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   <title>INTEC JAPAN / BLOG</title>
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   <updated>2008-11-30T23:19:38Z</updated>
   <subtitle>このブログは、異文化研修の教育機関(株)インテック・ジャパンの情報発信用です。（株）イー・メディアとの提携により、同社のドキュメント・レポート「Electronic Journal」をウィークデイの毎日お届けします。
「Electronic Journal」は様々な情報を４００字詰原稿用紙７枚にまとめて配信する日刊メールマガジンです。</subtitle>
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   <title>テンプル騎士団が核心である（ＥＪ第１８４５号）</title>
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   <published>2008-11-30T23:13:36Z</published>
   <updated>2008-11-30T23:19:38Z</updated>
   
   <summary>　５月２５日に映画『ダヴィンチ・コード』を鑑賞したのです。平日の午後３時という ...</summary>
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      <![CDATA[　５月２５日に映画『ダヴィンチ・コード』を鑑賞したのです。平日の午後３時という
時間帯であったにもかかわらず、満員の盛況でした。原作の人気を反映していると思い
ます。
　映画の内容はかなり難解であるといえます。原作を読まないで行けばほとんどわから
ないでしょうし、原作を読んで観に行ってもよくわからない部分が残ると思います。
　この映画のキーワードは秘密結社――テンプル騎士団、シオン修道会、オプス・デイ
――これら３つの秘密結社のそれぞれの関係がかなり複雑であって、映画を一回見ただ
けでは、すんなり納得できないと思うのです。それにマクダラのマリアのミステリーが
からんできます。
　今回ＥＪのテーマでは、秘密結社――なかでもフリーメーソンについて探求していき
ますが、それは「ダヴィンチ・コード」の謎にも直結する問題でもあるのです。映画で
は、「フリーメーソン」という言葉はラングドンのセリフとして確か１回だけ出てくる
だけですが、この映画とフリーメーソンは、深く密接な関係があるのです。しかし、映
画ではそれが意識的に隠されています。
　謎を解く鍵はテンプル騎士団にあります。彼らは「異端」の疑いで逮捕されています
。本当の意味で根も葉もないことではなく必ずしもフィリップ４世のでっち上げでもな
いのです。そうでなければ、いかにフィリップ４世といえども、周辺諸国に対して、同
様にテンプル騎士団を捕えるべしと同調を呼びかけることはできなかったはずです。
　事実、フィリップ４世の呼びかけに同調したイングランドでは異端審問所においてテ
ンプル騎士団の団員を調べています。そして何人かの団員から、次の証言を引き出して
いるのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　　　　　　　１３１１年６月、イングランド異端審問所は、とある騎士団
　　　　　　員から、「入団の際にイエスは人であって、神ではないと告げ
　　　　　　られた」という興味深い情報を引き出した。
　　　　　　　また他の団員は、ジャック・ド・モレーが「イエスは人に過
　　　　　　ぎず、全能の神は天と地を作られた偉大なる建築家であり、十
　　　　　　字架に架けられたりはしていない」と述べていたと証言した。
　　　　　　この証言は多くの専門家を驚かせた。
　　　　　　　　　　――クリストファー・ナイト／ロバート・ロマス著／
　　　　　　　　　　松田和也訳、『封印のイエス／「ヒラムの鍵」が解く
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　キリストのミステリー』
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　このように、テンプル騎士団はイエス・キリストの神性に関しては急進的な考え方を
持っており、それがマクダラのマリアの話にもつながってくるのです。しかし、彼らは
徹頭徹尾、敬虔なるカトリック教徒だったのです。彼らが有していた特別の知識や秘密
の儀式はキリスト教の信仰を補完するものだったのです。しかし、彼らはそのように、
身も心も捧げてきた教会と教皇に裏切られたことになるのです。
　映画『ダヴィンチ・コード』には、興味深い場所がいくつも出てきます。その１つは
、秘密の謎を解くために、ラングドンとソフィーは英国に行き、最初に訪れれたテンプ
ル教会です。
　法曹関係の施設が密集するフリート街から少し入ったところにそれはあります。これ
はテンプル騎士団によって１１８５年に献堂された最初で最大の教会です。
　９人の騎士の彫像があるロンドンに唯一残る円形の教会であり地下鉄のテンプル駅の
すぐ近くなのに、都心の喧騒から隔絶された静寂さが漂う場所として知られています。
　それから、スコットランドの首都、エディンバラの南１１キロにあるロスリン礼拝堂
――実はこれこそ多くの学者が議論の対象としている場所であり、「暗号の大聖堂」、
「石のタペストリ」「石の庭園」などと呼ばれるスコットランドの名所なのです。
　ここは、テンプル騎士団、薔薇十字団、聖杯伝説、フリーメーソンなどなど、そうい
う謎が一番詰まった場所であるともいうことができます。このロスリン礼拝堂について
は、後で詳しく取り上げることになります。
　さて、ダン・ブラウンの「ダヴインチ・コード」の種本になっているのは、次の２つ
の本です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　　　　　　　　　　　マイケル・ベイジェント／リチャード・リー／
　　　　　　　　　　　ヘンリー・リンカーン著／林和彦訳／柏書房刊
　　　　　　『レンヌ・ル・シャトーの謎／イエスの血脈と聖杯伝説』
　　　　　　――――――――――――――――――――――――――――
　　　　　　　　　　リン・ピクネット／クライブ・プリンス著／林和彦訳
　　　　　　『マクダラとヨハネのミステリー／２つの顔を持ったイエス』
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　三交社刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　とくに『レンヌ・ル・シャトーの謎』は重要ですが、次のような内容です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　　　　　　マグダラのマリアは娼婦であり、罪深い女とされているが、実
　　　　　　はそれはカトリック教会の陰謀なのだという。実は彼女はキリ
　　　　　　ストと結婚していて、その子どもを宿し、フランスに逃れてき
　　　　　　たというのである。そしてフランスのメロディンガ王朝は彼女
　　　　　　の子孫の血脈であるという。その血脈はシオン修道院という。
　　　　　　テンプル騎士団と密接につながっている秘密結社に受け継がれ
　　　　　　た。聖杯というのも、その聖なる血のことだという。
　　　　　　　――海野　弘著、『秘密結社の世界史』／平凡新書／３１５
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　映画に登場する謎の宗教史学者、リー・ティーピングは、『レンヌ・ル・シャトーの
謎』の著者、リーとベイジェントをもじった綴り変えなのです。彼は物語のスフィンク
スであり、謎に満ちていて、いわば物語のエンジンの働きをしている存在です。イアン
・マッケランが演じています。　　　　　　　　・・・［秘密結社の謎を探る／１９］


　　　　　≪画像および関連情報≫
　　　　　　・悪魔には問題があるが、神にもついても疑問はある
　　　　　　　―――――――――――――――――――――――――――
　　　　　　　カトリック教会は１８８５年、レンヌ・ル・シャトー管区に
　　　　　　　３３歳の、ハンサムで、教養あるソニエールを任命した。ベ
　　　　　　　ランジェ・ソニエールは６世紀西ゴート族の聖地の上に建つ
　　　　　　　街の小さな教会を修繕し始めた。村の教会は１０５９年にマ
　　　　　　　グダラのマリアに献堂されたものであり、その改修中に彼は
　　　　　　　（推測ではあるが）秘密の羊皮紙を、祭壇に隠された西ゴー
　　　　　　　トの柱の中の穴から発見した。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<a href="http://www.voynich.com/rennes/" target="_blank">http://www.voynich.com/rennes/</a>
　　　　　　　―――――――――――――――――――――――――――
　　　　　　　ソニエール――この名前は、ルーヴル美術館長、ジャック・
　　　　　　　ソニエールとして使われています。

<div style="text-align:center;"><a href="http://intec-j.up.seesaa.net/image/A5C6A5F3A5D7A5EBB6B5B2F1A1BFA5EAA1BCA1A6A5C6A5A3A1BCA5D4A5F3A5B0.jpg" target="_blank"><img src="http://intec-j.up.seesaa.net/image/A5C6A5F3A5D7A5EBB6B5B2F1A1BFA5EAA1BCA1A6A5C6A5A3A1BCA5D4A5F3A5B0-thumbnail2.jpg" width="360" height="256" border="0" align="" alt="テンプル教会／リー・ティーピング" /></a></div>]]>
      
   </content>
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   <title>テンプル騎士団は消滅したのか（ＥＪ第１８４４号）</title>
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   <published>2008-11-28T00:35:28Z</published>
   <updated>2008-11-28T00:41:00Z</updated>
   
   <summary>　テンプル騎士団の最後の総長であるジャック・デ・モレーという人は、騎士道精神に ...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.intecjapan.com/blog/">
      <![CDATA[　テンプル騎士団の最後の総長であるジャック・デ・モレーという人は、騎士道精神に
のっとった行動をする立派な人物であったといわれます。
　フィリップ４世がモレーらにかけた容疑は異端を取り入れようとしたということだっ
たのですが、彼らは容疑を認めず、無実を訴え続けたのです。しかし、あくまで容疑は
逮捕の理由を作るためだったのですから、無実の訴えが通るはずがありません。
　フィリップ４世はテンプル騎士団の隊員へ徹底的な拷問を行わせたのですが、ジャッ
ク・デ・モレーを始めとする隊員たちは容疑を認めなかったというのです。とくにモレ
ーは隊長としての尊厳を重んじ、最後まで全面否認を貫いたのです。
　そして、１３１４年３月１４日、モレーはセーヌ河の中洲で火あぶりの刑に処せられ
たのですが、彼は最後の最後まで無実を訴えたのです。そして処刑直前、モレーはフィ
リップ４世とクレメンス教皇に対して、次のようにいって死に臨んだといわれます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　　　　　　余は国王と教皇を決して許さない。一年以内に、必ずや神の法
　　　　　　廷に引きずり出す。
　　　　　　　　　　　――加治将一著、『石の扉／フリーメーソンで読み
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　解く歴史』　新潮社刊行
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　実はこの予言は当たったのです。まもなくフィリップ４世は、４６歳で唐突に死亡し
、クレメンス教皇も同じように死亡してしまったのです。いずれも一年以内だったとい
います。
　そのため、これは「ジャック・デ・モレーの呪い」として後年有名になり、フランス
におけるテンプル騎士団全員が逮捕された１３０７年１０月１３日――その日が金曜日
であったことから、以来「１３日の金曜日」は、欧米諸国で不吉な日といわれるように
なったのです。
　フィリップ国王は、騎士団を始末すると、彼らの隠し持っているはずの金銀・財宝を
探したのですが、どこにも見つからなかったといわれます。騎士団の金銀・財宝はどこ
かに運び去られたあとだったようです。
　中でも騎士団がソロモンの神殿から「聖杯」――最後の晩餐で使徒と回し飲みしたと
きの盃、もしくは十字架にかけられたキリストから流れる血を受けた盃――を探し当て
、それを持ち去ったのではないかという噂が流れたのです。これが以後、聖杯伝説とし
て伝えられるようになります。映画『ダヴィンチ・コード』も結局は、この聖杯伝説を
アレンジしたものであるといえます。
　ここで触れておかなければならないことがあります。フィリップ国王は、テンプル騎
士団を逮捕するに当たって、周辺諸国である英国やドイツに対してテンプル騎士団を逮
捕するよう呼びかけています。英国やドイツは一応テンプル騎士団を逮捕して裁判には
かけますが、ほとんどが無罪になっていることです。
　このように国によって対応が異なるのですが、テンプル騎士団は、フィリップ４世の
指示を受けたクレメンス教皇によって１３１２年に解散させられているのです。これに
よって歴史上はテンプル騎士団は２００年の歴史の幕を閉じています。
　さて、テンプル騎士団が運び去ったといわれる金銀・財宝はどうなったのでしょうか
。
　フィリップ国王がテンプル騎士団を逮捕するという情報をいち早く掴んだ騎士団の一
部があるのです。そこでその騎士団は、財宝とともにイングランドの北部のスコットラ
ンドに逃れたという説があります。１３０７年のことです。
　当時、スコットランドはイングランドからの独立を目指して戦争を展開していたので
す。ときのスコットランドの国王は、ロバート・ド・ブルース（ロバート１世）――彼
はマーガレット女王の死後に王位継承に名乗りを上げた１３人のうちの一人の孫なので
す。しかし、戦争はきわめて劣勢だったのです。
　ところが、１３０７年の後半からはカコットランド軍は急に強くなり、次々と各地で
イングランド軍を打ち破り、イングランドを追い詰めていったのです。そして、１３２
７年にスコットランドは正式に独立国として認められることになります。
　興味深いのは、ロバート１世の率いるスコットランド軍がなぜ突然強くなったのかで
す。ここにフランスから脱出したテンプル騎士団の一部とつながってくるのです。
　とにかく当時のスコットランドは問題山積だったのです。１２９８年にはフォールカ
ークの戦いでイングランド軍に大敗し、愛国者でナイトのウォレスは、その後７年間に
わたってゲリラ戦を行い、イングランドに抵抗したのですが、１３０５年には捕らえら
れます。そしてウォレスは八つ裂きの刑に処せられたのですが国王はそれを見殺しにし
たり、１３０６年２月には別の反乱軍の首領でライバルのジョン・カミンを教会内で殺
害して、クレメンス教皇に破門されるなど、散々だったのです。
　ところが、フィリップ４世の暴挙に追われたテンプル騎士団の一部がフランスからス
コットランドに行ったとされる時期は、スコットランドのロバート国王がイングランド
軍との戦争において劣勢となっていた時期と一致するのです。
　推測ですが、フランスのテンプル騎士団の一部――どの程度の規模であるかはわから
ないが、ロバート１世の率いるスコットランド軍に加わって、それによってスコッドラ
ンド軍が強くなったのではないかと考えられるのです。
　当時のテンプル騎士団は、鉄の規律に基づく卓抜の軍事力を有しており、軍の指揮能
力も当時のスコットランド軍よりも数段上をいっていたのです。軍隊というものは、そ
ういう一団が加わっても軍全体の戦闘能力は大きく上がるものなのです。
　もちろん当時、スコットランドにも、テンプル騎士団の支部があったのであり、フラ
ンスを脱出したテンプル騎士団の一部がスコットランドに向った可能性は高いのです。
なぜなら、イングランドはフィリップ４世寄りだったからです。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　・・・［秘密結社の謎を探る／１８］


