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2007年08月14日

単なるアクション映画でない証拠(EJ第1257号)

 『マトリックス』という映画を劇場で3回観て、ひとつ気が付いたことがあります。
1999年の第1章のときは日中の時間であったせいかそれほど混んでいなかったので
すが、第2章の「リローデッド」と第3章の「レボリューション」のときは、劇場内で
行列をつくらされたのです。
 もちろん作品が評判を呼んだことが原因ですが、劇場内で行列をつくらされるという
ことは「入れ替え制」になったことが原因です。つまり、「リローデッド」からは一回
ごとの入れ替え制になったのです。
 というのは、第1章のときあまりにも連続して二度観る観客が多かったので、後から
入場した人が座れないという事態が生じて「入れ替え制」にしたのです。最近の映画で
昼の時間帯から「入れ替え制」は大変珍しいのです。並みの映画であれば、ウィークデ
イの昼の時間帯は、学生と年寄りしか入らないからです。
 なぜ、2度観るのでしょうか。それは一度観ただけではワケがわからないからです。
といっても、単にワケがわからないだけであれば、「ワケのわからん映画だ」で終わっ
てしまいます。ですから、「好奇心をそそる映画」であることは確かです。
 「あのシーンは何を意味しているのか」とか「あの人物の役割は何なのか」――強く
好奇心を刺激するものが多いのです。だから、続けてもう一度観ようとするのです。こ
のように、何かに好奇心を持って追求するということは人間にとって非常に大事なこと
です。なぜなら、好奇心がなくなると人間終わりだからです。
 好奇心は年齢とともに失われていきます。したがって、老齢に達すると、何か特定の
ことに凝り固まるか、何事にも関心を持てなくなるものです。価値があると思っても、
興味がないと振り向きもしなくなります。これが老いを進行させるのです。
 一般論ですが、『戦場のピアニスト』や『スパイゾルゲ』に行く人は、『マトリック
ス』のような映画には関心を向けないものです。それが意識の世界を小さくしてしまう
のです。『マトリックス』は秀逸な映画です。人類の未来について考えさせられる何か
を持っています。ですから、もし、その魅力にとりつかれると意識の世界が一挙に拡大
されるでしょう。私がEJを続けているのは、好奇心をいつまで持続させられるか試し
たいからです。
 ジャン・ボードリヤールという人を知っているでしょうか。
 ジャン・ボードリヤールは、フランスの社会学者にして思想家です。生産中心主義の
思想を批判して、独自の象徴交換論を展開しています。なぜ、ジャン・ボードリヤール
かというと、その思想が『マトリックス』に深くかかわっているからです。
 『マトリックス』の第1章で、夜中にネオがノックの音に気づいて目を覚ますシーン
があります。来訪者はチョイというクライアントで、違法データを受け取りに来たので
す。
 そのとき、ネオは本棚に行き、一冊の本を取り出します。DVDで確認したのですが
、その本のタイトルは『シミュラークルとシミュレーション』と書いてあったのです。
実はこれは、ジャン・ボードリヤールの著作のひとつで、消費社会のシミュレーション
現象に鋭く分析を加えた著作として知られています。
 ところが、映画ではその本の表紙を開けると、中がくりぬかれていて、何枚かのフロ
ッピーディスクが入っているのです。ネオはハッカーですから、フロッピーディスクの
中身は違法データであることは確かです。
 書物自体が偽物であって、その中に入っているフロッピーディスクのデータも偽物―
―つまり、自分の暮らす世界がコンピュータによってつくられた完全なまがい物である
という、その後ネオが知ることになることを予示する伏線になっているのです。
 『マトリックス』の制作者であるウォシャウスキー兄弟は、この映画の主要な出演者
に次の2冊の本を読むよう指示しているのですが、その中に『シミュラークルとシミュ
レーション』が入っているのです。
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         ●ジャン・ボードリヤール著
          『シミュラークルとシミュレーション』
         ●ケヴィン・ケリー著
          『複雑系を超えて』(1994年アスキー出版)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 普通に映画を観る人は、まさかネオが手にする本のタイトルまで注意しないでしょう
し、よほどジャン・ボードリヤールに関心のある人でない限り、気がつかないと思いま
す。しかし、制作者のウォシャウスキー兄弟は、そのような細かいところまで、仕掛け
を施しているのです。
 ところで「シミュラクル」というのは何でしょうか。
 「シミュラクル」とは、「にせ物」とか「幻影」という意味です。スペルは次の通り
です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
            smulacre →  simulacrum
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「シミュラクル」とは、オリジナルでもコピーでもないが、独自の価値として流通す
る一種の記号――記号は現実ではないが、情報はすべて記号でしかない。そして、世界
はこのシミュラクルによって作られたハイパーリアルである――何だかよくわかりませ
んが、マトリックスの世界的な概念であることは確かです。なお、『シミュラークルと
シミュレーション』は、法政大学出版局から翻訳書が出ています。少し、高い本ですが
・・・。
 第1章でモーフィアスがネオに2199年の荒廃とした世界を見せるシーンで、モー
フィアスは次のようにいいます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
               現実の砂漠にようこそ!
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これも『シミュラークルとシミュレーション』の中に出てくる「現実それ自体の砂漠
」の引用なのです。                 −−[マトリックス/06]

「マトリックス」に関係する2冊の本

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