INTEC JAPAN/BLOG

このブログは、異文化研修の教育機関(株)インテック・ジャパンの情報発信用です。(株)イー・メディアとの提携により、同社のドキュメント・レポート「Electronic Journal」をウィークデイの毎日お届けします。
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2007年04月25日

リチャード・クーの理論に注目(EJ第1233号)

 このレポートは、2003年11月17日〜12月12日までの19回にEJで取り上げたものです。当時日本経済は不況であり、リチャード・クー氏によるとそれは「バランスシート不況」である、と。小泉政権は経済の舵取りを間違えており、このまま行くと日本経済は崩壊するといい切っています。
 しかし、小泉政権の最終段階で景気は回復基調にあり、クー氏考え方は否定されたようにみえます。しかし、クー氏の理論は一聴に値するものであり、改めてその主張を振り返ってみることにします。
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 総選挙が終わりましたが、結局自民党は勝ちはしなかったものの、民主党に負けなかったのです。民主党は、議席を増やしましたが、野党の票を食っただけに終わったからです。
 これで小泉政権は存続することになりますが、心配なのは日本経済のこれからです。なぜなら、驚くべきことに、小泉首相自身が「自分は経済のことはわからない」と明言しており、経済政策をこれから先も間違え続ける可能性があるからです。そうなったら、日本経済は確実に崩壊します。本当に竹中大臣に日本経済を丸投げしておいて、大丈夫なのでしょうか。
 11月4日のEJ第1224号でリチャード・クー氏(野村総合研究所主席研究員)の「バランスシート不況論」をご紹介しましたが、クー氏の考え方によると、小泉政権のとっている経済政策は完全な間違いであり、このまま「構造改革という名の緊縮財政」を続けて行くと、その先には大恐慌が待っている――このように、クー氏はいっているのです。
 最近リチャード・クー氏は、自らの「バランスシート不況論」を次の本にまとめ、小泉政権の経済政策が間違っていることを指摘しています。
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    リチャード・クー著 楡井浩一訳
    『デフレとバランシート不況の経済学』
    徳間書店刊/¥1800円
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 この書の推薦者の中で注目すべきことは、中曽根康弘元首相の名があることです。本書は、今までの経済学の常識を破る誠に有意義な本ですが、何しろ483ページもあるので読破するのが大変です。そこで、これから、しばらく、クー氏の理論を下敷きにして、日本経済再生の処方箋を探っていきたいと考えます。誰にもわかるように書きますので、経済に興味がない人もぜひお付き合いください。
 1990年は「失われた10年」といわれています。しかし、2003年になっても経済は一向に回復していません。つまり、既に「失われた15年」になっており、小泉政権の経済運営がさらに続くと「失われた20年」になる恐れすらあります。
 「経済が回復する」とは、一体何でしょうか。
 「経済が回復する」とは、簡単にいうと、経済が持続的に成長することです。「経済が成長する」とは、GDP(国内総生産)が前の年よりも増加することをいいます。
 GDPというのは、「国内総生産」という文字にとらわれるとわかりにくくなりますが、GDPは国内で使われたお金の合計のことです。個人がものを買ったり、家を建てたり、企業が機械を導入して工場を作ったりすると、GDPは増えるわけです。そして、それが毎年、前の年を上回るというかたちで持続すると、経済は順調に成長していくわけです。
 日本経済は、現在、回復の途上にはありますが、それは小泉政権の経済運営の成果ではなく、リストラをはじめとする企業サイドの血の出るような努力の結果なのです。こういうときにこそ、国としての迅速、適切、大胆な経済運営が求められるのですが、おそらく、それは期待できないと思われます。
 経済とは「お金のまわりの状態」のことであり、日本中のお金のまわりが良くなると、景気が良くなるのです。現在、よくいわれることは、国民は年金など先行きに心配なことが多いと、貯蓄に走り、お金を使わなくなって、国の中のお金のまわりが悪くなるといわれていますが、個人の所得がすべて消費に回ることなくそのかなりの部分が貯蓄されるということは良いことなのです。
 リチャード・クー氏は、かつての日本経済には次の2つの車輪があって、その両輪が実にうまいタイミングで回転して経済を成長させてきたといっています。
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    第1の車輪 ・・・・・ 個人家計の高い貯蓄率
    第2の車輪 ・・・・・ 企業の投資効率の高さ
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 個人が消費を抑えて貯蓄すると、それらの貯蓄された資金が金融機関や資本市場を介して企業に供給されるのです。企業はその資金を使って前例のないほどの規模で新商品の開発や設備投資に使う――これらがうまく回転して経済を発展させてきたのです。
 1980年代末までの日本の企業投資比率や借金依存度は、世界的に見て、非常に高かったのです。1980年代の初期には、日本企業の自己資本に対する借入比率は、米国の平均的な借入比率の5倍以上に達していたのです。
 それが一体どうなってしまったのでしょうか。
 結論からいうと、個人の貯蓄率の高さと企業の投資比率の高さの両輪のうち、企業の投資効率の高さの方が壊れてしまったのです。それでは、貯蓄率の高さの方は大丈夫なのかというと貯蓄率は依然として健在なのです。
 貯蓄率は、1999年を頂点としてここ数年は下がり気味であることは確かですが、それは、所得と雇用の低下によるものなのです。所得が落ちたり、失業してしまった人たちは貯蓄を取り崩さなければ、生活をしていけないので、当然のことなのです。経済が好転すれば今まで通りの貯蓄率の高さは維持できるのです。
 それでは、個人消費の方はどうかというと、この10年間の消費はフラットで変わっていないのです。国民が本当に将来の財政赤字や年金制度に不安感を抱いているのなら、消費は落ちて貯蓄が増えているはずですが、統計データで見る限りはそういうことになっていないのです。
 問題は企業の行動にあるのです。企業本来の目的は、家計が供給する豊富な資金を使ってシェアを伸ばすことであるのに、企業はそれを使わず、一斉に借金返済に走っているのです。その結果生じているのが「バランスシート不況」なのです。現在、これを説明できる経済理論はないといわれます。     −− [バランスシート不況/01]

リチャード・クー氏の本.jpg

2007年04月26日

バランスシート不況とは何か(EJ第1234号)

 今まで日本経済を推進させてきた2つ車輪――「個人家計の高い貯蓄率」と「企業の投資効率の高さ」のうち、後者の「企業の投資効率の高さ」はなぜ壊れてしまったのでしょうか。
 それは、1990年に起こったバブルの崩壊による資産価格の暴落が直接の原因なのです。日本の企業は、70年代から80年代にかけて、莫大なお金を借り入れて、事業に投資してきています。その借金が残っているのにその借金に見合うはずの資産の価値が暴落してしまったのですから大変です。
 その結果、企業のバランスシートはひどい状況になってしまったのです。株価はピーク時の数分の一になり、資産価値の中心を占めていた土地の価格が暴落してしまいます。都市の商業地で実に86%のダウン――ピーク時の価格の14%になってしまうという土地の大暴落です。これによって、債務の額が資産の額を上回る債務超過の企業が続出したわけです。
 債務の額が資産の額を上回る債務超過になっても、本業さえ健全であれば、企業は倒産するわけではないのです。しかし、昨今は、こういう状態で倒産状態ということになるのです。バランスシートが傷んだ結果の倒産です。銀行や生保会社などの金融機関では、監督官庁である金融庁が決算時点においてバランスシートが債務超過と認定されると、そこで倒産ということになります。
 現在の日本では、本業が健全であるのに、資産価格が暴落した結果、バランスシートが債務超過になってしまった企業が多いのです。実際問題として、ある企業のバランスシートが債務超過の状態になると、銀行はその企業に対する債権を「要管理債権」か「破綻懸念先債権」として、一定の貸倒引当金を積むことになるのです。つまり、不良債権として扱われるわけです。
 こういう状態に追い込まれた企業は何をするでしょうか。
 それは本業で上げた利益で借金返済を急ぐはずです。そして、何とか、バランスシートを健全化しようと考えるはずです。それは企業経営者として当然の行動であると思います。
 多くの企業が一斉にそういう借金返済に走ると、それが経済にどのような影響を与えることになるのでしょうか。
 それが現在日本で起こっている長期にわたる不況の原因なのです。リチャード・クー氏は、その不況を「バランスシート不況」と呼んでいます。多くのエコノミストは、日本の不況の原因は、企業がリストラを含む改革を先送りしてきた結果であるとしていますが、クー氏によると、その考え方は完全に間違っているといっているのです。
 仮に企業経営者たちが、バブルで資産価値が下落したとき、地価も株価もいずれ元に戻ると考えて、バランスシートへの対応を先送りしていたら、日本経済は不況になどなっていないとクー氏はいうのです。しかし、あまりにも多くの企業が借金返済に走った結果、バランスシート不況に陥り、小泉政権が不況の原因を完全に間違ってとらえているために、いまだに不況から脱却できないでいる――これがクー氏の主張です。
 日本の上場企業は約3500社あります。その中でどのくらいの企業が借金返済をやっているかを数字で示します。
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  借金の返済を行っている企業 2000社  57.1%
  借り入れを増やしている企業 1000社  28.6%
  借金額が変化していない企業  500社  14.3%
  ――――――――――――――――――――――――――
                3500社 100.0%
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 これによると、上場企業の実に57%が、現在でも借金返済に走っているのです。国の経済というものは、家計部門が貯蓄した資金を企業部門が借りて使うことで、お金が回っているのです。景気というのは、お金の回りの状態が良いことをいうのですが、家計部門が貯蓄したお金を企業部門が借りて使えば、お金は順調に回っていき、景気は良くなるのです。
 しかし、企業が借入れをやめて借金返済に回ると、家計部門が貯蓄した資金は使われず、銀行に滞留することになります。それに、企業が借金返済に走った結果、そのお金も銀行に滞留することになり、銀行には使われない大量のお金――家計部門の貯蓄の総額+企業部門の借金返済額――がストックされることになります。これが経済全体のデフレギャップとなっているのです。
 そして、この状態が続くと、毎年、家計の貯蓄と企業の借金返済分だけの総需要が失われて、経済がどんどん縮んでいくことになります。これこそがデフレであり、このデフレ克服のためには国として手を打つことが必要になります。
 しかし、政府は金融機関に問題があると考えています。銀行の資金が将来性のない産業の中で焦げついているため、こうした産業への貸付金が、銀行の自己資本比率を悪化させている。そのため、これから成長が見込まれる有望な企業に銀行がお金を貸すことができなくなっている――このように考えているのです。
 しかも、銀行に対して不良債権処理を迫れば迫るほど、銀行は企業にお金を貸せなくなるばかりか、企業に借金返済をあおる結果になって、デフレの状態は一層深刻化します。つまり、逆のことをやっているのです。
 日本は、現在ゼロ金利の状態にあります。それにもかかわらず多くの企業が借金の返済に走っているという状態は、資本主義経済では異常なことです。
 従来の経済学は、企業は常に利益の最大化を目的として行動するという前提の下に確立されており、企業が債務の最小化を最優先して行動することを想定していないのです。したがって、現在日本で起こっていることを正確に理解するには、今までとは違う発想で臨む必要があるとクー氏はいっています。
 このバランスシート不況――日本だけでなく、米国、台湾、タイなど多くの国で生じつつあります。とくに米国では、サーベンス・オックスレー法が成立して、米国の経営者は今まで以上に、バランスシートに関心を払わざるを得なくなっています。
              −−[バランスシート不況/02]

