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このブログは、異文化研修の教育機関(株)インテック・ジャパンの情報発信用です。(株)イー・メディアとの提携により、同社のドキュメント・レポート「Electronic Journal」をウィークデイの毎日お届けします。
「Electronic Journal」は様々な情報を400字詰原稿用紙7枚にまとめて配信する日刊メールマガジンです。

トップ カテゴリー:大韓航空007便墜落の謎

2006年04月19日

大韓航空007便墜落事件の謎を追う(EJ第1103号)

 本日からEJでは、航空機事故のテーマを取り上げることにし
ます。1983年9月1日未明にサハリン沖のモネロン島上空で
起こった大韓航空007便のソ連軍戦闘機による撃墜事件です。
数ある航空機事故の中でもっとも謎の多い事件とされています。
 どうして大韓航空機撃墜事件なのかというと、EJに関連して
御巣鷹山事故ともく星号遭難事故のことを調べたさい、この事件
に関するかなり多くの貴重な資料を入手したからです。中には、
あっと驚くような情報もあります。
 ところで、大韓航空機撃墜事件は、どのような事件だったので
しょうか。簡単に振り返ってみることにします。
 1983年9月1日(欧米時間では8月31日)のことです。
アラスカのアンカレッジからソウルに向っていた大韓航空007
便(ボーイング747型機)が正規ルートを北に500キロも逸
脱し、サハリン上空でソ連軍(以下、ソ連と表記)戦闘機によっ
てミサイルを撃ち込まれ、撃墜されてしまったのです。乗客・乗
員269人全員が死亡するという痛ましい事件でした。
 当時ソ連は、アフガニスタン戦争の泥沼から脱け出せないまま
西側との冷戦状態を崩しておらず、米ソは依然として敵対関係に
あったのです。ソ連の権力の座にあったのは、ブレジネフ書記長
のあとを継いだアンドロポフ書記長――元KGB長官でした。
 これに対してときの米国大統領は、対ソ政策強硬派のタカ派と
して知られたレーガン大統領――東西両陣営が厳しく対峙し、8
年後の1991年に起きるソ連崩壊など、誰もが、予想だにして
いなかったのです。
 この事件の謎は、大きく分けると次の3つがあります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 1.北太平洋上の定期航路をソウルに向けて飛行していたはず
   の大韓航空007便がなぜ大幅にコースを逸脱し、ソ連領
   サハリン上空にいたったかという謎です。
 2.領空を侵犯されたソ連側がスクランブルをかけて大韓航空
   007便に警告を促したにもかかわらず同機は何の応答も
   せず、そのまま飛び続けたという謎です。
 3.最終的にソ連側によって007便の残骸は発見され、ロシ
   ア時代になってからボイスレコーダも返還されたものの、
   未だに遺体は戻っていないという謎です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 1と2については、柳田邦男氏をはじめ、多くの学者や研究者
によるレポートがありますが、なぜか3については、それを謎と
いう人はいないのです。
 007便の残骸が沈んでいた海域は、モネロン島北の海域とさ
れています。米ソが激しい深海戦争をやった結果、ソ連側が19
83年の10月20日にブラック・ボックスを入手していたので
す。意外なのは、かなり早い時期に見つけているのです。
 1993年2月に、ICAOの調査団がロシアに赴き、当時、
海底で捜索とブラック・ボックスの回収に従事した民間の潜水員
監督官と2人のダイバーに会って、聞き取り調査をしています。
ICAO(イカオ)というのは、次のことを意味しています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 国際民間航空機関
 International Civil Aviation Organization ・・ICAO
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 国際民間航空機関(ICAO)は、1947年4月4日、国際
民間航空条約に基づき、本部をカナダのモントリオールに置き、
国際連合の一部として、正式に発足しています。日本は、195
3年シカゴ条約の批准とともに、ICAOに加盟しています。
 機体の沈んだ海底は砂地で、水深は174メートル、視界は約
8〜10メートルほどしかなく、そういうごく限られた視界のた
めに潜水員たちは、機体の残骸の全容を見ることはできなかった
といいます。
 残骸は横に60メートル、幅160メートルの範囲に散乱し、
航空機はまさにバラバラになっていたのです。そこにあったのは
機体の金属片、衣服、文書、財布などの乗客の持ち物などです。
しかし、不思議なことに遺体は1体も発見されていないのです。
 ダイバーは、潜水作業をはじめて約1週間でフライトレコーダ
を収めたコンテナ容器を発見――それから3日後にボイスレコー
ダのコンテナ容器も見つかっています。これらの目的の容器の発
見にともない、潜水作業は縮小され、11月の初めには捜索は終
了しているのです。
 ロシア政府は、1993年3月11日、韓国、米国、日本の3
国からの遺族の代表に対して、モスクワのロシア外務省別館で、
ロシア側の再調査結果の説明会を開いています。
 そのとき捜索活動の総指揮官であったシードロフ元海軍大将は
遺体は、手のひらの一部以外、発見されていないといっているの
です。そして、もともと捜索活動の主眼はフライトレコーダとボ
イスレコーダの発見にあり、遺体は最初から引き上げるつもりは
なかったというのです。おかしな話と思いませんか。
                   ・・・[大韓航空01]

大韓航空/ボーイング747.JPG

2006年04月20日

深海戦争の本当の勝者は・・・?(EJ第1104号)

 最初に、次のことばの定義を明らかにすることから、はじめた
いと思います。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  フライト・レコーダ(DFDR)
                 → ブラック・ボックス
  ボイス ・レコーダ (CVR)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 フライト・レコーダとは、航空機の飛行状況を自動的に記録す
る装置であり、高度、速度、方位、無線通信の発信状況といった
飛行データを磁気テープに記録します。
 ボイス・レコーダとは、パイロットや航空機関士が操縦室内で
交わした会話のほかに、地上管制官との無線交信を30分ごとの
エンドレステープに絶えず古い内容を消しながら新しい内容を録
音する装置です。
 そして、ブラック・ボックスとは、これら2つのレコーダが納
められている箱のことをいうのです。これは、ジャンボ・ジェッ
ト機の、構造上もっとも丈夫な機体後部、垂直尾翼の真下に格納
されています。
 ブラック・ボックスは、発見しやすくするために、水に浸かる
と独特の音響を約1ヶ月間、自動的に発信するようになっている
のです。したがって、航空機が遭難した場合、機体後部の残骸を
いかに早く見つけるかが事件解明の鍵となるのです。
 大韓航空007便撃墜事件の場合も、当然すべての秘密は、ブ
ラック・ボックスが握っており、日米両国は何はともあれ、その
発見に全力を傾けたのです。そして、後にこれは、「深海戦争」
と呼ばれたのです。
 撃墜事件が起きたのは、1983年9月1日のことですが、ソ
連は9月10日から、米国は9月15日から、ともに本格的に海
難捜索用の救難艦を投入して海底捜索をはじめています。もとよ
り、必死だったのはソ連の方であり、50隻以上の艦艇を投入し
て捜索に当っています。これに関して米国も11隻の艦艇を現場
に派遣してブラック・ボックスの発見に努めたのです。
 捜索場所は、ソ連側はモネロン島北の海域、米国はモネロン島
北西の海域だったのです。これは、どう見てもソ連側の方が有利
であり、結果としてソ連側が最初に発見しています。もちろん、
ブラック・ボックスを発見したことについてソ連側はおくびにも
出さず、秘密を保ったことは当然のことです。
 これが明らかにされたのは、事件から9年目の1992年のこ
とです。1991年の12月、ゴルバチョフ大統領の辞任とソ連
邦の崩壊という歴史的大変動を経て新体制となったロシア政府が
大韓航空撃墜事件にかかわる10通の文書をICAOに提出して
きたからです。これによって、次の2つのことが明らかになって
います。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 1.ソ連がブラック・ボックスの回収に成功していたこと
 2.米国海軍を混乱させるため偽の情報を流していたこと
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これによると、ブラック・ボックスを発見したのは捜索をはじ
めて1週間後にフライト・レコーダ、さらに3日後にはボイス・
レコーダになっています。ということは、ソ連側は9月10日か
ら海底捜索をやっているので、9月20日にはブラック・ボック
スを発見していたことになります。
 しかし、ソ連側はブラック・ボックスを発見しているのに捜索
を続けるフリをし、それどころか、米国海軍を混乱させるため、
ブラック・ボックスの偽発信音を継続して流し続けていたという
ことを告白しています。
 これが効を奏したのか、米海軍はブラック・ボックスがあるは
ずのないモネロン島北西の海域に長く留まり続けています。実は
米海軍は日本から2隻のサルベージ船をチャーターしており、こ
の2隻のサルベージ船は、10月4日にサハリン沖の現場に入っ
ています。
 その船長の話によると、米海軍からは大韓航空機の残骸の引き
上げをするということで依頼を受けたのに、現場に着いてからは
海底捜索や海底からの引き上げの指示は一切なく、測量用のビー
コン電波の発信装置を渡され、モネロン島のソ連の領海から5キ
ロ離れた水深150メートルの海域で、もう1台のサルベージ船
と約10キロの間隔をとって、米海軍の指示にしたがい、ビーコ
ン電波を発射しながら、錨泊と漂泊を繰り返していただけだとい
うのです。
 これは、明らかに海底測量をやっているのであって、ブラック
・ボックスを探しているのではないと考えられます。要するに米
海軍は、海底の地形図を作っていたのです。軍事アナリストの小
川和久氏は、「原潜回廊を調査している」といっています。
 サハリン沖、モネロン島の北西の海域といえば、ソ連側の前庭
というべき場所であって、米海軍は普段は立ち入ることが困難な
場所になります。そこに大韓航空機撃墜事件が起こったので、そ
れを利用して、ブラック・ボックスの探索を行うかたわら、米海
軍は別のことをやったのです。
 その別のこととは、原潜の通り道をこのさい、調査しておくと
いうものです。ソ連がいち早くモネロン島の北の海域に50隻以
上の艦艇を入れた時点で米海軍は墜落場所がそこだということが
わかったはずです。さらに米海軍の居座るモネロン島の北西の海
域にソ連側が偽発信音を流してくるのを逆手にとって、米軍は、
同海域に居座る口実として利用し、ブラック・ボックスを探して
いるフリをして、原潜回廊のための海底測量をやったのです。
 こうなると、まさに狐と狸のだまし合いといえます。しかし、
戦争とはそういうものであり、ソ連は米海軍をだますつもりが逆
にだまされてしまったということになります。考えてみれば、こ
のときから、ソ連は軍事力において米国に完全に押さえ込まれ、
まっしぐらに崩壊の道を辿ることになるです。コト戦争にかけて
米国は抜かりのない国であるといえます。
                  ・・・[大韓航空002]

