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2007年06月21日

●『護憲』とは『攘夷』のことである(EJ第1389号)

 20回にわたって続けてきた自衛隊のテーマは本日で終了します。イラク派遣や憲法
改正論議が高まるおりから自衛隊の真実の姿を明らかにしてみたかったので、このテー
マをこの時期に取り上げたのです。たくさんの方からご意見をいただき、感謝しており
ます。
 「愚者は体験に学び、賢者は歴史に学ぶ」ということばがあります。平和ボケの日本
が危機的状況に陥ったとき何をしたか――これを知るには、今から150年前の国家を
揺るがす出来事を振り返ってみる必要があると思います。
 1853年のペリーによる黒船来航です。黒船というのは、当時欧米各国が保有して
いた最新鋭の戦艦のことです。それ以前の日本は、四面を海に囲まれているため世界一
安全な国であり、まさに一国平和主義そのものであったのです。
 しかし、黒船は蒸気機関で動くため、巨大な鉄砲と大量の兵員を運ぶことが可能なの
です。したがって、もし、黒船で攻められたら、日本は「丸腰」であり、防ぐ手段がな
いのです。黒船は海上から日本の都市を自由に攻撃できるからです。
 日本がそういう事態に陥る可能性を正確に警告していた学者はいたのです。 林子平
(1738〜1793)という人です。彼は『海国兵談』という著書をあらわし、次の
名言を残しています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
        江戸の日本橋より唐・阿蘭陀まで境目なしの水路なり
                   ――林子平の『海国兵談』より
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 要するに、水路に境目はなく黒船ならどこからでも攻めてこれる。日本は安全な国で
はない。防衛力を増強せよ――林子平は、こういいたかったわけです。寛政3年(17
91)のことですから、ペリー来航よりも62年も前のことです。
 しかし、時の老中松平定信は世を惑わす不埒者として林子平を処罰し、『海国兵談』
を絶版にするという対応をとったのです。何しろ当時の日本は超平和ボケの状態だった
ので、警告を抹殺するという措置をとったのです。
 ところが、林子平の指摘したように黒船はやってきたのです。62年もの年月があっ
たのですから、開国して欧米の技術を導入すると共に、彼らに対抗できるよう軍事力を
整備し、とくに海軍を創設して対抗措置をとる――そういう手を打つことはできたはず
ですが、日本はそれを何もしなかったのです。
 それでは、黒船がやってきて日本は覚醒したのかというと、そうはならなかったので
す。実際に覚醒するまでには実に10年の歳月を要したのです。「攘夷」という名の空
想的防衛論に走ったからです。攘夷というのは要するに、外国人を追い出すことです。
実際に外人斬りをしたり、外人の居住区を焼き討ちするなどの行為が行われたのです。
 そういう状況が10年程度続いたあと、1863年に薩英戦争が勃発します。薩摩藩
は英国と実際に戦争し、黒船の攻撃で鹿児島を焦土にされてしまいます。また、長州藩
もその翌年下関で、英米仏蘭連合軍と戦い、惨敗しているのです。これによって、薩摩
も長州もやっと開国近代化路線に変換したのです。
 つまり、日本は痛い目にあって、やっと目が覚めたのです。それから4年で明治維新
は成っています。考えてみると、現在の日本は、国を守る防衛力という点では、当時と
同じ愚を繰り返しているように思います。
 ここまで見てきたように、自衛隊そのものは精強な軍隊に育っていますが、憲法をは
じめとする法律によってがんじがらめにされ、とうてい国土を防衛する軍隊としての専
守防衛の任務を果たせない状況に陥っています。
 したがって、今やるべきことは、一刻も早く憲法改正、とくに第9条を改めて、日本
人が自分の手で自分自身を守れるようにすべきであると思います。北朝鮮からノドンを
打ち込まれてからでは遅いのです。それにしても小泉首相は、独裁者国家である北朝鮮
と一年以内に国交正常化を本気でするつもりなのでしょうか。そんなことが本当にでき
ると考えているのでしょうか。
 いわゆる護憲論は、現代の攘夷論であると思っています。歴史作家の井沢元彦氏が面
白いことをいっています。
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       「攘夷」というと「右」で、「護憲」というと「左」だから
      日本人はまったく違うと思っているが、「日本刀や竹槍で黒船
      に対抗できる」というのと「平和憲法を護ることによって独裁
      者のミサイルに対抗できる」と並べてみれば一目瞭然。「空想
      的=現実無視」という点で両者はまったく同じものである。
       要するに「苛酷な現実」を見たくないので、自分をゴマカし
      ているのだ。
           ――井沢元彦著、『「反日」日本人の正体』、小学館刊
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 憲法を改正して日本が軍備を強化するのは、かつての時代に逆戻りであるという人が
います。しかし、現状のように憲法を拡大解釈し、既成事実を積み重ねていく方がはる
かに危険なことであると思うのです。
 国土防衛に関してこそ武士道を見習うべきです。武士の誇りは、「戦わない」ことで
す。それでは、なぜ刀を持っているのでしょうか。それは、抑止力であり、誇りだった
からです。簡単に人を殺せる道具を持っているけれども、使わない精神の力――それこ
そが武士の誇りだったのです。
 戦わない方がよいと誰でも思っていたのです。孫子は「戦わずして勝つことが偉大な
る将軍である」といっています。日本の国土防衛もそうあるべきです。専守防衛に十分
な装備は整えて、それを駆使する力は蓄えるけれども、それを行使しないで抑止力とし
て使う――日本人はこれができるDNAを持っています。・・[自衛隊の実力/20]
                

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