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● 2008年07月 記事 ●

2008年07月01日

愛のテーマと円環運動を示すワルツ(EJ第1518号)

 映画『ハウルの動く城』において、宮崎監督が音楽監督久石譲に対して突きつけた2
つの注文――これはこの映画が何を表現しようとしているかを解くかぎであると思いま
す。
 第1の注文は、『ハウル』全体を1つのテーマ曲で作曲して欲しいというものです。
久石はこれを受け入れ、3つのテーマを宮崎に提案――宮崎は2番目のワルツを選んだ
ことについては前回述べました。
 宮崎監督はこのワルツのテーマを「人生のメリーゴランド」と命名しているのですが
、このテーマは映画において繰り返し登場するのです。このテーマはピアノをはじめい
ろいろな楽器で演奏されますが、とくに留意すべきはピアノのソロによる演奏のシーン
です。『ハウル』の最初の17分間に絞って検証してみます。
 映画の冒頭です。タイトルが表示され、カメラは街の風景を写してからソフィーの部
屋にパンダウンします。そのときピアノのソロによるメリーゴランドのテーマが演奏さ
れます。最初のシーンですから誰でもわかります。
 続いて、街中を行進する軽騎兵が写し出されますが、ここでは行進曲が流れます。ソ
フィーは家を出て妹の店に出かけ、偶然にハウルと出会うシーンです。
 荒地の魔女の手下に襲われ、ハウルと空中散歩をすることになるのですが、ここでは
、弦のピチカートによるメリーゴランドのテーマが聞かれ、経過部を経てフルオーケス
トラでメリーゴランドのテーマが演奏されます。サントラ盤のテーマは「空中散歩」と
なっています。
 妹の店を訪ねたあと、路面電車で帰宅するソフィー――ここでは再びピアノのソロに
よるメリーゴランドのテーマが演奏されています。このシーンは、ソフィーがハウルの
ことを思い出しているシーンであり、サントラ盤では「ときめき」というタイトルがつ
いています。
 そのあと、荒地の魔女がソフィーの店を訪ねてきて、ソフィーを90歳の老婆に変身
させてしまうシーンになります。ここではクラリネットのソロによる荒地の魔女のテー
マがバックに流れています。サントラ盤のテーマは「荒地の魔女」です。
 90歳の老婆に変身させられたソフィーは家を出て荒地に向います。そこでかかしの
カブと出会うシーンになります。このカブの勧めでソフィーはハウルの住む動く城に行
くことを決意することになります。
 ここでもしきりにメリーゴランドのテーマが流れます。まず、チェレスタの序奏に続
いてオーボエのソロによるメリーゴランドのテーマが流れ、経過部を経て、今度はアコ
ーディオンのソロでメリーゴランドのテーマが演奏される。そして、フルートによる明
るいテーマに移るといった具合です。サントラ盤のテーマは、「さすらいのソフィー」
です。
 サウンド・ビジュアル・ライターの前島秀国氏は、『ハウルの動く城』におけるピア
ノのソロによるメリーゴランドのテーマはソフィーのハウルに対する恋愛感情と意識的
に結びつけられていると次のように指摘されています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       映画の冒頭から「メリーゴランド」主題がピアノでわざわざ
      演奏されるのは、「メリーゴランド」主題が究極的に「愛のワ
      ルツ」だと宣言しているようなものである。ある特定の主題的
      要素を際立たせるため、こうした厳密な楽器用法を久石が試み
      た例は、これまでほとんどなかったのではないか。
            ――サウンド・ビジュアル・ライター前島秀国氏
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 考えてみると、映画の冒頭部分のあとにピアノのソロによるメリーゴランドのテーマ
が演奏されるのは、ソフィーがハウルの城で眠りに落ちるシーンなのです。そのとき、
90歳になったはずのソフィーは18歳に戻っているのです。したがって、このテーマ
はソフィーのハウルに対する恋愛感情をあらわしていることは確かであると思います。
 ところで、ワルツという舞踊は、男女がペアになって円環運動を繰り広げる踊りです
。前出の前島氏は、ワルツには愛の要素に加えて、この「円環の運動性」という要素が
あり、宮崎監督は、その2つを意識しているという興味深い指摘をされています。
 確かに宮崎監督自身が『ハウルの動く城』の中心テーマを「メリーゴランド」と呼ん
でいることからしても、「円環運動」を意識していることは確かです。メリーゴランド
は円環運動をしており、必ず同じところに戻ってくるからです。
 それでは『ハウル』における円環運動とは何でしょうか。
 それは、90歳にされたソフィーが18歳に戻り、契約によってカルシファーに預け
た心臓をハウルが取り戻すことです。つまり、このワルツは愛のテーマであると同時に
「回復」「回帰」のテーマであるというわけです。
 実は、宮崎監督は前作の『千と千尋の神隠し』でも同じことをやっているのです。終
盤に展開される千尋とハクの空中シーンで竜の姿になっていたハクが元の名前を取り戻
す――つまり、名前の回復が行われると、ハクは少年の姿に戻り、サントラ盤で「千尋
のワルツ」と名づけられたテーマがフルオーケストラで演奏されるのです。DVDで確
かめていただきたいと思います。
 ワルツに愛のテーマと円環性をこめる試みは、かつての名画である『ドクトル・ジバ
ゴ』で行われています。この映画の音楽監督はあのモーリス・ジャール――彼はこの映
画に、「ララのテーマ」というワルツを使っています。
 このワルツは、ジバゴと愛人ララの関係を象徴する「愛のテーマ」としての役割を果
たすとともに、本篇全体がジバゴの異母兄の回想ではじまり、終わるという物語の上で
の円環性を示しているのです。
 宮崎監督が久石音楽監督に出した第2注文のてんまつについては、明日のEJで述べ
ることにします。
                         −−[ハウルの動く城/10]

≪画像および関連情報≫・『ハウルの動く城』/サウンドトラック盤
       1.人生のメリーゴランド  14.90歳の少女
       2.陽気な軽騎兵      15.サリマンの魔方陣
       3.空中散歩        16.秘密の洞穴
       4.ときめき        17.引越し
       5.荒地の魔女       18.花園
       6.さすらいのソフィー   19.走れ!
       7.魔法の扉        20.恋だね
       8.消えない呪い      21.ファミリー
       9.大掃除         22.戦火の恋
      10.星の湖へ        23.脱出
      11.静かな想い       24.ソフィーの城
      12.雨の中で        25.星をのんだ少年
      13.虚栄と友情       26.世界の約束

空中散歩

2008年07月02日

修正が行われたエンディングの音楽(EJ第1519号)

 「メロドラマにならないんですよ」――これが宮崎監督がいったことばです。ところ
で、「メロドラマ」というのはどういう意味でしょうか。
 「メロドラマ」とは、ギリシャ語の「メロス」(旋律)と「ドラマ」(劇)が一緒に
なった合成語で、伴奏付きの演劇のことです。したがって、メロドラマでは音楽が演技
と同等か、あるいはそれ以上に重要な役割を果たすことがあるのです。宮崎監督は、『
ハウルの動く城』をメロドラマにしたかったのです。
 そのためには、ドラマの最後のところで、メインテーマ「人生のメリーゴランド」を
もっと盛り上げて欲しい――これが宮崎監督の願いだったのです。
 久石譲音楽監督としては、『ハウルの動く城』は「星をのんだ少年」(元の名前/ケ
イブ・オブ・マインド)でしめくくる予定でいたのです。そのため、この曲にはテーマ
曲の断片をちりばめてあったのですが、宮崎監督はそれだけでは満足しなかったという
わけです。
 宮崎監督の話を聞いた久石は立腹することなく、素直に提案を受け入れ、早速曲の改
良に取りかかったのです。久石はこのときこういっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       むしろありがたいと思ったよ。それだけテーマ曲を大事に
       考えてくれたということだから。     ――久石 譲
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 そのとき久石の頭にあったのは「花園」と題した曲だったのです。「花園」はハウル
がソフィーに思いを伝える場面に流れるのですが、テーマ曲「人生のメリーゴランド」
で彩られている曲なのです。「これを最後にもう一度使おう」――久石はそう考えたの
です。
 久石音楽監督は、結論を語らないまま実験を始めたのです。既に録音済みの「花園」
のテープを用意させて、久石は演奏を始めます。クライマックス場面の映像とともに「
星をのんだ少年」が鳴り響きます。映画の場面は次のように進行していきます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       ソフィーが残骸と化した城の扉を開けると、ハウルの少年時
      代に迷い込む。そこでハウルに出会ったソフィーは、「未来で
      待ってて」と言い残すと闇に飲み込まれてしまう。やがて涙を
      流しながら歩くソフィーの前に再び扉があらわれる。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ここで、久石は音楽を止めて、用意していた「花園」のテープのスタートを指示した
のです。音楽が鳴った瞬間、スタジオに詰めていたスタッフからどよめきがあがったの
です。別の画面のために作られた曲がピタリとフィットしたからです。宮崎監督もこう
いったのです。「いいね」と。
 しかし、曲の長さが少し足りないのです。これに「星をのんだ少年」の終盤部分をつ
なぎ込めばいい――久石はそう考えたのです。しかし、「時間がないなぁ!」と久石が
いったとき、宮崎監督は久石の肩をたたいて、「ねぇ、2、3日徹夜しても死なないよ
」といったのです。「まったくもう」――そういい返した久石の口元には、笑みがこぼ
れていたのです。
 2004年6月30日、録音第2日目――午後1時から録音が開始されたのです。指
揮台に立った久石音楽監督はオーケストラに対して次のようにいったのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       予定にはありませんでしたが、最初にちょっと試したいこと
      があります。            ――久石 譲音楽監督
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 スクリーンに映像が流れて演奏がはじまります。久石は自分の指揮だけを頼りにオー
ケストラを引っ張っていきます。「星をのんだ少年」から「花園」へ、そしてそれを最
終部分の「星をのんだ少年」につなげる――これはまるではじめからそうであったよう
にクライマックス場面に寄り添い、ソフィーとハウルの心情をを歌い上げて終わったの
です。
 演奏が終わったとき、宮崎監督が一番先に立ち上がって拍手したのです。演奏者たち
も成功を喜んで足を踏み鳴らしてそれに応じたといいます。
 「どうですか」――久石は振り返って宮崎に問いかけると、客席中央の宮崎は立ち上
がると、手で大きなマルを作ったのです。久石は「それじゃ、分かりません」という表
情をすると、宮崎は大きな声で次のようにいったのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
          これでメロドラマになりましたぁ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 この宮崎監督の応答に、演奏者、ホールにいたスタッフ全員が立ち上がって拍手をし
たそうです。これで、『ハウル』の録音は終了したのです。
 この結果、『ハウルの動く城』のサウンドトラック盤(現在発売中)と実際の映画の
録音とは後半部分が異なるのです。サウンドトラック盤には、宮崎監督の指示によって
変更した部分が入っていないからです。
 もうひとつ、『ハウル』には正式な主題歌があります。それは『千と千尋の神隠し』
の「いつでも何度でも」の木村弓の作曲による「世界の約束」です。歌手は倍賞千恵子
です。
 この曲は、木村弓の『流星』というアルバムからとられており谷川俊太郎が詞をつけ
ています。曲に関する情報は、次のアドレスをクリックしてください。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       http://www.youmi-kimura.com/cd_ryusei.html
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                         −−[ハウルの動く城/11]