2006年04月21日

コース逸脱には3つの仮説がある(EJ第1105号)

 EJ1103号において、大韓航空機撃墜事件には3つの謎が
あることを指摘しました。今朝から、その第1の謎について考え
ることにします。第1謎を再現しておきます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ≪第1の謎≫
  北太平洋上の定期航路をソウルに向けて飛行していたはずの
  大韓航空007便がなぜ大幅にコースを逸脱し、ソ連領サハ
  リン上空にいたったかという謎
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 なぜ、大韓航空007便がコースを大きく逸脱したかについて
は、次の3つの仮説があるのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
    1.INSの操作手順に関わる入力ミス説
    2.米国のスパイ/おとりとしての飛行説
    3.米ソ戦闘機の交戦に巻き込まれて撃墜
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 第1の仮説は「INSの操作手順に関わる入力ミス説」です。
 INSというのは、ジャンボ・ジェット旅客機に装備されてい
る慣性航法装置のことです。離陸前に、パイロットが目的地まで
の飛行経路のデータをフライトプランにしたがって、あらかじめ
コンピュータに入力すれば、旅客機は自動的に所定の飛行コース
に乗って、目的地まで飛行するという装置です。
 007便がコースを逸脱したのは、このINSに間違ったデー
タを入力し、そのまま気がつかずに飛行して航路を大きく逸脱し
たというものです。これが第1の仮説です。
 第2の仮説は「米国のスパイ/おとりとしての飛行説」です。
 これは、米ソ冷戦を背景として、米国が仕組んだとする謀略説
です。米国の狙いは、対立しているソ連の防空能力をテストし、
軍事情報を得るために民間航空機を「おとり」として使って、ソ
連に進入させることにあるとするものです。
 その根拠として、INSのミス・インプットといってもINS
は3台あり、たとえひとつのINSにミスがあっても他のINS
が正しければ、相互に検証し合って警告を発する仕組みがあるこ
とや、そうでなくても長い飛行時間の間に操縦クルーのだれもコ
ースの逸脱に気がつかないことはあり得ない――したがって、パ
イロットが意図的にサハリンに向けて飛んだとしか思えないとい
う仮説です。
 第3の仮説は「米ソ戦闘機の交戦に巻き込まれて撃墜」です。
 007便は米空軍機の支援を受けてソ連へのスパイ・おとり飛
行作戦に加わり、カムチャッカの領空侵犯に成功します。その後
サハリン上空を横断中に、ソ連戦闘機の迎撃に遇って、米ソ戦闘
機の交戦に巻き込まれます。007便は北海道奥尻島沖の上空に
逃れたものの、証拠隠滅のため、米軍戦闘機によって撃墜されて
しまうというものです。
 これら、3つの仮説のうち一番荒唐無稽なのは、第3の仮説で
す。これは、仮説というよりも空想小説のたぐいとでもいうべき
ものですが、米国国内では活字になっているのです。しかし、実
際問題として、このようなことはあり得ないことです。
 第2の仮説は、INSに間違ってインプットしても途中で操縦
クルーの誰もが気がつかないことはあり得ないということから、
パイロットが意図的にサハリンに行ったのではないかということ
から、盛んに唱えられたものです。レーガン大統領が仕組んだ米
国の犯罪であると信じている人もかなりいたのです。
 しかし、ブラック・ボックスが発見され、その内容が検証され
た現在となっては、コックピットで交わされた操縦クルーの会話
からは、それを窺わせるものは何もないことがわかっています。
 そうすると、残る仮説は、第1の仮説――INSへのインプッ
ト・ミス説ということになります。実際にどのようにして、ミス
・インプットが行われたのか――少していねいに見ていきます。
 大韓航空007便は、日本時間で1983年8月31日、午後
1時5分、米国のジョン・F・ケネディ国際空港を出発し、午後
8時30分、寄港地アラスカのアンカレッジに到着しています。
 大韓航空の時間表では、007便は、アンカレッジを午後9時
20分に出発し、韓国のソウル金浦空港に9月1日の午前6時に
到着する予定となっていたのです。予定されている全飛行時間は
8時間40分です。
 ここにひとつの誤算が生じたのです。飛行前の気象条件を観測
した結果、航空路上に通常よりも弱い向かい風が吹いていたので
す。風は飛行時間に大きな影響を与えるのです。
 そこで、この風を考慮してコンピュータで計算し直すと、飛行
時間は7時間53分と、予定よりも47分も早く、午前6時前に
ソウルに到着してしまうことがわかつたのです。ところが、金浦
国際空港の乗客取り扱いのサービス業務や税関業務の開始時間は
午前6時からであったので、午前6時前の到着は、できれば避け
る必要が生じたのです。
 そこで、機長は定刻の午前6時に金浦空港に到着するように調
整を行い、アンカレッジ出発を予定よりも30分遅い、午後9時
50分に変更したのです。こういう時刻の調整は、大韓航空では
別に珍しいことではないのです。
 実は、この時刻変更をソ連側は、カムチャッカ上空に達する米
国の軍事偵察衛星フェレットDに合わせるための調整とし、スパ
イ飛行説の根拠としているのですが、これは明らかにソ連側の考
え過ぎであるといえます。
 このように、大韓航空007便は午後9時50分にアンカレッ
ジ空港の管制塔を呼び出し、ソウルへの飛行承認を求めます。そ
して、午後9時55分――地上走行の許可を受け、午後9時58
分、滑走路32から離陸承認を受けて、ソウル金浦空港に向けて
離陸します。時刻はちょうど午後10時の出発です。乗客240
人、乗員29人――あわせて269人は、このように、二度と戻
れない旅にスタートすることになったのです。
                  ・・・[大韓航空003]

大韓航空/ボーイング747−2.JPG

2006年04月24日

最初からコース逸脱の007便(EJ第1106号)

 大韓航空007便は、通常の航空路を北に500キロも逸脱し
ているのですが、これは極めて異常なことです。一番不思議なの
は、この飛んでもないコース逸脱を007便の機長をはじめとす
る操縦クルーが長時間にわたって気がついていないことです。
 それに旅客機の航行には出発地の管制はもとより、到着地の空
港管制も監視体制をとっており、これほどのコース逸脱があれば
いつでも警告を出せる体制にあったのに、結果として何もやって
いないことです。ソ連が西側の陰謀と疑うのも当然といえます。
 そのあたりを少し詳しく見ていきましょう。
 007便は、アンカレッジを離陸したあと、いったん「J50
1ルート」という航路に乗ります。この航路から、ソ連領空ギリ
ギリに設けられている「R20」に入って飛行します。そして、
深夜の長い洋上飛行のあと、日本の東北地方の上空を横切って韓
国に向かい、ソウル金浦国際空港に到着する予定だったのです。
 アラスカのアンカレッジ空港と日本を結ぶ航路は、当時5本用
意されていたのです。北から順に書くと次のようになります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       R20      A90
       R80      R91
                G44
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これら5本の航路のうち、R20とR80は、アンカレッジか
ら東京やソウルなどに向かう西行きの便に、他の3本は逆方向に
飛行する東行きの便に割り当てられていたのです。
 007便の機長は、千炳黄氏――元軍人のベテランパイロット
で、航空機関士としての総飛行時間は4013時間、アンカレッ
ジ−ソウル間は44回も飛んでいるのですが、R20ルートでの
飛行は、はじめてだったそうです。
 千機長は当然R20がソ連領空ギリギリであることは熟知して
います。R20がはじめての経験とはいえ、相手が冷戦中のソ連
ですから、必要以上に慎重になってもおかしくはないのです。そ
れでいて、なぜ、コース逸脱に気がつかなかったのでしょうか。
 飛行機のコース逸脱を防ぐため、航路上には、7ヶ所の義務的
位置通報点(ウエイ・ポイント)があります。アンカレッジを出
発したあとは、次のウエイ・ポイントをひとつずつ確認して飛行
を続けることになります。これら7つのウエイ・ポイントのうち
ベセルを除くと、すべて洋上に位置することになります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      1.ベセル     5.ノッカ
      2.ナビー     6.ノホ
      3.ニーバ     7.ナナク
      4.ニッピ
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 以上のウエイ・ポイントは、出発前に操縦クルーがINSに入
力するのです。そして、飛行してからは、ウエイ・ポイントを通
過するたびに、次の10項目を出発地のアンカレッジか、東京の
地上管制に対して報告することが義務づけられているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  1.自機のコールサイン 6.次の通過点までの所要時間
  2.現在の地点     7.残りの燃料
  3.現在地の時間    8.外気温度
  4.現在の飛行高度   9.風向きおよび風速
  5.次の通過点    10.気象状況
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これらの報告にさいしては、乗員がINSの表示を読み取って
確認し、報告するようになっています。この役割は、副操縦士が
務めるのが一般的です。テレビドラマのキムタクの役割といえば
わかりやすいでしょう。
 アンカレッジ空港を飛び立つと、パイロットにとってひとつの
目印になるのがカイルン山です。ここには無線標識(NDB)が
置いてあり、空港の航空路監視レーダーが出発機の航路をチェッ
クしているのです。アンカレッジ空港の管制官は、007便に対
し、次のように指示しています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  ウエイ・ポイントの「ベセル」に直行できるようになるまで
  機首方位を220度に維持すること、 高度は3万1000
  フィート(約9500メートル)へ上昇せよ
                  ――アンカレッジ管制官
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 航空路レーダーによる監視サービスは、このカイルン山NDB
までで終了し、あとは007便からのウエイ・ポイント通過の報
告を待つことになります。007便は、最初に次の報告を地上管
制官に送ってきています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ベセルを午後10時49分に通過し、次のウエイ・ポイント、
 ナビーの予定通過時刻は、午後11時30分である
                  ――007便パイロット
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 実は、このとき007便は、コースを外れていたのです。あと
になってICAOがレーダー記録を確認したところ、アンカレッ
ジ近くにあるケナイの航空路監視レーダーは、007便のが離陸
した約10分後に、ベセルへ直行する航路から逸脱していること
がわかったのです。
 正確にいうと、レーダーによるサービスが終了したときには、
J501ルートから北へ約6マイル(約11キロ)外れていたの
です。さらにアンカレッジ南西約450キロにある米空軍のキン
グ・サーモンのレーダー記録によると、007便がベセルの報告
をした時点で007便は、航路からおよそ12マイル(約22キ
ロ)北側に逸れていることが判明しています。
 何のことはない――最初からコースを逸脱しているのです。
                   ・・[大韓航空004]

007便離陸直後の航空ルート.JPG

2006年04月25日

位置通報とコース逸脱の謎を探る(EJ第1107号)