　　　　　≪画像および関連情報≫
　　　　　　・スコットランドについて
　　　　　　　―――――――――――――――――――――――――――
　　　　　　　「スコットランド」という国を知っていますか? 多分、多く
　　　　　　　の日本人が、ウィスキーを思い浮かべ、何となくヨーロッパ
　　　　　　　の北の方をイメージすることでしょう。「ザ・ユナイテッド
　　　　　　　・キングダム」を日本語ではイギリスと呼び、イギリスに対
　　　　　　　応する英語は「イングランド」と習う。これでイギリス人＝
　　　　　　　イングリッシュ、スコットランド＝イギリスの一部＝イング
　　　　　　　ランドの北の方、という間違った等式を作ってしまう。多く
　　　　　　　のスコットランド人が「イギリス人」と呼ばれるのを嫌う。
　　　　　　　私の夫は日本語が全く話せないが、「私はスコットランド人
　　　　　　　です、イギリス人ではありません」だけは言える。このペー
　　　　　　　ジは、スコットランドの実情を日本の人々に理解してもらう
　　　　　　　ことを目的に、何の計画もなく、ただただ思いつくことを書
　　　　　　　くつもりである。
　　　　　　　　　　　 <a href="http://web.archive.org/web/20071010011906/http://www.holyrood.org.uk/nihongo/index.html">http://www.holyrood.org.uk/nihongo/index.html</a>
　　　　　　　―――――――――――――――――――――――――――

<div style="text-align:center;"><a href="http://intec-j.up.seesaa.net/image/A5C6A5F3A5D7A5EBB5B3BBCEC3C4A4CBB4D8CFA2A4B9A4EBA3C4A3D6A3C4.jpg" target="_blank"><img src="http://intec-j.up.seesaa.net/image/A5C6A5F3A5D7A5EBB5B3BBCEC3C4A4CBB4D8CFA2A4B9A4EBA3C4A3D6A3C4-thumbnail2.jpg" width="235" height="360" border="0" align="" alt="テンプル騎士団に関連するＤＶＤ" /></a></div><div style="text-align:center;"><span style="font-size:x-small;">テンプル騎士団に関連するＤＶＤ</span></div>]]>
      
   </content>
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   <title>テンプル騎士団の本当の目的は何か（ＥＪ第１８４３号）</title>
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   <published>2008-11-26T18:44:29Z</published>
   <updated>2008-11-26T18:46:50Z</updated>
   
   <summary>　テンプル騎士団の話を続けます。地中海沿岸の港町ヤッファとエルサレム間の巡礼を ...</summary>
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      <name>BLOG管理者</name>
      
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         <category term="秘密結社の謎を探る" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.intecjapan.com/blog/">
      <![CDATA[　テンプル騎士団の話を続けます。地中海沿岸の港町ヤッファとエルサレム間の巡礼を
保護する――これがテンプル騎士団の目的だったはずです。
　しかし、騎士団創設当初の人数はたったの９人――このような人数で、強力なイスラ
ム教徒軍から巡礼を保護できるはずはないし、事実保護した証拠や記録は何ひとつ出て
きていないのです。しかも、彼らは９年間もヘロデ王のソロモンの神殿にこもって何か
をしていたのです。一体何をしていたのでしょうか。
　彼らはヘロデ王の神殿の遺跡の地下を発掘して、トンネルを掘り、何かを探していた
ようなのです。皮肉なことに、巡礼の保護に当たったという証拠はありませんが、遺跡
を発掘していたという証拠ならたくさんあるのです。
　フランスの歴史家、ゲタン・ドラフォージュは次のように記述しています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　　　　　　この９人の騎士たちの真の使命は、おそらくはモーセの時代に
　　　　　　遡る、ユダヤ教および古代エジプトの秘儀の伝承のエッセンス
　　　　　　が含まれた遺物と写本を発見することであった。
　　　　　　　　　　――クリストファー・ナイト／ロバート・ロマス著／
　　　　　　　　　　松田和也訳、『封印のイエス／「ヒラムの鍵」が解く
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　キリストのミステリー』
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　また、『神々の指紋』の著者、グラハム・ハンコックも次のように述べて、その証拠
として、後年イスラエルの考古学者が発見したトンネルの存在についての公式文書を示
しています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　　　　　　騎士たちの目的の中心は神殿の遺跡そのものであり、また、そ
　　　　　　こには大規模なる発掘の跡も残っている。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　――グラハム・ハンコック
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　また、２０世紀初頭において、英国陸軍工兵隊のチャールズ・ウイルソンは、この神
殿の地下からテンプル騎士団のものと思われる遺品の数々を発掘したと報告しています
。明らかに、テンプル騎士団の９人は、９年間もかけて、ひたすら神殿の地下のトンネ
ルを掘り進んで、何かを探していたのです。
　問題は、何を探していたのか、そして、それは発見されたのかということですが、そ
れがいずれもはっきりとはしないのです。はっきりしていることは、騎士団の９人は上
層部――はっきりしていない――から密命をを受けてやっていたということです。
　推測ですが、おそらく９人によって何かが発見され、その功績によって騎士団には大
変な特権が与えられたとは考えられないでしょうか。そうでなければ、テンプル騎士団
に対してキリスト教会が、あれほどの特権を与えるはずがないからです。
　おそらく直接命令を出したのはボードゥアン２世ではないかと考えられます。あくま
で巡礼を守るというのは表向きの理由と考えられます。そうでなければ、本来の職務を
果たさない９人の騎士団の費用を負担するはずがない――自然に考えると、このように
推理できます。
　しかし、ボードゥアン２世は亡くなってしまったので、ユーグ・ド・パヤンスは、そ
の発見したものを教皇のホノリウス２世に示して、騎士団は会憲を手にしたとは考えら
れないでしょうか。いずれにせよ、騎士団の設立の本当の目的は不明のままになってい
るのです。
　その本当の目的はおくとして、テンプル騎士団のその後の運命について述べることに
します。
　テンプル騎士団が勢力を拡大し、銀行業務なども当たって、保有資産が増えてくると
、その転覆を企む者が出てくるものなのです。それに騎士団自身も金回りが豊かになる
と、態度も横柄になり、しだいに人々の信頼を損ねるようになります。このようにして
騎士団は少しずつ評判を落としていったのです。
　当時のフランスの国王は悪名高きフィリップ４世――彼は莫大な借金を抱えていたの
です。主として借金をしていたのはユダヤの豪商からですが、テンプル騎士団からも融
資を受けていたといわれます。
　そこでフィリップ４世はユダヤ人の弾圧をはじめ、彼らの財産を没収するというひど
いことをはじめたのです。これによって借金をチャラにしてしまおうというわけです。
　これに味をしめたフィリップ４世は、テンプル騎士団も潰しにかかったのです。そし
て、テンプル騎士団に対して、次の２つの難題を突きつけるのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　　　　　　　　１．テンプル騎士団は聖ヨハネ騎士団と合体せよ
　　　　　　　　２．皇太子のテンプル騎士団への入団を承認せよ
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　聖ヨハネ騎士団はフィリップ４世の傀儡であり、事実上テンプル騎士団を自分の傘下
に置くということですし、王子を騎士団に入れれば、内部から崩されます。そこで、テ
ンプル騎士団は両方とも断固拒否したのです。
　フィリップ４世は、自分に逆らうローマ教皇を政治的に失脚させ、その地位に気心の
知れたクレメンス５世を着けて足場を固めてから、テンプル騎士団の料理に取り掛かっ
たのです。
　１３０７年１０月、フィリップ４世はフランス全土にいるテンプル騎士団を全員を一
網打尽に逮捕させたのです。その総数は、３０００人〜４０００人に及んだといわれま
す。
　そのときのテンプル騎士団の総長は、ジャック・デ・モレーですが、彼は何かの間違
いであり、おとなしく縛につけと団員に抵抗を禁じたのです。
　モレー総長は、フィリップ４世の狡猾な思惑を見抜けなかったのです。そして、遂に
テンプル騎士団の最後のときがやってくるのです。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　・・・［秘密結社の謎を解く／１７］


　　　　　≪画像および関連情報≫
　　　　　　・フィリップ４世
　　　　　　　―――――――――――――――――――――――――――
　　　　　　　フランスの王（在位１２８５年〜１３１４）。整った顔立ち
　　　　　　　のため端麗王と称される。官僚制度の強化に努め、絶対王政
　　　　　　　への端緒になった。対外的には豊かなフランドル地方の支配
　　　　　　　を目指し、フランドルの都市市民と激しく争った。また、ロ
　　　　　　　ーマ教皇と激しく対立し、フランス国内の支持を得てアナー
　　　　　　　ニを起こし、最終的に教皇権を従え教皇庁をアヴィニョンに
　　　　　　　移した（教皇のアヴィニョン捕囚）。また、テンプル騎士団
　　　　　　　を異端として弾圧・解体したため、後世に悪評を得ることに
　　　　　　　なった。　　　　　　　　　　　　　　――ウィキペディア
　　　　　　　―――――――――――――――――――――――――――

<div style="text-align:center;"><a href="http://intec-j.up.seesaa.net/image/A5D5A5A3A5EAA5C3A5D7A3B4C0A4.jpg" target="_blank"><img src="http://intec-j.up.seesaa.net/image/A5D5A5A3A5EAA5C3A5D7A3B4C0A4-thumbnail2.jpg" width="312" height="360" border="0" align="" alt="フィリップ４世" /></a></div>]]>
      
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   <title>テンプル騎士団の歴史を探る（ＥＪ第１８４２号）</title>
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   <published>2008-11-26T01:16:48Z</published>
   <updated>2008-11-26T02:20:12Z</updated>
   
   <summary>　テンプル騎士団が生まれたのは１１１８年のことであり、発足メンバーは９人といわ ...</summary>
   <author>
      <name>BLOG管理者</name>
      
   </author>
         <category term="秘密結社の謎を探る" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.intecjapan.com/blog/">
      <![CDATA[　テンプル騎士団が生まれたのは１１１８年のことであり、発足メンバーは９人といわ
れています。場所はフランスのボルドーというところです。
　その中心人物はユーク・ド・パヤンスであり、その正式名称は次のような長い名前が
付いていたのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　　　　　　　　　キリストとソロモン神殿の貧困同胞騎士団
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　この騎士団の目的は、地中海沿岸の港町ヤッファとエルサレム間の巡礼を保護するこ
とです。エルサレムの総主教ボードゥアン２世は、この新たな結社に対して宿営地を与
えたのです。その土地はかつてソロモン王の神殿があった土地なのです。ソロモンの神
殿は３つがあることは昨日のＥＪで述べましたが、これはヘロデ王が建てたソロモンの
神殿の跡地なのです。
　この騎士団――これは騎士団であると同時に修道会であったという特色があります。
つまり、日本風にいえば、武士と僧侶が一体になったものなのです。この騎士団に入る
と、修道会なみの厳しい戒律を守る必要があるのです。そのため、彼らのことを修道騎
士と呼んだのです。
　当時、彼らの敵は異教徒であるイスラム教徒です。彼らは小集団でも強力な軍事力を
持っていたのです。エルサレムがイスラム教徒に占領されたりしたときは十字軍が出陣
したのですが、エルサレムに通う巡礼の保護まではしてくれなかったのです。
　したがって、その役を買って出たユーク・ド・パヤンスをはじめとする騎士団の申し
出にエルサレムの総主教ボードゥアン２世は感動して、ヘロデ王のソロモンの神殿の跡
地を宿営地として提供し、諸費用をすべて負担したのです。
　しかし、いくら記録を調べても、彼らが実際に巡礼を保護したという証拠がまったく
存在しないのです。一体彼れらの狙いは何だったのでしょうか。
　結局、９人の騎士団は一向にメンバーを増やすことなく、９年間にわたって、ボード
ゥアン２世の寄付に頼って、その宿営地でひたすら何かをやっていたわけです。
　１１２６年１０月にボードゥアン２世が亡くなると、まるでそれを待っていたかのよ
うに、ユーク・ド・パヤンスは積極的に行動しはじめたのです。ユーク・ド・パヤンス
は同じ騎士団のアンドレ・ド・モンパールを通じて、教皇ホノリウス２世に接近しよう
とします。モンパールの叔父がクレルヴォール大修道院長――後の聖ベルナールだった
からです。
　パヤンスの工作は成功し、パヤンスは教皇ホノリウス２世に会うことができ、騎士団
に「会憲」を与えて欲しいと要望したのです。「会憲」というのは、キリスト教会内部
において正当な地位を与えることを意味していたのです。
　１１２８年１月３１日――トロワで行われた評議会で、騎士団は会憲を授与されたの
です。ここにはじめて騎士団員は、自らのマントを纏うことを許され、真の修道騎士と
なったわけです。
　会憲を手にしたテンプル騎士団は、積極的に新しいメンバーの募集をはじめます。会
員は国家の垣根を超えて増加を続けたのです。反イスラムという旗印の下に、フランス
、イギリス、イタリア、スペインなどからも会員になる者が増えていき、やがてテンプ
ル騎士団は押しも押されぬ勢力となっていったのです。
　テンプル騎士団は、ローマ教会に承認された組織でありながら組織としては独立して
いるのです。騎士団の中には独自の司祭がいて、一般の司祭の指図を受けることはない
のです。それに税の免除という大変な特権も手にしたのです。さらに土地の取得や管理
、新しいビジネスをやることも認められたのです。
　テンプル騎士団に入るには、自らの財産をすべて騎士団に献納することが求められま
す。加えて、新入会員はすべて貴族の出身に限られるなど、厳しい条件があったのです
。そして、入会に当たっての財産は剣だけに限定されたのです。
　それに組織が大きくなるにつれて寄進も大きくなり、新会員の寄進される財産もある
ので、テンプル騎士団は自然にヨーロッパ中に大変な財産を抱えるようになっていった
のです。
　１１３９年にテンプル騎士団は、時の教皇インノケンティウス２世から、修道士のた
めの聖堂を建てることを許可されているのです。さらに「軍事宗教組織」という地位も
与えられたのです。
　そのため、テンプル騎士団は、フランス王のルイ７世による第２回十字軍に参加し、
大活躍をするのです。とくに１１５３年のアスカロン占領にはテンプル騎士団は大いに
貢献したのです。
　テンプル騎士団は十字軍と違い、エルサレムに常駐して警備して戦ったので、多くの
尊敬を集めたのです。そのため寄進の額はますます増えていったのです。西欧には９０
００を超えるテンプル騎士団の所領があったといわれます。プロヴァンスにはとくに多
くあったといわれます。
　そして、テンプル騎士団はビジネスとして銀行業務を始めたのです。中世では教会や
修道会は、すべて銀行の役割を果たしてきており、とくに珍しいことではないのです。
貴族たちは自分の財産を教会の金庫に預けておけば安全なので、教会は寄託というかた
ちで財産を預かったのです。
　まして軍事力を持っているテンプル騎士団に預けておけば安心と多くの貴族が財産の
寄託をしたといわれます。テンプル騎士団のパリの城館「タンプル塔」ではフランス王
室の財産を預かったのです。フランス王室はルーヴル宮に金庫を持っていましたが、テ
ンプル騎士団に預けた方が安心と考えたのでしょう。
　テンプル騎士団が発展したので、ユーク・ド・パヤンスは巨額の冨を得て、スコット
ランドの地に初の騎士団の支部を設けています。これが後で重要な意味を持ってくるの
です。そして、テンプル騎士団は、１３０７年までは発展に次ぐ発展を遂げて拡大して
いくことになります。そして、要するにテンプル騎士団は当時の特権階級だったのです
。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　・・・［秘密結社の謎を探る／１６］


