INTEC JAPAN/BLOG

このブログは、異文化研修の教育機関(株)インテック・ジャパンの情報発信用です。(株)イー・メディアとの提携により、同社のドキュメント・レポート「Electronic Journal」をウィークデイの毎日お届けします。
「Electronic Journal」は様々な情報を400字詰原稿用紙7枚にまとめて配信する日刊メールマガジンです。

トップ カテゴリー:9.11

2006年09月25日

8:24AMに分かっていたハイジャック(EJ第1475号)

 JFK暗殺事件のテーマを書きながら、関連データを多く集めたのですが、その中に
「9.11同時多発テロ」関連の情報がたくさんあります。考えてみれば、9.11同
時多発テロによってアフガン攻撃が起こり、続いてイラク戦争が誘発され、国際情勢は
混沌としてきています。
 2004年の米大統領選は、僅差の接戦といわれた割には予想を超える得票で現職ブ
ッシュ大統領の勝利に終りましたが、これによってこの傾向は一層加速されるのです。
 9.11同時多発テロは、本当にオサマ・ビンラディンが起こしたテロなのでしょう
か。疑惑はあまりにも多くあります。このテーマをまともに書くと、JFK暗殺事件な
みの大テーマに発展します。しかし、残念ながら、まだ情報量が不足しています。
 そこで、第1部として、9.11同時多発テロの疑惑を整理するところからはじめた
いと思います。そして、情報収集を続けながら、断続的にテーマを発展させて行く――
そういう方針で進めたいと思います。
 2001年9月11日――その日は米国東海岸から西海岸まで見事に晴れ上がり、絶
好の飛行条件だったのです。しかし、その日4機の旅客機が次々とハイジャックされた
のです。それら4機を便宜上それぞれABCDと名づけることにします。
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           A.アメリカン航空11便/ボーイング767
             ボストン発ロサンゼルス行き
             8:00AM出発
           B.ユナイテッド航空175便/ボーイング767
             ボストン発ロサンゼルス行き
             8:14AM出発
           C.アメリカン航空77便/ボーイング757
             ワシントン発ロサンゼルス行き
             8:20AM出発
           D.ユナイテッド航空93便/ボーイング757
             ニューアーク発サンフランシスコ行き
             8:42AM出発
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 これら4機の運命は次のようになっています。WTCというのは、世界貿易センター
・ビルのことです。
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           A機 ・・・ WTC北タワー衝突
           B機 ・・・ WTC南タワー衝突
           C機 ・・・ 国防総省ビルに衝突
           D機 ・・・ ペンシルベニア州郊外墜落
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 今朝はA機――アメリカン航空11便がどのようにしてWTCタワーに衝突したのか
について、新聞・雑誌では知りえない情報を交えて書いてみることにします。
 A機は、50歳になるジョン・オゴノウスキ機長とトマス・マクギネス副操縦士のコ
ンビのベテラン・パイロットが操縦を担当していたのです。
 A機は、ボストンローガン国際空港を8:00AMに出発しています。出発後13分
後の8:13AM――ボストン管制センターはA機を呼び出し次の対話をしています。
このやりとりのあと、A機は管制センターの連絡に応答しなくなります。
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       管制センター:アメリカン航空11便へ、20度右方向へ旋回
              せよ。
       A機    :アメリカン航空11便、上昇して、35000
              フィートを維持
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 8:24AM――いきなりA機のコックピットからパイロットではない男の声が管制
センターに入ってきたのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       われわれは数機の旅客機を手に入れた。静かにしていれば、
       大丈夫だ。空港へ引き返すところだ。誰も動くな。そうすれば
       すべてうまく行く。もし、動いたりしたら、おまえたちの身の
       安全はない。飛行機も危険に陥る。静かにしていろ。
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 これは、おそらくA機をハイジャックしコックピット内に侵入した犯人が、機内マイ
クを使って乗客に伝えようとしたメッセージと思われます。その声がなぜ管制センター
に入ったかというとおそらく機長が犯人に気づかれないように、管制センターにつなが
るスイッチを入れたものと思われます。A機がハイジャックされたことを伝えるために
です。
 A機は、その後北西に進路を取り、マサチューセッツとニューヨーク、ヴァ−モント
三州の境である地点を超えるとさらに北上し、8:29AMに突然、大きく左手前方向
へVの字に旋回、今度は南へ直進の進路を取ったのです。そして、ハドソン河に沿って
高度を下げながら南下し、ニューヨーク市に近づく頃には実に900フィートの低空を
飛行、市内上空を抜けるようにして、マンハッタン南端にそびえる世界貿易センター・
ビルの北棟に激突したのです。時刻は、8:47AMだったのです。
 実はA機出発の14分後に、同じボストンのローガン国際空港を出発したB機は8:
37AMに管制センターからの要請によってA機を視認しているのです。そのとき、B
機のヴィクター・サラチーノ機長は次のように管制センターに答えています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
        ああ、あそこに機体が見える。機は・・・20000・・・
        いや28000フィート上空を飛行中
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 A機の目的地もB機と同じロサンゼルスであるのに、A機はどうしたことか2800
0フィート上空を南下していたのです。・・・[9.11/001]

在りし日のWTC.jpg

2006年09月26日

4機とも絶妙なタイミングでハイジャック(EJ第1476号)

 ユナイテッド航空175便――すなわち、B機の機長であるヴィクター・サラチーノ
氏は海軍パイロットの経験もあるベテランパイロットです。
 サラチーノ機長はボストンの管制センターからの問い合わせで約28000フィート
の上空を南に向っているアメリカン航空11便――B機を視認しています。明らかに目
的地のロサンゼルスとは違う方向に飛行しているのです。ここまでは、昨日述べた通り
です。
 8:41AMになって、B機のサラチーノ機長から次のようなメッセージが管制セン
ターに届いたのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      ボストンを発った後、おかしな声を無線で傍受した。誰かがマ
      イクで『全員、座席につけ!』といったんだ・・・。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 この時点で管制センターでは、A機から聞こえてきた不審な声によってA機のハイジ
ャックを疑ってはいたのですが、まさかB機までハイジャックされるとは考えてもみな
かったのです。しかし、念のためそのこと――A機に入った不審な声――を知らせよう
とB機と連絡をとろうとしたのですが、8:41AM時点のB機からの問い合わせを最
後に、B機とは一切の連絡がとれなくなっていたのです。
 8:47AM――結果としてハイジャック第1便となったA機はTWCの北棟に激突
しています。それとまるで歩調を合わせるように、B機はコースを外れて南西に進路を
取ってから左に旋回し、ニュージャージー上空をまるでコの字型に回り込み、WTCへ
突進して行っています。
 レーダーに映ったB機の機体は、18000フィートの上空を時速550マイルの猛
スピードで飛行し、そのまま急降下して回り込むようにして、WTCの南棟に激突して
います。時刻は9:03AMのことです。
 B機がボストンのローガン国際空港を出発してから6分後――8:20AMにアメリ
カン航空77便であるC機は首都ワシントン郊外のダレス国際空港を離陸しています。
 離陸後、管制センターとのやり取りで、C機は高度35000フィートを維持し、ウ
エストバージニア州を横切りオハイオ州に入りつつあったのです。インディ(インディ
アナ州インディアナポリス管制センター)とC機のコックピットと連絡がとれたのは8
:50AMまでだったのです。インディは何度も次のように呼びかけています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      アメリカン航空77便、こちらインディ!無線が聞こえるか
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 この時点でA機は既にWTCの北棟に衝突しており、騒ぎが大きくなりつつあったの
です。インディアナポリス管制センターはダレス空港のアメリカン航空へ連絡を入れ、
他の無線でC機と通信して欲しいと要請しています。9:09AMのことです。
 この時点でB機はWTCの南棟に衝突しています。ダレス空港のアメリカン航空無線
士は、インディからC機と通信できないと聞いて不安になります。WTCの南棟に飛び
込んだのがC機ではないかと疑ったのです。このときアメリカン航空では自社のA機が
北棟に激突したらしいという情報は掴んでおり、上を下への大騒ぎだったといいます。
そこでC機が南棟に衝突したのではと考えたわけです。
 普通管制センターは、航空機の社名、便名、航路は把握できるようになっています。
そのためには、航空機の中にあるトランスポンダーという装置をオンにしておく必要が
あります。しかし、ハイジャックされた4機ともこの装置はオフになっており意識して
オフにしたと思われます。しかし、レーダーには映るので、この場合は未確認飛行体と
して扱われるのです。
 しかし、C機の行方はわからなかったのです。9:25AMの時点で、ダレスの管制
センターはレーダー・スクリーンでも確認できないほどのスピードで西方向から飛来す
る未確認飛行体を発見しています。
 その地域は、ホワイトハウスや国会議事堂があり、飛行禁止区域なのです。管制セン
ターは直ちにホットラインでホワイトハウスのシークレット・サービスに緊急連絡して
います。この騒ぎでそのときホワイトハウスにいたチェイニー副大統領はシークレット
・サービスによって地下の防空壕へ誘導されているのです。
 しかし、9:33AM――レーダー上の未確認飛行体は国防総省(ペンタゴン)の南
で360度旋回し2分後に国防総省の南西側に激突しています。9:38AMのことで
す。
 ユナイテッド航空93便――D機がニュージャージー州ニューアーク空港を離陸した
のは8:42AMです。A機がWTCの南棟に激突したのが8:47AMですから、微
妙な時間です。しかし、離陸後の8:53AMにシカゴのオペレーション・センターか
らスクリーンに電子メールで警告を受けていたのです。その内容は次の通りです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
         他のユナイテッド機でコックピットへの侵入が発生!
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 この時点でシカゴのオペレーション・センターにはA機のWTC激突の情報は入って
いなかったと思います。この連絡を受けたD機のジェーソン・ダー機長とレオリー・ホ
マー副操縦士は警告を受信したとの連絡を返しています。しかし、その35分後にはハ
イジャック犯のコックピット侵入を許しています。
 9:36AMにD機はV字型に左旋回、南東のワシントン方向へ進行していますが、
この時点で管制センターとは連絡がとれなくなっています。C機がペンタゴン南西側に
突入する2分前のことです。そして、D機は30分後の10:06AM――ペンシルヴ
ァニア州ピッツバーグ付近の農地に墜落するのです。・・・[911/002]

ハイジャックされた4機.jpg

2006年09月27日

大胆にして緻密な9.11同時多発テロ(EJ第1477号)

