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このブログは、異文化研修の教育機関(株)インテック・ジャパンの情報発信用です。(株)イー・メディアとの提携により、同社のドキュメント・レポート「Electronic Journal」をウィークデイの毎日お届けします。
「Electronic Journal」は様々な情報を400字詰原稿用紙7枚にまとめて配信する日刊メールマガジンです。

トップ >> カテゴリー:青柳いづみこ

2007年12月18日

青柳いづみこをご存知ですか(EJ第1285号)

 青柳いづみこ――こういう名前のピアニストをご存知でしょうか。このピアニストは
少し変わっていて、随筆や小説――それもミステリーを執筆し、それにあわせてCDも
同時出版するという日本では今までにないタイプのピアニストなのです。
 といっても、有名なピアニストがエッセイ集を出すということは昨今そう珍しいこと
ではないと思います。著名なピアニストが本を出せば、名前が通っているだけにそれな
りに売れる――そういう思惑が出版社にあるからです。
 しかし、青柳いづみこの場合、それとはかなり違うのです。文章を操れる演奏家とい
うレベルをはるかに超えており、明らかに文才がある――そういって差し支えないと思
うのです。
 青柳いづみこの執筆したミステリー・エッセイに、『ショパンに飽きたら、ミステリ
ー』(創元ライブラリー)というのがあります。ピアニストのエッセイが創元ライブラ
リーから出るというだけでも凄いことだと思います。そのほんの一節をご紹介します。
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       「探偵小説というのは、人を殺したりして、なかなか面白い
      ものである」とおっしゃったのは、たしか、どくとる・マンボ
      ウこと、北杜夫先生である。私も、この意見に賛成だ。
       いったいなにが究極といって、人があっさり何人も殺されて
      しまう探偵小説ほどの究極も、そうあるまい。これが普通の小
      説なら、人なんか一人でも殺すまでには、主人公の心理葛藤か
      ら複雑な人間関係から、なにからなにまで描写しなくてはなら
      ず、本当に殺せる前に小説が終わってしまいそうだ。なにしろ
      ドストエフスキーの『罪と罰』だって、たった一人老婆を殺し
      たからって、大さわぎなのだから・・・。
       探偵小説のいいところは、人が殺されるというような、普通
      の小説ではなかなか設定しにくい異常な状況が、はじめから読
      者によって容認されていることである」。(青柳いづみこ著、
      『ショパンに飽きたら、ミステリー』――創元ライブラリー
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 どうでしょう。見事なものです。面白いし結構読ませる――これだけの文章は、なか
なか書けるものではないです。青柳いづみこをこのように紹介すると、それじゃ肝心の
音楽――ピアノの方はどうなの?ということになると思います。
 実はこのピアニスト――今年でデビュー24年目を迎えるベテランなのです。実は私
彼女の実演を聴いたことはないのですがCDは全部持っています。といっても、全部で
4枚ではありますが・・。しかし、本は8冊出版していますので、ピアニストというよ
りも、「ピアノが弾ける作家」というべきかも知れません。
 驚くべきことは、その4枚のCDが、ことごとく『レコード芸術』の特選盤になって
いることです。といっても、これはレコ芸のことを良く知らない人にとってはきっと、
「驚くべきこと」にはならないと思うので説明しますが、日本人で自分の出したCDを
レコ芸の特選盤にするということは、どうしてなかなかできることではないのです。
 とにかくこの『レコード芸術』という雑誌の「新譜月評」は、私はおよそ50年間に
わたって読んでいるのですが、日本人の演奏家に関しては、ほとんどイジワルと思える
ほど、非常に厳しい評価をするので有名なのです。最初のCDで「準推薦」ならバンザ
イものなのです。それが全部特選盤――とても考えられないことなのです。
 どちらかというと、ドビュッシーもラヴェルもあまり好きでない私が青柳のCDを購
入したのは、出すCDがすべて特選盤という驚くべき実績によるものなのです。聴いた
結果は、あまり好きでなかったドビュッシーとラヴェルが好きになるほどの演奏といえ
ばわかっていただけると思います。特選盤だけのことはある見事な奥の深い演奏なので
す。
 ところで、彼女は、東京芸術大学在学中にドビュッシーの研究を行い、大学院で修士
論文をまとめ上げているさいに文筆への意欲に目覚めたというのです。そして、博士課
程が設立されたばかりの芸大に入り直し、奨学金を得てフランスに留学して研究を重ね
1989年に「ドビュッシーと世紀末の美学」によってフランス音楽の分野では、はじ
めての学術博士号を取得しているのです。のちにこの論文は、一般人がわかるように書
き直され、次の本となって出版されております。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      青柳いづみこ著
      『ドビュッシー/想念のエクトプラズム』
                      東京書籍出版株式会社刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 読んだわけではないのですが、解説によるとこの本には次のようなことが書かれてい
るそうです。
 ドビュッシーといえば、印象派の音楽家であるというのが常識化されています。青柳
は、従来のこのドビュッシー観に疑問を投げかけています。ドビュッシーの音楽には、
世紀末退廃芸術(デカダンス)とのかかわりが色濃く反映されている――という新説を
立て、よどみのないリズミカルな語り口で、一般の読者にもわかりやすくそれを立証し
ているのです。
 ところで、私がなぜ青柳いづみこをEJのテーマとして取り上げたかですが、作家ピ
アニストといわれる青柳が、2001年に水に関わる作品をピックアップしたCD『水
の音楽』と、同名の本を同時に出版し、私がそのCDを聴き、その本を読んでいたく感
銘を受けたからなのです。
 絵画と音楽や映像と音楽という2つの媒体によるコラボレーションは、今までにいく
つもありましたが、演奏と文章による「水の音楽」の表現は今までにない新しい試みで
あり、高く評価されるべきであると感じたからです。 ・・・ [青柳いづみこ/01]

青柳いづみこ/水の音楽.jpg

2007年12月19日

オンディーヌは水の精霊である(EJ第1286号)