 大韓航空007便は、航空監視レーダーとアンカレッジ空港の
航空管制官に見守られて空港を飛び立って行ったはずです。その
航空監視レーダーは、離陸後約10分の時点で、早くも北に11
キロも航路を外れていることを示していたのです。しかし、それ
を管制官は、007便に警告していないのです。
 実は、あとでこれが問題になります。「なぜ、コース逸脱を0
07便に警告しなかったのか」というICAOの調査に対して、
アンカレッジ管制官は、「007便にはベセルに直行するよう指
示を出しており、問題はない。午後10時27分に、航空路レー
ダーの監視サービスは終了しており、それ以後のレーダー上の飛
行位置を007便に警告する義務は負わされていない」と、まる
で無責任な回答をしているのです。
 管制官のこの答え方から見て、管制官はおそらく007便の航
路を追跡していなかったのだと思います。一種のサボタージュで
はないでしょうか。
どうしてかというと、いかに航空路レーダー監視サービスの終
了後とはいえ、007便が午後10時49分に「ベセル通過」を
アンカレッジ航空管制センターに報告してきたときに、管制官は
コース逸脱のことを教えていないからです。
 知っていたのにサービス終了後だからいわなかったのでしょう
か。そんなことはないはずです。その時点で管制官が007便の
コース逸脱を掴んでいたら必ず警告していると思います。
 まして、R20は、ソ連の領空ギリギリのところに設けられて
いるキケンな航空路なのです。ひとつ間違うと大変なことになる
――その程度のことは常識として心得ていたと思うのです。
 さて、午後11時32分になって、007便は「ナビー」を通
過したこと、次のウエイ・ポイントの「ニーバ」は9月1日、午
前0時49分になることをアンカレッジ航空管制センターに報告
してきています。
 しかし、この報告は007便から直接ではなく、007便が離
陸してから14分後にアンカレッジ空港を出発して、やはりソウ
ルに向っていたもう1機の定期便、大韓航空015便の代理の報
告だったのです。
 「代理の報告」というと、何か悪いことをしているように感じ
られるかも知れませんが、そうではないのです。こういうことは
「空の慣行」としてよくあることなのです。015便の実際の報
告をご紹介しておきます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 大韓航空015便、位置通報を送信する。大韓航空007便の
 位置通報です。ナビー1432(午後11時32分)、フライ
 トレベル310(飛行高度3万1000フィート)、次の予定
 地点、ニーバ1549(午前0時49分)、残燃料200.0
 (20万ポンド)、外気圧マイナス49度、風向き250度、
 風速60ノット、どうぞ
              ――大韓航空015便の代理報告
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 航空機が地上の管制センターと連絡をとる場合、飛んでいる場
所によって、無線の感度が弱くなるなどして、センターと交信で
きないことがしばしば起こります。
 こういう場合、近くを飛行している航空機と連絡をとり、管制
センターへの報告の中継を頼むことはよくあることなのです。こ
のケースでは同じ大韓航空でしたが、大韓航空以外の航空機にも
中継を依頼することはよくあります。そういう中継を依頼された
場合、快く引き受けるのが「空の慣行」なのです。
 ついでに覚えておいて損のない知識として、航空機が使う連絡
用の無線には次の2つがあります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
    1.VHF ・・・ 比較的短距離で使用
    2.HF ・・・・ 到達距離が長い無線
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 015便が007便の位置通報を中継したことをもって、大韓
航空の両便はあらかじめ示し合わせて、015便が007便のコ
ース逸脱を隠蔽したということをいっている人がいますが、これ
は明らかに誤りです。
 007便は、午後11時44分、VHF無線を使って、アンカ
レッジ航空管制センターを呼び出しています。しかし、このとき
も交信状態は悪く、通じなかったので、今度はHF無線を使い、
アンカレッジを呼び出すことに成功し、直接ナビーに到達したこ
と、次のニーバの予定通過時刻は、015便の報告よりも4分遅
れて、午前0時53分になると報告しているのです。
 ここまでのところでいくつかの疑問が生じていると思います。
 そのひとつは、007便はきちんと位置通報をしているのに、
なぜ、航路がそれてしまっているのかということです。この謎を
説く鍵は、INS(慣性航法装置)にあります。
 INSはジャンボジェット旅客機には3軸用意されています。
これら3軸のジャイロを回転させることによって、正確に航空機
の位置確認を行うのです。そのため、INSに接続された航空機
自動操縦装置(オートパイロット)は、世界のどのような場所に
でも誤差300メートルの精度で誘導できるのです。
 007便が飛行したR20という航路を見ると、7ヶ所のウエ
イ・ポイントのうち、地上にあるのはベセルだけであり、あとは
すべて洋上です。地上のウエイ・ポイントには「無線標識」が設
置してあり、報告してきた位置情報が正しいかどうかをチェック
できるのですが、洋上の場合はそれができないのです。
 そのため、INSにルート上の経由ポイントを緯度と経度で入
力し、パイロットはINSが表示するウエイ・ポイントを確認し
て位置通報を行うことになります。
 ですから、もし、INSへの入力が間違っていると、その位置
通報も違ってきてしまうことになります。しかし、パイロットは
乗客と自分を含めた乗員の命がかかっていることであり、めった
なことでは、入力を間違えないものです。・ [大韓航空005]

2006年04月26日

INSをきちんと入力しない機長もいる(EJ第1108号)

 4月19日のEJ1103号から、大韓航空007便撃墜事件
について書いてきて、ちょうど1週間が経過しました。しかし、
4月19日の時点では、このテーマについて書くときに絶対に必
要なある書籍を入手していなかったのです。
 それは、柳田邦男氏の手になる次の3冊の本です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 柳田邦男著 『撃墜 上/大韓航空機事件』(講談社文庫)
 柳田邦男著 『撃墜 中/大韓航空機事件』(講談社文庫)
 柳田邦男著 『撃墜 下/大韓航空機事件』(講談社文庫)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 当初簡単に入手できると思っていたのですが、19日から一週
間かけて古本屋を含めて、書店めぐりをし、見つからなかったの
です。既に絶版の扱いになっていました。
 しかし、知人の知らせで石神井図書館にこの本があることを発
見し、やっと入手できました。この本は、1991年9月に刊行
されており、新生ロシア政府がブラックボックスをICAO、米
国、韓国に引き渡す前にであったため、版元は絶版にすべきと判
断したものと思われます。
 しかし、ブラックボックスがないという決定的な情報不足にも
かかわらず、柳田氏の分析は精緻にして正確であり、大韓航空機
撃墜事件について書かれたほとんどすべての本で、この本は参照
されているのです。そういうわけで、この本だけはどうしても必
要だったのです。
 この柳田氏の本を読んで、早くも疑問に思っていたことが判明
しました。それは、3台あるINSにどのようにしてウエイ・ポ
イントを入力するかです。これが分からないと、INS入力ミス
説を実証できないのです。
 そもそもINSは、無線標識のない洋上の長距離飛行のとき頼
りになる航空装置なのです。しかし、入力ミスがあったのでは何
もならないわけで、ミスを防ぐ工夫がこらされているのです。
 現在、ジャンボ旅客機には3台のINSが装備されていますが
3台設置すると、それだけで1億円かかるそうです。それでは、
3台の1NSにどういう手順で入力するのでしょうか。
 3つのINSには、No.1からNo.3までの番号がふられ
ています。No.1は左側の機長席側、No.2は右側の副操縦
士席側、そしてもう1台は、機長席、副操縦士席の後方中間側に
設置されているのです。
 まず、副操縦士が飛行計画書を手にして、これから飛んで行く
ルートの各ウエイ・ポイントの緯度と経度を読み上げ、機長が自
分のNo.1のINSにキーボードを押してデータを打ち込んで
いきます。これが終ると、リモート・スイッチによって、No.
1の入力データは、そっくりNo.2とNo.3にコピーされる
のです。これが第1段階です。
 しかし、これだけでは機長が入力ミスをすると、3台とも違っ
てしまいます。そこで、機長は自分の飛行計画書を手にして、各
ウエイ・ポイントのデータを読み上げ、副操縦士は、No.2と
No.3のデータ表示を見て、インプットデータが正しいかどう
か、ダブルチェックを行うのです。
 一般的に考えた場合、これをきちんとやっていれば、ミスは起
こらないはずです。しかし、大韓航空007便の機長や副操縦士
が、これをきちんとやっていたかどうかはわからないのです。
 実際にウエイ・ポイントをすべてきちんと入力しない機長はい
るのです。既に述べたように、007便は、次の7つのウエイ・
ポイントを通過するのですが、それぞれのポイントの間には通報
義務のない中間ポイントがあるのです。矢印の付いているのが、
そのポイントです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      1.ベセル      6.ニッピ
      2.ナビー    → 7.ニッテム
    → 3.ナックス     8.ノッカ
      4.ニーバ      9.ノホ
    → 5.ニンノ     10.ナナク
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これらのポイントは通報義務こそありませんが、きちんとIN
Sに入力して、操縦クルーはそれらの位置を確認して飛ぶのが正
しいのです。
 これを見ると、ニーバからノッカまでには、位置通報の義務の
あるニッピを含めて3ポイントがあります。例えば、ニーバから
ノッカにダイレクトに飛行しようと考えた機長がいたとします。
なぜ、そのようなことをするのかというと、燃料を節約するため
です。こういうことを会社ぐるみでやっている航空会社もあると
いうのです。
 実際に計算してみると、ニーバから途中の3ポイントをスキッ
プしてダイレクトにノッカに飛ぶと、3ポイントをきちんと経由
する場合に比べて、飛行距離は10キロ節約できるのです。わず
か10キロであっても、回数を重ねれば、大幅な燃料節約に貢献
することになります。
 それでは、ニッピの位置通報はどうするのかですが、これは、
ニーバからニッピまでの距離がわかっているので、INSの距離
計を見て通報するのです。報告を受けた航空管制センターとして
は、実際にその航空機がその位置にいるかどうかは判断のしよう
がないので、ウソの報告がまかり通ってしまうのです。
 これに関連して、当時、仮説ではありますが、有力視された説
があるのです。それは、機長がニーバからノッカまでダイレクト
に飛ぶことを考えたとして、到着点であるノッカの緯度の数字と
経度の数字を間違えて、入力してしまったケースです。
 詳しくは、明日のEJに書きますが、それはとんでもない結果
を招いてしまうのです。何回もジャンボ・ジェットで飛んでいる
と、INSの入力に関してもどうしても緊張感がなくなるという
ことを告白するパイロットも少なくないのです。
                   ・・[大韓航空006]

撃墜/上中下.JPG

2006年04月27日

無線が届かないのはコース逸脱が原因(EJ第1109号)

