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2012年02月01日

第34章“ ゼネラリストとスペシャリスト” いつまで続くのか、この無意味な議論・・・ ― 人材の育成における日本の非常識 ―

営業部長が管理本部長に異動

 先日、筆者の友人が営業部長からその会社の主力工場の管理本部長に異動となった。友人は大学卒業後、新卒で伝統ある東証一部のメーカーに就職し、入社以来20年以上、営業畑一筋でキャリアを築き上げ、3年前にその会社の営業第一部の部長の地位を射止めた。部下からの人望も厚く、営業マンとしてのセールス力にも優れ、営業第一部は3年間連続して目標を上回る成績を収めていたという。その彼が、今回、突然の異動命令を受けた。それも、経験のない、管理部門のトップである。何でもその会社の主力工場の管理本部長とは、工場長に次ぐナンバー2のポジションで、経理、総務、人事等々の管理部門全体を統括することになるとのこと。その会社全体の序列からいえば、この管理本部長のポストは営業第一部長よりも上位に位置づけられており、今回の人事異動はめでたくも昇進であることは間違いないらしい。しかしながら、営業から管理という全くの畑違いの部門の責任者に就任するという人事異動命令を受けて、本人は戸惑うことしきりであった。管理部門は素人同然、全く自信がないという。行け行けドンドンの猪突猛進型の攻めの営業マンであった彼が、意気消沈している。

 筆者は本人を励ます意味で、「今回の人事異動は奥が深いぞ。だいたい素人をそんな大事なポストに据えるなんてことは、会社にとってもリスクのはずだ。あえてそんな分かり切ったリスクをとる決断を会社がしたのだから、会社はお前のことをもっと長い目で考えているのではないか?営業“バカ”には会社の将来を託せないと思って、今回の人事異動を考えたのかもしれないだろう!?経営者になるには外に向かう営業とは違う、内向きの管理部門という異なる視点で会社全体を捉える良い機会だ。大いに勉強してこい。10年後の常務、専務、社長になるコースに乗ったと思って、思い切り頑張ってこい」という話をした。本人もいくらか元気を取り戻したようだ。

 確かに、あるいは、そんな意図を持った壮大な社長候補養成計画が裏に隠れているかもしれない。もっとも、一般には、企業の社長とはいえ、創業者であれば兎も角、たいていの場合はサラリーマンの成功の積み重ねでその座を射止めたものが大半であり、2期あるいは3期程度社長を務めれば、次の人にバトンタッチされる。会社の業績が悪いと1期限りとか、場合によっては任期途中での社長交代もあり得る。部長クラスの中から将来の社長候補を選抜し、計画的に育成するというような後継者育成計画を持つ事例など、日本企業ではまず聞いたことがない。諸般の事情で工場の管理本部長のポストが空いてしまった。さて誰を動かそうか?という程度のことで今回の人事異動が決定されたと考えるのが、もっとも現実的であろう。本人にとっては畑違いの管理本部長のポストで成功を収めれば、その時点でまた頭角を現す可能性はあるが、それはその時点での社長はじめ経営陣が考えることであるというのが、ありそうなシナリオだろうと思う。

「人事は全くの素人なんですよ」と言う人事部長

 筆者は小さな人事労務専門のコンサルティングファームを率いている。クライアント企業の窓口は多くの場合人事部長である。日系の中堅・大手クラスのクライアント企業の場合、「私は人事は全くの素人なんです」と言う新任の人事部長と会うことは珍しくない。たいていの場合は、新卒でその会社に入社し、営業やマーケティング等々別の部門でキャリアを積んでこられた方々である。役員の改正にあわせて実施される定期的な人事異動で、新しく人事部長を拝命したというケースが多い。

 これが外資系企業となると事情はまったく異なる。人事部長は、まずもって人事労務の専門家である。他社の人事部長から、この会社の人事部長にヘッドハントされるケースや、採用、育成、処遇、労務等々のその会社の人事部内の各課、各グループのマネージャーの内、優秀な者が人事部長に昇格する場合が殆どである。日系企業のように「私は人事については全くの素人で…」という人物が人事部長になるというケースは、外資系企業に関していえば筆者は一例も知らない。

 営業部長を管理本部長にしたり、「人事は素人」の人事部長を出現させたりするのは、伝統的日本企業によくあるジョブローテーションを通じ、複数の部門を経験させ人材を育成するというキャリア形成の形なのだろう。

 しかしながら、同時に、主力工場のナンバー2であり、工場の管理本部の統括責任者が管理部門の経験のない人物を据えるというその会社の決定には大きな疑問を覚えた。“素人”人事部長で、その会社にとって最適な人事戦略の立案、遂行を任せる事が出来るのか?不安になった。

