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2012年02月20日

「名画から選んだ美しい英語」(62)

  〜きみが月の光のなかでも本物かどうか知りたい〜

 映画の中で話されている、上品で丁寧なフレーズをそのまま紹介する連載。
 アメリカのある田舎町で幼ななじみとして一緒に育ったアラン(クリフ・ロ
バートソン)がマッジ(キム・ノバック)に思いを打ち明けます。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――

ALAN: I want to find out if you  「ぼくはきみが月の光のなかでも
   look real in the moonlight.  本物かどうか知りたい」
MADGE:Alan! Don't say that!    「アラン、そんなこと言わないで!」
ALAN: Why?            「なぜ?」
MADGE:Because I'm real, all right.「だって、私、本物だもの」
ALAN: It doesn't matter whether  「きみが本物かどうか問題じゃないよ。
   you are or not. You're the  きみは、ぼくがこれまで見たものの
   most beautiful thing I ever  うちで最も美しい」    
   saw.                  
            ――「ピクニック」(Picnic 1955年)
                監督:ジョシュア・ローガン 
                脚本:ダニエル・タラダッシュ
                戯曲:ウィリアム・インジ

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・ if you look real = あなたが本物かどうか

 何でも美しく見える月の光の中で、ふだんでも美しいものを見たらどんなに
美しいことだろう、と相手の美しさをたたえる言葉。しかし、恋を打ち明けら
れたからといっても、うまく行くとはかぎりません。マッジはアランを頼って
やってきた友だちに恋し、彼と一緒にその町を去って行きます。

                            (原島 一男)
原島一男著「店員さんの英会話ハンドブック」(ベレ出版)好評発売中
映画「ピクニック」

2012年02月13日

オッレ・ヘドクヴィスト氏寄稿 〜インテック・ジャパンと私〜

 2011年12月、インテックと大変ゆかりの深い、オッレ・ヘドクヴィス
ト(Olle Hedqvist)氏 が弊社の招待により来日しました。スウェーデンご帰
国後のヘドクヴィスト氏が本欄に寄せて下さったメッセージをご紹介します。
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 私は1977年、スウェーデン企業、ガデリウス株式会社(東京支社)に赴
任し、経理・総務・人事の管理部門で、可兒鈴一郎氏(インテック前代表取締
役社長)と共に働いた。可兒氏がその豊かな知識と経験を基に、責務に対して
非常に注意深く、誠実に当たっていたことが印象深く残っている。
 1984年、私と妻、3人の子どもたちはスウェーデンに帰国したが、私は
1990年代に入り、単身再び日本に渡った。(かつて六本木にあった)スウ
ェーデンセンターの運営を任されたのである。その頃、可兒氏は、既にインテ
ック・ジャパンを設立し、語学研修や異文化研修等の事業に注力していた。私
は可兒氏と再び近しくおつきあいさせていただき、その中で、“ヴァイキング
と北欧ビジネス”に関する書籍の出版プロジェクトも始動させた。
 私が2000年に帰国した後も、この出版プロジェクトは継続し、3冊の共
著本〜『ヴァイキング 7つの教え』(徳間書房、1999年)、『ノルディ
ック・サプライズ』(清流出版、2004年)、『危機突破の冒険者精神(ヴ
ァイキングスピリット)』(ぱるす出版、2009年)〜として結実した。
 日本とスウェーデンの間には、様々な違いがある。日本の人口が1億2千万
人以上いるのに対して、スウェーデン人口は、わずか950万人。言語も文化
も社会生活も異なる。しかし、両国の間には共通点も存在する。日本人は集団
行動を得意とするといわれる。スウェーデンの社会構造は日本とは異なるが、
集団行動を得意とする…という点においては大変近い部分があると私は考えて
いる(詳細については、また別の機会に論じたい。)
 この度、インテック・ジャパンのご厚意により、私は11年ぶりに日本を訪
れる機会に恵まれた。可兒氏はじめ、インテック関係者との再会を果たし、ま
た12月9日に開催された同社の忘年会にも主賓としてお招きを受けた。週末
にアレンジいただいた箱根への1泊旅行も忘れ難い思い出となった。改めて、
日本は私にとって第二の故郷であるという温かい思いに包まれた。
 1週間の滞在を通じて、インテック・ジャパンを支える人脈の更なる広がり
と、事業の隆盛を拝見できたのは実に嬉しいことであった。様々なレベルでの
海外との交流は、今後もますます盛んになるであろう。インテックが果たし得
る役割も、一層大きくなるであろうと確信している。インテックの益々のご発
展を心よりお祈りしたい。