≪画像および関連情報≫・「世界の約束」/歌・倍賞千恵子
 作詞・谷川俊太郎/作曲・木村弓/編曲・久石譲

       涙の奥にゆらぐほほえみは
       時の始めからの世界の約束

       いまは一人でも二人の昨日から
       今日は生まれきらめく
       初めて会った日のように

       思い出のうちにあなたはいない
       そよかぜとなって頬に触れてくる

       木漏れ日の午後の別れのあとも
       決して終わらない世界の約束

       いまは一人でも明日は限りない
       あなたが教えてくれた
       夜にひそむやさしさ

       思い出のうちにあなたはいない
       ささらぎの歌にこの空の色に
       花の香りにいつまでも生きて

ハウルの過去に迷い込む

2008年07月03日

『ハウル』はワースト4位の映画(EJ第1520号)

 いよいよ映画『ハウルの動く城』のテーマは、今日を含めて2回で終りです。そこで
、宮崎監督はこの映画で何を訴えたかったのかに迫ってみたいと思います。
 『週刊文春』1月27日号に、2004年に日本で上映された映画の中で最低の映画
10本が発表されています。「2004年文春版『最低映画ワースト10』」です。映
画監督や評論家20人が投票して決めます。結果は次の通りです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       1位:デビルマン     6位:コジラ FINAL WARS
       2位:CASSHERN  7位:サンダーバード
       3位:海猫        8位:2046
       4位:ハウルの動く城   9位:キューティーハニー
       5位:ヴィレッジ    10位:リディック
                  ――『週刊文春』1月27日号より
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 何と『ハウルの動く城』は第4位に位置しています。ワースト第4位なのです。専門
家の批評によると、「声優もダメ、話も中途半端、絵もスケール感なし。宮崎アニメの
いいところが皆無」というさんざんの評価です。
 確かに『ハウル』の評価が低いのは、すべてが淡白だからだと思います。まず、主役
であるはずのハウルとソフィーがあっさりとしています。どぎつい役どころは、美輪明
宏が好演する荒地の魔女ぐらいのものですが、その荒地の魔女もサリマンに魔法を抜か
れて、ただの要介護老人に化してしまっています。これでは、盛り上がりようがないの
です。
 映画評論家の樋口尚文氏は、『ハウル』を「童話絵本」であるとして、次のようにい
っています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       人物たちの挿話がほとんど断片のように絡みあわずに散りば
      められ、童話につきものの設定の恣意性や象徴性もそのまま映
      画的に翻案されずに投げ出されている『ハウルの動く城』は、
      もはや映画と呼ぶよりも御伽の絵本に近いだろう。
                           ――樋口尚文氏
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ひとつ例を上げます。ハウルの城には「どこでもドア」のようなドアがあります。そ
のドアは人物を自在に時空を超えて往還できるのですが、映画ではこれが効果的に使わ
れているとは思えないのです。このドアは、開ける前にダイヤルを回して開けると、そ
こにはぜんぜん違った光景――実は時空を超えているのですがこの仕掛けに最後まで気
がつかない観客もいると思うのです。
 映画『マトリックス』にもそういうドアがありましたが、このドアは開けるときにど
きどき感を伴って観客をはらはらさせる効果があったと思うのですが、『ハウル』のそ
れは恣意的に使われていたに過ぎないと思うのです。
 もちろんこんなドアの話は原作にはないので、宮崎監督のオリジナルなのに、それが
効果的に生かされているとはとても思えないのです。せっかく凝った設定をしているの
に、それを生かそうとする意思が伝わってこない――そんな感じがします。そして見せ
る側の論理で、「こんな話がありましたとさ」という感じで終わっています。つまり、
御伽噺の絵本なのです。
 それなら、『ハウル』は失敗作なのでしょうか。
 私はそうでないと思っています。確かに『千と千尋の神隠し』のようなどきどき感は
なかったかも知れないですが、観ている間はぜんぜん飽きないし、楽しかったからです

 起承転結が崩れているところが問題視されているわけですが、これに関しては次の鈴
木敏夫プロデューサーのことばをご紹介しておきます。
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       僕はこういうことだと思うのですよ。確かに、全体のストー
      リーは起承転結を崩している。だけど、シーンごとには、ちゃ
      んと起承転結がある。それを集めてあるわけでしょ。だから、
      そこの部分は忘れていないのね。二重構造になっているんです
      ね。宮さんはそういうのは絶対に外さない。ただし、全体は崩
      してもいいんだと。
       一つのシーンを見ている分には本当に楽しいの。それが全体
      として見た時に、どうやって有機的に繋がるのかというところ
      で変なわけですよね。だけど「それを含めて面白い」っていう
      人がいるのが現代であって。だから一方には「つまらない」と
      いう人が出てきても、おかしくない気はするんですけどね。
          ――スタジオ・ジブリ・プロデューサー/鈴木敏夫氏
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 アニメ映画というのは大変なのです。なぜなら、すべてを描かなければならないから
です。たとえば、まばたきひとつとってもすべて描くわけです。俳優を使って作る普通
の映画の場合、俳優のまばたきまで監督は指示しないでしょう。
 そういうものを含めてすべてを約1500カットに収めなければならないわけです。
2時間という制約があるからです。1カット5秒以下ですが、『ハウル』の前半は1カ
ット10秒かかっているのです。だから、後半は凄く時間の経過が早くなってしまうこ
とが多いのです。『千と千尋の神隠し』において千尋が「千」として働くまでの時間―
―40分かかっている――その時間とその後の時間の流れ方は大きく異なるのです。
 それでいて『ハウル』では、ソフィーが城の中で目玉焼きを作るシーンなどは異常な
ほどディティールにこだわって描いているのです。そういうシーンがあるから飽きがこ
ないのです。
 全体の起承転結が崩れているのには何か宮崎監督なりの考えがあるのだと思います。
ですから、「観るべきかどうか」と問われたら、私は観ることをお勧めしたいと思いま
す。不思議な2時間を過ごせると思うからです。とくに1000円で観られるシニアの
方にはお勧めしたいと思います。
                         −−[ハウルの動く城/12]


≪画像および関連情報≫・映画『ハウル』についてのある感想紹介
      圧巻の1時間59分である。魔法で老婆にされた少女ソフィー
      と国家と戦争から逃れる臆病な魔法使いハウル。宮崎監督は、
      溢れるイメージと渾身の作画力・演技力で2人の心理的解放を
      謳い上げる。そこに、片想いに身をやつす原作のハウル像はな
      い。今回も肉体を駆使したアクションや秀逸な飛行機械などが
      目白押しだが、「ハウルの城」以外は全て後景にとどめ、主軸
      は時間と空間を駆けめぐる純愛ファンタジーに絞られている。
      血縁でない新たな家族制、若さと老い、自由と契約、善と悪と
      いった両義的テーマを複雑にからめながら、大人から子供まで
      楽しめるエンターテインメントに仕上げている。老境に至って
      なお剛腕衰えぬ宮崎監督は、今回も未踏の新地点に巨歩を刻ん
      だ。全てが見事に閉じる至福の大団円は、苦い決別を伴った近
      作より、むしろ若々しい。

荒地の魔女

2008年07月04日

映画のキーワードは『家族』である(EJ第1521号)

