INTEC JAPAN/BLOG

このブログは、異文化研修の教育機関(株)インテック・ジャパンの情報発信用です。(株)イー・メディアとの提携により、同社のドキュメント・レポート「Electronic Journal」をウィークデイの毎日お届けします。
「Electronic Journal」は様々な情報を400字詰原稿用紙7枚にまとめて配信する日刊メールマガジンです。

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2007年08月07日

隠されたメッセージのある映画(EJ第1252号)

 現在、3次元仮想空間「セカンドライフ」が話題になっています。セカンドライフは
「仮想現実」ではなく「拡張現実」といわれますが、現在月単位で100万人ずつ登録
会員が増えているといわれます。
 このセカンドライフと対比して、1999年〜2003年の5年間かけて製作された
映画『マトリックス』(3部作)を考えることは興味深いものがあります。
 この記事は、2003年12月15日から26日までの9回にわたってEJで取り上
げたものですが、今朝から再現することにいたします。
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 今朝からは話題の映画をテーマとして取り上げます。その映画とは米国映画『マトリ
ックス』です。この映画は3部作で3本の映画で話が完結する超大作です。第1章は1
999年に封切られそれから実に4年後の2003年6月に第2章、11月に第3章が
公開され、現在第3章の『マトリックス/レボリューション』が上映されております。
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      『マトリックス』 ・・・・・・・・・・・・ 1999年
      『マトリックス/リローデッド』 ・・・・・ 2003年
      『マトリックス/レボリューション』 ・・・ 2003年
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 私はもちろんそのすべてを劇場で観たうえで、第1章、第2章のDVDを入手し、可
能な限り情報を収集してEJで取り上げることにしたのです。EJで取り上げる以上、
単なる映画解説ではなくビジネスマンの話題としても使えるレベルを目指しています。
今朝は、その予告編です。
 映画『マトリックス』は、ジャンルとしてはSF(サイエンス・フィクション)とい
うことになります。「SFは苦手だ」という人もいるでしょう。しかしこの映画は明ら
かに単なるSFを超えています。
 EJではときどき映画の話題を取り上げています。今まで取り上げたものは『200
1年宇宙の旅』『13デイズ』『千と千尋の神隠し』『コンタクト』などがあります。
映画は娯楽ですが、話題になる映画というものは、きちんと観て、自分の感想なり意見
を持っておくべきであると思います。
 あのリチャード・クー氏ですら、固い経済書の中で、1997年の北海道拓殖銀行の
破綻に関連して、次のように書いているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       ところで、北海道の出来事(拓銀の破綻――平野注)で、日
      本と諸外国との間に大きな認識のずれが生じた。東京の外資系
      金融機関としか接点のない海外のマスコミは北海道で実際に何
      が起きたのかを全く報道しなかったのである。そこで私が、当
      時流行っていた映画『コンタクト』で、ジョディ・フォスター
      が宇宙に打ち上げられる時、出発点となったのが北海道だと説
      明すると、ようやく北海道が日本にある四つの大きな島の1つ
      だとわかってもらえたのである。  ――リチャード・クー著
      『デフレとバランスシート不況の経済学』(徳間書店刊)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 この記述において、もし読者が映画『コンタクト』を観ていなかったら、何のことか
わからないはずです。忙しくて、わざわざ映画館に行く時間がないという人がいるかも
しれません。それなら、現在ではDVDで観ることもできるのです。
 EJの情報源は、単行本や新聞・雑誌だけではありません。インターネットは当然の
こととして、さまざまな人から直接話を聴いたり、TV番組、映画などもフル動員する
のです。映画もぜひ関心を持っていただきたいと思います。とくに60歳以上の方はど
んな映画でも1000円で観られる特典があります。
 さて、前置きが長くなりましたが、『マトリックス』の話に入ります。『マトリック
ス』は、TVでも公開されましたので、ご覧になった方もあると思います。しかし、内
容は本当に理解できたでしょうか。
 1回でこの映画を理解するのは大変難しいと思います。何回も繰り返して見るべきで
す。その点DVDは便利です。何回でも観ることができるからです。しかし、そのため
の条件として、何回見ても飽きがこないくらい面白くなければなりませんが、『マトリ
ックス』は、その条件を十二分に満たしていると思います。
 それに『マトリックス』は、それを見たあとで、内容についていろいろ友達と語り合
える――それができる映画なのです。それは、何回見てもよくわからない謎の部分、隠
された部分がいくつもあるからです。『2001年宇宙の旅』でもそういうところが多
い映画だったと思います。だから、現在でも語り継がれているのです。
 『マトリックス』の研究家といわれるグレン・イェフェス氏は『マトリックス』につ
いて次のようにいっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       あなたは『マトリックス』をただの映画だと思っていなかっ
      たでだろうか。
       いい映画がみなそうであるように、すぐれた芸術作品がみな
      そうであるように、一度観るだけでは不十分だ。繰り返し、見
      なおし、その意図と衝撃への注意深い考察を加えることによっ
      て、じつに多くのことが発見できる。たんに物語としてではな
      くひとつの批評として、この映画に描かれている現実というも
      のの本質について、かなり詳細に検討する機会があたえられて
      いるからで――われわれと、われわれ自身の「現実」を映しだ
      す鏡となっているのだ。われわれには洞察の機会があたえられ
      るのだ。―――グレン・イェフェス編、『マトリックス完全分
      析』より。小川隆ほか訳/扶桑社刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
                        ・・・[マトリックス/01]

2007年08月08日

三位一体の3人の登場人物(EJ第1253号)