 素人の管理本部長や人事部長を据える企業はそんなリスクを背負っている。イヤイヤ、管理本部長や人事部長に抜擢されるのだから、管理本部や人事では素人であっても、彼らは優秀な人材であることは間違いないだろう。優秀な人材は、どこに行ってもそれなりに優秀な成績を収めるはずだから(筆者が20代の邦銀の人事企画時代に人事部の上司、先輩から良く言われた言葉だ。そう言えば、邦銀は、頻繁なジョブローテーションにより素人課長、素人部長を次々に輩出している典型だった)、彼らが会社の致命傷になるような大きな間違いを犯す可能性は大きくはないのかもしれない。

 また、長く日系企業の経営コンサルタントを勤めた友人は、筆者のそのような疑問を一笑に付した。日本企業では、たとえ管理本部長といっても自分で決定することなど何一つない。素人の部門長が就任する場合は、大抵の場合はリスクヘッジとして、直下の人事、経理、総務などの各部長はそれぞれの部門のたたき上げの専門家が就任しているはずだ。いわば彼らの神輿に乗って、2年とか3年とかの任期を、大きな間違いもせず大過なく過ごせばそれで十分と割り切っているはずだと言う。

 果たしてそうだろうか?会社経営を考えるにあたり、大きな間違いをしない程度で良しとする割り切りには筆者は首肯できない。素人部長とはいえ、もともと優秀、地頭の良い人なので、概ね問題ない意思決定はできるだろうが、その分野における専門性の欠如や経験不足から、それは決して最適な意思決定ではなかったという可能性はあるだろう。また、たとえ彼らが偶々、最適の意思決定に辿りつけたとしても、それに要する時間は最短ではないかもしれない。これも経営上のロスになる。素人部長を据える場合にそのようなリスクのあることは十分に考えられる。

 過去の右肩上がりの高度経済成長下の会社経営であれば、そのような素人部長を産み出す人事異動のリスクも会社として吸収し、その上で成長し続けることができたのかもしれない。

 今は、不確実性の時代である。経済は場合によってはマイナス成長すら起こりえる。日本経済は30年近く、小泉内閣の数年間を除いて、不振、不況が続いている。ピーク時に38,900円を付けた株価は4分の1を下回る水準が続いている。現金賃金総額も伸びず、高い失業率のまま、生き残るのがやっとの日々が続く。そんな時代にあっても、優良企業は存在する。構造的に不況と言われる業界の中でも、堅実に成長軌道に乗っている企業がある。同じような製品を作り売っている会社であっても、ある会社は黒字続きで成長しているが、別の会社では赤字でリストラに追い込まれているという事例も珍しくない。経営手腕の差が会社の業績を大きく左右する。ちょっとした経営判断の違いが会社の業績を大きく左右するような時代なのだ。企業間の競争は国境を超え、欧米企業のみならず、韓国、台湾、中国、インド等々の企業とも厳しい競争を余儀なくされている。そんな日本企業が、旧態依然のこのような人事異動を続けている????

底の浅い、スペシャリストVSゼネラリスト議論

 実は、このゼネラリストだのスペシャリストだのという議論も、外国人の人事部長とは筆者はやったことがない。ところが日本では、著名な経営コンサルンタントや人事の専門家から、就職戦線を控えた学生に至る層まで、かまびすしく議論を続けている。筆者が知る少なくとも30年近く、同じような議論を続けている。

 紙面の無駄なので簡単にしか触れないが、ゼネラリストとは「複数の分野においてある一定以上の知識や技術を持ち、仕事をしていく人のこと」で、スペシャリストとは「特定の分野に優れた知識や技術を持ち、仕事をしていく人のこと」である。

 振り返ると、年功序列、終身雇用の高度経済成長期の日本企業はゼネラリスト志向であったが、その後、スペシャリストが重視され、最近ではまたゼネラリストが見直されていると言える。

 出世に燃えている野心あふれる学生はゼネラリストでないと社長になれないという(単純な)思いからゼネラリストを目指すが、新卒入社後、3年で3割が退職する時代では多くの学生は、その会社に骨をうずめようとは思わず、リスクヘッジの観点からスペシャリストを目指す傾向にあるらしい。

 学生が考える議論が底の浅いのは単に彼らが世間を知らないからということであり、それで済ませようと思っていたが、昨年暮れ、大学のゼミのOB会の席で、筆者が新卒で奉職した邦銀に入社した30歳代の後輩に出会い、彼から「銀行は僕の事をゼネラリストとして育てたいようなのですが、僕は投資銀行業務のスペシャリストになりたいのですが…」という発言を聞いた。

