INTEC JAPAN/BLOG

このフォーラムは、異文化研修の教育機関(株)インテック・ジャパンの情報発信用です。
最新のニュースを毎週月曜日にお届けします。

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● 2006年05月 記事 ●

2006年05月01日

インターネットテレビ/GYAOとは何か/0003号

●新しいテレビ「GYAO(ギャオ)」をご存知ですか

 ひと昔前であれば、「ユーセン」といえば「日本郵船」を指すものと相場は
決まっていたのですが、最近では「USEN」という会社を指すことになって
います。このUSEN――ライブドアの株をフジテレビから買い取ったりと、
今や大変有名な企業になっています。
 最近USENの事業で話題を呼んでいるものに「GYAO(ギャオ)」とい
うものがあります。GYAOは「動画無料配信サービス」を謳っていますが、
これは、正しくは「インターネットテレビ」というべきものです。
 「インターネットテレビ」とは何でしょうか。
 これと似たことばに「インターネット放送」とか「インターネット中継」と
いうのがありますが、ことばを聞いただけでは、具体的にどういうものなのか
理解することは困難であると思います。
 USENではGYAOのことを「パソコンテレビ/GYAO」と呼んでおり
ます。「パソコンテレビ」――この言葉は、ここ10年ほどの間に3回もその
意味が変わっています。
 最初は、テレビにPC機能の一部が付いてそう呼ばれたのです。この場合、
あくまでテレビが主体であって、それにゲームやワープロなどのPCのアプリ
ケーションの一部が使えるテレビであって、「テレビパソコン」と呼ぶほうが
その名にふさわしいでしょう。
 しかし、この特殊テレビは早々に姿を消し、今度はPCにテレビチューナー
が付いて、テレビ付きPCが登場したのです。これこそ「パソコンテレビ」そ
のものといえます。このタイプのパソコンテレビは大流行し、今やテレビは、
PCの当たり前の機能の1つになっているのです。
 そして、2005年になると、パソコンテレビの意味はまたも変わったので
す。USENがGYAOをスタートさせたからです。USENはGYAOをパ
ソコンテレビと呼んでいるのです。
 「パソコンテレビ」か「テレビパソン」か――「パソコン」と「テレビ」と
いう2つのことばで分類しようとするからわからなくなるのです。テレビを次
のように分類すると理解できます。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 1.電波テレビ ・・ 電波をアンテナによって受信して視聴するテレビ
 2.通信テレビ ・・ 光ファイバケーブルを通して送られてくるテレビ
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 従来型のテレビは「電波テレビ」です。したがって、現在流行しているテレ
ビ・チューナ付きPCで視聴するテレビも電波テレビということになります。
これに対して「通信テレビ」とは、光ファイバなどのブロード・バンド回線を
通じて配信されるテレビのことであり、GYAOは通信テレビというまったく
新しいテレビなのです。