 4機の旅客機を計画通りにハイジャックし、それらの旅客機をそれぞれの目標物に2
時間ほどの間に正確に衝突させる――それが9.11同時多発テロの計画なのです。そ
れぞれの機に課せられた目標物は次の通りです。
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          A機 ・・・・・ WTC北棟
          B機 ・・・・・ WTC南棟
          C機 ・・・・・ ホワイトハウス/国防総省
          D機 ・・・・・ フロリダ(?)
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 このうち、A機、B機、C機は成功しているのですから恐るべき成功率といえます。
失敗したD機は、ペンシルベニア州シャンクスヴィルの農地に墜落しているので、何を
狙っていたかわかりませんが、向かっている方向から見て、そのときフロリダの小学校
にいたブッシュ大統領を狙ったともいわれています。
 それにしてもこのテロは、実に緻密な計画に基づいているのです。それは、ハイジャ
ックされた飛行機の離陸時間、ハイジャックした時間、目標物への衝突時間の3つの時
間を分析してみると驚くべきことが分かります。
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           離陸時間  ハイジャック時間    衝突時間
      A機  8:00AM    8:13AM  8:47AM
      B機  8:14AM    8:41AM  9:03AM
      C機  8:20AM    8:50AM  9:38AM
      D機  8:42AM    9:36AM 10:06AM
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 テロを計画する方の立場から考えてみましょう。
 旅客機がWTCに衝突するという途方もないことが起こると、当然ですが、全世界の
テレビが一斉にそれを放映するので、その時点で空を飛んでいる飛行機に大きな関心が
集まります。テロを起こす側の立場からいうとこれは困るわけです。
 したがって、ハイジャックする飛行機は、最初の衝突が起こる前の時間帯に離陸する
機を選ぶ必要があるのです。この観点でハイジャック機の離陸時間を見ると、いずれも
A機がWTCに衝突時間である8:47AM以前に離陸していることがわかります。
 続いてハイジャック時間と衝突時間の関係を見ると、テロリストが飛行機をハイジャ
ックした時間は、それぞれ前に出発した飛行機が目標物に衝突する時間の前です。
 つまり、A機がWTC北棟に衝突する寸前にB機はハイジャックされ、コースが変更
されています。そして、B機がWTC南棟に衝突する前にC機がハイジャックされ、コ
ースが変更されています。そして、同様にC機がペンタゴンに衝突する前にD機はハイ
ジャックされ、コースが変更されているのです。
 このようなことは、偶然には起こり得ないものです。つまり、この計画を立案したテ
ロリストは、ハイジャックした4機がそれぞれ連動して目標物に突っ込むというシナリ
オを描いていたように思われます。そうすれば、あれよあれよという間に飛行機が連続
動して次々に目標物に衝突し、米国という国家に大きな衝撃を与えることができる――
そう考えたものと思われます。
 このような大胆にして緻密な計画を、誰がどこで練り上げたのでしょうか。まるで地
上にオペレーション全体を指揮する総帥者がいるように見えます。オサマ・ビンラヴィ
ンという人物は、本当にそのようなことができる人なのでしょうか。
 この計画において唯一失敗したD機――ユナイテッド航空93便は他機と異なる経過
をたどっています。数人の乗客が機内から携帯電話で自宅に連絡をしてきたとされてい
るからです。乗客の一人であったジェレミー・グリックという人は、妻のリズベス・グ
リックに次のように伝えています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      ・赤いヘッドバンドをしたアラブ系らしい男が3人、ナイフを
       手に爆弾をもっていると脅して機をハイジャックした。
      ・3人の実行犯がコックピットに入った後、パイロットの姿が
       見えないから、機長も副操縦士も殺されたに違いない。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 妻のリズベスはこの電話を警察の911に繋ぎ、夫と警察の三方向通話を可能にして
います。911のオペレーターは、WTCに2機のハイジャック機が突入したことを伝
えているので、夫のグリック氏はその時点で、ハイジャック犯の狙いが何であるかわか
ったはずなのです。
 ジェレミー・グリック氏は、190センチを超える巨漢であり他の体力のある他の乗
客と相談してハイジャック犯に立ち向かったとみられるのです。その証拠とされるのは
後になって発見されたというボイス・レコーダの内容です。実は、ハイジャックされた
4機のうちボイス・レコーダが発見されているのは、このD機――ユナイテッド93便
だけなのです。
 フリージャーナリストの青木富貴子氏の著書から、D機のボイス・レコーダの内容に
関する記述をご紹介します。今回のテーマの前半の記述は青木氏の著作によるところが
大きいです。
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       そこにはアラビア語と英語で怒鳴り合う声、悲鳴、食器が割
      れる衝撃音などが録音されている。一人の実行犯がコックピッ
      トの扉を開けたままにして乗客を引っ張り出せ、と叫び、他の
      実行犯は酸素の止めてしまえと怒鳴っている。その後、わけの
      わからない衝撃音だけが残されている。飛行機の衝撃でできた
      穴は50フィート(約15メートル)の深さに及んだというか
      ら、ハイジャック犯と乗客が操縦桿を奪い合ううち、ユナイテ
      ッド航空93便はそのままのスピードで農地に突っ込んでいっ
      たのだろう。――青木富貴子著『FBIはなぜテロリストに敗
                     北したのか』より。新潮社刊
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                        ・・・・ [9.11/003]

青木富貴子氏の本.jpg

2006年09月28日

なぜ実行犯が素早く特定されたのか(EJ第1478号)

 9.11同時多発テロが起こってから3日後の14日、FBIはテロの容疑者19名
の名前を公開しています。そして9月27日には19名の写真まで公開したのです。
 しかし、これは実に奇妙なことです。いきなりWTCやペンタゴンに飛行機の直撃を
受けて慌てふためいたわりには、犯人だけは素早く特定できたことになるからです。こ
れができるには、あらかじめ何らかの前兆というものを当局は掴んでいて、怪しい人物
も浮かんでいたということになります。それなら、なぜ事前に手を打ってテロを阻止し
なかったのでしょうか。
 考えてみれば、JFK暗殺のときもたちまちオズワルドが犯人と特定されています。
これとまったく同じパターンです。なぜ犯人特定をかくも急ぐのでしょうか。
 大事件が起こって犯人が特定できないとします。むしろほとんどの場合はそうなので
す。当然のことながら、CIAやFBIや警察などの捜査当局は、あらゆる可能性を考
えて犯人を特定しようとします。その重要な手がかりとなるのは目撃者の発見であり彼
らの証言です。それに国民も犯人探しに加わってきます。国中が犯人探しに夢中になる
――そういう可能性もあります。
 しかし、事件が起こって素早く犯人が特定されてしまうと、捜査範囲は絞られ、余計
な介入はなくなります。間違っても議会に調査特別委員会などが設けられることもない
わけです。もし、真犯人が別にいたとすると、その真犯人にとってこの状況は実に都合
が良いことになります。
 昨日のEJでご紹介したフリージャーナリスト青木富貴子氏は、崩壊したWTCの
跡地のすぐ近くに住んでいるそうです。あのテロを間近かで体験して、なぜあんな事件
が起こったのか米当局とくにFBIはなぜ事件を未然に防げなかったのか――そう考え
ると、ジャーナリストの使命感のようなものが燃え上がって次の本をまとめるエネルギ
ーになったというのです。
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        青木富貴子著
        『FBIはなぜテロリストに敗北したのか』新潮社刊
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 青木氏は本の執筆に当たって、ニューヨークやボストンなど、さまざまなところで取
材を重ねインタビューをこなしています。そうすると、事件後にFBIが公表した19
人の犯人たちの足跡があちこちに明確に残されていたのです。彼らは事件の起こる一年
近くも前からさまざまな活動を行っていたのです。そういうことをFBIが気が付かな
いはずはなく、FBIも情報を上層部に上げていたのですが、取り上げられなかったと
いいます。
 犯人とされる19人のうち、モハメド・アタなる人物については、FBI当局は事件
後36時間後には写真をテレビで公開しています。まさに、JFK暗殺事件のときのオ
ズワルドとそっくりです。しかも、ともに「死人に口なし」であり、どんなことでもい
えるのです。
 なぜ、19名が犯人と特定されたかというと、多くの証拠が決め手となったと当局は
いっています。2001年9月11日の朝犯人とされるアタはボストンではなく、メイ
ン州ポートランドの空港にいたのです。彼はそこからプロペラ機でボストンに飛び、ア
メリカン航空11便に乗り継いだのです。
 そのときアタはスーツケースを持っていたのですが、それを意識的にボストン国際空
港のロビーに置いたまま飛行機に乗っています。機内に持ち込まず、わざと証拠を残し
たのです。
 アタのスーツケースから発見されたのは、コーラン、民間航空ジェット機のビデオテ
ープ、航空燃料の消費量を測る計算機、さらにテロの「指示書」と思われるアラビア語
の文書やアタ自身の遺書などだったのです。なお同じ「指示書」はニューアーク空港に
乗り捨てられた車の中からも発見されています。
 もうひとつ、WTCの跡地からテロリストのパスポートが一通発見されていると当局
はいっています。これは最初にWTCの北棟に衝突したアメリカン航空11便に乗って
いた犯人のひとりのパスポートといっているのですが、そんなものがどうして無傷で発
見されたのでしょうか。考えられないことです。
 だいいち犯人たちが明らかにそれとわかる証拠を残すというのはおかしいと思うので
す。それは一種の犯行声明ととれなくもありませんが、もし、彼らが真犯人でないとす
れば、こうした意図的な証拠残しは、本当の犯人から目をそらさせる絶好の効果になる
のです。
 JFK暗殺事件において、ニューオーリンズの各地にオズワルドの替え玉があらわれ
目立った行動をして、事件後それが彼が犯人であるという有力な証拠となったようなこ
とが今回も行われているのです。青木富貴子氏の本には、アタを中心とするアラブ系犯
人グループが事件前にやった工作が詳細に述べられていますが、彼らは密かにそれをや
ったというのではなく、堂々と他人の印象に残る方法でやっていることがわかります。
どのような意図でそんなことをやったのでしょうか。
 また、実行犯は19名と発表されましたが、ハイジャックする予定の飛行機は別にも
あったとされています。8:10AMロサンゼルスを目指してニューアーク国際空港を
出発した、アメリカン航空43便はFAA(米連邦航空局)の指令でシンシナティ空港
に緊急着陸していますし、ユナイテッド航空23便サンフランシスコ行きはケネディ空
港で離陸をストップされ、数人のアラブ人の乗客が離陸停止に怒って暴れ出しゲートが
開けられると、彼らは一斉に逃げ出したということも起こっています。 
                      ・・・[9.11/004]