2007年04月27日

バランスシート不況を検証(EJ第1235号)

 昨日のEJで述べたことを実際にグラフで確認してみることにします。添付ファイル
のグラフをごらんください。
 このグラフは、日本経済を「家計」「企業」「政府」「海外」「金融」の5つの主要
部分に分け、それぞれの部門のお金の動きを「失われた13年」といわれる1990年から2002年までについて見たものです。しかし、金融については、グラフが複雑になるので省かれています。
 ゼロの線よりも上がお金を供給している部門、すなわち、貯蓄している部門をあらわ
し、ゼロの線より下はお金を借りて投資している部門を意味しています。
 ゼロ線よりも上の、一番上に「家計」があります。個人が銀行などの金融機関に貯蓄
していることを示していますが、家計の貯蓄は、1990年〜1999年までは一貫し
て高い水準にあることがわかります。2000年からは大幅にダウンしていますが、こ
れはリストラなどで職を失ったり、所得が減少した人が増えた結果、貯蓄の取り崩しを
行ったものです。
 もうひとつゼロ線よりも上に出ているグラフは、非金融法人企業、すなわち、一般の
企業です。1990年を見ると年間GDP比の10%――今の金額にして約50兆円に
当るお金を企業は借りて使っていたことがわかります。つまり、年間約50兆円の資金
需要があったことになります。これが企業の正常な経済行動なのです。この資金需要に
よって、当時の景気は支えられていたということができます。
 しかし、それ以来企業は一貫して借金返済をはじめ、1998年からはグラフはプラ
スの領域に移動し、なお、上昇しつつあるのです。企業が借金の返済に走っていること
がこのグラフで読み取ることができます。
 プラスに転じてからの最高位がGDP比4%なので、「失われた13年」の間に、企
業は、GDP比の10%にも及ぶ資金(約50兆円)の借り入れ者から、GDP比の4
%にも及ぶ借金(約20兆円)の返済者へと変貌したことになります。
 つまり日本の企業は、約50兆円のお金を借りて投資するのをやめただけではなく、
企業の上げた収益のうち、約20兆円の資金を年間の借金返済にあてたことになります。
 これは、50兆円プラス20兆円――合計70兆円もの巨額な需要が失われたことを
意味するのです。これだけ巨額な需要が失われれば、どのような経済でも失速し、不況
になるのは当然のことです。
 どうしてこのようなことになってしまったのでしょうか。
 それは既に述べたように、バブルの崩壊による資産価格の暴落にあるのですが、その
時点ではほとんどの企業は本業では利益を出していたのです。したがって、企業として
は不採算事業を切り捨て、本業に重点を移せば十分にやっていけたはずです。
 しかし、1993年頃から会計の問題がうるさくいわれるようになり、多くの企業経
営者は「バランスシート不安症候群」に取り付かれてしまったのです。つまり、債務超
過のレッテルを貼られるのを何よりも恐れ、それが企業の経営者をして、借金返済へと
向かわせたのです。
 多くの企業が利益を再投資することなく、借入金の返済を最優先として取り組めば、
経済は縮小するに決まっています。しかも、国がとる金融政策は、それを是正するどこ
ろか、借金返済を加速させるものであったため、この13年の間にGDP比14%もの
需要減という結果を招いてしまったのです。つまり、企業経営の最優先事項が「利益の
最大化」から「債務の最小化」に移ってしまったことになります。
 リチャード・クー氏は企業が「債務の最小化」に走った結果「バランスシート不況」
という名のデフレが起こる原理を誰でもわかる方法で説明しているので紹介します。
 1000円の所得のある人が、900円を消費し、100円を貯蓄したとします。こ
の消費された900円は誰か別の人の所得になり、貯蓄された100円は金融機関によ
って貸し出され、そのお金を借りた人によって消費されます。金融機関が100円すべ
てを貸し出せない場合は、金利を下げれば、必ず借り手は見つかるはずです。
 このように、当初の1000円の所得に対して、900円プラス100円、計100
0円の支出が発生したことになるので、経済はうまく回転していくのです。
 バランスシート不況下においても、1000円の所得のある人は900円を使い、1
00円を貯蓄しているのですが、消費された900円は他の人の所得となって順調に回
るものの、貯蓄された100円は借り手がないのです。金利は下げるまでもなく、ゼロ
金利なのですが、企業は借金返済に忙しく、そのお金を借りて使わないのです。
 そうなると、金融機関は、家計が貯蓄した100円に企業が返済した額のお金を抱え
ることになり、金融機関には、使われない資金があふれることになります。この場合、
経済全体としては、900円しか需要がなかったことになるので、経済全体が当初の1
000円から900円に縮小してしまったことを意味します。続いて、900円に縮小
した所得の10%を貯蓄して810円を使うというように、これを繰り返していくと、
経済はどんどん縮小していくことになります。
 このまま行くと経済はますます縮小し、やがて大恐慌になってしまうはずですが、そ
うならないで日本経済が10年以上もやってこれたのは、政府の財政支出のおかげなの
です。グラフの中の「政府」のところを見ると、1992年以降マイナスになっていま
す。つまり、政府与党の自民党は景気対策としてほぼ毎年財政出動をしてきているので
それが巨額なデフレギャップを埋めて恐慌にならないでいるのです。「政府」のグラ
フが、マイナスになっているのは、それによるものです。ところが、小泉政権は、こ
れをやめて、政府まで借金返済をやろうとしているのす。
・・・ [バランスシート不況/03]

s.jpg
             

2007年05月01日

財政出動の効果を検討する(EJ第1236号)

 現在のような日本経済の状況で、さらなる財政出動を説くことは何となく罪悪感を覚
えるものです。借金の上に借金を重ねるように感じてしまうからです。
 財政出動に反対する評論家やエコノミストたちは、次のようにいって財政出動はすべ
きではないと主張します。
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       政府は、過去10年間に140兆円も景気対策を打ったが、
      結局景気が上向くことはなかった。だから、同じことを繰り返
      しても意味がない。
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 しかし、リチャード・クー氏によると、何十年に一回しか起こらないバランスシート
不況を克服するには、財政出動を続けるしか方法がないというのです。
 それどころか、これほど長期にわたってバランスシート不況が続いているのに恐慌に
ならないできているのは、何だかんだといいながら、今まで景気対策として財政出動を
続けてきているからであるというのです。
 確かに、昨日のEJに添付したグラフによると、企業が借金の返済によって資金の供
給者側になっているのに対して、政府が財政出動をすることによって、その需要減を埋
める役割をしていることはよくわかります。
 前回のモデルをもう一度思い出していただきたいのです。
 1000円の所得のある人が900円を使い、100円を貯蓄したとします。消費さ
れた900円は別の人の所得となり、経済として回っていきますが、問題は貯蓄された
100円の方です。この100円は金融機関によって貸し出されるのですが、バランス
シート不況下では、だれも借りないで金融機関にストックされてしまいます。
 クー氏がいうのは、この100円を政府が財政出動して使えというのです。そうすれ
ば、経済活動としての水準は1000円のまま維持されるからです。これを2年間行う
と、2000円の経済活動と200円の財政赤字が生じたことになります。
 もし、政府が財政出動を逡巡して1年待ったとします。そうすると、経済が1000
円から810円まで縮小してしまってから手を打つことになります。というのは、1年
目は1000円の所得のうち、900円を消費して100円を貯蓄に回したのですが貯
蓄した100円は使われないで金融機関にストックされたからです。これにより、2年
目の所得は900円となり、そのうち、810円を消費し、90円を金融機関に貯蓄し
ます。ここで政府が財政出動を決意して動いたとするのです。
 そのとき必要となるお金は、金融機関に眠っている1年目の貯蓄100円と2年目の
貯蓄90円の合計190円――この190円を財政出動して、やっと2年目からは10
00円の経済水準を維持することができるのです。
 しかし、2年間で総括してみると、経済活動は1年目の900円と2年目の1000
円で合計1900円――1年目の100円の経済活動や雇用は永遠に失われて、戻って
はこないのです。
 ここで考えるべきことは、財政赤字の190円と失われた経済活動の100円を加え
ると290円になるということです。政府が1年目から財政出動を決意していれば、財
政赤字は200円になりますが、経済活動や雇用は1000円の水準を維持できたので
す。つまり、バランスシート不況下においては、財政出動は経済水準を維持するために
不可欠なのです。
 さらなる借金を増やさないために「国債発行30兆円枠」などを設けても、結果とし
て財政赤字は増える一方なのです。それどころか、これを続けていると経済はどんどん
縮小して破綻して恐慌に突入してしまうのです。
 ところで、1年目から財政出動すると2年で200円、2年目からやると190円で
10円少ない――こういう反論があるかもしれません。しかし、この反論は1年目の1
00円の財政出動をしなかった代わりに経済が1000円から900円に縮んでいる
ことを見落しています。
 経済が縮めば、必ず税収が減ります。税収が減れば国債を発行してそれを埋めなけれ
ばならないので、なし崩しに財政出動することになるのです。現在の小泉政権がそうで
す。小泉首相は最近
「国債発行30兆円枠」を口にしなくなりましたが、国債発行枠の制限などという愚策
をやったために経済が縮小し、景気が低迷した結果、大きな歳入欠陥が生じているから
です。その額は35兆円を超えて40兆円に迫る勢いで拡大しているのです。だからい
えなくなったのです。
 財政再建を唱えながら、結果として財政赤字を増やす――これでは何にもなりません。それにしても日本には、財政再建論者があまりにも多い――とクー氏は次のようにいっています。
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      日本には旧大蔵省のOBを中心に大変な数の財政再建論者がい
      る。彼らは財政再建を大声で言い続けないと、本省から次の天
      下り先を用意してもらえないのかと思うくらい、経済実態と関
      係なく財政再建を唱える。      ――リチャード・クー
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 「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という言葉があります。もっとも身近で、
近い歴史といえば、橋本政権が1997年に始めた財政再建の失敗があります。もうひ
とつ米国のケースがあります。それは、1937年のフランクリン・ルーズベルト大統
領がとった財政再建の失敗があるのです。
 一国の為政者であれば、そういう歴史をよく調べ、そこから何かを掴むはずです。し
かし、小泉首相をはじめ、彼の経済スタッフたちは歴史から学ぼうとしていないようで
す。ルーズベルト大統領の失敗にしても、橋本政権の失敗にしても、そこには大きな教
訓があるはずです。
 これら2つのケースについては、EJで取り上げて研究してみたいと思います。      
・・・ [バランスシート不況/04]