●GYAOはオン・デマンド・テレビである

 ところで動画というと映画を連想します。しかし、GYAOは映画だけでは
ないのです。ニュース/ビジネス、映画、ドラマ、スポーツ、ドキュメンタリ
ー、ビューティ&ヘルス、ライフ&カルチャーアニメ、バラエティ、ショッピ
ングなどなど――何でもあるのです。まさにテレビそのもの――番組は豊富で
す。とりあえず、覗いて見てください。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
            http://www.gyao.jp/
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 それではどうして無料なのでしょうか。
 GYAOを利用するには、視聴設定をする必要があります。
 視聴設定では、最小必要限度の個人情報の提供が求められます。個人情報と
は、性別、郵便番号、生年月、メールアドレス、職業、家族構成などで、傑作
なのは「氏名」は不要であるということです。ネットサイドでは会員番号を付
けるので、とりあえずは氏名はいらないというわけです。
 USENといえば大手企業であり、この程度の個人情報を提供しても何も問
題はないわけで、ほとんどの人は抵抗なく必要情報を提供すると思います。こ
の設定が終わると、あとはすべての番組を無料で見ることができます。
 実際に映画を見るとしましょう。映画のところどころにCMが入ります。民
放のテレビ番組を見るのと同じあり、違和感はありません。既に上映済みのテ
レビやドラマをUSENが買い取り、それに新しいCMを入れて流しているの
です。民放の番組がそうであるように、USENはそのCM料金で経費を賄っ
ているので、利用者は無料になっているのです。
 このテレビ――それを見る視聴者にとっては、テレビで見るかPCで見るか
の違い以外に大きな違いはないように見えますが、実は大きな違いがひとつあ
るのです。それは、テレビが放送局による番組の一斉放送であるのに対して、
GYAOはオン・デマンド通信である点が違うのです。
 電波を受信するテレビでは、番組を見る人は番組に合わせてテレビの前に座
る必要がありますが、GYAOでは自分の見たいときに見たい番組を見ること
ができるのです。つまり、オン・デマンド・テレビです。これは今までなかっ
た新しいテレビのスタイルであるといえます。            以上

2006年05月08日

1985年は日本の不況の起点になった年/0004号

●日本国運40年周期説

 日本の国運――これには「40年周期説」というものがあるそうです。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
       1864年〜1904年/上り坂
        ・明治維新を経て日露戦争までの40年
       1905年〜1945年/下り坂
        ・日露戦争から太平洋戦争敗戦の40年
       1946年〜1985年/上り坂
        ・戦後復興からプラザ合意までの40年
       1986年〜2025年/下り坂
        ・バブル経済から???   の40年
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 第1期は「1864年〜1904年」の40年です。
 欧米列強のアジア進出に危機感を抱いた日本が明治維新を行って富国強兵に
務め、遂には日露戦争に勝利するまでの40年です。これは、明らかに日本に
とって「上り坂」の40年であったわけです。
 第2期は「1905年〜1945年」の40年です。
 しかし、日本はロシアに勝って目標を失うのです。それに一種の驕りを生ん
で対外関係を悪化させ、泥沼の中国戦線に踏み込んでいきます。そして、米国
と戦争して敗れる――明らかに「下り坂」の40年です。
 第3期は「1946年〜1985年」の40年です。
 敗戦によって国土は荒廃し、何もかも失った日本が米国の助けも借りて経済
の復興に専念し先進国入りを果たすまでの「上り坂」の40年です。しかし、
1985年の「プラザ合意」が、続く40年に影を落とします。
 第4期は「1986年〜2025年」の40年です。
 プラザ合意後、日本は円高で苦しめられ、これに対応する過程でバブルを発
生させ、「下り坂」の10年に突入します。そして現在は2006年、やっと
半分のところに到達したばかり――あと20年もあります。
 現在の日本は明らかに「下り坂」にあります。その下り坂の起点になった年
こそ1985年なのです。この1985年について書いた興味あふれる本に次
の本があります。このように特定の年について書かれた本は珍しいのです。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
      吉崎達彦著、『1985年』/新潮新書130
―――――――――――――――――――――――――――――――――――