 本稿を準備するため、インターネットでゼネラリスト、スペシャリストを検索すれば、著名な経営コンサルタントやキャリアカウンセラーの方々が今でもまじめに、ゼネラリストが良いだの、スペシャリストが有利だのと論じている。

 暗澹たる思いにかられた。意味がない議論だと思う。日本の労働市場は欧米諸国やアジアの伸び盛りの国々と同様、流動化しており、働く人の市場価値は労働市場が規定するようになってきている。特定の会社で優秀といわれたエリート社員が市場ではまったく評価されないことも珍しくない。また日本企業で働く外国人社員も増えているが、彼らは別に最初から定年まで日本企業で働き続けるなどとは考えてはおらず、日本企業が積極的に海外へ進出する傾向をみて、そこに彼らの市場価値を見出しているに他ならない。スペシャリストだろうとゼネラリストだろうと、市場がその人の価値を認めるようなキャリア形成をすれば良いだけのことで、市場価値のないスペシャリスト(専門バカといわれる人々)も市場価値のないゼネラリスト(特定の会社では活用できるが汎用性のないノウハウしか持たない人々)も多くいる。一方で市場価値を持つスペシャリストもゼネラリストもいる。

 日本では新卒採用、終身雇用の頃に成立した労働慣行を引きずっており、未だに企業に人材の配置転換に関する大幅な裁量権限を認めている。人事異動という“赤紙”一枚(このような表現も若い世代では通じないのかもしれない。“赤紙“とは旧日本軍の召集令状のことで、拒否権は当然認められなかった)で、「どこでも行き、どんな仕事でもするのが労働者の義務である」というのが日本における標準的な司法判断である。まずはこれが日本の常識が世界の非常識の典型となる。いったん形成された司法判断は中々覆らないが、労働市場は大きく変化してしまった。流動性が高くなり、中途採用市場が拡大している。終身雇用などはとうに崩れてしまい、大手企業といえども、リストラを行う可能性は否定できない。会社の人事異動命令に、唯々諾々と従い、自分の希望とは異なるキャリアを積んでしまい、気が付いたらその会社から肩たたきをされたという泣くに泣けないケースは数多くあった。これからもあり得る。

 そもそもキャリア形成は自己責任のはずだ。少なくとも日本以外の欧米諸国、中国、韓国、台湾などのアジア諸国ではそうだ。自分の人生、会社に頼らずに自分で責任を持とうという考え方だ。ゼネラリストだ、スペシャリストだという、実りのない議論をせずに、まずは日本の労働市場が流動化しているという事実、不確実性の時代の中で1社で職業人生を全うできない可能性があるという現実的前提を踏まえて、自分のキャリアをどう形成していくのかを考えることから出発して欲しい。その際、労働市場は他の市場と同様、自由競争がルールであるということも忘れてはならない。

 労働市場で勝利するには、自分の市場価値を作らなければならない。労働市場で市場価値を有する人材をプロフェッショナルと呼ぶ。新味はないとは思うが、ゼネラリストだのスペシャリストだのという底の浅い議論をするのであれば、人はプロフェッショナルを目指せとし、会社は外部の労働市場で通用するプロフェッショナルを育てよ とするほうが、明快だと思う。若いうちは、若いという事自体が市場価値となる。若さは時間とともに薄れる。若さという市場価値はすぐに陳腐化する。どんな専門性、知識、技術、経験を積めば、自分の市場価値が生まれ、磨かれるのかをひとりひとりが見極めることが必要だ。何も世間で言うスペシャリストが必ずしも市場価値があるとは限らない。また特定の職種が時代遅れとなり、そのスペシャリストは、昔はもてはやされたが、今は見向きもされないなどという例もある。ゼネラリストはその会社にとっての価値しかなく、労働市場では評価されないという意見もあるが、これも常に正しいとは言えない。特定の会社でしか活かせない専門知識や技術しか習得できなかった人もいれば、複数の部門の経験を他の会社でも活用できる人もいる。労働市場でもゼネラリスト全てを無価値という判定はしていない。

 要は、自分は何をしたいかから出発して、それが今の労働市場でどう評価されているかを分析し、将来の労働市場ではその評価がどのように変化するのかを自分なりに判断した上で、自分のキャリアを作っていくのだろう。少なくとも日本以外では、以前からそのようなキャリア形成が当たり前であった。

 働く側の意識は環境の変化、時代の変遷から変わらざるを得ないし、事実変わってきている。問題は、企業の人材育成の基本的考え方である。これが依然として変わっていない。

2012年01月05日

第33章 人事権限はどこに?・・・ ―国際人事管理―

海外では人事権限はライン長にある

 海外駐在に際しては、日本の労務管理の常識は海外では通用しないと思ってかかるのが安全である。人事労務に関して言えば、日本の常識は海外の非常識であり、海外の常識は日本の非常識である。

