ビジョナリー・カンパニーを解明する/その3/0108号
●会社設立の時点で経営理念を確立する――ソニーのケース
1945年――ソニーは、東京・日本橋の空襲で焼け落ちた古いデパートの
ビルの中で、使われなくなった電話交換室を借り、7人の社員と19万円の貯
金で会社をスタートさせたのです。
社長の井深大を中心に、まず何をなすべきなのか、現金収入を得ることか、
どんな事業を行うべきか、何回も議論が繰り返されたのです。このように生き
残るために必死になっていたとき、議論のかたわら社長の井深は何日もかけて
ソニーの設立趣意書を作り、のちに「ソニー・スピリット」といわれるように
なる経営理念をまとめ上げたのです。
実は高い理想、すなわち経営理念を事業が成功したあとではなく、生き残る
ために必死になっていた時期に作成したビジョナリー・カンパニーは多いので
す。ソニーの経営理念について盛田昭夫は次のように語っています。
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ソニーは開拓者、その窓は、いつも未知の世界に向かって開かれている。人
のやらない仕事、困難であるがために人が避けて通る仕事に、ソニーは果敢
に取り組み、それを企業化していく。ここでは、新しい製品の開発とその生
産・販売のすべてにわたって、創造的な活動が要求され、期待され、約束さ
れている・・・。開拓者ソニーは、限りなく人を生かし、人を信じ、その能
力を絶えず開拓して前進してゆくことを、ただひとつの生命としているので
ある。 ジェームズ・C・コリンズ/ジェリー・I・ポラス著/山岡洋一訳
『ビジョナリー・カンパニー』/日経BP出版センター刊
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井深大が会社の設立直後に掲げた理念は、ソニーが発展していく過程で指針
として重要な役割を果たしているのです。実際にその理念は、日本企業として
は珍しい個人主義の文化や分権的な制度、市場調査を拒否する製品開発姿勢な
ど、同社の特徴が明確にあらわれているといえます。
ソニーが設立当初にどのような製品開発を行うかを議論しているまさにその
ときに既にこの理念があったので、顧客が何を望んでいるかを調査するのでは
なく、新製品を作ることによって消費者をリードするという方針で議論できた
のです。このようにして誕生したのが、日本初の磁気テープレコーダー(19
50年)であり、初のフルトランジスタ・ラジオ(1955年)なのです。
●経営理念に基づく新薬の無料配布の決断/メルクのケース
「メルク」という企業をご存知でしょうか。
1891年に設立された世界的な医薬品大手メーカーであり、ビジョナリー
・カンパニーのひとつとして選定されています。
メルクも会社設立時に明確な経営理念があったのです。ジョージ・メルク二
世は次のように同社の理念を表現しています。
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(われわれは)は、医学を進歩させ、人類に奉仕する理想を純粋に追求する
業界で働いている。 ――ジョージ・メルク二世
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それから55年後の1991年のことですが、3代あとの経営者であるP・
ロイ・バジェロスも次のように創業者と同じ理念を語っています。
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当社の成功とは、病気に打ち勝ち、人類を助けることを意味する。この点を
忘れてはならない。 ――P・ロイ・バジェロス
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この経営理念がベースになって実行に移されたのが「糸状虫症」治療薬「メ
クチザン」の無料提供です。「糸状虫症」というのは、寄生虫が体内に入り込
み、最後には目を侵して失明する恐ろしい病気であり、第三世界――アジア、
アフリカ、ラテンアメリカなどの発展途上国において、百万人を超える人がか
かっていた病気です。
「メクチザン」は糸状虫症を治療する新薬なのですが、患者はその薬を買え
ない貧しい人たちなのです。そこでメルクはメクチザンを必要とするすべての
人に無料で配布したのです。本当は新薬が完成すればどこかの政府機関が買い
上げてくれるだろうと期待していたのですが、その期待が外れたので、無料配
布を決めたのです。
これについて、バジェロスCEOは、もし、われわれがこれをやらなかった
ら、メルクで働く科学者の士気が低下していただろうと語っています。そして
日本に関連して次のように述べているのです。
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15年前、日本をはじめて訪れたとき、日本のビジネス関係者に、第二次世
界大戦後、日本にストレプトマイシンを持ち込んだのはメルクで、その結果
蔓延していた結核がなくなったと言われた。これは事実だ。当社はこれで利
益をあげていない。しかし、今日、メルクが日本でアメリカ系製薬会社の最
大手であるのは偶然ではない。長い目で見ると(こうした行為の)結果は、
必ずしもはっきり表れないが、何らかの形で必ず報いられると思っている。
――メルク/バジェロスCEO
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