 機長が燃料を節約するため、ニーバから3ポイントをスキップ
して、ノッカまでダイレクトに飛ぼうと考えたとします。ところ
がノッカの緯度と経度を間違えて入力してしまったとします。E
メールの制約によって、度が正確には表示できないので、「度」
という漢字を使います。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
     ≪正しい入力≫
      ノッカの緯度  42度23.3N
      ノッカの経度 147度28.8E
     ≪ミスの入力≫
      ノッカの緯度  47度28.8N
      ノッカの経度 142度23.3E
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 緯度は「十」の位の数であり、経度は「百」の位の数字ですが
それを除くと、緯度と経度の数字はとてもよく似ています。そこ
で、つい間違えてしまうことはあり得ると思います。問題は、本
当にこういうミス入力をしてしまった場合、飛行機はいったいど
こに飛んで行くかです。
 緯度「47度28.8N」、経度「142度23.3E」は、
サハリン南部のホルムスクのやや内陸側になります。そこは、自
衛隊の稚内レーダーがとらえた大韓航空機007便の航跡と完全
に一致するのです。つまり、007便の撃墜地点なのです。
 この説は、当時米国で大きな話題となり、『ニューズ・ウィー
ク』の1983年9月19日号に、「いかにして007便は道に
迷ったか?」というタイトルで、紹介されています。
 しかし、この説は非常に驚くべき偶然の一致ではありますが、
あり得ないのです。というのは、007便はアンカレッジ空港を
離陸した直後から、R20のコースを大きく北に外れてしまって
いるからです。
 柳田邦男氏は、007便が太平洋上空に入る直前のニーバより
かなり手前でR20ルートから北に逸れて飛んだことは確かであ
ることを確信し、どの地点から北に逸れていったのかを特定する
作業をやっています。
 柳田氏は、アンカレッジ在住の知人に依頼して、地元のローカ
ル紙であるジ・アンカレッジ・タイムスと、アンカレッジ・デイ
リー・ニューズの2紙を2週分まとめて航空便で送ってもらった
そうです。1983年といえば、まだ、インターネットが普及し
ていなかった時代であり、情報収集はさぞかし大変であったと思
われます。
 なぜ、地元のローカル紙に注目したかというと、アンカレッジ
空港やアンカレッジ管制センターの情報が載っている可能性が高
かったからです。その狙いは当り、それらの新聞から貴重な情報
が柳田氏にもたらされているのです。
 007便とアンカレッジ管制センターの交信記録によると、0
07便は空港離陸後、位置通報義務のある3つのウエイ・ポイン
ト(ベセル、ナビー、ニーバ)の各点で、規定通り、通過時刻、
高度、風向き、風速などのデータを報告してきていますが、それ
らのデータには一見してわかるほどの異常さはなく、007便は
正規のR20ルートを航行しているように見えたということが判
明しています。
 しかし、柳田氏は、各通過点への007便の到着の遅れに注目
したのです。ナビーへは2分、ニーバには5分の遅れです。ジャ
ンボ・ジェットの巡航中の飛行時間が1分遅れるということは、
距離にすると、15キロないし16キロの遅れになります。した
がって、5分の遅れとなると、75キロ以上の差になるのです。
飛行機が正規のルートを飛んでいる限り、よほど向かい風が予報
よりも強くない限り、このような差は生じないものなのです。
 もうひとつ柳田氏が注目したのは、007便がナビーを通過し
たと考えられる頃から、007便の無線が、アンカレッジ管制セ
ンターに届かなくなってきている点です。こういうことは、飛行
機が正規のR20ルートを飛行している限り、あまりないことな
のです。無線が届かないので、中継して管制センターに代理報告
をした大韓航空015便の機長は次のようにいっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  007便の無線機が故障したために、交信音がアンカレッジ
 まで届かなくなったのだと思い、すぐ近くを飛んでいた私が、
 交信を傍受して中継したのです――KE015便朴機長
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 もうひとつ証言があります。それは、ニーバ通過時において、
007便とすれ違うはずであった大韓航空008便――ソウル発
ニューヨーク行きの機長は、「アンカレッジからのルート沿いの
気象状態を聞こうと思って、007便に何度も呼びかけたけれど
も交信できなかった」といっています。
 なぜ、交信できなかったのでしょうか――それは、007便が
正規のルートを飛行していなかったことを意味しています。最初
から北に大きく逸れて飛行していたからです。
 問題は、どうしてこのようなことになったのかです。既にブラ
ックボックスの解析も済んだ現在では、少なくとも自ら航路を外
すスパイ説は考えられないのです。そうすると、どうしてもコー
ス逸脱の原因は、007便パイロットの何らかのミスということ
になってくるのです。
 ここでどうしても知るべきことは、航空機が離陸からどのよう
にして所定の航路に乗るのかのプロセスです。というのは、IN
Sは最初から機能するのではなく、離陸して一定時間が経過した
あとからなのです。航空機の飛行方式には次の3つがあります。
詳しくは、明日のEJで説明します。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
    1.INS(慣性航法装置)での自動操縦
    2.ヘッディング・モードによる飛行方式
    3.無線標識の電波をとらえての飛行方式
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
                   ・・[大韓航空007]

2006年04月28日

NAVを入れる前に飛行機を動かしていないか(EJ第1110号)

 旅客機の主な航法には、次の3つがあります。昨日のEJで上
げたものを再現しておきます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
    1.INS(慣性航法装置)での自動操縦
    2.ヘッディング・モードによる飛行方式
    3.無線標識の電波をとらえての飛行方式
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 第1は、「INS(慣性航法装置)での自動操縦」です。
 この航法は、離陸前に乗員があらかじめ目的地までの飛行経路
と通過地点のデータをフライトプランにしたがってコンピュータ
に入力しておくと、旅客機は自動的に所定の飛行コースに乗って
目的地まで飛行するのです。007便のように長距離の洋上飛行
をするときは、すべてこの航法を採用します。
 第2は、「ヘッディング・モードによる飛行方式」です。
 旅客機が離陸後、所定の航路に乗るときや一時的に航路を変更
するときに使う方式で、向かう方位(機首方位)を計器にセット
すると、機首(ヘッディング)が自動的にその方角を向いて飛行
するのです。
 第3は、「無線標識の電波をとらえての飛行方式」です。
 無線標識(VOR/NDB)の電波を捉えながら、その方向に
針路をとって飛ぶのが無線航法です。国内線では、陸地づたいに
無線標識が設けられているので、この方式が採用されることが多
いのです。
 通常航空機は、これら3つの航法を組み合わせて飛行するので
すが、一般的なケースを考えてみます。
 ほとんどの場合、航空機は、離陸時は「ヘッディング・モード
による飛行方式」を選択します。パイロットは航法選択スイッチ
をHDG(ヘッディング・モード)に合わせるのです。そして、
上昇しながら、航路上にある地上航法援助施設の無線標識(VO
R/NDB)の方向に機首方位を合わせて飛行するのです。
 やがて航空機が無線標識の上を通過すると、パイロットは航法
選択スイッチを今度はINSに切り替えて、INSを自動操縦装
置に連結するのです。そうすると、INSは飛行コースを捉える
作動を開始し、離陸前に入力された飛行経路通り自動的に所定の
飛行コースに乗って目的地に向って飛行するのです。
 さて、これからミスがどの段階で起こったかを検証するのです
が、それは大きく分けて次の2つがあります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 1.大韓航空007便が離陸する前のINS入力時における
   ミス
 2.007便が離陸後においてパイロットが冒した何らかの
   ミス
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 1のINS入力時のミスについては、既にいくつかのケースを
指摘していますが、柳田氏はM機長の話として、あるミスの可能
性を紹介しています。これは、非常に重要な指摘であると考える
ので、検討してみたいと思います。
 それは、INSの入力にはミスがなくても、最後のスイッチ一
つの操作を誤ると、コースを大きく逸脱する可能性があるという
重大な指摘です。
 INSの操作盤というのは、次のように、上下2つに分かれて
います。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  1.データ入力用電子文字盤
  2.モード ・ セレクター盤
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 下が、データ・インプット用のプッシュ・ボタンや電光文字盤
のあるコントロール・ディスプレイ盤、上が、INSの状態(モ
ード)を選択するモード・セレクター盤と呼ばれるスイッチ盤に
なっているのです。添付ファイルに、モード・セレクター盤のイ
ラストを付けておきます。
 それでは、パイロットは、どのようにしてINS関係の操作を
行うのでしょうか。
 EJ1108号で、機長と副操縦士によるウエイ・ポイントの
入力作業について説明しましたが、その前にとても重要な準備段
階があるのです。
 第1に、航空機関士が、駐機場に停止している飛行機に乗り込
み、モード・セレクターを「オフ」から「スタンバイ」にして、
飛行機の現在位置の緯度と経度をインプットします。航空会社に
よっては、この操作を副操縦士がやることがあります。
 007便の場合は、アンカレッジ空港スポット2Nの緯度と経
度を入力するのです。そうすると、ジャイロスコープが作動を開
始します。
 第2に、スイッチを「アラインメント」に切り替えます。「ア
ラインメント」とは、「整列させること」という意味です。この
操作によって、INS内部では、真北に対する飛行機の位置を正
確に知る計算やプラットフォームを水平にする作業などが自動的
に行われていきます。そして、約15分経過すると、モード・セ
レクターの隣にあるランプが緑になって、INS内部の準備作業
が完了したことを示します。
 第3に、機長と副操縦士が飛行機に乗り込み、飛行計画書に基
づき、これから飛んで行くルート上のウエイ・ポイントを入力し
ます。その操作が完了すると、「レディ・ナブ・ライト」が点灯
していることを確認のうえ、モード・セレクターを「アラインメ
ント」から「ナビゲーション(NAV)」に切り替えるのです。
 このNAVスイッチの切り替えが済むと、飛行機をスポットか
ら動かしていいのですが、モード・セレクターをNAVに切り替
える前に飛行機を動かすと、座標軸――位置確認の土台となるプ
ラットフォームが動いてしまうことになります。実は、ここに大
きなミスがあったのではないかといわれているのです。
・・[大韓航空008]

モード・セレクター.JPG

2006年05月01日

NAVスイッチのミスが起きる理由(EJ第1111号)