 青柳いづみこの本『水の音楽』には、「オンディーヌとメリザンド」という副題がつ
いています。この副題によってもわかるように、彼女はこの本で水に加えて水に関わる
2人の女性/オンディーヌとメリザンド――これらの女性はいずれも水の精である――
に焦点を当てて、女性の作家ピアニストならではの独創的アプローチによって『水の音
楽』を分析しているのです。
 そもそもこの本は、フランスの地方の国立音楽院のピアノ科に留学した青柳いづみこ
と指導教官との対話からはじまるのです。ちなみに、フランスの地方の国立音楽院のピ
アノ科というところは、生徒はみんな12〜15歳の子供ばかりだそうです。
 そこに日本の音大の大学院を卒業した学生が留学するのですから、ちょうど中学校に
大人が中途入学するようなものです。そういう状況で、ある日のクラス・レッスンで青
柳は、先生からモーリス・ラヴェルのピアノのための組曲『夜のガスパール』の第1曲
「オンディーヌ」を弾くように指示されるのです。
 ところが、弾き終わったとたん先生に「もっと濃艶に弾くように」と注意されたとい
うのです。しかし、このひねた学生は、先生のこの指導に対して、次のようにイチャモ
ンをつけたのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      されど我が師よ、我オンディーヌなるもの、かのメリザンドの
      如しとみるも如何に?
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 もちろん青柳本人は、こんな芝居がかったいい方をしたわけではないのですが、フラ
ンス語は日本語よりも少し感じが固くなるので、先生にはこんな感じで聞こえたはずだ
と青柳は解説しているのです。なかなか面白い人です。
 要するに、「私のイメージするオンディーヌは、ドビュッシーのオペラ『ペレアスと
メリザンド』のヒロイン、メリザンドだと思いますが、先生はどうお考えですか」――
このように、青柳は先生にイチャモンをつけたわけです。
 いかにもフランス人らしいと思うのは先生の対応です。いきなり留学生から「オンデ
ィーヌはメリザンドである」と反撃されて困惑しながらも、青柳の反論をしきりと面白
がって、考え込んでしまったというのですから・・。
 ところで、「オンディーヌはメリザンドである」――といわれても当惑される方が多
いと思いますので、しばらく「オンディーヌ」と「メリザンド」についてご説明するこ
とにします。
 「オンディーヌ」といえば、ジャン・ジロドゥが1939年に発表した戯曲として知
られています。劇団「四季」などでもよく上演されています。このように「オンディー
ヌ」は、ジロドゥの戯曲によってあまねく知られているのですが、その原作は、ラ・モ
ット・フケ−で、1811年に彼が書いたメルヘン小説『ウンディーネ』なのです。
 「ウンディーネ」とは何でしょうか。
 青柳いづみこによるとフケーが『ウンディーネ』を発表した翌年の1812年、この
話の出処を聞かれたフケーは、16世紀の錬金術師パラケルススの『水の精、風の精、
土の精、火の精その他の精霊の書』(ズートホフ版全集、第14巻)という論文である
といったというのです。
 錬金術師パラケルススによると、この世の中は4つの元素によって構成されていて、
それぞれに次の妖精が宿るといっているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       水の精 ・・・・・ ウンディーネ(UNDINE)
       風の精 ・・・・・ シルフ(SHYLPH)
       土の精 ・・・・・ ノーム(GNOME)
       火の精 ・・・・・ サラマンダー(SALAMANDER)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これでわかるように、ウンディーネというのは水の精霊のことなのです。フケーが小
説の中で美しい人間の女性の姿をしたウンディーネを登場させて以来、ウンディーネと
いえば女性の姿をした妖精のことであると伝えられてきているのです。
 フケーは、小説の中でウンディーネを、気まぐれで、勝手で、恐れを知らない、いか
にも妖精らしい妖精として描いています。そのため、ジロドゥも彼の戯曲「オンディー
ヌ」で、この影響を受けてオンディーヌを描いているのです。かつて、女優の加賀まり
こがオンディーヌ役をやって成功していますが、まさにぴったりのキャスティングとい
えると思います。なお、戯曲「オンディーヌ」では、「魚を食べない女」として描かれ
ています。
 一般に妖精は魂を持たないといわれています。ウンディーネにも魂はなく、人間と結
婚することによってそれを得ることができるのです。しかし魂を得たウンディーネは、
人間と同じように心配や悲しみを感じるようになり、それだけ不幸になるのです。
 また、人間の男と結婚した場合、そこに破ることのできない契約が生まれるのです。
の契約とは次の内容を持っています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       1.夫は、水辺でオンディーヌの悪口をいわないこと
       2.夫は、他の女と浮気をすることは厳禁であること
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 この契約が破られると、オンディーヌは水の世界に戻らなければならないし、夫も死
ぬことになるのです。そして、その契約が守られているかどうかを四六時中ウンディー
ネの仲間の妖精たちが見張っているというのですから、ウンディーネの夫になるのは相
当の覚悟がないとなれないのです。
 このフケーのウンディーネは、いろいろな音楽家によって取り上げられています。ラ
ヴェルのピアノのための組曲「夜のガスパール」の「オンディーヌ」、ドビュッシーの
ピアノのための前奏曲「オンディーヌ」、日本人では、三善晃による音楽詩劇「オンデ
ィーヌ」、それから、ドイツのウェルナー・ヘンツェのバレエ音楽「ウンディーネ」な
ど――たくさんあるのです。            ・・・[青柳いづみこ/02]

オンディーヌ.jpg

2007年12月20日

水の精は音楽にフィットする(EJ第1287号)