アタの乗ったアメリカン航空11便.jpg

2006年09月29日

実行犯はわざと目立つ行動をしている(EJ第1479号)

 2001年9月14日――FBIは9.11の実行犯19名の氏名を発表しています
。昨日述べたように実行犯のリーダー格とされるモハメド・アタに関しては、9.11
テロの36時間後に当たる12日夜には顔写真がテレビで放映されています。
 どのようにして実行犯を特定したかというと、空港の待合室やレンタカーの中から全
部で6つのスーツケースが発見されておりその中から、コーランと一緒に犯行を指示す
る「指示書」などが発見されたからです。ここまでは昨日述べた通りです。
 19名のうち15名がサウジアラビアの国籍を持っており、一目見てアラブ人とわか
る人たちです。同時多発テロの1年ほど前からの彼らの足跡は色濃く残されています。
その足跡をていねいに追ってみると、彼らは密かに行動を取るというよりも、あえて目
立つ行動をとっていたように思えるのです。
 目立つ行動とは、航空学校に入学して経験もないのに大型機の操縦を習いたいといっ
た無理な要求をしたり、テロの直前には、フロリダ州のシーフードレストランで、アタ
をはじめとする数人のアラブ人が料金をめぐって店側と口論になり、マネージャが出て
きたところで、アタが、あとで有名になった次のことばを吐いて料金を支払っているな
どです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       なぜ、払えないというのか!われわれはアメリカン航空のパイ
       ロットなのだ!
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 それも1回だけではないのです。ユナイテッド航空175便に乗り込んだマルワン・
アルシェヒと数名のアラブたちは、実行日を10日後に控えた9月1日、パームビーチ
のバーで女性とともに酒を飲み、1100ドルの請求書を突きつけられると、それにア
ルシェヒは激怒して抗議し、やはりマネージャが出てくると、アタと同じセリフを吐い
て料金を支払っているのです。明らかにわざと騒ぎを起こして印象を強めようとしてい
るのです。
 実行犯たちが指示書入りのスーツケースをあえて放置したのも、あえて目立つ行動を
取ったのも、どうせ死に行く身であり、「テロはわれわれが実行したのだ」ということ
を明らかにするためにやったことではないかと思えるのです。それも、彼らが自らの判
断でやったというよりも上層部からの指令に基づいてそういう行動をとったと考えられ
ます。
 実行犯とされる19人のうちハイジャックされた4機に乗り込んでリーダー的役割を
果たしたとされる4人は次の通りです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
           A機 ・・・ アメリカン航空11便
            ・モハメド・アタ
           B機 ・・・ ユナイテッド航空175便
            ・マルワン・アルシェヒ
           C機 ・・・ アメリカン航空77便
            ・ハニ・ハンジュル
           D機 ・・・ ユナイテッド航空93便
            ・ジアド・ジャラ
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 A機をハイジャックしてWTC北棟に激突したモハメド・アタはエジプト国籍を持つ
27歳、実行犯グループのリーダー的存在です。B機に乗り込んでWTCの南棟に激突
したマルワン・アルシェヒはアラブ首長国連邦の国籍を持つ23歳で、つねにアタと行
動をともにしていたことがわかっています。
 C機に乗り込んでペンタゴンに激突したハニ・ハンジェルは、サウジアラビア国籍で
年齢は不詳ですが、25歳前後であると推定されます。このC機には、クアラルンプー
ルで駆逐艦コール爆破事件に関与して国際手配中の2人――ハリド・アルミダル、ナワ
フ・アルハズミが搭乗していたとされています。
 ペンシルヴァニア郊外で墜落したD機に乗っていたジアド・ジャラは、レバノン国籍
の26歳であり、モハメド・アタとマルワン・アルシェヒ、それにジアド・ジャラ――
この3人はいずれもドイツのハンブルグ市内の大学の出身者であり、FBIはテロ計画
は、ハンブルグで練られたと判断しています。
 ここで頭に入れておくべきことは、アタ、アルシェヒ、ハンジェル、ジャラ――これ
らの4人は、それぞれ航空訓練学校に通いその技量のほどはともかくとして、パイロッ
トの資格を得ているということです。
 2000年6月3日――モハメド・アタはニュージャージー州ニューアーク空港に到
着し、米国に入国しています。その4日前にマルワン・アルシェヒは、アラブ首長国連
邦からベルギー経由のサベナ航空便でニューアーク空港に到着しています。この2人は
テロの実行日までつねに行動をともにしているのです。米国入りしてから約1ヵ月後
の7月3日、2人はフロリダ州ヴェニスにある「ホフマン航空学校」に入学を申請し、
授業料を支払っています。このときアタは自家用単発の操縦免許を取得しており、アル
シェヒは12時間の飛行体験を持っていたので素人ではなかったのです。
 このヴェニスというところは、フロリダ半島の西側、メキシコ湾に面する小さな街で
あり、古くから引退者のコミュニティとして開発されたところです。
 航空学校では、自家用、事業用、それぞれ訓練を受け、免許を取得するのですが、全
課程修了には200時間の飛行訓練が必要なのです。しかし、2人はそろって全課程を
申し込んでいます。彼らは、英語もかなりうまく喋れたそうです。
 ジアド・ジャラは同じ年の6月27日に米国入りし、同じヴェニスの街にある「フロ
リダ航空訓練センター」でパイロット訓練を受けています。同じ街にいたのですから、
3人はつねに会っていたと考えて間違いないものと思われます。
 JFK暗殺事件のときもそうでしたが、フロリダ、航空機というキーワードが、9.
11テロにも関連を持っています。・・・・・ [9.11/005]

実行犯リーダー.jpg

2006年10月02日

異常さに気づいていながらなぜか黙認(EJ第1480号)

 前回のEJで述べたように、モハメド・アタ、マルワン・アルシェヒ、ジアド・ジャ
ラの3人は、ドイツのハンブルグ市内の大学の卒業生であり、ヨーロッパでの生活が長
かったことことにより、英語もかなり話すことができたのです。したがって、この3人
は比較的スムーズに飛行免許を取得できたといえます。
 しかし、C機――アメリカン航空77便に乗ったとみられるハニ・ハンジェルは言葉
の面で相当手こずったようです。なお、航空免許を取ろうとしたのは、アタ、アルシェ
ヒ、ジャラ、ハンジェルの4人だけではないのですが、この4人以外の者は結果として
誰も飛行免許は取得できていないのです。
 ハニ・ハンジェルは、2001年のはじめにアリゾナのフェニックスにある「パンナ
ム航空学校」で飛行訓練を受けています。しかし、彼の英語能力はお粗末であり、パイ
ロットとして最低限必要である管制官との会話もロクにできなかったといいます。
 しかも、ハンジェルの希望したコースは、ボーイング737の訓練だったのです。こ
のコースは、既に小型のパイロット資格を持っていることが条件となるのですが、彼は
その免許を持っていると主張し、関係書類を持参しています。
 小型機でも管制官とのやり取りは不可欠であり、それでも彼が資格を持っていること
に疑問を抱いた教官はFAA(米航空宇宙局)と連絡を取り、彼の資格が有効なものか
どうか調査を依頼したのです。
 これを受けてFAAは審査官を送り込んでハンジェルの免許を調べた結果、問題がな
いことが判明しています。しかし、彼の免許は、何ヶ所もの航空学校で奮闘を重ねた結
果1999年にアリゾナ州スカッツデールの航空学校で取得したものであり、そのとき
の審査官がアラブ系米国人であったという幸運に恵まれたものであったことがわかった
のです。
 ハニ・ハンジェルの飛行免許の件だけでなく、アリゾナ州の他の航空学校でもアラブ
人たちがしきりとボーイング級の飛行機の操縦を習う動きが多発している――この動き
に不審の念を抱いたのは、アリゾナ州フェニックスのFBI捜査官ケネス・ウイリアム
ズ氏です。
 彼は、飛行訓練を受けているアラブ系外国人のリストを付けてそのことを覚書として
次のように書いて、ワシントン本部に送っています。その覚書はあとで「フェニックス
・メモ」として有名になります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       オサマ・ビンラディンの信奉者が米国を攻撃するために航空
       学校で訓練を受けている可能性がある。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 しかし、その覚書に関心を示すワシントンのFBI高官は皆無であったといいます。
もっとも覚書に添付され、送付されてきた
 飛行訓練受講者の名簿の中には、9.11の実行犯19名の名前はなかったのですが
…。しかし、このことは、非常に多くのアラブ人が飛行免許を取得しようとしていたこ
とを明確に示す証拠といえます。
 この明らかに異様な動きに対して政府も、FBI高官も、そしてCIAまでも、何の
動きも見せていないのです。おかしいとは思いませんか。航空学校の授業料は相当高額
であり、それに加えて米国での長期にわたる滞在費もかかるのです。普通のアラブ人が
容易に払える金額ではなく、明らかにどこかの組織から資金が拠出されていたと考えら
れるのです。
 ハニ・ハンジェルが搭乗したのはC機――アメリカン航空77便です。実はこの飛行
機には次の2人のサウジアラビア人も一緒に乗っていたのですが、この2人はそのとき
FBIから国際手配されていたのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
               ハリド・アルミダル
               ナワフ・アルハズミ
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 この2人の容疑は2000年10月にイエメン南部のアデンで起こった米駆逐艦「コ
ール」の爆破テロに関与したというものです。爆発物225キロを積んだ小型船が駆逐
艦「コール」に激突し、米兵17名が死亡した事件です。
 1999年12月に、CIAはイエメンの電話を傍受し、1月にクアラルンプールに
おいてアルカイダ幹部会議が開かれることそしてその会議に上記の2人――ハリド・ア
ルミダルとナワフ・アルハズミが出席することを突き止めたのです。
 会議が行われた場所はビンラディン信奉者である微生物学者の高層マンションの一室
です。ところが奇怪なことに、そこまで突き止めていながら、CIAはこの事件に急に
興味を失ってしまったようなのです。その原因は不明ですが、とにかくCIAは、次の
当然やるべきことを全くやっていないのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      1.要注意人物として米国入国帰化局(INS)に知らせる
      2.テロの容疑者として国際指名手配するようFBIに通告
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これはおかしな話です。もし、このときCIAがINSに連絡していれば、その後米
国に入国した2人は入国審査で引っかかっていたと思われるからです。なぜ、CIAは
急に消極的になってしまったのでしょうか。上層部から「手を引け」とでもいわれたの
でしょうか。
 2000年10月12日に米駆逐艦「コール」が自爆テロを受けますが、FBIは
これにハリド・アルミダルが関与していると見ているのです。そして2001年夏にな
ってビンラディンが大規模な対米テロを仕掛けるという情報が流れてきます。
 この時点になってはじめてCIAは動き、アルミダルとアルハズミの2人を国際指名
手配リストに載せているのです。しかし、既に遅し――彼らはC機に乗ってテロを実施
したのです。・・・ [9.11/006]


