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このブログは、異文化研修の教育機関(株)インテック・ジャパンの情報発信用です。(株)イー・メディアとの提携により、同社のドキュメント・レポート「Electronic Journal」をウィークデイの毎日お届けします。
「Electronic Journal」は様々な情報を400字詰原稿用紙7枚にまとめて配信する日刊メールマガジンです。

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● 2007年12月 記事 ●

2007年12月03日

政策転換している小泉政権(EJ第1222号)

 竹中大臣が経済財政相に兼務して金融担当相になったとき、彼はメガバンクを標的に
して、繰延税金資産を米国の基準と同じ1次自己資本の10%に厳格適用すると爆弾発
言したことは覚えておられると思います。
 メガバンクの首脳からは、今まで一定のルールの中で、基準を遵守してやってきてい
るのに、突然基準を変更されたら困るという強い批判が出て、「竹中やめろ!」の大コ
ールが巻き起こったのです。「サッカーをやっていたのに、突然ルールが野球に変更さ
れた」という迷文句もこのとき生まれています。
 とにかくそれ以来、竹中大臣と銀行とのバトルは、すさまじいものだったのです。大
銀行のトップが夜中の10時過ぎに全員雁首を並べ、時の担当大臣に異を唱えるという
金融史上前代未聞の出来事まで、起こっているのです。市場は、そういう竹中大臣の真
意を図りかねて株価を下げ続けたといえます。
 しかし、基準とかルールを遵守するということではなしに、メガバンクは、なぜ自ら
資本を増強させようと努力しなかったのでしょうか。銀行という業務にとって自己資本
の充実は、役所からいわれるまでもなく、自らやっておくべきことではないかと思われ
るのに、なぜ、やってこなかったのでしょうか。
 ここにきて、竹中大臣のやり方が明らかに変化したとみられることはいくつもありま
す。しかし、メガバンクに対しては、いささかも手を緩めていないのです。一体、竹中
大臣の狙いは、何でしょうか。以下、竹中行政のどこが変わったかを明らかにすること
によって、竹中大臣の狙いに迫ってみることにします。
 最初に強調しておきたいのは、小泉首相は経済に弱いので、竹中大臣に丸投げしてい
るといわれていますが、そんなことはないということです。経済・金融に関しては、竹
中大臣が自ら判断して動いているようにみえますが、そうではなく、竹中氏は小泉首相
と一体であり、ある目的のためになりふりかまわず突進している――そのように考える
べきです。
 ここで、EJ1219号に掲載した2001年6月の「骨太の方針」をもう一度掲載
します。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      ≪市場メカニズムによる経済活性化≫
       効率化の低い部門から効率性や社会的ニーズの高い部門へ、
      労働力や資金を移動させるのは市場の力であり、これを阻害し
      ている障害物を取り除く作業が構造改革である。
                        ――「骨太の方針」より
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ここに書かれているコンセプトは「市場の活性化を阻害している要因は「不振企業」
であり、これらの企業を生き残らせている銀行に問題がある――すなわち、銀行は不良
債権をきちんと処理することによって、不振企業は市場から退出させ、市場のメカニズ
ムの阻害要因を取り除くべきであるといっています。
 この考え方は「創造的破壊」といわれます。だめなものを壊せば、そこから経営資源
が溢れ出て、生産性の高い分野に移動し、それによって経済が活性化して成長するとい
う考え方です。
 当初金融庁は、メガバンクだけではなく、地方銀行もこの創造的破壊を適用する――
つまり、不良債権処理を進めさせる気でいたのです。しかし、そのようなことをすれば
中小企業の倒産が激増して、不況は一層深刻化してしまいます。
 そこで政府は急遽方針を変更したのです。1998年に「特別信用保証制度」という
ものができて、中小企業が一斉にこの制度を利用しています。この制度は無担保でも、
信用保証協会が保証して融資が受けられるという制度です。
 しかし、保証期限は5年なのです。1998年から始まったので、今年がその返済す
る年になります。そこで、政府は2003年2月にこの制度を変更し、特別信用保証の
借り替えができるようにし、返済期間を10年まで延ばせることにしたのです。
 5年で返済するのと、10年で返済するのとでは負担が大きく違います。中小企業は
これで一息ついて倒産件数は若干減少しつつあるのです。
 しかし、本来返済しなければならない時期に返済できない企業は、銀行から見ると、
その貸付金は不良債権化することになり、小泉改革の骨太の方針に照らして考えると、
市場から退出させなければならないはずです。したがって、この政策は小泉改革に逆行
することになるのです。
 もうひとつ、政府の金融審議会が2003年3月に出した「リレーションシップ・バ
ンキング」という政策があります。これは銀行と付き合いの長い企業の中から銀行は、
その企業の経営者の資質やビジネスプランについて情報を入手し、銀行の判断によって
融資を実行するというものです。
 例えば、高い技術力のあるにもかかわらず、業績不振で銀行から不良債権扱いになっ
ている企業でも、最新の機械を導入すれば利益が出る可能性があるとします。そういう
とき銀行は、精査のうえ、積極的にそのための融資をするというものです。
 しかし、「リレーションシップ・バンキング」などという大仰な名前をつけるまでも
なく、これこそ銀行の本来の仕事そのものではないでしょうか。
 考えてみれば、銀行のバランスシートからだめな企業を切り捨てて、その債権を整理
回収機構や産業再生機構に回してみたところで、日本全体からみると不良債権は一銭も
減らないのです。単なる会計上の処理に過ぎないわけで、このようなものを経済政策と
呼ぶこと自体がおかしいわけです。
 いずれにせよ、小泉政権は中小企業に対しては、当初の「創造的破壊」の政策を大幅
に改め、「破壊」のレベルを落としているのです。そして、何よりも、りそな処理にお
いて株主責任を問わなかったこと――これは結果として日本の株価を引き上げることに
大いに貢献しています。小泉政権は変わっていないふりをしていますが、とうの昔に政
策転換をしているのです。しかし、メガバンクにはいささかも手を緩めてはいないので
す。                       ・・・[りそな処理の謎/05]

2007年12月04日

米寄り金融行政を展開する装置(EJ第1223号)

 2003年10月に発表された金融再生プログラム(竹中プラン)によると、次の3
つ原則が新しい金融行政の枠組みとして上げられています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
             1.資産査定の厳格化
             2.自己資本の充実
             3.ガバナンスの強化
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 資産査定を厳格に行うこと、すなわち、繰延税金資産の取り扱いの厳格化を行えば、
銀行を自己資本不足に追い込むことができそして国有化して、借り手の不振企業を整理
する――この3原則からはそういう政府の意図が透けて見えます。つまり、この3原則
は国有化の手段なのです。
 しかし、意外だったのは、竹中プランの対象がメガバンクに限定されたうえに、整理
の対象になる企業からは、注意深く中小企業は除かれて、厳格な査定の対象となる企業
の範囲は一層せばめられたことです。明らかに竹中大臣は当初の方針から大きく変化し
ています。
 こういう竹中大臣の金融政策は、米国に高く評価されているのです。もちろん米国の
国益に合致するからです。総裁選の前の8月――当時、自民党の中では「竹中降ろし」
の真っ只中だったのですが、竹中大臣はそういう微妙な時期に訪米したのです。そのと
きも、大臣を降ろされたときに備えて、米国の大学に就職の口を探しに行ったのではな
いかと陰口をたたかれたものです。
 しかし、米ブッシュ政権は、グリーンスパンFRB議長を含む経済チームの主要閣僚
が総出で竹中大臣を歓迎したのです。スノー財務長官、フリードマン大統領補佐官(経
済政策担当)、グレン・ハバード前米大統領経済諮問委員会委員長、ケネス・ロゴフI
MF調査局長、ウィリアム・マクドノー前ニューヨーク連銀総裁など、まさに米国の経
済の重鎮が総出の歓迎です。
 どうして竹中大臣がこのように歓待されたのかというと、狙いは、自民党内の「竹中
降ろし」の動きを牽制することです。要するに「竹中を代えるな」というメッセージを
自民党の反竹中勢力に発信したのです。米国としては、露骨な圧力をかけなくとも米政
府の意向も汲んだ金融行政を展開してくれる「貴重な装置」として竹中大臣を温存した
かったからです。
 クリントン前政権時代から、米国は邦銀への公的資金再投入をはじめとした不良債権
の抜本的処理策をこれまで再三にわたって日本政府に要求してきたにもかかわらず、一
向に実行されず、現在までずるずると問題は先送りされてきたのです。
 しかし、竹中大臣は小泉首相のバックアップの下にトップダウンの金融行政を繰り広
げ、あとで改めて述べる監査法人の反乱という、アクシデントという要素はあったもの
の、りそなの実質国有化処理を成し遂げて、日本の株価回復につなげています。
 しかも、株主責任を問わなかったことによって、外国人投資家、すなわち、米ヘッジ
ファンドに大きな利益を与え、含み益拡大でできた余裕資金が再び米株投資に還流・投
資されて、米株価を底上げするとともにそれと連動して日本の株価を押し上げるという
好循環をもたらしているのです。
 EJ1216号で、ブッシュ大統領と小泉首相は「再選同盟」を結んだと書きました
が、日米で重要な選挙のある今年から来年にかけて、とにかく日米で株価にプラスにな
る政策は果敢に実施して、再選につなげるという点で小泉首相とブッシュ大統領は一致
しているのです。そのために、小泉首相にとってはもちろんのこと、ブッシュ大統領に
とっても竹中大臣は「使える駒」ということになります。したがって、米国としても竹
中大臣は代えられては困るので、8月の訪米のさい、米国の経済閣僚が竹中氏を全面的
にバックアップしたものと思われます。おそらく、小泉首相がブッシュ大統領に根回し
したものと思われます。この「再選同盟」の戦略がうまく行くと、日米の株価は、来年
いっぱいは株高を維持することになると思います。
 小泉首相がいかに竹中大臣を買っているかは、2007年の郵政事業民営化を竹中大
臣に託していることでも読み取れます。青木参議院幹事長が何をいっても、現在、小泉
・竹中は絶対的な信頼関係で結ばれています。小泉首相は竹中大臣を代える意思など最
初からなかったといえます。
 この竹中平蔵なる学者がどのような人物であるかは、現在発売中の『文芸春秋』11
月号に掲載されたジャーナリスト、菊池雅志氏の論文、『「政治家」竹中平蔵本当の実
力』に詳しく紹介されていますが、政治家以上に政治家である竹中大臣の実力がよくわ
かります。菊池氏は、論文の冒頭において竹中氏について、次のように書いています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       一橋大学卒、日本開発銀行、ハーバード大学、慶応大学教授
      という派手なキャリアも、一点の曇りもない華やかなものであ
      る。しかし、実は彼の半生は、苦渋に満ちたものだった。彼の
      足跡を詳細に辿ると、「笑顔の仮面」の裏に、「放浪学者」とい
      う、竹中のもう一つの顔が浮かび上がってくる。
                     ――『文芸春秋』11月号より
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 竹中大臣は、米政府や有力シンクタンクに太い人脈を持っていると伝えられています
が、必ずしもそうではないのです。確かにハーバード大学や米国国際経済研究所(II
E)に在籍したことは確かですが、いずれも客員としてであり、長くそこで研究した実
績はないのです。それが放浪学者といわれるゆえんです。
 しかし、竹中大臣は、今や学者というよりも政治家として、小泉政権はもちろんのこ
と、ブッシュ政権にとっても大きな影響力を持つ経済閣僚になっています。
 本当に日本経済は彼に委ねていいのでしょうか。次回は、この問題について考えてみ
たいと思います。                ・・・ [りそな処理の謎/06]

