世界を欺いた3人乗りヴォスホート(EJ第1408号)
米国のマーキュリー計画の着実な前進にソ連政府は、大変な危機感をいだいていたの
です。しかし、フルシチョフ首相をはじめとする首脳部はその重要性を認識していたの
ですが、国防省が動かなかったのです。意識的サボタージュです。
国防省の本音は「必要な資金は国家の安全強化のためにのみ支出されるべきである」
というものであり、コロリョフが推進しようとしていた有人月飛行計画には関心を示さ
なかったのです。今にして思えば、宇宙開発において、ソ連が大きく先行しながら結局
米国に遅れをとったのは、これが原因だったということがわかります。
1日のEJで述べたように、本気で月着陸を目指すのであれば次の2つのことが必要
なのです。再現しておきます。
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1.2機の宇宙船が軌道上でのランデヴーすること
2.1人乗りから3人乗りの宇宙船を開発すること
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米国はこれをクリアするために「ジェミニ計画」をスタートさせたのです。「ジェミ
ニ」というのは「ふたご座」のことで、3人乗りの宇宙船を作る前に2人乗りの宇宙船
を作り、月飛行に必要な数多くの実験を行うことにしたのです。
「ジェミニ計画」は、1965年の第3号から有人飛行を行い1966年の12号ま
で続けられたのです。なお、副島隆彦氏の『人類の月面着陸は無かったろう論』(徳間
書店刊)の巻末にある「月ロケット・探査機の歴史年表」のP299には、ジェミニ計
画は「ソヴィエト」と記述されていますが、これはミスです。
イージーミスは誰でもありますがアポロ計画の月着陸はウソと断ずる書籍において、
このようなミスを冒すことは、内容の真偽にかかわる大失敗であると考えます。
ソ連のコロリョフは、米国のジェミニ計画の着実な前進を気にかけながら、それでも
人類の月着陸に向けて精密な計画を立てていたのです。それが「ソユーズ計画」です。
この計画は、ごく簡単にいうと、2人乗りの宇宙船を2機地球周回軌道に打ち上げ、
軌道上でドッキングさせる――そして、宇宙飛行士の相互移乗ができるようにするとい
うものです。
これに対して、ジェミニ計画は、ランデヴー飛行とターゲットとの自動的なドッキン
グのみを想定しており、コロリョフのソユーズ計画は、アポロ計画に近い計画だったと
いえます。
しかし、コロリョフには当時これを実行に移す資金がなかったのです。それでいて、
国防省から課せられるミサイルとしてのロケットの納期は過酷であり、新しい技術を開
発する余裕はなかったのです。そのためコロリョフは既存の技術基盤を生かしながら、
できるだけシンプルなロケットを開発し、空いた時間で月着陸計画を練るしかなかった
のです。
ケネディ大統領による1961年5月25日の演説は、ソ連に対して挑戦状を叩きつ
けたものであったのに、ソ連はこの挑戦に応えるのか、それとも独自の道を進むのか、
国として決めるべきであったのにそのどちらもやらなかったのです。ソ連という国は、
その時点で、宇宙開発に関して国として計画を一本化できなかったのです。
実は、誰よりも焦っていたのは、フルシチョフ首相だったのです。彼は、宇宙開発の
ことなど何もわからない人物ですが、米国が何かをやるという情報が入ると性急にコロ
リョフに開発を命ずるのです。
こんな話があります。フルシチョフは、米国がジェミニ計画で2人乗りの宇宙船を作
るという情報を掴むと、コロリョフを呼び出し、次のように命じたのです。
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ただちに3人の宇宙飛行士が乗れる宇宙船を開発し、宇宙に
発信させよ! ――ニキタ・フルシチョフソ連首相
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コロリョフは、このむちゃくちゃな命令を政治的に利用したのです。彼は首相直々の
命令であるということで国防省をけん制し、フルシチョフ首相とは月を目指すロケット
の開発を条件に、3人乗り宇宙船の打ち上げを約束したのです。
といっても1人乗りの宇宙船を3人乗りにするのは至難のことなのです。まず、宇宙
服を着て乗ることを前提にスペースを広くとらなければならないし、危機の場合の緊急
脱出装置も3人分用意する必要があるからです。そのためには、ロケット自体もよりパ
ワーのあるものを建造する必要がある――難問山積です。
しかし、コロリョフには時間も資金もなかったのです。そこでコロリョフは一計を案
じます。要は、米国よりも進んでいることを世界にアッピールするだけでよい。フルシ
チョフはそれで満足するはずである。それなら、急ごしらえの安普請の宇宙船を建造し
て対応しよう――こう考えたのです。
こうしてはじまったのが「ヴォスホート計画」なのです。完成度の高いヴォストーク
宇宙船を土台とし、単座式のシートを改良して何とか3人乗れるようにしたのです。し
かし、宇宙服を着て乗ることは不可能であり、緊急脱出装置を3人分作ることも無理だ
ったのです。
そこで、宇宙服を着用させないようにし、脱出用のハッチも外してしまったのです。
ただ、宇宙服を着用しないと飛行士の呼吸によって二酸化炭素が充満するので、その除
去装置を開発して設置したのです。
しかし、そのスペースは猛烈に窮屈であり、飛行士たちは飛行中は一切身動きができ
ず、何もしていないのです。ただ、米国に見せつけるためだけに、ソ連は、このような
意味のない、危険きわまることをやってのけたのです。
しかし、果たせるかな、世界は再びソ連に対して喝采を送ったのです。「ソ連、3人
乗り有人宇宙船開発!」と新聞は大見出しで書きたてたのです。
・・・ [アポロ計画/019]
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