国際手配の2人.jpg

2006年10月03日

FBI上層部に対する捜査官の怒り(EJ第1481号)

 EJ第1477号でご紹介した青木富貴子氏の著書『FBIはなぜテロリストに敗北
したのか』(新潮社刊)のタイトルは、どのような意味なのでしょうか。
 これは、どうしようもなく官僚化したFBIやワシントンの各政府組織に対する痛烈
なる批判なのです。その象徴といえるものが、ケネス・ウィリアムズFBI捜査官が書
いた「フェニックス・メモ」であるといえるのです。
 ケネス・ウィリアムズ氏は元警官で、FBIアカデミーを経て90年代のはじめから
アリゾナで勤務するようになったのです。当時FBIフェニックス支部は、麻薬対策に
最大限の力を入れていたのです。フェニックス支部には230名の捜査官がおりました
が、麻薬専門が60人いたのに対し、イスラム急進派など国際テロ対策部を担当するの
はわずか8人しかいなかったのです。
 しかし、アリゾナ州トゥーソンには当時から、イスラム原理主義者の拠点のひとつが
あり、ソ連軍と戦争をしているときから、アフガニスタンに援助金を送っていたといわ
れます。C機――アメリカン航空77便に搭乗してテロを実施したハニ・ハンジェルは
1990年に兄を訪ねてこのトゥーソンに入っています。
 2000年に入ると、ウィリアムズ捜査官は航空学校で操縦を学ぶアラブ人の捜査を
開始しています。彼はこの動きに不審を感じたからです。ハニ・ハンジェルはその時点
で訓練に取り組んでいたので、そのまま捜査を続けていればウィリアムズ捜査官は、ハ
ニ・ハンジェルに気がついたはずです。しかし、彼はFBI内部の別の情報局に異動と
なり、国際テロ対策部へ戻ってきたのはその年の12月末になってからだったのです。
 しかし、フェニックスに戻されたウィリアムズ捜査官は、またしても放火事件の捜査
に回され、その間にハンジェルはフェニックス航空学校でボーイング旅客機でのシミュ
レーション訓練を修了していたのです。
 そしてウィリアムズ捜査官が放火事件の捜査から解放されたのは2001年6月のこ
とです。直ちに捜査を再開したウィリアムズ捜査官は「フェニックス・メモ」を提出し
ます。しかし、このメモはテロが起こるまで日の目を見なかったのです。それではどう
いうキッカケでそのメモが日の目を見て、有名になったのでしょうか。
 9月11日の後になって、CBS放送が、「フェニックス・メモ」について特ダネと
して報道したからです。これをキッカケとして、FBIに対して「情報が生かされてい
ない」という非難が殺到するようになります。さらに、同時多発テロを防げなかった責
任を追求されたロバート・モラーFBI長官が「何の警告もなかった」という責任逃れ
の発言をしたことによって、FBIに対する批判は火に油を注ぐ結果となったのです。
これについては911同時多発テロの20番目の実行犯といわれるザカリア・ムサウイ
という男のことについて話す必要があるのです。
 ミネソタ州ミネアポリスにある「パンナム航空学校」に、ザカリア・ムサウイという
33歳の男が入学してきたのです。2001年8月23日のことです。彼は授業料68
00ドルを現金で支払い、ジェット旅客機のシミュレータ訓練を申し込んでいます。
 学校が少し不審に思ったのは、ムサウイが現金で6800ドルを支払ったことです。
ミネアポリスの小さな学校ではこれほどの大金を現金で支払う生徒はいなかったからで
す。さらに担当教官は、この生徒が離着陸には興味を示さず、旋回のみ熱心であったこ
とに不穏な気配を感じていたのです。
 そのときその学校ではムサウイがオクラホマ州ノーマンにある「エアマン航空学校」
で57時間も訓練を受けながら、免許を取得していないことを知っており、ろくに飛行
機の知識がないのに空中での操縦にのみ興味を持っていることを不思議に思っていたと
いわれます。この話が教官と事務局の間で開かれている月例会議に話題として話し合わ
れたのです。協議の結果、「テロかも知れない」という懸念が出されたので、レイ・モ
ロウFBI捜査官に対して通報が行われたのです。レイ・モロウFBI捜査官は、22
年のキャリアを持つ腕利きの女性の捜査官だったのです。
 8月16日になって、FBIと入国帰化局捜査官がパンナム航空学校にやってきて、
ムサウイを事情聴取のうえ、17日に移民法違反容疑で逮捕したのです。モロウFBI
捜査官は、ムサウイの身柄を確保したうえで彼の入国後の足取りを捜査した結果、テロ
リストである可能性が高いとして彼のコンピュータや電話記録を調べるため、FBI本
部に特別令状を請求したのです。
 しかし、FBI本部では証拠不十分であるとして特別令状を出さなかったのです。こ
れを不満としたモロウ捜査官は、FBI長官に対して13ページにおよぶ告発文をまと
て提出したのですが、梨のツブテだったといいます。
 最後の手段としてモロウ捜査官は、ワシントンのCIAに直接出向き、状況を説明し
テロの危険があると訴えたのですがCIAは手続きが間違っていると一蹴しています。
なぜなら、FBIからCIAに直訴することは異例のことであったからです。FBIも
CIAもどうしようもないほど官僚化しており機敏に対応することはなかったのです。
 テロ発生後、ロバート・モラーFBI長官の無責任発言にモロウ捜査官をはじめとす
るFBIミネアポリス支部は激高したのです。モラー長官は、モロウ捜査官の告発文を
「極秘」のスタンプを押して告発状を隠蔽しようとしたからです。
 青木富貴子氏は、このワシントンのFBI上層部の対応を官僚化が進行して事なかれ
主義になった結果、不祥事が起こっても誰も責任をとろうとしない体質になったためと
していますがそれだけでない何かがそこに存在したという見方があるのです。彼らは知
っていてあえて黙殺したのではないかと思われます。なぜなら、モラーFBI長官はな
お、現職にあるからです。・・・・・ [9.11/007]

FBI捜査官.jpg

2006年10月04日

ユダヤ人4000人が休暇をとっていた(EJ第1482号)

 911同時多発テロのテーマを取り上げて、今回で8回目になります。ここまでに明
らかになったとをまとめると次のようになります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       1.あまりにも計画的にかつ整然と4つの旅客機がハイジャッ
         クされ、まるでコンピュータで制御されているように目標
         物に衝突していること。
       2.実行犯とされた19人は、テロ実施前に飛行訓練を受ける
         など相当目立つ行動を取っており、それが当局は掴んでい
         たのに何もしていない。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ここまでがこのテーマのプロローグの部分です。この911同時多発テロには数多く
の疑惑があるのです。既にテレビではタケシの番組などで多くのことが指摘されていま
すが、それらも参照しながら、以下に疑惑を整理し、解明していきたいと思います。
 最初に取り上げる疑惑は、次の2つのことです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       1.ハイジャックされた4機の旅客機は、そのすべてがボーイ
         ング社の大型旅客機であること。
       2.ハイジャックされた4機の旅客機には、非常に少ない乗客
         しか、搭乗していなかったこと。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ハイジャックされた4機の旅客機の機種と、それぞれの飛行機に搭乗していた人数
(乗客・乗員・テロ犯人)を確認することからはじめることにします。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
         A機 ・・・ ボーイング767型 → 92人
         B機 ・・・ ボーイング767型 → 65人
         C機 ・・・ ボーイング757型 → 64人
         D機 ・・・ ボーイング757型 → 45人
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 実行犯の側から見れば、飛行機の機種を絞るメリットはあると思うのです。何といっ
ても飛行訓練を覚えるのに便利であるからです。ちなみに、ボーイング767型とボー
イング757型の違いについて、全幅、全長について比較してみます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
                       全幅     全長
       ボーイング767型−200 47.57M 48.51M
       ボーイング757型−200 38.05M 47.32M
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これを見るとわかるように、767型の方が757型よりも大きいということです。
その大きな767型機がWTCビルの北棟と南棟に激突したことになります。
 乗客・乗員の人数が定員(約200人)に比較して非常に少ないということについて
も実行犯の方からは少ない方がやりやすいということになります。ハイジャックするた
めには少ない人数で、機内を制圧する必要があり、そのためには乗客・乗員の人数は少
ない方がベターなのです。犯人たちは慎重に期間をかけて乗客が少ない機を選定したも
のと思われるのです。
 しかし、テロの効果から考えると<死者は多いほど効果があるわけです。WTCビ
ルにA機とB機が激突した直後に、米政府は死者や行方不明者の総計は1万人に近いと発
表しているのです。そしてその20分後にブッシュ大統領は「これは戦争だ」と声明を
発表しています。
 犠牲者1万人――これなら「これは戦争だ」といっても説得力はあるといえます。ま
して一度も本土を攻撃されたことのない米国民にとって、1万人も殺されたということ
であれば、大統領の戦争発言は受け入れられるものになったと思われます。
 しかし、9月12日になると、死者の人数は大きく訂正されることになるのです。W
TCビルでの死者は約7000人、ペンタゴンその他での死者は800人という発表で
す。つまり、1日で1万人が7800人に減ったのです。
 その後も日が経つにつれて死者の総数はどんどん減って、最終的には死者は2800
人になったのです。これに関してその信憑性はわからないものの、興味深い話があるの
です。それは、「週刊朝日」2001年10月19日号に掲載されている「ユダヤ人犯
人説」なのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
        パキスタン各地で起こっている反米デモで「同時テロの本当
       の犯人はユダヤ人だ」というプラカードを持っている人が目立
       つ。理由を聞くと「えっ、知らないのか、世界貿易センターに
       は約4000人のユダヤ人が働いていたが、9月11日はみな
       休んでいて助かった。テロを事前に知っていたんだ。
                ――「週刊新潮」2001年10月19日号
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これは驚くべき事実です。というのは、次の式が成り立つことになるからです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
           7000 − 2800 = 4200人
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 つまり、こういうことです。米当局としても7800人という数字をいい加減に出し
たのではないということです。WTCビル内の企業数、店舗数、その他客観的なデータ
をすべて把握したうえで、7800人という数字を出したと考えられます。
 ところが実際はその数字とは4200人も少ない数字になっているのです。そういう
ところから、ユダヤ人4000人休暇説が信憑性を帯びて語られることになったものと
思われます。911同時多発テロは、アラブ人への憎しみとイスラエルへの全面支持と
いうことを意図に演出している――そういう凝った見方も存在するのです。・・・・
[9.11/008]