 オンディーヌが水の精「ウンディーネ」であることについては昨日のEJで説明しま
したが、一方の「メリザンド」とは一体何者なのでしようか。
 メリザンドとは、もちろん、メーテルリンクの原作戯曲『ペレアスとメリザンド』の
メリザンドのことです。この戯曲は、1893年5月17日に、リュニェ・ポーの演出
によって初演されているのですが、この初演をドビュッシーは観ているのです。その後
この戯曲の原作戯曲を手に入れて一読したドビュッシーは感動し、音楽をつけることを
決意するのです。
 ドビュッシーと原作者のメーテルリンクは、同じ1862年生まれであるので、ドビ
ュッシーは人を介してメーテルリンクと交渉し、すぐ音楽化の許可をもらっています。
音楽は1895年の夏には歌劇『ペレアスとメリザンド』として完成し、その秋にメー
テルリンクから上演の許可をもらったのですが、つまらぬことでゴタゴタし、結局約7
年後の1902年4月30日に、オペラ・コミック座で上演されたのです。
 この『ペレアスとメリザンド』という歌劇に登場するメリザンドは、アルモンド国の
王子ゴローが深い森の中の泉のところで見つけた正体不明の女性なのです。王子ゴロー
はあまりの美しさに心を奪われてメリザンドを城に連れて帰ります。そのときゴローは
最初の妻を亡くし、独身だったのです。
 メリザンドは自分の素性については一切明かさなかったのですが、結局ゴローはメリ
ザンドと再婚するのです。しかし、メリザンドは、あまりゴローが好きでなかったらし
く、ゴローからもらった結婚の指輪を泉のそばで放り投げて遊び、泉に落としてしまう
など不可解な行動をとります。
 それどころか、メリザンドは、ゴローの弟であるペレアスに心を惹かれ、愛し合うよ
うになるのです。やがて、そのことを知ったゴローは怒り狂い、ペレアスを刺し殺し、
メリザンドも死んでしまう――話はこういう悲劇で終わるのです。
 それでは、メリザンドはなぜ水の精といわれるのでしょうか。
 これには諸説があるのです。王子や騎士が獣を追って深い森の中を行くと、泉のほと
りで若い女に出会うという話は中世の人魚の伝説「メリュジーヌ」に酷似しています。
しかも、メリザンドと名前までよく似ています。
 メーテルリンクが作劇の構想をメモした手帳が残っているそうですが、その内容を分
析した研究者によると、『ペレアスとメリザンド』のヒロインの名前は次のように変遷
しているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
        クレール → ジュヌヴィエーヴ → メリザンド
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 「クレール」は「光」を意味しており、「ジュヌヴィエーヴ」は、ベルギーではよく
知られている中世の伝説『ブラバンのジュヌヴィエーヴ』のヒロインの名前なのです。
しかし、このジュヌヴィエーヴは信仰の篤い聖女のような女性であり、弟と不倫を働く
うな女性のイメージには合わない――そういうわけで、メーテルリンクは、妖精のよう
なあやうい魅力を持つ人魚「メリュジーヌ」にちなんで、メリザンドと名づけたのでは
ないかと考えられるのです。
 ちなみに、ドビュッシーの歌劇『ペレアスとメリザンド』には、ペレアスとゴローの
母として、ジュヌヴィエーヴというという名のアルトが登場しますが、メーテルリンク
は最初のうち、メリザンド役にジュヌヴィエーヴの名前を考えていたのです。
 青柳いづみこは、『水の音楽』の副題に「オンディーヌとメリザンド」と付けただけ
あって、これらの妖精――水の精について非常によく調べています。ドビュッシーの研
究家である青柳としては、避けては通れない問題であるといえます。
 確かに妖精はよく音楽のテーマになることが多く、とくにオペラでは、歌劇『ペレア
スとメリザンド』のように、タイトルロールとして取り上げられているものも多いので
す。
 一般的に妖精は、人間の赤ちゃんの笑顔から生まれてきたといわれており、無邪気で
可愛いというイメージがあります。しかしそういう妖精は少数派であって、大半は恐ろ
しい悪魔の化身なのです。例えば、ムソルグスキーの組曲、『展覧会の絵』に登場する
「バーバ・ヤガー」は、森の中で道に迷って困っている人間を喰ってしまうロシアの残
酷な妖精なのです。
 また、一見可愛らしく見える妖精――とくに水の精のように美しい女性の姿をしてい
る妖精も、人間社会の常識を知らず、善悪の判断を持たず、自らの意識のおもむくまま
に天衣無縫の行動する――それがときとして人間に役立つことがある反面、次の瞬間に
はとんでもないいたずらをやってのけたりするのです。それが妖精であり、根本的に人
間とは違うのです。
 水の精は水に準じた特徴を持っています。流れるような長い髪を持ち、着物からはし
ずくがぽたぽた垂れています。その性格も水のように気まぐれでかわいらしかったり、
突然癇癪を起こしたり、煽情的だったり、いたずらっぽかったり、あるいはイジワルで
冷酷無比だったりする――これが音楽のさまざまな律動に自然に乗るのです。そして、
水の精は波のようにしなやかに踊ったり、この世ならぬ声で歌ったりする――音楽によ
くフィットするので、作曲家が進んで取り上げたくなる対象なのです。
 青柳いづみこは、水の精の中には意図的に人間たちを誘惑し、自分たちの世界に同化
させようとする人間くさい目的意識を持つものが多いと指摘し、それらの水の精が人間
を誘惑するタイプには、次の4つの原型があると述べています。
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        1.網をはり待つタイプ ・・・ メリザンド
        2.引きずり込むタイプ ・・・ セイレーン
        3.出かけて行くタイプ ・・・ オンディーヌ
        4.何もやらないタイプ ・・・ メドゥ−サ
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・・・[青柳いづみこ/03]

20..jpg

2007年12月21日

水の精の4つのアーキタイプ(EJ第1288号)