竹中大臣と米スノー財務長官.jpg
               

2007年12月05日

デフレギャップを埋めることが先決(EJ第1224号)

 竹中大臣による経済政策を批判する経済学者、エコノミスト、政治家はたくさんいま
す。その中にあって、非常に理論的で、明快で、分かりやすい反論は、野村総合研究所
主席研究員であるリチャード・クー氏であると思います。
 クー氏は、銀行問題を解決すれば日本経済が回復するという小泉政権の経済政策は根
本から間違っており、このままで行くと最悪の場合、恐慌に発展する恐れがあると指摘
しています。
 仮に銀行問題が不況の主因であるとします。そうすれば、日本は外銀ばかりになり、
日本の企業は借り入れができなくなるので社債市場が大活況を呈しているはずだとい
うのです。それに、資金需要に供給が追いつかないため、銀行の貸出金利は急上昇して
いるはずです。実際に米国では、90年代の前半にそのような事態に陥ったことがある
そうです。
 しかし、「日本の現状はまったく逆である」とクー氏はいうのです。外銀は撤退話ば
かりであり、社債市場は償還が新規発行よりも多いという有様です。どうしてこうなる
のでしょうか。
 現在日本の企業は年間ネットで約20兆円を借金返済に当てている現実があります。
現在は90年代からの資産デフレによって、バランスシート上の資産価値が下がってお
り、経営者としては、その反対側にある負債そのものを圧縮しようと必死になっている
のです。
 その一方で家計の貯蓄は企業が借りないので、銀行に眠ったままです。これも約20
兆円あります。平時であれば、家計の貯蓄――銀行に預けているお金を企業が借りて使
うことによって、経済が回るのですが、これが動かないのです。
 この借金返済に回る約20兆円と家計貯蓄の約20兆円――計40兆円が日本のデフ
レギャップの正体なのです。小泉政権は、この約40兆円を埋める必要がある――そう
でないと、その分毎年需要は減少してしまうとクー氏はいうのです。
 そけでは、これをそのまま放置するとどうなるでしようか。
 その答えが米国にあるのです。1929〜1933年にかけて起こった米国の大恐慌
です。状況は、現在の日本経済に酷似していたのです。当時の米国の企業は、バランス
シート調整のために借金返済にひたすら走ったのです。
 時のフーバー米国大統領が、現在の小泉首相と同様に「財政出動はしない」といって
緊縮財政を組んで事態を放置したのです。その結果、米国のGDPは半分になり、都市
の失業率は実に50%をオーバーしてしまう未曾有の大恐慌に突入します。
 これを救ったのは、フーバー大統領に代わって登場したルーズベルト大統領です。彼
は、「いま銀行に必要なのは資金ではなく資本である」と見抜き、公的資金を銀行に注
入して銀行を回復させるとともに、ニューディール政策という積極財政を行うことによ
って、恐慌を克服したのです。
 クー氏がいうのは、民間にお金を借りて使う人がいないときは政府が十分な財政政策
でこのデフレギャップを埋めないと経済は再生しないといっているのです。クー氏の主
張は、ケインズ政策そのものですが、ケインズ政策は、民間が後ろ向きになって借金返
済に走ったときにこそ打つべきであるといっています。
 自民党の総裁選の候補者の議論でさんざん聞かされた話ですが日本の国債と地方債
の発行残高は約700兆円――これだけの累積債務があるのに、クー氏のいうように、
さらに積極的な財政出動すると、日本という国はどうなるのかと誰しも不安になってし
まいます。
 もし、大胆な国債発行をすると、長期金利が上昇し、国債価格が下落して、これが実
態経済に悪影響を及ぼすことになります。さらに金融機関が大量の国債をかかえている
ので、長期金利の上昇は銀行に巨額の損出を発生させることになる――というようにま
で破滅が先に見えているような議論になってしまうのです。
 しかし、約40兆円のデフレギャップがあるのに、国債発行に30兆円枠(下ろさざ
るを得なくなっているけれども)を設けるのは、明らかに間違っている――というクー
氏の主張はよく理解できます。
 財政出動しないとデフレギャップが埋まらないのに、財政出動すると長期金利が上昇
し、国債価格が暴落する――これをどのように解決するのか、そこまではクー氏は言及
していないのです。
 事態がここまで深刻化すると、打つべき手は本当に限られてきます。しかも、かなり
大胆な手を打つ必要があるのです。しかしこの難問は、解けない問題ではないのです。
これについては、目下勉強中ですので、改めてEJでお知らせする予定です。
 リチャード・クー氏は、竹中大臣には、日本の金融業界が置かれている立場が理解で
きていないといっています。それは、金融庁がこの8月1日に公的資金注入行15銀行
・グループに対して出した業務改善命令を見ればわかるといいます。すべての銀行が苦
しんでいるのに、一律に収益を上げろという神経が理解できないといっているのです。
 ここでクー氏は、彼がニューヨーク連銀時代に経験した「中南米危機」を例にとって
次のように説明しています。
 1982年のこと、米国の銀行は突如中南米危機に襲われたのです。その時点で大手
米銀は、自己資本の147%を中南米に投資していたため、大手行のほとんどが、破綻
状態になってしまったのです。当時のFRB(米連邦準備制度委員会)議長のボルカー
は、とにかく船が沈まないよう取れる措置はすべて打ち、金融システム全体の維持に努
めたのです。そして、10年という長い時間をかけたものの、納税者負担ゼロで解決し
ています。
 このときニューヨーク連銀は、ボルカー議長の指揮のもとに動いたのです。クー氏に
はこの経験があるのです。クー氏によれば日本が現在直面している危機は、明らかに中
南米危機の規模であるといっています。クー氏は、既に日本経済という船には水が流れ
込んできている−−とにかく、船が沈まないようにすることが先決だといっているので
す。                      ・・・ [りそな処理の謎/07]

リチャード・クー.jpg
               

2007年12月06日

『預金保険法第102条』の研究(EJ第1225号)

 EJ第1219号の冒頭に、りそな処理が釈然としない原因を3つ上げましたが、再
現しておきます。このうち、1と2の説明は終り、今朝から3の説明に入ります。これ
からがこのテーマの重要部分に入ります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      1.りそな処理は米国主導で決められていること。米国の狙い
        は何か。ブッシュと小泉は再選同盟を結んでいる。
      2.ある銀行を国有化に追い込み、その特別支援行をテコにし
        不良債権処理を急進させるのが竹中プランである。
     ⇒3.りそなショックには監査法人が深くかかわっているが、監
        査法人は、説明責任を果たしているとはいえない。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 りそな処理に対する一番大きな疑惑は、りそな銀行が公的資金投入時点において、既
に破綻していたのではないかという点にあります。もし、公的資金を投入する時点で、
りそな銀行が破綻していたのであれば、りそな銀行に対して政府がとった「預金保険法
第102条第1項に定める第1号措置」はとれないのです。
 このように書くと何のことやらさっぱりわからなくなります。事態を正確に理解する
ために、「預金保険法第102条」について少し勉強することにしましょう。
 「預金保険法第102条」とは首相が金融危機の恐れがあると判断したときに、「金
融危機対応会議」を開き対策をとる仕組みを定めています。同法は「金融危機の恐れ」
について次のように定義しています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      我が国又は当該金融機関が業務を行っている地域の信用秩序の
      維持に極めて重大な支障が生ずるおそれがあるとき
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「金融危機対応会議」の出席者は、次の6人のメンバーと定められています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
          1.首相       4.金融担当相
          2.財務相      5.金融庁長官
          3.官房長官     6.日銀総裁
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 公的資金は、政府、日銀、民間金融機関が共同出資する預金保険機構に15兆円の危
機対応勘定が設定されており、これが公的資金投入の原資になるのです。
 そして、預金保険法第102条第1項には、次の第1号〜第3号までの措置が定めら
れています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       第1号措置 公的資金注入による自己資本増強の措置
       第2号措置 破綻処理に伴う預金全額保護などの措置
       第3号措置 破綻金融機関に対する特別危機管理措置
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 預金保険法第102条の適用は、「首相が金融危機の恐れがあると判断したとき」と
いうのが前提となっています。しかし、りそな銀行に対する公的資金注入が決まった2
003年5月17日の首相談話で小泉首相は次のようにいっているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      ・同行については、平成15年3月期決算における自己資本比
       率が健全行の国内基準である4%を下回ることになりました
       が、現時点で、預金流失や市場性資金の調達困難といった問
       題はありません。
      ・現状においては、金融システム全体に影響が及ぶ状況にはあ
       りません。政府としては、今後とも金融システムの安定を確
       保していくとともに、日本銀行とも緊密な連携をとりつつ、
       預金者の保護、信用秩序の維持に万全を期す。
                         ――小泉首相談話より
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 小泉首相によると、りそな銀行は破綻もしておらず、ましてや金融危機の状況にない
のです。それなら、なぜ、金融危機の恐れがあるときに適用する預金保険法第102条
を、自ら適用したのでしょうか。明らかに矛盾があります。
 まして、後からも述べるように、りそな銀行の監査から途中で降りた朝日監査法人に
よると、りそな銀行は繰延税金資産を5年分認めなければ、債務超過であったと明言し
ているのです。それなら、りそなは破綻銀行ということになり、預金保険法第102条
第1項第3号措置――長銀のケース/一時国有化――をとらなければならなかったはず
です。
 おそらくりそな銀行を破綻させられない「ある事情」が存在したと考えられます。副
島隆彦氏のいう「米国主導」という意見もあります。または、経営内容に問題のある大
手生保会社がりそな銀行の債権を大量に抱えていて、もし、りそな銀行を破綻させると
その生保会社に連鎖し、金融危機を引き起こす誘因になると判断したという説もありま
す。
 そのものズバリではありませんが、りそな問題を生保会社側から描いたとみられる香
住究氏の次の小説があります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
          香住究著『連鎖破綻/ダブルギヤリング』
                     ダイヤモンド社刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 この小説は明らかに実在の事件を下敷きに書いています。小説の中には、実名をもじ
った次のような名前が登場します。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
          竹浪啓造金融担当大臣
          相原英之民自党保険小委員会委員長
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 生保会社出身の諸兄が読まれると、結構リアルで面白いと思います。しかし、これは
小説ではなく現実なのです。           ・・・ [りそな処理の謎/08]
               

