感動の根源には何があるか(EJ第1294号)
2003年の暮れのことですが、映画『ラストサムライ』を観に行ったのです。劇場
は非常に混んでおり、座るために40分ほど並んでやっと観ることができました。映画
を観るのに並んだのは久しぶりのことです。劇場には若い人が多かったです。
ところで、この映画は、トム・クルーズが主演する、ワーナーブラザーズ配給のハリ
ウッド映画なのです。扱っている中心テーマは「武士道」――映画の宣伝コピーには、
次のように書いてあるので、ご紹介しておきます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
静謐さのなかに熱き滾りを堪えた愚直なまでの一途さ。寡黙に
して、二言を持たず、命懸けの信念をもって誇り高く生きた男
たちのほんものの美学――そんな日本の「サムライ・スプリッ
ト」が、ついにハリウッドを動かした!
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
興味深いのはこの映画を観た若い人の感想です。いくつかご紹介します。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
・サムライの熱い生き方に共感し、ともに生きることを誓った
アメリカ人。おかしなところも多々あるが、僕はこの映画に
日本人の心を垣間見た。
・いや、よかった。ここ1〜2年で観た映画で一番よかった。
久々に見ごたえある映画だった。渡辺謙の戦いに敗れて逝く
瞬間の顔をぜひみてやってほしい。アカデミー助演男優賞の
声にもうなずける感じだ。
・とてもよかったと思ったし、泣いたのだけれど、どこで一番
感動したかって考えると、あれ?って感じなんですよね。い
っぱい感動しすぎて忘れてしまったのかしら。私ももう一度
絶対見に行くつもりです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
とにかく「感動した」という意見が多いのです。映画のラストシーンが消えると画面
が真っ暗になります。一呼吸おいて、ゆっくりと配役や製作キャストの名前が出てきま
す。普通この場面になると、きまって席を立つ人がいるものですが、誰も立たない――
周りを見回すと、ハンカチで涙をぬぐっている人もいる。本当に感動している人が多い
ようです。暗くなったのを利用して涙の乾くのを待っている人もいたかもしれません。
それでは、どこが感動的だったのかというと、そういうシーンはいつくかはありまし
たが、はっきりどこと指摘するのは難しいのです。映画全体として強く訴えかけてくる
ものがあり、それが感動を呼ぶのではないかと思われます。
そこで、EJでは映画『ラストサムライ』が訴えかけてくるものは何か――何が、と
くに若い人たちに感動をもたらすのかについて、いくつかの観点から考えてみたいと思
います。
映画の評価というものは難しいものです。映画を評価する観点はいくつかあります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
1.何を訴えようとしているのか
2.映画自体は面白く観られたか
3.脚本は歴史的に見て正しいか
4.映画技術として優れているか・・・etc
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
過去に実際に起こったことを表現するとき、上記3の観点――「脚本は歴史的に見て
正しいか」が厳しく問われます。最近ではNHKの大河ドラマ『新選組!』の三谷幸喜
氏の脚本は、時代考証がメチャクチャであるということが盛んにいわれており、視聴率
がついに20%を割ってしまっています。
確かに実在の人物を実名で取り上げる以上、時代考証はしっかりしておくべきです。
映画『ラストサムライ』についても時代考証の問題点を指摘する意見が多いのです。映
画をご覧になっていない人にはピンとこないでしょうが、いくつか上げてみます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
1.幕末の日本に勝元(渡辺謙)のような武将はいない
2.明治新政府は忍者を使って勝元たちを攻撃している
3.東京の近く(横浜付近)に雪で閉鎖される村はない
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
しかし、映画『ラストサムライ』に登場する人物で、はっきりと実在している人物は
明治天皇だけなのです。このようにいうと「大村がいる」という反論があるかも知れま
せんが、原田真人演ずる「大村」はあの大村益次郎ではないのです。明治天皇以外の登
場人物は、いくつかの実在人物を掛け合わせた架空の人物なのです。もちろん、トム・
クルーズ演ずるネイサン・オールグレンも架空の人物です。
しかし、この映画は米国人のエドワード・ズウィック監督が日本の武士道を扱った米
国映画であり、日本人が観ると、多少の違和感を覚えるのは仕方がないと思います。一
番大切なのは、映画で訴えたいことがどれほど出せたかですが、それは多少の違和感を
打ち消してしまうほど強く出ていたと思います。
映画でなくて小説の話ですが、金原ひとみさんを芥川賞に選んだ選者の一人である作
家の宮本輝氏は、金原さんの作品『蛇とピアス』を読んで「妙に心に残る何か」が残っ
たといっています。そして、日を置いて読み直してみたそうです。その結果、「妙に心
に残る何か」については「哀しみ」であることがわかったといい、次のように述べてい
ます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
それは「哀しみ」であった。作中の若者の世界が哀しいので
はない。作品全体がある哀しみを抽象化している。そのような
小説を書けるのは才能というしかない。 ――宮本 輝氏
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
映画『ラストサムライ』も製作者が意図する主張が明確に出ており、それが日本人の
観客の心を揺さぶったのだと思います。 ・・・[ラストサムライ/01]