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2007年03月28日

日本の宇宙開発はネクタイである(EJ第1349号)

 前回ご紹介した松浦晋也氏は面白いことをいっています。次のことばです。
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         日本の宇宙開発はしょせんネクタイである
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 よく高級クラブやサロンには「ノーネクタイお断り」と入口に書いてあります。「宇
宙開発先進国サロン」に入るためには、ロケット開発の実績――つまり、ネクタイが必
要なのです。要するに、日本のロケット開発は、そういう先進国サロンに入れてもらう
ためのネクタイのようなものであるというのです。
 なぜ、H−ⅡAロケット開発の予算が1000億円レベルのものになったのかという
と、NASDA(宇宙開発事業団)がH−ⅡAロケットをH−Ⅱの改良型として予算申
請をしたからだというのです。
 H−ⅡAロケットは、H−Ⅱの技術的基盤を引き継いでいるというものの、内容的に
はほとんど新規開発なのです。しかし、日本政府には、国の政策として宇宙開発をどの
ように進めて行くべきかというビジョンが欠落しており、それに取り組む情熱も欠けて
いるので、新規開発といってしまうと、予算が取れない恐れがあったのです。
 そこでやむなくH−Ⅱの改良型として財務当局に申請し、改良型なら新規開発のH−
Ⅱ(2700億円)よりも、当然安く出来るはずであるというロジックで、約1000
億円レベルの予算になってしまったというわけです。
 その予算上の無理がロケット開発において、もっとも時間をかけなければならない地
上実験時間を短くすることにあらわれ、それが失敗につながったといえるのです。
 前回も述べたように、新しいロケットエンジンを開発する場合累積燃焼時間は世界標
準では20000秒です。地上実験を重ねて、エンジンを実際に20000秒ぐらい運
転することで、信頼性を高めて完成に持ち込むのです。
 しかし、日本の場合、13000秒で完成としてしまったのです。エンジンの地上燃
焼実験には1回について数億円はかかるので、予算の少ないNASDAとしては700
0秒をカットせざるを得なかったのです。これによって、H−Ⅱ第8号機は、失敗して
しまったといえます。
 松浦晋也氏によると、予算を十分とって世界標準の地上実験を行わせれば、日本のロ
ケット開発技術は何ら世界に劣るものではないといっています。しかし、宇宙開発の現
場の士気は現在大きく低下しており、このままでは世界に大きく遅れをとってしまうで
あろうといっています。
 それでは、宇宙開発の現場の士気を大きく低下させている原因とは何でしょうか。松
浦氏は次の3つを上げています。
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       1.日本政府が宇宙開発に徹底的に無関心であったこと
       2.NASDAが特殊法人であって中途半端であること
       3.日米間の技術的な優位をめぐる確執が存在すること
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 第1の問題点は「日本政府が宇宙開発に徹底的に無関心であったこと」です。確かに
日本の歴代の首相で宇宙開発の重要性を強調した人はいたでしょうか。私には思い当た
らないのです。
 一国のトップが宇宙開発について語った例として一番有名なのは、1961年5月2
5日の連邦議会におけるケネディ大統領の演説です。
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       私は、わが国が1960年代の終わりまでに人間を月に送り
      軟着陸させてから無事に帰還させるという目標を全力で達成さ
      せるべきであると信じます。なぜなら、それがやさしいことで
      はなく、困難なことだからです。しかし、人類にとって、これ
      ほど意義深く感動的な計画は他に例を見ないものです。
                  ――ジョン・F・ケネディ米国大統領
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 当時のソ連首相であったフルシチョフは、「米国が追随できない何人も乗れる宇宙船
を作れ」と命令を出し、そして1964年10月12日ソ連はA−1型ロケットで「ウ
ォスホート宇宙船1号」を打ち上げ、3人乗りの宇宙船を成功させています。
 フランスにおいてもド・ゴール大統領が中心になって人工衛星と大型ロケットの開発
に取り組み、1965年11月26日には「人工衛星A1」を搭載した3段式の「ディ
アマンロケット」の打ち上げに成功しています。
 米国、ソ連、フランス――いずれもトップの強力なリーダーシップによって宇宙開発
を国策として推進しているのです。しかし歴代の日本の首相で宇宙開発に言及した人は
いるでしょうか。
 第2の問題点は「NASDAが特殊法人であって中途半端であること」です。宇宙開
発の主軸になる宇宙開発事業団(NASDA)は、特殊法人であって、その社員は「官
僚」とも「技術者」ともつかないポジションに置かれていることです。
 こういう中途半端な組織のNASDAは、「問題は可能な限り先送りして現在の体制
を維持する」という官僚の悪しき文化のみ栄えて、技術者の育成という一番大事なこと
をなおざりにしてしまったのです。これでは、技術者の士気がダウンするのは当然のこ
とです。この組織体制については改めて述べます。
 第3の問題点は「日米間の技術的な優位をめぐる確執が存在すること」です。
 宇宙開発の技術はそのまま軍事に転用できるので、米国は神経質なほど他国に圧力を
かけてきます。米国は航空宇宙分野での優位を確保するため、包括貿易法「スーパー3
01」に基づいて衛星市場の開放を要求し、日本はこの要求を呑んだのです。その結果
国策としての日本の衛星産業は壊滅的打撃を蒙り、その影響はロケットにまで及んだの
です。この問題についても改めて述べます。    ・・・ [日本宇宙開発/04]

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