 水の精は人間に対していろいろワルサをするのですが、その原型は次の4つになる
――青柳いづみこはそういっているのです。4つのタイプを再現します。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
        1.網をはり待つタイプ ・・・ メリザンド
        2.引きずり込むタイプ ・・・ セイレーン
        3.出かけて行くタイプ ・・・ オンディーヌ
        4.何もやらないタイプ ・・・ メドゥ−サ
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 「網をはり待つタイプ」の典型は、定められたある約束の時に選び出された若者が来
ることを網をはって待つタイプで、メリザンドはこのタイプです。深い森の泉のほとり
で若者がくるのを網をはって待つのです。「眠れる森の美女」のお姫様も妖精と考える
と、このタイプに当たります。
 「引きずり込むタイプ」の典型は、あの人魚ローレライです。ライン河の岩の上で金
髪をくしけずりながら、美しい歌声によって船乗りを惑わせ、海底へと引きずり込む恐
ろしい妖精――セイレーンという人魚なのです。
 ローレライというと、「なじかは知らねど、心わびて」というあの有名な歌が反射的
に出てきますが、これはハイネの詩にジルヒャー(1789〜1860)という作曲家
が1838年に作曲したものなのです。しかし、あのフランツ・リストもこの同じハイ
ネの詩に作曲して歌曲を書いています。のちにリストはこれをオーケストラ伴奏付きに
改訂し、さらにその翌年にそれをピアノ独奏曲に編曲しています。
 しかし、このことを知る人はあまりいないのです。それに「ローレライ」は民謡とい
われていますが、それはこの詩を書いたハイネがユダヤ人であったため、ナチス政権下
では民謡として扱われたからです。青柳いづみこは、CD「水の音楽」の中でこのリス
トのピアノ独奏曲「ローレライ」を弾いています。
 水の精の第3のタイプ「出かけて行くタイプ」の典型は、あのオンディーヌです。そ
もそもこのオンディーヌ――ピアノの作品としては、あまりにも有名な次の2曲があり
ます。もちろん、青柳いずみこは、CD「水の音楽」で両方を弾いています。
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        モーリス・ラヴェル作曲
        『夜のガスパール』第1曲 水の精オンディーヌ
        クロード・ドビュッシー作曲
        『プレリュード』第2集/第8曲 オンディーヌ
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 このうち、ラヴェルの『夜のガスパール』は、19世紀のフランスの詩人アロイジウ
ス・ベルトランの同名の散文詩なのです。この『夜のガスパール』には、次の3つの詩
が含まれますが、この詩はベルトランの唯一の代表作であると同時に、文学史において
は、散文詩という新しいジャンルを確立したエポック・メーキングな詩集として位置づ
けられています。
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            1.水の精オンディーヌ
            2.絞首台
            3.スカルボ
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 実はベルトランの『夜のガスパール』が世に出るのには興味深い話があるのです。こ
の詩集はベルトランの生前には話題にもならず埋もれていたのです。その埋もれていた
詩を発掘したのは、大詩人ボードレールでした。ボードレールが注目したのは散文詩と
いう新しい表現スタイルで、これに啓発されたボードレールは小散文詩『パリの憂鬱』
を書き上げて、その序文でベルトランを絶賛したのです。これでベルトランの名が世に
出るのです。
 さらに『夜のガスパール』をさらに有名にしたのは、かねてからボードレールの詩を
愛読していたモーリス・ラヴェルで、これをピアノ曲として世に送り出したというわけ
です。ベルトランは彼の死後、こういういきさつで認められたのです。
 さて、オンディーヌは「出かけて行く女」ですが、その目的は人間の男を婿にむかえ
て水底の国に連れていくことなのです。オンディーヌは、ささやく声で歌いながら、指
輪を受け取って欲しいと男に哀願します。しかし、男に自分は人間の女の方がよいと拒
否されると、オンディーヌは、幾しずくかの涙を流したかと思うと、突如甲高い笑い声
をあげ、窓ガラスに白々と流れる水滴になって消えてしまうのです。
 水の精オンディーヌの一節をご紹介しましょう。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      ――≪聞いて下さい!――聞いてください!――私です、オン
      ディーヌです。淡い月光に照らされた響くような菱形の窓に、
      雫となって軽く触れているのは、波の衣装を纏って、星のまた
      たく美しい夜と、眠りについている美しい湖を露台から見つめ
      ているお姫さまです≫。    ―――水の精オンデイーヌより
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 水の精の第4のタイプ「何もやらないタイプ」とは、どういう行動をするのでしょう
か。これは、自分からは何ひとつ行動を起こすわけではないのですが、存在そのものが
悪になるというタイプです。その典型は、ゴルゴーン3姉妹のメドゥーサです。
 ゴルゴーン3姉妹は、ステノ、エウリュアレ、メドゥーサの3姉妹で、髪の毛はから
み合う蛇で、猪のような牙があり、手は青銅でできており、黄金の翼を持っている――
その中でとくに容貌が恐ろしいのはメドゥーサで、これをひと目見た者は一瞬のうちに
石に変えられてしまうのです。妖精について本を調べてみたのですが、いろいろな本が
出ています。『水の精の系譜』などというぴったりの本もありましたがこういう本は価
格が高くて閉口しました。世の中、いろいろなことを調べている人がいるものですね。
                         ・・・ [青柳いづみこ/04] 

21.jpg
              

2007年12月25日

オンディーヌはなぜメリザンドなのか(EJ第1289号)