ダブルギアリング.jpg

2007年12月07日

米国がりそな処理を求めた理由(EJ第1226号)

 先のEJで、副島隆彦氏の情報として、りそな処理は5月12日に米国主導で決めら
れている――このように書いています。りそなへの公的資金投入が決まったのは5月1
8日のことですから一週間も早いことになります。
 なぜ、米国はりそな処理に介入してきたのでしょうか。ある読者から、そのあたりの
事情についてもっと詳しい説明をして欲しいという要請がきています。
 今回のりそな処理はこれから詳しく書いていきますが、法的根拠はあいまいであり、
しかも株主責任を問わない処理であって多くの疑念があります。
 今まで米国が口うるさく「安易なモラルハザードによる問題先送りの典型」と批判し
てきたやり方そのものであるのに、なぜか今回のりそな処理については、ブッシュ政権
は「金融再生に向けた輝かしいステップ」とベタ褒めなのです。これは、一体どうした
ことなのでしょうか。
 それは、現財務相の谷垣禎一氏が国家公安委員長のときの8月5日の訪米に関係があ
るのです。このとき谷垣氏は、アシュクロフト米司法長官と会談し、対テロ対北朝鮮対
策における日米協力を緊密なものにする「捜査共助条約」に署名しているのです。
 それまでの捜査共助においては、あくまで外交ルートを通してのものだったのですが
この条約では、日米の捜査機関同士の情報交換や犯人の引渡し交渉などが可能になるの
です。当面、大量破壊兵器の製造につながる恐れのある物質の商取引や麻薬・覚醒剤な
どの不正取引の情報交換をするのが狙いといわれます。
 ところでこの日米捜査共助条約とりそな処理はどのような関係があるのでしょうか。
 それは、りそな銀行ができる経緯について知る必要があるのです。りそな銀行は、旧
あさひ銀行と旧大和銀行とが合併して誕生したのですが、その旧大和銀行に問題がある
のです。
 というのは、旧大和銀行は、旧大蔵省の指導によって、経営の悪化した関西金融機関
――近畿大阪銀行など――を吸収しているのです。これらの関西金融機関は、在日北朝
鮮系企業やアングラ勢力のフロント企業との取引が多く含まれているのです。つまりこ
れらの企業の取引口座から北朝鮮へ資金が流出する恐れが非常に高いのです。
 そのため、単に金融の安定化対策だけではなく、りそなHDを国有化によって国家監
視の体制に置くというのが米ブッシュ政権の狙いなのです。そのため、株主責任を問わ
ず、盗人に追い銭的処理法もこのさいは見逃したといわれます。
 それだけではないのです。竹中大臣が大歓迎を受けた8月の訪米でも、りそなに続く
銀行へのさらなる公的資金の予防注入を要請されているのです。その中には、北朝鮮へ
の資金ルートになっているとされる某地銀が含まれています。
 しかし、旧大和銀行には、さらに、いろいろな問題があるのです。この銀行は北朝鮮
問題だけではなく、政治資金源である自民党とのかかわり、広域暴力団との関係などの
深い闇があるといわれているのです。しかし、株主責任を問わない処理をしたため、そ
ういうもろもろの問題は闇から闇に葬られてしまったことになるのです。
 このりそな処理が現在も疑惑に包まれているのは、りそなが既に「債務超過」ではな
かったのかという点について、金融庁――竹中大臣が、財務内容の精査も行わず、事実
を隠蔽しているように見えるからです。
 とくに不可解なのは、元あさひ銀行の監査法人である朝日監査法人がりそな銀行の監
査を降りている経緯とそれに関連して朝日監査法人の会計士の一人、平田聡氏が自殺し
ている点です。
 この平田氏の自殺については、経済雑誌『エコノミスト』の記者、山田淳雄氏の著作
『りそなの会計士はなぜ死んだのか』(毎日新聞社刊)に詳しいですが、EJでは、こ
の本をベースにりそな処理にかかわる疑惑を追及していきたいと思いのます。
 ことの経過を時系列的に並べてみます。
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       2003年4月24日 平田聡氏自殺
            4月30日 朝日監査法人の監査辞退
            5月 7日 新日本監査法人の「豹変」
            5月17日 りそなの公的資金注入要請
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 問題を整理しておきましょう。朝日監査法人は、旧あさひ銀行を担当する監査法人で
あり、これに対して旧大和銀行の監査法人は新日本監査法人です。
 この3月に旧あさひ銀行と旧大和銀行が合併して、りそな銀行になったのですから、
朝日監査法人と新日本監査法人は常識的には共同で監査することになるはずです。実際
に朝日監査法人は3月からりそなの監査に入っていたのです。
 それでは、朝日監査法人はなぜりそなの監査から突然降りたのでしょうか。監査法人
が決算前に監査を降りるということは極めて異常なことなのですが、そのことを新聞記
者はよく知らず、その時点ではニュースにならなかったのです。
 ところが、平田会計士が自殺したことによって、平田氏の自殺と朝日監査法人が共同
監査から降りることを結びつけて記事を書く新聞があらわれたのです。
 平田会計士は監査の結果、りそなの状態が極めて良くないことを発見し、あくまで、
厳格査定を貫くべきであると上層部に報告。しかし、朝日監査法人の上層部は、これを
支持せず、却下したので、平田会計士はこれに抗議して自殺してしまう――これが4月
24日のことです。
 平田氏の自殺に衝撃を受けた朝日監査法人は、その後審議の結果、りそなの共同監査
から降りることを決断し、4月30日に、そのことを銀行側に伝えてきた――その時点
では、一般的にそう受け止められてきたのです。しかし、事態はそんなに簡単なもので
はなかったのです。               ・・・ [りそな処理の謎/09]

2007年12月10日

不可解な平田会計士の自殺(EJ第1227号)

 先週の続きです。朝日監査法人に属する会計士平田聡氏が自殺した4月24日から、
りそなの公的資金注入要請までの一連の流れを再現しておきます。
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        2003年4月24日 平田聡氏自殺
             4月30日 朝日監査法人の監査辞退
             5月 7日 新日本監査法人の「豹変」
             5月17日 りそなの公的資金注入要請
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 この流れから考えると、平田氏は粉飾決算を容認しようとする監査法人上層部に抗議
して自殺した――こういう推理が考えられるのです。新日本監査法人の代表社員は次の
ようにコメントしているので、朝日監査法人は平田氏の自殺にひるんで監査を辞退した
という説が信憑性を帯びていたからです。
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      4月30日の時点で、朝日監査法人から、共同監査を降りると
      言ってきたのは事実である。こんな時期に降りると聞いて、正
      直驚いている。朝日監査法人側では、現場責任者の自殺など大
      変だったようだ。  ――新日本監査法人代表社員のコメント
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 しかし、経済誌『エコノミスト』の山口記者が朝日監査法人に要求した事実関係の確
認に対して寄せられた回答は次のようなものだったのです。
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      2月末まで、あさひ銀行の監査をしていたので、あさひ銀行の
      消滅とともに契約が消滅する。りそな銀行の監査は新しい契約
      になるので、それを受けるかどうかを予備調査(検討)した。
      4月22日、本部審査会で受嘱しない方針を決めた。4月30
      日に朝日監査法人として、監査を受嘱しないことを銀行側に通
      知した。           ――朝日監査法人の正式回答
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 これによると、朝日監査法人は、4月22日に監査を受嘱しない方針を決定していま
す。当然担当の平田会計士もその会議に参加しているでしょうし、その事実を知ってい
たはずです。それは平田氏が自殺する2日前のことなのです。
 そうなると、厳格監査を主張した平田会計士が監査法人の上層部と意見が合わず自殺
という線は崩れてしまうことになります。それでは、平田氏は何が原因で自殺したので
しょうか。
 ここで、自殺した平田聡氏がどういう会計士であったかについて少しご紹介する必要
があると思います。
 平田氏は年齢38歳、非常に優秀な会計士なのです。1998年6月22日から20
00年8月まで、当時の金融監督庁(現在の金融庁)に検査官として出向し、金融検査
の業務に精通したプロフェッショナルといわれる人であり、2003年5月には朝日監
査法人の代表社員に昇格が内定していたのです。
 朝日監査法人で代表社員になるには、約1500人の会計士のうち年間10人程度と
いうことですから、民間企業であれば、取締役に相当する地位の高い役職なのです。
 それにもうひとつ重要なのは、平田氏は、とくに税効果会計のプロフェッショナルで
あり、1998年には次の著書も出版されています。この平田氏という人物――は若く
して「銀行監査の第1人者」として業界で注目される存在だったということです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       宮野尾 幸潤/平田 聡 著/JMAM刊/1998年出版
      『図解すぐできる税効果会計』
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 平田氏の友人の一人は、平田氏が「清濁併せ呑んでなお、プロとして信念を貫く人」
といっています。金融監督庁に出向していたときは、プライベートな席では、「金融監
督庁はひどいところだ。税金泥棒だ」としきりに批判していたといいます。どうやらこ
の平田氏――「正義感に燃えて信念を貫く、銀行監査のプロ中のプロ」の会計士であっ
たようです。そんな前途のある人がなぜ自殺などしたのでしょうか。
 平田氏がなぜ自殺したのかという謎解きはしばらくおくとして朝日監査法人と新日
本監査法人との関係をもう少し詳しく説明する必要があると思います。
 既に述べたように、りそな銀行は、旧大和銀行と旧あさひ銀行が合併してできた銀行
です。そのうち、旧あさひ銀行は、1991年に、埼玉銀行と協和銀行が合併してでき
ています。ところが新日本監査法人は埼玉銀行、朝日監査法人は協和銀行を担当してい
たのです。
 したがって、旧あさひ銀行は両監査法人の共同監査となっていたわけです。つまり、
日本監査法人と朝日監査法人は、共同監査は慣れていたことになります。
 さて、ここで大事なことは、りそな銀行は、旧あさひ銀行と旧大和銀行が合併したと
何度も述べましたが、正確にいうと、りそな銀行になったのは、旧大和銀行と旧協和銀
行が合併したというのが正しいのです。というのは、旧埼玉銀行は、埼玉りそな銀行と
して分離独立しているからです。
 ややこしい話ですが、つまり、旧協和銀行は朝日監査法人、旧大和銀行は新日本監査
法人が担当して共同監査をやるはずであったというのが正確な表現ということになり
ます。
 いずれにせよ、監査法人が監査を降りるというのは、監査を受けた企業にとって、事
実上の死刑宣告に等しいのです。朝日監査法人がそれをやったということは、そこによ
くよくの事情があったものと思われます。
 一方、朝日監査法人に降りられて、全責任を負うかたちになった新日本監査法人にと
ってもショックは大きかったものと思われます。そのため、「突然の豹変」という事態
になったのではないでしょうか。そこで、この謎をさらに解明するために、監査法人に
ついてもっとよく知る必要があります。      ・・・ [りそな処理の謎/10]
               