 日本航空には『FLIGHT SAFETY』という社内誌が
あるそうです。『FLIGHT SAFETY』誌は、同社の運
航安全推進部が運航乗務員や運航関係者を対象に発行している社
内の定期刊行物です。
 この雑誌発行の目的は、運航乗務員が自ら冒したミスを公開し
そこから得られる教訓を運航乗務員や運航関係者の共有財産にし
て同じような事故を防ぐことにあります。
 その「FLIGHT SAFETY」の1983年4月号に重
要な事例が出ているのです。それは、1982年5月に同じアン
カレッジ空港で、モード・セレクターを「NAV(ナブ)」に入
れないうちに機体を動かしてしまうミスの事例だったのです。
 このケースでは、INSへウエイ・ポイントのデータの入力は
間違いなく行われていたのです。この日航747型機は、アンカ
レッジ空港を離陸したあと、アラスカ上空では無線標識の電波を
探知して飛ぶ航法をとっています。昨日のEJでご紹介した旅客
機の3つの航法のうちの3番目の航法です。
 アンカレッジから最初のウエイ・ポイントであるベセルまでの
ジェット・ルート「J501」のちょうど中間にカイルン山無線
標識があります。ちょうどアンカレッジの西方約150マイルの
地点に当ります。
 そのとき機長は、INSのデータをチェックしたところ、現在
位置の表示データは、3台のINSすべてがカイルン山無線標識
より北に15マイル(約28キロ)も逸れた位置を示していたと
いうのです。
 ここで機長は飛行を直ちに中止し、アンカレッジ空港に引き返
す決断をします。調査の結果、INSそのものに異常はなく、出
発時にモード・セレクターを「ナブ」に切り換える前に機体を動
かしているという事実が判明したのです。実際どのようにして、
そういう事態が発生したのかについて説明しておきましょう。飛
行機が離陸するまでに乗員が何をしているのかを知ることもマイ
ナスではないと考えるからです。
 この飛行機の操縦クルーは、アンカレッジから交代で乗り込ん
だ乗員でした。この便はアンカレッジへの到着が定刻よりも少し
遅れていたので、機長は少しでも遅れを取り戻そうとコックピッ
ト内の出発準備作業を急ピッチで進めたそうです。
INSへのウエイ・ポイントの入力が済むと、あとはモード・
セレクターのスイッチを「アラインメント」から「ナブ」に切り
替えるだけですが、機長はその操作をエンジン・スタート直前に
しようとして、「アラインメント」のままにしていたのです。
 なぜ、そのようなことをしたのでしょうか。
それにはちゃんとした理由があるのです。モード・セレクター
を「ナブ」にすると、INS内部では、ジャイロスコープがコン
ピュータと連動してプラットフォームを完全に水平に保つように
働き、加速度計が機体の動きを敏感に検出する態勢になります。
 しかし、INSを長時間使用すると、その精度は少しずつです
が、低下していくのです。通常INSの精度を安心して信頼でき
る時間は、モード・セレクターを「ナブ」にしてから、約12時
間とされているのです。そのため、ほとんどの機長は、モード・
セレクターの「ナブ」の切り替えをエンジン・スタートの直前に
しようとするのです。
 早々に「ナブ」スイッチを入れてしまうと、天候その他の事情
で飛行機の出発が遅れたような場合、12時間というINSの持
ち時間が減ってしまうことを機長は嫌うわけです。
 ここで、出発前の飛行機がどのような状態であったかについて
明らかにしておく必要があります。アンカレッジ空港では、飛行
機は、搭乗口に機首を突っ込んだかたちで駐機しています。エン
ジン・スタートは、地上での燃料補給、貨物の積み込み、乗客の
搭乗のすべてが終了し、飛行機のドアが閉められたあと――つま
り、エンジンを回転させても危険がなくなった時点で行うことに
なるのです。
 この状態で飛行機を滑走路に移動させるのは地上の牽引車の役
割です。牽引車は、飛行機を誘導路まで引っ張る――つまり、後
退させるわけです。これを「プッシュバック」といいます。
 エンジン・スタートのタイミングは、地上コーディネーターが
判断して、機長に「エンジン・スタート5分前」と連絡します。
ここからは、機長と管制官とのやりとりになります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 機 長:こちらJA○○便、エンジン・スタート5分前です
 管制官:JA○○便、エンジン・スタート了解
     (5分後、機長はエンジンをスタートさせる)
 機 長:こちらJA○○便、プッシュパックしていいですか
 管制官:JA○○便、プッシュバック了解
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 このように機長は管制官の承認を受けると、機長は航空機関士
に出発直前のチェックリストの読み上げを要求します。コックピ
ット内は緊張感を増してきます。そして、インターフォンで、地
上コーディネーターに対して、「プッシュバックの準備OK」と
伝えます。
 モード・セレクターのスイッチを「アラインメント」から「ナ
ブ」に切り替えるのは、まさにこのタイミングなのです。しかし
このときは、スイッチの切り替えよりも、牽引車が機体を後退さ
せる方が一瞬早かったのです。その時点で機長は「ナブ」の切り
替えタイミングのエラーに気がつかなかったのです。
 機長が飛行を断念したのには、もうひとつ理由があります。と
いうのは、INSの自動操縦で入力したデータ通りに飛行するに
は、所定の航路から常に半径7.5マイル(約14キロ)の範囲
内にとどまっている必要がある――こういう条件です。
 つまり、航路を中心とする直径15マイル(約28キロ)の円
から離れてしまうと、INSは機能しなくなってしまうのです。
この日本航空機の場合、北に約28キロ逸れていたのですから、
これに該当し、機長は飛行続行断念を決断したわけです。
                   −−[大韓航空009]

2006年05月02日

コース逸脱は2つの局面から考える(EJ第1112号)

 既に述べたように、旅客機の航法には次の3つがありますが、
まだ説明が済んでいないのは2の「ヘッディング・モードによる
飛行方式」です。大韓航空007便は、2と1を組み合わせて飛
行しているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
    1.INS(慣性航法装置)での自動操縦
  → 2.ヘッディング・モードによる飛行方式
    3.無線標識の電波をとらえての飛行方式
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「ヘッディング・モードによる飛行方式」は、通常航空機が離
陸するときはこのモードを選択するのです。このモードで飛ぶと
きは、「ナビゲーション・モード・スイッチ」を「HDG」にセ
ットし、すぐ左隣にある「機首方位選定」のつまみを回して、希
望する方位(磁方位)の数字をセットするのです。
 たとえば、磁方位245度の方向に飛びたいときは「245」
にセットすると、飛行機は機首方位「245」度の方向に真っ直
ぐ飛んでいきますが、もし、右手から風があれば、飛行機は左に
流されるので、そのつど方位を再設定しないと「245」度の方
位には飛んでいかないことになります。つまり、ヘッディング・
モードで飛ぶときは、つねに方位の調整が必要なのです。
 INS航法が導入されるまでは、洋上飛行などで無線標識を利
用できないときや、有視界飛行で航路をショートカットするとき
などにこのヘッディング・モードが使われていたのですが、最近
では、所定のルートに乗るまでの間や積乱雲を避けるために一時
的にコースを変更するときなどに使われるのが、一般的になって
います。
 後で明らかになったフライトレコーダの記録によって、007
便がどのような方位に飛行していたかを検証してみることにしま
す。フライトレコーダには、離陸の5分18秒前から、最後の撃
墜までの007便の機首方位が記録されているのです。
 007便は、アンカレッジ空港のゲート「N2」から、滑走路
「32」に進む地上滑走ルートを通っていますが、これは地上に
残された記録とも一致します。
 007便のパイロットは管制塔から離陸許可を受けて、離陸し
ます。離陸後、上昇して高度3万1000フィートを維持し、機
首方位を220度にセットし、左旋回せよ、そして可能な時点で
ベセルに直行せよというのが管制塔の指示だったのです。
 このとき、「ナビゲーション・モード・スイッチ」は、HDG
――つまり、ヘッディング・モードになっており、離陸したとき
の機首方位は滑走路の方向に合わせて320度だったのです。
 007便は離陸して23秒後に管制塔から指示のあった機首方
位を220度に合わせて左旋回を開始し、離陸して1分50秒後
に旋回を完了させています。そのうえで、機首方位を最初のジェ
ットルートである「J501」の方位角、245度にセットした
のです。離陸して2分10秒後のことです。
 これは、「可能な時点でベセルに直行せよ」と指示した管制塔
の指示にしたがったことを示しています。しかし、どういうわけ
か、007便は指示されたベセル直行ルートより、コースを右サ
イドに逸脱させているのです。
 これについてICAOは、本来007便はヘッディング・モー
ド245度で上昇してジェット・ルートに乗ったあと、「ナビゲ
ーション・モード・スイッチ」をINSに切り替えなければいけ
ないのに、それをやっていないためと推測しています。そのため
007便は、ヘッディング・モード245度をそのまま維持して
飛行を続けることになったというわけです。
 これに関してもうひとつの説があります。それは、INSに切
り替えるのを忘れたのではなく切り替えているのですが、そのと
き007便は既にコースから大きく逸れており、INSへの切り
替えは不能であったとする説です。INSは、所定コースから、
7.5マイル以上逸れると機能しないのです。
 この場合、「ナビゲーション・モード・スイッチ」はINSに
なっていても、マシンはINSモードに備える準備段階のまま、
ヘッディング・モードが継続してしまうのです。そのため、乗員
はINSが機能していると思い込み、自動操縦装置が、INSに
よってコントロールされていないという異常に気が付かなかった
のではないかとICAOは分析しているのです。
 そして決定的なことは、撃墜された時点での機首方位が245
度であったことです。したがって、007便は始めから終わりま
で一貫して同じ方位245度のヘッディング・モードで飛び続け
たことになります。
 柳田邦夫氏はあらゆる可能性を検討したうえ、007便のコー
ス逸脱の原因は、次の2つの局面に分けて分析する必要があると
述べています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  1.スイッチミスで、正常の航空路から逸脱した局面
  2.乗員がコース逸脱に気が付かずに飛び続けた局面
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 007便のコース逸脱については、いろいろな説が考えられま
すが、何らかのミスが重なったことは動かし難いと思います。し
かし、本当の原因は何なのかについてはしっかりと分析すべきで
す。これが第1の局面です。
 もう1つの局面は、どうして乗員が異常に気がつかなかったの
かという点です。今までにもINSに関係するミス、ヘッディン
グ・モードのまま飛び続けるミスなどは多く発生しています。し
かし、そのほとんどは、途中で異常に気がつき、航路を変更する
なり、空港に引き返す処置などをとって、事故を未然に防いでい
るのです。
 しかし、大韓航空007便の場合は、離陸時から終始一貫、乗
員は異常に気がついていないのです。その方がはるかに「異常」
です。来週からは、ソ連の立場からこの事件を考えます。
                   −−[大韓航空010]

INSとモード・セレクター.JPG

2006年05月08日

RC−135は747型機に似ている?(EJ第1113号)

