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2008年07月24日

フォボス2号はなぜ消滅したのか(EJ第1534号)

 2つある火星の衛星のうち内側の衛星フォボス――注目されるのはその軌道です。中
心の惑星にこんなに近く、しかも火星の自転周期の3分の1にも満たない公転周期で回
る衛星など今までに例がなく、前代未聞のことだからです。
 それにフォボスは長い間に高度が少しずつ下がり、公転速度が速くなっているのです
。これをめぐっていろいろな仮説が出されているのですが、旧ソ連の天文学者I・S・
シクロフスキーの出した仮説はそのユニークさにおいて群を抜いています。
 フォボスは、約5億年前に火星人が打ち上げた人工衛星である――シクロフスキーは
こういったのです。火星には希薄ではあるものの大気があります。その大気がフォボス
の軌道あたりまで広がっているとすれば、フォボスの公転運動にはブレーキがかかって
公転速度は遅くなるはずです。
 それでも公転運動が速くなるというのは、フォボスの平均密度が非常に小さい場合で
す。そうすれば密度の小さい衛星は希薄な大気中でも大きな抵抗を受けて高度が下がり
、公転速度は速くなるはずであるとシクロフスキーは考えたのです。
 それでは、そのような密度の小さい天体とはどういうものであるか――それは内部が
空洞の球体であればその条件を満たすと考えたのです。しかし、内部ががらんどうの球
状の天体などはあり得ないので、シクロフスキーとしては半ば冗談のつもりで、火星人
の打ち上げた人工衛星なのだろうと推理したのです。
 もうひとつフォボスにからんで非常に奇怪な話があるのです。それは、「フォボス」
とネーミングされた旧ソ連の宇宙探査船の話です。1988年7月、旧ソ連は2機の宇
宙探査船を火星に向けて発信させたのです。目的は火星地表の写真撮影と気象データの
収集、それに火星の衛星フォボスの調査です。探査船は、「フォボス1号」「フォボス
2号」と名づけられたのです。
 既に述べたように、フォボスもデイモスも非常に小さい衛星であり、地上からの観測
には限界があったため、欧州13ヶ国、それに米国も個人レベルでの協力体制をしき、
その成果は大いに期待されたのです。しかし、地球を飛び立って2ヵ月後、フォボス1
号は忽然と姿を消してしまったのです。公式発表では、「コンピュータの制御ミス」と
いうことでしたが、真相はわかっておらず、謎のままです。
 しかし、フォボス2号は予定通り、1989年1月に火星の衛星軌道に到着していま
す。それから約2ヶ月かけて、フォボス2号は火星地表の写真撮影や各種データの収集
を行っていますが、2号に関しては何もかも順調そのものだったのです。
 1989年3月26日――フォボス2号は軌道を変更して、計画通りに衛星フォボス
に向かったのです。衛星フォボスにぴったりとついて飛行しながら、詳しい調査が行わ
れることになっていたからです。
 ところが、3月28日になってフォボス2号は原因不明の交信不能状態に陥り、すべ
ての通信が途絶えてしまったのです。普通地上と探査船との交信が途絶することはよく
あることであり、地上からのコンピュータ制御で交信が回復することは珍しいことでは
なく、当初はあまり深刻さはなかったのです。
 しかし、事故の翌日の3月29日、グラフコスモス(ソビェト宇宙開発総局)の幹部
ニコライ・シムヨノフ氏は、沈痛な表情で次のコメントを発表したのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       フォボス2号が永遠に失われたことはほぼ間違いない。
                      ――ニコライ・シムヨノフ
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 3月30日のソ連のテレビ番組「フレムヤ」は、数名の科学者をスタジオに招き、フ
ォボス2号の事故に関する経過報告を行っています。それによれば、フォボス2号が消
息を絶つ寸前に撮影した写真に「未確認飛行物体」が写っていたというのです。
 この報告に世界は驚愕し、31日以降各国のマスコミはこれを取り上げ、報道したの
です。それまでも、未確認飛行物体を目撃した話は何回もマスコミに取り上げられてい
たのですが、無人の探査船とはいえ、未確認飛行物体から直接攻撃を受け、破壊された
(?)ということは尋常ならざることだったからです。
 1989年3月31日付のスペインの「ラ・エポカ」紙は、次のように報道していま
す。新聞にはっきりと「未確認飛行物体」という言葉が掲載された珍しい例です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       ソビエトのテレビ番組「フレムヤ」の報ずるところによると
      28日月曜日、火星の衛星軌道を周回中に消息を絶ったフォボ
      ス2号は、その通信が途絶える寸前に火星表面を飛行する未確
      認物体を撮影していたという。
       番組では、フォボス2号が最後に撮影したという2枚の写真
      についての説明に多くの時間が割かれた。それらの写真には、
      大きな影がはっきりと写し出されていた。スタジオに招かれた
      科学者たちは、これらの写真にはっきり写し出された細い楕円
      形の影について、科学的な説明は不可能であるとした。
       これらの影は、いわゆる光学現象ではないという。なぜなら
      ば、影は通常のカメラのみならず、赤外線カメラによっても鮮
      明にとらえられているからだ。ソビエト常任宇宙委員会の科学
      者たちは、これらの影を火星の地表近くを飛行する何らかの巨
      大な物体の影が地表に映ったものと考えているという。
       ある試算によると、フォボス2号が撮影した最後の写真に写
      し出されている影の長さは約20キロであるという。また、そ
      れよりも数日前に撮影された同様の影については、長さ26〜
      30キロと算定された。
       ソビエト特別宇宙委員会のある委員は、この異物の形状が何
      らかの宇宙船のものと思われるとする見解に同意を示した。
                   ――スペインの「ラ・エポカ」紙
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                          ・・・[火星の研究/13]


     ≪画像および関連情報≫
      ・写真説明
       火星にはフォボスとデイモスという2個の衛星がある。どち
       らも小型で火星に捕獲された小惑星と考えられている。フォ
       ボスには巨大クレーターと、何かが転がったような細長い溝
       が表面に刻まれている。

スペインの「ラ・エポカ」紙 

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