2007年12月11日

監査法人についての知識武装(EJ第1228号)

 おそらく会計の世界に何の関係もない人が「監査法人」というものを意識したのは、
1999年の東邦生命の破綻のときではないかと思います。1999年6月5日、会計
監査法人「トーマツ」は、東邦生命(GEエジソン生命)に対し「不適法」意見を出し
業務停止に追い込んだからです。
 東邦生命は、1998年4月にGEキャピタルに営業権を譲渡し、既存の契約の管理
・維持と資産運営だけを行う会社になっていたのですが、その時点で東邦生命は事実上
破綻しているといわれていたのです。
 しかし、このときはバックに金融監督庁(現金融庁)の意思が働いていたとされ、ト
ーマツとしては、ここで「適法」意見を出せば、後で責任を問われかねないという追い
詰められた決断だといわれたものです。いずれにせよ、この東邦生命の破綻をきっかけ
として、「監査法人が企業破綻の引き金を引く」ということがいわれはじめたのです。
 この会計監査法人(以下、監査法人)について、少し知識武装をすることにしましょ
う。かつては、大企業についても個人会計士による監査だったのですが、1966年の
商法改正から、大企業に対する監査は、監査法人が担当することになったのです。
 商法改正と同時に公認会計士法という法律も改正され、公認会計士5人以上の法人組
織を監査法人とし、特殊法人のひとつとして、金融庁の監督下におかれるようになった
のです。
 この監査法人――2003年4月の時点で147法人あるのです。しかし、商法や証
券取引法で監査を義務づけられている大企業・上場企業の実に90%が、次の4つの監
査法人に委ねられているのです。つまり、寡占化しているわけです。ついでに、それぞ
れの監査法人のメガバンクの担当も示しておきます。
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        朝日監査法人 ・・・・・・・・ 三井住友
        新日本監査法人 ・・・・・・・ りそな、みずほ
        中央青山監査法人 ・・・・・・ みずほ、UFJ
        監査法人トーマツ ・・・・・・ 三菱東京
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 一方、公認会計士の数は2003年3月時点で約1万4763人、その3分の1の約
5000人を4大監査法人が擁しているのです。しかし、この数は、米国の公認会計士
約37万人と比べてあまりにも少ないといわれているのです。
 4大監査法人のうち中央青山監査法人は、中央監査法人と青山監査法人が合併してで
きたのですが、その合併のきっかけとなったのは、あの山一証券の破綻なのです。19
99年12月14日のこと、山一証券の破産管財人団は、1997年に倒産した山一証
券の粉飾決算を見逃したとして、会計監査を担当した中央監査法人などを相手取り、総
額にして60億円の損害賠償を求める訴えを東京地裁に対して起こしたのです。
 そこで、中央監査法人としては今後のこのような巨額の法的リスクに備えるために、
青山監査法人と2000年に合併したといわれているのです。監査法人としてある程度
の規模を確保しなければひとたまりもないからです。
 もうひとつ日本の監査法人がこうした法的リスクに怯える事情があります。それは、
日本の監査法人の場合、監査法人に対する損害賠償請求は「無限連帯責任」であるとい
うことです。
 どういうことかというと、損害賠償請求が認められて、監査法人が債務を完済できな
いときは、監査法人の社員全員が連帯して残りの債務を弁済する義務があるのです。証
券取引法において、公認会計士または監査法人は、損害を無限責任で賠償する義務があ
ると定められているのです。
 監査法人および公認会計士に対するこの無限賠償責任は日本独自のものであり、概し
て日本は、公認会計士に関しては、非常に厳しいハードルを設けているのです。それを
端的に示すものとして、公認会計士の試験制度があります。
 公認会計士試験は、国家公務員試験、司法試験と並んで、日本で最も厳しい試験のひ
とつです。中でも公認会計士の試験の難しさは、米国の公認会計士試験とは比べ物にな
らないほどのレベルを要求されるといわれます。試験には、1次から3次まであり、し
かも、2次試験合格のあとに監査法人や公認会計士事務所における実習を受けないと、
3次試験の受験資格を与えられないのです。なお、大学において所定の単位を取得した
者については、1次試験は免除されます。
 参考までに、2002年の公認会計士第2次試験の合格状況を示すと、次のようにな
ります。
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         受験者数 13389人
         合格者数  1148人(うち、女性202人)
         合 格 率 8.6%
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 企業の監査のうち銀行監査については、もともと大蔵省と銀行がやっていたのです。
監査法人はその結果を見るだけなので、何のリスクもなかったのです。
 ところがバブルがはじけて、破綻銀行が増えるようになると大蔵省は危機感を感じ、
日債銀が破綻する前に制度を変更して、銀行監査を監査法人にまかせるようにしたので
す。それでいて、監査法人の監督官庁としての地位は手放していないのです。
 つまり、リスクは監査法人に押しつけて回避するが、監査法人に口出しできるように
しているのです。しかも、監査法人には、旧大蔵省からの天下りが公然と行われていま
す。さらに、監査法人の上層部には、会計士資格を持たない銀行出身者もいるといわれ
ます。これは完全な癒着の構図です。
 このように考えていくと、公認会計士や監査法人は、なかなか厳しい環境に置かれて
いると思います。りそな処理において、朝日監査法人が監査を降りたのも、そのあと、
新日本監査法人が突然態度を豹変させたのも、危機感からと思われるのです。
                        ・・・ [りそな処理の謎/11]

2007年12月12日

4大監査法人の国際提携状況(EJ第1229号)

 2002年8月のことです。米国の監査法人のアンダーセンはその89年の伝統に幕
を引いたのです。2001年12月に倒産したエンロンの粉飾事件に深くかかわってい
たのが原因です。
 アンダーセンといえば、世界5大監査法人の一角を形成する巨大な会計事務所だった
のです。世界5大監査法人とは、次の5つだったのですが、アンダーセンが消滅してし
まったので、現在では世界4大監査法人となっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       1.アンダーセン ・・・・・・・・・・・・・・米
       2.KPMG ・・・・・・・・・・・・・・・・蘭
       3.アーンスト・アンド・ヤング(E&Y) ・・米
       4.デトロイト・トウシュ・トーマツ ・・・・・米
       5.プライス・ウォーターハウス ・・・・・・・米
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 アンダーセンは、1990年代に新興のIT関連企業の顧客を積極的に増やして巨大
化し、従業員約8万5000人、世界80ヶ国に385の事務所を持つ巨大監査法人に
なったのです。
 それまで米国の監査は透明性があり、世界のお手本といわれていたのです。それに対
して日本の企業は粉飾決算が多く透明性に欠けると批判の対象になっていたものです。
しかし、アンダーセンがエンロンとぐるになって、積極的に粉飾決算に手を貸していた
ことがわかり、全世界に衝撃を与えたのです。
 当然のことですが、とくに日本の監査法人に与えたショックは少なくなく、それが一
層監査の厳格化への道を突き進むことになるのです。そして、この流れが2003年の
りそな処理への大きな伏線となったのです。
 ここで、日本の4大監査法人が世界4大監査法人と、どういう提携関係にあったかに
ついて、お知らせしておく必要があると思います。というのは、世界的に監査法人業界
は寡占化と国際提携が進んでいることを認識する必要があるからです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      ≪国際提携状況≫
      新日本監査法人  ・・ E&Y
      朝日監査法人   ・・ KPMG
      中央青山監査法人 ・・ プライス・ウォーターハウス
      監査法人トーマツ ・・ デトロイト・トウシュ・トーマツ
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 世界4大監査法人と日本の4大監査法人との提携状況については、少し説明が必要で
す。朝日監査法人は、現在ではKPMGの日本での拠点――メンバーファームになって
いますが、もともとはアンダーセンのメンバーファームだったのです。
 エンロン事件でアンダーセンが破綻し、朝日監査法人としては急遽海外での国際会計
事務所の提携先を探す必要に迫られ、2002年5月にKPMGと業務提携を結び、2
003年4月に正式にKPMGのメンバーファームになったのです。
 しかし、KPMGは、本来は新日本監査法人の提携先であり、朝日監査法人はそれを
奪い取ったかたちになるのです。このことを理解するには、新日本監査法人についても
う少し詳しく知る必要があります。
 日本の国内4大監査法人は、2000年4月の段階においては次の6大監査法人だっ
たのです。
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            1.青山監査法人
            2.中央監査法人
            3.監査法人トーマツ
            4.太田昭和監査法人
            5.センチュリー監査法人
            6.朝日監査法人
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 このうち、2000年に青山と中央は合併して中央監査法人になり、そのほぼ同時期
に当時の国内第4位の太田昭和監査法人と第5位のセンチュリー監査法人が合併して、
新日本監査法人となったのです。なぜ、このように監査法人の合従連衡が行われるのか
というと、世界の大手監査法人のそれに引きずられる面があったからです。
 昨日のEJ第1228号で、中央と青山が合併して中央青山監査法人になったのは、
巨大法人リスクに対処するためと書きましたが、そのほかに世界の大手監査法人の合従
連衡に影響されたという面もあるのです。
 当時、中央監査法人はクーパース・アンド・ライブランドと、青山監査法人はプライ
ス・ウォーターハウスと提携していたのですが、1998年7月にクーパースとプライス・ウォーターハウスとが合併したのに伴い、日本の中央と青山もその2年後に合併し
たというわけです。しかし、太田昭和とセンチュリーの合併はそういう海外の提携先の
問題とは関係なく、合併の道を選んでいるのです。というのは、これらの2社は次の破
綻企業の担当監査法人だったからなのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
        太田昭和監査法人   ・・・・・ 長銀
        センチュリー監査法人 ・・・・・ 拓殖/日債銀
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 その一方で、太田昭和はE&Yと、センチュリーはKPMGと提携していたこともあ
り、両監査法人が合併して誕生した新日本監査法人は、現在その規模において国内第1
位の監査法人としての地位を占めるとともに、E&YとKPMGという当時の世界4大
大手監査法人の2つと提携するというかたちになったのです。
 朝日監査法人は、この動きに対応するため当時飛ぶ鳥を落とす勢いであったアンダー
センと提携することに成功したのですが、アンダーセンのまさかの破綻で、計画に狂い
が生じたのです。そして、新監査法人の提携先であるKPMGにアプローチし、そのメ
ンバーファームを獲得したというわけです。 ・・・ [りそな処理の謎/12]
               

2007年12月13日

朝日/新日本両監査法人の確執(EJ第1230号)