　　　　　≪画像および関連情報≫
　　　　　　・テンプル騎士団について
　　　　　　　―――――――――――――――――――――――――――
　　　　　　　「騎士」と聞いて、どんな人物像を思い浮かべるだろうか。
　　　　　　　ファンタジーや歴史物語が好きな方なら、「主君のために命
　　　　　　　を投げ出す忠節無比の勇者」「弱きを助け強きをくじく正義
　　　　　　　の戦士」といった答えを返すだろう。そして歴史をひもとき
　　　　　　　神に一生を捧げる「修道士」をも兼ねた騎士たちがいたこと
　　　　　　　を知れば、きっと胸が高鳴るに違いない。今回は、そのよう
　　　　　　　な騎士の一団、「テンプル（神殿）騎士団」の数奇な運命に
　　　　　　　ついての話である。第１回十字軍がイスラーム勢力から聖地
　　　　　　　エルサレムを奪い、王国を建ててから約２０年後のこと。聖
　　　　　　　地をめざす巡礼者は増えたが、山賊・追いはぎが出没するそ
　　　　　　　の道のりは危険きわまりなかった。そんな中、齢６０近いに
　　　　　　　もかかわらずまったくのボランティアで巡礼路をパトロール
　　　　　　　する剛の者がいた。その名をユーグ・ド・パイヤンという。
　　　　　　　<a href="http://homepage3.nifty.com/ryuota/templarii.html" target="_blank">http://homepage3.nifty.com/ryuota/templarii.html</a>
　　　　　　　―――――――――――――――――――――――――――

<div style="text-align:center;"><a href="http://intec-j.up.seesaa.net/image/A5C6A5F3A5D7A5EBB5B3BBCEC3C4.jpg" target="_blank"><img src="http://intec-j.up.seesaa.net/image/A5C6A5F3A5D7A5EBB5B3BBCEC3C4-thumbnail2.jpg" width="337" height="360" border="0" align="" alt="テンプル騎士団" /></a></div>]]>
      
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   <title>ソロモンの神殿とは何か（ＥＪ第１８４１号）</title>
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   <published>2008-11-25T00:16:56Z</published>
   <updated>2008-11-25T00:19:19Z</updated>
   
   <summary>　フリーメーソンリーはいつ誕生したのでしょうか。 　公式には、１７１７年６月とい...</summary>
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      <name></name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.intecjapan.com/blog/">
      <![CDATA[　フリーメーソンリーはいつ誕生したのでしょうか。
　公式には、１７１７年６月ということになっています。ロンドンにあった４つのロッ
ジが合同して「グランドロッジ」を作って以来、「フリーメーソンリー」と呼ばれるよ
うになったというのです。したがって、発祥の地は英国であるという説です。
　何がベースになったのでしょうか。
　一般的には、中世の石工ギルドから発展したものである――という説が有力なのです
が、英国に中世の石工ギルドが存在したという記録は一切ないのです。しかし、ヨーロ
ッパ各国には中世のギルドは多く存在しているのです。ところが、ヨーロッパでは石工
ギルドは存在していたものの、フリーメーソンリーがあったという痕跡はないのです。
　考えてみると、当時石工たちは教会や地主に雇われていた身分です。そういう石工た
ちがフリーメーソンのような組織を作れる能力もそれを許す環境もなかったはずです。
　中世の石工のほとんどは教育らしい教育も受けておらず、文字の読み書きですら、で
きなかったというのです。そのような石工たちが、現在のフリーメーソンの行っている
ような複雑な儀式を作り出すなどは到底できなかったと考えられるのです。
　伝えられていることによると、フリーメーソンリーには多くの王侯や貴族が加入して
いるのです。そういう事実と石工による職能的組合の間には大きな隔たりがあります。
このように考えてもフリーメーソンが中世の石工ギルドの発展形であるという説は根拠
が薄いと考えるべきでしょう。
　もうひとつ、フリーメーソンは、ソロモン王の神殿と結びつけて語られることが多い
のです。ところで、ソロモン王の神殿とは何でしょうか。
　エルサレムにあるといわれる「ソロモン王の神殿」には次の３つがあるのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　　　　　　　　１．紀元前５７０年にソロモン王自身が建てたもの
　　　　　　　　２．紀元前６世紀前半にゼルバベル王が建てたもの
　　　　　　　　３．イエス・キリストの時代ヘロデ王が立てたもの
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　ソロモン王などというと、神話の世界であり、果たしてソロモンが実在したのかどう
かも明確ではありませんが、ソロモン王は多くの神殿を建てたといわれているのです。
　ソロモンは旧約聖書の「列王記」に登場する古代イスラエルの第３代の王で、父はダ
ビデ王です。ソロモン王は「賢者」といわれていますが、「賢者」の名称はソロモン王
より何千年も前から宗教的な建物の建造者に与えられる尊称だったのです。
　ここで、ソロモンの神殿がどういう建物であったかについて述べておきたいと思いま
す。常識的に考えると、ソロモンの神殿とはユダヤ人が彼らの神を拝む場所である−−
このように考えてしまいますが、違うのです。
　それは基本的に人間が訪れる場所ではなく、神――古代ユダヤ民族が唯一神「ヤハウ
ェ」の恒久の住い――というよりはっきりいうと、神を閉じ込めておく場所なのです。
したがって、その大きさは村の教会堂ぐらいのものと考えるべきです。
　しかし、当時のユダヤ人の建築技術は非常に低く、単純な壁以上のものは作れなかっ
たのです。そこで、ソロモンは親交のあるツロの王ヒラムに助力を求めたのです。
　ヒラムの支配下にあったティルスやシドン（古代フェニキアの海港都市）の人々は当
時最高の建築技術と卓越した彫刻・装飾技術を持っていることで知られており、小アジ
アにおいては建築の仕事を独占していたのです。ツロの王ヒラムは、ソロモン王の要請
に快く応じ、ティルスから３３０６人もの労働者を送り、神殿建設に不可欠な材木と石
を遣わしてくれたのです。
　このとき神殿建設の中心的役割を果たしたのが、「ヒラム・アビフ」なる人物なので
す。ややこしい話なのですが、このヒラムはヒラム王とは別人なのです。このヒラム・
アビブなる人物――後で詳しく述べることになるので、覚えておいていただきたいと思
います。
　ソロモンの神殿については現在まったく残っていないのです。ソロモンの神殿につい
ての記述をご紹介しましょう。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　　　　　　　その石造りの神殿の内側には、ティルスから持ってきたヒマ
　　　　　　ラヤ杉が張られていた。壁の厚みは９キュービット――約４．
　　　　　　１メートルで、これがヒマラヤ杉と樅の屋根を支えていた。壁
　　　　　　と床、そして天井は純金張り、智天使――ケルビムと花の彫刻
　　　　　　が施されていた。(中略)
　　　　　　　その中心には、シッテム(アカシア材)で作られた約１．２メ
　　　　　　ートル、幅と高さが各約６０センチの長方形の箱が置かれてい
　　　　　　た。これが「契約の聖櫃」と呼ばれるもので、その中に３つの
　　　　　　ものが収められていた――十戒を記した２枚の石板、および神
　　　　　　ヤハウェ自身である。
　　　　　　　　　　――クリストファー・ナイト／ロバート・ロマス著／
　　　　　　　　　　松田和也訳、『封印のイエス／「ヒラムの鍵」が解く
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　キリストのミステリー』
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　このソロモンの神殿は、「ダヴィンチ・コード」とも関係のあるテンプル騎士団――
日本では聖堂騎士団という――と深い関係があるのです。なぜなら、テンプル騎士団の
「テンプル」とは、ソロモンの神殿のことを指しているからです。
　このソロモンの神殿の建設者であるソロモン、ヒラム王そしてヒラム・アビフ――こ
の３人とフリーメーソンリーは深く結びついているのです。
　テンプル騎士団とは何か――複雑で扱いにくいテーマですが、明日からテンプル騎士
団の歴史について探っていきたいと考えています。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　・・・［秘密結社の謎を探る／１５］


　　　　　≪画像および関連情報≫
　　　　　　・ソロモンの神殿
　　　　　　　歴史的にはソロモン王が紀元前１０世紀に建設した神殿（第
　　　　　　　一神殿）と、バビロンの捕囚からの解放後、紀元前５１５年
　　　　　　　にゼルバベル王の指揮でほぼ同じ場所に再建された神殿（第
　　　　　　　二神殿）、さらに紀元前２０年、ヘロデ王によって完全改築
　　　　　　　に近い形で大拡張された神殿（ヘロデ神殿）がある。この神
　　　　　　　殿はユダヤにおいてユダヤ人が立てこもったため、紀元７０
　　　　　　　年のローマ帝国軍による攻撃によって破壊され、現在「嘆き
　　　　　　　の壁」と呼ばれる部分のみが遺構として残る。

<div style="text-align:center;"><a href="http://intec-j.up.seesaa.net/image/A5BDA5EDA5E2A5F3A4CEBFC0C5C2.jpg" target="_blank"><img src="http://intec-j.up.seesaa.net/image/A5BDA5EDA5E2A5F3A4CEBFC0C5C2-thumbnail2.jpg" width="221" height="360" border="0" align="" alt="ソロモンの神殿" /></a></div>]]>
      
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   <title>免除された石工／フリーメーソン（ＥＪ第１８４０号）</title>
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   <published>2008-11-21T05:49:04Z</published>
   <updated>2008-11-21T05:51:52Z</updated>
   
   <summary>　「秘密結社」という言葉の意味について、もう少し考えておく必要があります。 　「...</summary>
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      <name>BLOG管理者</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.intecjapan.com/blog/">
      <![CDATA[　「秘密結社」という言葉の意味について、もう少し考えておく必要があります。
　「秘密」とは何でしょうか。
　「秘密」とは、隠されたもの、覆われたもの、つまり、見えないもののことです。「
見えない」には２つの意味があります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　　　　　　　　１．「見えない」は不安であり、危険である
　　　　　　　　２．「見えない」には真実が潜むことがある
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　第１の「見えない」は不安であり、危険である――われわれの世界は見えることが中
心になっています。見えることは事実なのです。私たちは見える世界に住んでいるので
す。
　ですから、「見えない」ことは不安であり、危険だと感ずるものです。「見えない」
ものとしての「秘密」は、不安であり、危険であり、怪しげなのです。秘密結社が怪し
げな陰謀の巣窟とされるのはそのためです。
　しかし、見えるものは、仮象や幻想に過ぎないという考え方も一方にあります。第２
の「見えない」には真実が潜むことがある――これはそのことをいっているのです。こ
の考え方は、秘密にこそ本当のものがある――その隠れたものに達することが本当の知
識であり、智恵なのです。
　海野弘氏は、「視覚は二重化した知覚」であるとして、次のように述べています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　　　　　　ここでは、視覚というのが二重化した知覚であるであることが
　　　　　　わかる。見える側としての表、見えない個としての裏、見える
　　　　　　外、見えない内、見える地上、見えない地下、上と下といった
　　　　　　二分化が現われる時、「秘密」が成立し、「秘密結社」がつく
　　　　　　られる。　　　――海野弘の論文「すべてはつながっている／
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　秘密の世界ゲーム」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　一般社会というパブリックな世界にあって、社会に何らかのゆみやひずみができると
、そこにポケットのように秘密結社ができるわけです。秘密結社は、表、外、上の一般
社会に何らかの問題や葛藤があるときに生ずるのです。
　現代において秘密結社が話題となっているのも、この考え方によれば一般社会に何ら
かの問題が発生しているためであるとも考えられるのです。
　「結社」についても考えておきたいと思います。「結」は「むすぶ」という意味であ
り、「ゆう」とも呼びます。つまり、メンバーを一つに結んでいる紐帯という意味にな
ります。それでは、何がメンバーを結びつけているのでしょうか。それが密儀や奥義な
のです。そういう共通の秘密があると結束が強くなるのです。
　中国の秘密結社は「○○会」と呼ばれるそうです。「三合会」というようにです。「
会」とは人の集まりのことですが、「蓋」という意味もあるのです。たとえばつぼにぴ
ったり合う蓋をする――そうすると密閉された内部空間ができますが、それが秘密結社
になります。
　英語でこれに該当するのが「フード」なのです。フードとは頭巾のことです。例えば
、「ブラザー・フード／兄弟団」などというのです。そういえば、フードをすっぽりか
ぶるクー・クラクス・クラン（Ｋ．Ｋ．Ｋ）という有名な秘密結社があります。
　さて、内なる秘密結社と外を繋いでいるものについて、海野氏は興味深い意見を述べ
ています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　　　　　　秘密結社を外から隔てるのが、壁ではなくて敷居であることに
　　　　　　注目しなければならない。壁は物理的な境界であり、越えにく
　　　　　　いが、敷居は、精神的な境界で越えようと思えば越えられる。
　　　　　　しかし、他人の家の敷居を勝手に越えてはならない、と考えら
　　　　　　れている。秘密結社において、内と外は絶縁されているわけで
　　　　　　はなく、ある程度通れるようになっている。内と外をどのよう
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　――海野弘氏の前掲論文より
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　さて、そういう秘密結社の代表的な存在が「フリーメーソン」です。おそらく「フリ
ーメーソン」という名前を一度も聞いたことがないという人はいないと思いますが、そ
れが何を目的とする結社なのかということになると、百論があって、さっぱり実体が掴
めないというのが実情です。
　フリーメーソン――このことについて書かれた本によると、フリーメーソンとフリー
メーソンリーという言葉が使い分けられていますが、まず、この言葉の意味から明らか
にしましょう。
　フリーメーソンというときは特定の個人を指すのですが、フリーメーソンリーという
ときは、フリーメーソンの集団を意味しているのです。もっともフリーメーソンリーと
いう言葉を一切使わず、フリーメーソンで個人も集団を意味することもあります。
　さて、この「フリーメーソン」――フリーは「自由な」、メーソンは「石工」という
意味です。直訳すると「自由な石工」という意味になります。
　この場合、「フリー」は「自由な」という意味よりも、「デューティ・フリー」の「
フリー」――すなわち「免除された」という意味にとらえるべきです。つまり、「何ら
かの義務が免除されている石工」という意味です。
　ところで、なぜ「石工」が問題になるのでしょうか。日本では石工というと、墓石造
りを連想してしまいます。それにどのような義務を免除されていたのでしょうか。
　それには、フリーメーソンの歴史をたどってみる必要があると思います。しかし、フ
リーメーソンの歴史は一向にすっきりしていないのです。極めて複雑怪奇な話になると
思いますが、明日から挑戦してみたいと思います。  ［秘密結社の謎を探る／１４］