 映画『ハウルの動く城』に登場する人物で、1人だけ原作と名前が違う人物がいます
。その人物とはハウルの弟子のマルクルです。マルクルは5〜6才の子供になっていま
す。
 このマルクル――とてもかわいいのです。人が城を訪ねてくるたびにフードをかぶっ
てヘンな長老に化け、「待たれよ」といって扉を開けるのです。食事のとき「ワシはイ
モはきらいじゃ」といったり、ソフィーの作ってくれた目玉焼きを本当においしそうに
食べる――どうみても子供です。
 しかし、原作では、マルクルはマイケル・フィッシャーといって、ハウルよりは年下
ですが、恋人もいるれっきとした青年の役柄なのです。宮崎監督は、どうしてマイケル
を子供のマルクルにしてしまったのでしょうか。
 これにはちゃんとしたわけがあるのです。ソフィーがハウルの城にきたとき、城には
ハウルとカルシファー、それにマルクルの3人だけだったのです。ところが、ソフィー
が城に住みつくと、実に多彩な連中が城に集まってくるのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       城の主人:ハウル      毒気を抜かれた荒地の魔女
       火の悪魔:カルシファー   案山子のカブ
       ハウルの弟子:マルクル   サリマンの使いの犬ヒン
       90歳の老婆ソフィー
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 いずれもややこしい奇妙な連中ばかりですが、城の主人であるハウルは抵抗なく彼ら
を受け入れ、城の住人にしてしまっているのです。これは何を意味するのでしょうか。
 結論をいうと、それは「家族」なのです。人間4人に限定していうと、ハウルがお父
さんでソフィーがお母さん、荒地の魔女がおばあさんで、マルクルが子供というわけで
す。これは、まさに家族そのものです。
 宮崎監督は明らかにそうしようとしています。そのためにマルクルをわざわざ子供に
してしまったのです。また、原作では荒地の魔女は最後まで「呪いをかけた敵」という
設定になっているのに、映画では要介護のおばあさんにして城に入れています。これも
意図的なものです。
 もうひとつ、映画は原作にはないキーワードを使っています。それは「戦争」です。
映画では、戦時中という設定になっておりハウルは国王から呼び出しを受けて戦争に参
加するよう求められるのですが、原作では戦争は関係がないのです。
 原作においてハウルが国王に呼び出されて要請されることとは行方不明になっている
王弟ジャスティンを探すことと、王弟を探してこれまた行方不明になっている王室付き
の魔法使いサリマンの行方をつきとめることだったのです。ともに荒地の魔女がからん
でいる事件です。
 宮崎監督は、ここを大きく変えて「戦争」というキーワードを導入し、サリマンをそ
の戦争を起こしている張本人として設定しており、荒地の魔女を要介護老人にしてしま
っています。これはもうひとつのキーワード「家族」を強調するためのものだったので
はないかといわれているのです。
 アニメ評論家の藤津亮太氏は、この2つのキーワード「戦争」と「家族」について面
白い分析をされています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       「戦争」とは、国家が1つの目的のためにあらゆるものを動
      員していく巨大なプロセスである。それは国家のもっとも純粋
      で合理的な姿を浮かび上がらせる。
       その過程で、その社会の周辺にいる他者・弱者は、大きく2
      つの道を選ばされることになる。1つは、他者・弱者であるこ
      とを捨て、あるいは反転させて国家の内部に入り、末端の協力
      員として戦争に参加する道だ。もう1つは、国家から異物とし
      て「折出」されてしまう道だ。 ――アニメ評論家藤津亮太氏
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 そして藤津氏は、「国家から異物として『折出』される」ことを、映画の中に出てく
るソフィーと荒地の魔女が王宮の長い階段を上るシーンになぞらえています。このシー
ンについては、詳しくお話しするスペースがないので説明は省きますが、映画の中で異
常なほど時間を割いて描写としているシーンであることだけを強調しておきたいと思い
ます。
 藤津氏は難しいことをいっていますが、要するに戦争になると国民はふるいにかけら
れ、他者・弱者は何らかのかたちで社会から折り出されてしまう――その結果、それら
の他者・弱者による擬似家族的共同体が生まれて、これらの者を受け入れる「開かれた
アジール」が必然的に構築されるといっているのです。
 そして、藤津氏はハウルの城に集まった者はまさに他者・弱者であり、ハウルの城は
「開かれたアジール」になっているといっているのです。「アジール」とは、法や権力
の及ばない不可侵の領域を意味しています。
 宮崎アニメには、家族の象徴ともいうべき干している洗濯物が登場するのですが、『
ハウル』にもそれは出てきます。藤津氏はこの白い洗濯物こそ、国家から折出された他
者・弱者に向けての「ここはアジールである」との旗印であるというのです。
 数年前に「ショー・ザ・フラッグ」という言葉が流行ったことがあります。これは「
旗幟を鮮明にせよ」という意味ですが、これこそ国家としての折出しそのものであると
いえます。
 宮崎監督は、こういう考え方に強く反発し、白い洗濯物を掲げることによって、「そ
うでない世界がここにある」ということを訴えているのではないか――この評論家はそ
ういうのです。
 『ハウル』のラストシーンは、青空のかなたに消えていく城が登場しますが、この城
には白い洗濯物がはためいているのをぜひ見逃さないでいただきたいと思います。
 『ハウルの動く城』のテーマはこれで終わりますが、この作品は、十分鑑賞される価
値がある映画であると考えます。
                         −−[ハウルの動く城/13]


≪画像および関連情報≫・「家族」を象徴するセリフから・・・
      その夜、町が空襲に見舞われる。町中が火に包まれる中、サリ
      マンの手下のゴム人間がソフィーたちを狙ってハッター帽子店
      に迫る。その時、ハウルは上空でハッター帽子店に落下しよう
      とする爆弾を必死に押しとどめようとしていた。不発弾となっ
      た爆弾は、店の中庭に落下する。
       鳥の姿になったハウルとソフィーが出会う。
       「逃げましょう。戦ってはダメ」というソフィーにハウルは
      答える。
       「なぜ?僕はもう十分逃げた。ようやく守らなければならな
      い者ができたんだ。君だ!」

「家族」のキーワード

2008年07月07日

死せる火星/死につつある地球(EJ第1522号)

 「火星には何があるのか」−−これは非常にロマンのあるテーマです。火星について
、天文学的なアプローチではなく、ちょっと違った角度からいろいろ探ってみたいと思
います。
 なお、この記事は、2005年1月31日〜3月18日までの34回にわたってメー
ルマガジンとして配信したものであることをお断りしておきます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 いま、火星はいろいろな意味で注目されているのです。最近米国をはじめとする世界
各国で宇宙探査がさかんですが、どうしてだかわかりますか。それは、単なる学問的探
求だけでなく、ゆっくりとであるが、確実に迫りつつある、人類にとって深刻にして切
実な問題を解決することを目指して行われているのです。
 今年は2005年、京都議定書の第1期である最初の5年間は2008年からスター
トします。京都議定書は気象変動――地球温暖化防止に向けて定められた最初の国際規
則です。京都議定書はまだ発効されていませんが、まもなく発効される見通しになって
います。既に日本をはじめEUなど125カ国・地域が批准しているのに、なぜ、ここ
まで遅れたのか、わかるでしょうか。
 京都議定書が発効するためには、批准した先進国の二酸化炭素の排出量が90年時点
の55%以上なければならず、これまで発効できなかったのです。それは、最大の温室
効果ガス排出国である米国とロシアが参加していなかったからです。
 しかし、2004年11月に、京都議定書の批准案にプーチン大統領が署名し、ロシ
アが批准したことによって、米国抜きでも二酸化炭素の排出量が61%を超えるため、
ようやく京都議定書が今月中にも発効できる見通しとなったわけです。
 それにしても米国のブッシュ政権は、京都議定書を拒否する姿勢を示し、2001年
に離脱しています。しかしながら、その一方において米国は、世界環境研究の分野では
トップレベルにある――米国という国はそういう国なのです。
 その米国の火星科学の研究者が書いた次の本があります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       ブランデンバーグ&バクソン著/藤倉良訳 講談社刊
       「沈黙の惑星――火星の死と地球の明日」
        ―― DEAD MARS.DYNING EARTH ――
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 原題が凄い――戦慄的です。そのまま訳せば「死んだ火星、死につつある地球」とな
ります。地球は死につつある――われわれはいま「地球号タイタニック」に乗っている
ようなものだと著者はいっているのです。それは地球温暖化が深くかかわっているので
しょうか。
 環境問題の中でも気象変動は目に見えないだけにわかりにくいのです。100年後に
気温が5度〜6度上がるといわれたって、そんな先のことは誰もピンとこないはずです
。それだけに恐ろしいといえるのです。
 著者は、海洋に長い間にわたって蓄積された二酸化炭素が何かのはずみで突然大気中
に吹き出す可能性にも言及しています。実際に、湖底の二酸化炭素が噴出して村が全滅
した例があるということから推論しています。本当にそんなことが起こるのかどうかは
わかりませんが、可能性はあるといえます。
 著者は、「温暖化の末路は火星を見ればわかる」といっています。火星はなぜ「死の
惑星」になったのか――その原因を究明することによって、地球の危機を救うヒントが
見つかるのではないかと提案しているのです。
 確かに、2004年は、明らかに気象は大きく変動していることが誰の目にも明らか
になっています。異常に暑い夏と異常に寒い冬、台風、地震、津波、竜巻、大雪などが
世界レベルで起こっているからです。何かが狂っています。
 しかし、「沈黙の惑星――火星の死と地球の明日」の著者による提案は、火星はかつ
て生物が住めるような緑の惑星であったことを前提としているのです。火星は太陽から
遠くて寒いけど、かつては大気中に二酸化炭素と水蒸気があって温暖に保たれていたと
いう前提です。本当でしょうか。果たして、火星には本当に生物がいたのでしょうか。
 2004年4月に米国のブッシュ大統領は「2020年までに月と火星の有人探査を
行う」と宣言しており、今後5年間、NASAにはその有人宇宙探査のために年間10
00億円の予算が与えられることになったのです。
 地球上に問題が山積しているこの時期に、果たして月と火星の有人探査について米国
民の理解が得られるかどうか――諮問委員会は智恵を絞ったすえにSF作家のレイ・ブ
ラッドベリに次のような質問をしています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      諮 問委員会:実用的なアメリカ国民に、有人の月と火星の探
             査を理解してもらえるだろうか。
      ブラッドベリ:新しい自由、地球上の政治と恐怖のテロから離
             れる動きを強調すれば、人々はその重要性を認
             識するでしょう。
      諮 問委員会:地球上に課題が山積しているのに、宇宙探査に
             予算を費やしていいのだろうか。
      ブラッドベリ:地球上では毎日1000億円ものお金が、戦争
             や紛争に費やされているのです。1年のうちの
             1日分を宇宙旅行に使うことにすればできるこ
             となのです。たとえばコロンブスが大航海に出
             なかったら、すべての問題は解決できたでしょ
             うか。アメリカも発見されなかったでしょう。
             あきらめたら、ダメなのです。
             ――竹内薫著、『火星地球化計画』より。実業
                             之日本社刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
                           ・・・[火星の研究/01]


≪画像および関連情報≫
     ・地球を構成しているすべての物質は宇宙からやってきた。われ
      われの現在の安住の地としての故郷、「天」と「地」は一体で
      ある。               ――カール・セーガン

『沈黙の惑星』

2008年07月08日

火星に行くのに必要な時間を知る(EJ第1523号)