 今週も大韓航空007便撃墜事件の話を続けます。今までとは
観点を変えて、007便の飛行をソ連側(当時)がどのように捉
えていたか――この観点に立ってお話しします。
 1983年9月1日、午前○時22分のことです。カムチャッ
カ半島に設けられていたソ連軍の防空監視レーダーが、同半島の
北東沖を航行中の航空機の機影をキャッチします。
 ソ連軍は、この航跡に「6065」という識別番号をつけたの
です。といっても、この機影は大韓航空007便ではなく、米空
軍の偵察機RC−135だったのです。後になって米国は、同機
――米空軍アラスカ基地所属RC−135――がその時刻にカム
チャッカ沖を飛行中であったことを認めているのです。これが、
007便にとって不幸のはじまりであったといえます。
 当時、米空軍は、カムチャッカ沖で日常的にソ連軍基地への電
子偵察を執拗に繰り返していたのです。つまり、RC−135は
ソ連領空を侵犯する常習犯であり、これにソ連としては、相当神
経をとがらせていたのです。
 ところがです。ソ連の防空監視レーダーは、カムチャッカ半島
沖上空に別の航空機の航跡を発見するのです。実は、これが大韓
航空007便だったのですが、ソ連側としては、まさかこんなと
ろに旅客機が飛んでくるはずがないと考えて、その航跡にも「6
065」という航跡番号を付けたのです。しかし、識別不明、未
確認の航空機であることを示すために「91」という注釈をつけ
たのですが、ソ連側としては、その航空機もRC−135であり
2機で連携して行動していると判断したのです。
 007便にとって不幸だといったのは、識別不明、未確認の航
空機であることを示す「91」という注釈番号をつけたとはいえ
RC−135と同じ番号「6065」をつけられてしまったこと
です。これによって、本物のRC−135はアラスカ基地に戻っ
ていったのに、007便は依然としてソ連領空を飛び続けていた
ため、ソ連側としては、007便を最後までRC−135と思い
込んでしまったのです。
 あとになって、ソ連のオルガコフ参謀総長は次のように述べて
いるのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 われわれは、ソビエトのレーダー監視網にRS−135偵察機
 を探知した。カムチャッカ時間の4時51分(日本時間で午前
 ○時51分)にRC−135偵察機に類似した別の航空機が同
 じ地域、同じ高度で探知された。2機は一定時間一緒に行動し
 た。1機はアラスカ方向に向かい、もう1機はカムチャッカ方
 向に進んだ。当然ソビエト防空基地は、偵察機がソビエト領空
 に接近しつつあると結論した。   ――オルガコフ参謀総長
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ところで、RC−135というのは、どのような航空機なのか
についてお話しします。
 現代における国際的な諜報戦の重要な部分を占めるものに次の
2つがあります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
    1.エリント ・・・・・・・ 電子情報
    2.コミント ・・・・・・・ 通信情報
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 世界の主要各国は、軍事組織の中に独立したエリント・コミン
ト組織と機能を持っていますが、米国のエリント・コミント組織
はNASA(国家安全保障局)がそれに該当します。
 NASAは、世界中に無線傍受施設を有しており、そのアンテ
ナを通じて、相手国の暗号通信を含む無線通信の電波をはじめ、
レーダー電波、ミサイルの信号電波、放送電波など、あらゆる電
波をキャッチして解析しています。
 しかし、無線傍受施設は場所が固定されており、そのカバーす
る範囲は限られています。そこで、航空機や艦船にさまざまな電
波傍受装置を積んで相手国に接近し、各種の電波をキャッチする
方法があわせてとられているのです。そういう任務を持つ偵察機
を「電子偵察機」または「エリント偵察機」というのですが、R
C−135は代表的なエリント偵察機なのです。
 それでは、RC−135の機体はボーイング社の旅客機と似て
いるのでしょうか。
 それが似ているのです。そっくりなのです。
 ボーイング社が1950年の中頃に開発した4発ジェットの空
中給油機KC−135という飛行機があります。ボーイング社は
このKC−135を母体として、RC−135や707型機を開
発したので、どうしても似てきてしまうのです。
 大韓航空007便はボーイング747型機であり、特徴のある
外形をしています。しかし、基本的には747型機は707型機
を母体して作られており、地上に並べて比較するならともかく、
空を飛んでいる機体概観は、とてもよく似ているといえます。し
かも、RC−135は、その飛行高度は1万メートル前後であり
これはジェット旅客機と同じ高度なのです。これでは、間違えて
も不思議はないといえます。
 ところで、KC−135というボーイングの空中給油機は現在
でも現役として活躍しています。『フライデー』の最新号6月6
日号に、その米空軍のKC−135から空中給油を受ける自衛隊
機の写真が出ています。4月から5月にかけて日米共同で実施し
た日米共同の空中給油の訓練の一環です。これに関して、北朝鮮
が反発しているとの記事がついています。
 添付ファイルに、KC−135、RC−135、707型旅客
機、747型旅客機の写真があります。見比べていただくとよく
似ています。まして、当時のソ連軍は、西側の民間機を識別する
能力を持っておらず、飛んでいる機影だけを見てRC−135と
ボーイング747型機を識別することはほとんど不可能であると
考えてよいと思います。そのことを、大韓航空007便を撃墜し
たスホーイSU15のパイロットが証言しているのです。
                  −−−[大韓航空011]

KC−135/RC−135.JPG

2006年05月09日

ソ連軍の緊張と007便の異常な弛緩(EJ第1114号)

 ここに貴重な交信記録があります。時刻は、午前3時13分か
ら14分にかけてです。この交信は、サハリンで007便迎撃の
総指揮をとっていたソコル基地飛行師団司令コルヌコフ大佐が、
対岸の沿海州ハバロフスクにある極東軍管区空軍のカメンスキー
軍司令官と交わしたやりとりです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 コルヌコフ :コルヌコフです。カメンスキー将軍をお願いし
        ます。
 カメンスキー:カメンスキーだ。
 コルヌコフ :同志将軍。コルヌコフです。おはようございま
       す。状況を報告します。目標6065はテルペ
        ニア湾の上空を方位240度で通過しました。
        国境から30キロです。ソコル基地からの戦闘
        機が6キロ後方につけています。ロック・オン
        状態です。武器使用を命令しました。目標は応
        答しません。目で識別できません。なぜなら、
        まだ暗いからです。
 カメンスキー:われわれは確認しなければならない。ことによ
        ると、民間機かも・・・。よくわからないが。
 コルヌコフ :何が民間機なものですか。それはカムチャッカ
        上空を飛行してきました。識別信号を出すこと
        もなく、海を越えてきました。もし、それが国
        境を超えた場合は攻撃命令を出します。
 カメンスキー:いまやるのか。私が命令を下すのか。
 コルヌコフ :そうです。その通りです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 将軍はなぜか迷っており、自分で命令を下して、あとで責任を
取りたくないというような感じです。しかし、コルヌコフ大佐は
サハリン地区の防空の司令官であり、ここで領空侵犯機を見逃し
たら責任問題になるので必死なのです。まして、カムチャッカ基
地では、スクランブルに失敗しているのです。いずれにせよ、ソ
連側が相当あせっていたことは確かなのです。「逃げられては・
・」という気持があったからです。
 本来、迎撃に対しては、まず、相手機に対して「警告」を発す
る必要があります。これは国際的に決められているのです。
 第1に、緊急周波数121.5メガヘルツによる侵犯機への呼
びかけがあります。
 しかし、805号機のオシーポヴィチ中佐は、それをやってい
ないのです。もし、それをすると、地上との交信ができなくなる
し、何よりもそれをする時間的・精神的余裕がなかったとあとで
述べています。あまりにも彼には情報がなかったからです。
 第2に、緊急電波による呼びかけに相手機が応じない場合、機
関砲から曳光弾を発射して警告を発する方法があります。
 しかし、オシーポヴィチ中佐はそれもやっていません。なぜな
ら、805号機には曳光弾が積んでいなかったからです。ちなみ
に日本の航空自衛隊を含めて戦闘機の実戦部隊は曳光弾など積ん
でいないのです。曳光弾は文字通り光を発するだけの信号弾であ
り、武器ではないからです。
 曳光弾を積んでいるのはスクランブル・迎撃任務を負わされて
いる戦闘機だけですが、ソ連空軍は実戦部隊がスクランブルを兼
ねているので、曳光弾は積んでいないのです。代りに地上からの
命令で徹甲弾を4回200発以上発射していますが、徹甲弾は弾
丸の飛跡が見えないので、相手機に気がつかせることは困難であ
ることは明らかです。
 なお、ある戦闘機部隊の指揮官の話によると、ソ連空軍の迎撃
機805号機は、007便の後方5キロくらいから機関砲を発射
しているが、この位置では、たとえ曳光弾を発射していたとして
も007便には見えないはずだといっています。国際的な取り決
めでは、目標の前に出て、相手機のパイロットにはっきりと見え
るように発射しなければわからないといっているのです。
 ここでひとつ不思議なことがあります。オシーポヴィチ中佐自
身がいっているのですが、「なぜ、自分が選ばれたか」という点
です。なぜなら、オシーポヴィチ中佐に出撃命令が出たとき、若
いパイロットが既に出撃態勢に入っていたからです。
 ソコル基地ではオシーポヴィチ中佐は最古参の戦闘機パイロッ
トです。それに中佐といえば将校であり、普通は、当直環境のチ
ェックが主な仕事であって、自ら出撃することはほとんどないの
です。しかし、なぜか、上層部は、オシーポヴィチ中佐に出撃を
命令し、彼は実際に007便を撃墜しているのです。
オシーポヴィチ中佐は、基地司令室から「目標は国境を侵犯し
ている。撃墜せよ」という命令を受け、目標をロックオンし、ミ
サイルの発射準備をしたのです。「ロックオン」とは、目標に向
けて、ミサイルの発射態勢に入るという意味です。
 しかし、午前3時20分になって、なぜか突如地上から撃墜命
令は撤回され、侵入機を強制着陸させよという命令に変わるので
す。ちょうどその頃東京管制は、007便に対し高度350(3
万5000フィート)を承認し、その維持を求めているのです。
 なぜ、撃墜命令は撤回されたのでしょうか。迎撃司令官コルヌ
コフ大佐とカメンスキー将軍の意見の衝突――十分考えられるこ
とですが、その3分後に再び撃墜命令が出されるのです。明らか
に命令系統が混乱しています。強硬派と慎重派の意見衝突が交錯
したものと思われます。
 地上基地のデプタットは、撃墜命令を撤回し、機関砲の警告発
射を805号機に求めます。805号機は徹甲弾を発射しますが
それによって007便は減速したと報告しています。
 しかし、これは、007便の高度上昇のための減速であり、徹
甲弾に気が付いたわけではないのです。ところがソ連側は007
便の高度変更をソ連領空からの離脱しようとしていると考えたの
です。「逃げられたら、大変なことになる」――そう考えた地上
の基地司令官はあわてて、一度撤回した撃墜命令を再び出したも
のと思われるのです。        ・・・[大韓航空012]