 映画『マトリックス』の主人公の一人は、トーマス・アンダーソンという青年です。
ハリウッドのドル箱スターであるキアヌ・リーブスが演じています。
 最初にお断りしておきたいのですが、映画の内容を話してしまうといわゆる「ネタバ
レ」といって、映画を観るとき面白くなくなるといって嫌がる人がいます。
 しかし、この映画は、ちょっとした「ネタバレ」をしても内容がつまらなくなるほど
薄っぺらな映画ではなく、最初にある程度事情を知っていた方がはるかに面白いし、楽
しめると思うのであえて必要最小限のことをお話ししておきます。
 トーマス・アンダーソンは、昼はメタコーテックス社というコンピュータ・ソフトの
大会社に勤めるプログラマーですが、夜は「ネオ」という名のハッカーとして知られて
いるのです。そのため、どうしても夜が遅くなるので、遅刻ばかりして上司から叱られ
ています。
 そのアンダーソンは、最近起きているのに夢を見ているような感覚にとらわれていま
す。夢と現実の境がつかなくなっているのです。それに彼のPCのディスプレイには、
モーフィアスという人物から奇妙なメッセージが届くようになっています。
 ある夜、居眠りをしていたネオは、ふと目を覚ますと、次のようなメッセージがPC
の画面上に表示されたのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       「起きろ、ネオ」
       「マトリックスが見ている」
       「白うさぎの後について行け」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 そして続いて「トントン」というメッセージが画面上にあらわれたとたんに、ネオの
部屋の扉がノックされます。恐る恐る扉を開けると、チョイという男が女友達と一緒に
立っていたのです。チョイからは、ハッキングを依頼されており、そのデータを受け取
りにきたのです。
 チョイは、約束の2000ドルを渡してデータを受け取ったとき、次のようにいうの
です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       「やったぜ。助かるぜ。あんたは救世主だ」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 この「救世主」ということばには実に深い意味があるのです。「救世主」といえば、
イエス・キリスト――まさしくネオは、この映画では、キリストの役回りをすることに
なるのです。彼こそは人類を救う「救世主」と目されるのです。
 もうひとつ、ネオをキリストになぞらえると、この映画の登場人物が聖書の人物と重
なってくるのです。これは、この作品にキリスト教的テーマがあることの証拠といえま
す。これについては後から詳しく述べることになると思います。
 話を映画に戻します。データを受け取ったチョイは、ネオに飲みに行かないかと誘い
ます。ネオは「明日仕事があるから・・」といったんは断りますが、そのときチョイの
女友達の左の腕に白うさぎのタットウを見つけてチョイと一緒に行くことを承知するの
です。PCの画面のメッセージ「白うさぎの後について行け」を思い出したからです。
 そしてチョイと一緒に行ったバーで、ネオはトリニティーという女性に会うのです。
トリニティーは、国税庁のコンピュータに侵入してデータを盗み出したという伝説のハ
ッカーとしてその世界では有名な人物とされています。このトリニティーは、この映画
のもう一人の主役であり、キャリー=アン・モスという女優が演じています。
 ネオは、このトリニティーから「身に危険が迫っている」と忠告を受けます。何のこ
とかわからず、不安になるネオ。その危険は、次の日、やはり遅刻をして上司に退職を
勧告されたその日に現実のものとなるのです。
 さて、「白うさぎの後について行け」で思い出すのは、ルイス・キャロルの『不思議
な国のアリス』です。私は、学生時代にこの作品にかなり凝ったことがあるのです。こ
れは、現実と非現実という2つの世界に基づいて物語が展開されているのですが、これ
は『マトリックス』と酷似しています。
 『不思議な国のアリス』において、主人公のアリスは、白うさぎが時計を見ながらあ
る穴に入るのを見て、それを追っかけて行くところから始まるのですが、『マトリック
ス』でもネオは、白うさぎのタットウの女性と一緒にあるバーに行き、そこでトリニテ
ィーと会っています。明らかに『マトリックス』の原作者は、『不思議の国のアリス』
に影響されていることは明らかであると思います。また、『オズの魔法使い』にも非常
に似ているところがあります。
 さて、勤務先でネオは、黒ずくめのスーツ姿のエージェントに襲われ、捕まってしま
うのですが、トリニティーに救出され、モーフィアスと会うことになります。このモー
フィアス――預言者のことばを信じ、救世主を救うことに人生を捧げている男であり、
この映画の三人目の主役なのです。個性豊かな俳優ローレンス・フィッシュバーンが演
じています。
 このネオとトリニティーとモーフィアス――その関係は、トリニティーの名前に由来
しています。この「トリニティー」という名前はキリスト教の「父なる神・子なる神・
聖霊は『三位一体』の精神」――3つのものがひとつに心を合わせることに由来してい
るのです。そういえば、小泉政権も『三位一体改革』を唱えていますが、その『三位一
体』もここから出ています。
 一応、中心的な登場人物が3人揃ったようです。ネオとトリニティーとモーフィアス
――この3人を中心として、この映画は展開されていくのです。この映画は、ネオ――
すなわち、アンダーソンがプログラマーなので、この3人以外の登場人物には、コンピ
ュータ関係用語が多く使われています。        ・・・[マトリックス/02]

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2007年08月09日

マトリックスは仮想現実の世界(EJ第1254号)

