・アレン帯の外に出た宇宙飛行士は27人いるのですが、放射
線の影響とみられる症状を示したのは、アポロ8号の宇宙飛行士、フランク・ボーマン
氏だけなのです。
 また、月面に降り立った宇宙飛行士12人のうち、1998年までに死亡した人はた
ったの1人であり、健康面には何も問題はないのです。もっとも月に行っていないので
あれば、十分納得できる話ではありますが・・・。
 しかし、EJでは、もう少し「人類を宇宙(月)に送り込む」という壮大なるプロジ
ェクトの歴史について、探ってみたいと思います。
 人類による宇宙旅行という壮大な夢を持ち、それを長年にわたる研究開発と実験によ
って、その目標をかなりのレベルまで実現させた科学者といえば次の2人が上げられま
す。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
        ヴェルナー・フォン・ブラウン      ドイツ
         1912〜1977
        セルゲイ・パーヴロヴィッチ・コロリョフ ロシア
         1906〜1966
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 この2人の科学者は、ドイツとロシアという別の国に生まれながら、実に数奇な運命
に左右された科学者なのです。あの米ソの有人宇宙飛行競争の米国の旗頭がフォン・ブ
ラウンであり、対抗するソ連の旗頭がコロリョフであるからです。
 1961年4月12日にコロリョフが率いるソ連のチームが、ガガーリンを軌道に乗
せて世界中の大喝采を浴びると、フォン・ブラウンが率いる米国NASAは、最初から
有人月着陸に目標を絞ったアポロ計画をスターさせ、遂に1969年7月20日にアポ
ロ11号による月着陸を成功させる、というようにです。
 フォン・ブラウンとコロリョフは、生涯を通じて一度も会うことはなかったのですが
、まさに2人は資本主義と社会主義の代表選手として、国家の誇りと名誉にかけて、1
960年代に息づまる先陣争いを戦ったのです。
 まさに史上最強のライヴァルというべき2人ですが、米国とソ連という20世紀の2
大強国を舞台とはしているものの、ともに人類を宇宙に送り出し、いつの日か宇宙旅行
を実現させたい−−この幼い頃の夢を大きく現実に近づけた2人だったといえます。
 アポロ計画による人類の月着陸はあったのか、なかったのか――疑問は数多くありま
す。NASAは、正式には軍事機密と称して何もコメントしませんが、そのウラでは数
々の手段を使って疑惑の火消しにやっきとなっているように見えます。
 このテーマの分析が単なる水掛け論に終わらせないためにも、フォン・ブラウンとコ
ロリョフの2人の科学者がいかにして、人類の宇宙旅行という自分たちの夢を実現させ
ようとしたのか、その軌跡をたどって見るのも無駄ではないと思います。明日から、こ
の2人について考えていきます。      ・・・ [アポロ計画/008]

フォン・ブラウンとコロリョフ.jpg
               

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://www.intecjapan.com/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/125

◎この記事へのトラックバック:

» 携帯アフィリエイト【超ド初心者】が月160万円稼いだ脅威の技! 送信元 : 携帯アフィリエイト
携帯アフィリエイト、一年で稼いだ金額1638万円。更にたった3ヶ月で携帯アフィリで月収160万円稼いだマニュアル購入者も現れました。パソコンアフィリエイトはもう時代遅れです。 [詳しくはこちら]

コメントを投稿

カレンダー