Mr.Olle Hedqvist

2012年02月06日

【ソウルのお作法(24)】旧正月

   KRN株式会社『The Daily Korea News』チーフアナリスト 三木英明

 日本では年始回りに忙しい1月。この時期、韓国の日本人駐在員や出張者は
何とも微妙なモヤモヤ感におそわれます。理由は新正月と旧正月の狭間です。
 前回もご案内した通り、韓国では1月1日の新正月より旧正月(今年は1月
23日)を祝う風潮があります。そのため新正月から旧正月のこの期間は、日
本的に言えば「年始回り」の時期にもかかわらず、韓国では年末のご挨拶回り
の時期でもあるからです。
 韓国人同士の挨拶はストレートに「よいお年をお迎えください」で済むので
すが、相手が日本人となると先方も気を使って、冒頭「新年おめでとうござい
ます」でスタートし、帰りがけには「よいお年をお迎えください」となり、何
とも不思議な感覚になるのです。
 旧正月は1月20日ごろから2月20日ごろまでの間で毎年変動します。こ
のためモヤモヤ期間は年によって3週間から最大7週間ほどになります。今年
は1月23日なので最短の3週間ですが、それでもこの3週間はモヤモヤの連
続なのです。
 不思議なことに韓国では、旧正月と秋夕(お盆)の「2大名節」だけは旧暦
で祝い、その他の祝日は新暦で祝います。旧正月は家族が一堂に会して1年の
幸福を祈念し、秋夕は墓参で先祖と共に1年の収穫を祝う。まさに農耕民族ゆ
えの季節感あふれる思い入れの深い祝日といえます。事実、いずれも前後合わ
せて3日間が国民の祝日になっていますが、これはあくまで表向きで、実際は
故郷に帰る民族の大移動があり、「旧正月ウィーク」「秋夕ウィーク」といっ
て都市部では1週間くらい仕事にならないというのが実情です。事実、今年も
1月20日の金曜日午後から民族の大移動が始まり、各地の高速道路は深夜ま
で帰省するマイカーで大渋滞だったそうです。
 しかしその一方で、最近の旧正月が一時に比べて様変わりしたことも否めま
せん。その昔、1980年代の旧正月をソウルで過ごしたことがありますが、
当時はソウル市内のほとんどの店がシャッターを下ろし、まるでゴーストタウ
ンのような寒々しい光景だったことを覚えています。ところが最近の韓国は、
田舎を持たない都市生活者や核家族化が増えたせいでしょうか?いつもと変わ
らず店を開ける商店や海外旅行に出かける家族連れが増えるなど、旧正月の風
景も大きく変化してきました。今年の旧正月も厳しい冷え込みにはなったもの
の大型スーパーは平常通りの営業で、ゴーストタウンとは程遠いものでした。
 ところで韓国語で「あけましておめでとう」は、「セヘ・ポク・マニパドゥ
セヨ!」(福をたくさん受けてください)。旧正月を迎えた今、今度こそすっ
きりと「みなさん!セヘ・ポク・マニパドゥセヨ!」。

