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2007年04月05日

JAXA/文部科学官僚が天下り先(EJ第1355号)

 2003年のことです。宇宙開発に携わってきた3つの組織が合体してJAXA(宇
宙航空研究所開発機構)ができましたが、それまでは、NASDA(宇宙開発事業団)
が衛星やロケットを作ってきたのです。このNASDAというのは、どういう組織なの
でしょうか。
 NASDAが設立されたのは、1969年10月1日のことです。初代理事長には島
秀雄氏が就任しています。島秀雄氏は、旧国鉄の出身で、新幹線建設に辣腕を発揮した
スーパーエンジニアとして知られています。
 そのとき島理事長のもとに集まった人材は、大別すると次の3つの系統に分かれるの
です。
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           1.国の研究機関から来たエンジニア
           2.霞ヶ関の官庁からの出向者
           3.宇宙分野への進出を目指すメーカ
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 とくに3番目のメーカからの出向エンジニアは優秀だったといわれます。宇宙開発と
いう新分野で確固たる地位を築きたいと考える各メーカは、こぞって一流の人材を送り
込んできたからです。これらのメーカのエンジニアを中心に、NASDA設立以前から
研究を続けてきた国の研究所からの人材の能力が加わってNASDAの基礎的な技術
基盤が作り上げられたのです。
 次のリストは、NASDAの歴代理事長の在任期間と出身を示していますが、これか
ら興味深いことがわかります。
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       島  秀雄  1969〜1977 国鉄
       松浦 陽恵  1977〜1980 宇宙航空技術研究所
       山内 正男  1980〜1984 宇宙航空技術研究所
       大澤 弘之  1984〜1989 科学技術庁
       山野 正登  1989〜1995 科学技術庁事務次官
       松井  隆  1995〜1996 科学技術庁
       内田 勇夫  1996〜2000 科学技術庁事務次官
       山之内秀一郎 2000〜     JR東日本
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 初代から第3代の理事長は、いずれもエンジニアが就任しています。NASDA立ち
上げの重要な時期であり、一番苦労の多い時期に当ります。この時期の理事長は自らも
衛星やロケットのことがよくわかっていないと務まらないのです。
 そういう大変な時期においては、官僚は敬遠しているのです。しかし、NASDAス
タートから15年が経過し、NASDAという組織が順調に運営されるようになると、
官僚出身者が理事長の座を独占するようになってくるのです。
 しかし、1999年11月にH−Ⅱロケット8号機の打ち上げ失敗が起こって官僚出
身の内田理事長が退任すると、次の理事長には再びエンジニアの山之内氏を就任させる
など、責任回避の官僚体質丸出しの人事が行われているのです。
 さらに、1981年〜1984年――この時期は、NASDA設立以来メーカから出
向されてきていた優秀なエンジニアがNASDAから去り、官僚出身者が副理事長にな
って、やがて理事長になる年に該当するのですが、その年にNASDAには、霞ヶ関式
の2年ローテーション人事が導入されているのです。この人事によって、NASDAで
は優秀なエンジニアが育たなくなってしまったのです。
 衛星やロケットの開発は一通りすべての工程を経験するのには、5年から10年はか
かるのです。そこに2年ローテをやられたらどうなるでしょう。この愚かな人事の強行
によって、優秀な人材によって築かれた初期のNASDAの技術基盤は大きく崩壊する
ことになるのです。
 衛星やロケットの開発現場では、エンジニアのモラールが低下し、責任回避の姿勢が
顕著にあらわれていたのです。2年後に移動が確実であれば、下手に動いて責任を負わ
されるのは損とばかりに、本気で取り組む者が少なくなっていたのです。大過なく2年
を過ごそうとするからです。
 不幸なことに、そういう時期に「みどり」/「みどり2」の設計が行われていたので
す。これでは、成功するはずがないではありませんか。
 聞くところによると、プラットフォーム衛星化について末端のエンジニアは一貫して
反対していたそうです。しかし、計画責任者がそもそも計画のことを知らず、技術力も
ないのですら、そのような意見が通るはずがないのです。そうなると「みどり」/「み
どり2」の2度にわたる失敗は起こるべくして起こったことになります。
 この2年ローテーション人事制度はさすがに是正の動きが出て現在は、プロジェクト
・マネージャ制度が行われています。この制度は、ひとつのプロジェクトにおいては、
その計画の終了までは主要なメンバーは動かさないという制度です。
 しかし、霞ヶ関の官僚が今もJAXAを有力な天下り先と考える構図は、何も変わっ
ていないのです。現在のJAXAの副理事長の前職は、文部科学省の文部科学審議官で
す。確かにこの人は京都大学工学部の出身ではありますが、科学技術庁には入庁したも
のの、2003年8月にNASDAの副理事長になるまでは宇宙開発とは関係ない仕事
に就いてきた人です。したがって、明らかに天下り先として現在のJAXAの副理事長
に就いていると考えられます。
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        http://www.jaxa.jp/about/gaiyo/index_j.html
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 他の省庁なら別ですが、JAXAのような組織では、現場で十分な経験を積み、技量
を磨いてきた人を理事長に就けるべきですが、きっとそうならないでしょう。何しろこ
の国は、官僚という種族に支配されている社会主義国なのですから。官僚支配は衛星や
ロケットの開発分野にも及んでいるのです。     ・・・[日本宇宙開発/10]

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