2007年05月02日

歴史に学ばなかった橋本政権(EJ第1237号)

 最初に、フランクリン・ルーズベルト米大統領の失敗について書くことにします。と
いうと、ルーズベルト大統領は、フーバー大統領の失政を「ニューディール政策」とい
う積極財政で救った大統領ではないのかといぶかしく思われると思います。
 確かにEJ1224号ではそう書いていますが、その先の話があるのです。ルーズベ
ルト大統領は積極財政によって、1933年から1936年までの連邦歳出をほとんど
倍近くまで拡大させています。その結果、1937年には失業率は依然高かったものの
経済指標の一部は目立って改善のきざしを見せており、景気回復は確実と思われたので
す。
 ここまでは大成功だったのですが、ルーズベルト大統領はここで大きなミスを犯すの
です。景気回復の兆しを見てとったルーズベルト大統領は、1937年から財政再建を
はじめたのです。やはり、大統領も財政赤字は放置できないと考えたのです。
 ところが、これは大失敗でした。米国経済はあっという間に崩壊し、株価は再び半分
になり、鉱工業生産は30%近く落ち込みもともと高かった失業率はさらに急増し、景
気は一気に冷え込んでしまったのです。
 ルーズベルト大統領は、あわてて財政政策を元に戻したのですが、一度開いてしまっ
た傷口はふさがらず、経済は容易には回復しなかったのです。大統領は苦境に立たされ
ます。
 当時第2次世界大戦は始まっており、米国も参戦を求められいました。ルーズベルト
大統領もそのつもりでいたのですが、長引く不況に疲弊していた米国民は徹底的に「戦
争反対」であり、米国としてとても参戦できるムードではなかったのです。
 そして、1941年12月8日、日本が真珠湾を攻撃――これをキッカケにして米国
は第2次世界大戦に参戦するのです。日本の攻撃が米国民の愛国心に火を点けたので
す。ルーズベルトにとっては、まさにお誂え向きの日本の真珠湾攻撃であったといえ
ます。だから、日本の真珠湾攻撃はワナだったといわれるのです。
 ルーズベルト大統領の本当の狙いは、戦争によって政府がそれまでの何倍もの積極財
政を展開できることだったのではないかと思います。事実、米国の経済は第2次世界大
戦への参戦によって回復しているのです。
 このように戦争は、時によっては経済を活性化させる力があるのです。現在、米国で
は経済政策に失敗した大統領といえば、フーバー大統領ということになっていますが、
ルーズベルト大統領もフーバー大統領と同じ失敗をしており、経済失政の一歩手前まで
行って、戦争に救われたのです。
 しかし、ルーズベルト大統領の場合は、フーバー大統領が壊してしまった経済を一度
は立て直しています。彼は、「いま銀行に必要なのは資金ではなく資本である」と見抜
き、公的資金を銀行に注入して銀行を回復させるなど、見事な経済運営を見せているの
です。そのルーズベルトでさえ、途中で財政再建をしようとして失敗しているのです。
 その60年後の1997年、時の橋本龍太郎首相は、ルーズベルト大統領とまったく
同じ失敗をしているのです。橋本首相が、財政再建を決意した1996年度の財政赤字
は、22兆円に過ぎなかったのです。彼は、この財政赤字を減らそうとしたのです。景
気は後退局面に入っていたのですが、ルーズベルト大統領と同じように、財政再建に動
いても大丈夫と判断したのです。
 橋本首相は、消費税を3%から5%に引き上げ、社会保障負担費を増加させ、特別減
税を廃止し、しかも大型補正予算を見送るという財務省(当時は大蔵省)が手をたたい
て喜ぶような政策を行ったのです。
 その結果は、無残なものでした。GDP成長率は1996年の4.4%から、199
8年までの5期にわたってマイナス成長に落ち込んでしまったのです。どうして、この
ような事態になってしまったのでしょうか。
 当時、景気が後退局面で金融ビックバンを宣言し、そのための構造改革を掲げ、財政
再建に取り組んだので、投資資金が日本から一斉に逃げ出したのです。景気が底割れの
状態で日本の資産の将来収益を予測できなくなり、日本の資産を保有すること自体がリ
スクと感じる状況だったからです。これによって、株安と円安は同時進行し、「日本売
り」が加速したのです。
 しかも、橋本首相を支えるはずの当時の大蔵官僚は間違いを認めようとせず、景気悪
化の原因は、銀行問題とアジア通貨危機などが原因であると主張して政策を継続させた
のです。
 橋本首相の計画では、22兆円ある財政赤字のうち15兆円を削減するというもので
した。しかし、橋本政策は経済の大混乱を引き起こし、税収が激減し1999年には、
税収の減少と経済救済のための財政支出の増加によって、財政赤字は減るどころか38
兆円までに膨らんでしまったのです。当時の国民に課せられた「痛み」や「犠牲」は、
結局のところ経済の傷口を広げただけで景気回復にも財政再建にも何ひとつ貢献しな
かったのです。
 結局橋本自民党は参議院選に惨敗し、1998年に小渕政権が誕生します。小渕首相
は「我、二兎を追わず」をスローガンとして、財政再建と経済再生の2つを同時に追わ
ないことを宣言して経済再生に取り組んでいます。
 1998年10月15日に株価はバブル発生直後の最安値をつけますが、小渕政権は
直後に大型補正予算を組み、小渕首相が倒れる2000年4月2日まで、積極財政政策
を推進したのです。その結果GDP成長率は、1998年のマイナス1.9%から19
99年度はプラス0.5%、2000年度はプラス0.9%と順調に経済は回復基調に
乗ったと思われたとき、小渕首相は急逝してしまったのです。
 就任時にいまひとつ人気の出なかった小渕首相ですが、現時点から考えてみると、結
局一番の日本経済の立て直しのために実績を残した首相は、小渕首相ということになる
のです。小渕首相は在任期間を通じ、株価の時価総額を213兆円も増加させているか
らです。                 ・・・ [バランスシート不況/05]

2007年05月07日

なぜ、歴史に学ばないのか(EJ第1238号)

 リチャード・クー氏の「バランスシート不況論」をここまでご紹介してきています。
今まで経済と政治の問題には相当注意深く情報を収集してきたつもりですが、「バラン
スシート不況論」というのは、クー氏しか主張していない新論だと思います。少なくと
も経済学の教科書には載っていない考え方です。
 クー氏によると、同様の考え方をローレンス・サマーズ元米財務長官が「クレジット
・サイクル」という古典的なことばで表現しているそうです。サマーズ氏といえば、日
本が橋本政権当時にクリントン政権の財務長官――財政再建に乗り出そうとしていた橋
本首相に対して、次のように忠告しているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      1996年の夏頃から日本経済はクレジット・サイクルに入っ
      ている。構造改革は重要だが、これはマクロ経済政策の代替に
      はならない。もし、そのような方向に動けば、日本経済は完全
      に崩壊する。    ―――ローレンス・サマーズ元米財務長官
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 しかし、経済に強い宰相を自認する橋本首相は、側近たちには次のようにいって、サ
マーズ氏の警告を無視したのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      財政を切っても景気が腰くだけになることはない。われわれは
      構造改革、規制緩和で需要を増やしていくので、日本経済は心
      配ない。                   ――橋本首相
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 結果はどうなったでしょうか――まさにサマーズ氏のいう通りになったのです。サマ
ーズ氏は歴史を非常によく勉強しており、1930年代の米国の不況がバランスシート
と総需要不足にあったことを見抜いていたのです。しかし、当時の政府とマスコミは今
の日本と同様に正反対の治療の方向――構造改革を求めていたのです。つまり、本当の
病気の原因を取り違えて、治療をしていたことになります。
 「インフレターゲット」の論者として名高いプリンストン大学のポール・クルーグマ
ン教授も、1930年代の米国の歴史的教訓をベースにして、日本の小泉政権の経済運
営について次のように批判しているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      日本は、ただでさえ需要が足りないときに、構造改革の名の下
      に失業や倒産を増やす政策を採用し、どうやって景気を回復さ
      せようというのだろうか。   ――ポール・クルーグマン教授
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 しかし、小泉政権は、70年前の米国だけでなく、わずか6年前の橋本政権の失敗か
らも学ぼうとせず、クー氏のいう「バランスシート不況」下にあって、財政を抑制する
政策を推し進めようとしているのです。
 ここで、歴史的事実に学ぶという意味で、今まで何回も出てきている「1930年代
の米国」について、もう少し詳しく見ていくことにします。
 それは、1929年に株のバブルがはじけたことに起因するニューヨーク株式市場の
暴落がきっかけではじまったのです。当時米国人は信用取引――つまり、借金で株の取
引をしていたので、この株式市場の暴落で投資家たちは巨額の借金をかかえて、債務超
過の状況に追い込まれたのです。
 こういう状況になれば、誰だって消費や投資を抑えて借金返済に狂奔することになり
ます。そのために、景気は一気に悪化してしまったのです。景気が悪くなると、企業収
益はダウンし、株価が下がり、銀行や企業が次々と潰れていったのです。
 こういうときは、積極的な財政政策によって乗り切るしかないというのが、ケインズ
経済学の考え方なのです。ケインズ政策は民間が後ろ向きになり、借金返済に回ったと
きにこそ使うものとされているからです。
 しかし、ときのフーバー大統領は、景気悪化の原因を米国国内にバブルに踊った腐っ
た部分があって、それが景気に影響を与えていると考えたのです。そして、企業が潰れ
るのは、経営者の自己責任の問題として事態を静観し、景気対策を何も打たなかったの
です。
 フーバー大統領は、小泉首相と同じ均衡財政の信奉者であり、今でいうところの構造
改革論者だったのです。そして、その考え方の理論的バックボーンは、アンドリュー・
メロン財務長官だったといわれます。現在の小泉首相と竹中平蔵金融・経済・財政担当
大臣との関係に似ていないでしょうか。
 アンドリュー・メロン財務長官は、経済の腐った部分、要するに不良債権や非効率な
企業部門をこのさい徹底的に構造改革を進めるべきであるとして、次のようなことをい
っていたのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      労働者、株式、農民それに不動産を清算すべきである。体制か
      ら腐敗を一掃すれば、価格は適正になり、企業家が瓦礫の中か
      ら再建に乗り出すだろう。 ――アンドリュー・メロン財務長官
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 その結果、何が起こったでしょうか。
 米国経済は、デフレの悪循環を繰り返して、経済が縮小均衡に達する1933年まで
不況が続いたのです。この時点で米国のGDPは、1929年の半分まで縮小し、株価
はピーク時の10分の1となり、失業率はゆうに20%を超えてしまったのです。そし
て、1933年の米国の国富は、1929年末の約75%に落ち込んでしまっているの
です。
 日本のケースでいうと、1989年のピーク時から2001年末までに失われた富の
大きさは、約1200兆円――これは1989年のGDPの2.7倍、現在のGDP水
準の2.3倍になるのです。全体としての国富は、1989年末の水準の実に59%に
なってしまったのです。この富の崩落は大恐慌時の米国よりもはるかに大きいのです。
それは、失われた国富の大部分が不動産部門で発生したことによります。
                     ・・・ [バランスシート不況/06]