ロッテホテル

2012年01月30日

【世界最北の日本レストラン―フィンランドで苦闘した あるビジネスマンの物語(12)】異邦人のクリスマス

 フィンランドはサンタの生地、クリスマスの本場である。若者は恋人と、家
族はみずいらずで、クリスマス・イブを過ごす。単身赴任の異邦人が、これほ
ど孤独を感じる時は他にない。例年なら年末を日本で過ごす私だが、翌春はい
よいよユーロ貨幣の流通が始まり、私がデザインした財布シリーズの発売日が
迫っていたので、日本に帰国する余裕は無かった。
 イヴの前日にかかって来た一本の電話が、私をその孤独から救ってくれた。
外人クラブからのクリスマス・パーティーへの誘いであった。ポリの町にはス
ウェーデン・クラブとロシアン・クラブの2つの外人クラブがある。よく行く
パブで顔馴染みになったロシアのご婦人が「料理か飲み物を一品持って参加し
ませんか?」と言ってきたのだ。開催場所はメンバーの中で一番の資産家の館
だと言う。断わる理由は無い。持参する料理だが、寒い冬に冷めた料理は出し
たくない。思案の挙句、その邸宅を訪ねてみた。通された大きなリビングの一
隅には、カウンターを隔てて客の様子を覗いながら料理が出来る、格好のキッ
チンがあった。頻繁にパーティーが行われるだけあって、大きな調理器具や沢
山の食器が揃っていた。ここなら揚げたての天ぷらを振る舞うことが出来る。
 イヴの日は朝市に行き、漁民から水揚げしたばかりの甘海老と帆立貝を、農
民からは採りたての野菜を仕入れた。午後はデパートに行って、和紙に似た薄
紙を買った。平素は閑散としているが、この日ばかりはギフトやケーキを買う
客で混雑し、全てのレジに長蛇の列が出来ていた。私は一番短い列に並んだが
一向に前に進まない。レジを見ると、老婦人がキャッシャーの娘に楽しげに話
しかけている。娘は嫌な顔を見せず、その話の相手をしているのだ。驚いた事
に後ろの客たちは何の声も上げず、静かに自分の番を待っている。この国の人
達の大人しさ、辛抱強さをまざまざと見せつけられた。(そうか、この国はス
ウェーデンから600年、ロシアからは120年も占領されていたのだ。一人
暮らしのおばあさんが、レジで数分間の無駄話をするくらいで、怒り出すよう
な人達ではないのだ)
 私は数時間後のパーティーに想いを馳せながらレジ待ちをすることにした。
(天ぷらは、沢山の具材を一度に味わってもらえる「掻き揚げ」にする。前日
見た、大きめの白い皿を借り、その上に薄紙を敷く。そして先秋、庭で集めた
紅葉と銀杏の葉を、薄紙と皿の間に忍ばせる。さくさくの掻き揚げ天ぷらを食
べた後、赤と黄色の落葉が皿から浮き上がる。客達は日本の美に賞賛の声を上
げる…)『アンテクシー(御免なさい)』とレジの娘から声を掛けられた。私
の番に成っていた。以後、私はレジ待ちの列を、長さではなく、おばあさんの
有無で決めることにした。

伝統の暖色照明の美しい北欧の冬の夜景

2012年01月23日

「名画から選んだ美しい英語」(61)

  〜かざらないし、ナンセンスじゃない〜

 映画の中で話されている、上品で丁寧なフレーズをそのまま紹介する連載。
 1930年代からクラリネット奏者として一世を風靡したベニイ・グッドマ
ン。家族がガールフレンドのアリス(ドナ・リード)のことをうわさしている
会話。
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HARRY: She's nice, isn't she. mum?「お母さん、彼女はステキだね」
MOTHER:Nice. Who's nice?     「ステキだって、誰が?」
HARRY: Alice!           「アリスのことさ」
MOTHER:Oh, yes. She's fine    「そうね。上流の娘にしては、
    for a high society girl.   いい感じね。
    No frills... No-nonsense... かざらないし、ナンセンスじゃない。
    Just like anybody else.   どこにでもいる人のよう」
                     
  ――「ベニイグッドマン物語」(The Benny Goodman Story 1955年)
                 監督/脚本 ヴァレンタイン・デイビス

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・No frills. No-nonsense.
   =「ごてごてしたものがついていない。ナンセンスでない」
   →「かざらないセンスがいい」。
・no-nonsense =「現実的な/厳しい」という意味もある
・just like 〜 = She is just like 〜 =「彼女は〜のようです」

 母親にとっては、上流階級に対する特別な意識があるのでしょう。「上流の
娘にしては、いい感じ」と言っています。
                            (原島 一男)