●すべては1985年が起点

 1985年、時の米国大統領はレーガンです。彼は、ソ連のことを「悪の帝
国」と呼び、非難していましたが、実際に会ったところ意外にも息が合ったと
いわれています。実際に本人と会ったのは1985年11月、そのときレーガ
ン大統領はゴルバチョフ書記長に次のような小噺をしたというのです。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 アメリカ人が言った。「わが国には偉大な民主主義がある。誰でもホワイト
 ハウスへ行って大統領に面と向って「レーガンは馬鹿だ」と言えるんだ。そ
 れを聞いてソ連人が言った。「ソ連でも同じことができるさ。誰でもクレム
 リンに行って、書記長に向ってこう言える。「レーガンは馬鹿だ」ってね。
          ――吉崎達彦著、『1985年』より/新潮新書130
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 レーガンとしてみれば、得意のジョークで精一杯の皮肉を言ったつもりなの
でしょうが、ゴルバチョフは従来のソ連書記長のイメージを破り、垢抜けた対
応をしたのです。これを機に米ソ両国は、急転直下、和解に向けて進み始める
のです。レーガンは偉大なるコミュニケーターだったのです。
 このとき日本は中曽根政権――ロン・ヤスの日米の蜜月時代だったのですが
米国から難問が突きつけられます。このとき、「強いアメリカ/強いドル」と
しかいえないレーガンに代わって米国の経済を仕切っていたのはベーカー財務
長官――その腕利き財務長官が日本に金融戦争を仕掛けてきたのです。
 1985年9月22日、ニューヨークの高級ホテル「プラザ」に先進5ヶ国
の大蔵大臣と中央銀行総裁が集まり、基軸通貨であるドルに対し、参加各国の
通貨を一律10〜12%の幅で切り下げるための協調行動を行うことに決まっ
たのです。いわゆる「プラザ合意」です。
 プラザ合意を機に日本には円高不況が襲ってきます。1ドル=200円程度
と考えていた日本の甘い予測を裏切り、円は1ドル=165円まで上昇したの
です。そして、この円高不況を克服するため、日本は再三にわたって大型景気
対策を打ち出すことになります。
 当時の国土庁レポートによると、東京のオフィスは2000年までに、合計
5000ヘクタール、超高層ビルにして250棟分が必要になるといわれてい
たのです。そして、首都圏の再開発がはじまり、1985年以降、東京の風景
は急速に変貌を遂げていくのです。森ビル・アークヒルズ、恵比寿ガーデンプ
レイス、新丸の内ビル、六本木ヒルズなど――オフィスビルは過剰になり、や
がて膨大な数の不良債権を生み出し、90年代の金融不安を招くのです。思え
ば、1985年がその起点であったのです。             以上

2006年05月15日

冷め切った平和から再び冷戦への危険/0005号

●「冷めきった平和」を招いた爆弾発言

 このところロシアが米国の気に障ることを次々と行い、第二の冷戦かと緊張
が高まっています。テロに関する市民から治安機構への密告を容易にする「市
民密告法」が制定されたり、プーチン大統領が5月11日にクレムリンで行っ
た年次教書演説で、戦略核兵器の増強を軸に新たな軍拡路線に乗り出すことを
表明したりするなど、米国を刺激しています。
 現在の米国とロシアの関係は、「冷戦(コールド・ウォー)」とまではいわ
ないものの、「冷めきった平和(コールド・ピース)」という表現で伝えられ
ています。このような状態が続くと、本当に冷戦に逆戻りする可能性はきわめ
て高くなります。
 この「冷めきった平和」の端緒になったのは、2003年10月9日のプー
チン大統領の次の発言です。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 我々は、ロシア産油国の輸出をユーロ建てとする可能性を除外していない。
 ヨーロッパの貿易相手国は、それを面白いと思うのではないだろうか。
                   ――ロシア・プーチン大統領の発言
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 おそらくこれほど米国を苛立たせた発言はないでしょう。なぜなら、その提
案が経済合理性に合っており、EU諸国にはこれを歓迎するムードが存在する
からです。それと、このプーチン発言はドイツと相談したうえで行われている
可能性が高いからです。