2007年05月08日

リチャード・クー氏の評価は(EJ第1239号)

 このリチャード・クーというエコノミストは、どういう人物なのでしょうか。
 一般的にはリチャード・クー氏といえば、伝統的な財政政策を唱えるケイジアン――
ケインズ政策信奉者として知られています。しかし、最近の日本では、ケイジアンは時
代遅れのエコノミストとして見られるようになっており、クー氏についてもそういう評
価があります。
 毒舌をもって鳴る国際経済評論家、副島隆彦氏は、その最新のベストセラー『預金封
鎖』(祥伝社刊)の中で、クー氏について次のようにいっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       そう言えば最近、リチャード・クー氏の顔がとんと見えなく
      なった。彼こそはインフレ・ターゲット論に最も反対した論者
      であつた。だからお役御免になったのであろう。
       彼はニューヨーク連銀から派遣された日本操り対策班(ジャ
      パン・ハンドラーズ)の一人であるが、今の流れにまったく合
      わなくなった。クー氏は伝統的な財政政策(財政出動)推進論
      者である。                ――副島隆彦氏
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 副島氏はクー氏をこのように紹介し、日本にはクー氏のいう積極財政を行う余裕はま
ったくないことを強調したうえで、次のように述べています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       そこで現在は、仕方なく実にいかがわしい金融政策とごちゃ
      混ぜになった経済政策を行っている。本来は、お札と国債を根
      拠なしに刷り散らかして、市中に垂れ流し、目の前の危機を回
      避するような薄汚い金融政策は邪道である。
       その意味では、財政政策一本槍での景気回復を唱え続けた、
      リチャード・クー氏は、経済政策提言家としては経済学の王道
      を歩いており、正しかったのであろう。    ――副島隆彦氏
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 文脈から読み取れるように、副島氏は本音ではクー氏を買っているのです。さて、景
気刺激策としては、次の2つがあります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
         1.財政政策(フィスカル・ポリシー)
         2.金融政策(マネタリ−・ポリシー)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 しかし、副島氏によると、財政政策は、完全に機能麻痺を起こしており、残るは金融
政策しかないのです。金融政策による景気刺激策としては次の3つがあります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
    1.金利(公定歩合)操作しての景気調整
    2.通貨発行量のさじ加減による景気調整
    3.為替(円と外貨との交換価値)の誘導
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 本来、政府による強硬な人工的、人為的な金融政策というものは違法であると副島氏
はいいます。国民の見えないところで、お札と国債を刷り散らかしてばら撒き、表面上
は何とかやっているのです。何しろ政府は、お札と国債の発行権限を握っているのだか
ら、何でもできるわけです。
 しかし、国内だけでやっているうちはばれないが、国外との関係では露見する恐れが
あります。そのため、露見しないように、主要国との間で「貸し借り」の決着をつけて
おく――それがG8(主要国財務省・中央銀行総裁会議)の真の狙いであると副島氏は
いっているのです。
 ところで、2003年11月20日に発行されたばかりの文春新書に次の本がありま
す。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
           東谷暁著/文春新書/文芸春秋刊
           『エコノミストは信用できるか』
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 東谷暁氏は『季刊民俗学』やPC雑誌のアスキーなどの編集畑の出身者ですが、日刊
工業新聞社から『BIS規制の嘘』というような優れた自著もあります。仕事柄エコノ
ミストに接する機会も多いので、日本で活躍する内外25人のエコノミストの格付けを
試みて『文芸春秋』2001年7月号に掲載されたものをベースとして、今回書籍とし
て出版したものと思います。2001年7月2日のEJ649号でその一部を取り上げ
ています。本書によるリチャード・クー氏の評価は、1999年度は第4位、2001
年度は第13位になっています。それにしても大きな落差ですが、次のような説明がつ
いています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       クー氏の功績は、不良債権が過剰負債問題であって、過剰負
      債を抱えた多くの企業は借金を返すことに必死で、新たな投資
      を行わなくなっているという事実をわかりやすく一般の人に伝
      えたこと。いっぽう最大の汚点は、構造改革を煽っていながら
      途中から路線変更を行って財政出動派に転じ、ついには「構造
      改革論者は国民を路頭に迷わせている」と批判して、議論を混
      乱させたことにほかならない。(以下、略)
             合計=68点 99年=A1 01=Baa1
           ―――東谷暁著、『エコノミストは信用できるか』より
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 途中で主張の変節があったことは知りませんが、今回のリー氏の著書『デフレとバラ
ンスシート不況の経済学』は、内容があり実に説得力があります。
 それにしても、財政政策が必要だといっても、政府の債務残高がGDPの150%に
達するほど巨大になっている現在の日本で実際に打てるものなのでしょうか。そのあた
りについては、クー氏をはじめとする財政出動論者は、口が重くなるのです。次回から
そのあたりのことを考えていきます。    ・・・ [バランスシート不況/07]
            

東谷暁氏の本.jpg

2007年05月09日

財政出動しても財政破綻しない(EJ第1240号)

 現在の日本の経済状況で積極財政をやったら大変なことになる――小泉首相をはじめ
その配下の経済閣僚、エコノミストたちは口を揃えてそういいます。
 確かに、政府の債務残高は既にGDPの150%を超えているのですから、それにさ
らに借金を重ねることは、個人だったら、とっくに破産している――こういう論法でい
われると、多くの人は「そうかな」と考えてしまいます。
 しかし、本当にそうなのでしょうか。テレビの政治番組などで日本の経済をどうする
という話になると、議員やエコノミストたちは、構造改革派と積極財政派にわかれて議
論をはじめるのがつねです。そして、必ずといってよいほど結論が出ないで番組は終る
――こういうことの繰り返しです。
 ところで、財政赤字に上限というのはあるのでしょうか。過去に日本以上の財政赤字
を抱えて、それを克服した国は、ないのでしょうか。
 クー氏によると、財政赤字の上限を決めるのは市場であり、学者や法律家が決めるも
のではない――つまり、市場さえ納得してそれを受け入れるのなら、赤字財政を長期に
わたって継続することも可能であるというのです。
 日本以上の財政赤字を抱えた国といえば、第2次大戦後の英国が上げられます。当時
英国は、GDPの250%以上に相当する政府の債務残高があったのですが、英国は破
綻せずに現在でも先進国の立場を維持しています。
 もし、当時の英国政府が、財政赤字の大きさに怯えて、ヒットラーとの戦いに対して
十分な軍事支出をためらっていたら、1940年代に英国という国はなくなり、ナチス
ドイツの一部になっていたと思われます。あの時点でたとえ巨額の財政赤字を出しても
国を守ることは正解であり、それを市場が納得していたからこそ英国という国家は破綻
しなかったのです。
 日本の場合は、英国の状況とは違いますが、どちらにも共通していることは、いずれ
にしても巨額の政府の債務残高がある状況において巨額の財政を出動させることは、国
家の存亡をかけることになるということです。
 しかし、今の小泉政権のやり方を見てもわかるように、財政出動をしなければデフレ
は一層深刻化して、税収が激減してしまいますから、結果として財政出動することにな
るのです。
 日本の場合、クー氏によれば、多くの企業がバランスシートの健全化に取り組んでい
るため、その分の需要が失われているのでそれを財政で埋める必要があるのです。
 しかし、企業がバランスシートの健全化――つまり、借金の返済に取り込むことは、
国の経済にとっては大問題でも企業にとっては本来大変よいことです。
 企業のバランスシートの修復によって、確かに企業の有利子負債残高は1995年の
ピーク時から2001年までの間に113兆円も減少しているのです。企業がこれだけ
のバランスシートの健全化に成功したのは、やはり政府の財政出動が支えていたと考え
るべきなのです。そして、企業がバランスシートの健全化に成功すれば、改めて前向き
の投資をするようになることが期待されます。そうすれば、経済は好転するのです。
 要するに現在の日本は、企業がバランスシートを修復して健全化するのが早いか、国
家財政が破綻するのが先かの問題なのです。要するに国家存亡をかけているわけです。
 財政出動をするのは、大量の国債を発行することを意味しますが、重要なのはその国
債が消化されるかどうかです。国債を消化できなくなる要因としては次の2つを上げる
ことができます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
           1.国の財政赤字が限界にきたとき
           2.民間の資金需要が回復したとき
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 現在の日本の場合、国の財政赤字は何ら限界に達していないと考えます。この理由に
ついては明日のEJで述べますが、日本の水準は、英国のGDPの250%以上に比べ
れば、まだ十分な余力を残していると考えられます。しかも、金利は人類史上最低であ
るので、心配する必要はないのです。
 しかし、現在の小泉政権のようなやり方は問題です。30兆円の枠をはめたり、国民
に負担を押し付けたりして、最終的には、かなりの国債を発行している――どうせ、国
債発行に頼らざるを得ないのなら、それをもっと積極的に、計画的に、効果的に使うべ
きなのです。
 2番目の要因「民間の資金需要が回復したとき」とはどういう意味でしょうか。
 それは、民間の資金需要が回復し、金利が上昇することによって、国債が消化できな
くなることをいいます。民間の資金需要が回復し、金利が上昇するということは、バラ
ンスシート不況が終了し、景気が自律回復に戻ったことを意味するのです。おそらくこ
ういう状況になったら、日本政府はまたまた財政再建をはじめるでしょうが、ここが肝
心なのです。状況をよく見極めて少しずつ引いていく慎重さが欲しいのです。
 しかし、日本の現状は、国債の消化が問題になる状況とはほど遠いのです。4〜5年
前の水準と比べても35兆円も民間資金需要が減少しており、その結果、金利は下がる
ばかりです。この間国債の利回りが1%台に下がり、国債の価格は急騰しています。こ
れは、国債の需要が供給をはるかに上回っていることを意味しています。政府はなぜ、
この状況を、この低金利を積極的に活用しないのでしょうか。
 先般の自民党の総裁選とき、高村元彦氏は現在の経済状況では財政出動が必要なこと
を認めたうえで、「この低金利を利用していつかは取り組まなければならない社会イン
フラの整備をすべきである」と述べていましたが、この主張は正しいのです。しかし、
小泉首相はその高村意見を「支離滅裂な主張」といって、まさに聞く耳を持たないとい
う様子だったのです。           ・・・ [バランスシート不況/08]
             

2007年05月10日

社会インフラ整備の絶好の機会(EJ第1241号)