※原島一男著「店員さんの英会話ハンドブック」(ベレ出版)好評発売中

映画「ベニイグッドマン物語」

2012年01月16日

株式会社 インテック・ジャパン 新社長からのご挨拶

 この度、前任の可兒鈴一郎から経営のバトンを引き継ぎ、当社の代表取締役
に就任いたしました勝呂彰です。よろしくお願いいたします。
 私は1987年にリクルートに入社し、主に人事領域での仕事を経験したの
ち、2000年に働く人々の「モチベーション」を高めるためのコンサルティ
ング会社リンクアンドモチベーション(LMI)の設立に携わりました。「モ
チベーションは精神論ではなく科学的に高めることができる」と考える「モチ
ベーションエンジニアリング」という手法を軸に、人と企業の変革のお手伝い
をしてきました。
 「モチベーション」というテーマは企業経営にとって普遍的に重要なもので
すが、この数年「グローバル化への対応」もとても重要なテーマになっていま
す。
 インテック・ジャパンは20年以上も前から、社会の一歩先の動きを捉え、
「グローバル」「異文化コミュニケーション」にフォーカスしてきた先見的な
会社ですが、今回、LMIのグループ企業となることで、私は大きく二つの相
乗効果があると考えています。
 一つは、インテック・ジャパンがこれまで提供してきた、高品質な異文化コ
ミュニケーション研修の更なるクオリティアップです。卓越した外国人講師に
よる研修プログラムは、長年、お客様からの高い評価を頂いていますが、「モ
チベーションエンジニアリング」技術を掛け合わせることにより、比類なきサ
ービスが実現できると考えています。
 もう一つは新しい商品サービスの拡充です。異文化コミュニケーションスキ
ルを「より多くの社員に・・」「新入社員のうちから・・」といったお客様の
声も多く、クイックでタイムリーな対応も求められています。両社のノウハウ
により、標準化された高品質な研修サービスの開発・提供が可能だと考えてい
ます。
 両社は「表層的ではない本質的な能力開発研修の提供」「クオリティへの徹
底的なこだわり」という点では同じ考え方を持っています。一方、それぞれが
違うテーマを深掘りしてきたことにより、当然のことながら異なった専門性、
異なった文化を持っています。私たち自身が、まさに異文化の掛け算による新
たな価値の創造を体現し、社会に対して貢献をしていきたいと考えています。
 2012年。新たなスタートを切るインテック・ジャパンをどうぞよろしく
お願いいたします。

勝呂 彰

2012年01月10日

曹素真講師インタビュー“インテックの異文化研修 教授陣に加わって”〜その2〜

 あけましておめでとうございます。今号では、2011年12月12日号に
つづき、曹素真講師のインタビュー内容をご紹介します。
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―まずは、曹のファミリーヒストリーの続きから・・・
 「来日した兄は電気関係の技術者でしたが、料理人として身を立てるべく、
中華街で修業しました。“三刀”といって、当時、中国人が日本で生計を立て
るための職業は“理容師”“縫製(縫い子)”“調理人”(全て“刀=鋏や包
丁”を使う職業)の3つだと言われていました。1980年代の中華街には台
湾料理店が多かったのですが、今は中国各地からの人々の流入が進み、広東省
や福建省出身の料理人が多くいます。兄は中華街で料理修業を終えた後、鶴見
で焼肉店を開業、そして何年かのちに、現在の中華料理店を始めました」
 「私が生まれ育った福建省には異なる8つの言語が存在しています。王朝が
変わったり、様々な政変が起こった折に、難を逃れようとする人々が福建省に
南下してきたのです。福建省は山がちな地形のため、各部族は他言語の人たち
と交流がほとんどない中でコミュニティを作り、独自の言語や生活文化を維持
してきました。同じ福建省内でも、港湾都市アモイの言葉は台湾語に近く、省
都・福州では通じません。料理も地域によって様々です。私にとっての心の故
郷はどこかと尋ねられたら、福建省ではなく、生まれ育った土地の“おふくろ
の味”なのかもしれません。今は、父も母も来日して一緒に暮らしています」
―日本で最も違いを感じたのはどのような点でしたか?
 「一番に挙げるとするならば、中国では “Yes”“No”をはっきり意思表示
しなければならないのに対し、日本では曖昧さが許容されることでしょうか」
「また、中国には“同期”や“先輩後輩”といった、年齢による横並びの感覚
がなく、多少の年齢差があっても、対等に接することができる点も違います」
―大学時代のエピソードはありますか?
 「経済学科の英語のクラスで、チーム対抗で英字新聞・雑誌を作るという課
題が出ました。新聞や雑誌作りのコンセプトは各チームに任されていました。
当時は中国からの留学生はまだ少なく、そのクラスには若干の留学生が混じっ
ている程度で、ほとんどが日本人。私の入ったチームは日本人3人と私…の4
人でした。各人で仕事を分担し、協力し合って魅力的な雑誌を作ろうとがんば
りました。他のチームにアメリカ人留学生がいて、本格的な英字新聞を提出し
てきました。まず勝ち目はないと思ったのですが、蓋を開けてみたら、先生が
1位に選んだのは、私たちの作品でした。日本人の十八番ともいえる“チーム
ワーク”が生み出すパワーを実感した出来事でした」(その3につづく)