 「アンダーセン崩壊」は、日本の監査法人に大きな精神的重圧というか、危機感とい
うか、一種の恐怖となって重くのしかかっていた――実は、このことが、りそな担当の
会計士の自殺の背景にあるのです。
 平田会計士自殺の謎を解くために、自殺前後の状況をもう一度再現しておくことにし
ます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       2003年4月22日 朝日監査法人監査辞退決意
            4月24日 平田聡氏自殺
            4月30日 朝日監査法人の監査辞退
            5月 7日 新日本監査法人の「豹変」
            5月17日 りそなの公的資金注入要請
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 当初の報道では平田氏が厳格査定を主張したが、甘い査定をしようとする監査法人上
層部と対立――意見が通らず、平田氏は、それに抗議して自殺したというシナリオが盛
んにいわれたものです。いわゆる抗議の憤死です。
 しかし、それは的外れな見方なのです。というのは平田氏が属する朝日監査法人は、
22日に既に監査を降りることを決めていたという情報があるからです。ところが『り
そなの会計士はなぜ死んだのか』(毎日新聞社刊)の著者である山口敦雄氏は、新日本監
査法人への取材の結果、この事実が誤りであることを突き止めています。
 山口氏の取材に対し、新日本監査法人の上層部の代表社員は次のように述べたという
のです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       朝日監査法人は、4月22日の時点では、りそなを降りると
      いう決断はしていない。繰り延べ税金資産を全額認めないとい
      う方向感を示しただけである。
                      ――新日本監査法人代表社員
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 さらにこの代表社員は、朝日監査法人が「監査を降りる」ことを伝えてきたのは、平
田氏が自殺をした次の日、すなわち、4月25日だったといっているのです。
 これにより、次の推測ができるのです。
 朝日監査法人は、4月22日に開催された上級審査会において激論の結果、繰り延べ
税金資産を全額認めないという方針を決めたのです。問題は、どうしてこのような方針
が出されたかです。というのは、1年前はあさひ銀行に対して繰り延べ税金資産を5年
分認めているからです。
 朝日監査法人は、2002年9月の大和銀行の臨時株主総会で、りそな銀行の監査を
新日本監査法人と共同でやることを決めています。それも、単独で監査をやる気でいた
新日本監査法人を説得して共同監査に持ち込んでいるのです。それは、少なくともこの
時点では、りそな銀行の監査にリスクを感じていなかったことを示しています。
 しかし、ちょうどこの時期にアンダーセンが廃業しています。まして朝日監査法人は
アンダーセンと提携していたのですから、その衝撃は大変なものであったと推測できま
す。
 それに加えて、2002年10月に金融庁から、例の竹中プラン――金融再生プログ
ラムが出されたことによって、繰り延べ税金資産の厳格化の流れが一挙に加速すること
になります。
 そして、2003年3月頃には、朝日監査法人はりそな銀行の財務体質の脆弱さにリ
スクを感ずるようになっていたのです。りそな銀行担当の会計士である平田氏としては
当然りそな銀行の監査に対しては厳しい方針をもって臨んでいたはずです。
 これに対して新日本監査法人の方は、昨年に引き続いて繰り延べ税金資産を5年分認
めようとしていたのです。したがって、2つの監査法人の間では、その落としどころを
めぐって激しい議論が戦わされていたのです。
 それに、朝日監査法人はこの時点では、新日本監査法人と一緒に監査をやるのがいや
になっていたのではないかと思います。ひとつには、厳格監査をめぐって意見が合わな
いことに加えて、大和銀行、大和HDのデータは新日本監査法人が握っており、再三催
促してもなかなか出してくれなかったからです。
 その大和銀行/大和HD側のデータが新日本監査法人から示されたのが、4月16日
のことです。この日、平田氏は上司の代表社員と一緒に大阪のりそな銀行本店に出張し
ているのです。しかしその決算の数字は相当良くないものであったのです。これでは、
繰り延べ税金資産を認めないと過小資本になる――朝日監査法人としてはそう判断せざ
るを得なかったのです。
 朝日監査法人が監査から降りたがっていた理由がもうひとつあります。それは、共同
監査といってもあくまでメインは新日本監査法人であり、朝日監査法人は副の存在だっ
たからです。なぜなら、あさひ銀行と大和銀行の場合、存続会社は大和銀行だったから
です。それにいずれは新日本監査法人は監査の1本化を狙っていたので、朝日監査法人
としては進んでリスクをとることはないという考え方があったからです。
 このような経緯から朝日監査法人上層部は、りそな銀行の監査から降りる決断をして
いたのです。しかし、決算を前にして担当の監査法人が監査を辞退するというのは、監
査法人の信用問題になり、大きなイメージダウンになります。また、りそな株の暴落に
つながる恐れもあったのです。
 そういうわけで、朝日監査法人としては、りそな銀行の監査を引き受けるかどうか調
査してみたが、受嘱しないという結論にいたったというシナリオを考えついたのです。
これは、朝日監査法人上層部の経営判断です。
 しかし、平田氏は、監査法人上層部の考え方に賛成ではなかったのです。繰り延べ税
金資産をゼロ査定してしまえば、りそなは破綻する――そうすれば、大勢の人が職を失
うことになる。何とか救う方法はないかと必死に平田氏は考えたのです。
                        ・・・ [りそな処理の謎/13]

2007年12月14日

平田会計士はなぜ自殺したか(EJ第1231号)

 「日本公認会計士協会監査委員会報告66号」というものがあります。これは、繰り
延べ税金資産の回収可能性の判断を、会社の過去の業績などの状況に応じて、回収可能
性の高い順に1項から5項までの5段階に区分しており、この基準は1999年11月
に日本公認会計士協会が公表しています。
 実はこの資料を手に入れようと思い、日本公認会計士協会のホームページを参照した
のですが、会員・準会員はダウンロードできるものの、それ以外の人は有料というので
やめました。しかし、次の2つのことは、はっきりしています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
        第5項 ・・・・・ 繰延税金資産は計上できない
        第4項 ・・・・・ 繰延税金資産の1年分を計上
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 この第4項には、但し書きが付いており、その内容は不明なのですが、何らかの救済
措置が書かれているらしいのです。朝日監査法人の上層部はりそな銀行に対しては第5
項適用を決めていたのに対し、平田会計士を中心とする監査チームは、第4項但し書き
を適用し、一定年数の繰り延べ税金資産の計上を認め、何とか破綻を回避しようとした
のです。そして、4月22日に朝日監査法人の本部審査会にその問題は持ち込まれたの
です。
 朝日監査法人の上層部は、かなり早い段階からりそな銀行/りそなHDの監査から手
を引きたい、つまり、降りることを考えていたフシがあります。その理由は、既に述べ
てきていますが、ここで整理しておきたいと思います。朝日監査法人がりそなの監査か
ら降りたいと考えた要因には、次の4つがあります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      1.大和銀行側の決算数字が良くないことは予想できており、
        繰延税金資産を外すと債務超過の状態にあったこと。
      2.かつての提携先であった米アンダーセンの消滅があり、経
        営陣としては強い危機感から慎重になっていたこと。
      3.りそなについては新日本との共同監査であり、副の立場で
        あって、いずれ外れることになると予測できたこと。
      4.新日本監査法人とは、海外提携先のKPMGをめぐってイ
        ザコザがあり、新日本側と何かと確執があったこと。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 もうひとつ考えられるのは金融庁の圧力です。といっても、誤解のないように願いた
いのは、5月になってりそな処理をめぐって金融庁と監査法人の役員とのやり取りを記
述したメモの存在が問題になりましたが、その監査法人は新日本監査法人であって、朝
日監査法人ではないということをです。
 金融庁はどうように考えていたのでしょうか。
 当時の金融庁は、今でもそうかも知れませんが、竹中大臣の考え方と一枚岩ではない
のです。竹中大臣は、国有化推進論者ですが、金融庁の他の幹部はかつての柳沢路線を
推進しようと考えている者もおり、意思が統一されていないのです。
 しかし、朝日監査法人がりそなの監査を降りるという決断に、金融庁がぜんぜん関与
していないとは、とても考えられないのです。実際問題として朝日監査法人が監査を降
りたことが引き金となって、新日本監査法人も繰り延べ税金資産を3年分しか認めず、
竹中大臣の思惑――米国の思惑というべきかもしれませんが、りそなが実質国有化され
ることになったからです。
 一方、りそなの監査を担当する平田会計士は、朝日監査法人の上層部がりそなの監査
から降りようとしているのを知り、何とかそれを回避しようとしたと思われます。平田
氏自身は、もともと厳格監査の人であり、りそなの決算内容は会計士として許容の範囲
を超えていたと思われるのですが、監査法人が監査を途中で放り投げて降りるというこ
とについては、会計の現場にいる人間として、やってはならないことだと思っていたの
です。
 そこで、平田氏は、結果はどうなろうとも、監査を最後まで継続する道を探ったと思
われるのです。そこで、平田氏は、りそな銀行側、新日本監査法人側に対して、繰り延
べ税金資産の現実的な線を調整しようしています。そして、とくに新日本監査法人に対
して、繰り延べ税金資産を今期も5年分認めることは問題があるとして説得していたの
です。
 この平田氏の動きに対して、りそな銀行側は危機感を持ち、朝日監査法人に対して、
「平田会計士を外せ」と要求しています。さらに、銀行側はそれに断られると、今度は
金融庁を通じて朝日監査法人に圧力までかけたのです。
 これには、朝日監査法人も困惑し、平田氏に対し、代表社員への昇格を条件に担当か
ら外れるよう説得したという事実もあるのです。いずれにせよ、当時の平田氏は、四方
八方からの圧力がかかっており、尋常ならざる精神状態であったと考えられます。それ
に、大企業を担当する会計士――とくに平田氏のやっていたシニア・マネージャの仕事
というのは、歯を磨く時間すらないほどの激務といわれているのです。週3回徹夜など
はザラというのですから、平田氏は心身ともに疲労困憊の状態にあったことは確かであ
るといえます。
 そして、4月22日、午前11時30分――朝日監査法人の本部審査会が行われたの
です。平田氏率いる監査チームと審査会の意見は繰り延べ税金資産をめぐって対立し、
審査会は深夜まで続いたものの、結局監査チームの意見は通らなかったのです。
 4月24日、平田氏は午前中に新宿区内で会議に出席し、昼頃会社に戻り、夕方4時
頃に行き先を告げず会社を出ているのですが、いつも持ち歩いていた携帯電話、ノート
PC、鞄は会社に置いたままだったのです。
 夕方5時頃平田氏は自宅のマンションに戻り、カードキーでドアを開けようとしてい
る姿が目撃されています。しかし、平田氏は、そのまま自分の部屋に入らず、12階自
宅玄関前の手すりを乗り越えて、背広姿のまま飛び降りてしまったのです。計画的なも
のではなく、心身ともに極度の疲労困憊のすえの自殺であり、会社への抗議の意思はな
いと思われます。                ・・・[りそな処理の謎/14]
               