 水に関わる青柳いづみこの音楽論――もう少し続きます。青柳によると、『夜のガス
パール』には日ごろ愛聴している次のピアニストの名演があるそうです。
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         1.マルタ・アルゲリッチ
         2.イーヴォ・ボゴレリッチ
         3.アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 私はこのうちミケランジェリ以外はCDを持っており、聴いています。そして、青柳
いづみこの弾いている『夜のガスパール』のオンディーヌも、もちろん聴いています。
 アルゲリッチは感情のこもった情熱的なピアノを弾く人です。しかし、ラヴェルはき
わめてクールであり、ちょっと考えると合わないのではないかと思ってしまいますが、
これが大変な名演なのです。青柳は次のようにいっています。少し専門用語がまじりま
すが、イメージはわかると思います。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       アルゲリッチは、ときおり拍がずれたり、トレモロの音が抜
      けたりするところがあるが、左手のベルカント奏法がすばらし
      く、ときおりみせるアルペジオのゆらぎが何ともいえない。し
      なだれかかるようなルバート、かと思うと無慈悲に鋭くはねて
      みせるグリッサンドの尻尾。全体をつつむ煽情的・蠱惑的なひ
      びきは、あたかも彼女自身がオンディーヌであるかのようだっ
      た。    ――青柳いづみこ著、『水と音楽』、みすず書房刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 確かにアルゲリッチの演奏は、女性ならではというところがあります。本当にアルゲ
リッチがオンディーヌであるかのような感じがするのです。青柳が留学したときに国立
音楽院の教授に「もっと濃艶に歌って弾くように」といわれましたがその「濃艶に歌」
演奏がアルゲリッチに見られるのです。
 これと対照的なのは、イーヴォ・ボゴレリッチの演奏です。ポコレリッチの演奏につ
いての青柳の評価は次の通りです。
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       ボゴレリッチの演奏は、アルゲリッチに比べると、ずっと閉
      鎖的で耽美的な印象がある。かなり遅いテンポ。ミケランジェ
      リに劣らず、完璧な指の分離を誇る彼のトレモロはひとつひと
      つの音の粒がしっとりと露をふくみ、果肉の奥に核がすけてみ
      える葡萄の実のようだ。水そのものが言葉をもち、ささやきか
      ける。メロディもよくのびる音でたっぷりと歌われるが、それ
      は聴き手に呼びかける歌ではない。彼の内部で完結している歌
      だ。    ――青柳いづみこ著、『水と音楽』、みすず書房刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 アルゲリッチのように弾くには、できるだけ指先をのばして天井を高く取り、手のひ
らの内側だけを緊張させた手を鍵盤の半分まで沈め、力を完全に抜いて、ひじと手首を
微妙にふるわせ、鍵盤が反発しようとする力を利用しながら、その動きにさからわずに
弾かなければならない――しかし、青柳は手が硬く、とうていできない芸当であるとい
うのです。そこで、青柳はボゴレリッチ・スタイルをアレンジしようとしたと述懐して
います。
 それに、青柳が指導を受けた国立音楽院の教授は、アルゲリッチ・スタイルのピアニ
ズムで、トレモロの霧の上にくっきりと、計算して甘く歌い上げるロマンチックな演奏
をするのです。しかし、青柳はこの曲の解釈として、あまりロマンチックなアプローチ
は、水に合わないと感じたのです。そのため「もっと濃艶に歌って弾くように」という
先生の指示に反発したのです。
 つまり、反発の理由は、水というものの解釈の違いにあるのです。青柳は次のように
いっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       水は本来抽象的なものである。水はどんな形でもとることが
      できるが、そのどれでもない。それは、ピアノの音についても
      いえる。ピアノは、イマジネーション次第でオーケストラのい
      かなる楽器にも擬せられるが、実は何でもない。
       水はピアノに似ているのである。その証拠に、水をテーマと
      した歌曲の水の描写の部分は、いつも伴奏のピアノが受け持つ
      ではないか。
            ――青柳いづみこ著、『水と音楽』、みすず書房刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 青柳が弾きたかったのは、水そのものだったのです。水は鏡のように静かなときもあ
るが、突然何メートルもある渦を巻き、人に襲いかかる。また、心地よいさざ波のとき
もあれば、どんよりとしたよどみ水になったりしてさまざまに形を変える――しかし、
水の本質そのものは変わらないのです。ただひたすらに水であり続けるのです。そして
青柳は、ラヴェルの音楽には、そういう水の何気ない恐ろしさというようなものが潜ん
でおり、それを表現する必要があるといっているのです。 国立音楽院の教授に対する
「オンディーヌはメリザンドである」という反論の根拠は、こういうものではなかった
のかと考えられるのです。
 青柳いづみこの弾く『夜のガスパール』の「オンディーヌ」はボゴレリッチのように
やや遅いテンポをとり、けだるくまとわりつく女性を象徴するような演奏になっていま
す。それが水そのものを表現できているのかどうかはわかりませんが、明らかに、単に
美しいだけで終わってしまう演奏家の解釈とは一線を画す、青柳いずみこ独特のオンデ
ィーヌ論を展開しているようです。
 なお、アルゲリッチとボゴレリッチには、面白い話があるのです。アルゲリッチは、
1980年にショパン国際コンクールの審査員をしていたのですが、ボゴレリッチがコ
ンクールに落選したとき、これに抗議して審査員をやめています。それほど、アルゲリ
ッチはボゴレリッチを高く評価していたのです。演奏スタイルはまったく違うのですが
「天才は天才を知る」でボゴレリッチの才能を強く感じていたのだと思います。
                         ・・・ [青柳いづみこ/05] 

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2007年12月26日

ショパンとリストのピアノの実力(EJ第1290号)

 青柳いづみこがフランスの若手ピアニストにインタビューしたときの話です。そのピ
アニストがいうのはショパンよりはリスト、ドビュッシーよりはラヴェルの演奏の方に
容易さを感ずるというのです。音楽的にはショパンやドビュッシーにも同じように共感
をおぼえるのだが、どうしてもリストやラヴェルほどは手になじまないというのです。
 これはもしかしたらショパンよりはリスト、ドビュッシーよりはラヴェルの方が実際
にピアノを弾くのが巧みであったのではないか――一応このように推測できるのです。
 ピアニストにとって、ピアノを弾くのが上手な作曲家のピアノ曲と、それとは逆にピ
アノを弾くのがあまり上手ではない作曲家のピアノ曲のどちらが弾きやすいかというこ
とについて、青柳は次のように述べています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       楽器を弾くのが巧みな作曲家とあまり巧みではない作曲家の
      作品ではどちらが弾きやすいかというと、意外にも前者のほう
      が弾きやすいものである。楽器が巧みな作曲家の作品は、弾き
      やすいように工夫がしてある。
       たとえばリストのピアノ曲でも、超絶技巧は駆使しているも
      のの、どこかでオクターブを単音にしたり、アルペジオの音を
      減らしたり、筋肉が疲れすぎないような配慮が感じられる。対
      して楽器があまりよく弾けない作曲家は、技巧の限界がわから
      ないため、ときに演奏至難な作品を書いてしまったりする。
            ――青柳いづみこ著、『水と音楽』、みすず書房刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ショパンとリスト、ドビュッシーとラヴェル――彼らのピアノの実力はどの程度のも
のだったのでしょうか。
 ピアニストにとって手がどのようなかたちをしているか――これは大きな問題です。
リストがどのような手をしていたかは、石膏模型で見ることができるそうです。手はか
なり大きく、先端が角ばって関節も太く、親指と薬指がとても長い。とりわけ指の根元
の関節と手首のバネが強靭で、筋力にも恵まれていたといわれます。そのため、きらめ
く音、強大なフォルテを出すことができたのです。
 しかしそういう身体的能力に恵まれていたとはいえ、リストのヴィルトゥオジテ(技
巧性)は努力の賜物なのです。20歳のときにはじめてパガニーニの演奏を聴いて感動
し、「ピアノのパガニーニ」を目指して努力に努力を重ねたのです。ですから、ピアニ
ストがどこが難しいか――とてもよくわかっていたのです。
 そういう意味では、ショパンの手は「兎を呑み込もうとしている蛇の口」といわれる
ように、並外れた柔軟性に恵まれていたといわれます。これは天性のものです。しかし
手は華奢であり、筋力もリストに比べて劣っていたのです。それに、ショパンの中指と
薬指は癒着しており、この2指に悩んでいたいわれます。
 そのためか、ショパンは18年のパリ生活で19回しか演奏会を開かず、そのうちシ
ョパンだけが独奏者となったのはわずかに4回であったというのです。当時の記録によ
ると、ショパンのピアノタッチは弱く、大きな会場ではあまりよく聞こえないことが多
かったといいます。
 ピアノを演奏するリストの姿を描いている絵を見ると、手首の位置を高くとり、腕全
体を伸ばすように弾いているのに対して、ショパンはひじを窮屈そうに曲げ、脇にぴっ
たりつけて弾いているのです。これは、明らかにクラヴサンを弾くときの演奏スタイル
なのですが、リストは現代のピアノに近い弾き方をしていると思います。ちなみに、シ
ョパンは1810年生まれで、リストは1歳年下なのです。なお、クラヴサン(フラン
ス)、チェンバロ(ドイツ)ハープシコード(イギリス)は、すべて同じ楽器であり、
昔のピアノ――フォルテピアノの前身の楽器です。同じ楽器でも国によって呼び方が違
うのです。以上のように考えると、演奏家としては、リストはショパンを上回っていた
といってよいと思います。
 しかし、手指の条件がリストよりも劣っていたショパンは、ピアノ教育では後世に大
変な貢献をしているのです。ショパンが活躍するまでのピアノの指導は5本の指に均等
なタッチを求めるメトードが主流であり、すべての指が平面上に並ぶハ長調から練習を
はじめていたのです。
 しかし、ショパンは、それぞれの指の個性を尊重して、長い指は黒鍵に、両端の短い
指は白鍵に無理なく落ちる音型による練習システムを考案したのです。したがって、音
階についてもハ長調は避け、黒鍵の多い嬰ハ長調やヘ長調、変ロ長調から練習をはじめ
練習が進むにつれて、徐々にシャープやフラットを外すというそれまでとは逆の指導法
を取り入れています。
 ショパンの作品に黒鍵を使った調性が多いのは、こうした彼のピアにズムにフィット
するためなのです。ショパンには、遺作を含めて27曲の練習曲がありますが、そのう
ちシャープかフラットが4つ以上の作品は15曲にも及び、明らかに意識して作られて
いることを示しています。
 それならばドビュッシーとラヴェルのピアノ演奏の技術はどうだったのでしょうか。
 結論からいうと、どちらもピアノの演奏家としては、必ずしも傑出していなかったと
いうことがいえるのです。ドビュッシーとラヴェルは、ともにパリ音楽院のピアノ科の
上級クラスに在籍はしていたのですが、職業演奏家の登竜門である1等賞を得て卒業し
ていないのです。
 ドビュッシーはショパンと同じように「ビロードのようなタッチ」といわれたのです
が、実際はかなり不器用であったといわれているのです。また、ラヴェルはヴィルトゥ
オジテを目指していたのですが、ことピアノの演奏技術にかけては、ドビュッシーにも
及ばないレベルであったといわれます。ドビュッシーとラヴェル論については明日のE
Jでも続けます。                 ・・・ [青柳いづみこ/06]
                                       