●「石油・ドル本位制」とは何か

 1971年のニクソン・ショックによって、金とドルの交換は一方的に停止
され、ドルはただの紙切れに過ぎなくなっています。それから35年――激動
の時代であったにもかかわらず、ドルの地位は不動であり、一応基軸通貨の役
割を果たしてきています。
 どうして、これが可能だったのでしょうか。
 国際ジャーナリスト谷口智彦氏によると、それは「石油・ドル本位制」とい
うものがあったからであり、「石油・ドル本位制」の余命がなくなるときが、
ドルが基軸通貨ではなくなる時である――そして、そのドルに取って代わる通
貨がユーロだというのです。
 ところで、「石油・ドル本位制」とは何でしょうか。
 現在、石油はドルでしか買えないのです。したがって、ドルは石油との排他
的・独占的交換性がある通貨なのです。いうまでもないことながら、石油はそ
れがないと生活が成り立たない貴重な商品であり、それがドルと強く結びつい
ているのです。これがあるからこそ、ドルは基軸通貨としての役割を果たして
これたといえます。これが「石油・ドル本位制」です。
 EUのなかで中心的役割を果たしているドイツは、ユーロをドルに代えて基
軸通貨にしようとしています。そのドイツとロシアは、前シュレーダー政権の
時代から仲が良いのです。ですから、プーチンの発言は明らかに米国を刺激し
ドイツに肩入れしようとする意思のあらわれといえます。
 谷口智彦氏は、「石油・ドル本位制」は、米国と世界最大の産油国サウジア
ラビアとの間に築かれている「密約」――ワシントン・リヤド密約によって成
立しているといっています。そして、その密約は次のようなものであると著書
で紹介しています。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 ワシントンは、サウド王家に安全保障を提供する。リヤドは引き換えに、米
 国国益の増進を心がける。
       ――谷口智彦著、『通貨燃ゆ/円・ドル・ユーロの同時代史』
                          日本経済新聞社刊
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 この「リヤドは引き換えに米国国益の増進を心がける」という部分によって
実現したのが、「石油代金はドルでのみ受け取る」というサウジの米国に対す
る約束なのです。
 現在までに、石油代金をドル以外の通貨に切り替えた例としては、サダム・
フセインのイラク以外にはないのです。2000年9月24日、イラクは石油
代金としてドルは受け取らないと宣言しています。当時イラクは国連を通じて
しか石油を売ることができなかったのですが、国連は同年10月30日にイラ
クの意向を受け入れたのです。これは、「石油・ドル本位制」の小さな綻びと
いえます。
 このような事実を知ると、米国が国連の決定に苛立ちを隠さず、イラクを突
如攻撃した本当の理由が見えてくるような気がします。さらに米国に「悪の枢
軸」と名指しされたイランも「石油代金はユーロで受け取りたい」と表明して
いるといわれます。
 現在、ロシアの中央銀行は、ユーロ準備の比率を大きく引き上げてきていま
す。明らかに何かを意図しているようです。ロシアは日量570万バレルの石
油を輸出しているのです。もし、それがユーロ建てになると、全世界でドルは
一日当たり2億ドルぐらいいらなくなるのです。これは、米国の国益に大きく
影響すると思われます。                      以上

2006年05月22日

ユーロは独仏両国の不戦の誓い/0006号

●ロシアのドイツ接近の意図は何か

 米国とコールド・ピースを続けるロシア――そのロシアはいまドイツに急接
近しています。明らかにロシアは米国と距離を置き、EUにシフトしようとし
ているようです。
 ロシアをはじめとする産油国は、石油・ドル本位制のおかげでドルという弱
い通貨で石油代金を受け取ることに内心不満を持っています。なぜなら、その
ドルでヨーロッパのユーロという強い通貨の経済圏からモノを買わなければな
らないからです。これでは石油代金が多少上がっても、そのうまみは帳消しに
なってしまうのです。
 中東産油国とロシアを含むヨーロッパの産油国それぞれの対外輸出入関係を
地域別に見ると、対EU比率が対米国比率を大幅に上回っているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
          対EU貿易比率   対米国貿易比率
    中東産油国   26.8%     12.6%
    ヨーロッパ   51.1%      4.8%
                    [1999年〜2002年平均]
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 したがって、中東産油国とロシアを含むヨーロッパの産油国としては、輸出
入ともユーロ建てにする方がはるかにメリットがあるのです。しかし、石油・
ドル本位制のためにそれができないでいるのです。
 仮に中東産油国が原油をユーロ建てにしたとすると、経済合理性の見地から
は、それが引き金になってその主要輸入国である日本や中国をはじめとする東
アジア諸国のドル離れのテンポを速めることになります。そうすると、貿易で
米国に対して輸出超過の日本や中国などからの輸出代金の米国への還流がスム
ーズに行われなくなり、米国は深刻な事態に陥ります。
 もっともすべての国が経済合理性だけで動くわけではなく、とくに日本の場
合、政治的にはドル離れはできないはずです。そうであるとすると、ロシアを
含むEU諸国が、モノの調達・売却にかかる手間やコストの最もかからない決
済用通貨としてのドルを捨てて、あえてユーロ建てにする政治的な動きも否定
できないことになります。ロシアのドイツ接近は、そのあたりの政治的思惑を
踏まえてのものと考えられます。