 「この低金利を利用して、いつかは取り組まなければならない社会インフラの整備を
すべきである」――これは、昨日のEJの最後に書いた高村正彦衆議院議員の総裁選で
の提案です。
 この提案はまったくその通りであると思うのです。旅行者が米国に行って驚かされる
のは、そのインフラの素晴らしさです。まるでおもちゃ箱をひっくり返したような日本
の大都市とは大きく違うと思います。しかも、あのインフラが1930年代にほとんど
できていたことをご存知でしょうか。
 1930年代といえば米国の大恐慌の年です。あのフーバー大統領のあと登場したル
ーズベルト大統領は、大恐慌で超低金利になっている状況を利用して、社会インフラの
大建設に取り組んだのです。この大胆な財政出動がニューディール政策です。
 これにより1041万7292キロの道路、12万4031本の橋、12万5100
戸の公共ビル、それに8192ヶ所の公園、853ヶ所の飛行場が整備されています。
それだけではないのです。この間に30億本の木が植えられ、3415万5836ヘク
タールの農地が新たに灌漑され、10万8000の絵画が描かれ、1万8000個の彫
刻が造られたのです。
 当時の米国の金利は米国としては超低金利でしたが、現在の日本の金利よりは、はる
かに高かったのです。日本はなぜこういう公共事業ができないのでしょうか。
 リチャード・クー氏は、国債の利回りが1%台まで下がるということは、市場が現在
不足しているインフラを整備する歴史的な機会であることを教えてくれているといっ
ています。日本には建設すべき社会的インフラがまだたくさんあるはずです。
 例えば、羽田空港の発着枠制限を解決するための第四滑走路を造るとしましょう。こ
の滑走路の整備費用は2兆円かかるそうです。この費用を10年国債の発行で調達する
場合、10年間の支払利息は、現在1.5%ほどの国債の利回りで計算すると、300
0億円かかることになります。
 バブル以前の正常な世界における国債の利回りは平均して5〜6%―――本来なら1
兆円〜1兆2000億円もかかってしまうのです。それが今なら3000億円で済むの
です。まさに今こそチャンスであるのに、ここで緊縮財政を組む――完全に逆のことを
やっているのです。
 ここで国債の消化の段階というものを考えてみると、3段階あることがわかります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
         1.自国通貨建てで、自国民が買っている段階
         2.自国通貨建てで、外国人が買っている段階
         3.外貨建てで   外国人が買っている段階
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 安全度からいえば、1、2、3の順になりますが、とくにリスクの大きいのは3の段
階です。デフォルトに陥ったロシアや中南米は3の段階だったのです。
 米国は2の段階にあります。過去に発行された米国債の40%を日本をはじめとして
外国人が保有しています。しかしご存知のように、米国の財政赤字は過去最大であり、
しかも大きな経常赤字も抱えているのです。それでも米国が世界の経済を支えているこ
とから、多くの外国人投資家が大量の米国債を買っているのです。
 2の段階の危険性は、投資家が米国の貿易収支とドルの方向に不安感を持つと、彼ら
は一斉に米国債を売りかねないということです。そうすると、ドルは暴落し、長期金利
は急上昇して米国の金融市場を直撃することになります。
 実際に1987年3月に米国債の投売りは起きています。それは、その年の2月末に
「ルーブル合意」――2年6ヶ月前のプラザ合意によってドルは十分下がって、これ以
上下がる(1ドル=150円以下になること)は、関係各国にとって好ましいことでは
ないという合意――からわずか4週間後のことなのです。
 そういう「ルーブル合意」があったにもかかわらず、ドルが、150円を割ったこと
で市場は衝撃を受けてパニックになり、外国人投資家が一斉に米国債の投売りをやった
のです。そのため、ドルは137円まで急落――米国債の利回りは、6週間で7.5%
から9.0%に跳ね上がったのです。
 日米両金融当局は、事態を収拾するためいろいろ努力してドルを150円まで戻した
のですが、8月になって再び150円を割り込んでしまい、そのため米国債の利回りは
急上昇したのです。そして、この長期金利の上昇が10月の「ブラックマンデー」で株
価が暴落する一因となったのです。
 米国政府は、この1987年3月〜10月までの苦い経験を教訓として、以後このよ
うな「米国売り」を起こさないよう細心の注意をもって為替歳策を運用するようになっ
たといわれます。このように、自国通貨建ての国債を外国間人が大量に持っているとい
うことは、米国のアキレス腱になっているといえます。これが2の段階が持つ危険度で
す。
 これに対して日本の場合は、膨大な経常黒字を持っていることに加えて、国債は自国
通貨建てであり、しかもその95%は自国民――とくに金融機関が大量に保有している
のです。したがって1の段階であり、最も心配のない状況であるといえます。
 クー氏がいうのには、国債を大量に保有している金融機関は、民間企業がいかに深刻
なバランスシート調整をやっているかを熟知しており、間違っても「米国売り」をする
ようなことはあり得ないといっています。これは当然のことです。
 そのため、日本の国債市場はほとんど自国民によって支えられており、債券価格は市
場最高値、利回りは人類史上最低値になっています。このレベルはクー氏によれば1の
段階というよりも0の段階であり、これで国債のデフォルトを心配するのは、あまりに
も「贅沢な心配」であるといっています。日本政府は、なぜこの有利な状況を経済回復
に利用しないのでしょうか。        ・・・ [バランスシート不況/09]

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2007年05月11日

新視点で財政出動を再考する(EJ第1242号)

 11月17日から続けている「バランスシート不況論」に関して、数人のEJの読者
からご意見や質問がきています。個々にお答えするよりもそれをEJのテーマとして取
り上げた方が、同じような疑問を持つ読者にもプラスになると思うので、ご質問を意識
しながらさらにこのテーマを続けていきたいと思います。
 ご質問のひとつをご紹介します。同じような疑問を持っておられる方も多いと思いま
す。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       お聞きしたいのはクー氏の主張は、財政出動で需要を刺激し
      バブル時期の水準まで戻せということでしょうか。バブルの頃
      は企業は本業分野の投資インセンティブがなくなり不動産投資
      に走った一般個人は自らの購入資産の値上がりと日本経済の無
      限の右肩上がりという錯覚がもたらしたものではないのでしょ
      うか。その遠因は我が国の内需不足、それを助長する各種規制
      等従来の産業構造の限界が招いたことではないのでしょうか。
       とすれば、現状の中で財政出動だけで果たして持続的で健全
      な需要を創出できるでしょうか。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 このご質問はかなり本質的なところに触れているので、これから何回かにわたってお
答えしていくことになると思います。
 最初にはっきりしていることは、クー氏は財政出動で需要を刺激し、経済をバブル時
期の水準まで戻せといっているのではないということです。
 ひとつ頭に置かなければならないことは、現在の日本経済が、深刻な資産デフレの状
況にあるということです。問題は、デフレ圧力が何を原因として発生しているのかとい
うことです。現在の支配的意見は、デフレ圧力は構造改革の欠如から発生しているとい
うものです。これは、ムーディーズやスタンダード&プァーズなどの格付け機関がその
ようにいっているので、大方の意見はそれに集約されると思います。このような立場に
立てば、財政出動などは飛んでもないということになります。
 これに対してクー氏は、デフレ圧力を発生させているのは日本の大多数の企業が借金
を返済させており、家計が貯蓄した資金を企業が借りなくなったことが原因であると主
張しています。クー氏によると、日本の企業は年間ネットで約20兆円を借金返済に充
当しており、それに家計の貯蓄部分約20兆円を加えると、年間40兆円がデフレギャ
ップを生んでいると具体的に指摘しているのです。
 この毎年発生する約40兆円のデフレギャップをそのまま放置すると、その分需要は
減少し、デフレが進行してしまうのです。まして、そういうときに構造改革という名の
財政再建をやると、その結果大幅な税収の落ち込みから、財政赤字がかえって増加して
しまうという逆の結果になるのです。かつての橋本政権のときも、現在の小泉政権でも
そうなっています。
 このクー氏の「バランスシート不況論」は、以前から誰かが主張していた考え方では
なく、経済学の新論――少なくとも経済学の教科書に載っていないのです。しかし、ク
ー氏――彼は典型的なケインジアンですが、今まであらゆる機会で景気の微調整策とし
て使われてきたケインズ財政政策は、実はバランスシート不況のためだけにあるという
ことに気が付いていなかったと述懐しています。それどころか、ケインズ自身もバラン
スシート問題を見逃していたのではないかとクー氏はいっていますが、これについては
改めて述べます。
 50年代〜60年代にかけてケインズ理論は全能とあがめられており、当時主流派エ
コノミストのほとんどはケインジアンだったのです。しかし、60年代に各国ではケイ
ンズ流積極財政で景気をコントロールしようと、大変な労力が費やされたのですが、ほ
とんどが失敗に終わっています。
 さらに景気が停滞する中で、財政赤字は増え続け、インフレ率と金利もジワジワと上
昇を続けたのです。そして、60年代後期の物価の上昇と1973年の第1次オイルシ
ョック時には、インフレと景気停滞という経済状況を生み出しています。これは、当時
スタグフレーションと呼ばれたのです。
 このスタグフレーションは、主として金融現象であり、これに対処するには貨幣の供
給量をコントロールすべきであるという考え方が浮上してきます。こういう金融政策を
重視する経済学をマネタリズムというのですが、このことが、ひとつのきっかけとなっ
て、エコノミストたちはケインズ経済学からマネタリズムに乗り換えて、マネタリスト
になっていったのです。
 その結果、ケインジアンとマネタリストは、70年代では互角であったものの、米国
でのインフレ率が2桁に達する70年代後期には、マネタリストがケインジアンを圧倒
して、ケインズ主義は古いという考え方が定着していったのです。そして、現在、マク
ロ経済学の世界は、完全にマネタリストによって支配されるようになっているのです。
 しかし、現在の日本経済の状況は、マネタリズムではきちんと説明できなくなってい
ます。なぜなら、政府・日銀がとっている金融政策が一向に効いているようには見えな
いからです。
 ケインズが大恐慌を説明するときに使った「流動性の罠」ということばがあります。
それは、利子率が異常に低くなっている状況のことであり、そのため人々が利子率のい
かなる変化にも刺激されなくなっている状況をいうのです。つまり、利子率が貨幣需要
量に何も影響されない状況――それが「流動性の罠」です。こういうときには、金融政
策は有効ではないのです。
 日本は現在、流動性の罠の状態にあると思われます。利子率は異常なまでに低く、ほ
とんどゼロの状態です。実際、それは伝統的な経済学の教科書における事例そのもので
す。しかし、この状況が何を原因として起こるのか、今までの経済学では説明できてい
ないのです。しかし、バランスシート問題を経済学に組み入れることで説明できるとク
ー氏はいいます。財政出動を昔ながらの考え方ではなく、新しい視点から見直す必要が
あると思います。             ・・・ [バランスシート不況/10]

