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2007年03月09日

日本の習慣に潜む古代ユダヤの風習(EJ第549号)

 ヨセフ・アイデルバーグという人がいます。アイデルバーグはイスラエルから日本に
渡り、1972年に京都の護王神社で見習いとして仕えるなどして、イスラエルと日本
の関係の研究に後半生を捧げたユダヤ人なのです。
 この人は、『大和民族はユダヤ人だった』(たま出版、1984年発行)という本を出
しているのですが、実はこの本には英語の続編があり、この続編は出版されることがな
く、アイデルバーグは亡くなっています。
 この続編の原稿のコピーを手に入れたというラビ・マーヴィン・トケイヤー氏による
と、その続編にはきわめて興味深いことが書かれていたのです。
 これからの話は、多くの書籍を参考にしていますが、とくに、ラビ・マーヴィン・ト
ケイヤー氏による次の2冊の著作からの話をベースにしていることを最初にお断りし
ておきます。
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      『聖書に隠された/日本・ユダヤ封印の古代史』
      『聖書に隠された/日本・ユダヤ封印の古代史2』
      ラビ・マーヴィン・トケイヤー著 久保有政訳/徳間書店刊
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 日本では、数を数えるとき、「ひい、ふう、みい・・」と数えることがありますね。
アイデルバーグは、この「ひい、ふう、みい・・」はヘブル語(ヘブライ語)であると
いっているのです。
 この数の数え方をちゃんとご紹介しましょう。
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         ひい、ふう、みい、よお、いつ、むう、なな、
         やあ、ここの、とうぉ
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 一、二、三と読みが合っているので、われわれ日本人は数をあらわすものと決めてか
かっていますが、これはぜんぜん違うのです。ちゃんと意味があるのです。
 『記紀』(古事記と日本書紀)には、天の神であるアマテラスが「天の岩屋戸」に隠
れたので、そのために世の中が真っ暗闇になったという有名な話があります。
 このとき女神にそこから出てもらおうと、ウズメ(アマノウズメノミコト)がその前
で踊り、女祭司コヤネ(アメノコヤネノミコト)が他の神々の見守る前で読んだ祝詞、
すなわち祈祷文が例の「ひい、ふう、みい・・」だったというのです。
 この「ひい、ふう、みい・・・」は、実は神道の鎮魂法の祓詞(はらいことば)とし
て使われているのですが、これをヘブル語と考えると、非常に意味の通ることばとなる
のです。
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      「ヒァファ ミ ヨツィア マ ナーネ ヤカヘナ タゥォ」
       (Hifa mi yotzia ma naane ykakhena tavo)
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 『ヒァファ』は「その美しいかた」の意。『ミ』は「誰が」の意。『ヨツィア』は「彼
女を出すだろう」。『マ』は「何と」の意。『ナーネ』は「答える」という意味。『ヤカヘ
ナ』は「誘って連れ出す」。『タウォ』は「彼女が来る」の意味。まとめると次のような
意味になります。
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      「誰がその美しいかた(女神)を連れ出すのでしょう。彼女が
      出て来るために、誘いにいかなる言葉をかけるのでしょう」。
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 どうでしょう。天の岩屋戸の話とぴったりと一致するではありませんか。どうして、
日本の神話の中にヘブル語が出てくるのでしょうか。
 添付ファイルを見ていただきたいと思います。日本のカタカナと古いヘブル語の比較
表です。上段はヘブル語、下段はカタカナですが、似ていると思いませんか。とくに、
コ、カ、ハ、フはよく似ていますし、発音も同じです。
 もうひとつ例をあげましょう。赤ちゃんの初宮詣のとき、日本では母親が赤ちゃんを
抱かない習慣があります。日本の神道には母親は産後の汚れの中にあるという考え方が
あり、赤ちゃんを抱かないことになっているのです。今の若い人はそういうことを知ら
ない人もいるとは思いますが・・・。
 ところが、この習慣は聖書時代の古代ユダヤの風習と同じなのです。もっとも現代の
ユダヤ人はこの風習を持っていませんが、日本には古代ユダヤの風習がまだ残っている
のです。なぜ、そのようなものが残っているのでしょうか。
 また、日本神道の神官の服装や榊の枝でお祓いをする仕草はやはりユダヤの風習と同
じなのです。それに、神社の神官は白装束に独特の帽子をかぶり、その衣の袖の端には
「房」といって数10センチの糸をたばねて垂らした飾りをつけています。
 トケイヤー氏によるとこれらはすべてユダヤの風習と同じであり、神官の衣の房は非
常に古いイスラエルの風習であるというのです。聖書にも次のように記されています。
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      「身にまとう着物・・に、房を作らなければならない」
      (申命記22.12)
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 つまり、衣につける房(ツィーツィート)は、イスラエル人であることのシンボルだ
ったのです。今日でもユダヤ人は祈るときタリートと呼ばれる白い大きな布を頭や肩に
かけるのですが、これは伝統によって隅に房をつけることになっているのです。
 現在、日本に残っている習慣の多くは、古代ユダヤの風習と同じものが実に多く発見
されるのです。                ・・・[日本人とユダヤ人/02]

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