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2007年04月19日

『スーパー301』に屈した日本(EJ第1365号)

 宇宙開発の話は最後のしめくくりに入ります。NASDAの設立が1969年ですか
ら、既に35年が過ぎようとしています。しかし、日本の宇宙開発の現状は、メーカの
立場から見れば期待はずれを通り越し、失望感すら漂っています。
 航空宇宙工業会の調査による2002年度の宇宙産業の規模は約3300億円――こ
の規模は中堅企業1社の年間売上高程度でしかないのです。
 この数字がいかに低いかは、同じ乗り物を製造している自動車産業の規模が四輪車だ
けで、16兆4494億円であることを考えると歴然としています。
 しかし、ロケットや人工衛星の開発は、国がメーカに発注する官需であり、手堅く儲
かるのではないかと常識的には考えますがそうではないのです。利益率は非常に低く、
マイナスになることすらあるといいます。
 官需における利益は、原価計算方式によって一定割合が確保されることになっていま
す。必要経費から計算していって、そこに利益(4%〜5%)を上乗せして総予算額を
決定するのですが、官需の場合、原資は税金であり、ムダは徹底的に排除されるべしと
の原則が建前上は決まっています。
 この原価計算方式は、ちょっと考えると合理的に見えますが、大きな問題点があるの
です。それは、メーカがコストダウンに努力しないことです。なぜなら、コストダウン
をしても利益に反映しないからです。そのため、メーカはいかにして必要経費を増やす
かに汲々とするのです。この官需のメカニズムでは、コストダウンが進むことはないの
です。
 とはいうものの、利益率が4%〜5%保障されるビジネスは、昨今では良いビジネス
といえます。しかし、そううまくはいかないのです。なぜなら宇宙開発ビジネスには、
膨大な先行開発投資が不可欠であるからです。
 日本の宇宙開発の目標はあくまで国産技術の確立です。したがってメーカとしては、
営業において自社の持っている技術をプレゼンテーションする必要があります。しかし
存在しない技術はプレゼンテーションできないので、宇宙開発の仕事を受注するために
は、先行して技術を開発しておく必要があるのです。
 先行開発投資は巨額の資金がかかるので、とても4%〜5%の利益ではカバーできな
いのです。それでも日本の宇宙開発に関わる企業は、マイナスを覚悟で先行投資を行い
貴重な国産技術を数多く開発しています。将来、宇宙産業市場が大きく成長すればその
とき実をとれるからです。
 日本の宇宙産業の前途が暗いのは、官需が細いことに加えて、民需が閉ざされている
ことです。しかし、民需はともかく、なぜ官需が細いのでしょうか。
 もともと日本には正式な軍隊というものがなく、ロケットや人工衛星の開発は平和利
用に限定されていますが、通信衛星、放送衛星、気象衛星などの実用衛星の開発は不可
欠であり、官需が細いということはないはずです。
 ところが、そうではないのです。それは、1989年の対米交渉、通称「スーパー3
01」の結果、実用衛星は、国際的に調達することになってしまったのです。「スーパ
ー301」についてもう少し詳しく述べましょう。
 1989年5月――当時の日本経済は絶好調だったのですが、これに脅威を感じた米
国は、包括貿易法「スーパー301条」に基づき、日本に対して、人工衛星、スーパー
コンピュータ、林産物の市場を開放するよう迫ってきたのです。その結果、日米の間で
通商交渉が行われ、日本は市場開放に同意したのです。
 その結果、政府調達の衛星は技術開発衛星に限定され、通信衛星、放送衛星、気象衛
星などの実用衛星はすべて国際調達をすることが決まったのです。国際調達とはいうも
のの、宇宙産業は米国が世界を支配しており、結果として米国から調達することを意味
しているのです。
 EJ第1358号で、日本が代替気象衛星を米ロラール社に発注し、同社が倒産して
問題が解決していないことについて述べましたが、自前で開発する能力があるのに、な
ぜロラール社に発注したのかというと、これも「スーパー301」によって調達せざる
を得なかったのです。
 日本が市場開放に同意したことによって何が起こったかというと、実用衛星という官
需に支えられていた日本の衛星産業が壊滅的な打撃を受けたのです。これは、歴史に残
る日本外交の失敗のひとつであるといえます。
 外交の基本は、「相手国が何を考えているのかを読み、どう先回りして対処するかを
自分の頭で考える」ことです。しかし、日本の外交はそれができないのです。ソ連にゴ
ルバチョフ政権ができてソ連との冷戦が終結したとき、米国は次に航空宇宙分野におい
て米国の優位性を脅かす存在は日本であると判断し、いち早く日本封じ込めの手を打っ
てきたのです。
 そのため米国は、1969年に日本と宇宙開発技術に関する公文を締結し、日本に大
幅な技術供与を行って日本の対米依存度を強める政策を取り、現在ではすっかり米国の
術中に陥って米国抜きでは何もできなくなってしまったのです。
 考えてみれば、日本の宇宙開発は、当然経験すべき失敗を米国に代行してもらうこと
で、失敗の少ない宇宙開発をやってきたのですが、そのツケが一度にまわってきたとい
えます。
 それにしても、航空宇宙関係に関して日本はなぜこのような不利な条件を受け入れた
のでしょうか。交渉から15年経過して漏れ聞こえてきたところによると、米国は日本
が当時北米大陸で大きなシェアを持っていた自動車と家電製品に対して、報復関税をか
けることを示唆して日本の譲歩を引き出したといわれます。
 そして結局、米国の脅しに屈して、自動車と家電製品を守るために、長年日本が国費
を投入して手塩にかけて育ててきた衛星産業を生贄として差し出したのでしょう。やは
り、日本の宇宙開発は「ネクタイとしての開発」に過ぎないのでしょうか。
                         ・・・[日本宇宙開発/20]

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