青柳いづみこをご存知ですか(EJ第1285号)
青柳いづみこ――こういう名前のピアニストをご存知でしょうか。このピアニストは
少し変わっていて、随筆や小説――それもミステリーを執筆し、それにあわせてCDも
同時出版するという日本では今までにないタイプのピアニストなのです。
といっても、有名なピアニストがエッセイ集を出すということは昨今そう珍しいこと
ではないと思います。著名なピアニストが本を出せば、名前が通っているだけにそれな
りに売れる――そういう思惑が出版社にあるからです。
しかし、青柳いづみこの場合、それとはかなり違うのです。文章を操れる演奏家とい
うレベルをはるかに超えており、明らかに文才がある――そういって差し支えないと思
うのです。
青柳いづみこの執筆したミステリー・エッセイに、『ショパンに飽きたら、ミステリ
ー』(創元ライブラリー)というのがあります。ピアニストのエッセイが創元ライブラ
リーから出るというだけでも凄いことだと思います。そのほんの一節をご紹介します。
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「探偵小説というのは、人を殺したりして、なかなか面白い
ものである」とおっしゃったのは、たしか、どくとる・マンボ
ウこと、北杜夫先生である。私も、この意見に賛成だ。
いったいなにが究極といって、人があっさり何人も殺されて
しまう探偵小説ほどの究極も、そうあるまい。これが普通の小
説なら、人なんか一人でも殺すまでには、主人公の心理葛藤か
ら複雑な人間関係から、なにからなにまで描写しなくてはなら
ず、本当に殺せる前に小説が終わってしまいそうだ。なにしろ
ドストエフスキーの『罪と罰』だって、たった一人老婆を殺し
たからって、大さわぎなのだから・・・。
探偵小説のいいところは、人が殺されるというような、普通
の小説ではなかなか設定しにくい異常な状況が、はじめから読
者によって容認されていることである」。(青柳いづみこ著、
『ショパンに飽きたら、ミステリー』――創元ライブラリー
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どうでしょう。見事なものです。面白いし結構読ませる――これだけの文章は、なか
なか書けるものではないです。青柳いづみこをこのように紹介すると、それじゃ肝心の
音楽――ピアノの方はどうなの?ということになると思います。
実はこのピアニスト――今年でデビュー24年目を迎えるベテランなのです。実は私
彼女の実演を聴いたことはないのですがCDは全部持っています。といっても、全部で
4枚ではありますが・・。しかし、本は8冊出版していますので、ピアニストというよ
りも、「ピアノが弾ける作家」というべきかも知れません。
驚くべきことは、その4枚のCDが、ことごとく『レコード芸術』の特選盤になって
いることです。といっても、これはレコ芸のことを良く知らない人にとってはきっと、
「驚くべきこと」にはならないと思うので説明しますが、日本人で自分の出したCDを
レコ芸の特選盤にするということは、どうしてなかなかできることではないのです。
とにかくこの『レコード芸術』という雑誌の「新譜月評」は、私はおよそ50年間に
わたって読んでいるのですが、日本人の演奏家に関しては、ほとんどイジワルと思える
ほど、非常に厳しい評価をするので有名なのです。最初のCDで「準推薦」ならバンザ
イものなのです。それが全部特選盤――とても考えられないことなのです。
どちらかというと、ドビュッシーもラヴェルもあまり好きでない私が青柳のCDを購
入したのは、出すCDがすべて特選盤という驚くべき実績によるものなのです。聴いた
結果は、あまり好きでなかったドビュッシーとラヴェルが好きになるほどの演奏といえ
ばわかっていただけると思います。特選盤だけのことはある見事な奥の深い演奏なので
す。
ところで、彼女は、東京芸術大学在学中にドビュッシーの研究を行い、大学院で修士
論文をまとめ上げているさいに文筆への意欲に目覚めたというのです。そして、博士課
程が設立されたばかりの芸大に入り直し、奨学金を得てフランスに留学して研究を重ね
1989年に「ドビュッシーと世紀末の美学」によってフランス音楽の分野では、はじ
めての学術博士号を取得しているのです。のちにこの論文は、一般人がわかるように書
き直され、次の本となって出版されております。
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青柳いづみこ著
『ドビュッシー/想念のエクトプラズム』
東京書籍出版株式会社刊
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読んだわけではないのですが、解説によるとこの本には次のようなことが書かれてい
るそうです。
ドビュッシーといえば、印象派の音楽家であるというのが常識化されています。青柳
は、従来のこのドビュッシー観に疑問を投げかけています。ドビュッシーの音楽には、
世紀末退廃芸術(デカダンス)とのかかわりが色濃く反映されている――という新説を
立て、よどみのないリズミカルな語り口で、一般の読者にもわかりやすくそれを立証し
ているのです。
ところで、私がなぜ青柳いづみこをEJのテーマとして取り上げたかですが、作家ピ
アニストといわれる青柳が、2001年に水に関わる作品をピックアップしたCD『水
の音楽』と、同名の本を同時に出版し、私がそのCDを聴き、その本を読んでいたく感
銘を受けたからなのです。
絵画と音楽や映像と音楽という2つの媒体によるコラボレーションは、今までにいく
つもありましたが、演奏と文章による「水の音楽」の表現は今までにない新しい試みで
あり、高く評価されるべきであると感じたからです。 ・・・ [青柳いづみこ/01]