 あなたは火星のことをどのぐらいご存知ですか。
 よくご存知の方もそうでない方もおられると思いますが、これからの話を進めやすく
するため火星に関して最小限度の知識を整理しておくことにします。
 火星は地球軌道のすぐ外側をまわる惑星です。つまり、地球の隣りの惑星なのです。
そして火星は、ほぼ2年2ヶ月ごとに地球に接近してくる身近な惑星といえます。
 なぜ、2年2ヶ月なのでしょうか。それは、地球、火星それぞれの軌道を何日かけて
ひとまわりするかによって決まってくるのです。ちなみに軌道を一周するとは、太陽の
周りをまわる時間であり、これを公転周期と呼んでいます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
            地球 ・・・・・ 365.26日
            火星 ・・・・・ 686.98日
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 この、地球と火星の公転周期の違いが地球と火星の間の距離の変化を引き起こす原因
となるのです。
 地球と火星の公転周期について知っておくと便利なことがあります。それは「衝」(
しょう)と「合」(ごう)の2つです。
 地球と火星の軌道は、ともに楕円軌道です。しかし、楕円の度合いは違いがあり、地
球の方が真円に近いのです。しかし、このことはあとでもう少し詳しく述べるとして、
説明の便宜上、地球も火星もともに真円であると仮定します。
 太陽が中心にいて、その下の軌道を地球、さらにその下の軌道を火星が回っているの
ですが、太陽・地球・火星が一直線に並ぶときがあります。地球と火星が接近するのは
、このときです。つまり、地球から見て火星が太陽の反対側にあるときです。この位置
に火星があるときを「衝」というのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
        ・・・・・・太陽・・・・・・地球・・・・・・火星
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これに対して、地球・太陽・火星の一直線に並ぶときがあります。地球から見て太陽
と同じ方向にあるときです。この位置に火星があるときは「合」と呼ばれるのです。「
合」のときは、火星は地球から一番離れていることになります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
        地球・・・・・・太陽・・・・・・・・・・・・火星
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「衝」のときは、地球から見て火星は太陽と反対側にあるので火星は日没とともに東
から昇り、日の出とともに西に沈むことになります。つまり、一晩中見えているわけで
、「衝」のときは観測にはきわめて都合がよいことになります。
 これに対して「合」のときは、火星は太陽と同じ方向にあるので、地球から見ると、
太陽の光に邪魔されて火星はまったく見えなくなってしまいます。しかも、「合」のと
きは、火星は地球から一番離れているときであり、観測には最も適していない時期であ
るといえます。
 ここで話を少し前に戻します。地球と火星の軌道の話です。地球と火星の軌道は真円
ではなく、楕円なのです。もっとも地球については真円に近いので、小さい図を見ると
真円に見えてしまいます。火星の軌道は地球よりもいびつですが、それほどひどくはな
いのです。(添付ファイル参照)
 地球と火星の軌道が楕円ということになると、2つの軌道の間隔には、狭いところと
広いところが生ずることになります。したがって、「衝」の起きる場所によって接近の
度合いを次のようにいうのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
         軌道の間隔のせまいところの衝 ・・・ 大接近
         軌道の間隔の中度のところの衝 ・・・ 中接近
         軌道の間隔のひろいところの衝 ・・・ 小接近
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 このように火星の接近にはいろいろあるのですが、記憶に新しい2003年8月27
日の大接近では、地球との距離が5575万8000キロにまで近づいたのです。
 「衝」を前提として地球と火星との距離を考えると、次のようなります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
         平均距離 ・・・・・ 8000万キロ
         大接近時 ・・・・・ 5500万キロ
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 人間が歩くスピードを時速5.5キロとすると、大接近時では1000万時間――1
000年以上かかる計算です。しかし、まさか歩いて行くことはあり得ないので、車を
時速200キロで走らせると30年弱で火星に到着します。これが音速のマッハ1の飛
行機だと5年――いずれも現実的ではありませんね。
 そこで、ロケットで考えてみます。ロケットが地球の重力圏を脱出するのに必要な速
度は毎秒11.2キロ――これよりも少し早い速度で宇宙に飛び出すことができれば、
火星には約6ヶ月で到着するのです。まとめておきます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
          ≪火星に行くのにかかる時間≫
           徒 歩 ・・・・・ 1000年
           車   ・・・・・   30年
           戦闘機 ・・・・・    5年
           宇宙船 ・・・・・   6ヶ月
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これで思い出すのは、「2001年宇宙の旅」を意識して火星に向かった2001マ
ーズ・オデッセイです。2001年4月に打ち上げられ、7ヵ月後には無事に火星の周
回軌道に入っているのです。火星までの距離は約6ヶ月になっているのです。
                          ・・・[火星の研究/02]


     ≪画像および関連情報≫
     ・公転周期の違いから、約780日の周期で火星は地球に接近す
      るが、接近時の地球との距離は一定ではない。2003年8月
      27日の大接近は、ALPO(月惑星研究会)のシェフリー・
      ビーシュ博士によると、5万7000年ぶりの大接近であると
      いうことである。

火星の地球への接近

2008年07月09日

火星の地球化計画というものがある(EJ第1524号)

 昨日のEJで、地球から火星までは、現在のロケットで約6ヶ月かかることを指摘し
ました。今後ロケット技術が飛躍的に向上すれば、この時間はさらに縮まると思います
が、いずれにしても月に行くのとは比較にならないほど長期間の宇宙旅行が前提となる
ことになります。
 ブッシュ大統領は、月や火星への有人宇宙探査のために、今年から5年間にわたって
毎年1000億円の予算をNASAにつけると宣言しています。その本当の狙いは何な
のでしょうか。
 その前に火星の大きさをチェックしておく必要があります。惑星の大きさは、赤道半
径を比較します。地球と比べてみると、次のようになります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
         地球の赤道半径 ・・・ 6378キロメートル
         火星の赤道半径 ・・・ 3396キロメートル
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これをみるとわかるように火星は地球の半分よりも少し大きめであることがわかりま
す。体積は地球の6.5分の1ぐらい、質量は地球の10分の1しかなく、かなり小さ
な惑星であることがわかります。
 ここで注目すべきは、火星の全表面積と地球の陸地の総面積がほぼ等しいということ
です。地球の半分の大きさしかない火星の表面積が、なぜ地球の陸地の総面積に等しい
かというと、現在の火星には海がないからです。
 ということは、もし、人類が火星に移住したとすると、現在の地球上の陸地と同じだ
けの活動の場が得られることになります。このようにいうと、火星に移住するなんて荒
唐無稽――火星は人間の住める環境ではないという反論を浴びてしまいます。ところが
火星への移住計画はけっして絵空事ではなく、現在マジで研究されているのです。もち
ろん、実現は100年以上先のことになるとは思いますが・・・。
 このように、火星は地球とは大きく異なる惑星ですが、似ているところもあるのです
。そのひとつに火星の自転周期は約24時間39分であり、地球とほとんど変わりませ
んし、自転軸の傾きも約25度で地球と同じです。
 したがって、火星では地球上とほとんど同じように一昼夜を繰り返し、四季の変化も
あるのです。しかし、既に述べたように、火星の一年間(公転周期)が1.88年であ
るため、季節の移り変わりは地球の2倍近い長さになり、かなり間のびした感じの四季
の移り変わりになります。
 空気はどうなのでしょうか。
 火星の大気圏については、かなり詳しいことがわかってきています。それは、197
6年のバイキング1号と2号による探査以来のことです。
 これによると、火星の表面気圧は平均6.1ヘクトパスカルとなっています。これは
、地球の成層圏の高度35キロメートルあたりの気圧に相当するほど希薄なのです。こ
のため気温は非常に低く、赤道地帯の夏の昼間ですら、〇度Cを上回ることはまずない
という寒さです。
 火星の大気の組成は次のようになっています。いずれも体積比であり、概算です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
           二酸化炭素 ・・・・・ 95.4%
           窒素 ・・・・・・・・  2.8%
           アルゴン ・・・・・・  1.7%
           酸素 ・・・・・・・・  0.1%
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 水はどうなのでしょうか。
 火星の大気中にはわずかに水分が含まれていますが、液体の水は存在せず、気体(水
蒸気)と固体(氷晶)のいずれかです。雨が降らないので、火星の表面は極度に乾燥し
ています。しかし、水は地下や極冠には氷として蓄えられているのです。
 探査機が撮影した火星の表面の写真を見ると、砂漠のようなものが連なっている部分
があります。そのことから、大気は希薄とはいえ、かなり強い風が絶えず吹いているこ
とがわかります。大規模な砂嵐もときどき起こっており、火星の大気中には微小なダス
トが含まれています。このダスト粒子のため、火星の空は地球のような青空ではなく、
淡いピンク色をしているのです。
 このような厳しい環境の火星に人類を住めるようにする計画があるといったら信じら
れますか。
 それがあるのです。「火星テラフォーミング」――火星の地球化計画といいます。人
類の火星への移住計画――これを実現するには、火星の環境を人間が住めるようにしな
ければなりません。そけがテラフォーミングです。
 テラフォーミングは次のように定義することができます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       テラフォーミングとは、地球以外の天体、すなわち火星や金
       星、月などの環境を地球のように作り変えることである。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「テラ」とはラテン語で大地あるいは地球を意味し、フォーミングは英語で何かを作
り上げることを意味します。つまり、テラフォーミングとは、宇宙の地球以外の場所に
、生物が生きられる地球的な環境を産み出し、人間が住めるようにするという意味にな
ります。
 そのためには、無人の宇宙探査を何回も繰り返し、やがて有人探査を行うことが必要
になります。2020年のブッシュ大統領の宣言はこのテラフォーミングを意識しての
ものなのです。
 しかし、火星を地球化することなど、理論的にもできることなのでしょうか。そして
、なぜ、このような計画が立てられたのでしょうか。そうしなければならない事情でも
あるのでしょうか。EJでは、そういうことについて少しずつ解明していきます。
                ・・・[火星の研究/03]


     ≪画像および関連情報≫
     ・火星に関するデータ
       火星の1年 ・・・ 687日
       火星の1日 ・・・ 24時間39分35秒
       火星の風速 ・・・ 毎秒40メートルの大型台風なみ
       火星の重力 ・・・ 地球の38%
       火星の重さ ・・・ 地球の約11%と非常に軽い
       地軸の傾き ・・・ 火星/25.2度
                 地球/23.5度

2001マーズ・オデッセイ

2008年07月10日

元祖はカール・セーガンである(EJ第1525号)