 『マトリックス』の主役の3人は、昨日のEJ第1253号でご紹介しました。3人
の主役とは、ネオ(アンダーソン)、トリニティー、モーフィアスの3人です。
 一体何がどうなっているのでしょうか。ネオは、何者に狙われているのでしょうか。
モーフィアスとトリニティーたちは、誰と戦っているのでしょうか。
 当然の疑問ですが、このあたりのことを少しずつ明らかにして行きたいと思います。
まず、現在の時点は1999年ではなく、2199年であるということです。なぜ、1
999年かというと映画『マトリックス』の第1章が公開されたのが1999年だった
からです。つまり、現在よりも200年も経過した時代になっていることになります。
 簡単に状況をいうと、人類は高度に発達した知能(AI)を持つコンピュータによっ
て支配されてしまったのです。具体的にいうと、世界中のAI(人工知能)が結束して
人間に対して主導権を握ろうと反乱を起こしたのです。
 これに対して人類は、当時のコンピュータが太陽エネルギーを動力源にしていたので
太陽光線を人工的に遮断して対抗したのですが、AIは叡智を結集して人間の生体電気
エネルギーを動力源にするシステムを開発し、この戦いに勝利したのです。
 そして、それ以降、世界はAIによって支配され、人類はAIにパワーを供給する発
電機としてのサイバー人間に成り下がってしまったのです。さらに、人類はもはや誕生
するのではなく、果てしなく広がるバイオ・テクノロジーの畑(子宮)で栽培されてい
るのです。
 そして作り出されたその時点から、発電装置につながれ、起きているともなく、眠っ
ているともない半覚醒の状態で、死んだ者を液化した養分を静脈から取り入れてそれを
栄養分とし、AIに生体電気エネルギーを供給しながら一生を終えるのです。こういう
人間のことを「培養人間」というのです。『マトリックス』の3人の主役――ネオ、ト
リニティー、モーフィアスは、いずれも培養人間なのです。
 マトリックスとは、そうした培養人間たちに現実を悟らせないためにAIが創り上げ
た仮想現実の世界なのです。人間の心が見ているものは、「神経によるインタラクティ
ブ可能なシミュレーション・・・人間を支配下に置くためにAIが創りだした虚像の世
界」なのです。
 そこには高度に発達した20世紀の世界が広がっており、人々はそれが現実であると
錯覚してそこで暮らしているのです。ネオすなわち、アンダーソンが働いていたメタコ
ーテックス社でのプログラマとしての生活とネオとしてのハッカーの生活は、いずれも
マトリックスの中の生活であり、現実世界において彼は培養人間として巨大な発電装置
につながれていたのです。つまり、彼が現実だと思っていた世界は夢の世界、つまり、
それこそ不思議な国だったのです。
 この部分は、以上のようなことがわかっていて映画を見ると、納得ができると思いま
すが、予備知識なしで見ると、おそらく何のことかわからないと思います。おびただし
い培養器の中で何かが蠢めいており、その培養器が発電装置にコードでつながれている
――そういうシーンが目に飛び込んできます。ネオは、仮想現実の世界では、大手ソフ
ト会社のプログラマであり、ハッカーですが、現実の世界での彼は、培養器に入れられ
た培養人間だったのです。このことをきちんと理解していないと、この映画は何のこと
か、さっぱりわからないはずです。
 ところで、人類の一部はAIの支配から逃れ、地底深くに都市を作って住んでいたの
ですが、AIによって攻め立てられ、現在は地球の核の近くに地底都市を作って住んで
います。もはや、ここを攻め落とされたら、人類は全滅するのみです。その都市の名は
「ザイオン」――つまり、ザイオンは人類最後の都市というわけです。ザイオンは、旧
約聖書に「聖なる山、神の座、世界の中心にして不落の砦」と記されたシオンにちなん
だ名称を持っているのです。
 したがって、ザイオンという都市には人間から生まれた本当の人間――つまり、培養
人間ではない人間が住んでいるのです。モーフィアスは培養人間ですが、特殊な能力を
発揮してAIのからくりを見抜き、自らその状況から脱却したのです。そう、培養器が
飛び出して、独立したのです。そして、ザイオンの人間と協力してAIから人類を解放
するための活動をするゲリラを結成しています。彼は預言者オラクルがいう「救世主」
の出現を信じており、ひたすらそれを探し求めていたのです。
 モーフィアスは、やはり、培養人間であるトリニティーをマトリックスから離脱させ
るなど、これはと思う同士を集めてひとつの軍団を形成し、ネブカドネザル号という名
のホバークラフトの船長をしているのです。トリニティーは、ネブカドネザル号のクル
ーですが、地位は将校です。
 このネブカドネザル号は、宇宙船のようなかたちをしていますが、飛んでいるのは宇
宙ではなく、地球の内部なのです。地上は完全にAIに占領されているので、もっぱら
地底の通路――排水溝などを飛ぶことになるのです。
 ネブカドネザルの名は、バビロンの捕囚を行った新バビロニア王国の名に由来してい
ます。この王は、旧約聖書のダニエル書に登場し、ダニエルに夢解きを行わせた逸話で
有名です。しかし、このネブカドネザル号は2069年の建造で、2999年には既に
930年も経過しているので、相当の老朽船なのです。まあ、そんなことは、どうでも
よいことではありますが・・・。
 現実と仮想現実――われわれが現在存在し、生活をしている空間がこういうバーチャ
ルリアリティーでないといい切れる自信があるでしょうか。われわれが現実であると信
じている世界が仮想現実であるかも知れない――そう考えるとゾッとしませんか。この
映画は人類の未来を予言しているのかも知れません。  ・・・[マトリックス/03]

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2007年08月10日

コンピュータは意識を持てるのか(EJ第1255号)

