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2008年06月09日

ビジョナリー・カンパニーを解明する/その5/0110号

●生え抜きCEOにこだわるビジョナリー・カンパニー

 ここに興味深いデータがあります。ビジョナリー・カンパニー18社には過
去を含めて合計113人のCEOがいるのですが、そのうち社外から招聘され
たCEOはわずか3.5 %、具体的には4人しかいないのです。
 しかし、比較対象企業の140人のCEOでは、22.1 %が社外から招聘
したCEOなのです。つまり、ビジョナリー・カンパニーは比較対象企業に比
べて、社外の人材を経営者として登用する確率が6分の1しかないということ
になります。
 ゼネラル・エレクトリック(GE)のCEOというと、ジャック・ウェルチ
があまりにも有名ですが、ウェルチについて書かれた数多くの文献を読むと、
なんとなく彼は、外部から白馬にまたがってGEにやってきた救世主的カリス
マ経営者のようなイメージがあります。
 しかし、それは大きな間違いなのです。ウェルチは文字通りの生え抜きであ
り、25歳で大学院を卒業してGEに入社しています。CEOに就任したのは
入社20年後のことなのです。
 それにウェルチが経営を引き継いだとき、GEは別に低迷しておらず、前C
EOのレジナルド・ジョーンズは立派な経営を行っていたのです。しかし、あ
まりにもウェルチが有名になったので、ジョーンズの影が薄くなってしまった
のです。ジョーンズは引退したとき「もっとも尊敬されているアメリカの経営
者」として称えられ、1980年には「CEO・オブ・ザ・イヤー」に選ばれ
ているのです。
 ジョーンズはGEのために数多くの立派な仕事を成し遂げていますが、一番
GEに貢献した仕事は、なんといってもジャック・ウェルチを自分の後継者と
してCEOに選んだことだったのです。ジョーンズは優れた後継者を選出する
ために文字通り精魂を傾けたCEOなのです。
 ジョーンズは、まず「CEOの引き継ぎの道筋」という文書を作成したので
す。ウェルチがCEOになる7年前のことです。この文書に基づいてジョーン
ズは、同社の経営人材委員会が選定した生え抜きばかりの96人の候補者を2
年間をかけて12人に絞り込んだのです。そして、さらにその12人を慎重に
観察し、半分の6人に絞り込んでいます。この6人の候補者のなかにジャック
・ウェルチがいたというわけです。
 この6人全員は「事業部門責任者」として、経営委員会の所属となります。
ジョーンズはこの6人に対し、さまざまな課題に取り組ませ、エッセー・コン
テストなどを行い、徐々に的を絞り、さらに3年間かけて一人を選定したので
す。その最後に残った一人がジャック・ウェルチだったのです。
 おそらくウェルチを含めた6人は、選りすぐりの人材ばかりだったと思われ
ます。その証拠に選に漏れた残りの5人はその後、GTE、ラバーメイド、ア
ポロ・コンピュータ、RCAなどの社長やCEOになっているからです。

●CEO後継計画があるかどうかの差は大きい

 コルゲートという企業があります。「コルゲート歯磨き」のあのコルゲート
です。1806年創業の老舗の優良企業ですが、ビジョナリー・カンパニーで
は、P&Gの比較対象企業のポジションに甘んじています。
 事実コルゲートは1806年の設立以来一世紀にわたって着実に成長し、プ
ロクター&ギャンブル(P&G)と肩を並べる優良企業だったのです。ビジョ
ナリー・カンパニーの比較対象企業18社のなかでは、当初、どの企業よりも
基本理念を明確に表明しているし、企業の基本的な価値と明確な事業の目的を
定めていたのです。
 しかし、1940年代になると、P&Gに比べて規模で半分以下、収益面で
4分の1になり、それ以来40年にわたって平均してこの比率は変わっていな
いのです。また、かつては強かった基本理念から離れ、P&Gと比べて、社風
がはるかにあいまいになってしまったのです。
 いったい何が起こったのでしょうか。その最大の理由の一つは、P&Gに比
べて後継計画が貧弱で、経営者の継続性が保てなくなってしまったということ
なのです。コルゲートは4代までは、生え抜きの人材――といっても創業者の
一族に経営を引き継がせる同族経営だったのです。そうしているうちに20世
紀のはじめになって、経営幹部の育成と後継計画に失敗したのです。
 1920年後半になると、いよいよ後継者になり得る人材が不足したので、
パルモア・ピートと合併して、外部の人材に経営を託すことにしたのです。そ
のCEOがチャールズ・ピアースなのです。
 しかし、ピアースをCEOにしたのは失敗だったのです。ピアースは「事業
拡大熱」に浮かされ、規模の拡大だけに気を取られ、コルゲートの事業の基本
と価値観を無視したのです。とくに、小売店、顧客、従業員との関係を公正な
ものにするという基本的な価値を踏みにじり、小売店や従業員とのトラブルが
相次いだのです。
 これに対してP&Gでは、コルゲートと同じ時期に同族経営から脱却する必
要に迫られたものの、1990年に入社した生え抜きのリチャード・デプリー
がCEOを担えるように注意深く準備していたのです。デプリーは1930年
にCEOになり、それから18年間、CEOとして見事な実績を残しているの
です。これはCEOの後継計画がいかに大事かを示しています。    以上

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