2006年05月10日

ソ連軍の緊張と007便の異常な弛緩(EJ第1115号)

 空港やレーダーサイトにおいて、航空機と交信し、空の交通整
理をする「管制官」について、少しお話ししておきます。
 「管制官」には、職制上次の2つに分けられます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  1.管制官   ・・・ レーダー監視とフォロー業務
  2.管制通信官 ・・・ 遠い地点の航空機と通信連絡
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 レーダーでカバーできる領域は限られています。レーダーでは
カバーできない遠くの航空機と連絡をとる業務を行うのは、「管
制通信官」の仕事です。
 成田にある東京国際対空通信局(東京ラジオ)を例にとると、
管制卓は次の6人のシフトで作業するようになっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   VHF(超短波)担当 ・・・・・・・・・ 3席
   HF(短波)担当 ・・・・・・・・・・・ 2席
   ATIS(気象情報)担当 ・・・・・・・ 1席
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 大韓航空007便ともっぱら交信していたのは、遠方でも電波
の届くHF担当の当直管制通信官なのです。
 午前3時15分――007便は東京ラジオに高度変更の要求を
してきます。東京ラジオの管制通信官は、所沢にある東京管制部
(東京ACC)と連絡をとり、「R20」上の他の便との位置関
係を確かめると、約7分後の午前3時22分に007便に対して
高度変更承認を与えます。
 実は、このとき、007便はオホーツク海からサハリン上空に
向けて飛行していたのですが、そのようなことは当の007便も
管制通信官も知るよしもなかったのです。まして、4機のソ連戦
闘機の追跡を受けていたなどということは・・・。
 007便を追跡していたソ連の戦闘機は4機であり、それぞれ
次の識別コードが付けられていたのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 スホーイSU15 ・・・ 805 → ソコル基地
 ミグ23 ・・・・・・・ 121 → ソコル基地
 ミグ23 ・・・・・・・ 163 → スミルヌイフ基地
 ミグ21 ・・・・・・・ 731 → 対岸沿海州の基地
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 このとき、805号機に搭乗していたのが、007便を撃墜し
たオシーポヴィチ中佐なのです。彼は、ソコル基地の迎撃管制官
コズロフ中尉のレーダー誘導を受けながら、805号機は007
便に迫りつつあったのです。午前2時56分から58分にかけて
次のやりとりが行われています。ここで「デプタット」というの
は、暗号名です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 デプタット:805号機、こちらデプタット。目標は左方向、
       距離130キロ
 805号機:了解。方位は70度
 デプタット:目標の方位は240度
 805号機:目標の方位は240度か?
 デプタット:目標の方位は240度の方向。左方向、距離は
       120キロ
 805号機:了解
 デプタット:805号機。目標は君の方に向かっている。目
       標まで70キロ、高度は1万メートル
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 午前3時1分――これはあくまで日本時間であるが――この
時点で007便内では、客室乗務員があと3時間で金浦国際空
港に到着することと飲み物と朝食を出す旨のアナウンスが行わ
れています。機内には何の緊張感もなく、パイロットはあくび
を連発していたことが、ボイスレコーダに残っています。
 これと対照的なのが、サハリンのソコル基地です。迎撃管制
官のコズロフ中尉と同じソコル基地の別棟で無線マイクを握る
総指揮官のコルヌコフ大佐との間では次のようなやりとりが行
われていたのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 コズロフ :現在、805号機は右90度の方向に目標を捉
       えている。識別のため後方から誘導している
 コルヌコフ:目標は、何も識別の表示を出していないのか
 コズロフ :識別するため805号機を誘導している
 コルヌコフ:後方から目標に接近させるな。接近角度を保て
 コズロフ :了解。実施する
 コルヌコフ:忘れるな。目標の後部には機関砲があることを
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 このやりとりはきわめて重要です。RC−135は、後部に
機関砲を有しているのです。これは、この時点でも007便を
米空軍のRC−135と誤認していることを示しています。
 午前3時4分にVHF無線が007便を呼び出し、交信が始
まっていたのです。相手は、大韓航空015便です。015便
は、R20ルートに沿って、007便のすぐあとを飛行してい
る飛行機です。話の内容は雑談です。
 ちょうど、その時刻に805号機と暗号コールサイン名、デ
プタットの間で次の交信をしています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ブプタット:805号機へ、こちらデプタット、ミサイル・
       レーダーの準備を
 805号機:了解
 デプタット:805号機へ、こちらデプタット。目標は軍用
       機である。国境を侵犯したら目標を撃墜せよ。
       武器使用の準備を
 805号機:目標のスピードは?
 デプタット:目標のスピードは時速900キロ
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
                 −−−[大韓航空013]

2006年05月11日

迎撃司令官と将軍との意見の衝突(EJ第1116号)

 ここに貴重な交信記録があります。時刻は、午前3時13分か
ら14分にかけてです。この交信は、サハリンで007便迎撃の
総指揮をとっていたソコル基地飛行師団司令コルヌコフ大佐が、
対岸の沿海州ハバロフスクにある極東軍管区空軍のカメンスキー
軍司令官と交わしたやりとりです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 コルヌコフ :コルヌコフです。カメンスキー将軍をお願いし
        ます。
 カメンスキー:カメンスキーだ。
 コルヌコフ :同志将軍。コルヌコフです。おはようございま
       す。状況を報告します。目標6065はテルペ
        ニア湾の上空を方位240度で通過しました。
        国境から30キロです。ソコル基地からの戦闘
        機が6キロ後方につけています。ロック・オン
        状態です。武器使用を命令しました。目標は応
        答しません。目で識別できません。なぜなら、
        まだ暗いからです。
 カメンスキー:われわれは確認しなければならない。ことによ
        ると、民間機かも・・・。よくわからないが。
 コルヌコフ :何が民間機なものですか。それはカムチャッカ
        上空を飛行してきました。識別信号を出すこと
        もなく、海を越えてきました。もし、それが国
        境を超えた場合は攻撃命令を出します。
 カメンスキー:いまやるのか。私が命令を下すのか。
 コルヌコフ :そうです。その通りです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 将軍はなぜか迷っており、自分で命令を下して、あとで責任を
取りたくないというような感じです。しかし、コルヌコフ大佐は
サハリン地区の防空の司令官であり、ここで領空侵犯機を見逃し
たら責任問題になるので必死なのです。まして、カムチャッカ基
地では、スクランブルに失敗しているのです。いずれにせよ、ソ
連側が相当あせっていたことは確かなのです。「逃げられては・
・」という気持があったからです。
 本来、迎撃に対しては、まず、相手機に対して「警告」を発す
る必要があります。これは国際的に決められているのです。
 第1に、緊急周波数121.5メガヘルツによる侵犯機への呼
びかけがあります。
 しかし、805号機のオシーポヴィチ中佐は、それをやってい
ないのです。もし、それをすると、地上との交信ができなくなる
し、何よりもそれをする時間的・精神的余裕がなかったとあとで
述べています。あまりにも彼には情報がなかったからです。
 第2に、緊急電波による呼びかけに相手機が応じない場合、機
関砲から曳光弾を発射して警告を発する方法があります。
 しかし、オシーポヴィチ中佐はそれもやっていません。なぜな
ら、805号機には曳光弾が積んでいなかったからです。ちなみ
に日本の航空自衛隊を含めて戦闘機の実戦部隊は曳光弾など積ん
でいないのです。曳光弾は文字通り光を発するだけの信号弾であ
り、武器ではないからです。
 曳光弾を積んでいるのはスクランブル・迎撃任務を負わされて
いる戦闘機だけですが、ソ連空軍は実戦部隊がスクランブルを兼
ねているので、曳光弾は積んでいないのです。代りに地上からの
命令で徹甲弾を4回200発以上発射していますが、徹甲弾は弾
丸の飛跡が見えないので、相手機に気がつかせることは困難であ
ることは明らかです。
 なお、ある戦闘機部隊の指揮官の話によると、ソ連空軍の迎撃
機805号機は、007便の後方5キロくらいから機関砲を発射
しているが、この位置では、たとえ曳光弾を発射していたとして
も007便には見えないはずだといっています。国際的な取り決
めでは、目標の前に出て、相手機のパイロットにはっきりと見え
るように発射しなければわからないといっているのです。
 ここでひとつ不思議なことがあります。オシーポヴィチ中佐自
身がいっているのですが、「なぜ、自分が選ばれたか」という点
です。なぜなら、オシーポヴィチ中佐に出撃命令が出たとき、若
いパイロットが既に出撃態勢に入っていたからです。
 ソコル基地ではオシーポヴィチ中佐は最古参の戦闘機パイロッ
トです。それに中佐といえば将校であり、普通は、当直環境のチ
ェックが主な仕事であって、自ら出撃することはほとんどないの
です。しかし、なぜか、上層部は、オシーポヴィチ中佐に出撃を
命令し、彼は実際に007便を撃墜しているのです。
オシーポヴィチ中佐は、基地司令室から「目標は国境を侵犯し
ている。撃墜せよ」という命令を受け、目標をロックオンし、ミ
サイルの発射準備をしたのです。「ロックオン」とは、目標に向
けて、ミサイルの発射態勢に入るという意味です。
 しかし、午前3時20分になって、なぜか突如地上から撃墜命
令は撤回され、侵入機を強制着陸させよという命令に変わるので
す。ちょうどその頃東京管制は、007便に対し高度350(3
万5000フィート)を承認し、その維持を求めているのです。
 なぜ、撃墜命令は撤回されたのでしょうか。迎撃司令官コルヌ
コフ大佐とカメンスキー将軍の意見の衝突――十分考えられるこ
とですが、その3分後に再び撃墜命令が出されるのです。明らか
に命令系統が混乱しています。強硬派と慎重派の意見衝突が交錯
したものと思われます。
 地上基地のデプタットは、撃墜命令を撤回し、機関砲の警告発
射を805号機に求めます。805号機は徹甲弾を発射しますが
それによって007便は減速したと報告しています。
 しかし、これは、007便の高度上昇のための減速であり、徹
甲弾に気が付いたわけではないのです。ところがソ連側は007
便の高度変更をソ連領空からの離脱しようとしていると考えたの
です。「逃げられたら、大変なことになる」――そう考えた地上
の基地司令官はあわてて、一度撤回した撃墜命令を再び出したも
のと思われるのです。         −−[大韓航空014]

2006年05月12日

東京管制への高度上昇要請から撃墜まで(EJ第1117号)