2007年12月27日

ドビュッシーとラヴェルの違い(EJ第1291号)

 ドビュッシーが優れたピアノの演奏家になれなかったのは、本人の努力や資質もある
が、当時のパリ音楽院の指導方法にも原因があったと青柳はいっています。ピアニスト
にとって、どの先生に師事するのかはとても重要なのです。
 ドビュッシーは9歳でピアノをはじめていますが、ショパンの弟子といわれるモーテ
夫人に師事してショパンのピアにズムの手ほどきを受けているのです。ところが、その
1年後に入学したパリ音楽院では、旧態依然たるクラヴサン(チェンバロ)時代の指先
に頼る奏法を指導されたのです。ここで、メトードの食い違いが生じています。
 ショパンは、上流階級の子弟にピアノを教えていたので、彼の画期的なメトードはプ
ロフェッショナルな教育界にはまだ広がっていなかったのです。また、教育界はどうし
ても今までの奏法にこだわり、ショパンの革新的奏法には相当の抵抗感があって、そう
簡単には受け入れなかったと思われます。
 しかし、そういう状況の下でも革新を目指そうとする演奏家はいたのです。それは、
ラヴェルより2歳年下で、ドビュッシーやラヴェルと同時期にパリ音楽院に学んでいた
アルフレッド・コルトーです。コルトーはパリ音楽院の指先に頼る奏法に疑問を抱き、
ショパンの考え方を基調にして独自の奏法を編み出し、クープランのクラヴサン曲集な
どを次々とピアノ版に改訂していったのです。そういう意味でコルトーは、フランス近
代ピアノ奏法の開発者と呼ぶのに相応しい存在なのです。
 そういうこともあって、ドビュッシーは次第に演奏よりも作曲の方に傾注していった
のですが、それは彼にとって正解であったといえます。なぜなら、もし、ドビュッシー
が演奏家を目指していたら、名を残すことはできなかったからです。
 このドビュッシーは、ラヴェルとともに印象派と呼ばれています。19世紀末期にな
ると、ヨーロッパの文化的中心はドイツからフランスへと移ります。1870年代のフ
ランスの財政的崩壊と不況の後、引き続き現れた繁栄の波が、パリに富と贅沢に満ちた
社会的風潮をもたらすにいたるのです。パリらしい洗練された官能を持つ芸術性は、ま
ず、モネやルノアール、ドガといった画家たちの間で生まれ、彼らはロマン派の作風と
は異なり、深遠で情熱的な人生経験よりも、親しみやすい日常の出来事や光景を好んで
描写し、それは静かな淡い色調や、輪郭のあいまいさによって表現されたのです。
 その作風は音楽界においても同様で、ドビュッシーやラヴェルに代表される作曲家は
全音音階や中世の教会旋法、不協和音や非機能和声などを用いて、音色の淡い、リズム
のあいまいな印象派音楽を確立させています。
 また、彼らは一見、標題音楽を受け継いだかのようにも見受けられますが、ワーグナ
ーやベルリオーズのように具体的内容を指す主題を用いたり、内容の説明を楽譜に書き
込んだりなどはしていないのです。むしろ「沈める寺」「水の反映」といった曲名を付
けて、それが示す光景の雰囲気を音で表現することを好んだというわけです。
 青柳いづみこはドビュッシーは美しいというよりも、背徳的なことやデカタンス(退
廃)の要素が多くあり、きわめて耽美主義的であるといっています。青柳がこのことに
気がついたのは、彼女の祖父が、青柳瑞穂といって、詩人でフランス文学者であった関
係上、ジョイスの『ユリシーズ』やマルキド・サドなどの本がたくさんあって、小学生
の頃から、そういうものをよく読んでいたからであるといっています。
 ドビュッシーの研究者として、大阪音楽大学で講義をしている青柳が、インタビュー
で「ドビュッシーに会ってみたいか」と聞かれて次のように答えています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      絶対にイヤですね。すごくイヤな奴だったらしいですよ。同じ
      日にいろいろな人へ手紙を送っているんですが、みんなに「僕
      のことを本当にわかってくれるのは君だけ」と書いてあるんで
      すよ。それから音楽的にはウソ泣きの名人ですね。好みもポリ
      シーもどんどん変わっていくのです。もう、真実はどこにある
      の?という感じ。それから盛り上がっているところで、必ず水
      を差してみんなを冷やす。イヤな奴でしょう?
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 そういうドビュッシーよりも13歳年下のラヴェルは、ピアノのウデこそドビュッシ
ーよりも下でしたが、少なくともドビュッシーよりは、印象派風なピアにズムの開発に
は熱心であり、長じていたといえます。よく「ドビュッシーやラヴェル」と一緒に名前
を並べますが、ドビュッシーとラヴェルは大きく異なります。ラヴェルの音楽について
青柳は次のようにいっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      ラヴェルは、熱く燃えているものは持っているんだけど、それ
      を手にしようとすると、見えない壁があって中に入れてもらえ
      ないんです。いろいろなものが渦巻いているドビュッシーとは
      大違い。氷やドライアイスをさわるとやけどすることがありま
      すよね。ラヴェルはその感覚に近いです。秘められた情熱を持
      っているような音楽なのです。ですから、ドビュッシーとは同
      列にできないタイプの音楽なんですね。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ラヴェルの音楽は、ひとことでいうと「抑制の極致」というべきなのです。感情を素
直に表現するのではなく、考えていることとは別のことをいったり、逆のことをしたり
します。ですから、その故意のいい落としや婉曲な表現について、演奏家は考え抜いて
解釈する必要があります。
 青柳によるとラヴェルはドビュッシーよりはずっと「歌」のある作曲家なのですが、
きわめて恥かしがりやである性格から、そこに強い抑制が働くのです。したがって、抑
することが彼の裏返しのロマンチシズムの発露といえるのです。
                         ・・・ [青柳いづみこ/07] 