2007年12月17日

新日本監査法人豹変の理由(EJ第1232号)

 りそな処理をめぐる会計士の自殺/監査法人の対応のテーマは今日で終りです。とこ
ろで、りそな銀行/りそなHDは果たして債務超過だったのでしょうか。
 2003年6月13日、参議院財務金融委員会の参考人質疑で当時民主党の桜井充彦
議員は、参考人として出席した朝日監査法人岩本理事長に対して、その問題を問いただ
しています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      桜井:繰り延べ税金資産を外した場合、今回のりそな銀行は債
         務超過になっているか。
      岩本:りそな銀行は大和銀行とあさひ銀行の合併でできたが、
         あさひ銀行の一部を埼玉りそなとして、一部分割してい
         る。2つの銀行がそのまま一緒になれば、従来の考え方
         を踏襲できたが、一部分割しているので、それができな
         い。このため、従来の繰り延べ税金資産がそのまま受け
         継がれていいのかという問題がある。4月16日にいた
         だいた資料の中でもう一度、資産と負債と繰り延べ税金
         と分けて考えて、その段階では、非常に資産が少なかっ
         た。自己資本比率が繰り延べ税金資産を外したところ2
         %以下になるということは、資本充実のところで大きな
         問題。2%以下になる可能性が非常に強いということで
         過小と表現している。
      桜井:債務超過ではないのか。
      岩本:繰り延べ税金資産を外して資産と負債と比較すると、負
         債の方が多い状態です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 この答弁をどのように考えますか。
 岩本理事長は言葉を選びながらですが、はっきりと債務超過であることを認めていま
す。「繰り延べ税金資産を外して・・」という条件を付けていますが、本来銀行は、繰
り延べ税金資産などにこだわるべきではないのです。
 繰り延べ税金資産が導入されたのは、大手銀行にはじめて公的資金が注入された19
99年3月期からです。不良債権処理にともなう銀行の財務の劣化を緩和しようという
いわば金融当局によるあめ玉として導入されたのです。
 しかし、不良債権処理は増加の一途をたどり、当初から「繰り延べ税金資産を5年分
認める」とした当局の処置により、不良債権の処理をすればするほど、繰り延べ税金資
産が膨らむという皮肉な結果になってしまったのです。
 何度もいうように、繰り延べ税金資産とは、過払い分の税金の戻りなのです。不良債
権に対して積む貸倒引当金は、ほとんどの場合、有税で積み立てられますが、その取引
先が破綻して損失が確定すると、過払い分として戻ってくるのです。
 この戻り分をあらかじめ、自己資本の中に含めて良いというのですが、そこに現金が
あるわけではなく、将来戻ってくるといっても、赤字決算をすると税の還付はなくなる
ので、本当の自己資本とはいえないのです。
 本来自己資本は、銀行が預金の支払いをする最後の原資であり、いわば虎の子なので
す。その虎の子である自己資本の中に、現在手元になく、将来も確実に戻ってくるとは
いえない税金の還付金を含めるという発想がそもそも間違っているのです。
 銀行にしても、海外業務はリスク資産の8%、国内業務は4%という自己資本の基準
を、そういう決まりだから、いろいろなものをかき集めて目標をクリアするという感覚
で積んでおり、銀行自らの意思と判断で、自己資本を充実させねばという強い意気込み
が感じられないのです。
 その点、米国の銀行は外からいわれるまでもなく、つねに自己資本の充実化に努め、
その財務基盤を磐石にして、リスクの高い新興市場を開拓するという積極的な経営を展
開しています。自己資本の充実があってこそ、大きなリスクが取れるのであり、業務の
拡大ができるのです。そういう意味において、日本の銀行は何か間違えていると思いま
す。
 さて、4月25日、朝日監査法人は新日本監査法人に対し、りそなの監査から降りる
ことを伝えています。これは、明らかにその前日に自殺した平田会計士の「死」が影響
しています。もともと朝日監査法人は、りそなの監査から降りたかったですが、マイナ
スのイメージを恐れて、その時期をうかがっていたのです。それが平田氏の自殺で表明
しやすくなったといえるのです。
 「監査法人は最後まで監査を降りるべきではない」というのが平田氏の信念であった
はずです。それなのに、自らの死が監査法人をして、りそなの監査から降りやすくさせ
るという皮肉な結果となってしまったのです。
 この朝日監査法人のりそな監査からの離脱は、新日本監査法人を追い詰めることにな
ります。新日本監査法人に対しても、第2のアンダーセンの恐怖が襲いかかったからで
す。新日本監査法人の監査チームは、折からのゴールデンウィークを利用してりそな銀
行が提出した経営計画を改めて再チェックし、個別取引先の健全性を改めて調査し直し
たのです。
 銀行の決算は、4月末には数字が固まっているものであり、5月に入って決算数字を
洗いなおすことは稀有のことなのです。これも平田氏の自殺が大きく影響していること
は間違いないものと思われます。
 その結果、5月5日に開催された新日本監査法人の本部審査会において、繰り延べ税
金資産を5年分は認めず、3年分とするという結論が出されたのです。これにより、り
そな銀行の自己資本比率は、国内業務を営む最低ラインである4%を割り込むことにな
ったのですが、5月6日にその決定がそのままりそな銀行側に伝えられたのです。
 記者会見の席上、勝田りそなHD社長が「ゴールデンウィーク明けの5月6日になっ
て新日本監査法人の態度が豹変した」と述べたウラには、平田氏の死を含むこういう事
情があったのです。               ・・・[りそな処理の謎/15]

山口敦雄氏の本.jpg

2007年12月18日

青柳いづみこをご存知ですか(EJ第1285号)

 青柳いづみこ――こういう名前のピアニストをご存知でしょうか。このピアニストは
少し変わっていて、随筆や小説――それもミステリーを執筆し、それにあわせてCDも
同時出版するという日本では今までにないタイプのピアニストなのです。
 といっても、有名なピアニストがエッセイ集を出すということは昨今そう珍しいこと
ではないと思います。著名なピアニストが本を出せば、名前が通っているだけにそれな
りに売れる――そういう思惑が出版社にあるからです。
 しかし、青柳いづみこの場合、それとはかなり違うのです。文章を操れる演奏家とい
うレベルをはるかに超えており、明らかに文才がある――そういって差し支えないと思
うのです。
 青柳いづみこの執筆したミステリー・エッセイに、『ショパンに飽きたら、ミステリ
ー』(創元ライブラリー)というのがあります。ピアニストのエッセイが創元ライブラ
リーから出るというだけでも凄いことだと思います。そのほんの一節をご紹介します。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       「探偵小説というのは、人を殺したりして、なかなか面白い
      ものである」とおっしゃったのは、たしか、どくとる・マンボ
      ウこと、北杜夫先生である。私も、この意見に賛成だ。
       いったいなにが究極といって、人があっさり何人も殺されて
      しまう探偵小説ほどの究極も、そうあるまい。これが普通の小
      説なら、人なんか一人でも殺すまでには、主人公の心理葛藤か
      ら複雑な人間関係から、なにからなにまで描写しなくてはなら
      ず、本当に殺せる前に小説が終わってしまいそうだ。なにしろ
      ドストエフスキーの『罪と罰』だって、たった一人老婆を殺し
      たからって、大さわぎなのだから・・・。
       探偵小説のいいところは、人が殺されるというような、普通
      の小説ではなかなか設定しにくい異常な状況が、はじめから読
      者によって容認されていることである」。(青柳いづみこ著、
      『ショパンに飽きたら、ミステリー』――創元ライブラリー
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 どうでしょう。見事なものです。面白いし結構読ませる――これだけの文章は、なか
なか書けるものではないです。青柳いづみこをこのように紹介すると、それじゃ肝心の
音楽――ピアノの方はどうなの?ということになると思います。
 実はこのピアニスト――今年でデビュー24年目を迎えるベテランなのです。実は私
彼女の実演を聴いたことはないのですがCDは全部持っています。といっても、全部で
4枚ではありますが・・。しかし、本は8冊出版していますので、ピアニストというよ
りも、「ピアノが弾ける作家」というべきかも知れません。
 驚くべきことは、その4枚のCDが、ことごとく『レコード芸術』の特選盤になって
いることです。といっても、これはレコ芸のことを良く知らない人にとってはきっと、
「驚くべきこと」にはならないと思うので説明しますが、日本人で自分の出したCDを
レコ芸の特選盤にするということは、どうしてなかなかできることではないのです。
 とにかくこの『レコード芸術』という雑誌の「新譜月評」は、私はおよそ50年間に
わたって読んでいるのですが、日本人の演奏家に関しては、ほとんどイジワルと思える
ほど、非常に厳しい評価をするので有名なのです。最初のCDで「準推薦」ならバンザ
イものなのです。それが全部特選盤――とても考えられないことなのです。
 どちらかというと、ドビュッシーもラヴェルもあまり好きでない私が青柳のCDを購
入したのは、出すCDがすべて特選盤という驚くべき実績によるものなのです。聴いた
結果は、あまり好きでなかったドビュッシーとラヴェルが好きになるほどの演奏といえ
ばわかっていただけると思います。特選盤だけのことはある見事な奥の深い演奏なので
す。
 ところで、彼女は、東京芸術大学在学中にドビュッシーの研究を行い、大学院で修士
論文をまとめ上げているさいに文筆への意欲に目覚めたというのです。そして、博士課
程が設立されたばかりの芸大に入り直し、奨学金を得てフランスに留学して研究を重ね
1989年に「ドビュッシーと世紀末の美学」によってフランス音楽の分野では、はじ
めての学術博士号を取得しているのです。のちにこの論文は、一般人がわかるように書
き直され、次の本となって出版されております。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      青柳いづみこ著
      『ドビュッシー/想念のエクトプラズム』
                      東京書籍出版株式会社刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 読んだわけではないのですが、解説によるとこの本には次のようなことが書かれてい
るそうです。
 ドビュッシーといえば、印象派の音楽家であるというのが常識化されています。青柳
は、従来のこのドビュッシー観に疑問を投げかけています。ドビュッシーの音楽には、
世紀末退廃芸術(デカダンス)とのかかわりが色濃く反映されている――という新説を
立て、よどみのないリズミカルな語り口で、一般の読者にもわかりやすくそれを立証し
ているのです。
 ところで、私がなぜ青柳いづみこをEJのテーマとして取り上げたかですが、作家ピ
アニストといわれる青柳が、2001年に水に関わる作品をピックアップしたCD『水
の音楽』と、同名の本を同時に出版し、私がそのCDを聴き、その本を読んでいたく感
銘を受けたからなのです。
 絵画と音楽や映像と音楽という2つの媒体によるコラボレーションは、今までにいく
つもありましたが、演奏と文章による「水の音楽」の表現は今までにない新しい試みで
あり、高く評価されるべきであると感じたからです。 ・・・ [青柳いづみこ/01]

