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2007年07月18日

盧武鉉は始まりでなく結果である(EJ第1321号)

 現在の韓国は左傾化し、かなりおかしくなっています。多くの人は盧武鉉大統領にな
ってからそうなったと考えていますが、それは違います。コリア・ウオッチャ−の西岡
力氏は「盧武鉉は始まりではなく結果である」といっています。
 西岡氏によると、韓国がおかしくなったのは、20年以上にわたる北朝鮮による左傾
民族主義の工作が少しずつ実を結んできた結果だというのです。
 1970年代までは、朴大統領が左傾化を警戒して、KCIA(韓国中央情報部――
1980年に国家安全企画部)まで作って北とつながりを持つと死刑も辞さないという
覚悟でかなりきつい北の押さえ込みをやったのです。
 しかし1979年に朴大統領が暗殺され、北への弾圧が緩むのです。これによって、
今まで抑えられてきた金大中を中心する左派勢力が動き出します。そのあと、全斗煥を
中心とする勢力がクーデターによって軍部を掌握し、全斗煥が政権を取ります。そのと
き金大中の地元の光州市でデモ隊と軍隊が衝突して200人近くも死亡するという光
州事件が起こります。
 このとき全斗煥の後ろには米国がいるという情報を親北勢力が流しはじめるのです。
絶妙のタイミングといえます。そのため、光州事件を契機に反米感情が高まってくるこ
とになります。そして、光州事件以後、学生運動の中に次のような2つのセクトができ
るのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      1.基本矛盾は資本家対プロレタリアートにあり、資本家こそ
        はわれわれの敵である――マルクス・レーニン派
      2.基本矛盾は外勢対民族にあり、韓国は米国の植民地であり
        米国は外勢、敵である――主体思想派のグループ
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 全斗煥政権の時代は、民主化を推進して自由を広げた時代なのです。言論の自由もで
きてマルクスでも何でも読めるようになったのです。当然、北の工作もやりやすくなっ
たといえます。
 北からは地下運動を専門に行う工作員が送り込まれ、彼らは資金も豊富に持っている
ので、やがて大衆を味方につけて巧妙きわまる運動を展開するようになります。デモを
やっても決して暴徒化しない――大衆に合った要求を掲げ、決してそれ以上の要求もせ
ず、その旗印の下でのみ動くのです。
 石や火炎瓶も投げないし、大衆の見ている前では無抵抗に機動隊に殴られ、引きずら
れていってどんどん逮捕される――そうすることによって、大衆を味方につけるのです。
 これに対してマルクス・レーニン派のセクトは、日本の過激派と同じようにヘルメッ
トをかぶり、石や火炎瓶を投げて派手な闘争を繰り広げる――これでは大衆の支持は得
られないのです。
 そのうちにマルクス・レーニン派のセクトは、北の主体思想派によって少しずつ感化
され、主体思想化していったのです。何しろ彼らは思想の洗脳にかけてはプロであり、
鍛え抜かれているのです。やがて、労働者だけではなく、政治家、学者、公務員、弁護
士、裁判官、教師、マスコミの各層に主体思想は浸透していくことになります。
 そして、1980年代から90年代にかけて、「親北・反米」の思想は深く静かに少
しずつ深耕し、1998年に金大中が大統領になってから、親北政権が5年間続くので
す。そして、その仕上げが、2003年からの盧武鉉政権というわけです。西岡力氏の
いう「盧武鉉は始まりではなく結果である」というのはこういう意味なのです。
 金大中前大統領がどれほど韓国にとって危険な存在であったかを示す知られざる事
件があります。2000年6月に行われた南北首脳会談のとき、その返礼として金正日
総書記がソウルを訪れるという話があったことはよく知られています。
 しかし、表面的には何事も起こらず、金大中は大統領を降りています。実は2001
年に、金大中は南北共同宣言第2項(EJ1319号参照)を使って南北国家連合をや
ろうとして失敗していたのです。
 どういうシナリオだったかというと、2001年5月を想定して、金正日総書記がソ
ウルを訪問して平和宣言を行い、在韓米軍の地位を変更して憲法改正をやろうと画策し
たのです。
 この動きは米国の知るところとなり、米国はこれを事前に潰しているのです。金大中
は2001年3月に訪米したのですが、このとき米国は金大中に事実を突きつけて圧力
をかけ、この企てを阻止しているのです。
 西岡力氏の情報によると、この事件に関係する動きとして2001年7月23日に韓
国の国家情報院の対北戦略総合課長が解任されています。解任理由は、この課長が米国
CIA要員のユンという人物に、対北戦略情報を漏らしたという疑いによって懲戒委員
会にかけられ、罷免されたというのです。
 実は、2001年3月14日付の『読売新聞』には、次の趣旨の記事が載っているの
です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       金正日がソウルを5月に訪問する。そこで、南北は平和宣言
      を発表することで合意しており、すでに数回にわたり、草案を
      交換している。  ――2001年3月14日付『読売新聞』
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 この記事には「ワシントン発」の記載があるので、米国がリークしたことは間違いな
いものと思われます。韓国ではどうして情報が漏れたかを極秘に調べ、突き止めた結果
その課長は解任されたのです。
 金大中の狙いは何かというと、今まで学界の論議に限定されていた統一憲法論議を与
野党間の論議に上げたかったのです。金正日をソウルに呼んで、これを契機に憲法を改
正して統一憲法を策定したうえ、国民投票を行って、南北共同宣言の第2項に沿った国
家連合の移行を画策したのです。驚くべきことです。
                 ・・・[2004年時点の東アジア情勢/18]

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