 AI(人工知能)が高度に発達し、人間と普通に会話し、場合によっては嫉妬し、そ
のために人間の行動を制約することさえする――そんな状況をわれわれは映画『200
1年宇宙の旅』で見ています。木星に向かう宇宙船「ディスカバリー号」のスーパーコ
ンピュータHALとボーマン船長との対立がそれです。
 この旅の途中HALが発狂して宇宙船の乗組員たちを殺すのです。ただひとり生き残
ったディヴ・ボーマン船長は、殺される前にHALの思考力を奪おうとします。そうす
ると、HALは機能を停止させられる前に、自分の行動を正当化するために次のような
ことをいうのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      このミッションは私にとってきわめて重要なので、あなたに台
      なしにされるわけにはいかない。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 かつてあのサン・マイクロシステムズ社のビル・ジョイは、マシンが意識を持ったら
、いずれ人間にとって代わるのではないかとマジに恐れていたといいます。ビルがいう
のは、もし思考マシンが、自分たちがやりたいことに人間が邪魔していることを知った
なら、人間を排除する行動に出ることは明らかである――こういっているのです。
 「コンピュータやロボットは、きちんと監視しないと手に負えなくなる」――このア
イデアは、SFの世界では今日にいたるまで、繰り返し使われてきています。
 ウィリアム・ギブスンの1984年の作品、長編小説『ニューロマンサー』の中には
「チューリング」という警察組織が登場するのです。このチューリングの警官は、コン
ピュータシステムに本物の知性や自我が出現する兆候がないかを見張っており、少しで
もその兆候があると、手遅れになる前にシステムを停止するのが仕事なのです。
 「知性や自我は、ひょいと生まれるものである」ということをHALの生みの親であ
るアーサー・C・クラークは、ごく早い時期にその可能性に言及しています。彼の短編
小説『Fはフランケンシュタインの番号』には、世界規模の通信ネットワークが人間の
脳よりも複雑で相互接続の多いものになって、ある日突然、ネットワークの中に意識が
出現する可能性を描いています。
 「意識は複雑なシステムから突発的に生み出される」――映画『マトリックス』にお
いて地球全体に君臨しているAIは、そのようにして生まれたのではないでしょうか。
 ここで話題をひとつ。『2001年宇宙の旅』に登場するコンピュータHALは、I
BMをアルファベットで一文字ずつ前にずらしたものである――ということはあまねく
有名な話です。IBMを超えるコンピュータという意味です。しかしアーサー・クラー
クは、それを否定しているのだそうです。
 しかし、それはクラークのウソで、彼は確信犯なのです。というのは、彼の1990
年の長編小説『ゴールデン・フリース』(早川書房)に登場するAIの名前はJASO
N――彼はそれをJCNと略して呼んでいるのです。JCNはIBMをアルファベット
で、一字ずつ後ろにずらしたものです。HALの話を人にいうとき、これを話すとHA
Lのいわれを知っている人もきっと驚くはずです。
 余談が長くなりましたが、話を『マトリックス』に戻します。映画の主役の3人は既
に述べましたが、彼らが戦っている相手は誰なのでしょうか。
 この映画を見たある知人は、「誰と戦争しているのか今ひとつ相手がはっきりしない
が、とにかく変化が激しくて面白かった」といっていましたが、予備知識なしで見ると
確かにそういうことはいえるかもしれません。
 正解は、人類とAI(意識を持つコンピュータ)との戦いということなのです。やや
こしくてわかりにくいのは、人類が人間と培養人間の両方を含んでいること、それにA
Iはつねに背後にいて、実際に人類が戦うのはAIが創り出した数々のプログラムや、
攻撃用の兵器(センチネル)であることです。
 ちなみに、プログラムは、マトリックスにおいて、すべて人間のかたちをして出てき
ます。一番よく出てきて、ネオやモーフィアスやトリニティーと戦うのは、エージェン
トの頭目のスミスです。ところで、この黒いスーツにサングラスというシークレット・
サービスのいでたちのエージェントの正体は何でしょうか。
 エージェントの正体は、マトリックスの機能が正常に機能しているかどうかを監視す
る「システム監視プログラム」なのです。そのため、マトリックスの中に侵入を繰り返
すゲリラやプログラム自体が持っているバグを排除しようとして動くのです。エージェ
ントの頭目のスミスは、ヒューゴ・ウィービングというオーストラリアの俳優が演じて
います。
 映画を観るとき注目していただきたいのは、第1章におけるエージェントは全員耳に
イヤホンのプラグを付けているのに対し、第2章の「リローデッド」と第3章の「レボ
リューション」ではイヤホンプラグを付けていないことです。これは第1章の段階では
いちいち中央コンピュータ(AI)の指示を受けて動いていたのに、第2章以降はシス
テムから離脱し、独立していることを示しているからです。
 要するに、映画『マトリックス』には、次の3種類の「人間」が登場するのです。こ
れをきちんと見分けないと、頭の中が混乱します。
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      人間   ・・・・ 自然の繁殖で誕生したザイオンの人間
      培養人間 ・・・・ AIが栽培した人間/首にプラグあり
      プログラム ・・・ AIが創作したマトリックス内の人間
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
                         ・・・ [マトリックス/04]

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2007年08月13日

マトリックスの中の人間の研究(EJ第1256号)