 火星の地球化計画――テラフォーミングを科学者として最初に取り上げたのは、カー
ル・セーガン(1934〜1996)という科学者です。
 この科学者については、2003年にEJで「タイムマシン」のテーマを取り上げた
とき、詳しく説明しています。2003年6月30日のEJ第1138号から7月31
日のEJ第1160号までの23回です。カール・セーガンは、映画『コンタクト』の
原作者なのです。
 このカール・セーガンという科学者は、1996年に62歳の若さで亡くなっている
のですが、その半生は科学界のスーパースターとして活躍したのです。米国の人気テレ
ビ科学番組「コスモス」の案内人として登場し、その同名の著書は、空前のベストセラ
ーになったのです。
 カール・セーガンは、テレビや新聞・雑誌にたびたび登場し、彼の専門分野である天
文学、物理学、生物学などを誰にでもわかるやさしい語り口で解説したのです。
 しかし、何といってもカール・セーガンを世界的に有名にしたのは、「核の冬」とい
う理論を展開してからです。1983年のことです。これによって、セーガンは一躍、
科学界や一般社会だけではなく、国際政治の世界でも知られる存在になったのです。
 「核の冬」という理論は、第二次大戦後、膨大な数の核兵器による米ソ対決で、もし
全面核戦争になると、地球全体が寒冷化して、氷河期のような気候が生じて全人類が滅
亡するということを科学的に示した理論なのです。
 もし、何千発もの核爆発が起こると、それが巻き上げる巨大な粉塵や砂嵐が空を覆い
、地球の大気が高度数十キロまで著しく汚染されることになります。これが長期にわた
って太陽光を遮ることによって、地球の気温が急降下することを指摘したのです。
 このセーガンの「核の冬」理論は、米ソ両大国の核兵器開発競争を牽制し、それに歯
止めをかけただけではなく、地球の大気汚染というテーマをはじめて地球スケールで考
える目というか視点を世界に与えたという点において高く評価されているのです。
 このように、カール・セーガンは、その時代の社会に衝撃を与える科学的な理論や仮
説をしばしば発表して国際的に注目された科学者であり、火星へのテラフォーミングも
そのひとつであったのです。思えば、惜しい科学者を若くして亡くしたものです。
 カール・セーガンは、以前から宇宙の地球以外の天体に生命が存在する可能性を追い
続けていたのです。とくに人間のように知性を持つ生物――地球外知性体/エクストラ
テレストリアル・インテリジェンス=ETIが存在する天体が宇宙にどのくらいあるか
について研究していたのです。
 そして、セーガンは多くの科学者との議論を通じて、銀河系宇宙だけで、100万の
天体にETIが存在する可能性があることを指摘しています。テラフォーミングはその
研究の中から生まれたものと考えられます。
 テラフォーミングという言葉を最初に取り上げたのは20世紀前半に活躍したSF作
家たちなのです。彼らの取り上げた天体は金星であったり木星であったりいろいろです
。そして、1960年代になって、当時カルフォルニア大学に籍を置いていた、弱冠2
7歳のカール・セーガンがはじめて科学者としてテラフォーミングに言及したのです。
 カール・セーガンがテラフォーミングの対象として最初に着目したのは、火星ではな
く金星だったのです。なぜなら、1960年代は、米国のアポロ計画によって代表され
るように米ソが宇宙開発を競い合っていた時代であり、金星探査機も金星へ送り出され
ていたからです。
 そして、セーガンが金星を対象に考えた時期がたまたま、1962年12月に米国の
金星探査機マリナー2号がはじめて金星の側方通過――フライ・バイに成功して、金星
のことが少しわかったという時期と一致したという事情があったのです。
 金星という惑星は、ある面において地球によく似ています。まず、大きさですが、赤
道半径は次のようになっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
         地球の赤道半径 ・・・ 6378キロメートル
         金星の赤道半径 ・・・ 6050キロメートル
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 質量は地球を1とすると金星は0.82、密度(比重)はともに岩石質、そして地表
重力は地球1に対して金星は0.91というようにほとんど同じです。
 しかし、他の条件は地球と大きく異なっています。金星は地球より太陽に近い軌道を
回っているため、金星に降り注ぐ太陽エネルギーは強烈であり、500度近い高温に達
するのです。
 一番問題なのは金星の大気です。金星の大気は地球よりもはるかに濃密であることは
わかっていましたが、当時は正確なデータがないため、セーガンは金星の大気密度は地
球大気の約4倍と想定したのです。
 そして、大気密度の成分の大半は水蒸気であり、その他は二酸化炭素であると仮定し
、もし、水蒸気の多い大気環境であれば、そこには生物が生きられるニッチ、つまり「
生態系のすきま」が存在すると考えたのです。
 これを前提として、金星の大気に何らかの方法で、上空からある種のバクテリア――
シアノバクテリアをばらまけば、それらが大気中で増殖し、光合成によって二酸化炭素
を固定することができると考えたのです。そして、この微生物の死骸が地上に堆積する
過程で大気中に酸素が残されて、温室効果が低下して温度も下がっていくはずである。
さらに温度が下がると低地には水がたまり、岩石の風化作用がはじまる――こう考えた
のです。
 生物学者であるセーガンらしいアイデアですが、金星の大気が地球の約4倍という想
定が大きく違っていたためセーガンは、金星のテラフォーミングをあきらめたのです。
                          ・・・[火星の研究/04]


     ≪画像および関連情報≫
     ・金星は太陽系の太陽から2番目に近い惑星である。地球型惑星
      であり、太陽系内で大きさと平均密度が最も地球に似た惑星で
      あるため、地球の姉妹惑星と表現されることがある。また、太
      陽系の惑星の中で最も真円に近い公転軌道を持っている。欧米
      ではローマ神話よりヴィーナスと呼ばれている。世界各国で金
      星の名前には女性名を当てることが多い。

金星の画像

2008年07月11日

セーガンの『長い冬モデル』理論(EJ第1526号)

 カール・セーガンは、金星の大気密度を地球大気の4倍と推定したのですが、これは
大きく事実と異なっていたのです。しかし当時の金星に関する情報からいえば仕方がな
かったといえます。
 セーガンはこう考えたのです。金星の大気の大半は水蒸気であり、その他は二酸化酸
素であると。地球から観測したときの金星が「宵の明星」と呼ばれるように明るく輝い
ているのは、全体が高温の水蒸気に包まれた蒸し風呂の状態にあって、それが太陽光を
反射して輝いて見えると考えたのです。
 しかし、実際には、金星の大気の成分の96%が二酸化炭素であり、残りのほとんど
は窒素であって、水蒸気などはごく微量しかなかったのです。どうして、これほど多量
の二酸化酸素が出たかというと、過去の火山活動によって二酸化酸素が地表に噴出しそ
れが大気中に蓄積した結果なのです。
 こうして出来上っている金星の大気密度は、セーガンが推定した地球の4倍などでは
なくて、100倍以上だったのです。そうであるとすると、金星の地表に立つ人間は、
計算上地球において深さが100メートルの海中にいるときと同じ圧力を受けることに
なるのです。
 これでは呼吸すらできないし、しかもこの濃密な大気が温室効果によって、摂氏50
0度に近い高温に達している――500度といえば、鉛が融ける温度なのです。これで
はまさしく灼熱地獄そのものであるといえます。
 これらの事実が米ソの探査機によって次々と明らかにされてくると、さすがのカール
・セーガンも、金星テラフォーミングの思考実験を中止せざるを得なかったのです。し
かし、微生物をばらまいて酸素を作り出すというセーガンのアイデアは、当然他の惑星
にも応用できるもので、注目されたのです。
 1964年11月に米国のマリナー4号が火星のフライ・バイに成功し、その後19
70年代に入って、米国の一連の火星探査機とソ連の火星探査機も加わって火星の詳し
い情報が入ってくるようになったのです。そのため、太陽系惑星に関する学者の関心は
金星から火星へと移っていったのです。
 カール・セーガンも対象を火星に切り換えて、1973年にある論文を提出します。
それは「長い冬モデル」というタイトルの火星の気象モデルに関する科学論文だったの
です。それは、火星の地表のいたるところに残っている「干上がった川床」の地形がど
のようにして生じたのかを数万年単位の時間スケールで論じたものだったのです。
 セーガンの論文によると、火星は5万年の周期で温暖期と寒冷期が繰り返されている
というのです。温暖期には、大気は現在よりも濃密で湿度が高く、寒冷期には地表のす
べてが凍りつき、二酸化酸素の大気まで凍って、北極と南極――極冠にドライアイス状
になってしまうのです。そして、現在の火星は寒冷期にあると指摘しています。
 このように火星に温暖期と寒冷期が生じるのは、太陽に対する自転軸の傾きが変化す
るためなのです。地球の地軸も自転軸が一定の方向を向いておらず、コマの回転のよう
に首振り運動をしているので、やはり、温暖期と寒冷期が生じる――火星は5万年、地
球は2万6000年の周期です。
 カール・セーガンは、火星の極冠の氷に注目したのです。この氷を何とか溶かすこと
ができないか。どうしてかというと、氷が溶けると、それは二酸化酸素になって解放さ
れ、現在よりもはるかに濃密な大気を火星に作り出せる――今まで誰もが考えたことの
ないセーガンらしいアイデアなのです。
 問題はどのようにして火星の極冠の氷を溶かすかです。これについてセーガンは実に
奇抜なアイデアを考え出しているのです。それは、何らかの方法で極冠にほかの場所か
ら採取した表土を広範にばらまくというものだったのです。
 そうすれば、極冠は黒く汚れた状態になり、太陽光を効率的に吸収できるというので
す。現在極冠の氷は太陽光のほとんどを反射させてしまっています。だから、氷は溶け
ないのです。
 極冠の氷が溶けると、既に述べたように閉じ込められていた二酸化炭素が解放されて
濃密な大気を作り出します。それに温室効果が生じて火星の温度が上昇するのです。
 このようにして、温度が上昇すると地中に永久凍土として隠れている水が溶け出して
、地上に水たまりができるようになる――そうすると、水たまりは蒸発して水蒸気を増
やし、しだいに生物が生きられる環境が作られていくというのです。
 どうでしょうか。これが「長い冬モデル」という論文の概要ですが、これなら素人に
も十分納得できるはずです。カール・セーガンという人はこういう誰でもわかるやさし
い語り口で、多くの人々に科学を説いたのです。
 セーガンのこの「長い冬モデル」は、明らかに火星テラフォーミングを意図したもの
です。そして、セーガンは後世においてテラフォーミングを実際に実施するかもしれな
い世代に対して、たとえば核爆発のような強引な手法で彗星の軌道をそらせて火星に衝
突させるといったような手荒な手法は極力避けて、彼が金星テラフォーミングのときに
提案した微生物をばらまくなどの穏やかな手法を用いるべきであると強調しているので
す。
 この「長い冬モデル」が発表されて数年後に、NASAはセーガン理論の誤りを2つ
指摘しています。しかし、論文の発表時点でのセーガンの指摘は正しかったのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      1.セーガンは、極冠のドライアイスを100年で蒸発させら
        れるとしているが、NASAの計算では10万年が必要で
        あること。
      2.極冠の氷はドライアイス――凍結した二酸化酸素ではなく
        その大半は水の氷であり、ドライアイスはごく少量と判明
        したこと。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
                          ・・・[火星の研究/05]


     ≪画像および関連情報≫
     ・1970年代までの火星探査の歴史
      1964.11.28/マリナー4号(米)
       史上はじめて火星表面の近接写真撮影に成功
      1971. 5.30/マリナー9号(米)
       はじめて火星を回る人工衛星になる
      1973. 7.25/マルス5号(ソ)
       火星表面の観測撮影に成功
      1975. 8.20/軟着陸探査機バイキング1号(米)
       火星のクリュセ平原に軟着陸し、生命探査

カール・セーガン博士

2008年07月14日

火星に生物の痕跡発見か !?(EJ第1527号)