青柳いづみこ/水の音楽.jpg

2007年12月19日

オンディーヌは水の精霊である(EJ第1286号)

 青柳いづみこの本『水の音楽』には、「オンディーヌとメリザンド」という副題がつ
いています。この副題によってもわかるように、彼女はこの本で水に加えて水に関わる
2人の女性/オンディーヌとメリザンド――これらの女性はいずれも水の精である――
に焦点を当てて、女性の作家ピアニストならではの独創的アプローチによって『水の音
楽』を分析しているのです。
 そもそもこの本は、フランスの地方の国立音楽院のピアノ科に留学した青柳いづみこ
と指導教官との対話からはじまるのです。ちなみに、フランスの地方の国立音楽院のピ
アノ科というところは、生徒はみんな12〜15歳の子供ばかりだそうです。
 そこに日本の音大の大学院を卒業した学生が留学するのですから、ちょうど中学校に
大人が中途入学するようなものです。そういう状況で、ある日のクラス・レッスンで青
柳は、先生からモーリス・ラヴェルのピアノのための組曲『夜のガスパール』の第1曲
「オンディーヌ」を弾くように指示されるのです。
 ところが、弾き終わったとたん先生に「もっと濃艶に弾くように」と注意されたとい
うのです。しかし、このひねた学生は、先生のこの指導に対して、次のようにイチャモ
ンをつけたのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      されど我が師よ、我オンディーヌなるもの、かのメリザンドの
      如しとみるも如何に?
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 もちろん青柳本人は、こんな芝居がかったいい方をしたわけではないのですが、フラ
ンス語は日本語よりも少し感じが固くなるので、先生にはこんな感じで聞こえたはずだ
と青柳は解説しているのです。なかなか面白い人です。
 要するに、「私のイメージするオンディーヌは、ドビュッシーのオペラ『ペレアスと
メリザンド』のヒロイン、メリザンドだと思いますが、先生はどうお考えですか」――
このように、青柳は先生にイチャモンをつけたわけです。
 いかにもフランス人らしいと思うのは先生の対応です。いきなり留学生から「オンデ
ィーヌはメリザンドである」と反撃されて困惑しながらも、青柳の反論をしきりと面白
がって、考え込んでしまったというのですから・・。
 ところで、「オンディーヌはメリザンドである」――といわれても当惑される方が多
いと思いますので、しばらく「オンディーヌ」と「メリザンド」についてご説明するこ
とにします。
 「オンディーヌ」といえば、ジャン・ジロドゥが1939年に発表した戯曲として知
られています。劇団「四季」などでもよく上演されています。このように「オンディー
ヌ」は、ジロドゥの戯曲によってあまねく知られているのですが、その原作は、ラ・モ
ット・フケ−で、1811年に彼が書いたメルヘン小説『ウンディーネ』なのです。
 「ウンディーネ」とは何でしょうか。
 青柳いづみこによるとフケーが『ウンディーネ』を発表した翌年の1812年、この
話の出処を聞かれたフケーは、16世紀の錬金術師パラケルススの『水の精、風の精、
土の精、火の精その他の精霊の書』(ズートホフ版全集、第14巻)という論文である
といったというのです。
 錬金術師パラケルススによると、この世の中は4つの元素によって構成されていて、
それぞれに次の妖精が宿るといっているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       水の精 ・・・・・ ウンディーネ(UNDINE)
       風の精 ・・・・・ シルフ(SHYLPH)
       土の精 ・・・・・ ノーム(GNOME)
       火の精 ・・・・・ サラマンダー(SALAMANDER)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これでわかるように、ウンディーネというのは水の精霊のことなのです。フケーが小
説の中で美しい人間の女性の姿をしたウンディーネを登場させて以来、ウンディーネと
いえば女性の姿をした妖精のことであると伝えられてきているのです。
 フケーは、小説の中でウンディーネを、気まぐれで、勝手で、恐れを知らない、いか
にも妖精らしい妖精として描いています。そのため、ジロドゥも彼の戯曲「オンディー
ヌ」で、この影響を受けてオンディーヌを描いているのです。かつて、女優の加賀まり
こがオンディーヌ役をやって成功していますが、まさにぴったりのキャスティングとい
えると思います。なお、戯曲「オンディーヌ」では、「魚を食べない女」として描かれ
ています。
 一般に妖精は魂を持たないといわれています。ウンディーネにも魂はなく、人間と結
婚することによってそれを得ることができるのです。しかし魂を得たウンディーネは、
人間と同じように心配や悲しみを感じるようになり、それだけ不幸になるのです。
 また、人間の男と結婚した場合、そこに破ることのできない契約が生まれるのです。
の契約とは次の内容を持っています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       1.夫は、水辺でオンディーヌの悪口をいわないこと
       2.夫は、他の女と浮気をすることは厳禁であること
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 この契約が破られると、オンディーヌは水の世界に戻らなければならないし、夫も死
ぬことになるのです。そして、その契約が守られているかどうかを四六時中ウンディー
ネの仲間の妖精たちが見張っているというのですから、ウンディーネの夫になるのは相
当の覚悟がないとなれないのです。
 このフケーのウンディーネは、いろいろな音楽家によって取り上げられています。ラ
ヴェルのピアノのための組曲「夜のガスパール」の「オンディーヌ」、ドビュッシーの
ピアノのための前奏曲「オンディーヌ」、日本人では、三善晃による音楽詩劇「オンデ
ィーヌ」、それから、ドイツのウェルナー・ヘンツェのバレエ音楽「ウンディーネ」な
ど――たくさんあるのです。            ・・・[青柳いづみこ/02]

オンディーヌ.jpg

2007年12月20日

水の精は音楽にフィットする(EJ第1287号)

 オンディーヌが水の精「ウンディーネ」であることについては昨日のEJで説明しま
したが、一方の「メリザンド」とは一体何者なのでしようか。
 メリザンドとは、もちろん、メーテルリンクの原作戯曲『ペレアスとメリザンド』の
メリザンドのことです。この戯曲は、1893年5月17日に、リュニェ・ポーの演出
によって初演されているのですが、この初演をドビュッシーは観ているのです。その後
この戯曲の原作戯曲を手に入れて一読したドビュッシーは感動し、音楽をつけることを
決意するのです。
 ドビュッシーと原作者のメーテルリンクは、同じ1862年生まれであるので、ドビ
ュッシーは人を介してメーテルリンクと交渉し、すぐ音楽化の許可をもらっています。
音楽は1895年の夏には歌劇『ペレアスとメリザンド』として完成し、その秋にメー
テルリンクから上演の許可をもらったのですが、つまらぬことでゴタゴタし、結局約7
年後の1902年4月30日に、オペラ・コミック座で上演されたのです。
 この『ペレアスとメリザンド』という歌劇に登場するメリザンドは、アルモンド国の
王子ゴローが深い森の中の泉のところで見つけた正体不明の女性なのです。王子ゴロー
はあまりの美しさに心を奪われてメリザンドを城に連れて帰ります。そのときゴローは
最初の妻を亡くし、独身だったのです。
 メリザンドは自分の素性については一切明かさなかったのですが、結局ゴローはメリ
ザンドと再婚するのです。しかし、メリザンドは、あまりゴローが好きでなかったらし
く、ゴローからもらった結婚の指輪を泉のそばで放り投げて遊び、泉に落としてしまう
など不可解な行動をとります。
 それどころか、メリザンドは、ゴローの弟であるペレアスに心を惹かれ、愛し合うよ
うになるのです。やがて、そのことを知ったゴローは怒り狂い、ペレアスを刺し殺し、
メリザンドも死んでしまう――話はこういう悲劇で終わるのです。
 それでは、メリザンドはなぜ水の精といわれるのでしょうか。
 これには諸説があるのです。王子や騎士が獣を追って深い森の中を行くと、泉のほと
りで若い女に出会うという話は中世の人魚の伝説「メリュジーヌ」に酷似しています。
しかも、メリザンドと名前までよく似ています。
 メーテルリンクが作劇の構想をメモした手帳が残っているそうですが、その内容を分
析した研究者によると、『ペレアスとメリザンド』のヒロインの名前は次のように変遷
しているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
        クレール → ジュヌヴィエーヴ → メリザンド
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「クレール」は「光」を意味しており、「ジュヌヴィエーヴ」は、ベルギーではよく
知られている中世の伝説『ブラバンのジュヌヴィエーヴ』のヒロインの名前なのです。
しかし、このジュヌヴィエーヴは信仰の篤い聖女のような女性であり、弟と不倫を働く
うな女性のイメージには合わない――そういうわけで、メーテルリンクは、妖精のよう
なあやうい魅力を持つ人魚「メリュジーヌ」にちなんで、メリザンドと名づけたのでは
ないかと考えられるのです。
 ちなみに、ドビュッシーの歌劇『ペレアスとメリザンド』には、ペレアスとゴローの
母として、ジュヌヴィエーヴというという名のアルトが登場しますが、メーテルリンク
は最初のうち、メリザンド役にジュヌヴィエーヴの名前を考えていたのです。
 青柳いづみこは、『水の音楽』の副題に「オンディーヌとメリザンド」と付けただけ
あって、これらの妖精――水の精について非常によく調べています。ドビュッシーの研
究家である青柳としては、避けては通れない問題であるといえます。
 確かに妖精はよく音楽のテーマになることが多く、とくにオペラでは、歌劇『ペレア
スとメリザンド』のように、タイトルロールとして取り上げられているものも多いので
す。
 一般的に妖精は、人間の赤ちゃんの笑顔から生まれてきたといわれており、無邪気で
可愛いというイメージがあります。しかしそういう妖精は少数派であって、大半は恐ろ
しい悪魔の化身なのです。例えば、ムソルグスキーの組曲、『展覧会の絵』に登場する
「バーバ・ヤガー」は、森の中で道に迷って困っている人間を喰ってしまうロシアの残
酷な妖精なのです。
 また、一見可愛らしく見える妖精――とくに水の精のように美しい女性の姿をしてい
る妖精も、人間社会の常識を知らず、善悪の判断を持たず、自らの意識のおもむくまま
に天衣無縫の行動する――それがときとして人間に役立つことがある反面、次の瞬間に
はとんでもないいたずらをやってのけたりするのです。それが妖精であり、根本的に人
間とは違うのです。
 水の精は水に準じた特徴を持っています。流れるような長い髪を持ち、着物からはし
ずくがぽたぽた垂れています。その性格も水のように気まぐれでかわいらしかったり、
突然癇癪を起こしたり、煽情的だったり、いたずらっぽかったり、あるいはイジワルで
冷酷無比だったりする――これが音楽のさまざまな律動に自然に乗るのです。そして、
水の精は波のようにしなやかに踊ったり、この世ならぬ声で歌ったりする――音楽によ
くフィットするので、作曲家が進んで取り上げたくなる対象なのです。
 青柳いづみこは、水の精の中には意図的に人間たちを誘惑し、自分たちの世界に同化
させようとする人間くさい目的意識を持つものが多いと指摘し、それらの水の精が人間
を誘惑するタイプには、次の4つの原型があると述べています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
        1.網をはり待つタイプ ・・・ メリザンド
        2.引きずり込むタイプ ・・・ セイレーン
        3.出かけて行くタイプ ・・・ オンディーヌ
        4.何もやらないタイプ ・・・ メドゥ−サ
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・・・[青柳いづみこ/03]