●ユーロは独仏両国の不戦の誓い

 EU加盟25カ国中、現在ユーロは12ヶ国が公式に採用しています。この
ユーロについて、国際ジャーナリスト谷口智彦氏は次のように興味深いことを
述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
    ユーロの本質はMADである
    MAD=Mutual Assured Destruction/相互確証破壊
       ――谷口智彦著、『通貨燃ゆ/円・ドル・ユーロの同時代史』
                          日本経済新聞社刊
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 MAD(相互確証破壊)とは、冷戦下の核抑止理論のことです。核の場合、た
とえロシアが先制攻撃でニューヨークの首都機能を破壊しても、米国は世界の
海に潜ませている原子力潜水艦から発射する第2弾によってモスクワを破壊す
ることができるのです。これが相互確証破壊です。したがって、核兵器は実際
には使えないのです。恐怖の均衡バランス――MADが生ずるからです。
 それでは、なぜユーロはMADなのでしょうか。
 それは、EUの国家としてユーロをいったん採用したら、それをやめること
はできないからです。ユーロに関する法体系の中には脱退規定や追放規定が用
意されていないからです。谷口氏は次のようにいっています。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 体制選択をした場合の非可逆性――、現状復帰はあり得ないという点こそは
 ユーロに関して最も注目すべき点である。平たく言えば、一度入れば永遠に
 「足抜け」することを全く想定していないのである。
                        ――谷口氏の前掲書より
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 もし、仮にドイツなりフランスがユーロを放棄することを考えたとしましょ
う。そのような噂がほんの少し流れただけで、ユーロは国際市場で投げ売りさ
れ、その価値は暴落してしまいます。さらにそれは、ドルや円の暴騰を招き、
国際通貨システムそのものを崩壊させる可能性があるのです。
 つまり、ユーロを放棄するということは、国際通貨システムと無理心中する
ことを意味しているのです。相互の完全なる破壊が確証されているわけであり
まさしく冷戦下のMADである――と谷口氏はいうのです。
 平和条約にも脱退という出口は用意されていないのです。平和条約を結んだ
国同志が再び交戦状態に入るということはそのシステム自体が崩壊することを
意味しています。まさに相互確証破壊――MADです。
 ドイツとフランスはことあるごとに争ってきた国です。その両国がユーロを
採用したということは、ともに足抜けできない関係を結んだことであり、永遠
に不戦の誓いを結んだといえるのです。               以上

