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2007年02月09日

北極と南極の氷塊はどうしてできたか(EJ第1027号)

 地球上には氷河の痕跡が多く残っています。とくに南極圏と北極圏には極冠と呼ばれ
る大氷塊群があります。この南極圏と北極圏の氷には明白な違いがあります。それは、
南極圏では氷塊は大陸の上に乗っていますが、北極圏では海の上に浮かんでいる氷が多
いことです。
 どうして、このような氷塊群ができたのでしょうか。
 常識的には、それは寒気の象徴と考えられています。しかし、高橋実氏は、氷塊群の
ほとんどは天体Mからきたもの――といっているのです。氷塊群は当初は熱帯にも寒帯
にも、山の上にも、海洋の部分にもあったのですが、寒気があったからこそ、北極圏と
南極圏の氷はとけずに残ったというのです。
 しかし、天体Mから氷が地球に移るには、水が移動するようにはいかないのです。天
体Mの表層の氷は30〜70キロメートルあるのですが、この氷の一部が地球に移るに
は天体Mと地球が直接衝突する以外にはあり得ないことなのです。
 ここまでご紹介してきた高橋氏の説は、超ニアミスによる間接衝突という考え方に立
っており、高橋氏自身これを「ノア型の衝突」(間接衝突)と呼んでいます。しかし、
高橋氏は、これと平行して直接衝突のケースも検討しているのです。
 現在の地球は、自転軸(地軸)の方向が黄道面に対して少し傾いています。ごく大雑
把にいうと、自転軸は直角の方向――北極圏の方向を向いているのです。太陽はつねに
地軸の横腹の方向から照らしますから、北極はつねに寒いのであり、極冠ができたとい
うのが現在の通説です。
 高橋氏は、天体Mとの直接衝突によって地軸の方向が変わったのではないか――と考
えているのです。この考え方はトマス・バーネットもしています。これについては20
02年12月13日(金)のEJ1008号をごらんください。
 もっと衝撃的な事実は、天体Mと地球の部分衝突は、過去何回か起きているというの
です。これは、ノア型衝突についても同じことがいえるのです。
 高橋氏は、直接衝突の状況について次のように述べています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      地球上に現在ある大氷塊群として、北極圏をおおっている氷の
      広大な分布はきわめて興味のあるもので、私にはそれが天体M
      と地球との間に起こった深い衝突の跡のように見える。ここに
      深い衝突というのは、地球がその頭を深く天体Mの水圏の中ま
      で突っ込む、という意味である。現在のグリーンランドの南端
      の緯度、すなわち北緯60度より北の部分が全部、天体Mの水
      の中を通り抜けたのだと思われる。
             ――高橋実著、『灼熱の氷惑星』より。原書房刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これは大変なことをいっています。この直接衝突の模様を天体Mと地球の側から描写
してみましょう。
 天体Mの側から見ると、地球はグリーンランドを先頭に頭突きをしてきたのです。巨
大な衝撃が天体Mの全水層に伝わります。200秒後地球の頭の頂点は天体Mの水圏、
855キロメートルの深さのところを通過します。
 ここの部分の水圧は約3万気圧、水の温度は摂氏100度を超えているのです。さら
に200秒後に地球は反対側の氷を蹴散らして、激しいスプラッシュを飛ばしながら、
高速度で飛び去っていった――そういうように表現できます。
 今度は地球の方から描写してみます。天体Mはグリーンランドにまず氷の壁をぶっつ
け、すぐにスカンジナビア半島とカナダ北部およびアラスカをその水圏の中に包んで、
後半はロシアの北緯60度以北の部分を完全におおってから飛び去っています。北極海
がこの異変の中心域になり、ロシア側海域には大量の砂も移されたのです。
 高橋氏は、この天体Mとの衝突で、地軸が変わったと予測しています。トマス・バー
ネットによると、それまでの地球は、地球全体がまんべんなく日照を受けるような良い
気象条件にあり、生物が生息するのに非常に適していたというのですが、高橋氏も同じ
ことをいっているのです。この状態は、二畳紀以後一定期間続いたはずですが、この時
代が恐竜が繁栄した時代なのです。それが天体Mとの衝突によって滅んだと考えられま
す。
 それでは、南極圏の氷塊はどうしてできたのでしょうか。もし南極圏の氷塊も天体M
との衝突が原因なら、どちらが先に起こったのでしょうか。
 高橋氏は、その謎を解くカギは、二畳紀の氷河痕跡群にあると指摘しています。平ら
な平面の地図上に展開される二畳紀の氷河痕跡群は、一見すると、不統一であるかに見
える広い範囲に散在しています。
 しかし、これを地球儀の上に並べてみると、あるひとつの大きな円形の範囲が浮かび
上がるのです。高橋氏はこれが天体Mとの衝突の跡ではないかと考えているのです。こ
の「円形の庭」の一方の端に南極大陸があるのです。この衝突は、約2億2千万年〜2
億3千万年前――二畳紀末期であると考えられるのです。
 それでは、北極圏の衝突はいつ起きたのでしょうか。高橋氏はそれは今から7千万年
〜8千万年前としています。つまり、南極圏の方が早いのです。
 さて、ここで「円形の庭」と呼ぶ範囲はかなり広いのです。それに中心部は南極では
ないのです。しかし、北極圏におけるグリーンランドの役割――つまり、天体Mの大氷
層にぶつかって、大量の氷を粉砕しているのです。南極大陸は、「円形の庭」の入口の
部分に該当するのです。しかし、「円形の庭」に含まれる地域のほとんどは海面になっ
ています。
 この衝突によって衝突した地球の頂点が天体Mの水圏に入り込む深さは2860キ
ロメートルであり、ほとんど天体Mの核の近くまで行っています。そのあたりの温度は
摂氏600度以上と推定されるのです。衝突の時間は、前後を合わせて、約700秒と
考えられます。                 ・・・ [ノアの洪水2/08]               

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