2007年05月14日

金融政策は限界に達している(EJ第1243号)

 昨日のEJで、現在、マクロ経済学の世界は、マネタリストが完全支配していると述
べました。このマネタリズム――何でもお金の動きで経済を説明しようとするのですが
最近それが限界に達しつつあります。
 「貨幣数量説」というのがあります。お金が世間に回るようになれば、景気は良くな
るという考え方です。少し踏み込んで説明することにします。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       MV=PT
       M ・・ マネーサプライ  P ・・・ 一般物価水準
       V ・・ 貨幣の流通速度  T ・・・ 取引量
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 貨幣数量説の考え方は、「MV=PT」という式に集約されます。Mはマネーサプラ
イ――お金がどのくらい世間に出回るかをあらわしています。Vは貨幣の流通速度――
人々がどのくらいの頻度でお金を使うかをあらわしています。
 続いて、Pは一般物価水準――個別の物の値段ではなく、消費者物価とか企業売物価
といった広い意味での物価のことです。そして、Tは取引量――物やサービスの取引を
した回数や量です。これは、財やサービスの総量ですから、GDPに置き換えることが
できます。P×Tは実際の経済活動をあらわしています。
 MV+PTではMを増やせばTかPが増えることになります。したがって、世間に出
回るお金を増やせば物価が上がるか、お金の回りが良くなることをあらわしています。
 しかし、この考え方は、いくつかの点で問題があります。マネタリストは、お金の動
きが原因で経済活動は結果として生ずると説くのですが、景気が良くなって経済活動が
活発になるから、お金が回り始めるともいえるわけで、原因と結果の関係がはっきりし
ないことです。現在、日銀が長年にわたって金融緩和をしているのに景気は一向に良く
ならないのを見ても、この説には疑問があるといえます。
 添付ファイルを見てください。これは、マネーサプライと経済活動(実質GDP)と
の関係を時系列でプロットしたものです。見てわかるように、1996年まではマネー
サプライとGDPはリンクしていますが、1997年以降になると、マネーサプライが
増加してもGDPはそれにリンクせず、悪くなっていることを示しています。
 ところで、マネタリズムといえば、通貨の番人である中央銀行――すなわち、日銀の
働きに期待が集まります。よく竹中大臣が日銀に対して「引き続き量的緩和をお願いす
る」といいますが、「金融緩和」とは具体的には何でしようか。
 金融緩和とは、中央銀行による民間への資金供給のことをいうのです。民間から国債
や社債、その他の金融資産を買い上げて、その支払い代金として、現金――ハイパワー
ドマネーを払い込む行為をいうのです。
 しかし、中央銀行に売れるような金融資産を持っているのは、銀行などの金融機関で
すから、金融緩和というのは、中央銀行が民間銀行から国債を買い、その代わりに現金
を手渡すことを意味するのです。銀行から見れば、今まで保有していた国債が同価値の
現金に変わるだけのことなのですが、日銀が買い手となることで、そうでない状況に比
べて、その資産価値が上昇することを狙ったものです。
 ここで重要なのは、中央銀行は、こういう金融資産の購入を通してしか民間に資金を
供給できないことです。つまり、中央銀行が手当たり次第に財やサービスを購入するこ
とはできないということです。そういう意味において、中央銀行は直接資金を民間に供
給することはできないのです。
 その点政府は、何でも財やサービスを購入すること――戦闘機であっても、飛行機で
あっても、土地であっても、政府は何でも購入できるのです。政府がこういう財やサー
ビスを購入する行為のことを「財政政策」といいます。
 中央銀行は金融機関にしか資金を供給できないのに対して、政府は財政支出によって
経済一般に直接資金を供給できるのです。そのため、最近では一部のマネタリストが日
銀は企業から株式や土地などを積極的に買うべきであると主張していますが、これは実
際にいま必要なのはさらなる財政出動であることを自ら認めているようなものです。
 竹中大臣のテレビなどの発言を聞くと、次の3つの主張をしています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      1.企業は80年代以降借金体質、借金を減らすべきである。
      2.政府は財政赤字が巨額であり、負債を減らす必要である。
      3.しかし、日銀にはよりマネーサプライを増やして欲しい。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 はっきりしていることは、これら3つのことが矛盾しているということです。マネー
サプライというのは、実体経済(一般企業や個人)の中に資金を流通させることをいい
ます。
 しかし、日銀は、金融機関には資金を供給できますが、その資金を実体経済の中で循
環させてマネーサプライにするには、企業が銀行からその資金を借りて使う必要がある
のです。ところが、企業も政府もお金を借りないのですから、日銀が供給した資金は金
融資産を日銀に売却した金融機関の中にとどまってしまうことになります。
 現状は、実際にそうなっているのです。日銀が公開市場操作によって資金供給を試み
てみても、資金需要があまりにも落ち込んでいるので、しばしば日銀の資金提供が計画
の水準まで達しないことが起こっています。
 もはやこれ以上、日銀の金融緩和には、何も期待できない限界に達しているといえま
す。金融政策は明らかに行き詰っており、それだけ財政政策が求められていることにな
ります。                 ・・・ [バランスシート不況/11]

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2007年05月15日

銀行の破綻処理をなぜ急ぐのか(EJ第1244号)

 2003年11月29日に地方銀行大手の足利銀行が破綻処理されることになりま
したが、今回の破綻処理にはあまり表面には出ていない特色があります。
 りそなのときは、監査法人が銀行に対して引導を渡すかたちになりましたが、今回は
監査法人が一度承認した3月期決算を金融庁が否定しているのです。足利銀行の3月期
決算は、債務超過であるというのです。その経過を追ってみます。
 5月23日に、足利銀行は3月期決算を発表します。監査法人と繰延税金資産につい
て意見衝突があったようですが、その時点では、一応承認しているのです。監査法人と
してもりそなのことが頭にあって、今度は監査法人として引き金を引きたくなかったの
でしょう。しかし、自己資本比率は4%台となり、国内で銀行業務を営む最低ラインに
落ちたのです。
 8月1日に金融庁は、収益向上を求める業務改善命令を発動します。これに基づき、
足利銀行は業務改善計画を金融庁に提出すると、金融庁は9月に立ち入り検査に入った
のです。この時点で金融庁は、足利銀行を破綻に追い込むカウントダウンをしてきたの
です。しかし、自民党の総裁選と衆院選をにらんで、少しテンポを遅らせています。
 危機感を感じた足利銀行は、9月19日に2004年度中に、600億円の増資計画
を盛り込む経営健全化計画を発表し、抵抗しようとします。しかし、金融庁は再び11
月11日に立ち入り検査に入り、債務超過の判断を下して検査を終了します。
 これに対して、足利銀行側は異議申し立てを宣言しますが、金融庁は、11月27日
に「足利銀行は3月末時点で既に債務超過である」との検査結果を通知し、29日に一
時国有化の措置がとられることになったのです。
 EJ第1225号で述べたように、預金保険法第102条第1項には、第1号〜第3
号措置があります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
        第1号措置 公的資金注入による自己資本増強の措置
        第2号措置 破綻処理に伴う預金全額保護などの措置
        第3号措置 破綻金融機関に対する特別危機管理措置
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 りそなのときは、第1号措置でしたが、足利銀行の場合は債務超過なので、第3号措
置――すなわち、長銀や日債銀のときと同じ措置がとられることになります。
 足利銀行の経営内容については、多くの問題点があることは、わかっているものの、
なぜ政府は、かくも性急に銀行の破綻整理をするのでしょうか。まして、足利銀行の場合、貸出金4兆円の約50%が県内向けであり、地元経済への影響は非常に大きいものと思
われます。
 リチャード・クー氏は、週刊『エコノミスト』誌/12月2日号で、インタビューに
答えて次のように述べています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       小泉政権が掲げる「構造改革」という言葉に日本の国民は、
      思考を停止させられているのではないか。経済が低迷する現状
      や通常のマクロ経済政策が効かないことを「構造問題」と一言
      で片付ける。さらに飛躍して、サプライサイド(供給)に手をつ
      ければ、問題は解決するかのような、きちんとした検証を踏ま
      えない論理があまりに多いように感ずる。
                        ――リチャード・クー氏
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 銀行の不良債権問題を小泉政権が推進している根拠は、日本の銀行が不良債権を大量
に抱えているために、それがネックとなって自己資本比率が低下している――そのため
に、信用力があって、面白い投資プロジェクトを持っている借り手に対して資金を貸し
出せないでいるというものです。
 しかし、この根拠は、クー氏の考え方に立つまでもなく、明らかに間違っています。
なぜなら、もし、この根拠が正しいのであれば、銀行の貸出金利は上昇していなければ
ならないはずです。信用力があって、銀行として資金を貸し出せる企業が多くあって資
金が不良債権のために限られているのであれば、資金の争奪戦が起こって銀行の貸出金
利は急上昇するからですが、現実には、そうなっていないのです。
 事態は逆なのです。企業が借金返済をしているために、企業からの資金需要が銀行の
資金供給力よりも先に落ち込んでしまい、その結果、わずかにある資金需要を求めて銀
行が熾烈な競争を展開したために超低金利になってしまったのです。
 クー氏にいわせれば、ある日神様が姿をあらわして、日本中の不良債権穂をゼロにし
てしまったとしても、日本経済が良くはならないというのです。ボトルネックになって
いるのは資金供給ではなく、資金需要の方にあるからです。
 逆に神様が日本中の企業の過剰債務の方をすべてゼロにしてくれたら、企業には借金
がなくなるのですから、日本経済はあっという間に明るくなるはずです。問題の本質を
完全に取り違えているように思います。
 日本のエコノミスト、学者、政治家の中には、わかっている人はいると思います。そ
んなに難しい理屈ではなく、誰でもわかる話だからです。しかし、それを口にしにくい
「空気」がある――とクー氏はいいます。小泉首相の掲げる「構造改革」というカンバ
ンが、まるで水戸黄門の印籠のように人々の抵抗力を奪っているかのようです。
 「構造改革」と「積極財政」――このように2つを並べてしまうと、明らかに「積極
財政」の方が形勢不利です。既に大借金をしているのに、また赤字国債を発行して公共
事業をやるというイメージになってしまうからです。それで、みんなが「構造改革」を
唱えているのです。
 しかし、今までの小泉改革で借金は減っているどころか、増えているのです。野党の
いうように小泉改革で実績として何かが大きく改善されたものがあるでしょうか。
                      ・・・[バランスシート不況/12]            

2007年05月16日

「研究すべき2つの歴史的事実(EJ第1245号)