2006年05月29日

SNSの原点『友達の輪』である/0007号

●友達の輪――SNSってご存知ですか

 SNSということばをご存知ですか。
 SNSとは、ソーシャル・ネットワーキング・サイトといい、ブログの延長
線上にSNSがあるといわれています。それでは、SNSとは、一体何なので
しょうか。
 「ブログとはウェブ上の日記である」的表現でSNSをいうと、「SNSと
は友達の輪である」ということになります。「友達の輪」といえば、誰でも頭
に浮かべるのは、毎日、フジテレビで正午からやっているタモリこと、森田一
義氏の人気番組『笑っていいとも』ではないかと思います。
 『笑っていいとも』には出演するタレントに友達を紹介してもらい、その場
でその友達に電話をして、次の日の正午にスタジオに来てもらう交渉をするコ
ーナー(「テレフォン・ショッキング」)があります。これが評判を呼んで、
現在も人気番組として続いているのです。
 フジテレビでこの番組が開始されたのは、1982年10月4日といいます
から、実に24年にわたって続いていることになります。驚くべきことです。
2002年には5000回に達し、同一司会者により最も多く放送されている
生バラエティ番組の世界記録としてギネスブック(2003年度版)に認定さ
れています。この番組がこんなに長く続いたのは、やはり「テレフォン・ショ
ッキング」の面白さ――「友達の輪」だと考えられます。

●「6次の隔たり理論」/スタンレー・ミルグラム

 この「友達の輪」のルーツをたどってみると、ハンガリーのある文学者に行
きつくのです。フリジェシュ・カリンティという人です。彼は、1929年に
『鎖』という小説を書いていますが、カリンティはその小説の中で次のような
ことを述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 今日、地球上の人々はかつてないほど互いに接近しあっている。そのことを
 証明するために、仲間の一人がある方法を提案した。その男は地球上にいる
 15億人の人から、一人の名前を挙げてみたまえと言った。彼はたった5人
 の知人の輪を介して――しかもその内の一人は、彼がよく知っている人物だ
 ――名前の挙がった人物まで鎖を繋いで見せるというのである。
            ――フリジェシュ・カリンティの作品/『鎖』より
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 ある有名人がいるとします。その人の名前は知っていますが、今まで会った
ことも、話したこともないとします。しかし、だれでも自分の友達の輪を介し
て、その人までの人脈をたどると、たった5人強でその人にたどりつくという
のです。これを「カリンティの理論」といいます。
 しかし、この理論はそれから40年ほど人々から忘れられてしまうのです。
1967年になって、ハーバード大学教授のスタンレー・ミルグラムは、カリ
ンティの『鎖』にヒントを得て「相互接続性」(インターコネクティビティ)
に関する論文を書いたのです。
 ミルグラムは、ネブラスカ州オマハの住人160人を無作為に選び、次の文
面の手紙を送ったのです。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 同封した写真の人物はボストン在住の株式仲買人です。この顔と名前の人物
 をご存知でしたら、その人の元へこの手紙をお送り下さい。もし、この人を
 知らない場合は、あなたの住所氏名を書き加えた上で、あなたの友人の中で
 知っていそうな人に対してこの手紙を送って下さい。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 結果はどうであったかというと、42通(26.25%)が実際に届き、届
くまでに経た人数は平均5.83人であったというのです。このことからこれ
は「6次の隔たり理論」と呼ばれるようになったのです。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
   「6次の隔たり理論」 → Six Degrees of Separation
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 日本人の社会学者も同様の実験を行っています。九州を起点として「北海道
の知人を紹介して下さい。もしいなければ、北海道に知人がいそうな人を紹介
して下さい」と人々に尋ね回ったのです。その結果、北海道の人間に辿り着く
までの平均人数は7人であったといいます。
 6次の隔たり理論は、その後面白い経過をたどるのです。ミルグラムの死後
彼の理論を基にして、「アトランティック・シティ」という映画でアカデミー
賞を受賞した脚本家ジョン・グレアによって演劇作品化され、1991年にブ
ロードウェーで上演されたのです。内容は、ニューヨークの上流階級を舞台に
現代社会の多面性、虚飾、そして偽善を痛烈なタッチで描き出したコメディ・
ドラマであり、面白い映画に仕上がっています。
 また、この作品は、1993年に『私に近い6人の他人』というタイトルで
映画化され、日本でも上映されているのです。映画はヒットし、それによって
「6次の隔たり理論」が脚光を浴びたことから、現在インターネットにおいて
でのSNSとして花開くことになったというわけです。総務省の調べでは、現
在SNSは、400万件を大幅に超えているとのことです。      以上

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