ボーイング767/757.jpg

2006年10月05日

9.11テロユダヤ人犯人説を探る(EJ第1483号)

 「9.11同時多発テロの黒幕はアルカイダではなくユダヤ人である」――この説を
あなたは信じますか。それとも荒唐無稽な説だと考えますか。
 今朝はこの説をもう少しフォローしてみることにします。「火のないところに煙は立
たず」といいますので・・・。しかし、調べてみると、これは根っこの深い問題なのです。
 はっきりしていることは、9.11の攻撃には、何らかのかたちで軍隊がかかわって
いるということです。なぜなら、9.11同時多発テロはそのタイミングといい、誘導
ミサイルのように使われた航空機の扱い方といい、ターゲットへの計算された突撃とい
い、まさに完璧なものです。とても素人の寄せ集め集団にできることではないのです。
少なくともアルカイダにはできない芸当だといえます。
 それは高度に訓練されたプロの軍隊か組織――具体的にはイスラエルの諜報員モサド
ではないかというのです。モザドであれば計画の立案から訓練攻撃の調整――それらを
整然と実行できる力を持っているといえます。そして、それには米国政府が密接にかか
わっているというのです。
 世界金融の中心であるWTCビルには約5万人が勤務し、1日に10万人前後の人が
出入りするといわれています。昨日のEJで述べたように、そのうちユダヤ人が約40
00人勤務していたのですが、9月11日はそのほとんどの人が休んでいたという情報
があるのです。つまり、彼らはなぜか、その日にテロのあることを知っていたことにな
ります。
 こういう情報もあります。テロのあった9月11日、イスラエルのシャロン首相がニ
ューヨーク入りする予定だったのですが理由もなく突然中止となっています。この情報
はイスラエルの諜報機関シャバクからもたらされたものです。WTCビルのユダヤ人に
対して9月11日は休むよう警告を発したのもこのシャバクだったというのです。
 もうひとつ、4000人のユダヤ人がテロの当日に欠勤していたということをヨルダ
ンとベイルートのテレビだけが放映しており、パキスタンでは70%の人がその報道を
信じているという事実があることです。
 テレビのミステリー番組ではありませんが、ある事件の犯人はそれによって一番利益
を受ける者である――こう考えるのは犯罪捜査の常道です。それなら9.11同時多発
テロによって一番利益を得たのは一体誰なのでしょうか。
 それは、911同時多発テロを事前に知っており、関連株の空売りを仕掛けて、それ
によって巨額の富を掴んだ存在です。いわゆるインサイダー取引ですが、9月11日直
前の株の動きには、そういう傾向が見られるのです。
 ニューヨーク証券取引所では、WTCビル崩壊直前に何百万株の株券が売却されてい
ます。それも保険業と航空業の株が大量に空売りされているのです。これは明らかに9
月11日のテロを事前に知っていたインサイダーの存在を明確に示しているといえるの
ではないでしょうか。
 WTCの惨事が起きる数日前、航空株と保険株が1000万株以上、メリルリンチで
空売りされています。通常の取引ですと、1日で400万株程度ですから、明らかに巨
額の株取引であるといえるのです。
 英国のインディペンデント紙は、2001年10月14日に次のように報じています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      9.11の5日前の9月6日、シカゴのオプション取引所に
     おいて、ユナイテッド航空の買付けが396に対して、空売り
     が4744もあった。この取引だけで、彼らの利益は5000
     万ドルに上った。
      9月10日のアメリカン航空の買いは748だったが、空売
     りは4516。これは、ユナイテッド航空とアメリカン航空以
     外の航空会社にはまったく見られなかった現象だった。
      ターゲットになったのはこの2つの航空会社だけではない。
     WTCビルに拠点を置くユダヤ系金融会社のモルガン・スタン
     レーは、9月第1週の1日あたりの平均が27だったが、9月
     11日直前は2157と急増している。同じくWTC ビル内
     のユダヤ系の金融会社メリルリンチは1日平均252だったが
     9月11日直前には12215にも上った。
         ――2001.10.14付、インディペンデント紙
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 この事実が正しいとすると、これらのユダヤ系金融会社はテロを事前に知っていたと
考えるのが自然であると思われます。こうなると、「9.11同時多発テロの黒幕はユ
ダヤ人」という説が信憑性を帯びてきます。
 もうひとつ9.11同時多発テロによってトクをした企業があります。それは、米航
空会社と兵器産業です。このようにいうと、米航空会社はテロの発生によって顧客が激
変し、経営危機に陥ったのではという異論が出てくるはずです。
 しかし、そうとはいえないのです。テロ直後に米政府はまるであらかじめ用意してい
たかのように航空会社に150億ドルもの支援を行っていますしやがて起こったアフガ
ン戦争で兵器産業に巨額の発注をしているのです。
 米国防総省はアフガンへの空爆開始直後に次の発注をしているのです。とりあえずの
発注です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       クラスター爆弾  1740セット ・・・ ボーイング社
       巡航ミサイル/トマホーク800基 ・・・ ボーイング社
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これらの兵器の発注は、続くイラク戦争まで発注が続くことになるのです。それにブ
ッシュ政権を支える米石油コンツェルンも巨額の利益を手にしているのです。
                    ・・・・・ [9.11/009]

崩壊寸前のWTC.jpg

2006年10月06日

なぜ戦闘機は発進できなかっのか(EJ第1484号)

 米国第32代大統領フランクリン・D・ルーズベルトは、次のようにいっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      世界的な事件は、偶然に起こることはけっしてない。そうな
     るように前もって仕組まれていたと・・・。私はあなたに賭け
     てもよい。      ――フランクリン・D・ルーズベルト
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 この言葉の中の「世界的な事件」を「戦争」という言葉に置き換えてみてください。
そうなのです。過去における戦争や紛争・革命のほとんどが仕組まれたものであるとい
えるのです。第1次世界大戦、第2次世界大戦をはじめ、ロシアのボルシェビキ革命、
ヒットラー率いるナチスの勃興――これらはいずれもそのウラで巨額の資金提供や支援
をする組織があって引き起こされているのです。
 当の大統領自身がそういっているのですから、真珠湾攻撃だってきっとそうなのでし
ょう。当時日本軍の暗号は、すべて米軍によって解読され、日本軍が真珠湾を攻撃する
と事前に知っていながら、米国はあえて日本に真珠湾を攻撃させ、米国の第2次世界大
戦への参入を正当化したのです。
 そうであるとすると、9.11同時多発テロも真珠湾と同じパターンを踏襲し、アフ
ガン戦争とイラク戦争を正当化させるために米軍産複合体によって仕組まれたものであ
る――そう考えることもできると思います。
 それにしても、この9.11同時多発テロは不可解な謎に包まれています。それはあ
たかもJFK暗殺事件のときとそっくりの不可解さなのです。JFK暗殺事件のときは
後の世論調査で、その結論を信じない人は80%以上に達しており、事件の背後に何ら
かの超国家権力が介在しているらしいことをほとんどの米国民は感じとっているといわ
れますが、9.11同時多発テロもそれと非常によく似ています。
 今までの分析は一応公式発表をそのまま素直にとらえて書いたものですが、今日から
は数ある疑惑に踏み込んで、その核心に迫っていきたいと考えております。それらの分
析は、既にタケシの番組などで報道されたものも含まれていますが、EJではさらに別
の情報をそれに加えて分析を行っていきます。
 まず、ハイジャックされた飛行機に関する米国政府の公式発表をまとめておきます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
     1.19人の過激なアラブ系のハイジャッカーは、カッターナ
       イフという武器だけで、8人のパイロットと乗務員全員を
       制圧し、A、B、C、Dの4機の大型旅客機をほぼ同時に
       ハイジャックしている。
     2.そのうち最初のA、Bの2機を制圧したハイジャッカーは
       途中で進路を変更し、ニューヨーク上空に飛来して、低空
       からWTCビルに飛行機を激突させている。その飛行技術
       は、まるで神業である。
     3.オハイオ州に向っていたC機は、途中で方向転換してワシ
       ントンに飛来、まるで軽業師的な超低空飛行で大型旅客機
       を操り、ミサイルのような凄いスピードでペンタゴンの1
       階部分に激突している。
     4.D機はオハイオ州上空で進路を変更、ワシントンに向うが
       数名の乗客が地上と電話した結果、他機の運命を知る。勇
       気ある乗客の何人かはハイジャック犯人と格闘したが、そ
       の最中に墜落している。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 A機がWTCの北棟に激突したのは8:47AM、D機の墜落は10:06AMです
から1時間19分もの時間があるのです。その間、これら4機を妨げるものは何もなか
ったのです。信じられない話です。
 中でも衝撃的なのは、ペンタゴンへの突入なのです。何しろ首都ワシントンDCの周
辺には、ホワイトハウス、国会議事堂、CIA、FBIなど国家の中枢となる機関が集
中しており、国内で最も警戒が厳重なところです。
 そのためペンタゴンからポトマック川を挟んだ対岸には、アンドリュース空軍基地が
あり、そこには緊急事態に備えて24時間体制で米戦闘機が待機しているのです。その
対応のスピードは、連絡から1分でいつでもスクランブル発進ができる体制を誇ってい
るのです。それが1機もスクランブル発進をしておらず、1時間以上もやりたい放題や
られているのです。こんなことが考えられるでしょうか。
 しかも、FAA(米連邦航空局)の公式文書によれば、緊急事態が発生した場合は、
ホワイトハウスの許可なしで、民間航空機を撃墜してもかまわないことになっているの
です。そうであるとしたら、WTCビル攻撃は十分防ぐことができたはずなのです。な
ぜ、戦闘機はスクランブル発進しなかったのでしょうか。
 ペンタゴンのスポークスマンは、そのとき飛び立てる戦闘機が存在しなかった」と表
明しているのですが、これは明らかにウソでしょう。こんなことは到底考えられること
ではなく、戦闘機のスクランブル発進を止める何らかの圧力が働いたとしか、考えられ
ないのです。
 百歩譲って、何らかの不手際が重なって、A機とB機のWTCビル突入は防げなかっ
たとしましょう。B機は9:03AMに突入していますが、既にそのときには全米、い
や全世界の視聴者がテレビを通してライブ映像を見ているのです。
 ニューヨークの「デイリーニュース」によると、ニューヨーク警察は、9:06AM
の時点で、テロリストによる攻撃があったことをペンタゴンに報告を入れています。し
たがって、9:04AMには戦闘機がスクランブル発進し、少なくとも9:38AMの
ペンタゴン攻撃は十分阻止できたはずです。・・・・・ [9.11/010]
              