 日本経済の現状を正しく把握するために、リチャード・クー氏は、次の2つの歴史的
事実を勉強すべきであるといっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      1.貯蓄貸付組合(S&L)の破綻処理 ・・ 1989年
      2.中南米債務危機へのFRBの対応策 ・・ 1982年
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 1989年のことです。米国の貯蓄貸付組合が相次いで破綻したのです。連邦政府は
貯蓄貸付組合のために連邦貯蓄貸付公社(FSLIC)という預金保険機構を作ってあ
ったのですが、あまりにも多くの貯蓄貸付組合が破綻したので、FSLICも一緒に破
綻してしまったのです。
 連邦政府は、直ちに整理信託公社(RTC)という機関を設立し、破綻した貯蓄貸付
組合の資産を短期間の間に次々と売却していったのです。そのため短期的には米国の資
産価値は少し下がったものの、そこから資産価格が回復して、米国経済は急速に立ち直
っていったのです。
 小泉政権の「骨太の方針」は、明らかにこの米国の貯蓄貸付組合の処理を参考にして
進められています。整理回収機構(RCC)を作り、不良債権の処理を迅速に進めよう
という方針です。もちろん、竹中大臣中心にコトは進められているのです。
 しかし、もし、そうであるとすると、竹中大臣をはじめとする政府関係者は、現在の
日本の金融危機がどういうレベルのものであるかについて、重大な間違えを犯している
――このようにクー氏はいうのです。つまり、参考にすべき事例を取り間違えていると
指摘しているのです。
 というのは貯蓄貸付組合問題は、米国経済の規模から考えてきわめて小さい問題――
その全資産は米国の全資産のわずか5%程度のものだったのです。しかも、貯蓄貸付組
合は、特殊な業態であって、1989年当時、他の金融機関に関しては健全そのものだ
ったのです。つまり、貯蓄貸付組合の危機は、金融界全体に広がるシステミックな危機
というレベルではなかったのです。
 人間の体でいうと、95%は健康で5%に問題がある――これが貯蓄貸付組合の問題
なのです。こういう状態であれば、患者は5%の患部を切り取る外科手術に十分耐えら
れるはずです。
 それでも、貯蓄貸付組合の処理に1600億ドルかかっているのです。全体のわず
か5%を処理しただけでも米国のGDPの3%もかかってしまったことになります。
 しかし、現在の日本経済の状況は、まさにその逆――健康な部分が5%で、95%が
傷んでいるのです。日本では、全国的に資産価値が下がり、商業用不動産で86%、ゴ
ルフ会員権では95%の価値が失われているのです。
 しかも、その損失の相当部分は金融機関を直撃しており、日本の金融機関の95%が
何らかの問題――不良債権問題、格付け問題、自己資本比率の問題を抱えており、正常
な金融機関は5%ぐらいしかないのです。これが今の日本経済の現況です。
 クー氏が懸念していることは、95%の資産に問題があって5%しか健全でないとき
に、5%に問題があって95%が健全であるときの解決手法を使おうとしていることで
す。これをやると、経済は大混乱を起こすことになってしまうのです。
 人間の場合でも同じことです。体の95%が痛んでいるときは外科手術などはできな
いのです。そういうときは漢方療法などを使って、少しでも体力をつけるのが先ではな
いでしょうか。ところが、少なくとも現在はそれと逆のことをやっているのです。不良
債権処理を早く進めていいときとそうでないときがあるということです。
 クー氏のいう学ぶべき歴史的事実のもうひとつである1982年の中南米債務危機と
は、どういう危機だったのでしょうか。
 1970年代後半から82年までの間に、米国の大手銀行を含む何百行という銀行が
シンジケートを組んで、メキシコ、ブラジル、アルゼンチン、チリ、ベネズエラといっ
た中南米の公的機関に大量の資金を貸していた時期があったのです。
 ところが、1982年にイギリスとアルゼンチンが戦争をはじめたのです。フォーク
ランド紛争がそれです。この戦争のため、中南米融資のリスクが見直されて、大問題に
なったのです。
 そして、1982年8月にメキシコが返済能力を失い、続いてブラジル、アルゼンチ
ン、ベネズエラ、チリがほとんど同時にデフォルト(債務不履行)になるという空前の
金融危機が発生したのです。これが中南米金融危機です。
 1982年当時の大手米銀8行だけで、中南米諸国に対する融資残高は実に380億
ドル――それは、大手米銀8行の自己資本の146%であったのです。つまり、その時
点で米国の大手銀行は全行倒産といっても過言ではない状況だったのです。さらに、大
手だけでなく、中小銀行にも危機は拡大し、結局380億ドルを含む1760億ドルが
すべて実質デフォルトになったのです。まさにシステミックリスクそのものです。
 当時の米FRB議長はポール・ボルカー氏――彼は、当時の日銀総裁であった前川春
雄氏に8月のある金曜日の夜、電話を入れてきて、支援を要請したあと、「米国の銀行
システムは月曜日まで持たないかもしれない」といったそうです。それは、まさに、そ
のくらい深刻な危機だったのです。
 そのとき、ニューヨーク連邦準備銀行で、この中南米向けシンジケート・ローンを担
当していたのが、リチャード・クー氏だったのです。結果として、米国はこの危機を乗
り切ったのですが、クー氏はその危機乗り切りの貴重な経験を持っているのです。
 詳細は、明日のEJで書きますが、不良債権を不良債権として扱わず、貸し続けるこ
とによって危機を脱出したのです。状況は違うものの、現在の日本の金融危機は、この
ときと同じぐらいのシステミックリスクであるとクー氏はいっているのです。
                     ・・・ [バランスシート不況/13]

2007年05月17日

中南米債務危機での米当局の采配(EJ第1246号)

 昨日のEJで取り上げた中南米債務危機について、もう少し詳しく説明します。リチ
ャード・クー氏によれば、この中南米債務危機のレベルこそ、日本経済が現在陥ってい
る危機のレベルであると主張しているからです。
 なぜ、米国の銀行は、中南米諸国に対して、それほどまでに巨額の資金を貸し込んだ
かです。こういう動きに対してクー氏のいたニューヨーク連邦準備銀行は危機が発生す
る4年も前から、たびたび大手米銀の役員を呼び出しては、警告を発していたのです。
それでも当時の米銀は聞く耳を持たなかったといいます。
 それは、1980年代に登場したコマーシャル・ペーパーの普及がその背景にありま
す。コマーシャル・ペーパー(CP)というのは、企業が短期(1年未満)の資金を調
達するために発行する有価証券の一種です。日本では、1987年11月からその発行
が認められるようになっています。
 このCPの普及で当時の米銀は、それまで伝統的融資先であった企業の運転資金がC
Pに代替されつつあり、それに代わる新たな融資先を開拓するのに必死だったのです。
 それに当時米国銀行界のドンといわれた、ウォルター・リストン・シティバンク会長
が、「企業は潰れるが、国は潰れない」というキャッチフレーズで、シティバンク自ら
外国の公的機関への投資を積極化させていたことに影響されて、それは一種のブームと
なっていったのです。とくに中南米の諸国は、高金利で貸し出せるので、米国のほとん
どの銀行が右にならえをしたのです。
 しかし、イギリスとアルゼンチンのフォークランド紛争をきっけにして、本当の債務
危機が発生したとき、当時、FRB(米連邦準備制度理事会)議長のポール・ボルカー
氏が、ニューヨーク連銀に出してきた指示は次のように意外なものだったのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       いかなる手段を使ってでも、銀行が中南米に踏みとどまって
      資金を供給するようにせよ。銀行に逃げ出す口実を絶対に与え
      てはならない。          ――ポール・ボルカー議長
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 普通こういう事態になったら、外国の銀行は残っているドルをかき集めて逃げ出すと
ころです。ボルカー議長が恐れたのは、一行でも資金を回収して逃げ出そうとする銀行
があると、他の銀行もみんな一斉に逃げ出してしまうことだったのです。
 もし、そういう状況を許したら、借り手はデフォルトの公式発表を余儀なくされ、主
要米銀のほとんどは確実に倒産に追い込まれてしまうからです。
 ニューヨーク連銀は、中南米諸国に融資していた何百という銀行ひとつ1つに対して
資金回収をせず、追加融資をするよう説得して回ったのです。要するに、追い貸しの依
頼です。銀行が追い貸しに応ずれば、メキシコ側はそのお金で金利分を支払うことがで
き、公式なデフォルトは何とか回避できるからです。
 倒産寸前の企業に追い貸しをする――このようなことはミクロの世界では、考えられ
ないことです。しかしこういう場合は、マクロで考えて手を打つことが必要なのです。
よく国の財政赤字を個人の借金にたとえて、これ以上は借金できないという論法を使う
ことがありますが、ミクロの常識をマクロにあてはめることは問題があります。
 さて、ボルカー議長は、銀行が逃げ出さないようにする手を打つと同時に、米国にあ
る3つの銀行検査当局に対し、そのとき完全に不良債権化していた中南米諸国への貸付
を「不良債権として扱ってはならない」と命令したのです。もし、不良債権として扱う
と、追加融資ができないことと、株主代表訴訟を恐れて、銀行が中南米から逃げ出して
しまうからです。
 さらに、ボルカー議長を頂点とする米国金融当局は、さらに外国の銀行が中南米から
撤退したり、危機的状況に陥っている米銀に対して融資を削減したりしないように要請
したのです。当時の前川日銀総裁にボルカー議長が電話したのも、その要請のひとつで
あったのです。このように考えると、FRB議長がいかに重責かがよくわかります。
 さらに、米国金融当局は、米銀経営陣の経営責任を一切問わなかったことです。米銀
がそれまでにやってきたことの詳細をすべて把握していたにもかかわらず、あえてそれ
を問題にしなかったのです。これもミクロとマクロの考え方の違いです。
 既にシステミック・リスクが発生していて、全銀行の協力と団結が必要なときに、ミ
クロ経済では当然の正義は、マクロ経済の生存のために棚上げされたのです。少なくと
も、経営者の責任を問う状況ではないという高度の判断が行われたのです。
 ボルカー議長の危機に対する適切な対応と強力なリーダーシップによって、中南米危
機は少しずつ収まっていったのです。そして危機解消といえる状態になるまでに数十年
もかかっています。それまで、米国金融当局は、5年もかけて、借り手である中南米側
と貸し手である銀行の双方の財政状態を着実に改善していったのです。もちろん、世界
銀行やIMFにも借り手側の経済運営面での支援を仰いでのことです。
 ある程度危機が収まった1987年5月のことです。体力が回復した当時のシティバ
ンクが中南米向け融資を不良債権として処理しようとしたのです。それに対してボルカ
ー氏は公の場で猛反対してをこれを止めています。
 ボルカー氏が恐れたのは、体力を取り戻した銀行がそのようなかっこいい行動をとる
と、他の銀行も右にならえをする恐れが十分あったからです。とくにシティバンクは、
中南米危機の原因を作った銀行であり、勝手な行動は許さないというボルカー氏の怒り
もそこにあったと思います。
 特筆すべきは、この未曾有の金融危機の解決には納税者の負担がゼロであったことで
す。中南米危機は貯蓄貸付組合(S&L)問題の10倍以上深刻な問題であったにもか
かわらず、S%Lが1600億ドルかかったのに比べ、ゼロで済んだのです。日本はこ
の中南米危機を参考にすべきであるとクー氏はいうのです。
                      ・・・[バランスシート不況/14]