 典型例の一つは、人事権。海外では人事権は人事部にはなく、ライン長に委ねる。筆者は、海外駐在に赴こうとする方々に対して、よくこう話をする。日本本社ではまだ部下を持つマネージャーの職務にはついておらず、スタッフとしてマネージャーの下で毎日忙しく働いている社員も、海外の現地法人では、1階級、場合によっては2階級ほど“特進”して、海外駐在と同時にマネージャーとしての役割を果たさなければならない。このような立場になることは珍しくない。新入社員の頃から“人事に関する決定は人事部が行う”ことが当たり前だと刷り込まれてしまった人が、海外駐在に際して、この“日本の常識”にとらわれて、自分の部下の人事上の決定の場面で、マネージャーである自分が決定をせずに人事部に頼ろうという姿勢を見せれば、現地の部下の信頼はなくなってしまう。マネージャーとして当然持っている人事権を行使できないボスは怖くはないし、頼りにもならない。海外駐在員の方々に対して、赴任前に「海外では人事権はライン長にある」と予め話をしておくのは大切だ。

 裏返して言えば、海外での人事部は弱い。人事部は人事上の決定に際して意見を言う事はあっても、ライン長に諮ることなしに決定する事はない。人事部が反対してもライン長が決めた人事案件はライン長の決定通りに実現する。

 以下は日本本社から赴任してきて海外の現地法人で苦労している鈴木人事部長の嘆きである。

 出勤し、いつものように自分の席でモーニングコーヒーを楽しみながら今日一日の予定を確認していたところ、“あの”営業部長が近付いてきた。日本本社からこの海外現地法人の人事部長として赴任してこのかた、この営業部長とは全くもって馬が合わない。

 先日も、営業部長が突然、アシスタントマネージャーで優秀な営業マンがいるので課長に昇格させたいと言いだした(“営業マン”であれば日本語なので彼らにはわからないだろうが、英語でつい“セールスマン”と言ったりすると、『セールス“パーソン”と言ってください。人事部長ともあろう人が女性を差別するのですか!!』とジェンダーフリーを事あるごとに言い募るマーケティングのあの女性部長から、すごい勢いで噛みつかれる。何かというと現地採用のマネージャー連中は人事部長である自分の意見に反対する。全くとんでもないところに飛ばされてしまった!?)。そうそう、あの営業部長の持ち込んできた課長昇格の話だった。人事部長として、一つ目は定期昇格の時期は3カ月先である事、二つ目としてその営業マン(営業“パーソン”だった)は入社してまだ半年もたっていないこと、三つ目としておまけに営業部30人の営業マンの中で一番若いことを理由に挙げて反対をした。これだけ十分な理由があるのだから、こんな滅茶苦茶な話は自分のところで終わるはずだったが、あの営業部長は自分が反対しているとわかると、何と社長のところにこの案件を持ち込んだ。大体、昇格などというものは、何年もの間優秀な成績を収め、社内の誰もが認めるような社員を抜擢するのが正しい。年間スケジュールでは毎年3月に人事部長である自分が主催する全社昇格判定会議で、人事部が作成した昇格候補リストに基づいて4月1日付の昇格者が決定されるべきだ。営業部長だろうが誰であろうが、12月のこんな異例な時期に一人で勝手に決めてはならないはずだ。社長にも人事部長としてそう意見を言った。社長は実は自分の大学の大先輩だ。日本本社でも自分が所属する営業本部長だった人で、昨年からこの現地法人の社長をしている。彼は自分の大学の12期先輩になる。もちろん自分が学生時代には面識もなかったが、この会社に入社して同じ大学の先輩後輩であることが判明してから、何かと目をかけてもらっている。その社長から、「君はこちらに赴任して間もなく、現地の事情にはまだ不慣れな点もあるだろう。君の言う通り異例の措置であることはわかるが、ここは、この現地法人の設立と同時に入社し、ここまで売上をのばして営業部の組織を大きく成長させてきた営業部長の顔を立てて欲しい」と言われた。仕方なく社長の言葉に従ったが、次に同じようなことを言ってきたら、その場で断ってやる。

 さて、今朝は何を言いに来たのだろうか?営業部長の後ろに、見知らない人がいるな。一体彼は誰だろうか?

