なぜ、歴史に学ばないのか(EJ第1238号)
リチャード・クー氏の「バランスシート不況論」をここまでご紹介してきています。
今まで経済と政治の問題には相当注意深く情報を収集してきたつもりですが、「バラン
スシート不況論」というのは、クー氏しか主張していない新論だと思います。少なくと
も経済学の教科書には載っていない考え方です。
クー氏によると、同様の考え方をローレンス・サマーズ元米財務長官が「クレジット
・サイクル」という古典的なことばで表現しているそうです。サマーズ氏といえば、日
本が橋本政権当時にクリントン政権の財務長官――財政再建に乗り出そうとしていた橋
本首相に対して、次のように忠告しているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
1996年の夏頃から日本経済はクレジット・サイクルに入っ
ている。構造改革は重要だが、これはマクロ経済政策の代替に
はならない。もし、そのような方向に動けば、日本経済は完全
に崩壊する。 ―――ローレンス・サマーズ元米財務長官
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
しかし、経済に強い宰相を自認する橋本首相は、側近たちには次のようにいって、サ
マーズ氏の警告を無視したのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
財政を切っても景気が腰くだけになることはない。われわれは
構造改革、規制緩和で需要を増やしていくので、日本経済は心
配ない。 ――橋本首相
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
結果はどうなったでしょうか――まさにサマーズ氏のいう通りになったのです。サマ
ーズ氏は歴史を非常によく勉強しており、1930年代の米国の不況がバランスシート
と総需要不足にあったことを見抜いていたのです。しかし、当時の政府とマスコミは今
の日本と同様に正反対の治療の方向――構造改革を求めていたのです。つまり、本当の
病気の原因を取り違えて、治療をしていたことになります。
「インフレターゲット」の論者として名高いプリンストン大学のポール・クルーグマ
ン教授も、1930年代の米国の歴史的教訓をベースにして、日本の小泉政権の経済運
営について次のように批判しているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
日本は、ただでさえ需要が足りないときに、構造改革の名の下
に失業や倒産を増やす政策を採用し、どうやって景気を回復さ
せようというのだろうか。 ――ポール・クルーグマン教授
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
しかし、小泉政権は、70年前の米国だけでなく、わずか6年前の橋本政権の失敗か
らも学ぼうとせず、クー氏のいう「バランスシート不況」下にあって、財政を抑制する
政策を推し進めようとしているのです。
ここで、歴史的事実に学ぶという意味で、今まで何回も出てきている「1930年代
の米国」について、もう少し詳しく見ていくことにします。
それは、1929年に株のバブルがはじけたことに起因するニューヨーク株式市場の
暴落がきっかけではじまったのです。当時米国人は信用取引――つまり、借金で株の取
引をしていたので、この株式市場の暴落で投資家たちは巨額の借金をかかえて、債務超
過の状況に追い込まれたのです。
こういう状況になれば、誰だって消費や投資を抑えて借金返済に狂奔することになり
ます。そのために、景気は一気に悪化してしまったのです。景気が悪くなると、企業収
益はダウンし、株価が下がり、銀行や企業が次々と潰れていったのです。
こういうときは、積極的な財政政策によって乗り切るしかないというのが、ケインズ
経済学の考え方なのです。ケインズ政策は民間が後ろ向きになり、借金返済に回ったと
きにこそ使うものとされているからです。
しかし、ときのフーバー大統領は、景気悪化の原因を米国国内にバブルに踊った腐っ
た部分があって、それが景気に影響を与えていると考えたのです。そして、企業が潰れ
るのは、経営者の自己責任の問題として事態を静観し、景気対策を何も打たなかったの
です。
フーバー大統領は、小泉首相と同じ均衡財政の信奉者であり、今でいうところの構造
改革論者だったのです。そして、その考え方の理論的バックボーンは、アンドリュー・
メロン財務長官だったといわれます。現在の小泉首相と竹中平蔵金融・経済・財政担当
大臣との関係に似ていないでしょうか。
アンドリュー・メロン財務長官は、経済の腐った部分、要するに不良債権や非効率な
企業部門をこのさい徹底的に構造改革を進めるべきであるとして、次のようなことをい
っていたのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
労働者、株式、農民それに不動産を清算すべきである。体制か
ら腐敗を一掃すれば、価格は適正になり、企業家が瓦礫の中か
ら再建に乗り出すだろう。 ――アンドリュー・メロン財務長官
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
その結果、何が起こったでしょうか。
米国経済は、デフレの悪循環を繰り返して、経済が縮小均衡に達する1933年まで
不況が続いたのです。この時点で米国のGDPは、1929年の半分まで縮小し、株価
はピーク時の10分の1となり、失業率はゆうに20%を超えてしまったのです。そし
て、1933年の米国の国富は、1929年末の約75%に落ち込んでしまっているの
です。
日本のケースでいうと、1989年のピーク時から2001年末までに失われた富の
大きさは、約1200兆円――これは1989年のGDPの2.7倍、現在のGDP水
準の2.3倍になるのです。全体としての国富は、1989年末の水準の実に59%に
なってしまったのです。この富の崩落は大恐慌時の米国よりもはるかに大きいのです。
それは、失われた国富の大部分が不動産部門で発生したことによります。
・・・ [バランスシート不況/06]
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://www.intecjapan.com/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/11