スクランブル発進の戦闘機.jpg

2006年10月10日

WTCビルは爆破されている(EJ第1485号)

 FBIが発表した実行犯は19人で、ハイジャックされた4機には、次の人数が乗り
込んでいたとされています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
           AA 11便(A機) ・・・ 5人
           UA175便(B機) ・・・ 5人
           AA 77便(C機) ・・・ 5人
           UA 93便(D機) ・・・ 4人
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 しかし、911同時多発テロのあと、奇妙なことが起こっているのです。9月20日
付の「中日新聞」によると、主犯格のモハメド・アタ容疑者の父親が19日にカイロ市
内の自宅前で会見を開き、次のように述べたと伝えているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       息子とは事件の2日後、電話で話している。誰かが私の息子に
       なりすました可能性がある。「何か必要なものは?」と聞いた
       ところ「ないよ」といった、せいぜい1分にも満たない簡単な
       会話だった。(その後、連絡がないのは)イスラエルの秘密情
       報機関に誘拐され、殺されたのかもわからない。
                       ――モハメド・アタの父親
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 こういう情報は他にもあるのです。9月23日にはサウジアラビアの国営サウジ通信
は、同時多発テロの容疑者としてFBIが名前を上げた19人のうち7人は事件に関与
しておらず、サウジ国内で連絡がとれているというナエフ内相のコメントを報道してい
ます。
 例えばサウジアラビア人パイロットのウォーリー・アルシェフリはAA11便でWT
Cビルに突入した自爆テロ犯の1人とされたのですが、それに一番驚いたのはアルシェ
フリ自身だったといいます。なぜなら、彼はモロッコのカサブランカ在住のジャーナ
リストで、事件当時もモロッコにいたからです。
 それだけではないのです。A機に乗っていたとされるアブドル・アジズ・アルオマリ
B機に搭乗していたサイード・アルガムディ、C機搭乗のサレム・アルハズミ――彼ら
は、いずれも事件当日、米国国外にいたことが判明しているのです。
 これに関連してさかんにいわれているのがWTCビルの完全崩壊です。旅客機が飛び
込むことによってあれほど完璧に崩壊してしまうものなのでしょうか。
 2001年11月1日付の毎日新聞には、航空機衝突の衝撃はマグニチュード1程度
といわれており、「それくらいの衝撃であのWTCビルが崩壊するはずがない」という
専門家の見方が紹介されています。
 WTCビルを設計した建築家の一人であるアーロン・スワースキ氏は、ボーイング級
の飛行機が激突しても耐えられるように設計しているといい、完全崩壊は別の原因が加
わったとしか考えられないといっています。
 この「別の原因」を爆発によるものであると主張する学者がいます。東大の菅原進一
教授です。菅原教授は、WTCビルは地下で何らかの爆発があったとして、次のように
述べています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       映像を見ると、ビルは沈むように崩壊し、エレベータなどを支
       えた内側の鉄柱もほとんど残らず、ものの見事に壊れている。
       これが衝突だけで起きたとするのは不自然である。しかし、地
       下で爆弾テロが起きたと仮定すれば説明がつく。
       ――また、WTCビル崩壊後、周辺の6つのビルが倒壊したこ
        とに関連して――
       敷地全体の地下構造が崩れ、ビルごと引きずり込まれたとみら
       れる。爆破で地下の壁が壊れたと仮定すれば納得がいく。
                         ――菅原進一東大教授
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 構造物破壊の専門家であるヴァン・ロメロ氏は、WTC崩壊は計画的な破壊に利用さ
れる制御された爆破ときわめて似ていると指摘して次のように述べています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
        ビデオテープを見ての私の意見であるが、WTCに飛行機が
       激突した後、ビル内部で何らかの爆発があり、それがビルを倒
       壊させたのだろう。
        南棟が崩壊する数枚の写真から、空中を飛ぶ金属片の速度が
       算出されたが、それは爆弾によって得られるスピードだった。
       さらに窓から吹き出す粉塵も、ビルの内部で数回の爆発があっ
       たことを示している。ビルを崩壊させるには、建物の基部を狙
       う。上部では大きなダメージを与えられないからだ。
                         ――ヴァン・ロメロ氏
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これらの学者や専門家たちの見解を裏づける証言は数多く存在するのです。航空機が
衝突した直後に救助のためにWTCビルに入ったニューヨーク消防隊のルイ・カチオリ
消防士は、次のように証言しています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
        私たちはビルで働いている人を避難させるため、ほかの消防
       士と一緒にエレベータで24階に向っていました。もうすぐ到
       着というとき、爆発があったのです。私たちはビルに爆弾が仕
       掛けられていたんだ、と思いました。
                       ――ルイ・カチオリ消防士
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ビデオに収録されているUA175便がWTCビル南棟に衝突した様子を観察すると
衝突と同時に燃え出した燃料は凄い勢いでビルの角を斜めに横切って、機体の破片と共
に反対側の空中に飛び出しているのがわかります。つまり、燃料のほとんどはビルから
外に飛び出して、そこで爆発しているのです。したがって、航空機激突の火災でビルが
倒壊することは考えられないのです。・・・・・ [9.11/011]

2006年10月11日

WTCビルにあった根本的欠陥(EJ第1486号)

 昨日のEJで「WTCビルを設計した建築家の一人であるアーロン・スワースキ氏は
ボーイング級の飛行機が激突しても耐えられるように設計している」と書きましたが、
これは本当のことなのです。というのは、1945年7月28日にニューヨークのエン
パイア・ステートビルに濃霧のため、軍用機B26が衝突するという大事故があったか
らなのです。
 そのときは、B26の機体の破片が地上に落下し、多数の犠牲者が出たのですが、ビ
ル自体は崩壊することはなかったのです。しかし、エンパイア・ステートビルをはるか
に凌ぐ世界貿易センタービルを建てるに当たって、1945年の大惨事を教訓に仮に戦
闘機であろうと、旅客機であろうと、大型の飛行機が衝突して火災が発生しても、ビル
が倒壊するまで「最低5時間は持ちこたえること」が建築の条件とされたのです。
 したがって、アーロン・スワースキ氏をはじめとするWTCビルの設計者たちは、当
時最大の旅客機であるボーイング727が激突する場合を想定してビルを設計をしてい
るのです。しかし、WTCビルの北南2棟は次の時間で倒壊しています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
           WTCビル北棟 ・・・・・ 1時間00分
           WTCビル南棟 ・・・・・ 1時間45分
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これに対しては2つの見方があります。1つは注文通りに設計が行われず、手抜きが
あったとする説です。港湾局と建築業者の間でワイロのやり取りがあったという情報も
あるのです。こういう情報は、ビルや建物の不可解な倒壊事故があったときは必ず出て
くるものです。しかし、建築家の間では、事件発生直後からWTCビルの構造上の問題
が影響したのではないかという意見が根強く出されていたのです。
 2つは、大型の旅客機が激突した割りには、よくその衝撃に耐えたとする意見です。
マスコミなどではこの説を取っているところが多く、2001年11月11日付のニュ
ーヨーク・タイムス紙は、次のように書いています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       WTCビルは民間機の衝突の衝撃に立派に耐えた。しかし、そ
       の後発生した火災によって崩壊した。2000度近い高熱に耐
       えうる鋼材はどこのビルにも使われていない。
       ――2001.11.11日付、ニューヨーク・タイムスより
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ここで思い出していただきたいのは、WTCビルが1993年にも爆破されかかって
いるという事実です。このとき捕まった実行犯のテロリスト、ラムジー・ヨゼフは、イ
スラム原理主義過激派であり、逮捕されたとき次のようにいって悔しがっていたという
のです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       WTCビルの南棟の地下を爆破し、北棟にぶつければ2棟とも
       倒壊させることができると思った。そうすれば、5万5000
       人は殺せた。            ――ラムジー・ヨゼフ
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 どのような爆発であったのかについて述べておきましょう。
 1993年2月26日、午後12時27分にその爆発は起こっています。WTCビ
ルの地下駐車場で、トラックに乗せた爆弾が爆発し、6人が死亡、数百人のけが人が出
たのです。この爆発とWTCビルの崩壊は無関係でないと考えられます。
 テロ集団は、ビルの上部に飛行機が衝突しただけではビルが崩壊しないことを事前に
掴んでいたと思うのです。そこで、あらかじめビルに爆弾を仕掛けておき、飛行機がビ
ルに突入すると同時にその爆弾を爆発させたのです。
 その爆弾を仕掛けた位置や爆弾の量などは、1993年の爆破データが役に立ったと
考えられます。そうでないと、あのように完全には崩壊しないのです。それに実行犯た
ちは、WTCビルの構造的欠陥も十分アタマに入れていたと思われます。その結果、ビ
ルは爆弾の爆破によってよって完全に崩壊したのです。
 WTCビルの構造的欠陥について述べておきます。構造的欠陥とは次の3つです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       1.事務所スペースを大きくとるために、ビルの中心に垂直の
         鉄骨が使われていないこと。
       2.両方の棟とも、64階以上の内壁には耐火被覆財として、
         アスベストが使われていない。
       3.2棟が同時に火災になったとき、ビル内スプリンクラーへ
         の給水が間に合っていない。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ビルの外側は大きく弾力性のあるチューブであり、その中に小さく頑丈なチューブ
が入る構造をしているのです。ちょうど竹輪のような構造で、外側のチューブと内側の
チューブの間に床が渡してあり、この部分がオフィス・スペースになっていたのです。
 ところが、床の部分には金属板を敷いた上に軽度のコンクリートを流して固めただけ
だったのです。これは、ビルが老朽化した時点で床と柱のジョイント部分に爆薬を仕掛
けると、少量でビルを破壊できるように考えた設計なのです。
 64階以上にアスベストが使われていないのは、それが人体に有害であるとの議論が
建設の途中で沸きあがったためであり、代わりに使われた耐火スプレーでは効果がなか
ったのです。アスベストなら4時間は持ちこたえたといわれています。
 スプリンクラーへの給水が間に合わなかったのは、2棟同時に火災が発生することを
想定していなかったからです。・・・・・ [9.11/012]