 カール・セーガンの「長い冬モデル」には、いくつかの誤りはあったものの、それ以
後の火星テラフォーミングに大きな影響を与えたのです。
 その後の新しいシナリオは、火星に濃密な大気を作り出そうとするセーガン・モデル
を修正して、火星を少しばかり暖めることによって必要なガスを放出させようとする方
向に変化していったのです。
 ただ、必要な気体(大気)の生成については、セーガンの考えていた極冠からレゴリ
ス(地表を包む岩石)へと対象が変化しています。火星の岩石層は多孔質であり、そこ
に大量の二酸化炭素が含まれている可能性が高いことがわかったからです。
 そして、2004年、火星の周回軌道を飛行して地表を精査している米国の探査機マ
ーズ・オブザーバーと、火星の地表を走り回って直接探査をしているランドローバーが
凄い事実を発見したのです。水――そうです。これらの探査機は火星にはかつて膨大な
量の水が存在し、それが現在、地下の永久凍土に氷として隠されていることを確認して
います。
 この発見は、火星には極冠と地中に大量の水が存在することになり、今後の有人火星
探査、火星基地の建設、テラフォーミングを考えるさいの重要な与件となったといえま
す。そして、水があれば生物がいるのではないかという期待が大きく膨らむことになる
のです。
 しかし、まだ火星には謎が多いのです。現在、火星について一番多くの情報を保有し
ているのは米国のNASAですが、NASAは必ずしも情報をすべて出しておらず、公
表情報を加工しているフシがあります。つまり、NASAは多くの事実を隠蔽している
と思われるのです。
 そこで、テラフォーミングの問題はひとまずおいて、火星の謎についてご紹介してい
きたいと思います。それには、1996年にNASAによって行われた衝撃的なニュー
スの公表から始める必要があります。
 1996年8月7日――NASAの研究チームは次のニュースを伝えています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      米国科学財団の調査隊は、1984年に南極で採取した隕石か
      ら、原始生命の痕跡を発見。その隕石は発見場所のアランヒル
      ズにちなんで「ALH84001」と命名された。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「ALH84001」――「ALH」は発見場所のアランヒルズ、「84」は発見し
た1984年、「001」は第1号という意味です。なぜ、この発表が衝撃的かという
と、その隕石が火星から飛来した隕石――火星起源隕石だったからです。
 どうして、火星から飛来したものとわかったのでしょうか。
 それは、この隕石に含まれる微量のガス成分が、1976年に米国の探査機「ヴァイ
キング1・2号」によってもたらされた火星大気成分のデータと一致したからです。
 それでは、どうして地球に落下してきたのでしょうか。
 これについても、微量元素の同位体分析によって、その隕石は小惑星サイズの天体が
火星に衝突した衝撃で地殻が砕かれて、その破片が宇宙にばらまかれ、その一部が地球
にやってきたものと考えられます。
 これらの隕石は「SNC隕石」と呼ばれたのです。SNCとは「スニック」と発音す
るのですが、その由来はそれまでに、やはり火星から地球に落下してきたと思われる次
の3つの隕石の名前の頭文字をとったものなのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      1865年 インド シャーゴッティ(Shergotty) ・・・S
      1911年 エジプト ナクラ(Nakhla) ・・・・・・・N
      1815年 フランス シャシニー(Chassigny) ・・・・C
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 SNC隕石は現時点で19個が確認されているのですが、それらの生成年代は平均し
て13億年前後であるとされています。しかし、ALH84001については、その生
成が40〜45億年前と推定され、例外的存在なのです。
 生成時期が40〜45億年というと、それはほとんど火星誕生の年代に近いのです。
これにより、火星の地殻は火星誕生の非常に早い時期に既に出来上がっていたものと考
えられます。
 ところで、NASAの発表した「原始生命の痕跡」とは何のことでしょうか。ALH
84001から、一体何が発見されたのでしょうか。
 NASAとスタンフォード大学の共同研究グループは、この隕石――ALH8400
1を薄くスライスして成分の分析を進めた結果、PAH――多環式芳香族炭化水素と呼
ばれる有機物を発見したのです。PAHは燃焼のさいに発生する物質なのですが、有機
物の分解や化石化のプロセスでも生まれるものなのです。
 ALH84001は、他のSNC隕石よりも炭酸塩鉱物を多量に含んでいたのです。
この炭酸塩鉱物はカルシウムに富む鉱石が二酸化炭素の溶け込んだ水の中で分解して二
次的に作られるものなのです。これが隕石の中の空洞や割れ目に多量にあるのです。
 このことから、ALH84001隕石の源岩石は、かつて火星に存在した液体の水に
さらされて、その影響を受けた部分が変質したものと見られるのです。
 研究班は、PAH濃度が最も高い炭酸塩の端にある白黒の細い帯に注目したのです。
そして、この帯を形成している直径10〜100ナノメートル(1ナノメートルは10
0万分の1ミリ)という微細な鉱物結晶の形状が、地球のバクテリアが作り出すものと
同じ立方体や水滴上の形をしていることを発見します。
 この中から地球のミミズのような両端が丸く、細長いチューブ状の構造をした細胞の
連なる物体が発見されたのです。その形はどうみても微生物の化石にしか見えないもの
だったのです。
                          ・・・[火星の研究/06]


     ≪画像および関連情報≫
      ・PNC隕石ALH84001の情報
       全体がほとんど斜方輝石という鉱物から成る。重量1.9キ
       ログラム。火星地殻の比較的深い部分を構成していた岩石の
       断片と見られる。
      ・≪1986年8月7日のNASAの会見≫
      ・デビット・マッケイ博士(添付ファイルの3人の写真の右の
       人物)とPNC隕石ALH84001

NASAの会見とALH84001

2008年07月15日

火星人がいることを信じた時代がある(EJ第1528号)

 平凡社新書112に『火星の驚異』という本があります。惑星地質学者の小森長生氏
の著作です。この本の冒頭は次のように始まるのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       20世紀の初めに、この世界が、人間よりもすぐれた知能を
      もち、しかも人間と同じようにいつかは死をむかえる運命にあ
      る生物によって、ごく間近に観察されてきたことを、みなさん
      はご存知だろうか。
       人間はだれもが身の回りのささいな事がらに気をとられてい
      る間に、こと細かに調べつくされていたのだ。あたかも、一滴
      の水の中でうごめく小さな生きものを、われわれが顕微鏡の下
      で調べるようなぐあいに。
       はるかな宇宙空間をこえて、われわれとはくらべものになら
      ないほどに冷酷で無情な、とてつもない知性体が、この地球を
      羨望のまなざしで見つめ、ゆっくりと、しかも確実に、われわ
      れ人類を自分たちのたくらみに引き込もうとしていたのである
      ・・・・小森長生著、『火星の驚異』より。平凡社新書112
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これは、1938年10月30日午後8時に、米国コロンビア放送(CBS)のラジ
オからいきなり流されたナレーションなのです。続いて、アナウンサーは、火星でガス
爆発によると思われる閃光が数回にわたって観測されたというニュースを伝えると、次
のように続けたのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       ニュージャージー州のトレントンからの特別報告です。午後
      8時50分、隕石と思われる巨大な火の玉物体が、トレントン
      から22マイルはなれた、グローバーズミル近くの農地に落下
      しました。空での閃光は半径数百マイルの範囲で見られ、また
      落下の衝撃音は、はるか北方のエリザベスまで聞かれました。
       目下、特別中継車が現場に急行中ですが、担当記者のカール
      ・フィリップスが現地に到着しだい、状況をお知らせします。
      それまでの間、ブルックリンのホテルから、ボビー・ミレット
      とその楽団によるダンス音楽をお送りします・・・。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 このあと、現場に到着した担当記者フィリップスから驚くべき事実が報告されるので
す。地球に落下したものは実は隕石ではなく人工の物体であり、中から奇妙な生き物―
―火星人が出てきたということをフィリップス記者が伝えたからです。
 これは、あの『タイムマシン』の原作者、H・G・ウエルズが1898年に発表した
SF小説『宇宙戦争』をラジオ・ドラマに仕立てて、放送したものなのです。プロデュ
ースしたのは、のちに名優の名をほしいままにしたオーソン・ウェルズで、ハワード・
コッフの脚本をもとに人気番組「マーキュリー劇場」の一編としてドラマ化したのです

 しかし、演出が凝っていて、わざわざある番組を中断して、アナウンサーが「特別報
告です」と割り込み、以後は実況中継のかたちで進められたため、ラジオを聞いていた
人が本当のことと信じてしまうというハプニングがあったのです。放送の途中で「これ
は単なるドラマです」という断りを何度も入れたのですが、そんなことは視聴者の耳に
は届かなかったのです。
 H・G・ウェルズの『宇宙戦争』は、米国の天文学者パーシバル・ローウェルの説に
基づいて作られています。ローウェルという人は、1894年に米国アリゾナ州フラグ
スタッフに私設の観測所を作って火星観測に打ち込んだ人です。
 ローウェルは、火星の表面にある多数の細線模様を知的生物が作った人工運河と解釈
し、この説を中心に最初の著作『火星』を出版するのです。1895年のことです。H
・G・ウェルズはそのわずか3年後の1898年に『宇宙戦争』を発表しているのです
から、ウェルズはローウェル説を素材にしたといえます。
 ちなみに、H・G・ウェルズの『宇宙戦争』は、1953年にも『世界戦争』のタイ
トルで映画になっています。この映画にはジーン・バリーが主演しています。もうひと
つ1996年にその続編と見られる『マーズアタック』という映画もあります。いずれ
も火星軍が地球を攻めてくる映画です。
 『世界戦争』のときは、火星軍の飛行物体に地球軍は翻弄されるのですが、最後に地
球を救ったのは地球のバクテリアだったという話です。これによって、それまで快進撃
を続けていた火星の飛行物体は次々と墜落し、活動を停止してしまったのです。
 『マーズアタック』では、火星軍が強力な宇宙戦艦で攻めてくるのですが、今度はバ
クテリアならぬコンピュータ・ウィルスが地球を救うのです。しかし、この映画は完全
なコメディであり、作品の質も高くないので、あまりお勧めできませんが・・・。
 この2つの映画から、もし、本当に火星人がいて、地球に攻めてくるのであれば、火
星のバクテリアを日本に持ち込んでくるに違いないと考えられます。そして、1996
年に火星の隕石ALH84001が公開されるのですが、奇しくもその1996年は日
本でO−157が猛威を振るった年であったのです。そしてこの隕石の中から火星のバ
クテリアが発見されたのです。
 ALH84001の中から発見されたチューブ状の構造物は、地球上の先カンブリア
時代の岩石から発見されるバクテリアの化石に酷似しているのです。ただし、その大き
さは20〜100ナノメートルで、地球上で発見される最小のバクテリアの100分の
1程度の大きさしかないのです。
 こんな小さい生物で、生命現象を営むのに必要なDNAなどを体内に持つことができ
るかどうかという疑問がありますが、現在のところそれが生物体でないという立証もで
きない状態であるといえます。いずれにしても映画に出てくるような火星人がいないこ
とだけは確かなようです。
 火星にはこのほかにも謎が多くあり、明日も追及します。
                          ・・・[火星の研究/07]