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2007年12月28日

ラヴェルとリストの関係(EJ第1292号)

 青柳いづみこは、本と連動したCD「水の音楽/オンディーヌとメリザンド」の冒頭
にリストの『エステ荘の噴水』を置き、そのあとラヴェルの『水の戯れ』、ドビュッシ
ーの『水の反映』を置いていますが、これはきわめて意味のある配置です。
 『エステ荘の噴水』においてリストは、ピアノの技巧を駆使して、水そのものの擬音
的な効果を演出しています。この曲はリストがローマ郊外のティヴォリにあるエステ家
のヴィラ――エステ荘に滞在していたときに作曲されています。エステ荘には「コップ
の泉」、「百の噴水」、「ドラゴンの噴水」、「水オルガンの大噴水」など大小さまざ
まな噴水があり、リストはそれを見ながら何時間も立ちつくしていたといわれます。
 少し専門的になって恐縮ですが、このリストの『エステ荘の噴水』は、属九のアルペ
ジオではじまるのですが、和音の響きが独立した音の素材として使われており、明らか
にドビュッシーやラヴェルの書法を先取りしています。ちなみに、アルペジオというの
は、分散和音といって和音の各音を同時にではなく、下または上から順番に演奏するこ
とをいうのです。
 ラヴェルの『水の戯れ』は、この『エステ荘の噴水』を意識して書かれています。実
は『水の戯れ』の原題というのは、『エステ荘の噴水』の原題――メール上にフランス
語は書けないので省略――から後半の「ヴィラ・デ・エステ」をとって水を単数にした
だけなのです。
 ラヴェルはショパンに心酔していましたが、ピアノの技巧に関してはリストに憧れて
おり、何とか自分の作品にとり入れたいと努力していたのです。『水の戯れ』でラヴェ
ルは、神秘的な和音をベースに、水のさざめき、噴水、滝、小川などが織りなす音楽的
な響きを重視して仕上げています。水を単数にしたことについて青柳は次のようにいっ
ています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      水が単数というのは重要なポイントで、リスト風の多量な水や
      大噴水は、音の細密画家ラヴェルには必要なかったということ
      だろう。  ――青柳いづみこ著、『水と音楽』、みすず書房刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 つまり、ラヴェルは、リストのヴィルトゥオジテを参考にしながらも、単なる軽業師
的、技巧的表現に終わらないように、そこに純粋な音楽的な理由を取り込んでいるので
す。まさに音の細密画家といわれるだけのことはあります。
 ところで、このラヴェルの『水の戯れ』とドビュッシーの『水の反映』は、聴き比べ
てみるととても興味深いのです。実は、この2曲をめぐって因縁深い対立があったので
す。それは、批評家のピエール・ラロが「ル・タン」紙上において、ラヴェルの『水の
戯れ』をドビュッシーの『雨の庭』の二番煎じ、とこき下ろしたことに端を発するので
す。
 そのとき、ラヴェルは同じ「ル・タン」紙上に次のような反論を掲載して抗議してい
ます。1907年4月9日のことです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       私が『水の戯れ』を書いたときドビュッシーは、ピアノ曲は
      まだ3つの作品しか書いていなかったのです。3つの作品とい
      うのは、私自身熱烈な賛嘆の念を抱いていることをいまさら申
      すまでもない曲のことですが、ピアノ手法という点からみれば
      これらの作品には取り立てて新しいものはありません。
            ――青柳いづみこ著、『水と音楽』、みすず書房刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 この件に関しては、ラヴェルの主張は正しいのです。なぜならドビュッシーの『雨の
庭』を含む組曲『版画』は、1903年に書かれていますが、ラヴェルの『水の戯れ』
は、1901年の作であるからです。それにピアノ手法としても、ドビュッシーよりも
ラヴェルの方が先んじていたと思われるからです。
 というよりは、『水の戯れ』と『水の反映』には、その基本的な考え方において、根
本的な違いがあるのです。というのは、ラヴェルの『水の戯れ』の主役はあくまで水そ
のものであるのに対して、ドビュッシーの『水の反映』は、水そのものよりも、絶えず
変化し続ける水面に焦点が当っているのです。
 水面におどる光の粒、木々の影、したたり落ちるしずくとひろがる波紋――水の中を
のぞき込む人間自身の心象風景が描かれているのです。そのため、ドビュッシーの場合
表現は象徴的になり、音色はにごって不透明になります。
 『水の戯れ』と『水の反映』におけるラヴェルとドビュッシーの違いを青柳は、誰で
もわかる表現で次のようにいっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       もし、彼らの水を飲めといわれたら、ラヴェルの水は飲める
      けれども、ドビュッシーの水は、あおみどろが浮かんでいたり
      して、あまり飲みたくない、そんな気がしないだろうか。
            ――青柳いづみこ著、『水と音楽』、みすず書房刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ラヴェルのピアノ曲は、明らかにリストの影響を受けていると思います。音楽に詳し
く、とくにラヴェルとドビュッシーについての著作まであるフランスの哲学者、ジャン
ケレヴィッチは、ラヴェルの作品について次のようにいっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       『水の戯れ』は、(リストの)『エステ荘の噴水』や『泉の
      ほとりで』なしに、『スカルボ』(「夜のガスパール」の第3
      曲)は(リストの)『メフィスト・ワルツ』なしに、『水の精
      /オンディーヌ』は、(リストの)『波を渡るパオラの聖フラ
      ンチェスコ』の 急速な走句なしに存在しえただろうか?
                       ――ジャンケレヴィッチ
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
                          ・・・[青柳いづみこ/08]

