大炭田はいかにして造られたか(EJ第1024号)
昨日のEJで、天体Mから地球に向けて噴出された大量の砂を含む水は、400京ト
ン〜600京トンと推定されていると述べました。しかし、これらの水のほとんどは地
上には落ちず、地球外に飛び去っているのです。地上に落ちたのはほんの一部です。し
かし、そのほんの一部の天体Mの水が地球上に大きな変化をもたらしているのです。
高橋氏は、天体Mからスプラッシュ状で地球に移された水は、10京トン程度である
と計算しています。この10京トンの水が海に入ると当然海面が上昇します。しかし、
海の水が増えるとそれに比例して長い期間をかけて陸塊が浮上するのです。
海に落ちた水の重さによって地球のマントルがゆっくり動き、圧力均衡を保つために
陸塊は徐々に押し上げられるのです。これを「アイソスタシー」といいます。天体Mか
ら地球に移された水の量と「海の浮上」「陸の浮上」の関係は次のように計算されてい
ます。
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移された水 海の浮上 陸の浮上
3.5京トン 100m 30m
7.0京トン 200m 60m
10.5京トン 300m 90m
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ここで、陸の浮上は、海に水が入ってから1年に5ミリメートルとされているので、
100メートル浮上するのに2万年かかる計算になります。そうであるとすると、現時
点で陸の浮上が終ったのか、まだ浮上中なのかが関心のあるところですが、いわゆるノ
アの異変がいつ起こったのかがはっきりしない限り、それはわからないのです。高橋氏
は、天体Mからの水は10.5京トンで海は300メートル浮上したと想定しており、
このケースでは現在でも浮上中ではないかと述べています。
ここで、天体Mから地球に降ってきた砂について、もう少し考察してみることにしま
す。
天体Mにおいて、この砂は天体Mの核の周辺にあったはずです。つまり水圏の底部に
あったのです。表面からの深さ3000キロメートルの深部です。その砂が大量の水と
ともに地球上に落ちてくるには、それらの砂が表面に上がってきている必要があるので
す。それはどのようにしてそうなったのでしょうか。
地球に水が移される直前、天体Mの水圏の底深く、核の表面に近いあたりまで無重力
圏ができたことは、EJ1022号で、お話ししています。しかし、その時間は100
秒ほどであり、この短時間の間に底の方の砂が表面に出てくるはずはないのです。
ここで思い出していただきたいのは、天体Mが地球とニアミスを起こす数千秒前から
起こっていた地球の方向へのずり下がり圧力のことです。これは遠くからでも働く「ず
り下がり引力」が原因となっていて、その均衡を保つために、卵形殻を形成しようとす
る水の動きがあるのです。
この卵形殻は地球の重力が引っ張っている方向に突き出す形になっていて、その瞬間
ごとの内部水圧の均衡を保つのです。水のこの動きによって約500京トンの水が、核
周辺の砂ごと、もの凄い勢いで天体Mの表層部に向かって奔流のように移動してくるの
です。そのため、天の窓が開く前にすでに大量の砂が表層近くまで、きていたのです。
さて、地上に落ちてきた砂ですが、それは摂氏1000度前後の熱い砂なのです。一
緒に落ちてくる水も熱湯ですから、地底のマグマから噴出される溶岩の熱と同じと考え
ればよいのです。砂の総量は1000兆トン以上もあるのです。
実は高橋氏はこの熱い砂が石炭や石油を作ったと考えているのです。天体Mからのス
プラッシュの通った軌跡をたどると、そこに石油地帯と大炭田が分布しているのです。
石油についてはあまり説得力はないのですが、石炭については高橋氏の説はかなり説得
力があります。
大炭田を作った熱源がマグマの熱にあるとするなら、石炭ができたところは、理屈か
らは地殻の大変動のあった場所ということになります。しかし、実際には世界の大炭田
はことごとくといってよいほど、造山帯や地震帯とは全く関係のないところでできてい
るのです。
世界最大の大炭田分布地帯であるミシシッピー流域ももちろんそうですし、シベリア
の炭田も中国の炭田もその通りなのです。地震帯とは関係ない安定した平野でそれらは
できているのです。
日本人は、石炭は深い地底を掘り進むものと考えています。日本の炭田はそうだから
です。しかし世界の大炭田のあり方は、そこへ石炭の厚い層を敷き並べて、まるで「置
いたように」存在するのです。もちろんその上に表土はありますが、それを採掘する手
段は掘り進むのではなく、置いてあるものを拾うというイメージなのです。しかし、そ
の熱源が特定できないのです。
以上のことを前提として、世界の大炭田の熱源が天体Mからの熱い砂泥流であると考
えてみます。肥沃な大平原の上に大量の熱い砂泥流が一瞬の間に襲ったとします。いう
までもないことですが、この熱い砂泥流が襲った地域のあらゆる生物――バクテリアに
いたるまで、一瞬のもとに死に絶えます。
この砂の熱床は、石炭の原体物資が堆積する場所に、原体物資よりも早く沈積して、
一大熱床を形成します。その上に原体物資として植物の大遺体群が敷き並べられるので
す。さらに後から若干の砂が積もっていきます。
水が退き、大平原には新しい地形がつくられますが、そこは一層広い範囲に沈積した
砂が山岳地帯の方まで広く分布しているのです。これらの砂は早く冷却しますが、その
後の年月の雨で流されて、平原の上に新しい上層堆積を造っていきます。こうして上部
が覆われると、最初の熱床を形成した砂の熱は内部にこもり、植物の遺体を全部蒸し焼
きにし、炭化させていくのです。このようにして大平原の石炭の炭田ができたのです。
イシヤキイモをつくるのと同じ理屈です。 ・・・ [ノアの洪水2/05]
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