 ボイスレコーダの交信記録(トランスクリプト)は、何回かの
訂正が行われています。大韓航空007便撃墜事件について書か
れた本はいくつかありますが、交信記録は本によってかなり異な
るのです。
 というのは、ロシア語が非常に聞き取りにくく、聴取不能の部
分がかなりあったからです。その後、米国務省は、音声技術の専
門家とロシア語の専門家に協力させ、特製の音声増幅装置を使っ
て、何回も聴き直した結果、いくつかの追加と修正を加えていま
す。それでも不明部分は残るのです。
 迎撃戦闘機パイロットであるオシーポヴィチ中佐が地上基地の
撃墜命令で、ミサイルをロックオンした午前3時20分から、大
韓航空007便が撃墜されるまでの交信記録を私なりに整理して
ご紹介したいと思います。以下、次の略語を使います。
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  デプタット ・・・・・・ ソ連ソコル基地/迎撃司令部
  805号機 ・・・・・・ 迎撃機/オシーポヴィチ中佐
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 時刻は、日本時間で午前3時20分――東京管制が007便に
対し、3万3000フィートから3万5000フィートに高度を
上げることを承認することを伝えた時刻です。この時刻から、0
07便が東京管制に呼びかける午前3時23分までの交信記録を
ご紹介します。
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 デプタット:805号機へ。目標は国境を侵犯した。目標を撃
       墜せよ――午前3時17分
 805号機:ロックオン継続している。当方のZ・Gは既に点
       灯している。(Z・G点灯はミサイルが発射寸前
       であることを示す)
 デプタット:805号機!撃墜中止!目標まで高度を上げ、目
       標を強制着陸させよ。
 805号機:了解。ロックオンをオフにする。
 デプタット:機関砲で警告射撃せよ。
 805号機:ロックオンを解除。機関砲を発射する。
 デプタット:発射したか。
 805号機:発射した。(徹甲弾を4回200発発射)
 デプタット:目標の状況は・・・?
 805号機:目標は減速した。気がついたようだ。(007便
       は気がついたのではなく、高度上昇のための減速
       と思われる)
 デプタット:スピードを上げよ。805
 805号機:スピードを上げている。
 デプタット:805、目標にミサイルを発射せよ。
 805号機:もっと早く命令して欲しかった。すでに目標の真
       横にいる。この位置では発射できない。
 デプタット:了解。もしできるなら、攻撃位置につけ。
 805号機:今から目標の後ろに後退する。
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 ここまでの交信が終了した午前3時23分に007便は、高度
350に達したことを告げているのです。あくまで007便は、
この時点でも正規のルートを飛行しているものと考えていたこと
は明らかです。しかし、この高度上昇をソ連側は、「逃げようと
している」と解釈し、撃墜指令を出したのでしょう。
 それでは、午前3時23分から、805号機のオシーポヴィチ
中佐が「目標は破壊された」という報告をする午前3時26分0
1秒までの交信記録をご紹介します。
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 デプタット:805号機、目標を機関砲で攻撃せよ
 805号機:私は、既に目標の後方にいる。いま、ミサイルを
       試します。
 ―― 007便のコックピットは他機からの交信で混信 ――
 805号機:目標に接近する。目標をロックオン中。目標まで
       の距離は8キロ。
 805号機:ミサイルを発射した。
 805号機:目標は破壊された。直ちに攻撃から離脱する。
 デプタット:目標降下中。目標高度5000.
 デプタット:目標はスクリーンから消えた。
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 オシーポヴィチ中佐の話によると、ミサイルは2発発射され、
第1弾は尾翼に命中しています。その瞬間、黄色い炎がパッと上
がったそうです。第2弾は左翼の半分を吹き飛ばし、そのとたん
に明かりは消えたといいます。
 場所は、サハリン西海岸のホルムスク南方にあるプラウダとい
う村の上空です。007便は、サハリン上空を通過して、まさに
日本海上空に差しかかろうとしていたときにミサイルを撃ち込ま
れたことになります。
 また、オシーポヴィチ中佐のスホーイSU15は、帰投すべき
ソコル基地まで、150キロもあるのに、残っている燃料は十分
間の飛行分しかなく、燃料警告灯がついていたと語っています。
ソコル基地でもパイロットの戦闘機に乗っての亡命を防ぐため、
燃料はギリギリしか搭載していなかったのです。
 そのため、迎撃パイロットとしては、すべてにおいて余裕とい
うものがなく、十分目標を確かめもせず、せかせかとミサイルを
発射したものと思われます。
 それにしてもソ連という国家は、国が最も信頼を寄せるべき存
在である国土を守る戦闘機パイロット全員を疑いの目で見て、戦
闘機の燃料を少量しか積ませないという、愚かにして、明らかに
その任務に支障が起きることを平気でやる国だったのです。これ
では、国が崩壊しても不思議はないといえます。
 大韓航空007便撃墜事件――アンカレッジ離陸からサハリン
で撃墜されるまでを整理してきましたが、いろいろな問題点が見
えてきます。            −−−[大韓航空015]

2006年05月15日

大韓航空は航路逸脱の常習犯(EJ第1118号)

 大韓航空機撃墜事件のレポートを書き始めたのは、4月19日
のことです。したがって、第5週目に入ることになります。しか
し、このテーマについてお伝えしたい情報は、むしろこれからが
本番なのです。
 ここまで、追求してきたテーマは、次の3つになります。
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   1.どうして進路を外れて飛ぶことになったのか
   2.パイロットはなぜそれに気付かなかったのか
   3.ソ連空軍はなぜ性急に撃墜してしまったのか
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 1と2に関してはいろいろな説があり、その真相は解明されて
いません。しかし、EJの検討でわかるように、少なくともスパ
イ飛行などではないことと、大韓航空機007便のパイロットの
怠慢は、はっきりしていると思います。
 航路逸脱については、ヘッディング・モード245度で飛び続
けたという説、INSの入力ミスなどいろいろな説があります。
しかし、いずれも決め手に欠けるのです。
 しかし、何よりも長時間にわたって航路逸脱に気がつかなかっ
た007便のパイロットの責任は重大であると思います。常識的
に考えても、パイロットはつねに飛行している自機の位置を正確
に把握しておくべきであって、それをやっていればこのような事
故は起こり得ないと思うからです。
 007便のボイス・レコーダに記録されていた007便の機長
と、ソウルに向う次の便015便の機長との雑談などはひどいも
ので、パイロットは、こんなことを話しながら飛んでいるのかと
あきれるほど、緊張感がないものなのです。
 3のソ連空軍の対応もお粗末そのもの。やすやすと領空侵入を
許してしまう防空体制――米ソ対決の当時のソ連軍の防空体制と
しては考えられないひどさです。そして、やっと侵入に気が付く
と、あわててスクランブルをかけて、十分に警告を出すなどの措
置をとることなく、いきなりミサイルで撃墜してしまう――本当
に乱暴な話です。
 大韓航空とソ連空軍がいかにいい加減なものであるかは、大韓
航空機007便撃墜事件のちょうど5年前にこの事件とほとんど
そっくりの事件を起こしているのをみれば明らかです。両国とも
そこに何の反省もないことがわかります。
 1978年4月21日のことです。パリのオルリー空港を一台
の飛行機がソウルに向けて飛び立ったのです。アンカレッジ経由
ソウル行き大韓航空902便――ボーイング707型機です。
 902便は、離陸して北に進路を取り、ノルウェーのフィヨル
ド海岸を眼下に見て北極圏に入り、飛行計画では英国の上空を通
過する予定になっていたのです。
 4時間ほど飛んだあと、食事も終って機内ではほとんどの乗客
がブラインドを下ろして就寝していたのです。この902便には
日本人も乗っており、杉本裕氏夫妻も乗客の一人だったのです。
ボーイング707機の客席は、左右3席ずつであり、左側がA、
B、C、右側がD、E、Fとなっています。杉本裕夫妻は、右側
の「14E」「14F」に座っていたのです。
 杉本氏は窓際の「14F」に座って、眠れないので、ブライン
ドを開けたままにしていたそうです。そのとき、杉本氏は変な飛
行機に気が付きます。それがすぐにジェット戦闘機であることが
わかります。戦闘機はだんだん近づいてきて、その機影が窓いっ
ぱいになるほど接近してきたというのです。時刻は、日本時間で
午前3時18分であったというのです。
 戦闘機は、しばらく902便と平行して飛んでいましたが、ス
ピードを落としつつ高度を上げて、視界から消えたのです。その
1〜2分あと、「ガツン!」というもの凄い衝撃が、客室全体に
走ったのです。あとで判明したことですが、902便はソ連戦闘
機によってミサイル攻撃を受けたのです。この攻撃で死者2名、
重軽傷者14名を出しているのです。死者は韓国人と日本人の2
名で、日本人は菅野義隆氏という人です。
 902便はもの凄いスピードで急降下し、機内はパニックに陥
りましたが、機長をはじめとする乗員からは何ら適切なアンウン
スはなく、スチュワーデスはおろおろして何もできなかったとい
います。日本人のある医師は、スチュワーデスに手伝わせるため
ほっぺたをたたいて気を取り直させることまでしたそうです。
 しかし、しばらくして902便は水平飛行に移り、2時間ほど
飛行して、機長から「エンジンのトラブルが起きて、不時着する
かも知れないので、救命胴衣を着用してください」というアナウ
ンスがあったのです。そして、しばらくして、再び機長から「ア
ラスカの灯が見えます」というアンウンスがあって、902便は
着水に成功します。客席からは拍手があったそうです。
 このとき902便の乗員は、着水地点がアラスカのどこかだと
思っていたという証言があります。しかし、そこは、アラスカで
はなく、ソ連領のムルマンスク南方のケミ市付近の凍結したイマ
ンダラ湖上だったのです。902便がミサイル攻撃を受けたのは
ソ連北岸のノルウェーとの国境に近いムルマンスク地域の上空で
時刻は日本時間で午前3時48分だったのです。そういうわけで
この事件は後に「ムルマンスク事件」と名づけられるのです。
 やがて902便は、ソ連兵に包囲され、乗客は近くの公民館の
ようなところに移送されるのです。このときは、米国が902便
がソ連空軍によって強制着陸させられたことを素早く公表したの
で、機長と副操縦士以外の乗客・乗員は、強制着陸の2日後に帰
国することができています。
 このムルマンスク事件では、「強制着陸」が強調されており、
ミサイル攻撃を受けたことが強く表面に出ていません。しかし、
それによって2人が死亡しているのです。米国も意識してそうミ
サイル攻撃という表現を避けているようです。
 不可解なのは、大韓航空がその5年後の1983年に007便
事件を起こしていることです。902便と同様に航路を大きく外
れ、ミサイル攻撃を受けるまでそれに気がつかなかったのです。