     ≪画像および関連情報≫
      ・ALH84001が発見されるまで
       ・45億年前、火星の誕生とほぼ同時にALH84001の
        母体火成岩が地殻の一部として形成される。
       ・約40億年前、隕石の衝突によって、この火成岩は火星の
        地表に放り出される。
       ・約36億〜18億年前、この火成岩の割れ目や空隙に溶液
        が浸透し、バクテリアの格好の住まいとなる。
       ・約1600万年前、2回目の隕石衝突によって、この岩石
        の一部は炭酸塩とバクテリアの化石を抱えたまま宇宙空間
        にはじき出され、長い宇宙旅行に出発。
       ・1万3000年前地球の南極に落下し、氷に埋もれていた
        が、1984年に米国の隕石探索隊によって発見され、A
        LH84001と命名される。
       ・1996年8月7日にNASAによって発表

H・G・ウェルズの本と映画

2008年07月16日

ローウェルの『カナリ論争』のゆくえ(EJ第1529号)

 火星人論争は「カナリ」の発見から始まるのです。昨日のEJで火星人論争に火をつ
けたのはパーシバル・ローウェルであるであると書きましたが、正確にいうとローウェ
ルより先に火星に運河らしいものを発見した人が2人いるのです。1人はイタリアの天
文学者ジョバンニ・ヴィルジニオ・スキャバレリ、もう一人はフランスの天文学者カミ
ーュ・フラマリオンです。
 スキャバレリは、火星を観測してその表面に「すじ」があることを発見します。イタ
リア語でそれを「カナリ」というのですがそれがフラマリオンによってフランス語のカ
ナルになり、さらに英語のキャナル、すなわち、「運河」になってしまったのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
             カナリ(canale) → canal
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 しかし、スキャバレリ自身は火星の表面の線を水路とは考えましたが、それが人工の
運河とはいっていないのです。それをいい出したのはフラマリオンです。運河があるな
ら、それを作った火星人がいるに違いない――彼はそう考えたのです。火星人論争はこ
うしてはじまったのです。1877年のことです。
 1895年になって、米国人のパーシバル・ローウェルは、フラマリオンの著作『惑
星火星』を読んで啓発され、自らも火星を観測して4連作の論文を書きます。これが彼
の著作『マーズ/火星』となるのですが、それは最初に「アトランティック・マンスリ
ー」誌に掲載されたのです。
 4連作の最後の論文「火星/オアシス」には、次のように書いてあります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       まず、第1に、火星の全体的な物理条件は、ある種の形態の
      生命を否定するものではない。第2に、見たところ火星の表面
      では水が不足しているようであり、したがって、十分なる知性
      が棲んでいるのであれば、生命を維持するために灌漑に頼るほ
      かない。第3に灌漑用の水路とまったく同じように見えるネッ
      トワーク状の模様が円を覆っていることがわかる。そして、最
      後に灌漑によって肥沃になった土地があるであろう場所にいく
      つもの点が存在し、それはあたかも人工的につくられたオアシ
      スのようなものである。
               ――「アトランティック・マンスリー」誌
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 火星に灌漑用の水路(運河)を作れるほど高度な知性を持つ生物がいる――このローウ
ェルの説は学者だけでなく、一般の人にも大きな反響を巻き起こし、天体望遠鏡が爆発
的に売れるほどだったのです。ローウェルはこうして一躍有名になったのです。
 しかし、しだいに天体望遠鏡の性能によって運河が見えたり、見えなかったりする―
―天文学者の間では、やがてそういう意見があらわれるようになります。すなわち、普
通の天体望遠鏡では運河にみえるものが、高性能の望遠鏡で見ると、それは単なる点の
集まりにしか見えないことがわかってきたのです。
 このようにして、ローウェルの説に反論する学者が増えていっていったのです。その
代表的な学者の一人にギリシャ出身のフランスの天文学者E・M・アントニアジがいま
す。
 彼は最初のうち、フラマリオンと共同歩調をとり、ローウェル説を支持していたので
すが、20世紀に入って、パリ郊外のムードン天文台の口径83センチの大屈折望遠鏡
で観測をはじめるにようになってからは、ローウェルたちとの距離を置くようになりま
す。なぜなら、今まで線に見えていたものが、点の集まりであることがわかったからで
す。
 E・M・アントニアジらの反論によって、フラマリオンとローウェルの主張した「火
星運河説」は急速にしぼんでいくことになります。いわゆる火星人の存在が否定された
のです。
 しかし、このままでは、パーシバル・ローウェルという学者は「単なる夢想家」とい
う烙印が押されてしまうので、いくつか付け加えておきたいと思います。
 天文学者ローウェルの最大の関心事は火星だったのですが、それ以外にも天文学に2
つの大きな貢献をしているのです。
 1つは、渦巻銀河を観測して、その運動における大きな発見をし、それがエドウィン
・ハッブルが「ハッブルの法則」と呼ばれる銀河の後退速度と距離の関係を導き出す重
要な基礎になったことです。
 2つは、天王星の運動が計算された軌道からずれることを見出し、海王星の外側に未
知の惑星Xが存在することを予測し、結果として、冥王星の発見につながったことです

 「ハッブルの法則」への貢献については素人にはわかりにくいですが、冥王星の発見
と軌道の予測については誰しも認めるローウェルの功績であるといえます。
 冥王星の最初の2文字「P」「L」は、パーシバル・ローウェルの「P」「L」に合
わせてあるのです。これはこの発見に関するローウェル天文台の業績を高く評価してい
る証といえます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
          冥王星 Pluto → Percival Lowell
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ローウェルについてはもうひとつふれておく必要があります。ローウェルは天文学者
として活躍する前には、明治16年に来日し、以来10年にわたって日本に滞在してい
たのです。日本の各地を訪ねて日本の文化を研究したのです。そして、欧米に日本のこ
とを紹介したのです。
 小泉八雲という日本人名で知られるラフカディオ・ハーンも、ローウェルの影響を受
けて日本に関心をもったひとりなのです。ローウェルは明治26年に離日し、米国のア
リゾナ州に自前の天文台を作って天文学に多大の貢献をすることになります。
 この天文台は現在もあり、グランドキャニオンの観光スポットのひとつになっていま
す。
                          ・・・[火星の研究/08]


     ≪画像および関連情報≫
      ・ローウェルの火星の運河図
       1894年の夏から秋にかけて、ローウェルは火星観測を続
       けて、回を追うように多数の線状模様(運河)を発見し、そ
       れらが幾何学的な網目をなしてつながっていることを認めて
       いる。運河が交差するところは暗い斑点として見え、これを
       砂漠の中の「オアシス」だとしている。

ローウェル作成の「火星の運河」

2008年07月17日

水はかつてあったのか今あるのか(EJ第1530号)

 火星には生命体が存在するのかどうか――これは火星に水が存在するかどうかの問題
と裏腹の関係にあります。水が存在すればそこに生命体がいる可能性は大きくなります

 果たして火星に水はあるのかどうか――それもかつて存在し、いまないのか、それと
も現在もあるのかどうか――をはっきりさせる必要があります。
 われわれは今まで火星とは次のようなところであると知らされてきています。科学ジ
ャーナリストの並木伸一郎氏の著書より引用します。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       その薄く透明な大気は冷たく、地表では巨大な火山や峡谷が
      あたりを睥睨する。平野部に目を転ずると、無数のクレータが
      隕石の衝突を、縦横に走る干上がった河床が太古の大洪水を物
      語る。地表の気温は赤道付近で日中はセ氏マイナス31度、夜
      間はマイナス86度。常時秒速7メートル程度の風が吹き、春
      には地表全体を覆う砂嵐が起こる。乾燥しきった極寒の世界。
      これが、われわれが教えられてきた火星の素顔である。
               ――並木伸一郎著「火星人面岩の謎」より
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 既に述べたように、現在、火星について一番豊富な情報を持っているのは米国のNA
SAです。米国以外の探査機がことごとく失敗する中で米国だけが成功しているからで
す。そのNASAの情報によると、火星の素顔は上記のようになるのです。
 しかし、1997年以降、NASAの多くの探査機からもたらされる火星の情報を総
合すると、火星の素顔は、上記とはかなり違ったものになるのです。
 1997年7月4日と9月11日――この2つの日は火星探査にとって記念すべき日
となったのです。それは、NASAの2つの探査機が相次いで火星への軟着陸に成功し
たからです。
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      マーズ・パスファインダー     1997年7月 4日
      マーズ・グローバル・サーベイヤー 1997年9月11日
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 これらの探査機は、パラシュートで落下し、ロケット噴射で減速したあと、エアバッ
クで衝突を吸収しながら火星に軟着陸するシステムを採用し、成功したのです。そして
、マーズ・パスファインダー(MPF)が着陸した地点は、カール・セーガンを追悼し
て「カール・セーガン・メモリアル・ステーション」と名づけられたのです。
 MPFにはカメラや気象観測装置などが搭載され、火星の地表や気象の観測などを行
ったのです。地表の調査については、「ソジャーナー」と呼ばれる超小型火星面車(ロ
ーバー)が担当し、多くの情報を収集しています。
 MPFは、着陸機が撮影した画像1万6000枚、ローバーが撮影した画像550枚
、その他15種類の岩石の分析や気象データなどを送ってきたのですが、これによって
火星について重要な事実が判明したのです。
 その重要な事実とは、火星にはかつて確実に水が存在したというものであり、これに
ついては、2002年3月にNASAが発表して認めています。それも南極周辺の浅い
地中に大量の水が、それも液体の水として存在しているという表現(?)でです。
 マーズ・グローバル・サーベイヤー(MGS)からも貴重な画像が数多く送られてき
ています。1998年に火星の異常地形を研究している米国のブライアン・ブッチャー
は、MGSが撮影した画像に奇妙な黒い影を発見――インターネット上にそれを発表し
、「このコーヒーのしみ(スティン)のようなものは何か」と問いかけたのです。
 2000年6月19日――エンタープライズ・ミッションの主宰者リチャード・ホー
グランドは、やはりMGSが送ってきた画像にスティンを発見し、はっきりとそれを「
水が流れる」証拠としています。
 既出の並木伸一郎氏は、これについて次のように記述しているのですが、これは液状
の水の流れなのでしょうか。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       そこには、クレーターの壁面から続く不自然に暗い色をした
      ものと、薄い色の細長いスティスンが写っている。暗く写ると
      いうことは、深みがあり、穏やかな水流で、しみ出てからそれ
      ほど時間が経過していないことを意味する。つまり、この画像
      は地表からしみ出た水が溜まり、それが穏やかな流れとなって
      間もない瞬間をとらえたものだ。―――――――並木伸一郎氏
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 また、米国のアマチュア天文学者エフレイン・パレルモは熱水作用によって湧き出た
水分こそがスティンの正体であり、地表としみのような部分には温度差があると主張し
ています。
 問題は、スティンがかつてあった水の流れの痕跡なのか、それとも現在進行形で流れ
ているのかという点です。これについて、既出のリチャード・ホーグランドは、スティ
ンは水がまさに流れている現在進行中のものであると断じています。
 このホークランドの発言を裏づける1999年に撮影された2枚の写真(添付ファイ
ルA/B)があるのです。この2枚の写真は、1999年3月19日と同年8月16日
の同じ火星面の写真なのですが、3月の時点ではなかったスティンが6月には明確に写
し出されているのです。
 また、いま、まさに流れ出そうとする寸前のスティンの写真−Cもあります。その周
辺には多くのスティンがあり、地底から湧き出る水がスティンとなって地表にあらわれ
てきていると考えられるのです。このように、もし、スティンが水の流れであるとした
ら、火星には地底に大量の液状の水があり、それがスティンのかたちをとって流れ出し
、やがて川のようになりつつある――そういう想定もできると思うのです。
                          ・・・[火星の研究/09]


