ノアの洪水の謎を解く3つの理論(EJ第1007号)
土砂降りの雨が40日間も降り続く――そのようなことが気象現象として起こり得る
でしょうか。
昨日のEJで述べたように、雨が降る原理は、気体としての水分を含んだ温かい空気
が、冷たい空気にぶつかったとき、温かい空気の温度が下がり、気体として維持してい
た水分を保持できなくなるので雨となるというものです。
空気と空気のぶつかる部分を「前線」といいます。梅雨前線とか、秋雨前線とかいう
あの「前線」です。前線が近づいてくると雨になるのです。前線は、普通は移動するも
のですが、ときには一ヶ所に止まって動かないときがあります。これを停滞前線という
のです。停滞前線が居座っているときは、長い間雨が降り続くことになります。梅雨前
線がそうですね。
しかし、全地球で雨が長期間にわたって降り続くには、この停滞前線が地球を覆って
しまう必要があります。しかし、地球上の特定の場所に前線が止まって、長期的に雨を
降らすということはあっても、地球全体を停滞前線が覆ってしまうことは、気象学的に
いってあり得ないことなのです。地球上には、熱帯雨林もあれば、砂漠地帯もあり、気
候は一様ではないからです。ノアの大洪水は、単なる気象学上の現象では説明できない
のです。
大洪水の水はどこから来たのか――これからは、これがメインテーマとなります。今
まで、多くの学者がこの謎解きに挑戦しているのですが、いまだに謎は解けていないの
です。
私が調べたところでは、この謎解きに挑戦し、それを学説のレベルにまで高めた人物
としては次の3人がいます。
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1.トマス・バーネット
2.ウイリアム・ウィストン
3.高橋 実
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17世紀以前の西欧の世界では、キリスト教が文化の中心にあり、政治、経済の世界
まで強い影響力を持っていたのです。しかし、17世紀後半になると経済活動はキリス
ト教的倫理によってはおさえられなくなり、科学は自らの真理基準をもって自発的に活
動するようになってきていたのです。
そして、アイザック・ニュートンの業績によって科学は一層の発展を遂げるのです。
本来こうした科学とキリスト教という宗教は相容れないものなのですが、当時の科学者
や科学に興味を示すほとんどの知識人は、科学は宗教と調和できるし、調和すべきであ
ると考えていたのです。
これは、大変興味深いことですが、科学と調和させるために実際上、キリスト教的信
仰が科学上の発見に合わせて少しずつ修正されていったことを意味しています。そして
こういう傾向が最も顕著だったのは、アイザック・ニュートンを生んだ英国のケンブリ
ッジだったのです。
科学が発達すると、世界の創造に迫ることができますが、英国の科学者たちは、自然
を探究することによって神の賢明なる慈悲深い計画を明らかにしつつあることを信じ
ていたわけです。とくにケンブリッジ大学においては、こういう傾向は際立っていたと
いえます。
盲目的な信仰よりも科学的で理性的な論証の方が真のキリスト教の最終的な判定者と
してふさわしい――そういう考え方が、当時のケンブリッジでは顕著であったのです。
そういう環境の中で、アイザック・ニュートンは生まれ育つのです。ニュートン(1
642〜1727)は、ケプラーが死んだ12年後、ガリレオが死んだ数ヵ月後に生ま
れています。しかし、ニュートンという人は、神に関する考え方を教会や国家と異にし
ており、異端者といわれたのです。
ニュートンが晩年、英国の学会である王立協会の総裁になり、1705年にナイトの
称号を授与されたときも、イギリス国教会の信徒としての行動をとるという条件がつい
たそうです。しかしニュートンの偉大さは、その後の歴史が証明しています。
1681年と1696年の間に、ともにケンブリッジの出身者にしてニュートンの影
響を多大に受けた2人の聖職者が、「ノアの洪水」と「世界の終末の火の海」を扱った
著作を発表します。その2人こそ、その所説をこれからご紹介するトマス・バーネット
とウイリアム・ウィストンなのです。
トマス・バーネットは、クライスト・カレッジのフェロー、ウイリアム・ウィストン
は、クレア・ホールの元フェローであり、後年数学の教授として活躍した人です。
彼ら2人は、大洪水は救いようもなく悪に染まってしまった人類を罰するために神が
行ったものであることをあくまで自明の理としながら、ひとつの世界が終って、これに
代わる新しい世界が生まれる激変を独自の理論で説明しているのです。
トマス・バーネット(1636〜1715)は、『地球の神聖な理論』という著作を
1681年に出版しています。初版は限定25部の暫定版だったのです。
一般向けの英語版は、『地球の理論』という書名が付けられて1684年に出版され
チャールズ二世に献じられています。その後、何回か増補改定が行われ、最終版は16
90年に出版されたのです。最終版に載せられたバーネット自身による著作全体の表題
は、次のようになっています。
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地球の理論。地球の起源、およびそれがすでにこうむってきた
そしてすべてのものが焼きつくされるときまでにこうむるであ
ろうすべての一般的変化の説明を含む――トマス・バーネット
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バーネットの著作は、地質学史の世界では、非科学的であり、地質学の発展に障害に
なったとさえいわれています。しかし、ノアの洪水の水がどこからきたかを思考する重
要なヒントになるので、明日のEJで解説することにします。
・・・[ノアの洪水/08]
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