曹素真講師(2)

2011年12月26日

インテック・ジャパン忘年会

 去る12月9日(金)、新宿三井クラブに於いて弊社忘年会が開催され、赴
任前研修の講師陣ならびに、様々な業務にご協力下さっている方々、約100
名様がお集まり下さいました。総合司会は原島一男氏(フリージャーナリスト
・元NHKプロデューサー)がお務め下さいました。
 開会後は、まず弊社社長・可兒鈴一郎より挨拶がありました。今年、御蔭様
で弊社は独立後20年(創立後23年)という節目の年を迎えましたが、可兒
は「異文化研修」が一般的に認識されておらず、逆風の中を進むようであった
時代を経て、最近10年間は幸いにも右肩上がりに業績が推移していることに
触れ、皆様への謝意と、今後、新しい課題には新しい対応策で臨んでいきたい
という抱負を伝えました。
 乾杯の辞を述べて下さったのは、インテック・ジャパンの元親会社にあたる
スウェーデン企業、ガデリウス社の元代表取締役で、可兒の永年の知己でもあ
る、オッレ・ヘドクヴィスト氏でした。ヘドクヴィスト氏は、「日本語とスウ
ェーデン語は全く違いますが、不思議なことに、ある一つの言葉の意味が共通
しています。それは“小屋”。スウェーデンでは、森や山の中にある小さなコ
テージのことを“KOJA”というのです。抽象的な言い方になりますが、私
はこの“小屋”の中で、日本人とスウェーデン人は共に語り合い、様々な経験
を共有できるのではないかと思っています。・・・そして、私は自分が生きて
いる限り、日本・スウェーデン両国にとっての“小屋”のような存在でありた
いと思います。物理的なスペースは狭いかもしれませんが、精神的には、広が
りと深みがある、そんな小屋です」――と、その思いを語りました。
 中盤では、本欄で【世界最北の日本レストラン ― フィンランドで苦闘した 
あるビジネスマンの物語】を連載中の長井一俊氏が、フィンランドの貴重なオ
ーロラの映像をご披露下さいました。映像は1分50秒ほどの長さで、45秒
ずつコマ撮りをした画像をひとつながりに編集したものでした。まるで、宇宙
空間に鮮やかな光のカーテンがひらひらと舞っているような幻想的な光景で、
ご来賓の方々も、息をのんで映像を見つめていらっしゃいました。
 会場内では、例年のように、旧知のご友人と再会されたり、新しい人間関係
を広げていらっしゃる皆さんの談笑の輪が広がり、和やかな会となりました。
 メールマガジンも、年内最後の配信となりました。本年ご厚誼を賜りました
皆々様、そしてINTEC FORUM/COLUMNをご愛読下さっている
皆様に心より御礼を申し上げます。明年もよろしくお願い申し上げます。
 ※「インテック・ジャパン忘年会」の映像をご覧ください。

2011年・忘年会挨拶(可兒)