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2007年12月21日

水の精の4つのアーキタイプ(EJ第1288号)

 水の精は人間に対していろいろワルサをするのですが、その原型は次の4つになる
――青柳いづみこはそういっているのです。4つのタイプを再現します。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
        1.網をはり待つタイプ ・・・ メリザンド
        2.引きずり込むタイプ ・・・ セイレーン
        3.出かけて行くタイプ ・・・ オンディーヌ
        4.何もやらないタイプ ・・・ メドゥ−サ
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「網をはり待つタイプ」の典型は、定められたある約束の時に選び出された若者が来
ることを網をはって待つタイプで、メリザンドはこのタイプです。深い森の泉のほとり
で若者がくるのを網をはって待つのです。「眠れる森の美女」のお姫様も妖精と考える
と、このタイプに当たります。
 「引きずり込むタイプ」の典型は、あの人魚ローレライです。ライン河の岩の上で金
髪をくしけずりながら、美しい歌声によって船乗りを惑わせ、海底へと引きずり込む恐
ろしい妖精――セイレーンという人魚なのです。
 ローレライというと、「なじかは知らねど、心わびて」というあの有名な歌が反射的
に出てきますが、これはハイネの詩にジルヒャー(1789〜1860)という作曲家
が1838年に作曲したものなのです。しかし、あのフランツ・リストもこの同じハイ
ネの詩に作曲して歌曲を書いています。のちにリストはこれをオーケストラ伴奏付きに
改訂し、さらにその翌年にそれをピアノ独奏曲に編曲しています。
 しかし、このことを知る人はあまりいないのです。それに「ローレライ」は民謡とい
われていますが、それはこの詩を書いたハイネがユダヤ人であったため、ナチス政権下
では民謡として扱われたからです。青柳いづみこは、CD「水の音楽」の中でこのリス
トのピアノ独奏曲「ローレライ」を弾いています。
 水の精の第3のタイプ「出かけて行くタイプ」の典型は、あのオンディーヌです。そ
もそもこのオンディーヌ――ピアノの作品としては、あまりにも有名な次の2曲があり
ます。もちろん、青柳いずみこは、CD「水の音楽」で両方を弾いています。
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        モーリス・ラヴェル作曲
        『夜のガスパール』第1曲 水の精オンディーヌ
        クロード・ドビュッシー作曲
        『プレリュード』第2集/第8曲 オンディーヌ
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 このうち、ラヴェルの『夜のガスパール』は、19世紀のフランスの詩人アロイジウ
ス・ベルトランの同名の散文詩なのです。この『夜のガスパール』には、次の3つの詩
が含まれますが、この詩はベルトランの唯一の代表作であると同時に、文学史において
は、散文詩という新しいジャンルを確立したエポック・メーキングな詩集として位置づ
けられています。
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            1.水の精オンディーヌ
            2.絞首台
            3.スカルボ
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 実はベルトランの『夜のガスパール』が世に出るのには興味深い話があるのです。こ
の詩集はベルトランの生前には話題にもならず埋もれていたのです。その埋もれていた
詩を発掘したのは、大詩人ボードレールでした。ボードレールが注目したのは散文詩と
いう新しい表現スタイルで、これに啓発されたボードレールは小散文詩『パリの憂鬱』
を書き上げて、その序文でベルトランを絶賛したのです。これでベルトランの名が世に
出るのです。
 さらに『夜のガスパール』をさらに有名にしたのは、かねてからボードレールの詩を
愛読していたモーリス・ラヴェルで、これをピアノ曲として世に送り出したというわけ
です。ベルトランは彼の死後、こういういきさつで認められたのです。
 さて、オンディーヌは「出かけて行く女」ですが、その目的は人間の男を婿にむかえ
て水底の国に連れていくことなのです。オンディーヌは、ささやく声で歌いながら、指
輪を受け取って欲しいと男に哀願します。しかし、男に自分は人間の女の方がよいと拒
否されると、オンディーヌは、幾しずくかの涙を流したかと思うと、突如甲高い笑い声
をあげ、窓ガラスに白々と流れる水滴になって消えてしまうのです。
 水の精オンディーヌの一節をご紹介しましょう。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      ――≪聞いて下さい!――聞いてください!――私です、オン
      ディーヌです。淡い月光に照らされた響くような菱形の窓に、
      雫となって軽く触れているのは、波の衣装を纏って、星のまた
      たく美しい夜と、眠りについている美しい湖を露台から見つめ
      ているお姫さまです≫。    ―――水の精オンデイーヌより
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 水の精の第4のタイプ「何もやらないタイプ」とは、どういう行動をするのでしょう
か。これは、自分からは何ひとつ行動を起こすわけではないのですが、存在そのものが
悪になるというタイプです。その典型は、ゴルゴーン3姉妹のメドゥーサです。
 ゴルゴーン3姉妹は、ステノ、エウリュアレ、メドゥーサの3姉妹で、髪の毛はから
み合う蛇で、猪のような牙があり、手は青銅でできており、黄金の翼を持っている――
その中でとくに容貌が恐ろしいのはメドゥーサで、これをひと目見た者は一瞬のうちに
石に変えられてしまうのです。妖精について本を調べてみたのですが、いろいろな本が
出ています。『水の精の系譜』などというぴったりの本もありましたがこういう本は価
格が高くて閉口しました。世の中、いろいろなことを調べている人がいるものですね。
                         ・・・ [青柳いづみこ/04] 

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2007年12月25日

オンディーヌはなぜメリザンドなのか(EJ第1289号)

 水に関わる青柳いづみこの音楽論――もう少し続きます。青柳によると、『夜のガス
パール』には日ごろ愛聴している次のピアニストの名演があるそうです。
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         1.マルタ・アルゲリッチ
         2.イーヴォ・ボゴレリッチ
         3.アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ
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 私はこのうちミケランジェリ以外はCDを持っており、聴いています。そして、青柳
いづみこの弾いている『夜のガスパール』のオンディーヌも、もちろん聴いています。
 アルゲリッチは感情のこもった情熱的なピアノを弾く人です。しかし、ラヴェルはき
わめてクールであり、ちょっと考えると合わないのではないかと思ってしまいますが、
これが大変な名演なのです。青柳は次のようにいっています。少し専門用語がまじりま
すが、イメージはわかると思います。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       アルゲリッチは、ときおり拍がずれたり、トレモロの音が抜
      けたりするところがあるが、左手のベルカント奏法がすばらし
      く、ときおりみせるアルペジオのゆらぎが何ともいえない。し
      なだれかかるようなルバート、かと思うと無慈悲に鋭くはねて
      みせるグリッサンドの尻尾。全体をつつむ煽情的・蠱惑的なひ
      びきは、あたかも彼女自身がオンディーヌであるかのようだっ
      た。    ――青柳いづみこ著、『水と音楽』、みすず書房刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 確かにアルゲリッチの演奏は、女性ならではというところがあります。本当にアルゲ
リッチがオンディーヌであるかのような感じがするのです。青柳が留学したときに国立
音楽院の教授に「もっと濃艶に歌って弾くように」といわれましたがその「濃艶に歌」
演奏がアルゲリッチに見られるのです。
 これと対照的なのは、イーヴォ・ボゴレリッチの演奏です。ポコレリッチの演奏につ
いての青柳の評価は次の通りです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       ボゴレリッチの演奏は、アルゲリッチに比べると、ずっと閉
      鎖的で耽美的な印象がある。かなり遅いテンポ。ミケランジェ
      リに劣らず、完璧な指の分離を誇る彼のトレモロはひとつひと
      つの音の粒がしっとりと露をふくみ、果肉の奥に核がすけてみ
      える葡萄の実のようだ。水そのものが言葉をもち、ささやきか
      ける。メロディもよくのびる音でたっぷりと歌われるが、それ
      は聴き手に呼びかける歌ではない。彼の内部で完結している歌
      だ。    ――青柳いづみこ著、『水と音楽』、みすず書房刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 アルゲリッチのように弾くには、できるだけ指先をのばして天井を高く取り、手のひ
らの内側だけを緊張させた手を鍵盤の半分まで沈め、力を完全に抜いて、ひじと手首を
微妙にふるわせ、鍵盤が反発しようとする力を利用しながら、その動きにさからわずに
弾かなければならない――しかし、青柳は手が硬く、とうていできない芸当であるとい
うのです。そこで、青柳はボゴレリッチ・スタイルをアレンジしようとしたと述懐して
います。
 それに、青柳が指導を受けた国立音楽院の教授は、アルゲリッチ・スタイルのピアニ
ズムで、トレモロの霧の上にくっきりと、計算して甘く歌い上げるロマンチックな演奏
をするのです。しかし、青柳はこの曲の解釈として、あまりロマンチックなアプローチ
は、水に合わないと感じたのです。そのため「もっと濃艶に歌って弾くように」という
先生の指示に反発したのです。
 つまり、反発の理由は、水というものの解釈の違いにあるのです。青柳は次のように
いっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       水は本来抽象的なものである。水はどんな形でもとることが
      できるが、そのどれでもない。それは、ピアノの音についても
      いえる。ピアノは、イマジネーション次第でオーケストラのい
      かなる楽器にも擬せられるが、実は何でもない。
       水はピアノに似ているのである。その証拠に、水をテーマと
      した歌曲の水の描写の部分は、いつも伴奏のピアノが受け持つ
      ではないか。
            ――青柳いづみこ著、『水と音楽』、みすず書房刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 青柳が弾きたかったのは、水そのものだったのです。水は鏡のように静かなときもあ
るが、突然何メートルもある渦を巻き、人に襲いかかる。また、心地よいさざ波のとき
もあれば、どんよりとしたよどみ水になったりしてさまざまに形を変える――しかし、
水の本質そのものは変わらないのです。ただひたすらに水であり続けるのです。そして
青柳は、ラヴェルの音楽には、そういう水の何気ない恐ろしさというようなものが潜ん
でおり、それを表現する必要があるといっているのです。 国立音楽院の教授に対する
「オンディーヌはメリザンドである」という反論の根拠は、こういうものではなかった
のかと考えられるのです。
 青柳いづみこの弾く『夜のガスパール』の「オンディーヌ」はボゴレリ