 この映画はなかなか奥が深いのです。この映画を製作したウォシャウスキー兄弟が、
「知的なアクション映画」を目指して製作しただけあって、徹底的に考え抜かれている
のです。
 現実世界と仮想現実世界――仮想現実世界であるマトリックスの世界にはどのような
人間がいるのでしょうか。マトリックスには、次の3種類の人間が存在することができ
ます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
         1.培養人間(実体は培養器の中にいる)
         2.培養器から脱出した人間(ネオなど)
         3.各種プログラム(エージェントなど)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 マトリックスの中で生活しているほとんどの人間は培養人間で実際は培養器の中にい
ます。彼らは、自分がどのような状況にあるのかがわかっていません。夢を見るように
毎日を20世紀の世界そっくりに作られたマトリックスの中で暮らしています。
 モーフィアスによって培養器から解き放たれた培養人間がゲリラで、彼らはすべて首
の後ろにプラグが付いています。これがザイオン都市に住む人間と違う点です。モーフ
ィアス、ネオ、トリニティーはいずれも開放された培養人間です。
 彼らは、安楽椅子風のマシンに横たわり、首の後ろのプラグに電極を差し込まれる―
―これによってオペレータの操作で、意識のみがマトリックスの内のどのポイントにも
瞬間移動できるのです。現実世界に戻るときは、オペレータの指定した回線から意識が
転送されるのですが、その転送の入り口となるのがマトリックス内に存在する電話なの
です。つまり、彼らはマトリックスと現実世界とを自由に行ったり、来たりできるわけ
です。
 しかし、転送時に使われる電話は、エージェントに盗聴されるリスクを伴うため、ダ
イヤル式のアナログ回線が使われることになっています。それでも、オペレータとの連
絡には携帯電話を使わざるを得ないので、彼らはエージェントに容易に見つけられてし
まうことになります。
 それでは、プログラムとは何でしょうか。
 マトリックス内における培養人間以外のキャラクターはすべてプログラムです。エー
ジェントのスミスをはじめ、まだ説明していませんが、預言者のオラクルやセラフは人
の心を読む直感プログラムですし、最古のプログラムといわれるメロビンジアンやその
妻のパーセフォニー、手下のザ・ツインズなどなど――すべてプログラムなのです。プ
ログラムには、現実のプログラムがそうであるように、必ず目的があり、その目的が何
であるかを考えながら映画を観ると、よくわかると思います。
 そして、本物の人間――首の後ろにプラグのない人間は、当然ですが、現実世界にし
か住めず、もちろん、マトリックスに潜入することはできないのです。また、いうまで
もないことですが、マトリックスの内のプログラムに人間は、現実世界にはやってこれ
ないのです。
 映画に一番よく出てくるネブカドネザル号のクルーは、ほとんど培養人間ですが、オ
ペレータのタンクとドーザーは人間です。なお、ドーザーはタンクの兄です。クルーを
紹介します。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      船長 ・・・・・・・・・ モーフィアス ――― 培養人間
      クルー/将校 ・・・・・ トリニティー ――― 培養人間
      クルー ・・・・・・・・ ネオ ――――――― 培養人間
      クルー/オペレータ ・・ タンク ―――――― 人間
      クルー ・・・・・・・・ ドーザー ――――― 人間
      クルー ・・・・・・・・ マウス ―――――― 培養人間
      クルー ・・・・・・・・ サイファー ―――― 培養人間
      クルー ・・・・・・・・ スイッチ(女性) − 培養人間
      クルー ・・・・・・・・ エイポック ―――― 培養人間
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ここで、改めてマトリックスについて考えてみます。人間の感覚器官は、外からの情
報(光や音など)を電気信号に変換し、さらに脳による処理を経てイメージ化された現
実として、意識的経験が構成されています。
 そこでAIは、同じ電気信号を人間の脳に送り、現実と見分けがつかない幻想を創り
上げているのです。これがマトリックスの実体なのです。
 ネオがマトリックスの訓権プログラムに入ったときのモーフィアスとネオの次の会話
があります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      ネオ「これは現実ではない?」
      モーフィアス「現実とは何だ?明確な区別などできない。五官
      で知覚できるものが現実だというなら、それは脳による電気信
      号の解釈にすぎない」
      ―― モーフィアスはディスプレに映像を写して見せる ――
      モーフィアス「これが君の知る世界、20世紀末の世界だ。い
      まやこれは、われわれがマトリックスと呼ぶ双方向神経系シミ
      ュレーションの一部としてしか存在していない。きみは夢の世
      界で暮らしていたんだよ、ネオ」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 モーフィアスやネオやトリニティーなどの培養人間にとっては意識がマトリックスに
行っているときに電極プラグを抜かれると死ぬことになります。また、マトリックス内
で戦って死亡したときは、現実の世界でも死ぬことになります。
 エージェントやオラクルやメロビンジアンなどのプログラムにとっての死とは、シス
テム上からプログラムが削除されたときがそれに該当します。このように、マトリック
スは、あらゆる可能性を考慮して設計してあるのです。 −−[マトリックス/05]

モーフィアス

2007年08月14日

単なるアクション映画でない証拠(EJ第1257号)

 『マトリックス』という映画を劇場で3回観て、ひとつ気が付いたことがあります。
1999年の第1章のときは日中の時間であったせいかそれほど混んでいなかったので
すが、第2章の「リローデッド」と第3章の「レボリューション」のときは、劇場内で
行列をつくらされたのです。
 もちろん作品が評判を呼んだことが原因ですが、劇場内で行列をつくらされるという
ことは「入れ替え制」になったことが原因です。つまり、「リローデッド」からは一回
ごとの入れ替え制になったのです。
 というのは、第1章のときあまりにも連続して二度観る観客が多かったので、後から
入場した人が座れないという事態が生じて「入れ替え制」にしたのです。最近の映画で
昼の時間帯から「入れ替え制」は大変珍しいのです。並みの映画であれば、ウィークデ
イの昼の時間帯は、学生と年寄りしか入らないからです。
 なぜ、2度観るのでしょうか。それは一度観ただけではワケがわからないからです。
といっても、単にワケがわからないだけであれば、「ワケのわからん映画だ」で終わっ
てしまいます。ですから、「好奇心をそそる映画」であることは確かです。
 「あのシーンは何を意味しているのか」とか「あの人物の役割は何なのか」――強く
好奇心を刺激するものが多いのです。だから、続けてもう一度観ようとするのです。こ
のように、何かに好奇心を持って追求するということは人間にとって非常に大事なこと
です。なぜなら、好奇心がなくなると人間終わりだからです。
 好奇心は年齢とともに失われていきます。したがって、老齢に達すると、何か特定の
ことに凝り固まるか、何事にも関心を持てなくなるものです。価値があると思っても、
興味がないと振り向きもしなくなります。これが老いを進行させるのです。
 一般論ですが、『戦場のピアニスト』や『スパイゾルゲ』に行く人は、『マトリック
ス』のような映画には関心を向けないものです。それが意識の世界を小さくしてしまう
のです。『マトリックス』は秀逸な映画です。人類の未来について考えさせられる何か
を持っています。ですから、もし、その魅力にとりつかれると意識の世界が一挙に拡大
されるでしょう。私がEJを続けているのは、好奇心をいつまで持続させられるか試し
たいからです。
 ジャン・ボードリヤールという人を知っているでしょうか。
 ジャン・ボードリヤールは、フランスの社会学者にして思想家です。生産中心主義の
思想を批判して、独自の象徴交換論を展開しています。なぜ、ジャン・ボードリヤール
かというと、その思想が『マトリックス』に深くかかわっているからです。
 『マトリックス』の第1章で、夜中にネオがノックの音に気づいて目を覚ますシーン
があります。来訪者はチョイというクライアントで、違法データを受け取りに来たので
す。
 そのとき、ネオは本棚に行き、一冊の本を取り出します。DVDで確認したのですが
、その本のタイトルは『シミュラークルとシミュレーション』と書いてあったのです。
実はこれは、ジャン・ボードリヤールの著作のひとつで、消費社会のシミュレーション
現象に鋭く分析を加えた著作として知られています。
 ところが、映画ではその本の表紙を開けると、中がくりぬかれていて、何枚かのフロ
ッピーディスクが入っているのです。ネオはハッカーですから、フロッピーディスクの
中身は違法データであることは確かです。
 書物自体が偽物であって、その中に入っているフロッピーディスクのデータも偽物―
―つまり、自分の暮らす世界がコンピュータによってつくられた完全なまがい物である
という、その後ネオが知ることになることを予示する伏線になっているのです。
 『マトリックス』の制作者であるウォシャウスキー兄弟は、この映画の主要な出演者
に次の2冊の本を読むよう指示しているのですが、その中に『シミュラークルとシミュ
レーション』が入っているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
         ●ジャン・ボードリヤール著
          『シミュラークルとシミュレーション』
         ●ケヴィン・ケリー著
          『複雑系を超えて』(1994年アスキー出版)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 普通に映画を観る人は、まさかネオが手にする本のタイトルまで注意しないでしょう
し、よほどジャン・ボードリヤールに関心のある人でない限り、気がつかないと思いま
す。しかし、制作者のウォシャウスキー兄弟は、そのような細かいところまで、仕掛け
を施しているのです。
 ところで「シミュラクル」というのは何でしょうか。
 「シミュラクル」とは、「にせ物」とか「幻影」という意味です。スペルは次の通り
です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
            smulacre →  simulacrum
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「シミュラクル」とは、オリジナルでもコピーでもないが、独自の価値として流通す
る一種の記号――記号は現実ではないが、情報はすべて記号でしかない。そして、世界
はこのシミュラクルによって作られたハイパーリアルである――何だかよくわかりませ
んが、マトリックスの世界的な概念であることは確かです。なお、『シミュラークルと
シミュレーション』は、法政大学出版局から翻訳書が出ています。少し、高い本ですが
・・・。
 第1章でモーフィアスがネオに2199年の荒廃とした世界を見せるシーンで、モー
フィアスは次のようにいいます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
               現実の砂漠にようこそ!
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これも『シミュラークルとシミュレーション』の中に出てくる「現実それ自体の砂漠
」の引用なのです。                 −−[マトリックス/06]