     ≪画像および関連情報≫
      ・NASAは、MGSが撮影した画像について水の存在を認め
       ているが、それは「かつて存在したかも知れない水」――具
       体的には100万年前に起きたものであるといっており、現
       在における水の存在については言葉を濁している。

水の流れ/スティン

2008年07月18日

さらに火星の水の問題を追及する(EJ第1531号)

 「火星に水があるのかないのか」という疑問には、「ある」と答えて間違いはないと
思います。2004年1月に火星の着陸に成功した火星探査車スピリットとオポチュニ
ティは、火星に水があったことを示す証拠を発見しています。
 スピリットは、火星のグセフクレーターというところに着陸し「ハンフリー」という
60センチほどの岩石の表面を削って調べたところ、内部に裂け目が見つかり、明るい
物質が発見されたのです。この物質は水に溶けていた物質が結晶化したものであり、水
の存在を示唆するものとして発表されたのです。
 オポチュニティは、昔湖の底であると考えられているメリディアニ平原に着陸し、調
査をした結果、①高濃度の硫酸塩鉱物の存在、②岩石の裂け目、③粒状の物体の3つが
決め手になって大量の水が存在していた確証が得られたと発表しています。
 しかし、これは「かつて火星には水が存在した」ということをいっているのであって
、現在、水――それも液体の水が存在しているといっているのではないのです。
 学者は理論的には「火星に水はない」と考えています。その根拠をご説明しましょう
。小学生の理科の知識で理解できます。添付ファイルの図をご覧ください。
 縦軸に「気圧」、横軸に「温度」をとります。1気圧の状態で水が沸騰する温度をセ
氏100度とします。これを「沸点」といいます。これに対して水が凍る温度をセ氏0
度とします。これを「氷点」といいます。グラフ上で「沸点」と「氷点」の位置を確認
してください。
 この場合、沸点よりも高い温度では水蒸気だけが存在し、氷点よりも低い温度では固
体の氷だけが存在できます。液体の水というのは、温度が沸点と氷点の間にあるときだ
け存在できることになります。
 なお、固体の氷も液体の水も一定の量以下の水蒸気と共存することはできます。この
最高の水蒸気の圧力を「飽和水蒸気圧」といい、その何パーセントまで水蒸気量がある
かの割合を「湿度」というのです。この飽和水蒸気圧は温度によって変化し、温度が高
いほど大きくなります。
 さて、沸点も氷点も気圧によって変化します。1気圧より圧力が下がると、沸点と氷
点の幅が狭くなり、「3重点」と書いてあるところで、沸点と氷点は同じになります。
 図の中で「地球」、「火星」と書いてある矩形の印は、それぞれの気圧、気温の範囲
を示しています。これを見ると、地球上の温度・圧力では、水は固体、液体、水蒸気の
いずれの状態にもなり得るのに対し、火星では、液体の水は存在しないことになるわけ
です。ちなみに、3重点の圧力は、6.1ミリバール、温度はセ氏0.01度ですが、
火星の気圧はこれにほぼ近いといってよいのです。
 このように、火星には理論上は水――それも液体の水は存在しないのです。しかし、
各種の探査機の調査によると、火星表面には、大量の水が流れた形跡があるのです。
 添付ファイルの写真は、1971年5月に米国のマリナー9号が撮影した火星の南極
地方に存在する地形なのですが、満々と水をたたえ、音を立てて流れる大河に見えませ
んか。30年以上も前に撮られた写真なのに、NASAは今頃になって出してきていま
す。NASAは明らかに何かを隠しているのです。
 理論上存在するはずがないのに水が存在する――このパラドックスをどのように解け
ればいいのでしょうか。これは、次の2つの問題として考えてみるのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      1.今はないが、遠い過去には火星上に水は存在したのではな
        いか。
      2.もしそうであるとしたら、その水はどこに行ってしまった
        のか。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 1については、遠い過去において火星はもっと暖かくて、もっと湿った厚い大気をも
っていたと考えれば納得がいきます。いくつもの火星探査機の調査がそれを証明してお
り、それは間違いないと考えられるのです。そうであるとすると、そのときは火星に生
物がいた可能性は非常に高くなります。
 それでは、かつてあったとされる水はどこへ行ってしまったのでしょうか。
 第1に考えられるのは、極冠です。南北両極に冬の間に白く見える(白冠)のがそう
です。もっとも氷といっても、水が凍った氷なのか、二酸化炭素が氷結したドライアイ
スなのかは議論のあるところです。
 1948年にジェラルド・カイパーという人が地球から火星の極地方の赤外スペクト
ル観測を行った結果、「水の氷である」という結論を出しています。しかし、問題は白
冠の温度がどのくらいかによって結論を出すしかないのです。温度によっては次の判定
ができるからです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      白冠の温度が−112度より高ければ、二酸化炭素は氷結でき
      ないので水の氷であるし、もし、それよりも低い温度であれば
      ドライアイスである。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これに関しては、マリナー6号と7号の赤外輻射計による観測では−123度という
温度が得られているのでドライアイスと判定されるのです。しかし、その後のバイキン
グ2号による測定では北極冠の周囲の黒い部分の温度は−38度、中央の白い部分の温
度は−65度とかなり高く、水の氷と判定されるのです。
 水のゆくえで第2に考えられるのは土壌の中です。いわゆる地球にもある「永久凍結
帯/ツンドラ」にある――そう考えられているのです。しかし、これについての考察は
行わないことにし、来週はさらなる火星の謎に迫ります。
                          ・・・[火星の研究/10]


     ≪画像および関連情報≫
      ・人類は小さな球の上で
       眠り起きそして働き
       ときどき火星に
       仲間を欲しがったりする

       火星人は小さな球の上で
       何をしているか 僕は知らない
       (或いはネリリし キルルし ハララしているか)
       しかしときどき地球に
       仲間を欲しがったりする
       それはまったくたしかなことだ

       谷川俊太郎「二十億年の孤独」より

火星に水はないという理論的根拠

2008年07月22日

火星の空は本当に赤いのか(EJ第1532号)

 火星は「夜空に赤く輝く星」として知られます。火星の空と土地もすべては赤く染ま
っている――一般的にはこう考えられています。確かにNASAの発表する火星の写真
の多くは、火星の空は、ピンク色になっています。
 そもそも地球の空はなぜ青いのでしょうか。
 太陽からの光の中には、波長の違ういろいろな光が含まれています。太陽から直進し
てくる光は、大気中を漂う塵や埃や水蒸気それに大気そのもののゆらぎや酸素や窒素な
どの気体の分子――つまり、光から見て障害物にぶつかってしまうのです。
 この衝突が起こると、光は地上に届く前に大気中に散乱してしまうことになります。
これを「レーリー散乱」というのです。この「レーリー散乱」の「レーリー」というの
は、「空はなぜ青いのか」ということに疑問を持ったレーリー卿の名前から取られたと
いわれています。
 さて、光の中で紫色の光は波長が短いので、その結果、紫色の光は大気中に散乱しま
す。それがなぜ青く見えるかというと、人間の目の感度が「紫」よりも「青」の方が強
いためと、他の波長の短い光も一部は散乱するので、それらが混ぜあわせられ、青い色
になるのです。なお、雲が白く見えるのは、雲の分子が大きくて、すべてを反射してし
まうからです。
 それなら、火星の空はなぜ赤いのでしょうか。
 それは、火星の大気は、いつも塵や埃の微粒子で満たされていて、そのせいで光が屈
折するからであるといわれるのです。しかし、大気がいつも微粒子で汚染されていると
いう状況は実は考えにくいことなのです。
 確かに2001年において、火星全体がかつてないほどの砂嵐に見舞われたことがあ
ります。そのとき、ハッブル望遠鏡で見た火星は、赤く染まった地表と、グリーンのレ
ーリー散乱が認められたのです。この写真を見ると、確かに火星は赤い星であるように
見えます。添付ファイルの写真Aです。
 もともと火星の空は、地球と同じように青いのでは・・・最近はこういう説が出てき
ています。
 2001年の大砂塵のさいのグリーンのレーリー散乱も火星の空は青であることを証
明しているという説もあるのです。それは黄色と青色が混ざるとグリーンなるからです
。つまり、黄色の大砂塵が、もともとの青いレーリーと混在した結果であるといわれて
いるのです。つまり、火星の空は地球と同じように青いというわけです。
 トレド大学のフィリップ・ジェームス博士は、1997年5月27日と6月27日に
ハッブル宇宙望遠鏡で撮られた2枚の写真を発表したのですが、そこには明確に青いレ
ーリー散乱が認められるのです。添付ファイルの写真Bです。
 添付ファイルの写真Cは、1976年にはじめて火星に着陸したヴァイキング1号が
送信してきた火星地表の写真です。これを見ると、青い空が広がっていることが確認で
きます。しかし、その後、NASAから公表された同じ写真では空の色はピンクに染ま
っています。添付ファイルの写真Dです。
 ヴァイキング計画に携わったギルバート・レヴィン博士によると、火星の空は青く、
NASAの公表した写真の空はNASAが画像を修正を施したものであるという衝撃的
な暴露発言をしているのです。
 それにしても、なぜ、NASAは火星の空の色を隠そうとするのでしょうか。
 NASAは、火星に生命体が存在したことの一切