　　　　　≪画像および関連情報≫
　　　　　　・クー・クラックス・クランとは何か
　　　　　　　クー・クラックス・クランのメンバーは、フードを備えた白
　　　　　　　いローブを着用している。それは敵に報復するために死後の
　　　　　　　世界から戻った兵士の幽霊を表し、顔を隠している。白いロ
　　　　　　　ーブとフードのもう1つの意味は「匿名の功績」であり、メ
　　　　　　　ンバーは神によって使命が与えられたと信じ、謙遜の象徴と
　　　　　　　して白いローブとフードを着用する。また別の説は、中世の
　　　　　　　テンプル騎士団員を模倣した物だとする。オリジナルのクー
　　　　　　　・クラックス・クランの指導者には「テンプル騎士団員」の
　　　　　　　位階を持ったスコットランド人の石工が多数いた。
　　　　　　　"Grand Wizard"、"Exalted Cyclops"、"Kleagle"と言った位
　　　　　　　階は、クー・クラックス・クラン内での地位を示すために使
　　　　　　　用されたのである。　　　　　　　　　――ウィキペディア

<div style="text-align:center;"><a href="http://intec-j.up.seesaa.net/image/A5D5A1BCA5C9A4F2A4ABA4D6A4EBA5AFA1BCA1A6A5AFA5E9A5AFA5B9A1A6A5AFA5E9A5F3.jpg" target="_blank"><img src="http://intec-j.up.seesaa.net/image/A5D5A1BCA5C9A4F2A4ABA4D6A4EBA5AFA1BCA1A6A5AFA5E9A5AFA5B9A1A6A5AFA5E9A5F3-thumbnail2.jpg" width="223" height="360" border="0" align="" alt="フードをかぶるクー・クラクス・クラン" /></a></div>]]>
      
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   <title>ＳＮＳも一種の秘密結社である（ＥＪ第１８３９号）</title>
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   <published>2008-11-19T23:56:43Z</published>
   <updated>2008-11-20T00:00:34Z</updated>
   
   <summary>　ここで「秘密結社」そのものについて、考えてみることにします。秘密結社というと ...</summary>
   <author>
      <name>BLOG管理者</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.intecjapan.com/blog/">
      <![CDATA[　ここで「秘密結社」そのものについて、考えてみることにします。秘密結社というと
、何となく秘密的な、陰謀的な、神秘的なおどろおどろしいイメージがありますが、よ
く考えてみると、この世の中は秘密結社だらけなのです。
　秘密結社の定義とか分類という話になると、必ず出てくるある名前があります。それ
は、セルジュ・ユタンという人物です。彼は、秘密結社を次の２つに分けています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　　　　　　　　　　　　　　１．政治的秘密結社
　　　　　　　　　　　　　　２．入社的秘密結社
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　「政治的秘密結社」とは、国王や政府を倒すという政治的目的を持った結社であり、
その目的ゆえにその存在は秘密とされ、メンバーの名前も秘密にされます。
　フランス革命のさいのジャコバン・クラブやロシア革命の時のボリシェヴィキは、政
治的秘密結社といえます。これらの秘密結社は、その政治的目的が達成されると結社は
閉じられるのです。
　「入社的秘密結社」とは、「入社式／イニシエーション」が重要な意味を持ちます。
入社式を通ってメンバーになることが大事なのです。そして、最初の入社式を通ると、
さらに上の段階への入社式があり、その階段を一段一段上がっていくことに意義がある
のです。フリーメーソンはその典型です。
　セルジュ・ユタンによると、入社式秘密結社では、とくに迫害されていなければその
存在は隠されておらず、入社儀式だけが非公開であり、秘密に行われるだけであるとし
ています。
　ところで、セルジュ・ユタンというと、あのノストラダムスの予言集の編集を行った
人です。『ノストラダムスの大予言』の著者、五島勉氏は、同書のなかで、セルジュ・
ユタンを次のように紹介しています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　　　　　　セルジュ・ユタンというのは、ソルボンヌ大学出身、やはりユ
　　　　　　ダヤ系フランス人のすぐれた神秘哲学者である。〔中略〕ノス
　　　　　　トラダムス研究家としても、表面に出ている人としては、本場
　　　　　　の第一人者。詩の解釈をつづけるかたわら、フランス各地に埋
　　　　　　もれたノストラダムスの原本・異本を掘り起こし、正確な編集
　　　　　　をしてきたことで知られている。
　　　　　　　――五島　勉著、「ノストラダムスの大予言 V 」、祥伝社刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　さて、ユタンの秘密結社の分類ですが、「政治」と「入社」と対比してみると、政治
は「目的」であり、入社は「方法」であって対立項になっていない――これでは区分す
る共通基準になっていないというのが、陰謀作家と称される海野弘氏の主張です。
　それならばどのように分類すべきでしょうか。
　海野弘氏の所説をご紹介しましょう。添付ファイルの図をご覧ください。
　まず、縦軸の両極に「秘密」と「公開」があります。秘密結社の秘密のレベルにはい
ろいろあるので、縦軸にそのレベルをとっています。次に横軸の両極、すなわち左右―
―「私」と「われわれ」を配置しています。「私」とは個人、内的、精神世界であり「
われわれ」は社会、外的、現実世界をあらわします。
　これら縦軸、横軸によって４つの面が形成されます。４つの面のそれぞれについて考
えます。
　「 I 」は個人的な精神世界であり、秘密性が高いのです。秘密の宗教カルトなどは
これに属するのです。なお、秘密――シークレット(secret)の「sec-」は「分離し、隠
す」という意味です。
　「sec-」は「sect／セクト」につながってきますが、これは分派――とくに宗教的分
派の意です。なお、宗教的分派は「cult／カルト」と呼ばれることもあります。
　「 II 」は私的な内的世界ですが、秘密性はなくオープンです。芸術や学問のグルー
プなどはこれに属します。もっとも作品――成果は発表され、誰でも見ることはできま
すが、その創造プロセスは必ずしもオープンというわけではありません。
　「 III 」は、オープンで、社会的な団体・組織をあらわしています。協会とか組合
といった一般的な集団のほとんどはこれに属するといってよいと思います。
　「 IV 」は、社会的、政治的で、きわめて秘密性が強いのです。一般的な秘密結社と
いう場合は、ほとんど「 IV 」を指していると考えて間違いがないでしょう。イルミナ
ティやフリーメーソンなども「 IV 」に属します。
　現代は「秘密結社ブーム」といわれています。個人的興味が多様化している時代とい
われています。その典型的なものに、最近大流行の「ＳＮＳ／ソシャール・ネットワー
キング・サービス」があります。
　ＳＮＳは、その存在は告知されていますので、秘密性は薄いといえます。そういう意
味では「 III 」ですが、ＳＮＳは入会に関しては閉じており、会員である人の推薦メ
ールがないと入れないのです。そこに多少の秘密性があります。そして入会してからは
個人的な付き合いの世界であり、「 II 」の世界であるといえます。
　海野弘氏は、現代においてなぜ秘密結社が流行しているのかについて次のように述べ
ています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　　　　　　秘密結社は共通の認識の危機からあらわれる。常識は分裂し、
　　　　　　バラバラになり、分離する。私たちは社会へのつながりを失っ
　　　　　　て、小さなグループに逃避しようとする。現代社会において、
　　　　　　「秘密」はどのようなものになっているだろうか。現代の二つ
　　　　　　の傾向が「秘密」を形成していると思われる。一つは「ビジュ
　　　　　　アル・カルチャー（視覚文化）であり、もう一つは「インター
　　　　　　ネット」である。　　――海野弘著、『秘密結社の世界史』／
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　平凡新書／３１５
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ［秘密結社の謎を解く／１３］


　　　　　≪画像および関連情報≫
　　　　　　・海野弘著、『秘密結社の世界史』／平凡新書／３１５
　　――――――――――――――――――――――――――――――――――――
　　　　　　　人はなぜ“秘密結社”に魅せられるのか？ヴィジュアル・カ
　　　　　　　ルチャー、インターネットの発達によって、見える表面と見
　　　　　　　えない背後の二重化が進んだ現代では、物事の背後にある秘
　　　　　　　密を垣間見たいという欲望が高まっている。古代密儀、テン
　　　　　　　プル騎士団、薔薇十字団、フリーメーソン、イルミナティ、
　　　　　　　ＫＫＫ、ナチス、カルト、マフィア。古代から中世、近代、
　　　　　　　二十世紀、現代に至るまで秘密結社という「隠された視点」
　　　　　　　から世界史を読み直す。
　　――――――――――――――――――――――――――――――――――――

<div style="text-align:center;"><a href="http://intec-j.up.seesaa.net/image/B3A4CCEEA1A1B9B0BBE1A4CEC8EBCCA9B7EBBCD2CAACCEE0BFDE.jpg" target="_blank"><img src="http://intec-j.up.seesaa.net/image/B3A4CCEEA1A1B9B0BBE1A4CEC8EBCCA9B7EBBCD2CAACCEE0BFDE-thumbnail2.jpg" alt="海野　弘氏の秘密結社分類図" width="360" height="207" border="0" /></a></div><div style="text-align:center;"><span style="font-size:x-small;">海野　弘氏の秘密結社分類図</span></div>]]>
      
   </content>
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   <title>イルミナティとフリーメーソンの関係（ＥＪ第１８３８号）</title>
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   <published>2008-11-19T03:04:50Z</published>
   <updated>2008-11-19T03:07:57Z</updated>
   
   <summary>　ロックフェラーのことを述べてきた関係で、フリーメーソンについて詳しく説明する ...</summary>
   <author>
      <name>BLOG管理者</name>
      