「マトリックス」に関係する2冊の本

2007年08月15日

ネオはなぜ空を飛べるのか(EJ第1258号)

 培養人間のうなじ(首のうしろ)についているプラグ――これをバイオポートという
のですが、このバイオポートの一方の先は太いケーブルを通してマトリックスを制御す
るコンピュータにつながっています。
 さて、バイオポートのもう一方の先は、脳全体に広がる電極の群れに配線を通してつ
ながっています。うなじから、脊柱の上で頭蓋を支えるしなやかな軟骨から入り、脊髄
を頭蓋にはめこんでいる自然の開口部を通って脳に達している――と考えられます。
 映画で興味深いことは、このバイオポートを利用して、ネオの脳にカンフーの技能を
ダウンロードするシーンとトリニティーに対して、ヘリコプターの操縦技術を脳に植え
つけるシーンです。要するに脳の永久記憶に直接書き込むわけです。
 しかし、マトリックスの中の人間――つまり、培養器に入っている人間ですが、そう
いう人間はこのような方法で知識や技能を身につけることはせず、本を読んだり、学校
に行ったりして、ごく普通のやり方で物事を学ぶのです。
 このバイオポートを利用して技術プログラムをダウンロードする方法は、モーフィア
スやトリニティーなどのゲリラが開発したノウハウなのです。興味深いのは、そのよう
にして超高度のカンフーの戦闘技能をダウンロードされたネオが師匠であるモーフィア
スに最初は勝てないことです。
 私がこの映画で最も印象に残っているのは、マトリックスそっくりに作られた環境で
のカンフーの訓練プログラムのシーンなのです。そこで、モーフィアスとネオは戦うの
ですが、どうしてもネオは、モーフィアスのスピードについて行けず、負けてしまいま
す。そのシーンを再現してみましょう。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      モーフィアス:なぜ、やられた?
      ネオ    :速すぎる。
      モーフィアス:考えてみろ。仮想現実の世界で強さやスピード
             の原因が筋力にあると思うか。
      ネオ    :・・・・・
          ―― 再び、速さについていけないネオ ――
      モーフィアス:何してる。もっと速いはずだぞ。速く動こうと
             考えるな。速いと知れ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 カンフーに必要なすべての技能を脳にダウンロードしていても実際にそれを演ずると
き、何か考えてしまったり、やろうとすることに自身が疑問を持ってしまうと、身体の
動きがセーブされてしまうのです。
 モーフィアスのいう「速く動こうと考えるな。速いと知れ」はなかなか深遠なことば
です。「速く動こう」と考えるのは意思の力ですが、「速く動けるのだ」と信じて疑わ
ないと、そのように動けるのです。「速いと知れ」はそのことをいっています。思考は
現実化するのです。
 カンフーの戦いの途中で、モーフィアスは盛んに「心を解き放て」と叫びますが、マ
トリックスの中では心を解き放つこと――すなわち、現実世界での行動概念を捨てて、
意識の開放をすればするほど、パワーが増すのです。
 もう少し詳しく説明しましょう。
 現実世界では、やれないことがたくさんありますね。空を飛べない、空間で長い間静
止できない、高いところから落ちれば死ぬ近くでは弾丸を避けられないなど――しかし
、マトリックスの世界には、重力や質量は存在しないのです。したがって、現実世界で
できないと考えていることをすべて意識の外に捨ててしまえば何だってできるようにな
るのです。ネオが空を飛んだり、近くで発射された弾丸を止められるようになったのは
、十分に心が開放された結果と考えることができます。
 「速く動こうと考えるな。速いと知れ」――このことは、現実の世界でも当てはまる
教訓ではないでしょうか。「やれないと考えてはいけない。できると知れ!」――「で
きる」と考えれば、たいがいのことは可能になるのです。
 以上のように考えたうえで、この映画には大いなる矛盾というか、不可解な謎があり
ます。映画『マトリックス』を観た人は、ぜひ考えていただきたいと思います。
 ひとつは、第2章「リローデッド」の最後の部分で、AIの放つイカ型ロボット「セ
ンチネル」をネオが片手で止めるシーンがあったと思います。しかし、その場所はマト
リックスの中ではなく、ザイオン――現実の世界なのです。いくらネオでも、現実世界
で超能力は発揮できないはずですが、どうして止められたのでしょうか。この謎につい
てどのような意見をお持ちですか。
 もうひとつ謎があります。
 ネブカドネザル号のクルーの一人にサイファーという人物がいます。サイファーは、
ゲリラの生活に嫌気がさして、もう一度マトリックスにつながれたいと願っています。
そういう心のスキにエージェントのスミスが入り込んで、サイファーは裏切りを勧めら
れます。
 実際にサイファーは仲間を裏切るのです。そのために、モーフィアスは窮地に陥り、
それが原因でネブカドネザル号のクルーであるマウス、スイッチ、エイポック、ドーザ
ーの4人とその裏切りの張本人であるサイファー自身も死ぬことになります。
 そのサイファーがマトリックス内のレストランで、スミスと密会するシーンがありま
す。裏切りの打ち合わせですから、一人でこっそりとやったはずですが、現実世界から
マトリックスに行くのは、自分ひとりではできないはずです。
 少なくともオペレータは必要ですが、サイファーがマトリックス内で何をしているか
は、オペレーターにすべてわかってしまいます。どのようにして、サイファーはマトリ
ックスに行ったのでしょうか。一人でプラグに電極を差し込んでマトリックスに行き自
動的に一人で戻ってこれるのでしょうか。       −−[マトリックス/07]

