●紅白歌合戦はいつどうしてはじまったか(EJ第1505号)
明けましておめでとうございます。昨年の紅白歌合戦はご覧になりましたか。昨今で
は他にも多くの裏番組もあり、紅白の人気が一段と下がっているように思います。
本日よりお届けするのは、2005年1月5日のEJ第1505号から、1月11日
のEJ第1508号までの4回にわたって取り上げたものですが、再現します。
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新年早々から固いテーマは避けて、お正月らしいテーマを少し続けることにします。
大晦日の関東地方は予期せぬ大雪となりましたが、年末の紅白歌合戦はご覧になりまし
たか。視聴率は過去最低の39.3%(後半/昨年45.9%)であり、はじめて40
%を切る紅白としては最低の視聴率になっています。
ところで、紅白歌合戦はどのような経緯でいつはじまったのかご存知でしょうか。今
朝はこの話題からはじめます。
1945年――昭和20年の終戦直後のことです。国営放送であるNHKの上層部か
ら密かに次の命令を受けた2人の新進ディレクターがいたのです。近藤 積氏と三枝健
剛氏の2人です。
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いま日本国民は心身ともに疲弊している。歌で人々に勇気を与
え、日本の新しい時代の幕開けにふさわしい音楽の番組を制作
して欲しい。 ――NHK上層部の命令
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この命令を受けて、近藤、三枝両ディレクターの考案した番組が後の紅白歌合戦とな
るのです。ちなみに三枝健剛氏は、作曲家三枝成彰氏の父上であり、現在も続いている
「NHKのど自慢」を企画した人物なのです。「NHKのど自慢」は、「のど自慢素人
演芸会テスト風景」の名前で、昭和21年1月19日からはじまったのです。
さて、近藤と三枝は「特別番組/紅白歌合戦」の企画書を作り上げ、番組企画書と台
本をGHQの民間情報教育局に提出したのです。この頃の日本はGHQの指導・監督下
に置かれていて、番組の企画書から台本はすべてチェックの対象になったのです。
しかし、「特別番組/紅白歌合戦」はGHQの審査は通らず、却下されたのです。原
因は、企画書の「合戦」の部分を翻訳者が「バトル」と訳して提出したからです。敗戦
国日本がバトル(戦争)とは何事かというわけです。
そこで、「バトルではなくマッチ(試合)なのです」といった何回かのやりとりを経
て、「合戦」を「試合」と改めて、その年の大晦日にラジオを通じて流すことが許可さ
れたのです。かくしてタイトルは「紅白音楽試合」と決まったのです。
ここで大変興味深いのは、「歌」を「音楽」に変更したために歌だけではなく、演奏
もプログラムに入れることをNHKが決定したことです。このあたりに紅白歌合戦の再
生のかぎがあると私は思います。2003年の紅白歌合戦は、あの女子十二楽坊の演奏
だけでの出演を認めているのですから・・・。「音楽試合」にすれば、さまざまな楽器
でのエントリーが可能になります。
それでは、昭和20年の大晦日にラジオで放送された「紅白音楽試合」では、どのよ
うな音楽が登場したのでしょうか。放送時間は、午後10時20分〜午前〇時です。総
合司会と紅組・白組の司会は次の通りです。
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放 送 日:1945年12月31日
総合司会:田辺正晴
紅組司会:水の江滝子
白組司会:古川ロッパ
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登場した音楽家と曲目を全部記載すると、スペースを取りますが、貴重なデータとな
ると思うのでご紹介します。
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≪紅組≫小夜福子 ・・・・・・ 「小雨の丘」
≪白組≫波岡惣一郎 ・・・・・ 「春雨小唄」
≪紅組≫葦原邦子 ・・・・・・ 「すみれの花咲く頃」
≪白組≫伊藤武雄 ・・・・・・ 「からたちの花」
≪紅組≫長門美保 ・・・・・・ 「松島音頭」
≪白組≫藤原義江 ・・・・・・ 「出船の港」
≪紅組≫近藤 泉 ・・・・・・ 「ユーモレスク」(Vn)
≪白組≫平岡養一 ・・・・・・ 「峠の我が家」(木琴)
≪紅組≫川崎弘子 ・・・・・・ 「六段」(琴)
≪白組≫福田蘭堂 ・・・・・・ 「六段」(尺八)
≪紅組≫高峰秀子 ・・・・・・ 「煙草屋の娘」
≪白組≫松平 晃 ・・・・・・ 「花言葉の唄」
≪紅組≫並木路子 ・・・・・・ 「リンゴの歌」
≪白組≫永田絃次郎 ・・・・・ 「オー・ソレミオ」
≪紅組≫松原 操 ・・・・・・ 「悲しき子守唄」
≪白組≫霧島 昇 ・・・・・・ 「誰か故郷を思わざる」
≪紅組≫二葉あき子 ・・・・・ 「古き花園」
≪白組≫楠木繁夫 ・・・・・・ 「緑の地平線」
≪紅組≫川田正子 ・・・・・・ 「汽車ポッポ」
≪白組≫加賀美一郎 ・・・・・ 「ペチカ」
≪紅組≫市丸 ・・・・・・・・ 「天竜下れば」
≪白組≫柳家三亀松 ・・・・・ 「新内流し」
≪紅組≫比留間絹子四重奏団 ・ 「サンタルチア」
≪白組≫桜井 潔楽団 ・・・・ 「長崎物語」
≪紅組≫松島詩子 ・・・・・・ 「マロニエの木蔭」
≪白組≫下八川圭祐 ・・・・・ 「ヴォルガの舟唄」
≪紅組≫水の江滝子 ・・・・・ 「ポエマタンゴ」
≪白組≫古川ロッパ ・・・・・ 「お風呂の歌」
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この紅白音楽試合に川田正子が出場していることは注目すべきことです。当時川田正
子は11歳でしたが、同年輩の子供が疎開して東京を離れるなか、東京にいて、数々の
童謡を歌わされていたのです。その歌のひとつに「兵隊さんの汽車」があるのです。
この歌は「汽車汽車、ポッポポッポ、シュッポシュッポ、シュッポポ 兵隊さんを乗
せて・・」歌詞は別だが、誰でも知っているあの童謡です。紅白音楽試合で川田正子が
歌ったのは、その歌詞を変更した「汽車ポッポ」だったのです。
※本文中の比留間絹子四重奏団はマンドリン、桜井 潔楽団はバンド演奏である。
・・・[紅白の歴史/01]