   </author>
         <category term="秘密結社の謎を探る" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.intecjapan.com/blog/">
      <![CDATA[　ロックフェラーのことを述べてきた関係で、フリーメーソンについて詳しく説明する
前に、イルミナティについて説明をしようと試みています。その方がフリーメーソンを
より理解できると思うからです。
　イルミナティの創始者であるヴァイスハオプトは非常にカリスマ性があり、何人も彼
の話を聞くと、強い共感を覚えたといわれます。彼はその時点で既に大きな組織になっ
ていた秘密結社フリーメーソンのあるロッジに自ら入会するのです。「組織を支配しよ
うと思うなら、内部に入るべし」というユダヤ人の考え方の実践といえます。
　ヴァイスハオプトの強烈な個性と巧みな説得力はその組織のなかでめきめきと頭角を
あらわし、押しも押されぬこのロッジの中心人物にのし上ったのです。このようにして
、ヴァイスハオプトは、メーソンの組織内部にイルミナティ派を増やしていき、事実上
ロッジを支配するようになっていたのです。
　この動きをメーソンの本部は放っておかず、会員に命じていろいろな手を打ったので
すが、既にメーソン内部でイルミナティの勢力は既にゆるぎないものになっていたので
す。
　１７８２年７月１６日にイルミナティとフリーメーソンの間で会談が行われ、協議の
結果、イルミナティは正式にフリーメーソンの中のひとつの派とすることになったので
す。しかし、これはヴァイスハオプトの巧みにして、強引な説得力の賜物であり、イル
ミナティとの合併に強く反対するフリーメーソンの会員は少なからずいたのです。
　その一方でイルミナティが加わったことで、フリーメーソンの会員は３００万人を超
える大組織になり、著名にして有望な会員が次々とイルミナティの思想に取り憑かれる
ような事態になっていったのです。とくに感受性の強い学者や作家、芸術家などがイル
ミナティの魅力に取り憑かれたといわれます。
　その１人がゲーテなのです。ゲーテは晩年、「ファウスト」によってドイツ文学の金
字塔を築いたのですが、その作品はイルミナティ的な神秘主義をロマン主義文学に託し
たものなのです。
　イルミナティとの合併以前からのフリーメーソンのメンバーでゲーテと同様にロマン
主義文学者である哲学者のジャン＝ジャック・ルソーもイルミナティに共感を抱き、そ
の自由思想によってフランス革命に霊感を与えたといわれています。
　フランス革命といえば、経済的自由主義者として中心となって働いたオノーレ・ミラ
ボーも、イルミナティに強い共感を覚えたフリーメーソン・メンバーとして知られてい
ます。
　しかし、イルミナティはその思想があまりに過激であるために反発し警戒するフリー
メーソンの穏健派のメンバーも多く、イルミナティ派の動きには強い批判も多かったの
です。
　１７８３年のことです。イルミナティ派の一部が、時の政府と教会の崩壊を狙ってテ
ロによる軍事行動を起こすクーデター計画があるという内部告発を受けて、バヴァリア
政府が調査に乗り出したのです。
　そして政府に動かぬ証拠を掴まれたイルミナティは、１７８５年３月２日に活動停止
処分なり、ヴァイスハオプトは国外追放されたのです。これによってイルミナティは、
フリーメーソンからはもちろん地上から完全に消滅したかに見えたのです。
　秘密結社の研究家によるイルミナティについての一般的見解は次のようなものです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　　　　　　イルミナティは、陰謀史家のとり憑かれた頭の中の妄想として
　　　　　　しか存在しないような秘密結社である。彼らは、私たちすべて
　　　　　　の生活は、ある秘密のエリートたちによって支配されていると
　　　　　　いう恐ろしいセオリーを成立させるために、ありとあらゆるも
　　　　　　のを動員しているのだ。　　　　　――ニック・ハーディング
　　　　　　――海野弘著、『秘密結社の世界史』より。平凡社新書３１５
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　しかし、現在ではイルミナティは大きく変質しているのです。現在イルミナティは「
三百人委員会」というエリート・グループに支配されており、その目的は「ニュー・ワ
ールド・オーダー／世界秩序」をつくることであるといわれます。
　この新しいイルミナティ観に火をつけたのは、女性の陰謀史家とされるネスタ・Ｈ・
ウェブスターの次の本です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　　　　　　　ネスタ・Ｈ・ウェブスター著／馬野周二訳
　　　　　　　『世界革命とイルミナティ』　東興書院／１９９０
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　ウェブスターによると、フランス革命からロシア革命にいたるまですべてイルミナテ
ィの仕業であるというのです。現在、多く出版されている、いわゆる陰謀論のネタ本の
ひとつです。
　このように、もともとあったフリーメーソンという秘密結社にイルミナティという一
派が入り込み、一体化したのです。すぐイルミナティ派は犯罪を計画して姿を消したの
ですが、フリーメーソンにはイルミナティ的な因子が多く残されているのです。
　したがって、フリーメーソンを語るとき、本来のフリーメーソンについて語るか、イ
ルミナティ的なフリーメーソンを語るかによって、その内容は大きく異なってくるので
す。
　フリーメーソンについて書かれた本もどちらに重点を置いて書くかによって違ってき
ます。少しでも面白く書こうとすると、次の図式に重きを置くようになります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　　　　　　　　　ユダヤ　＝　イルミナティ　＝フリーメーソン
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　私はフリーメーソンには、これらの両面があると考えるべきであると思っています。
そのためには、イルミナティについても詳しく知る必要はあるのです。そういう意味か
らウェブスター女史の所説も取り上げたいと思います。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　・・・［秘密結社の謎を探る／１２］


　　　　　≪画像および関連情報≫
　　　　　　・ネスタ・Ｈ・ウェブスター女史について
　　　　　　　−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　　　　　　　ネスタ・Ｈ・ウェブスター女史は、大英帝国の最盛期、ヴィ
　　　　　　　クトリア女王時代の富豪である父と、大僧正の娘である母と
　　　　　　　の間に生れた、奇しき運命の子である。世人が全く知るとこ
　　　　　　　ろがない、近代西洋世界を暗黒の中から動かしてきた秘密結
　　　　　　　社の正体を、女史の霊眼は余すところなくここに剔抉した。
　　　　　　　本書は単に過去の分析をもって終るものではない。９０年代
　　　　　　　を再び暗黒に鎖すべく活動するイルミナティの危険。女史が
　　　　　　　幽界から打ち鳴らす警鐘を、読者は聞くことが出来るだろう
　　　　　　　か。本書は１９２１年初版、１９６１年女史の死の直前に第
　　　　　　　６改訂版が出され、今日なお幾種類かの翻刻版が出回ってい
　　　　　　　る。　　　　　　<a href="http://item.rakuten.co.jp/book/418931/" target="_blank">http://item.rakuten.co.jp/book/418931/</a>
　　　　　　　−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

<div style="text-align:center;"><a href="http://intec-j.up.seesaa.net/image/A5EBA5BDA1BCA1F5A5B2A1BCA5C6.jpg" target="_blank"><img src="http://intec-j.up.seesaa.net/image/A5EBA5BDA1BCA1F5A5B2A1BCA5C6-thumbnail2.jpg" width="360" height="263" border="0" align="" alt="ルソー＆ゲーテ" /></a></div>]]>
      
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   <title>ユダヤ人の戦略と秘密結社（ＥＪ第１８３７号）</title>
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   <published>2008-11-17T20:56:09Z</published>
   <updated>2008-11-17T21:02:48Z</updated>
   
   <summary>　秘密結社の話をするとき、ほとんどの人は「そんなもの本当にあるのか」と疑います ...</summary>
   <author>
      <name>BLOG管理者</name>
      
   </author>
         <category term="秘密結社の謎を探る" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.intecjapan.com/blog/">
      <![CDATA[　秘密結社の話をするとき、ほとんどの人は「そんなもの本当にあるのか」と疑います
。誰も「私はこれこれこういう秘密結社に属している」とはいいませんし、そういう結
社が看板をかけて存在しているわけではないからです。
　また、こっそりと隠れて何かをやっているというわけでもないのです。秘密結社はあ
る意味で堂々とやっています。しかし、一般的な印象では、「人に隠れてよからぬこと
をやっているグループ」というイメージが付きまとうことは確かです。
　さて、秘密結社になぜ「秘密」という言葉が使われているのでしょうか――これには
、次の３つの理由があるのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　　　　　　　　　　　　１．その存在自体が秘密である
　　　　　　　　　　　　２．誰が属するかは秘密である
　　　　　　　　　　　　３．何をやってるか秘密である
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　第１は「その存在自体が秘密である」ということです。
　その結社に属する結社員（以下、会員）は、こういうグループが存在することを他人
にいってはならないのです。そのグループの存在は会員だけがわかっていればよいこと
であって、こんなグループがありますよと、第三者に対していう必要はないのです。
　第２は「誰が属するかは秘密である」ということです。
　その存在自体を明かしてはならないのですから、誰が会員であるかを他言することは
厳禁です。具体的にいうと、会員名簿は門外不出なのです。したがって、ある人は○○
結社の会員だという人がいたら、それは非会員が憶測でいっていることになります。
　第３は「何をやってるか秘密である」ということです。
　何のための結社であるか――つまり、結社の目的は会員ですら一部の人にしか知らさ
れていないのです。それだけ秘密性は高いということです。結社の中には入社儀式を行
い、それを重視しているところがありますが、入社儀式は絶対に他言禁止なのです。
　もうひとつ秘密結社には何らかの意味でユダヤ人が深く介在しています。イルミナテ
ィの創始者であるアダム・ヴァイスハウプトはユダヤ人ですし、そのイルミナティに入
会したカール・マルクスもユダヤ人です。
　秘密結社について考えるとき、ユダヤ人が基本的にどういう考え方をする民族である
かについて知っておく必要があります。ユダヤ人は亡国の民として国を持たず、流浪の
民として行く先々であらゆる迫害を受けてきたのです。
　ユダヤ人はそういう経験から、しだいに次のような考え方を持つようになってきたの
です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　　　　　　　　１．自分たちを迫害しているのは「国家」である
　　　　　　　　２．国家の中枢にはエリートたちの「家」がある
　　　　　　　　３．迫害の阻止には家の内部から壊すべきである
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　まず、自分たちを迫害しているのは「国家」という組織であると考えたのです。そし
て、国家の支配階級を構成し、その権力の中枢をなしているのは一部のエリート（貴族
）が構成する「家」であると認識しているのです。
　これは実に鋭い観察力であると思います。要するに国を動かしているのは「家」――
ロックフェラー家であるとかロスチャイルド家であるとかそういう少数の「家」、すな
わち結社であると見抜いているからです。
　そして、そういう「家」は外からは力を加えて崩すよりも、何らかの方法で「家」の
内部に入り込み、内部から崩壊させるしかないという戦略まで立てているのです。その
結果、ユダヤ人は、「家」の中に自然に入り込める職業――医者か弁護士などを積極的
に職業として選んだといわれます。
　ニューヨークはとくにユダヤ人の多い都市で、ユダヤ系の人々の支持を取り付けない
と、市長にはなれないといわれます。ニューヨークの開業医は９９．９９％までがユダ
ヤ系であり、弁護士や新聞・雑誌の経営者のほとんどはユダヤ系なのです。
　さらにユダヤ人は力を持つために、積極的に金融業を生業とすることを厭わなかった
のです。ヨーロッパのキリスト教世界では「金銭を生業とするのは卑しいことである」
という思想があり、ユダヤ人が金融業を営むのを放置したのです。つまり、金融業はユ
ダヤ人に任せたのです。
　ニューヨーク株式市場に上場している経営者や管理職のなかで指導的な立場に立って
いる人のユダヤ人の比率は次の通りです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　　　　　　　　　　　　ＷＡＳＰ　・・・・・　９５％
　　　　　　　　　　　　ユダヤ系　・・・・・　　５％
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　このようにユダヤ系はわずか５％ですが、経済・金融面に強く巨額のマネーにかかわ
っており、加えて資質も優秀なので、政治的にも強い影響力を握っているのです。文字
通り、内部からコントロールをはじめているのです。
　世界最大の金融センター・ニユーヨークのウォールストリートで活動している人々は
、大きくわけてユダヤ系と非ユダヤ系とに二分されますが、ユダヤ系証券会社の旗頭は
ソロモン・ブラザーズ社であり、ゴールドマン・サックス社もユダヤ系です。
　非ユダヤ系からユダヤ化した証券会社には、ロックフェラー財閥の主力であるメリル
リンチ社のほか、ファースト・イースト、モルガン・スタンレー社などがあるのです。
　また、ＷＡＳＰであってもユダヤ人の内部侵入戦略によって融合が進み、ユダヤ化し
ているのです。表面上はＷＡＳＰのフリをしていますが、本当はユダヤ系になっている
のです。
　世界の富の３分の１が米国に集中しているといわれます。その潤沢な資金の大半はユ
ダヤ系の富裕層が保有し、運用しているといわれています。　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　・・・［秘密結社の謎を解く／１１］


　　　　　≪画像および関連情報≫
　　　　　　・ユダヤ人の定義とは
　　　　　　　　古い民族の「ユダヤ人」と、ユダヤ教徒の「ユダヤ人」は
　　　　　　　同一ではない。現代イスラエル国の帰還法によると、母親が
　　　　　　　「ユダヤ人」であるか、ユダヤ教に改宗した人のこととされ
　　　　　　　る。一方、トーラーによると、ユダヤ人であるためには母親
　　　　　　　がユダヤ人でなければならない。
　　　　　　　　「ユダヤ人とはユダヤ教を信仰する人々」という定義は、
　　　　　　　古代・中世にはあてはまるが、近世以降では、キリスト教に
　　　　　　　改宗したユダヤ人（例えばメンデルスゾーン）も無神論者の
　　　　　　　ユダヤ人（例えばフロイト）も一面では「ユダヤ人」と呼ば
　　　　　　　れるのが現実であり、特に１９世紀以降の西欧では、民族を
　　　　　　　指す言葉と考えた方が良いという人もいる。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　――ウィキペディア

<div style="text-align:center;"><a href="http://intec-j.up.seesaa.net/image/A5A4A5B9A5E9A5A8A5EBA4CEB9F1B4FAA4C8B9F1BECF.jpg" target="_blank"><img src="http://intec-j.up.seesaa.net/image/A5A4A5B9A5E9A5A8A5EBA4CEB9F1B4FAA4C8B9F1BECF-thumbnail2.jpg" width="359" height="227" border="0" align="" alt="イスラエルの国旗と国章" /></a></div>]]>
      
   </content>
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   <title>イルミナティ＝フリーメーソンではない（ＥＪ第１８３６号）</title>
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   <id>tag:www.intecjapan.com,2008:/blog//2.1315</id>
   
   <published>2008-11-17T01:09:53Z</published>
   <updated>2008-11-17T01:16:27Z</updated>
   