2011年12月19日

【ソウルのお作法(23)】年の瀬風景

   KRN株式会社『The Daily Korea News』チーフアナリスト 三木英明

 韓国では12月の声を聞くとホテルやデパート、ショッピングモールなどに
華やかなXマスイルミネーションがほどこされ、街全体が一斉にXマスモード
に突入します。これ自体は日本でもよく見かけられる光景ですが、「街のあり
とあらゆる所に」というスケールでは韓国のほうが遙かに上でしょう。
 というのも韓国人のほぼ半数はキリスト教徒で、正月よりXマスのほうが市
民権を得ているのです。また韓国では元々1月1日の新正月より旧正月(来年
は1月23日)を祝う風潮があり、これもXマス重視に拍車をかけています。
実際、多くの企業は1月1日を一日だけ休みにし、2日からふだん通り仕事を
始めます。ちなみに今年はカレンダーのいたずらで、大晦日は土曜日、来年の
正月は日曜日。日本のように年越しを正月休みで祝うという感覚などなく、ふ
だんの週末と変わらない味気ないものになりそうです(ただし旧正月は日本同
様連休になります)。
 とはいえ、何かにかこつけてはお酒を飲みたがる韓国人。毎年この時期にな
ると「忘年会」「送年会」といった楽しい響きのお誘いが急増します。しかし
世界的な不況感や韓米FTA(自由貿易協定)批准に揺れる今年の韓国はどう
も様子がおかしいようです。
 あるウイスキーメーカーが30〜40代の中堅サラリーマン(980人)に
聞いたところ、今年の忘年会の予定は3〜4回が65%で最も多く、1〜2回
を含めるとほぼ9割が4回以下と例年に比べて明らかに回数が減っています。
しかも日頃は連帯感の醸成やチーム活性化を名目に食事会や2次会に多額の会
社補助をつけていた大手企業も、「翌日の仕事に支障が出る」(実際は経費節
減目的)として2次会の自粛を呼びかけ、食事会だけで終わる忘年会が増えて
いるそうです。これでは若手はさぞ不満だろうと友人の部長に聞いてみたとこ
ろ、「最近の若者は個人主義の高まりで2次会をいやがる」とむしろ歓迎の様
子。時代も変わったものです。
 ちなみに忘年会1回当たりの平均支出は10万ウォン(約7千円)未満が43
%で最も多く、以下 20万ウォン未満(20%)、15万ウォン未満(18%)、
5万ウォン未満(14%)の順。財布のヒモもきつくなったようです。
 例年なら寒空の下で酔いつぶれる酔客が路上をふさぎ、嬌声を上げながら闊
歩するサラリーマン集団でごった返す繁華街ですが、今年路上をふさいでいる
のはリストラに抗議する組合員の座り込み、騒いでいるのは韓米FTA批准に
抗議するデモ集団と、例年とはまったく異なる様相を呈しています。日本から
見ればまだまだ好調に映る韓国経済ですが、ここにもまちがいなく不況の波が
押し寄せているようです。

Xマスのイルミネーション(ロッテホテル)

2011年12月12日

曹素真講師インタビュー“インテックの異文化研修 教授陣に加わって”〜その1〜

 2011年より、インテックの異文化研修教授陣に 曹素真(Cao Su Zhen)
講師が加わりました。本欄では、曹のバックグラウンドをご紹介するとともに
異文化研修に携わるようになってからの感想や意気込みなどを伺います。
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 曹は、中国福建省出身で1986年に来日。日本語を習得した後、一般入試
で早稲田大学政治経済学部(経済学科)に入学。卒業後は日本企業での勤務を
経て、インテック・ジャパンの北京語研修講師となり、十数年間にわたり各種
方面の中国赴任者などの指導にあたってきました。
 弊社の異文化研修は、欧米の研究者によって構築された“異文化コミュニケ
ーション論”を基礎として独自に開発されたもので、創立以来20年以上にわ
たり、受講者のニーズや実情に沿って、プログラムやメソッドの拡充や改善を
行ってまいりました。
 そうした中で、英米加豪などの英語圏出身者で構成されてきた異文化研修の
講師陣にアジア出身の曹が加わることは、大きな意味がありました。近年、ア
ジア地域への赴任者は増加の一途をたどっていますが、特に中国は弊社の赴任
前研修の実施件数でもここ数年首位にあり、異文化研修の枠組みの中で、中国
をどう読み解くか・・・細やかな分析と示唆が以前にも増して求められるよう
になってきたからです。
 曹は日本語能力検定1級資格を保持。最初の就職後に英国留学経験があるた
め、英語も堪能で、日英での講義が可能です。そうした語学力はもちろん大切
な資質ですが、それ以上に、北京語研修で長年中心的な人材として活躍してき
た実績や、指導力、日中両文化への深い理解が買われての抜擢となりました。
 「日本に留学したのはなぜか?―とよく問われますが、私にとっては、ごく
自然な思いでした。というのは、私の一族は日本と大変ゆかりが深く、戦前に
祖父の二人の妹が福建省から来日しているのです。一人は日本人男性と結婚、
もう一人は在日中国人男性と結婚し、商売のため、長崎をベースに仙台など港
を盛んに行き来していました。その後、戦争や文化大革命を挟み、大陸に残っ
た一族と来日した親族は音信不通になりましたが、私の伯父が台湾に渡ってい
たため、日本にいる親族の糸をなんとか手繰り寄せることができ、1972年
の日中国交回復後、祖父は妹と数十年ぶりで再会を果たすことができました。
長崎の親族は、その後横浜に移住し、鶴見に居を構えて今日に至ります。私は
8人きょうだいの7番目ですが、留学当時、兄が先に来日し、ファミリービジ
ネスとして中華料理店を始めていました。来日時、日本に親族がいることは大
きな心の支えでした」(曹)              (その2に続く)

曹 素真講師