「研究すべき2つの歴史的事実(EJ第1245号)
日本経済の現状を正しく把握するために、リチャード・クー氏は、次の2つの歴史的
事実を勉強すべきであるといっています。
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1.貯蓄貸付組合(S&L)の破綻処理 ・・ 1989年
2.中南米債務危機へのFRBの対応策 ・・ 1982年
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1989年のことです。米国の貯蓄貸付組合が相次いで破綻したのです。連邦政府は
貯蓄貸付組合のために連邦貯蓄貸付公社(FSLIC)という預金保険機構を作ってあ
ったのですが、あまりにも多くの貯蓄貸付組合が破綻したので、FSLICも一緒に破
綻してしまったのです。
連邦政府は、直ちに整理信託公社(RTC)という機関を設立し、破綻した貯蓄貸付
組合の資産を短期間の間に次々と売却していったのです。そのため短期的には米国の資
産価値は少し下がったものの、そこから資産価格が回復して、米国経済は急速に立ち直
っていったのです。
小泉政権の「骨太の方針」は、明らかにこの米国の貯蓄貸付組合の処理を参考にして
進められています。整理回収機構(RCC)を作り、不良債権の処理を迅速に進めよう
という方針です。もちろん、竹中大臣中心にコトは進められているのです。
しかし、もし、そうであるとすると、竹中大臣をはじめとする政府関係者は、現在の
日本の金融危機がどういうレベルのものであるかについて、重大な間違えを犯している
――このようにクー氏はいうのです。つまり、参考にすべき事例を取り間違えていると
指摘しているのです。
というのは貯蓄貸付組合問題は、米国経済の規模から考えてきわめて小さい問題――
その全資産は米国の全資産のわずか5%程度のものだったのです。しかも、貯蓄貸付組
合は、特殊な業態であって、1989年当時、他の金融機関に関しては健全そのものだ
ったのです。つまり、貯蓄貸付組合の危機は、金融界全体に広がるシステミックな危機
というレベルではなかったのです。
人間の体でいうと、95%は健康で5%に問題がある――これが貯蓄貸付組合の問題
なのです。こういう状態であれば、患者は5%の患部を切り取る外科手術に十分耐えら
れるはずです。
それでも、貯蓄貸付組合の処理に1600億ドルかかっているのです。全体のわず
か5%を処理しただけでも米国のGDPの3%もかかってしまったことになります。
しかし、現在の日本経済の状況は、まさにその逆――健康な部分が5%で、95%が
傷んでいるのです。日本では、全国的に資産価値が下がり、商業用不動産で86%、ゴ
ルフ会員権では95%の価値が失われているのです。
しかも、その損失の相当部分は金融機関を直撃しており、日本の金融機関の95%が
何らかの問題――不良債権問題、格付け問題、自己資本比率の問題を抱えており、正常
な金融機関は5%ぐらいしかないのです。これが今の日本経済の現況です。
クー氏が懸念していることは、95%の資産に問題があって5%しか健全でないとき
に、5%に問題があって95%が健全であるときの解決手法を使おうとしていることで
す。これをやると、経済は大混乱を起こすことになってしまうのです。
人間の場合でも同じことです。体の95%が痛んでいるときは外科手術などはできな
いのです。そういうときは漢方療法などを使って、少しでも体力をつけるのが先ではな
いでしょうか。ところが、少なくとも現在はそれと逆のことをやっているのです。不良
債権処理を早く進めていいときとそうでないときがあるということです。
クー氏のいう学ぶべき歴史的事実のもうひとつである1982年の中南米債務危機と
は、どういう危機だったのでしょうか。
1970年代後半から82年までの間に、米国の大手銀行を含む何百行という銀行が
シンジケートを組んで、メキシコ、ブラジル、アルゼンチン、チリ、ベネズエラといっ
た中南米の公的機関に大量の資金を貸していた時期があったのです。
ところが、1982年にイギリスとアルゼンチンが戦争をはじめたのです。フォーク
ランド紛争がそれです。この戦争のため、中南米融資のリスクが見直されて、大問題に
なったのです。
そして、1982年8月にメキシコが返済能力を失い、続いてブラジル、アルゼンチ
ン、ベネズエラ、チリがほとんど同時にデフォルト(債務不履行)になるという空前の
金融危機が発生したのです。これが中南米金融危機です。
1982年当時の大手米銀8行だけで、中南米諸国に対する融資残高は実に380億
ドル――それは、大手米銀8行の自己資本の146%であったのです。つまり、その時
点で米国の大手銀行は全行倒産といっても過言ではない状況だったのです。さらに、大
手だけでなく、中小銀行にも危機は拡大し、結局380億ドルを含む1760億ドルが
すべて実質デフォルトになったのです。まさにシステミックリスクそのものです。
当時の米FRB議長はポール・ボルカー氏――彼は、当時の日銀総裁であった前川春
雄氏に8月のある金曜日の夜、電話を入れてきて、支援を要請したあと、「米国の銀行
システムは月曜日まで持たないかもしれない」といったそうです。それは、まさに、そ
のくらい深刻な危機だったのです。
そのとき、ニューヨーク連邦準備銀行で、この中南米向けシンジケート・ローンを担
当していたのが、リチャード・クー氏だったのです。結果として、米国はこの危機を乗
り切ったのですが、クー氏はその危機乗り切りの貴重な経験を持っているのです。
詳細は、明日のEJで書きますが、不良債権を不良債権として扱わず、貸し続けるこ
とによって危機を脱出したのです。状況は違うものの、現在の日本の金融危機は、この
ときと同じぐらいのシステミックリスクであるとクー氏はいっているのです。
・・・ [バランスシート不況/13]
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