   <summary>　ＥＪ第１８３４号でご紹介した本の著者ジョセフソンは、ロックフェラーの行動を分 ...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="秘密結社の謎を探る" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.intecjapan.com/blog/">
      <![CDATA[　ＥＪ第１８３４号でご紹介した本の著者ジョセフソンは、ロックフェラーの行動を分
析した結果、次のようにいっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　　　　　　　　ロックフェーの行動はイルミナティのそれである
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　「イルミナティ」とは何でしょうか。
　イルミナティとは、「啓明結社」とも「光明結社」ともいう秘密結社のひとつであり
、もう既にその歴史を終えています。このようにいうと、研究家の人たちから、「そん
なことはない。現在もイルミナティはある」という反論を受けそうですが、歴史的にい
うのであれば既に終わっているというのが正しいのです。
　ただ、その幻想は現代もなお陰謀史家の頭のなかで生き続けており、いわゆる世界的
な陰謀にはすべてこのイルミナティの影があると考えられているようです。それに世界
最大の秘密結社といわれるフリーメーソンについてもイルミナティと同一視している人
がたくさんいるようですが、これも間違いです。
　そこで、イルミナティとはどのような経緯で結成され、どのような活動をやったのか
――簡単に歴史を調べてみるのは、無駄ではないと思います。
　イルミナティが発足したのは、ドイツのバイエルン地方であり創立者はこの地方のイ
ンゴルシュタット大学の法学部長をやっていたアダム・ヴァイスハウプトという人物で
す。
　ヴァイスハウプトはユダヤ人であり、少年期に戒律の厳しいことで知られるイエズス
会の修道士を任されたのです。このとき強い反宗教意識が芽生えるのです。しかし、好
奇心の強いヴァイスハウプトは、バビロニアやエジプトなどのデモーニッシュな密儀や
秘儀に心ひかれるようになっていったのです。
　ヴァイスハウプトは極めて優秀であり、２７歳の若さでインゴルシュタット大学の法
学部長に栄進します。しかし、彼はその大学で陰湿ないじめに遭うのです。若い教授の
才能に対する妬みやそのあまりの自由思想に対する反発からです。そのいじめは常軌を
逸しており、これによって彼は、少しずつ人間を信用できなくなっていくのです。
　その対抗策としてヴァイスハウプトは、自分と意見を同じくする仲間を集め、秘密裏
に会合を開き、会の存在と内容については一切の他言を禁じたのです。そして、リーダ
ーシップのあるヴァイスハウプトは、会員に対して自分への完全服従まで要求したので
す。このようにしてはじまった組織がイルミナティの前身であり、本格的に秘密結社と
して発足したのは、１７７６年５月１日のことです。
　当時は自由思想は隆盛をきわめており、イルミナティの会員は急速に増えていったの
です。
　イルミナティというのは次の言葉から由来すると一般的には考えられています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　　　　　　　　　illuminate　＝　イルミネート　→　啓蒙する
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　別の考え方もあります。本当のところは、イルミナティは「光を与える」という意味
だというのです。ここで「光」とは「ルシファー（ルチフェル）」のことです。
　聖書によれば、ルシファーとは「サタン」であり、悪魔ということになります。旧約
聖書にはこういうことが書いてあります。ルシファーは光の天使として天上において大
きな力を持っていたが、その力を過信して自らが神になろうとしたので神の怒りを買い
、地獄に突き落とされた「堕天使」である――このように記述されています。
　その真偽はおくとして、イルミナティという秘密結社の目的とは何でしょうか。
　ヴァイスハウプトは、当時既に存在した秘密結社であるフリーメーソンを研究し、イ
ルミナティの会員を次の３つの階級に分けています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　　　　　　　　　　　　　　　　１．養　成　的位階
　　　　　　　　　　　　　　　　２．メーソン的位階
　　　　　　　　　　　　　　　　３．密　儀　的位階
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　イルミナティの目的についてヴァイスハウプトは、「密儀的位階」に達した会員にの
み伝えているのです。つまり、ここでいう養成的位階とメーソン的位階は、いわば洗脳
のレベルを示すものと考えてよいでしょう。
　密儀的位階をクリアした会員にヴァイスハウプトが伝えたイルミナティの目的とは次
の７つです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　　　　　　　→　　１．あらゆる統合政体（国家）の廃絶
　　　　　　　　　　２．私有財産の廃絶
　　　　　　　　　　３．相続権の廃絶
　　　　　　　　　　４．愛国主義的の廃絶
　　　　　　　→　　５．すべての宗教の廃絶
　　　　　　　　　　６．結婚の廃絶による家族制度の廃絶
　　　　　　　→　　７．世界政府の樹立
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　ヴァイスハウプトは、とくに１、５、７に力を入れていたのです。国家の廃絶を強く
望み、ユートピア的な世界政府の実現を目指し、そのためには暴力革命も辞さないとい
う、当時としては極めて過激な思想だったのです。
　このイルミナティの思想は、明らかにマルクス共産主義の思想に通じています。カー
ル・マルクスはユダヤ人の弁護士の子としてドイツのライン州トリールに生まれていま
す。そして、１６歳のとき、彼はジャスト支部というイルミナティの組織に入会してい
るのです。　　　　　　　　　　　　　　　　　・・・［秘密結社の謎を探る／１０］


　　　　　≪画像および関連情報≫
　　　　　　・カール・マルクス
　　　　　　　―――――――――――――――――――――――――――
　　　　　　　カール・マルクスは１８１８年５月５日、トリールに生まれ
　　　　　　　ました。父はハインリッヒ、母はヘンリエッテ。両親ともユ
　　　　　　　ダヤ教の由緒あるラビ（指導者）の出身。つまり、マルクス
　　　　　　　はユダヤ人社会の名門に生まれたのです。父は１７８９年の
　　　　　　　フランス革命とその後のナポレオンのトリール支配から啓蒙
　　　　　　　思想の影響を受け弁護士（トリール市の法律顧問）になりま
　　　　　　　すが、フランスはワーテルローの戦い（１８１４年）で敗退
　　　　　　　し、トリールを奪還したプロイセン（ドイツ）は伝統的なキ
　　　　　　　リスト教信仰を押しつけ、ユダヤ教徒を公職から追放する条
　　　　　　　例を作りました。父は信仰を守るか、それとも職を守るかの
　　　　　　　選択を迫られ、その結果、職を選び、１８１６年にユダヤ教
　　　　　　　を捨てキリスト教に改宗、洗礼名ハインリッヒ（それまでは
　　　　　　　ヘッシェル）を名乗るようになったのです。
　　　　　　　<a href="http://web.archive.org/web/20070108022946/http://www.geocities.jp/thkxp/chack/z-chack09.htm" target="_blank">http://www.geocities.jp/thkxp/chack/z-chack09.htm</a>
　　　　　　　―――――――――――――――――――――――――――

<div style="text-align:center;"><a href="http://intec-j.up.seesaa.net/image/A5E6A5C0A5E4BFCDA1BFA5ABA1BCA5EBA1A6A5DEA5EBA5AFA5B9.jpg" target="_blank"><img src="http://intec-j.up.seesaa.net/image/A5E6A5C0A5E4BFCDA1BFA5ABA1BCA5EBA1A6A5DEA5EBA5AFA5B9-thumbnail2.jpg" width="396" height="214" border="0" align="" alt="ユダヤ人／カール・マルクス" /></a></div>]]>
      
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   <title>米国の陰の政府／ロックフェラー（ＥＪ第１８３５号）</title>
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   <published>2008-11-13T20:36:05Z</published>
   <updated>2008-11-13T20:39:22Z</updated>
   
   <summary>　一般的にロックフェラーと聞いて何を連想するでしょうか。 　おそらく日本人は「世...</summary>
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      <name>BLOG管理者</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.intecjapan.com/blog/">
      <![CDATA[　一般的にロックフェラーと聞いて何を連想するでしょうか。
　おそらく日本人は「世界一の石油王」、「世界一の大金持ち」それから「慈善家」と
いうところでしょうか。また、ニューヨークの国連ビルを連想する人もいるかも知れま
せん。確かにニューヨークの国連ビルの敷地は間違いなくロックフェラー家が国に寄付
したものだからです。
　しかし、ここまで見てきたように、ロックフェラーには別の顔があり、ヨーロッパを
支配しているとされる英ロスチャイルドと並ぶ大財閥として、米国の政治や経済などを
仕切っている「陰の政府」のような存在なのです。
　ロックフェーに関してはさまざまな本が出ていますが、大変参考になった本のひとつ
に次の本があります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　　　　　　Ｅ・Ｍ・ジョセフソン著、馬野周二監訳
　　　　　　『ロックフェラーがアメリカ経済をダメにした』／徳間書店
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　著者のＥ・Ｍ・ジョセフソン氏は、ニューヨーク市の内科の開業医なのですが、政界
に詳しく、テレビキャスターやコラムニストとして、上下両院でも爆弾質問を行うなど
活躍をした人です。
　既に１９７５年に亡くなっていますが、米国政府の真相を暴く書籍を７冊も書くなど
、米国の政治に大きな影響を与えた人物であるといえます。
　同書の監訳者の馬野周二氏は通産省の技官を経て、ニューヨーク工科大学の教授も勤
めた人です。米国政府の技術開発に携わった経験から、技術者としての見地で米国政治
とビジネスの実態を知る機会があり、帰国後に米国の政治・経済・歴史の再構築に取り
組み、多くの著書を出版しています。
　馬野氏は単なる同書の翻訳者ではなく、同書の冒頭に「はじめに」という章を設けて
、馬野氏自身の意見を述べているのですがこの部分が大変興味深いのです。
　「人民の、人民による、人民のための政治」――米国の建国の精神であり、現在米国
はそれを世界中に輸出しているといっていますが、ジョセフソンは米国の実体はそのよ
うなものではなく、次のようなものであるといっているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　　　　　　 米国の実体は少数の支配家系による強固な独裁政治である
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　つまり、今までの米国の大統領の大部分が血脈上つながっており、東部エスタブリッ
シュメントを形成しているのです。血脈がつながっていれば一族のようなものであり、
一体となって支えることによって米国を支配できるのです。
　しかし、米国国土の中西部や西部、南部が開拓されるにつれて血脈がつながっていな
い者もホワイトハウスの主になる者も出てくることになります。例えば、ニクソンやレ
ーガンは西部、カーターやクリントンは南部の出身であり、血脈はつながっていないの
です。
　こういう場合は、勝手なことをさせないように政権にスタッフを送り込み、国家運営
の実権を握ってしまうのです。このことはカーター政権やクリントン政権のケースでも
分析した通りです。もし、彼らが勝手なことをしようとすると、間違いなく失脚させら
れるか、命を奪われることもあるのです。
　彼らの傀儡であったとみられる３２代米大統領――フランクリン・Ｄ・ルーズベルト
は、米国史上唯一四選された大統領ですが彼は政治生活を総括して、次のような意味深
なことばを残しているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　　　　　　政治・経済のことについては偶然に起こることは一つもない。
　　　　　　偶然に起こったように見えても、それはそうなるように図られ
　　　　　　ていたのだと結論づけてもいい。
　　　　　　　　　　　　　　　　　――フランクリン・Ｄ・ルーズベルト
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　ところで「陰の政府」といわれるロックフェラー財閥が管理する財産は、どのくらい
あるのでしょうか。
　ロックフェラー財閥が管理する財産は、６４００億ドル、多国籍企業２００社支配、
米国の１０大メーカーのうち６社、１０大保険会社のうち６社、富は全米国民総生産の
５０％を超えるといわれます。
　イスラエル・ユダヤとの関係では、ロスチャイルド財閥が「シオニズム」――イスラ
エル建国を支持してバック・アップしているのに対して、ロックフェラー財閥は、どち
らかというとアンチ・シオニストの傾向が強いということは既に述べた通りです。これ
らの超巨大財閥が世界各地で激突しつつ、覇権を争っているといわれます。
　一般的に世界経済を牛耳っているのは、ロックフェラー財閥を含めて次の７つの財閥
であるといわれます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　　　　　　　　１．ロックフェラー財閥　　　５．モルガン財閥
　　　　　　　　２．ロスチャイルド財閥　　　６．ベクテル財閥
　　　　　　　　３．サッスーン財閥　　　　　７．ザハロフ財閥
　　　　　　　　４．クーン・ロエブ財閥
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　ロックフェラーはもともとはＷＡＳＰであり、ユダヤ系ではないのですが、ユダヤ財
閥と緊密な関係ができるなかで融合し、ユダヤ化しています。ユダヤ系財閥の中心はも
ちろんロスチャイルド財閥です。
　サッスーン財閥はロスチャイルドの支家の一つで、中国・上海を本拠地にしています
。クーン・ロエブ財閥はロスチャイルド財閥の米国支店、モルガン財閥はウォール街を
本拠地として金融業で成功、ベクテルとザハロフは軍需財閥で、ユダヤと米国の軍事支
配の先兵です。　　　　　　　　　　　　　　　・・・［秘密結社の謎を探す／０９］


　　　　　≪画像および関連情報≫
　　　　　　・フランクリン・Ｄ・ルーズベルト
　　　　　　　ルーズベルトはその任期中に世界恐慌と第２次世界大戦を経
　　　　　　　験し、２０世紀における中心人物のうちの一人であった。ル
　　　　　　　ーズベルトのリーダーシップはアメリカ合衆国を世界恐慌か
　　　　　　　ら回復させ、第２次世界大戦までの世界構造の中で枢軸国に
　　　　　　　対する「民主主義の兵器廠」に発展させた。しかしながら、
　　　　　　　スターリンに対する微妙な姿勢は後の歴史家によって批判の
　　　　　　　対象となった。彼の平和に対する国際組織の展望は死後に国
　　　　　　　際連合として結実した。　　　　　　　――ウィキペディア

<div style="text-align:center;"><a href="http://intec-j.up.seesaa.net/image/A5D5A5E9A5F3A5AFA5EAA5F3A1A6A3C4A1A6A5EBA1BCA5BAA5D9A5EBA5C8.jpg" target="_blank"><img src="http://intec-j.up.seesaa.net/image/A5D5A5E9A5F3A5AFA5EAA5F3A1A6A3C4A1A6A5EBA1BCA5BAA5D9A5EBA5C8-thumbnail2.jpg" width="274" height="360" border="0" align="" alt="フランクリン・Ｄ・ルーズベルト" /></a></div>]]>
      
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   <title>クリントン前大統領の正体を探る（ＥＪ第１８３４号）</title>
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   <published>2008-11-13T00:17:20Z</published>
   <updated>2008-11-13T00:20:18Z</updated>
   
