愛のテーマと円環運動を示すワルツ(EJ第1518号)
映画『ハウルの動く城』において、宮崎監督が音楽監督久石譲に対して突きつけた2
つの注文――これはこの映画が何を表現しようとしているかを解くかぎであると思いま
す。
第1の注文は、『ハウル』全体を1つのテーマ曲で作曲して欲しいというものです。
久石はこれを受け入れ、3つのテーマを宮崎に提案――宮崎は2番目のワルツを選んだ
ことについては前回述べました。
宮崎監督はこのワルツのテーマを「人生のメリーゴランド」と命名しているのですが
、このテーマは映画において繰り返し登場するのです。このテーマはピアノをはじめい
ろいろな楽器で演奏されますが、とくに留意すべきはピアノのソロによる演奏のシーン
です。『ハウル』の最初の17分間に絞って検証してみます。
映画の冒頭です。タイトルが表示され、カメラは街の風景を写してからソフィーの部
屋にパンダウンします。そのときピアノのソロによるメリーゴランドのテーマが演奏さ
れます。最初のシーンですから誰でもわかります。
続いて、街中を行進する軽騎兵が写し出されますが、ここでは行進曲が流れます。ソ
フィーは家を出て妹の店に出かけ、偶然にハウルと出会うシーンです。
荒地の魔女の手下に襲われ、ハウルと空中散歩をすることになるのですが、ここでは
、弦のピチカートによるメリーゴランドのテーマが聞かれ、経過部を経てフルオーケス
トラでメリーゴランドのテーマが演奏されます。サントラ盤のテーマは「空中散歩」と
なっています。
妹の店を訪ねたあと、路面電車で帰宅するソフィー――ここでは再びピアノのソロに
よるメリーゴランドのテーマが演奏されています。このシーンは、ソフィーがハウルの
ことを思い出しているシーンであり、サントラ盤では「ときめき」というタイトルがつ
いています。
そのあと、荒地の魔女がソフィーの店を訪ねてきて、ソフィーを90歳の老婆に変身
させてしまうシーンになります。ここではクラリネットのソロによる荒地の魔女のテー
マがバックに流れています。サントラ盤のテーマは「荒地の魔女」です。
90歳の老婆に変身させられたソフィーは家を出て荒地に向います。そこでかかしの
カブと出会うシーンになります。このカブの勧めでソフィーはハウルの住む動く城に行
くことを決意することになります。
ここでもしきりにメリーゴランドのテーマが流れます。まず、チェレスタの序奏に続
いてオーボエのソロによるメリーゴランドのテーマが流れ、経過部を経て、今度はアコ
ーディオンのソロでメリーゴランドのテーマが演奏される。そして、フルートによる明
るいテーマに移るといった具合です。サントラ盤のテーマは、「さすらいのソフィー」
です。
サウンド・ビジュアル・ライターの前島秀国氏は、『ハウルの動く城』におけるピア
ノのソロによるメリーゴランドのテーマはソフィーのハウルに対する恋愛感情と意識的
に結びつけられていると次のように指摘されています。
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映画の冒頭から「メリーゴランド」主題がピアノでわざわざ
演奏されるのは、「メリーゴランド」主題が究極的に「愛のワ
ルツ」だと宣言しているようなものである。ある特定の主題的
要素を際立たせるため、こうした厳密な楽器用法を久石が試み
た例は、これまでほとんどなかったのではないか。
――サウンド・ビジュアル・ライター前島秀国氏
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考えてみると、映画の冒頭部分のあとにピアノのソロによるメリーゴランドのテーマ
が演奏されるのは、ソフィーがハウルの城で眠りに落ちるシーンなのです。そのとき、
90歳になったはずのソフィーは18歳に戻っているのです。したがって、このテーマ
はソフィーのハウルに対する恋愛感情をあらわしていることは確かであると思います。
ところで、ワルツという舞踊は、男女がペアになって円環運動を繰り広げる踊りです
。前出の前島氏は、ワルツには愛の要素に加えて、この「円環の運動性」という要素が
あり、宮崎監督は、その2つを意識しているという興味深い指摘をされています。
確かに宮崎監督自身が『ハウルの動く城』の中心テーマを「メリーゴランド」と呼ん
でいることからしても、「円環運動」を意識していることは確かです。メリーゴランド
は円環運動をしており、必ず同じところに戻ってくるからです。
それでは『ハウル』における円環運動とは何でしょうか。
それは、90歳にされたソフィーが18歳に戻り、契約によってカルシファーに預け
た心臓をハウルが取り戻すことです。つまり、このワルツは愛のテーマであると同時に
「回復」「回帰」のテーマであるというわけです。
実は、宮崎監督は前作の『千と千尋の神隠し』でも同じことをやっているのです。終
盤に展開される千尋とハクの空中シーンで竜の姿になっていたハクが元の名前を取り戻
す――つまり、名前の回復が行われると、ハクは少年の姿に戻り、サントラ盤で「千尋
のワルツ」と名づけられたテーマがフルオーケストラで演奏されるのです。DVDで確
かめていただきたいと思います。
ワルツに愛のテーマと円環性をこめる試みは、かつての名画である『ドクトル・ジバ
ゴ』で行われています。この映画の音楽監督はあのモーリス・ジャール――彼はこの映
画に、「ララのテーマ」というワルツを使っています。
このワルツは、ジバゴと愛人ララの関係を象徴する「愛のテーマ」としての役割を果
たすとともに、本篇全体がジバゴの異母兄の回想ではじまり、終わるという物語の上で
の円環性を示しているのです。
宮崎監督が久石音楽監督に出した第2注文のてんまつについては、明日のEJで述べ
ることにします。
−−[ハウルの動く城/10]
≪画像および関連情報≫・『ハウルの動く城』/サウンドトラック盤
1.人生のメリーゴランド 14.90歳の少女
2.陽気な軽騎兵 15.サリマンの魔方陣
3.空中散歩 16.秘密の洞穴
4.ときめき 17.引越し
5.荒地の魔女 18.花園
6.さすらいのソフィー 19.走れ!
7.魔法の扉 20.恋だね
8.消えない呪い 21.ファミリー
9.大掃除 22.戦火の恋
10.星の湖へ 23.脱出
11.静かな想い 24.ソフィーの城
12.雨の中で 25.星をのんだ少年
13.虚栄と友情 26.世界の約束