 「鈴木さん。今日から当社営業部に入ることになったブラッドを紹介するね」「ブラッド。こちらはミスター鈴木。人事のマネージャーだ。入社手続きを彼と済ませ、できるだけ早く営業部に戻ってきて欲しい。入社初日だが、さっそく頼みたいことがある」「鈴木さん。そんな事情だ。忙しいところすまないが、できるだけ簡潔に必要な入社手続きを済ませて欲しい」

 「ちょっと待ってくれ、サム」「ブラッドさんと言うのか?でも今日はじめて会った人だ。僕は面接もしていないぞ」

 「ミスター鈴木。営業部で、新製品を担当する営業の人間を採用したいという話を前から人事部には頼んでいたはずだ。人事部から適当な候補者をあげてこないから、自分が親しいヘッドハンターに頼んでブラッドを紹介してもらった。キャリアも申し分ないし、自分が先月行った面接で彼の優秀さは確認済みだ。先週、営業部の主要な連中とディナーの場を設け、彼らに紹介したがお互いすぐに仲良くなり、一緒にこの会社のために頑張ろうと意気投合したところだよ」・・・この営業部長は人事部長である私をさしおいて、勝手に社員を採用したのか!?人事部長としては頭にくる事態だが、ブラッドには何の罪もないし、営業部の幹部連中には紹介済みとなれば、会社とブラッドとの雇用契約は、口頭だろうと成立しているはずだ。今さらこれをひっくり返すわけにもいかない。サムのやり口には憤懣やるかたもないが、今日のところは仕方がないか・・・サムには後できっちりと文句を言ってやろう。

 鈴木人事部長の嘆きや怒りは、実は海外では見当違いとなる。スタッフの採用はラインが決定する。営業マンの採用は営業部長が決定する。入社日まで鈴木人事部長がブラッドのことを知らなかったという事態はやや普通とは違うが、あり得ない話ではない。親分肌で何事も自分ひとりで決めたいという部長であれば、自ら候補者の面接をし、その場で採用不採用を決定することもあるだろう。鈴木人事部長が強烈にクレームしたとしても「営業マンの採用を営業部長である自分が決めることの一体どこが悪いのか?」と反論されるはずだ。営業部長のサムが筆者のような意地の悪い(?)性格であれば、社長と鈴木人事部長を前にして「実は人事部には、新製品の営業マンの採用は、極めて重要だということを3カ月も前から言っている。新しい製品の特質から、これまでの当社の販売先とは異なる新しい販売先、新しい販売ルートの開拓は不可欠だが、当社の営業マンでそのノウハウを持ち合わせている者は一人もいない。大至急、即戦力となる営業マンを中途採用しなければならない」「サムの要請に対して人事部はすぐに行動しました。職務記述書を作成して、出入りのエージェントにはJob Specificationとして手交し、候補者の選定を指示しています」「ミスター鈴木の協力には営業部長として感謝している。しかしながら、実際のところ、3カ月間、人事部からは一人の候補者のレジメ(履歴書)もあがってこなかった。当社が懇意にしているエージェント、ヘッドハンターは既存の当社製品の業界には強力なコネクションを持っているが、今回の新製品についてはどうだろう。違った業界なので、それほど潤沢な候補者のデータベースを持っていないのではないか?」「人事部の協力が得られないから、自分で行動したに過ぎない。今回の新製品の業界に詳しいヘッドハンターを自分で探し、候補者の選出を依頼した」「採用候補者を連れてくるという人事部の仕事を人事部が果たせないから、自分が自ら行動したまでだ。自分の行動に文句を言うのであれば、人事部は営業が必要としている人材の候補者を私に紹介するという人事部本来の仕事をして欲しい」「ブラッドをミスター鈴木に事前に紹介しなかったことは悪かったかもしれないが、すぐにオファーを出さないとブラッドはほかの会社に行ってしまう可能性もあった。新製品の発売が当初計画した予定より遅くなったり、新製品の販売目標が達成できなかったりすれば、その場合の責任は営業部長である自分が負うことになる」

 そして最後にサムはこう言う。「人事部は新製品の販売が遅れたり、目標を達成しなかったりしても一切の責任を負わないではないか。候補者探しに自分の時間を費やすのは、できれば避けたかったのだが、3カ月間一人の候補者も出てこない現状では、最終的に責任を負わなければならない営業部長である自分が行動しなくてはならないと判断した。人事部がもっとしっかりしていれば、こんな事にはならないはずだ」・・・またまた鈴木人事部長にとっては、理解不能な上に、自分がないがしろにされていると感じられる、忌々しい事態となってしまった。