   <summary>　ＥＪ第１８３０号からＥＪ第１８３２号にかけて、クリントンがシオニスト派の支持 ...</summary>
   <author>
      <name>BLOG管理者</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.intecjapan.com/blog/">
      <![CDATA[　ＥＪ第１８３０号からＥＪ第１８３２号にかけて、クリントンがシオニスト派の支持
を受けて大統領選を戦い、強敵父ブッシュ元大統領を破って当選したものの、大統領に
なると一転して世話になったシオニスト派を裏切り、米財界保守本流の意向に沿って行
動したことについてお話ししました。そして、それは、ロックフェラー財閥主導による
政権の換骨奪胎、すなわち、政権乗っ取りが行われた結果であると述べています。
　これは、『ロックフェラー対ロスチャイルド』（徳間書店刊）の著者、藤井昇氏の所
説を参考にして書いたものです。しかし、よく考えると、この説には少し矛盾があるの
です。クリントンは１９９６年の大統領選で対抗相手のボブ・ドールを破り、余裕を持
って再選されているからです。
　第１期ではシオニスト派を裏切ったのですから、１９９６年の選挙では支持が得られ
ないはずです。ロックフェラーに代表される財界の保守本流としても、独自の候補を立
てればよいわけですから、別にクリントンを応援するまでもない――それなのにクリン
トンは楽勝しているのです。
　ところで、１９９２年の大統領選に意外な事実があるのです。
現在、ウエスト・ヴァージニア州選出の上院議員であるジェイ・ロックフェラーなる人
物が１９９２年の大統領選に民主党から出馬し、予備選でクリントン候補に敗れている
という事実です。
　これは、ＥＪで何回もご紹介している副島隆彦氏の所説なのですが、これが正しいと
すると、ＥＪ第１８３０号において、１９９２年の選挙には、ロックフェラー上院議員
は手を上げなかったと書いたのは誤りということになります。
　このジェイ・ロックフェラーとは何者でしょうか。
　この人は、ロックフェラー家の正当な嫡男であり、正式名称はジョン・ダヴィットソ
ン・ロックフェラー４世です。創業者の初代石油王ジョン・ダヴィットソン・ロックフ
ェラー１世（ロックフェラー・ジュニア）の４代目ということになります。彼の父親は
、ジョン・ダヴィットソン・ロックフェラー３世です。以下、４世をジェイ・ロックフ
ェラーと呼ぶことにします。
　それでは、どうしてロックフェラー４世は選挙でクリントンに敗れてしまったのでし
ょうか。
　それは、４世の叔父に当たるロックフェラー家現当主デイヴィット・ロックフェラー
がクリントンの方に肩入れしたからなのです。これは、副島氏によると、要するに「本
家と分家の争い」であるというのです。
　３世が亡くなったとき、ジェイは４１歳であり、十分後を継げる年齢に達していたに
もかかわらず、３世の弟であるネルソン・ロックフェラーが当主となり、さらにネルソ
ンが死去すると、やはり３世の弟である当時６４歳の現当主のデイヴィット・ロックフ
ェラーへ当主の座がたらい回しされたのです。つまり、２代にわたって分家があとを継
いでいることになります。そこには、典型的な跡目相続の醜い争いがあるのです。
　１９９２年の大統領選のさい、当時現当主のロックフェラーは７７歳に達していたの
ですが、世紀の嫡男であるジェイが大統領選に出ると知ると、クリントンに肩入れして
予備選でジェイを敗退させ、それを阻止したのです。そして、９１歳に達した現在もデ
イヴィットはロックフェラー家の当主を続けているのです。
　そうなると、クリントンは一体何者かということになります。
なぜ、ロックフェラーが当時アーカンソー州の知事でしかないクリントンを支援したの
でしょうか。
　それには、ロックフェラー家の家系を少したどってみる必要があります。ロックフェ
ラー２世には次の５人の男の子がいたのです。つまり、５人兄弟です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　　　　　　　　ジョン・ダヴィットソン・ロックフェラー３世
　　　　　　　　ネルソン・ロックフェラー
　　　　　　　　ローレンス・ロックフェラー
　　　　　　　　ウィンスロップ・ロックフェラー
　　　　　　　　デイヴィット・ロックフェラー　　→　現当主
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　このうち、３世に次いでネルソン、デイヴィットがそれぞれ当主になったことは既に
述べました。注目すべきはウィンスロップ
・ロックフェラーという人物です。驚くべきことに副島氏は、クリントンは、このウィ
ンスロップ・ロックフェラーの実子であるというのです。そういう噂は確かにあったの
ですが、副島氏はわざわざ米テキサス州まで取材に行き、それが間違いないことを確認
しているのです。
　確かに、ウィンスロップはアーカンソー州の知事をやっていますし、後にクリントン
が州知事になれたのも納得がいきます。また、クリントンが大秀才しかもらえないロー
ズ奨学金で英国に留学していること、エール大学に入学していること――普通の貧しい
家庭の子供が歩める道ではないのです。
　クリントンが高校生のときに時のジョン・Ｆ・ケネディ大統領と握手した話は有名で
すが、そのセレモニーの主催者はアーカンソー州知事であった父のウィンスロップなの
です。米国のメディアはこのときの映像をよく流していましたが、実はクリントンのそ
ばに父親が写っていたのに、メディアの映像ではそれがカットされているのです。
　クリントンは次の大統領選で妻のヒラリーを出馬させ、夫婦そろってホワイトハウス
に復帰することを狙っています。これにもデイヴィット・ロックフェラーの影がちらつ
いているのです。
　ところで４世のジェイはニューヨークの金融財界を掌握しようとして動いているとい
われます。そして遅まきながら、当主の座を本家に戻そうとしています。それには、現
当主のデイヴィットとクリントンが立ちふさがることは間違いないといわれます。
　このようにクリントンはロックフェラー家の現当主をバックに驚くべき政治力を持っ
ているのです。　　　　　　　　　　　　　　・・・［秘密結社の秘密を探る／０８］


　　　　　≪画像および関連情報≫
　　　　　　・副島隆彦著、『老人税』／祥伝社刊
　　　　　　　ロックフェラーといえばアメリカを支配する黒幕と言われて
　　　　　　　いますが、ヨーロッパを支配しているのはロスチャイルド一
　　　　　　　族で、両者は対立・競争関係にあるという人がいます。また
　　　　　　　「陰の世界政府」と呼ばれ、世界を陰で動かしている勢力は
　　　　　　　ロスチャイルドやロックフェラーをも操ることのできる大き
　　　　　　　な力をもつ組織だという説もあります。
　　　　　　　<a href="http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/bookstand-rojinzei.html" target="_blank">http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/bookstand-rojinzei.html</a>

<div style="text-align:center;"><a href="http://intec-j.up.seesaa.net/image/C9FBC5E7CEB4C9A7BBE1A4CECBDC.jpg" target="_blank"><img src="http://intec-j.up.seesaa.net/image/C9FBC5E7CEB4C9A7BBE1A4CECBDC-thumbnail2.jpg" width="360" height="268" border="0" align="" alt="副島隆彦氏の本" /></a></div>]]>
      
   </content>
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   <title>ＰＮＡＣとブッシュ現政権（ＥＪ第１８３３号）</title>
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   <published>2008-11-11T20:16:14Z</published>
   <updated>2008-11-11T20:20:02Z</updated>
   
   <summary>　ここまでは、ロックフェラー財閥対ロスチャイルド財閥の構図で米クリントン政権を ...</summary>
   <author>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.intecjapan.com/blog/">
      <![CDATA[　ここまでは、ロックフェラー財閥対ロスチャイルド財閥の構図で米クリントン政権を
分析してきましたが、現在の米国はこの２つの財閥――秘密結社の対決構図だけで説明
できるほど、単純ではないのです。
　現ブッシュ政権は、米財界保守本流の政権ですが、この政権はＰＮＡＣというグルー
プ――Ｐはプロジェクトの意ですが、一時的な特定目的の集団ではなく一種のサークル
的な秘密結社である――このグループを抜きにしては語れないのです。ＰＮＡＣとは次
の頭文字を取った略語です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　　　　　　　　　ＰＮＡＣ　＝　新アメリカの世紀プロジェクト
　　　　　　　　　Project for the New American Country
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　ＰＮＡＣは、１９９７年６月、　ウィリアム・クリストルという人が設立した団体で
す。クリストルは有力保守系政治雑誌の編集人ですが、ハーバート大学で博士号を取得
し、ペンシルバニア大学で教鞭を取っていたこともある秀才です。
　クリストルの父親は、「ネオコンサーバティブの父」と呼ばれるアーヴィング・クリ
ストルという人です。このネオコンサーバティブ――略して「ネオコン」＝新保守主義
と呼ばれています。クリストルは、ブッシュ（父）政権下では、ダン・クゥエール副大
統領の首席補佐官を務めているのです。
　２００１年１月にブッシュ政権が誕生すると、ＰＮＡＣのメンバーが続々と政権入り
しています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　　　　　　　　　ディック・チェイニー副大統領
　　　　　　　　　ドナルド・ラムズフェルド国防長官
　　　　　　　　　ポール・ウォルフォウィッツ国防副長官
　　　　　　　　　リチャード・パール国防政策委員長
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　現在、イラクの状況は米国にとって最悪といえるものです。あるとしていた大量破壊
兵器は発見されず、戦争の大義というものがなくなっています。米兵の戦死者の数も多
く、ブッシュ大統領の支持率はドン底に落ち込んでいます。
　しかし、ブッシュ政権――というよりＰＮＡＣとしては所期の目的を果たしたと考え
ているでしょう。それは絶対に口に出してはいえませんが、米国としては大きな脅威を
ひとつ取り除くことに成功したからです。
　ブッシュ大統領は就任直後の２月１６日に、突如米英両軍の戦闘爆撃機２４機でイラ
クの首都バッダット近郊の同国軍対空防衛司令部など５ヶ所を空爆しています。今にし
て思えば、ブッシュ政権の姿勢をこれで見せつけたのです。「前のクリントン政権とは
違うぞ」という姿勢を誇示したのです。
　ＰＮＡＣが恐れていたのは実はイランやイラクではなく、中国の台頭なのです。中国
のイラクへの武器輸出は、１９８１年から２００１年の間に全体の１８％に達していた
のです。これによりイラクへの兵器供給国として中国は、フランスを抜いてロシアに次
いで第２位になっているのです。
　さらに中国は、１９９０年代後半において、ミサイル技術、先端レーダーシステム向
け部品、神経ガス用の化学物質、さまざまなミサイル関連のハイテク装置や巡航ミサイ
ルなどをイラン、パキスタン、シリア、リビアに売却しているのです。
　中国としては要するに中東の石油が欲しいわけです。イラクのフセイン大統領はそう
いう中国の足元を見て取引を持ちかけているのです。したがって、ＰＮＡＣとしては、
まず、イラクを攻撃して中国の野望をくじく必要があると考えたのです。
　なぜ、そうしなければならないのか。ＰＡＮＡＣのウィリアム・クリストルは、次の
ようにいっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　　　　　　そうしなれば、これから１０年後には、我々はイラク、イラン
　　　　　　北朝鮮、中国がそれぞれ核兵器でアメリカを攻撃できる能力を
　　　　　　持った世界に住んでいることになるだろう。そしてその間に、
　　　　　　我々は中国の攻撃から台湾を守らなければならないのかどうか
　　　　　　の決断を迫られ、サダム・フセインが再びクウェートの石油を
　　　　　　奪取しようという試みに直面することになる。
　　　　　　　――菅原出著、「日本人が知らないホワイトハウスの内戦」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ビジネス社刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　このような中東への大量破壊兵器拡散を加速化させている中国に対して、当時のクリ
ントン政権は圧力をかけるどころか、「戦略パートナー」と呼び、関係強化を図ろうと
していたのです。それだけではないのです。クリントンはアーカンソー知事の時代に大
物華僑であるリッポーグループから不正献金受けたという疑惑が取り沙汰されるなど、
中国との間には黒い噂があるのです。
　このような優柔不断のクリントンと比べるとブッシュ現大統領は、どちらかというと
あまり評価の高くない大統領であるとされているものの、どうやら実体はかなり違うよ
うです。決してＰＮＡＣの考え方に盲従せず、自分のペースで慎重にイラクへの決戦の
火蓋を切っています。
　目的は将来の禍根を絶つためにフセインの支配するイラクを潰すこと――中国とこと
を構えるわけにはいかないので、近い将来米国を攻撃してくる敵をひとつ減らすことが
狙いなのです。イラクの後始末は大変ですが、ブッシュ大統領はその大事な仕事をやり
遂げたのです。
　レーガン政権のとき、ブッシュ・ジュニアは、当時国務長官をしていたジョージ・シ
ュルツの自宅を訪ね、フーバー研究所のスタッフと３時間半にわたり、国内経済から外
交政策に関して議論したことがあります。そのときシュルツをはじめフーバー研究所の
研究員はブッシュ・ジュニアの物事の本質を掴み取る速さに舌をまいたというのです。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　・・・［秘密結社の謎を解く／０７］


　　　　　≪画像および関連情報≫
　　　　　　・ＰＮＡＣについて
　　　　　　　―――――――――――――――――――――――――――
　　　　　　　「米帝国論」がワシントンで注目されている。震源地は、外
　　　　　　　交・安保問題の研究所「新アメリカの世紀プロジェクト」Ｐ
　　　　　　　ＮＡＣ。５年前に発足した新参シンクタンクだが、ブッシュ
　　　　　　　政権の大物が深くかかわり、政策決定に及ぼす影響力は無視
　　　　　　　できない。イラクや中国に対する強硬策を求めるなど、政権
　　　　　　　の単独行動主義を思想的に下支えしている。（ワシントン＝
　　　　　　　杉本宏）
　　　　　　　<a href="http://homepage.mac.com/ehara_gen/jealous_gay/pnac.html" target="_blank">http://homepage.mac.com/ehara_gen/jealous_gay/pnac.html</a>
　　　　　　　―――――――――――――――――――――――――――

<div style="text-align:center;"><a href="http://intec-j.up.seesaa.net/image/A5D6A5C3A5B7A5E5C2E7C5FDCECE.jpg" target="_blank"><img src="http://intec-j.up.seesaa.net/image/A5D6A5C3A5B7A5E5C2E7C5FDCECE-thumbnail2.jpg" width="248" height="360" border="0" align="" alt="ブッシュ大統領" /></a></div><div style="text-align:center;"><span style="font-size:x-small;">ブッシュ大統領</span></div>]]>
      
   </content>
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   <title>クリントンの裏切りとシオニストの反発（ＥＪ第１８３２号）</title>
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   <published>2008-11-11T00:20:32Z</published>
   <updated>2008-11-11T00:24:13Z</updated>
   