2007年05月18日

金融危機の4つのカテゴリ(EJ第1247号)

 米国は、1989年のS&L(貯蓄貸付組合)の破綻処理のあと、今までの検査体制
に不備があったとして、各銀行検査機関が一斉に厳しい検査体制を敷いたのです。銀行
検査が厳しくなると銀行は、不良債権の処理に追われ、その反動で貸し出しに慎重にな
り、それが貸し渋りに発展していくものです。現在の日本もそういう状況にあります。
 この頃の米国でもこの厳格検査が裏目に出て、1991年から1993年にかけて、
全米の銀行が自己資本問題に直面し、それが原因で、全国的な貸し渋りが始まったので
す。そのため、米国民はそのときの不況を「検査官不況」と呼んだほどです。
 時の米国大統領はブッシュ大統領(父)でしたが、時期がちょうど湾岸戦争と重なっ
たため、大統領はその深刻な経済状況を見逃してしまうのです。そして、これが原因で
ブッシュ大統領は、湾岸戦争で勝利しながら、アーカンソー州出身の新人ビル・クリン
トンに大統領の座を奪われてしまうことになります。
 当時の銀行の貸し渋りは相当深刻で、その結果、何万という企業が経営破綻し、第2
次世界大戦以来、最悪の不況となってしまったのです。さらにこの不況への対応を困難
にしたのは、2年前の1989年の貯蓄貸付組合の破綻のさいに、1600億ドルもの
納税者負担を強いており、再び銀行救済のために税金を使うことができなかったことで
す。しかし、このときの米国の経済状況が現在の日本と違うことは企業の資金需要があ
ったことです。そこで、連邦準備制度理事会(FRB)は、銀行がプライムレート(最
優遇貸出金利)を6%に保つことを認める一方で、銀行への貸出資金であるフェデラル
ファンドの金利を3%に引き下げたのです。要するに、FRBは預金金利3%、貸出金
利6%という環境をあえて作り上げたことになります。銀行はこれなら大儲けができま
す。その儲けで資本充実を図るというのがFRBの考え方だったのです。これを「肥え
た利ざや」と呼んでいます。
 この3%の利ざや――大変な利ざやなのです。この政策が採用される前の平均的な利
ざやが1.5%でしたから、この3%の利ざやは、米銀の自己資本比率を4.5ポイン
ト――1.5%の3倍も押し上げる力となったのです。つまり、政策実行時に自己資本
比率が6%だった銀行も3年後にはその比率を10.5%まで押し上げることができた
のです。
 この政策によってFRBは、政治的に高くつく公的資金を投入することなく、銀行に
体力を取り戻させ、1994年には貸し出しを再開させるところまで、米国経済を軌道
に乗せることができたのです。FRBの見事な金融政策といえます。
 しかし、この措置は、当時の米国が十分金利が高く、企業に高い資金需要があったか
らこそできたのです。現在の日本のように金利はゼロに等しくバランスシート不況で、
企業に資金需要もない状況では使えないのです。
 近年米国で発生した金融危機は、次の3つがあります。
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       1982年 ・・・・・ 中南米債務危機
       1989年 ・・・・・ 貯蓄貸付組合(S&L)危機
       1991年 ・・・・・ 検査官不況危機
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 重要なことは、これら3つの危機がいずれも民間企業の資金需要が豊富なときに起き
ていることです。この20年の間に米国では、意欲も信用力もある借り手企業が多くい
るのに、銀行が何度か、つまづいているのです。こういうときは、金利は正常の高さに
あるので、金融当局としては豊富な手が打てるのです。
 しかし、日本では、民間企業の資金需要がないため、金利が異常なほど、落ち込んで
いる――このような経済状況では、銀行を何とかしても問題の解決にはならないことで
す。それなのに、銀行ばかりを何とかしようとして、かえって事態を悪化させているよ
うに思います。要するに、竹中大臣をはじめとする日本の金融当局は、企業に資金需要
のない真の理由がわかっていないのです。
 この資金需要のあるなしで、金融危機を分類して図形化してみると、添付ファイルの
ようになります。この図表は、リチャード・クー氏が作成したものです。添付ファイル
をご覧ください。
 4つのフェーズを言葉で書くと次のようになります。
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       Tのフェーズ/資金需要があって、危機が限定的
       Uのフェーズ/資金需要があって、危機がシステミック
       Vのフェーズ/資金需要がなくて、危機が限定的
       Wのフェーズ/資金需要がなくて、危機がシステミック
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 これら4つのフェーズに今までの金融危機を当てはめてみると次のようになります。
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       Tのフェーズ ・・・・・ 貯蓄貸付組合(S&L)危機
       Uのフェーズ ・・・・・ 中南米債務危機/検査官不況
       Vのフェーズ ・・・・・ 日本の2つの信組の破綻危機
       Wのフェーズ ・・・・・ 1995年以降の日本の危機
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 このように分析すると、日本の竹中プログラムは明らかに間違っています。というの
は、日本は現在第Wのフェーズであるのに、あたかも第Tのフェーズにあると考えて、
政策を行っているからです。
 竹中大臣は米国高官のアドバイスもあって、貯蓄貸付組合(S&L)危機に対して米
国がとった措置を参考にして、銀行の不良債権問題の解決に取り組み、国有化を含む強
行策を行ってでも、それをRCCで買い上げさせようと画策しているのです。
 ここまで、EJで分析してきたように、それをやっても日本の経済状態は何ら回復せ
ず、むしろ逆に取り返しのつかない状況に追い込んでしまう恐れがあるのです。
                      ・・・[バランスシート不況/15]


2007年05月21日

経済のミクロの視点とマクロの視点(EJ第1248号)

 EJの読者から、次の質問がきています。今日はそれをご紹介し、回答になるかどう
かはわかりませんが、関連することについて述べてみたいと思います。
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       最近のジャーナル(EJ)で疑問が涌いて来たため、質問さ
      せて頂きます。

      ①国債は不安なく消化されていますが、残高は確実に増えてい
       ます。返済のシナリオが描けなければ暴落しそうな気がする
       のですが?
      ②日本の人口は、2006年をピークに減少するようですが?
       GDPは人口に比例し、税収もGDPに比例すると思われま
       す。自分には通常の返済計画は立てれなません。個人で言う
       と自己破産しかないように思えますが??
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 最近、経済学をやさしく説明しようというという意図で編集された本が多くなってい
ます。テレビの番組などに登場するおなじみのエコノミストたちも、テレビの聴衆を意
識して、経済を個人のレベルに置き直して説明することが多いようです。
 これは、ある面では非常に効果的でありますが、場合によっては、大きな認識の違い
を引き起こすこともあるのです。国家というマクロなレベルと個人というミクロなレベ
ルでは、発想を変える必要がしばしばあるからです。
 現在、経営不振にあえいでいるかつてのゼネコンを市場から退場させるべきであると
いう意見があります。竹中大臣を中心とする小泉政権の経済政策はそういう路線をとっ
ています。こういう企業を銀行サイドから見ますと不良債権ということになりますが、
不良債権処理を加速させるということは、そういう企業を整理するということを意味し
ています。
 小泉政権は、さかんに改革の「痛み」を強調しており、竹中大臣も10万人規模での
失業が増大することを認めています。これは、経営破綻した借り手企業を整理してその
担保資産を売却することを意味しています。つまり、これは、不良債権処理を「直接償
却」する政策をとるという決意をあらわしています。
 こういう小泉政権の構造改革――本当に改革かどうかはわからないが、国民個々のレ
ベル、つまりミクロのレベルから見れば、一応理解できるのです。「多少痛みはあって
も我慢するしかないか」と納得している人も多いと思います。
 しかし、これをマクロのレベルで考えると、問題の解決になるどころか、逆の結果を
招いてしまうのです。現在の日本の経済状況は、深刻な資産価格の下落が起こっていま
す。日本の銀行は、担保として主として不動産をとっており、銀行が不良債権としてそ
れを処分すると、さらに資産価値が下落し、バランスシート不況は一層深刻化してしま
います。
 経営不振に陥っているあるゼネコンを整理したとします。そのゼネコンは便宜上Z社
とします。ほとんどの企業経営者は、その企業が市場から消えても総需要は変わらず、
したがって、Z社が以前とっていた仕事は、生き残っている企業間で分け合うことがき
ると思い込んでいます。
 しかし、現在のようにバランスシート不況に陥っている状況では、どの業界でも20
〜30%の供給過剰になっているのです。そういうときに企業を淘汰していくと、経済
全体で20〜30%縮んでしまうことになります。
 問題のZ社が業界の過当競争の一因と見られていても、そのZ社が存続することによ
って発生している需要総額は、Z社が閉鎖され、従業員が解雇された状態に比べて、何
倍も大きいと考えられます。確かにミクロのレベルで見ると、Z社は淘汰するのが正し
いように見えますが、マクロの観点からは現時点では淘汰すべきではないのです。
 ご質問にある国債の膨張についての心配は、11月28日付のEJ第1241号に述
べましたが、バランスシート不況下では国債の発行をセーブすると、デフレは加速し、
かえって国債発行を増加せざるを得ないのです。現在の小泉政権のやっていることがま
さにそれを証明しています。何よりもデフレの進行を止めることが必要であり、そのた
めに積極的な財政出動が必要であるならば、思い切って大胆な手を打つべきであると思
うのです。
 不良債権の処理を急ぐ竹中金融再生プログラムについて、あの中南米債務危機に対し
て、大胆、適切なる手を打って乗り切ったポール・ボルカー氏は、2001年6月に、
週刊『東洋経済』のインタビューで次のように述べています。
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       私のアメリカの同僚などが、不良債権の問題さえ解決すれば
      日本の状況は良くなると主張していますが、私は必ずしもそう
      だとは思いません。――中略――
       すぐに不良債権処理を実行していくということになりますと
      財政的な負担があまりにも大きいと思いますが、また経済に対
      するショックが大き過ぎると思います。ただ、できる限り早く
      進めていかなければならないので、どのぐらいの速度でいける
      のか、制限速度のレベルを充分に理解していかなければならな
      いと思います。
                        ――ホール・ボルカー氏
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 ポール・ボルカー氏の表現の中に「制限速度」という言葉が出てきますが、これは注
目すべき表現であると思います。つまり、早く行き過ぎると危険であるが、そうかとい
ってやらなければならないことである――したがって、そのあたりの加減を忘れないよ
うに慎重にやるべきであるというのがボルカー氏のアドバイス
なのです。
 ミクロの正義をマクロの世界でそのまま正義として行うことは危険である――こうい
う点を注意すべきであると考えます。    ・・・ [バランスシート不況/16]