 そろそろ昼休みの時間になろうとしている。鈴木人事部長は昨晩、同じ駐在員仲間であるA社の浜地さん、B社の若松さんとカラオケバーで飲み、かつ歌い大いに盛り上がったことを思い出していた。浜地さんは5年前に当地に着任した。若松さんも駐在3年を超えるという。ようやく6カ月が経とうとしている自分が、当地ではいわば一番の“後輩”であり、機会あるごとに会って、先輩の二人から色々とこちらの事情を教えてもらっている。3人ともカラオケ好きで、昨晩は、銀座で働いた事もあるという日本人のママが経営するカラオケバーに繰り出した。赴任直後は自分が日本の最新のヒット曲を知っており、他の二人に、曲の振り付けも含めて教えたりもした。残念ながら、自分のヒット曲情報も、日本を離れて6カ月も経つとそろそろ陳腐化してきている。来週、本社で同じ部門にいた後輩が出張で当地にやってくる。夜は自分がカラオケバーに彼を案内して、最新の日本のヒット曲を教えてもらおう・・・というようなことをぼんやりと考えていた。

 そこにマーケティング部長のスザンヌが自分に近寄ってきた。何かというと、「それは女性差別ではありませんか?当地でも日本と同じように差別はしてはいけません。場合によってはセクシャル・ハラスメントにも繋がりますよ」と煩くいう人物で、自分はどちらかと言えば苦手だ。先日の会社の経営幹部会議では、マーケティングの専門知識のない自分の発した質問に対してスザンヌは木で鼻を括るような態度を示した。

 そのスザンヌが今日は満面の笑みを浮かべて自分のところにやってきた。「鈴木さん、お願いがあるの」「ジョンのことだけど、どうにもウチの戦力にならないことがはっきりとしたので、早く人事が彼をクビにして欲しいの」―ジョンは、自分が着任したての頃、スザンヌが採用を決めたマーケッターである。自分も一度面接をして、理路整然としたプレゼンテーションには感心したものの、転職回数の多さとそれぞれの会社での勤続年数の短さに危惧を覚え、当社が採用することには消極的な意見を出したが、着任間もないこともあり、気が付いたらスザンヌ部長の主導で採用が決定していたという経緯があった。「スザンヌ部長。ジョンは入社してまだ6カ月しか経っていないだろう。新しい会社に慣れるにはそれなりの時間もかかるだろうし、もう少し長い目で見たらどうかな?」「マーケティング部門は当社の頭脳部分。立ち止まっているヒマなどウチのスタッフにはないの」「面接ではあれほどジョンを高く評価していたじゃないか」「面接では何とでも言えるわ。実際に仕事をさせたら使い物にならない」「ジョンの試用期間は3カ月だったはずだ。スザンヌ部長はジョンには何の問題もないと言って、ジョンが試用期間を満了し、本採用されることを認めたじゃないか。」「3カ月ではバケの皮は剥がれなかったという事ね。ともかく決定事項なので、あとはトラブルにならないように、人事で上手く処理しておいて。裁判などを起こされたら困るから。ただでさえ忙しいのに」・・・鈴木人事部長「?????」

“海外の常識“がいつも正しいとは限らない

 採用と退職(解雇?)という、二つの例をご紹介した。何れも日本本社で日本流の人事管理に慣れ親しんだ鈴木人事部長を悩ます案件だったがが、海外で人事部長を務めたことがあれば、似たような経験をお持ちの方もいるのではないかと思う。日本では人事上の最終決定に際しては、必ず人事部門が関与し、決定をリードするが、海外では人事権はライン長が握っているのだ。まさに日本の常識は海外の非常識である。

 筆者が海外赴任前にお話をする方々には、日本本社から海外現地法人各社あるいは海外支店の経営幹部やライン長として送り込まれる方々が多い。その方々に、海外では人事権はライン長にあって人事部にはないという話をしておくのは、現地に赴かれた際の戸惑いを避ける意味で大切な事なのだと思う。

 しかしながら、ライン長に人事権が集中している事は、組織の経営上果たして良い事なのだろうか?リスクはないだろうか?

 ライン長としての特定の一人の人物に、配下のスタッフ全員に対する採用から退職までの人事権を与えることのリスクは大きい。事例でご紹介したサム営業部長やスザンヌマーケティング部長の行動は、会社全体の視点に立てば、危うく大きなリスクを内在している。また別の視点からいえば、配下のスタッフも直属上司を常に意識して仕事をすることになり、それがともすれば上司のご機嫌取りに終始する可能性もある。ライン長が経営陣から見て優秀であれば良いが、まあ仕事はできるが、できればもっと優秀な人物に置き換えたいというようなレベルであった場合には、その程度のライン長が人事権を掌握しているということになる。果たしてこれで健全な会社経営が実現できるだろうか?