WTCビルの崩壊.jpg

2006年10月12日

WTC崩壊で灰になった重要書類(EJ第1487号)

 WTCビルの崩壊――なぜあのように完璧に崩壊させてしまう必要があったのでしょ
うか。そうしなければならない事情がそこに存在したのではないでしょうか。単に飛行
機が飛び込んだだけでは、あのようには崩壊しないのです。だから、わざわざ爆弾を使
ったのです。
 証拠隠滅という考え方もあります。実はWTCビルに突入したのは、本当にAA11
便とUA175便だったのかという強い疑いもあるのです。もし、別の飛行機が飛び込
んだのであれば、ビルが半壊の場合はわかってしまいます。そういう意味でも完全に崩
壊させる必要はあったのです。
 別の考え方として、WTCビルの中のあるものを消滅させる目的があったのではない
かという疑いもあるのです。これに関して国際未来科学研究所代表の浜田和幸氏の興味
ある情報があるのでご紹介することにします。
 WTCビルには、FBIが密かに入居していたのです。「密かに」というのは看板を
上げないでという意味です。FBIの資料分析センターがあったのです。場所は北棟の
22階から24階にあったといわれています。
 ニューヨークの消防署には火災などのさいに優先して重要書類を運び出すため、あら
かじめ援助申請がFBIから出されていたので、消防隊は真っ先にWTCビルのFBI
の事務所に駆けつけたのですが、壊滅状態だったといわれます。つまり、大量の資料が
消失してしまっていたのです。
 問題は、その消失した資料とデータファイルがFBIが捜査中の金融犯罪に関するも
のであったことです。どういう資料かについては、浜田和幸氏によると次の2つです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       1.モービル石油が関与していたといわれるイラン産原油とカ
         ザフスタン産原油の違法スワップに関するものであり、近
         くに迫っていた裁判に必要不可欠な証拠書類である。
       2.金の価格設定操作に関するもので、モルガン・スタンレー
         やゴールドマン・サックスなどによる不可解取引にFRB
         議長がいかに関与しているかを示すデータ類である。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 2000年にモービル石油はエクソンと合併して世界最大の石油会社となっています
が、このエクソンモービルがイラン産原油とカザフスタン産原油の違法スワップに深く
かかわっていたとされているのです。
 石油スワップ自体に関しては、業界内では輸送コストを省くために日常的に行われて
いることなのですが、イランが関わってくると問題が生ずるのです。なぜなら米国政府
はイランに対する経済制裁の一環として、自国企業の対イラン貿易には厳しい制限を課
しているからです。
 とくにエクソンモービルは、この違法スワップに関してカザフスタンのナザルバエフ
大統領に莫大なワイロを贈っている疑いが持たれており、そのバックにはチェイニー副
大統領がいるといわれているのです。
 しかも、そういう違法行為の事実をモービルはエクソンとの合併前に司法省や証券監
視委員会に対して隠蔽していたため、ニューヨーク大陪審で近く裁判が行われることに
なっていたのです。何しろチェイニー副大統領までからんでいるとされているのですか
ら、裁判でそのことが公になれば、ブッシュ政権にとって大きな痛手になります。
 その裁判で提出される全資料がWTCビル北棟のFBI資料分析センターにすべて保
管されていたのですが、WTCビルの崩壊とともにすべてなくなってしまったのです。
もちろん、裁判は流れてしまっています。
 2の疑惑に関しては詳しい情報はないのですが、金(ゴールド)の価格設定に関しモ
ルガン・スタンレーやゴールドマン・サックスなどの投資銀行による不可解な売買やそ
れらの違法なデリバティブ取引に、グリーンスパンFRB議長がいかに関わってきたか
を裏付けるデータ類だというのです。
 もし、これが明るみに出ると、米国の金融史上前例のない衝撃をもたらす大事件とな
るということでFBIの内部でも厳重な情報管理の下で捜査が進められてきたのです。
しかし、その関連資料もすべて灰になってしまったというわけです。
 もうひとつ、これはWTCビルではなく、ペンタゴンの破壊に関する件があります。
これは前に9.11同時多発テロをEJで取り上げたときにも触れているのですが、W
TCビルで失った重要書類やデータ類に関係のある話です。
 米国防総省にハイジャックされたAA77便が西側から突入したとき、なぜ西側なの
かという疑問が提起されたのです。というのは、ペンタゴンの西側はその手前にアーリ
ントン墓地の高台があって進入が困難だからです。高度の操縦の技術を持つ自衛隊のパ
イロットでも、西側から侵入は難しいというのです。
 東側からの突入であれば、ラムズフェルド国防長官の執務室があるので、国防総省の
主要幹部を根こそぎ抹殺できたかもしれないのです。しかも、その進入は西側に比べる
と、はるかにやさしいというのです。
 それでは、テロの実行犯は、ペンタゴンの西側の何を狙ったのでしょうか。それは、
どうしても西側でなければならない事情があったのでしょうか。
 ペンタゴンの西側の地下にはWTCビルで稼動する株式や先物取引のコンピュータ・
センターのバックアップ・システムがあったのです。もし、これを狙ったのだとすれば
このテロはきわめて計画的な証拠隠滅の様相も帯びてくるのです。
 飛行機の突入によって、このバックアップシステムがどうなったのかについては情報
がないので不明ですが、9.11のテロ攻撃にはいろいろなウラがありそうです。WT
Cビルひとつとってもこれだけの疑惑が渦巻いているのです。 [9.11/013]

ペンタゴン周辺地域.jpg

2006年10月13日

飛行機突入前に爆弾爆発か(EJ第1488号)

 WTCビルから北に約34キロ離れたニューヨーク州、サリサデス――そこに、コロ
ンビア大学の施設があり、地震計が設置されています。9.11同時多発テロ当日のW
TCビル倒壊のさい当然地震計はそれを計測しているのですが、その最大値は次のよう
に記録されているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       南棟倒壊 9時59分の10秒間//マグニチュード2.1
       北棟倒壊10時28分の 8秒間//マグニチュード2.3
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ここで興味深いのは最大の振動を記録した時間なのです。9時59分の10秒間とい
のは南棟、10時28分の8秒間は北棟が倒壊し始めた時間なのです。常識から考えれ
ば、残骸が地面に落下した瞬間に最大値を記録するはずなのに、そうなっていないので
す。しかも、倒壊が始まる瞬間に記録された衝撃は、残骸が地面に落下した際の20倍
以上もあったというのです。
 これは、明らかにビルが爆破された証拠であり、建築の専門家であれば誰でも気がつ
く事実であるのに、誰も何もいわないのです。それは、JFK暗殺事件で勇気を持って
正しい証言をしようとした証言者たちの末路を知っているからです。メディアもこの件
に関しては深追いはしていないのです。
 WTCビルの倒壊について、事実関係を整理してみることにしましょう。公式発表に
よれば、最初にAA11便が北棟100階付近に激突し、積んでいた航空燃料と機体の
破片はフロアの奥までばら撒かれて、そこで爆発しています。
 そして、激しく燃える炎の中に梁が熱せられて、飴のように柔らかくなり、それによ
って、鋼鉄製の柱が溶かされ、各フロアが重ね餅のように折り重なって倒壊していった
――これが公式発表です。UA175便が激突した南棟も同様です。
 しかしこの公式発表は論理的におかしいのです。もし、公式発表が正しいなら、最初
に倒壊するのは北棟のはずです。しかし、最初に倒壊したのは南棟だったのです。しか
も南棟に航空機が突っ込んだのは北棟の18分後――そのとき北棟は黒い大量の煙を吹
き上げて激しく燃えており、9時45分にはビルの最上階まで火に包まれていたのです
。これに対して南棟は火の勢いも弱くフロア全体に燃え広がることはなかったのです。
 それでいて、南棟が先に倒壊したという事実は、火災によってビルが倒壊したという
公式発表は間違っていたという証明になるといえます。しかも、両タワーに使われてい
た鉄鋼製の巨大な支柱と梁は、日本製の「I字鋼」だったのです。
 この「I字鋼」はセ氏1370度の高熱を105分間維持しないと溶けないのです。
航空機のジェット燃料が発する熱は最高でもセ氏830度であり、しかも、航空機の場
合は、量も僅かでありとても1370度を105分間も維持できないのです。
 それに既に述べたように、数回にわたる爆発音を聞いたという証言はたくさんあるの
です。炎上するビルを目の当たりにしている人々に対してインタビューしていたあるテ
レビのコメンテータは、ビルを見ながら次のようにいっているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       聞こえましたか。ポッ、ポッ、ポッという音が。ビルから窓
      ガラスが吹き飛んで、ビルが崩壊するでしょうか。
       外に吹き飛ばされた窓ガラスは、下から上に向かっていて、
      上から下ではありません!
                      ――テレビ・コメンテータ
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 多くの証言を考慮すると、WTCビルはあらかじめ仕掛けられていた爆弾の数回にわ
たる爆発によって崩壊したと考えて間違いないといえます。おそらく何者かが航空機の
突入状況を見ながら、あらかじめ仕掛けておいた爆弾のスイッチを遠隔操作でオンにし
たのではないでしょうか。
 これに関して興味ある証言があります。2001年9月14日の中日新聞はニューヨ
ーク在住の芸術家である荒川修作氏の証言を次のように伝えています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       名古屋市瑞穂区出身でニューヨーク在住の芸術家、荒川修作
      さん(65)が、世界貿易センタービルに飛行機が突入するの
      を目撃していた。13日の夜(日本時間)、荒川さんは本紙の
      電話取材に対し、激突の様子や食料が調達できるようになった
      現在のマンハッタンの状況などを生々しく語った。
       同センタービルから約1.5キロ離れて住む荒川さんは、当
      日住んでいるビルの階下から聞こえてきた「火事だ」という声
      でセンタービルを見上げた。「今、冷静になって考えてみると
      不思議だが」と語ったうえで、飛行機がぶつかる直前にセンタ
      ービルからはすでに煙が出ていたように見えたといい、1機目
      2機目が相次いで突入するのを目撃。そのまま7時間、現場か
      ら目が離せなかったという。
                 ――2001.9.14付、中日新聞
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 この証言は実に貴重なのです。なぜなら、彼はテレビでの映像ではなく、実際にWT
Cビルで起こったことを直接見ての証言であるからです。テレビでは、AA11便の北
棟への激突シーンは放映していないからです。
 「飛行機(AA11便)が北棟にぶつかる前にビルからは煙が出ていた」――どのよ
うにして撮ったのかは不明ですが、その写真があるのです。
 添付ファイルをごらんください。これは、「ニューヨーク・ポスト紙」に掲載された
写真です。きわめて不鮮明ではありますがAA11便が突入する前に確かにビル(北
棟)からは、煙が出ているのを確認できます。しかし、「ニューヨーク・ポスト紙」の
遅版では写真が差し替えられています。当局から何かお達しが出たのでしょうか。
・・・ [9.11/014]