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2007年12月31日

バラードとは物語である(EJ第1293号)

 水の精に関わるピアノ曲で、もうひとつ取り上げるべき作品があります。それは、フ
レデリック・ショパンの次の作品です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
         「バラード」第2番  ヘ長調 作品38
         「バラード」第3番 変イ長調 作品47
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ショパンは4つの「バラード」を書いています。そのうち「バラード」第1番は、映
画『戦場のピアニスト』のクライマックス・シーンでシュピルマンによって演奏されて
います。映画でこの曲を聴いて、ショパンが好きになった人は多いようです。
 「バラード」とは、元来イタリア語で「物語」という意味なのです。「物語」という
以上、それはおそらく人の語るようなものを指していることは明らかです。ショパンは
この形式をピアノ独奏ではじめて使った作曲家なのです。
 それでは、ここで語られる「物語」とはどのようなものなのでしょうか。
 ショパンの4つの「バラード」は、いずれもショパンと同郷の詩人アダム・ミツキェ
ヴィッチの『バラードとロマンス』の中の詩に深い関連があるといわれているのです。
中でも第2番と第3番はいずれも「水の精」の物語であるとする説が強いのです。青柳
が、その著作『水の音楽』とそれに対応するCDの中に第2番と第3番を取り上げてい
るのはそのためです。
 青柳は、1975年のショパン・コンクールで優勝したポーランドのピアニスト、ク
リスティアン・ツィメルマンが、「バラード」を収録したディスクの第2番のライナー
・ノートの次の解説をひっぱり出してきます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      シフィテシ湖上では乙女たちが夜踊り、昼には消えてしまいま
      す。彼女たちは一緒に踊るように少年たちを誘い、彼らを深い
      水底へと引き込んでしまうのです。    ――ツィメルマン
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 青柳は、はじめて「バラード」を演奏したとき、楽譜に書きつけられたこの神秘的な
水の精の物語に胸をおどらせ、はるかリトアニアの湖に思いをはせた経験があるといっ
ています。だからといって、それによって演奏解釈が歪められたりはしないと明言して
います。青柳自身は、とくに第2番、第3番の曲の印象は、ミツキェヴィッチの詩の物
語に、あまりにもぴったりであるからといっているのです。
 しかし、これには反対意見が多いのです。「バラード」は、標題音楽ではないという
のです。標題音楽というのは、あらかじめ定められたプログラムがあり、作曲家がそれ
をできるだけ忠実に音で表現しようとするものですが、ショパンはミツキェヴィッチの
特定の詩に曲をつけるという考え方で、「バラード」を作曲したのではないという意見
です。
 例えば、『ショパンを解く!』の著者、ブクレシュリエフは、次のように述べています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       ショパンのバラードは「現実的」物語や「標題」とは関係が
      ない。何かを明らかにしようとする注釈者の努力など虚しい。
      情熱的な音を知ってもショパンの作品を語るにはやはり「抽象
      的」であることが肝要だ。
                   ――アンドレ・ブクレシュリエフ
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 確かに「バラード」は標題音楽とはいえませんが、純粋な絶対音楽かというと、必ず
しもそうとはいい切れないのです。それに当時の時代背景も考慮に入れる必要がありま
す。
 ショパンが「バラード」を作曲した当時はあらゆる芸術が「言語」とみなされており
詩は言葉、彫刻は形態、音楽は音の言語で表現するものと考えられていたのです。ロマ
ン派時代には詩が最高の芸術であるとされ、音楽は低く扱われていたのです。
 したがって、19世紀の聴衆はどんな器楽曲も勝手に「詩化」して聴く習慣があり、
とんでもない物語を捏造される恐れがあったのです。それを防ぐため、リストは音楽に
標題をつけることによって、聴衆のイメージを方向づけようとしたのです。現在ではど
ちらかというと絶対音楽の方が高く評価される傾向がありますが、ショパンが「バラー
ド」を作曲した1830年代末から40年代は、そのどちらの概念も存在していないの
です。
 確かに、ショパンは、作品に文学的「標題」を冠し、音によって情景を描く手法を嫌
っていたのです。しかし、ショパンはミツキェヴィッチやハイネと親しく付き合ってお
り、彼らの詩に深い共鳴を覚えていたこともわかっています。したがって標題音楽では
ないが、詩にインスピレーションを感じて作曲したということは十分あり得るのです。
 「バラード」第2番はドラマチック、第3番は優雅なロココ調に満ちた曲ですが、ひ
とつだけ共通するところがあります。それはミツキェヴィッチのバラードにみられる水
とそれを象徴する水の精の変容――最初は穏やかであるのに突如として豹変し、人間を
水底にひっぱり込む突然の変容――なのです。これは、「夜のガスパール」のオンディ
ーヌとも共通する点といえます。それは、実際に曲を聴いていただければ明らかなこと
です。
 水の精からアプローチした作家ピアニスト/青柳いづみこの音楽論――いかがでした
か。9回にわたってお送りしましたが、これで終わります。
 実際に音楽を聴いてみたいという方は、ぜひ青柳いづみこの次のCDの購入をお勧め
します。EJで取り上げたほとんどの曲が青柳いづみこ自身のピアノ演奏で聴くことが
できます。
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         ピアノ演奏/青柳いづみこ
         『水の音楽』/KICC363/キングレコード
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                         ・・・[青柳いづみこ/09]

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