 特定の人物に権限が集中することの危険性は近代社会になって、ロックやモンテスキューが指摘し、その解決策として権力の分立を考え出した。特にモンテスキューが法の精神で主張した立法、行政、司法の三権分立は現代国家の基本構造をなしている。そのモンテスキューの主張をさらに調べると、彼は三権分立だけでなく、四権分立や五権分立までも提唱していたという。因みに中華民国(台湾)は五権分立を国是としており、共産党に権力を集中させている中国と比較すると面白い。

 三権分立は国家構造を支える仕組みだが、会社組織を考えた場合、権利の集中を回避するというモンテスキューの考え方は、やはり有効ではないかと筆者は思う。ライン長に人事権を集中させるのは、組織経営の健全性を考えた場合望ましくない。

 対応策としては、実は外国企業でも色々と工夫をしている。社員が直属の上司を超えて人事部門や上司の上司に異義申し立てを行う事の出来るGrievance制度を取り入れている会社もある。ただし、この制度は、上司に対する一定のけん制効果はあるとは思うが、十分ではなかろう。またGrievanceにより申し立てられた異義が認められたとすれば、対象となった上司の判断は誤っていたという事になり、誤った判断が下されていた“時間”を取り戻す事は出来ない。結局はこの制度は補完作用しか期待できない。

 日本流に人事部に最終的な人事権限を持たせたらどうか?筆者は実はもともとは邦銀の出身で、人事部門の企画課に籍を置いた事がある。人事部門は企画課と人事権を実際に行使する人事課を中心に構成されており、人事課の諸先輩とも随分と親しくしてもらった。当時の邦銀は旧来の預金と融資業務を中心とする業務から、証券業務に乗り出し、また大規模なシステム開発の必要性から大量の行員をシステム部に傾斜配分させていた。しかしながら人事権を実際に行使して、昇格や昇給、配置転換を決定する人事課に証券業務やシステム業務の専門家はいなかった。知識も経験もないスタッフが社員の昇格昇給を決定していたことになる。公正公平な人事が実現できるものではない。

 解決策として筆者が提唱したいのは、それぞれのラインに人事を置くものである。欧米企業ではライン人事は既に実施しているところもあるが、人事権はあくまでもライン長が握るという考え方は継続している。筆者の考えはこれとも異なるものである。人事権はやはり人事部が握るべきだという日本流の思想は継承すべきであると考える。しかしながら、会社全体の人事本部のような、一極集中の中央集権型の人事体制では社員一人一人に対してきめ細かく目配りもできない。日本流の人事本部中央集権型人事管理が正しいのであれば、人材の流動化など加速したりはしないだろう。日本企業は今でももっともっと活性化していたはずだ。今までの人事本部中央集権型の人事管理の思想では、先行き不透明で不確実性に満ちた現状で、社員一人一人の英知を結集して、躍動感ある企業風土など作る事は難しいと思える。必要なものはNear is Betterの発想だろう。Near is better、現場に近いところに人事を置く。人事本部は持つが、実際の人事権はNear is betterのラインにいる人事スタッフが握る。ライン人事はライン長とまた会社全体の人事本部と密接にコミュニケーションを保ちながら、人事に関しての決定権限を持つというやり方が望ましいように思う。ライン長がいくら推してもライン人事の承認なしに採用を決定する事は出来ないし、ましてや解雇を決める事は出来ない。ライン長の人事管理に欠陥があればスタッフはすぐにライン人事に相談に行くことが出来る。そんな体制が望ましいように思う。

2011年12月01日

第32章 人事管理で失敗を避ける ―国際人事管理―

人事部長の責任と会社の任命責任 

 しばらくの間、中国に特化した題材を元に話を進めてきた。このあたりで中国から離れて、海外人事全般に再び目を向けて見よう。

 筆者は日本企業の海外駐在員、特に現地で労務管理も含めたマネジメントの責を担う方々を対象に海外における人事労務管理について話をする機会がある。参加者の大半は人事部の出身ではない。営業や製造などの会社の事業の先頭を走ってきた方が殆どだ。

 中には、「人事は素人」と割り切り「現地の文化、習慣などについては、駐在が決まって勉強はしたが、所詮“付け焼刃”。通り一遍のことしかわからない。加えて言葉の点でもそれほど自信があるほうではない。そんな自分がローカルの社員の人事管理の色々な案件について、的確に問題点を把握して、最適の決定を下すことは無理だ」と、自分の限界を冷静に分析した上で、「人事については、勤務年数も長いベテランのローカルの人事部長がいる。人事労務の専門家であり、当然現地の事情も熟知している。設立以来の現地法人の長年の歴史にも詳しい。素人の自分が口を出さず、人事部長に全て任せることにします」と自分なりの解決策を見つける方もいる。これで一安心のようだ。こんな発言を聞いて、「自分の駐在先にはまだこれといった専門の人事部長は不在のようだ」「赴任前に本社と交渉して、現地の人事部長を採用する予算だけでも認めてもらおう」という発言者も現れる。

 現地法人の規模の問題もあるとは思うが、筆者も、現地事情に精通した人事の専門家を採用するという考え方には大賛成である。しかしながら、人事労務についてはその人事部長に一任して構わないのだろうか?自分のわからないことは専門家に任せるという結論は、問題解決の処方箋として果たして正しいのだろうか?