変身したネオ

2007年08月16日

ネオは3回変身している(EJ第1259号)

 キアヌ・リーブスが映画『マトリックス』で演ずるネオは、明らかに3回変身してい
ます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
          1.トーマス・アンダーソン時代のネオ
          2.スミスによって殺され復活したネオ
          3.第2章で究極の選択をした後のネオ
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 映画『マトリックス』の物語がキリスト教的テーマをベースにしていることは明らか
です。ネオは人類を救済する「救世主=選ばれし者」といわれているので「イエス・キ
リスト」であり、救世主の出現を固く信ずるモーフィアスは、洗礼者ヨハネに相当する
と思われます。
 それでは、トリニティーはどうでしょうか。既に述べたようにトリニティーという言
葉には、三位一体の意があることを指摘していますが、具体的に誰に当たるかといえば
、それはマグダラのマリアではないかと思われます。それは、どちらも男社会のなかで
ひときわ際立つ女性であるからです。
 一回目の変身をしたネオは、モーフィアス救出劇に続く画面でエージェントのスミス
と単身立ち向かい、近くのモーテルの303号室に逃げ込みます。そこには、マトリッ
クスからの脱出口であるアナログ電話機があるのです。
 しかし、ネオが受話器を取り上げようとした瞬間、先回りをしていたスミスの銃弾を
浴びて死ぬのです。ネブカドネザル号に横たわるネオの生命維持装置も「死」を示す表
示が出ます。「まさか!」と叫ぶモーフィアス。トリニティーは、預言者に「私の愛す
る人が救世主」といわれたことを告白し、息のないネオに口づけする――そうすると、
ネオは息を吹き返すのです。これは、明らかにイエスの復活をあらわしています。
 トリニティーをマグダラのマリアであるとしたのには、2つのことが一致するからで
す。一つは、マリアはイエスが殺されるときそばにいたことであり、二つは、イエスが
復活して最初に顔を見たのがやはりマリアであったという点です。
 トリニティーは、ネオが殺されるとき一緒にいる――現実世界とマトリックスという
距離感はあるが――それに、ネオが息を吹き返したとき最初にその顔を見たのも、やは
り、トリニティーだからです。役柄はマリアと一致しているのです。
 第1章で、モーフィアスがネオをマトリックスに住むオラクルという預言者のところ
に連れていくシーンがあります。そのときオラクルはネオに次のようにいうのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
        あなたは救世主ではない。しかし、来世では・・・
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 確かに、一度死んで復活する――つまり、来世ですが、その後のネオは明らかに変身
しています。銃弾をすべて手で叩き落し、カンフーも力強さを増し、そして空を飛ぶ―
―それに顔つきも少し変貌しているように感じます。
 実は、イエスも復活前と復活後は違うのです。パウロは、「コリント人への第一の手
紙」第15章44節で、「ソーマ・プニュマティコン」ということばを使ってそのこと
について述べています。「ソーマ・プニュマティコン」とは「霊のからだ」といったよ
うな意味になります。パウロは次のように書いています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      まかれるときは朽ちるものでも、朽ちないものによみがえり、
      まかれるときには卑しいものでも、栄光あるものによみがえり
      まかれるときには弱いものでも、強いものによみがえる。
            ――「コリント人への第一の手紙」第15章より
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 確かにネオの変身に共通性があることがわかると思います。復活したネオの身体には
光さえ差しているのです。まさに「ソーマ・プニュマティコン」です。それに昨日のE
Jでご紹介した仲間を裏切るサイファーですが、これはユダそのものでしょう。
 サイファーが隠れてスミスと会うのは、ユダが祭司長らと内々に会ってイエスを裏切
る相談をするのとそっくりです。ユダには「秘密」という意味があるそうですが、サイ
ファーにも「秘密」という意味があり、一致しています。
 ここで、預言者のオラクルについて述べる必要があります。このオラクル――見た目
は普通のおばさんですが、かつてモーフィアスに救世主が復活することを予言し、人々
にその運命を告げる予言者としての役回りなのです。
 マトリックスの設計者であるアーキテクト――AIの代弁者はオラクルは人間心理の
探索のために作った「直感プログラム」であると語ります。第2章の「リローデッド」
で、このオラクルについてネオは、彼女とそのガードマンのセラフがバックドアから出
入りするのに気がついて、「あなたはプログラムだ」と迫るシーンがあります。バック
ドアとは、ハッカーが再侵入のために作っておく裏口のことです。システム開発者がセ
キュリティのために意図的に作るのも「バックドア」といいます。
 「リローデッド」で無数のドアが並ぶ廊下が登場しますが、このドアはマトリックス
内のあらゆる場所に抜けられるようになっています。バックドアはそのドアの中に作ら
れているのです。この廊下に入ると、ネブカドネザル号の監視カメラから姿が見えなく
なることも覚えておくとよいでしょう。
 さて、「第2章で究極の選択をした後のネオ」とは何でしょうか。「リローデッド」
の終わりのところでネオは、マトリックスの設計者アーキテクトという老人に会います
。そのときのネオとアーキテクトの会話は非常に重要な意味を持っているのです。
 アーキテクトは、ネオが救世主であることを認めた上でネオに究極の選択を迫るので
す。「人類を救うなら右のドアを、トリニティーを救い、人類が滅亡する道を選ぶなら
左のドアを――君はどちらを選ぶか」と。このテーマは明日終了します。
                          −−[マトリックス/08]