   <summary>　１９９３年１月９日付の「インターナショナル・ヘラルド・ト首席リビューン」には ...</summary>
   <author>
      <name>BLOG管理者</name>
      
   </author>
         <category term="秘密結社の謎を探る" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.intecjapan.com/blog/">
      <![CDATA[　１９９３年１月９日付の「インターナショナル・ヘラルド・ト首席リビューン」には
、次の見出しが出ています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　　　　　　　ユダヤ人団体、クリントンの対イスラエル政策に懸念！
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　１９９３年１月といえばクリントン政権発足と同時です。クリントン大統領が政権の
人事について、必ずしもシオニスト系の人物を要職に指名しないことが明らかになって
きたので、ユダヤ／シオニスト組織から猛烈な反発が出ており、こういう記事が出たも
のと思われます。はっきりいって、シオニスト派にとって、それほどクリントンの裏切
りはひどいものだったのです。
　ＥＪ第１８３０号でご紹介した藤井昇氏の本を精読すると、政権外部からはとうてい
窺い知ることはできない人事の詳細が記述されています。ロックフェラー財閥によって
代表される米財界保守本流によるクリントン政権の換骨奪胎の様子が、政権発足当初か
らはじまっていたことがわかります。
　１９９３年５月に、次の人事が発表されています。
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　　　　　　　　ステファノポロス首席報道官の解任・降格
　　　　　　　　デヴィット・ガーゲン、ホワイトハウス補佐官に就任
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　ステファノポロス首席報道官はギリシャ系のシオニスト色の強い人物だったのです。
当時、米財界保守本流はトルコを経由して中央アジアのイスラム教圏の経済開発に力を
入れていて、親トルコだったのですが、トルコとギリシャは伝統的に敵対関係にありギ
リシャはシオニスト派と結びついていたのです。
　ホワイトハウス入りしたデヴィット・ガーゲン補佐官は、ニクソン、フォード、レー
ガンの３代の共和党大統領に仕えた経験があり、筋金入りの保守本流の人物です。この
ガーゲンのホワイトハウス入りを契機に彼は実務上の権力の中枢を握り、ホワイトハウ
スを仕切るようになっていったのです。このようにして、大統領を支えるスタッフまで
が、ロックフェラー財閥系のスタッフによって入れ替えられていったのです。
　このようにして、シオニスト派によって本丸を固めたはずのクリントン政権は保守本
流の勢力によって換骨奪胎され、変質を遂げていったのです。その変質ぶりが一番よく
わかるのは、ＮＡＦＴＡ／北米自由貿易協定の取り扱いなのです。
　もともと民主党の経済政策は一国繁栄主義――経済ナショナリズムの管理貿易主義の
はずです。したがって、ＮＡＦＴＡに関しては、ほとんどの議員が反対を表明していた
のです。
　北米自由貿易協定／ＮＡＦＴＡは、アメリカ、カナダ、メキシコの３国間で自由に貿
易をしようという協定です。ブッシュ政権の末期の交替期の１９２２年１２月に署名さ
れ、１９９４年１月１日から発効しています。ＮＡＦＴＡ成立以降、域内の貿易は拡大
し、特にメキシコの発展に伴いアメリカとメキシコの貿易が大幅に拡大しています。
　それでは、民主党はどうして反対したのでしょうか。
　それは、民主党が経済政策に関しては保護主義／管理貿易派であったことと、メキシ
コというカトリックとスペイン語の国をどう見るかという根本的な問題がそこにあった
からです。とくに反対の先頭に立ったのは、民主党のロス・ペローだったのです。
　ＮＡＦＴＡに関しては、政府間の調印は終わっていたのですが議会の批准が済んでい
なかったのです。クリントンは大統領選においては、もちろん「ＮＡＦＴＡ反対」を掲
げて選挙戦に臨んでいたのです。
　そういう状況のなかで、当のロス・ペローと副大統領のゴアとの間でテレビ討論が行
われたのです。そのとき、米国民はクリントン政権の変質ぶりに驚いたのです。という
のは、選挙のときはロス・ペローよりもシオニスト寄りで保護主義者だったゴアがＮＡ
ＦＴＡを堂々と援護したからです。
　１９９３年１１月２０日、ＮＡＦＴＡは批准されます。このときクリントン大統領は
自ら一人ひとりの議員の説得に当たるなどして、法案可決に全力を上げたのですが、ク
リントン政権の民主党は、上院でも下院でも反対票が賛成票を上回ったのです。
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　　　　　　　≪民主党≫　　　　　　　　≪共和党≫
　　　　　　　　　　　賛成　　　反対　　　　　　　賛成　　　反対
　　　　　　　上院　　２７　　　２８　　　上院　　３４　　　１０
　　　　　　　下院　１０２　　１５６　　　下院　１３２　　　４３
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　こうしたクリントン大統領の変質ぶりを見せつけられたシオニスト派は、１９９３年
後半には反撃に転じます。１９９３年１２月２０日を境にして、クリントン夫妻が不動
産投資にからんで選挙資金を不正融資したのではないかという、いわゆる「ホワイトウ
ォーター・スキャンダル」が、ニューヨーク・タイムズ紙上に登場してくるのです。
　このスキャンダルによる「クリントン・バッシング」は、１９９４年に入って一層激
しくなるのです。クリントンはシオニストの支援を受けて大統領に当選したにもかかわ
らず、当選後は、米財界保守本流派に鞍替えした裏切り者であり、シオニスト派のメデ
ィアは一斉にクリントンを攻撃したのです。
　このように、クリントンは大統領ではあるけれども、実際に国を動かしているのは、
ロックフェラーを中心とする米財界保守本流のスタッフなのです。藤井昇氏は、米国の
大統領職について次のようにいっています。
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　　　　　　アメリカ大統領職とは、しょせん、アメリカ財界政治部の一要
　　　　　　職にすぎないということである。――藤井昇著、「ロックフェ
　　　　　　　　　　　　　　　ラー対ロスチャイルド」より。徳間書店刊
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　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　・・・［秘密結社の謎を解く／０６］


　　　　　≪画像および関連情報≫
　　　　　　・ＮＡＦＴＡ／北米自由貿易協定
　　　　　　　加盟国間の関税を１０年から１５年の間に撤廃すること、金
　　　　　　　融や投資を自由化すること、知的所有権の保護を図ることな
　　　　　　　どを目指し、１９９２年１２月に調印され、１９９４年１月
　　　　　　　に発効。ＮＡＦＴＡは約４億人の消費者を持ち、ヨーロッパ
　　　　　　　経済地域に次ぐ世界第二位の自由貿易地域を形成している。
　　　　　　　しかし、当初から、カナダやメキシコにおける環境、労働、
　　　　　　　人権などが、米国企業によって犠牲になることが懸念され、
　　　　　　　環境保護団体や労働組織など多方面から反対の声が挙がって
　　　　　　　いる。１９９４年１月１日の協定発効日には、先住民の多い
　　　　　　　メキシコ南部チアパス州で、ＮＡＦＴＡに反対してサパティ
　　　　　　　スタ民族解放軍が武装蜂起している。

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   <title>クリントン政権と財界保守本流（ＥＪ第１８３１号）</title>
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   <published>2008-11-10T01:50:25Z</published>
   <updated>2008-11-10T01:53:52Z</updated>
   
   <summary>　１９９２年１１月、クリントンは米大統領選に勝利したのですが、その政権には次の ...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.intecjapan.com/blog/">
      <![CDATA[　１９９２年１１月、クリントンは米大統領選に勝利したのですが、その政権には次の
３つの特徴があったのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　　　　　　第１の特徴：中東政策に関しては、イスラエル支持一辺倒の親
　　　　　　　　　　　　シオニスト外交であること
　　　　　　第２の特徴：経済政策に関しては、一国繁栄主義で、管理貿易
　　　　　　　　　　　　主義的的な色彩が強いこと
　　　　　　第３の特徴：中国政策に関しては、ＰＬＯへの支持を表明して
　　　　　　　　　　　　いる中国に反対を貫くこと
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　第１の特徴は、イスラエル支持の外交になるのは当然であったのですが、それにして
もクリントンという人にはかなりのツキがあったといえます。それは、１９９２年６月
２３日のイスラエルの総選挙で和平推進派の左派（労働党）連合が、大差で勝利してい
たからです。
　というのは、クリントンは中東政策に関しては、ブッシュが拒否を表明していたイス
ラエルの債務保証を確約し、占領地への入植停止は援助の条件とはせず、和平会議の中
で交渉の対象とするなど、シオニスト・ロビーの意向に沿って選挙戦に臨んでいたから
です。もし、和平絶対拒否の右派連合のシャミル政権が勝っていたら、クリントン政権
はそれを支持せざるを得ず、大方の米国民の強い反発を買っていたと思われるからです
。やはり、大統領になるほどの人は運が強いといえます。
　第２の特徴の経済政策において、クリントン大統領の経済ブレーンとしてサポートし
たのは、次の５人です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　　　　　　１．ロバート・ライシュ　　・・　労働長官
　　　　　　２．ジェフリー・サックス　・・　閣外ブレーン
　　　　　　３．ローレンス・サマーズ　・・　財務次官
　　　　　　４．ロバート・ルービン　・・・　国家経済安全保障会議議長
　　　　　　５．ミッキー・カンター　・・・　通商代表
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
　ライシュ、サックス、サマーズの３人はいずれもハーバート大学教授であり、ルービ
ンはゴールドマン・サックス社会長、カンターは弁護士でロビイストですが、いずれも
ユダヤ／シオニストのリベラル派なのです。
　しかし、肝心の財務長官には、ロイド・ベンツェンが就任してています。ロイド・ベ
ンツェンは民主党の大物議員ですが、民主党内でも最も保守的なメンバーであり、シオ
ニストの望む中東での戦火の拡大には一貫して反対の姿勢です。
　第３の特徴である中国政策に関しては、当初クリントン政権は親中国のブッシュ政権
に反対し、中国に対して厳しい姿勢を取ってきたのです。中国はＰＬＯの支持を明確に
している国であり、中国が工業化して安い労働力で米国に輸出攻勢をかけてくることを
警戒する勢力が民主党内には強かったからです。
　しかし、それは最初のうちだけであり、クリントン政権は、まるで日本に当てつける
かのように親中国にのめり込んで行くことになるのです。
　このように、クリントン政権は最初のうちこそこれら３つの特徴を持っていたのです
が、政権発足と同時にこれら３つの特徴はことごとく反転してしまうことになるのです
。
　クリントンが大統領選を制すると同時に素早く動き出したのは米財界保守本流のロッ
クフェラー財閥です。彼らはかつてのカーター政権のときと同じ戦略で、民主党のクリ
ントン政権を事実上乗っ取ることを考えたのです。
　共和党のニクソン大統領がウォーターゲート事件で失脚した後を受けて登場した民主
党のジミー・カーターは、清貧なイメージで人権外交を標榜し、米国民の支持を得て、
大統領を勝ち取ったのです。しかし、彼を政治的に支えたのは、ディヴィット・ロック
フェラーが率いる日米欧三極委員会という名のシンクタンク、いや秘密結社だったので
す。
　ディヴィット・ロックフェラーは、当時チェース・マンハッタン銀行の頭取であり、
ロックフェラー・グループの総帥だったのです。彼は、１９４９年から７０年の長きに
わたり、東部エリートたちで構成するシンクタンク、外交関係評議会（ＣＦＲ）の理事
を務め、世界の政財界に幅広いネットワークを持つ経済界のドンとして君臨していたの
です。
　そして、ロックフェラーは、米国、西ヨーロッパと日本の財界人や官僚や学者による
諮問機関設立の必要性を痛感し、１９７３年に日米欧三極委員会を立ち上げたのです。
　カーター政権は、この日米欧三極委員会が全面的に支えたことによって誕生したので
す。カーターはこの秘密結社のメンバーになることによって、ビジネス界、マスコミ、
国内外の政府高官を含むエリートたちの多数と知り合い、世界中に知人や友人のいるエ
リートになったのです。
　そのため、カーター政権には、日米欧三極委員会のメンバーが多数入っているのです
。したがって、予期に反してクリントンが大統領に当選したとき、ロックフェラーはカ
ーター政権のときと同様に人材を政権に送り込み、事実上政権をハイジャックしてして
しまえばよいと判断し、事実その通りに行ったのです。
　クリントン政権の国務長官、ウォーレン・クリストファーは、かつてのカーター政権
のとき、国務副長官として政権入りしており、クリントン政権では国務長官として入閣
しているのです。
　しかも、この国務省の中東和平推進チームは、ブッシュ政権のときと同じチームが担
当することになり、シオニスト・ロビーとしては「これでは何のためにクリントンを勝
たせたのかわからない」と慨嘆したといわれています。それほど、米財界の保守本流の
勢力は強かったのです。
　要するに大統領はあくまで看板に過ぎず、そのバックの勢力が国や世界を動かしてい
るのです。　　　　　　　　　　　　　　　　　・・・［秘密結社の謎を探る／０５］


　　　　　≪画像および関連情報≫
　　　　　　・日米欧三極委員会とは何か
　　　　　　　日米欧三極委員会の目的は、北米、西欧、そして日本のエリ
　　　　　　　ート間のパートナーシップを強化し、西側資本主義の利益を
　　　　　　　守り、とりわけ新興国からの挑戦に対する資本主義社会の対
　　　　　　　応策を調整していこうというものである。これは、まさしく
　　　　　　　ＣＦＲ（外交関係協議会）の国際版といえるものである。

<div style="text-align:center;"><a href="http://intec-j.up.seesaa.net/image/A5B8A5DFA1BCA1A6A5ABA1BCA5BFA1BCB8B5CAC6C2E7C5FDCECE.jpg" target="_blank"><img src="http://intec-j.up.seesaa.net/image/A5B8A5DFA1BCA1A6A5ABA1BCA5BFA1BCB8B5CAC6C2E7C5FDCECE-thumbnail2.jpg" width="205" height="360" border="0" align="" alt="ジミー・カーター元米大統領" /></a></div>]]>
      
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