軍歌は日本精神史の結晶である(EJ第825号)
慶応義塾大学の塾員を原則として会員とするBRBという会員制クラブが銀座8丁
目にあります。BRBというのは「ブルー・レッド・アンド・ブルー」のことであり、
慶應義塾大学の校旗/三色旗の色を意味しています。
このクラブの売りは午後7時から30分ごとに演奏されるピアノの演奏にあります。
曲は季節にふさわしい曲や映画音楽などのごく一般的なものですが、ステージの最後の
曲はピアノで慶応義塾大学の応援歌が必ず演奏されるのです。
なぜBRBのことを書いたかというと、学校の歌に関連して国歌と軍歌について書こ
うと思うからです。映画脚本家の林秀彦氏の著書に、『日本人と軍歌/海ゆかば山ゆか
ば』−−PHP研究所刊というのがあり、なかなか面白いからです。
軍歌というタイトルをつけた本を書いているといっても林氏は国粋主義者でも軍国主
義者でもありません。彼は、テレビドラマや映画の優れた脚本家でありその作品には、
「ただいま11人」「若者たち」「七人の刑事」「鳩子の海」などの名作があるので
す。それに林氏は、1988年からオーストラリアに移住しており、外国の地から日本
を見ているのです。この本を読んでいくつかの発見をしました。そのひとつは、米国に
は、「軍歌」というジャンルの歌が存在しないことです。それどころか、世界中に日
本のような軍歌は存在しないのです。林氏は終戦直後は、「タキシード・ジャンクシ
ョン」が米国の軍歌だと思っていたようです。
林氏は映画『グレンミラー物語』に関して、次のように書いています。
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『映画の一場面にもヨーロッパ戦線に慰問に出かけたミラー楽
団が、大きな飛行機格納庫の中でGIに囲まれ、「チャタヌガ
・チューチュー」を演奏する場面がある。
パードンミーボーイ、イズザッツァチャタヌガ・チューチュー
と女性歌手が歌うと、男性コーラスが
イェース、イェース、トラックトゥエンティナイン
と歌い返す。驚異だった。当時ラジオで聞き、こんな軍歌を歌
いながら進軍されては、わが皇軍が負けるはずだと肝に銘ずる
ように納得した』。
(林 秀彦著、『日本人と軍歌/海ゆかば山ゆかば』より)
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あの映画で、軍艦の中で米軍の兵士がジャズを聞きながら攻撃するシーンがあるので
すが、昔の日本人が見たら「これでは勝てない」と思うはずです。
「軍歌」というジャンルが日本特有のものであるとすると、日本人がいかにも戦争好
きの国民のようにとられ勝ちですが、それは大きな間違いというものです。
工学博士の新津靖氏の書物によると、日本以外の世界では、ユダヤ人がバレスチナに
移住した紀元前1880年から、米国のリンカーン大統領が暗殺された1865年の約
3700年間の間に10000回の戦争が起きているのです。その間8000回の平和
条約が各紛争当事国同士で結ばれ、その条約は平均2年で破られています。
これに対して日本は、曽我・物部氏の争いから西郷隆盛の西南の役まで、50回しか
“戦い”を経験していないのです。日本はそれまで戦争ということばを使っていないの
です。日本における戦争とは、ムラとムラの間の「諍い」からヤクザの「出入り」、元
寇の役といわれたりする「役」どまりです。あとは「合戦」であり「乱」なのです。ま
して、日本には宗教戦争などは経験したことがないのです。
戦争と呼ばれ出してからは、世界の帝国主義に巻き込まれた明治以来、日清・日露・
日中を経て大東亜戦争の終結にいたるまでわずか4回なのです。軍歌は、このような戦
争の異常に少ない日本という国から生まれたものであることをよく認識する必要があり
ます。
林氏によると、軍歌の起源は「久米歌」であるとのことです。「久米歌」とは、神武
天皇がながすねひこを征伐に行くとき、大和朝廷の親衛隊である「久米部」を連れてい
き、彼らの戦意を鼓舞して歌った歌であり、その歌に合わせて舞った舞が「久米舞」な
のです。この「久米歌」は、現在でも雅楽歌曲として宮内庁に受け継がれています。実
はこの久米歌の中に「撃ちてし止まむ」や「神風」が出てくるのです。
日本民族は古代から歌が好きな民族であり、雅楽はすでに1000年以上前から日本
に存在しているし、民謡もわらべ歌も起源が探れないほど昔からあるのです。日本人は
嬉しいにつけ、悲しいにつけ、また、恋をし、恋にやぶれ、人を送り、人を迎える――
そういうときに歌を歌い続けてきたのです。このような国はどこを探しても日本しかな
かったのです。
歌合戦、歌合せというのもあります。林氏の表現を借りると、「古代、歌は戦いであ
り、戦いは歌である」といわれていますが軍歌もそういう環境の中から自然に生まれて
きたものなのです。
林氏は、軍歌は消し去ることのできない、質文明としての武士道的価値観を反映した
「日本精神史の結晶」であり、世界に類を見ないものであるといっています。
・・・ [日本人と軍歌/01]