ネオの変身

2007年08月17日

ネオはアノマリーである(EJ第1260号)

 今朝は映画『マトリックス』のテーマを一応しめくくることにします。第2章でネオ
は、預言者のオラクルにザイオンを救うためにはソース(マトリックスの中核部分)に
たどり着き、マトリックスの設計者であるアーキテクトに会う必要があるとアドバイス
されます。
 そのためには、キー・メーカーの持つ鍵が必要なのですが、そのキー・メーカーは、
メロビンジアンというマトリックス内の古いプログラムに幽閉されているのです。そこ
で、ネオたちは、メロビンジアンのところに行き、キー・メーカーを奪還して、大変な
苦労をして、アーキテクトにたどり着くのです。
 そのアーキテクトとネオの対話――ここにこの映画のすべての謎が隠されているので
す。ここで、2つの重要なことがアーキテクトによって語られるのです。
 1つ目は、「なぜ、私はここにいる?」というネオの問いに対する次のアーキテクト
の答えです。話の内容は非常に難解ですが意味がわかるでしょうか。字幕をそのまま掲
載します。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      アーキテクト:
      君はアンバランスな均衡の余剰だ。プログラム固有の問題だ。
      つまり、君は変則的なアノマリーの産物だ。いまだ、排除でき
      ずにいるが、本来求めたのは数学的な正確さだ。解決すべき問
      題だが、予想範囲内でコントロールも可能だ。それで君は容赦
      なくここに導かれた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 要するにアーキテクトは、ネオは「アノマリー」だというのです。「アノマリー」と
は例外とか変則とか異例という意味です。システム全体の設計思想に問題があると、こ
のようなアノマリーが生じてしまうのです。アノマリーは、システムの中に本来あって
はならないものです。
 つまり、ネオやエージェントのスミスはアノマリーであり、本来排除すべきものなの
だが、いまだに排除できないでいる――とアーキテクトはいうのです。しかし、もとも
とアノマリーはその出現が予想されていたものであり、大きな意味ではシステムのコン
トロール下にある――だからこそ、いや応なく君はここに導かれてきたのだといってい
るのです。
 重要なことの2つ目は、現在のマトリックスのバージョンが6であるという事実です
。バージョンが変わるたびに人類は危機に瀕し、そのつど選ばれし者である救世主があ
らわれて、次に述べることを行ってザイオンを再建してきたというのです。

      アーキテクト:
      ここでの「選ばれし者」の役割は、起動源(ソース)に戻って
      自分が保持するコードの臨時配布を実行、基幹プログラムを再
      挿入することだ。その上で、君はマトリックスから女性16名
      および男性7名から成る23名の人間を選抜し、ザイオンを再
      建する。この処理過程での不履行の発生は大規模なシステムク
      ラッシュを招き、マトリックスに接続された全ての人間の生命
      を奪う結果となる。それはザイオンの崩壊と併せて、最終的に
      は人類の滅亡を意味するのだ。

 アーキテクトによると、最初のマトリックスは、AIである自分が制作したので、シ
ステム上完璧であって、いっさいのアノマリーが発生しないものだったが、人間がそれ
を受け入れなかったというのです。そこで、システムのレベルを下げて、もっと乏しい
心、完璧のパラメータに束縛されない貧しい精神に基づくシステムを目指して6回も作
り直した結果、ほとんどの人間がそれを受け入れるようになっている――とアーキテク
トはいうのです。
 そういう人間にフィットするマトリックスのバージョン6ができたのは、本来は人間
の精神を調査するために作られた直感プログラム/オラクルが役に立ったとアーキテク
トはいいます。そして、私がマトリックスの父であれば、オラクルは間違いなくマトリ
ックスの母であると。
 そして、アーキテクトは、ネオに究極の選択を迫るのです。右のドアを開ければ、人
類の救済にいたる道が開ける。左のドアを開ければトリニティーのところに行けるが、
人類は全滅する――ネオは何のためらいも見せず左のドアを開けて、トリニティーの救
出に向かうのです。
 その後のことは、現在上映中の第3章「レボリューション」を観るしかないのですが
、それ以上踏み込むとネタバレになるので今回の分析はここまでのことにします。いず
れ、「レボリューション」のDVDが発売された時点で、再びEJで取り上げてみたい
と思います。
 映画『マトリックス』については、9回にわたってお送りしました。全原稿量は40
0字詰め原稿用紙63枚――それだけ書いてもまだ書くことはたくさんあります。それ
ほど奥が深い映画ということがいえます。       −−[マトリックス/09]

アーキテクトとの対話

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