ニューヨーク・ポスト紙掲載の写真.jpg

2006年10月16日

盗まれたWTCビルの残骸・鉄骨(EJ第1489号)

 WTCビルは倒壊してからもおかしなことが起こっています。それはマフィアがWT
Cビル倒壊現場から、鉄骨を盗んでいる事実があり、それに関してマンハッタン公判陪
審が調査しているという情報です。
 2001年9月28日付の「ワシントンポスト」紙、ニューヨーク・タイムス」紙、
「シカゴ・トリビューン」紙などがこの情報を伝えているのです。
 WTCビルの残骸は、ニューヨーク市のスタテン島に集められそこでしかるべき機関
が調査を行うことになっていたのです。ちなみに、スタテン島というのは、マンハッタ
ン島の南西にある島です。ニューヨーク市は、超高層ビルが林立するマンハッタン島を
中心に、ブルックリン地区、クイーンズ地区、ブロンクス地区マンハッタン区(マンハ
ッタン島)、スタテンアイランド区(スタテン島)から成っているのです。
 ところで盗まれた鉄骨は255トン以上であり、それらはまったく別の3ヶ所のくず
鉄置き場で発見されています。バーナード・ケリック警察本部長によると、組織犯罪統
制局が貿易廃棄物委員会とともにこの事件を調査したところ、盗まれた鉄骨は次の2ヶ
所から発見されたというのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
         ニューヨーク州ロングアイランド ・・・ 1ヶ所
         ニュージャージー州 ・・・・・・・・・ 2ヶ所
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 これは組織的な犯罪です。明らかに証拠となる鉄骨を隠す必要があったと考えられま
す。JFK暗殺事件についても、現在もなお証拠となるものが次々と盗まれているそう
です。ケネディの頭部も盗まれたというウワサもあります。このありさまでは2039
年の全面公開までにはほとんどの証拠はなくなってしまうはずです。9.11同時多発
テロは、不気味なほど、JFK暗殺事件のケースに酷似しているのです。
 おそらくある勢力からマフィアに対して鉄骨を隠すよう指示が出ており、それが実行
された結果であると考えられます。情報によると、鉄骨100ポンド(45.4キロ)
当り、1.6ドルが支払われているそうです。
 もうひとつ、WTCビル北棟に激突した飛行機――ボーイング767について興味あ
る情報があるのです。事件当初、NBCテレビは、最初の目撃者とされる女性の証言を
取り上げています。そのとき彼女は「小さなプライベート・ジェットがWTCビル北棟
に突入した」と述べているのです。
 さらに2001年10月25日、上院軍委員会において、NORAD(北米防空司令
部)の指揮官ラルフ・エバーハート氏は次のように述べています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       われわれは、それが軽量の小型旅客機であったと教えられてい
       る。したがって、WTCビルの倒壊は、1機の軽量小型旅客機
       によって起こされるようなものではなかった。
                    ――ラルフ・エバーハート氏の証言
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 繰り返しになりますが、北棟への激突シーンについては、テレビでは放映されていな
いのです。テレビとしてはそのようなことが起こるとは考えていないわけですから当然
です。テレビに放映されたのは突入した後の炎上する北棟の映像であり、それを放映し
ているときに南棟に旅客機――これはボーイングのように見える――が激突したのです。
 もし、北棟に激突したのがAA11便(ボーイング767)でないとしたらAA11
便はどこに行ったのでしょうか。少なくとも、ニューヨーク近郊では、そのとき飛行機
の墜落事件は起きていないのです。
 こうなってくると、11月30日のEJ第1485号で取り上げたように、北棟に突
入したAA11便に搭乗していたはずのモハメド・アタ容疑者の父親が、事件後に息子
と電話で話しているという証言が妙に信憑性を帯びてくるのです。
 とにかくAA11便にしても、UA175便にしても、予定の進路を大きく外れて飛
んでおり、こういう事態には政府の緊急対処計画が発動され、戦闘機によるスクランブ
ルがかけられるはずなのです。一体スクランブル(緊急発進)はどうなっていたのでし
ょうか。
 調べてみると、スクランブルはかけられていたのです。午前8時46分――マサチュ
ーセッツ州オーティス空軍基地で、2機のF−15戦闘機にスクランブル発進が命ぜら
れています。もちろん、AA11便を追うためです。この時刻は、NORAD(北米防
空司令部)がAA11便のハイジャックを知ってから6分〜15分後AA11便との交
信が途絶えてから29分後のことです。あまりにも遅すぎます。
 さらに不可解なのは、なぜ、オーティス空軍基地なのかということです。遠すぎるか
らです。8:46AMといえば、その1分後にAA11便はWTCビル北棟に激突して
いるのです。ニューヨークが攻撃されていることはすぐわかったはずです。なぜ、すぐ
近くのアンドリュースに連絡しなかったのでしょうか。
 UA175便がWTCビル南棟に突っ込んだのが9:03AMですから17分時間が
あったのです。なぜ、アンドリュース空軍基地からの発進はなかったのでしょうか。
 オーティス空軍基地でもおかしなことがあったのです。スクランブルの発令自体がが
6〜8分遅れているうえに、パイロットが戦闘機に搭乗してから発進までさらに6分を
要したからです。パイロットは戦闘機に乗って、すぐに飛び立てる体制にあったのに司
令部から、なかなか発進命令が出なかったのです。
 そのときアンドリュース空軍基地では、3機のF−16が訓練飛行をしていたのです
が、司令部からは基地への帰投命令が出ただけだったというのです。
考えられない話です。・・・・・ [9.11/015]

ニューヨーク市.jpg

2006年10月17日

「そのとき大統領は何をしていたのか」(EJ第1490号)

 9.11のテロ当日、ブッシュ大統領は何をしていたのでしょうか。キーマンの足取
りを追ってみましょう。ブッシュ大統領は10日の夜からフロリダにいたのです。場所
は、フロリダ州ロングボートのコロニービーチ・ホテル――そこに宿泊していたのです。
ホテルの屋上には地対空ミサイルを設置してあり万一の場合に備えています。さすが、
米国の大統領ですね。警備は厳重です。大統領は11日の午前6時頃起き出して朝のジ
ョギングをしています。
 AA11便がWTCビルに激突したとされる8:47AM――ブッシュ大統領は、フ
ロリダ州サラソタのブッカー小学校に向う車の中にいたのです。スケジュールでは、大
統領はブッカー小学校で子供たちの本の朗読会に参加することになっていたのです。そ
のブッカー小学校に向う車の中で、大統領は飛行機がWTCビルに突っ込んだ
という情
報を受けています。大統領車の後方を走る別な車に乗っていたフライシャー報道官も連
絡を受けたのですが報道官は「何たることか、信じられない。飛行機がWTCビルに突
っ込んだ」と叫んだといわれます。
 これは緊急事態です。とくに大統領は直ちに予定の場所から移動する必要があります
。そうしないと、そこを飛行機に襲われる危険もあったからです。それにもっと指示を
出しやすい場所に移って全体の指揮をとる必要があったはずです。
 しかし、ブッシュ大統領はのんびりと子供たちと本を読んでいて、一向に腰を上げる
気配はなかったのです。そして彼は2年生の教室に移動します。そして、そこでも子供
たちに本を読ませていたのです。時刻は9:06AMになっていました。
 そこにアンドリュー・カード首席補佐官のが入ってきて、大統領の耳もと次のように
ささやいたのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       2機目の飛行機がWTCに衝突しました。合衆国が攻撃されて
       います。    ――アンドリュー・カード大統領首席補佐官
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 そのとき教室には16人の生徒と130人以上の記者団が詰めかけていたのですが、
記者の一人はカード補佐官から耳打ちされたブッシュ大統領の表情について次のように
いっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       補佐官の言葉を聞いた瞬間、ブッシュ大統領の表情は酔っ払い
       のようにうつろになり、合衆国が攻撃されているといわれても
       それ以上のことを問い返そうとはしなかった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 それでもブッシュ大統領は「山羊の話」を読む子供の話を8〜10分間も聞いていた
のです。後になって、彼は、「自分のために子供たちが一生懸命読んでくれているので 
小さな子供たちの気持ちを乱したくなかった」と弁解しているのですが、緊急事態にど
うするか自分のアタマをまとめ切れなかったのではないかという分析をする記者もいた
のです。「山羊の話」が終わったとき、ブッシュ大統領は「上手だ。まるで6年生みた
いだね」と褒めたそうです。これが、テロ攻撃を知ったあとの大統領の最初の言葉だっ
たのです。そして大統領が何かをしゃべろうとしたとき、教室の後方にいたフライシャ
ー報道官は、厚紙を高く掲げて大統領に見せたのです。そこには「まだ何もいわない
ように」と書いてあったのです。
 このブッカー小学校のある場所からサラソタ国際空港は近いのです。そうであるから
こそブッカー小学校が選ばれたのです。それなら、なぜ。シークレット・サービスは大
統領をもっと早く連れ出そうとはしなかったのでしょうか。
 そのあとブッシュ大統領は、子供たちに「上手に朗読を聞かせてくれてありがとう」
といい、教室を出ています。教室の外では記者団が「ニューヨークでWTCに飛行機が
突っ込んだのを知っていますか」と大統領に問いかけたのですが、ブッシュ大統領は、
「そのことは後で話そう」といって、校長室に行き、テロ攻撃があったので行かないと
いけないと話し、校長室の隣の部屋に入って行ったのです。時刻は9:16AMになっ
ていました。
 そこには、スタッフがテレビの画面を見ながら、情報を分析していたのです。ブッシ
ュ大統領はそこで補佐官たちと打ち合わせをはじめています。テロ攻撃に対してどうい
うコメントを出すかについての打ち合わせです。
 ホワイトハウスにいたチェイニー副大統領、ニューヨーク州のジョージ・パタキ知事
にも電話を入れています。そして、コメントの原案を練ったのです。
 9:29AM――ブッシュ大統領はまだブッカー小学校にいて生徒、先生、報道陣な
ど約200人の前で短いスピーチを行っています。
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        今日わが国に大きな悲劇が起こりました。2機の飛行機が、
       ワールド・トレード・センターに突っ込んだのです。これは明
       らかにテロリストに