 筆者は人事労務コンサルティング集団を抱え、筆者自身もコンサルタントとして活動している。企業の抱える人事労務管理の様々な問題に直面し、これら諸問題を分析し、それに対する解決策をひとつひとつ提示している。ただし、コンサルタントが問題の解決の方法を最終的に決定することはない。最終決定はあくまでも会社、クライアントである。コンサルタントからみて、もっとも困るクライアントは、社長自らがYESかNO、あるいはGOかSTOPという基本方針を中々決めない企業である。そんな場合、コンサルタントはコンサルタントとして理解した会社の事情を前提に、コンサルタントの価値観で解決策の優先順位をつけ、クライアントがその優先順位の高い解決策を選択するように勧める。要は「こう決めるのが良さそうです」と誘導する。だが、こんな場合でも、コンサルタントはその解決策をとった結果に対しては一切責任を負わない。責任は経営者に背負っていただく。これがコンサルティングビジネスの要諦であり、コンサルタントの無責任なところだ(こんな事を書いて、明日から筆者のファームのお客様からクレームをいただいたりビジネスの進展に支障をきたさないことを祈るばかりだが…)。

 現地の人事部長のケースはどうだろうか?人事部長は人事労務の専門家であってもコンサルタントのような第三者ではない。組織の一員である。ましてや“部長”なのだから、経営陣の一角に位置するといっても良い。その意味では、人事部長に一任された人事労務に関する決定に際して、その人事部長が判断を誤った場合、人事部長に責任が無いということはあり得ないだろう。だが、それだけで済むのだろうか?会社の責任、もっと厳密に言えば、「人事は素人でわからないから、現地の専門家である人事部長に任せる」と判断したことへの責任は問われないのだろうか? 

 要は、委譲された権限の行使を誤った者と、その者に権限を委譲した者との責任の関係という問題だと思う。世間を見ると、権限を委譲した者が、委譲された権限の行使を誤った者の責任を追及するというパターンが圧倒的に多いようだ。最近の事例では、人気野球球団を保有する親会社のトップとトップから任命された人気野球球団のGMとの争いも、どうやらこのパターンだ。もっとも、権限を委譲されたGM(あるいは元GM)ご自身が、委譲された権限の行使を誤ったとは思っておらず、GMに権限を委譲した者と争いだしたことが、通常のパターンとは外れているが…。また、人気野球球団のファンと親会社(新聞社らしい)の顧客(新聞購読者)に、両者の争いがどんなにマイナスの影響を与えているのか?という反省はあまり聞こえて来ない。ファンや新聞購読者はそっちのけで、お互いの責任の追及に汲々としているようにしか思えない。

 経営者として最も責任を担う相手は顧客である。会社がミスやトラブルを生じた場合に、経営者がまず考慮すべきは、「社内の誰がそのミスを起こしたか」という社内の責任者の追及とか社内における犯人探しではないはずだ。

 問題を元に戻そう。「人事は素人でわからないから、現地の専門家である人事部長に任せる」と判断したことの責任は当然問われるべきであると考える。筆者自身は、判断ミスをした人事部長の責任よりもこの任命の責任が大きいと思う。人事の判断ミスは、一般的には、社員(場合によっては社員の家族や入社予定者、応募者)に対しての判断を誤った結果、不利益な労働条件を強いていることが多い。これは会社の責任である。人事部長に責任を負わせ、会社が責任を免れることはあり得ない。人材を“人財”と表す会社は多い。一様に、「社員は会社にとってもっとも重要な資産である」という会社の考えを体現しているという説明を受ける。これが真実であれば、「自分は人事の素人」なのだから「人事については、ローカルの人事部長に全て任せる」という結論付けはあまりにも短絡的だ。経営者がもっとも重要な資産のマネジメントを人任せにして、自らは直接関与しない、あるいは関心はないと宣言しているに等しい。現地のローカル社員は、会社にとって最も重要な資産である“人財”には含まれないのだろうか?という疑いすら抱かせかねない。

 自分が特定の分野での専門知識に欠落している場合、その部分を専門家により補うことは正しい判断である。しかしながら、経営者は経営に関わる全てについて責任を負わなければならない。人事管理も経営の一部である。経営を担う者が、人事管理を他者に任せる場合は、任せた結果責任までも背負う覚悟がいる。自らがどこまでも背負う覚悟がないのであれば、経営にとって重要な人事分野の決定を他者に一任することは許されない。人事部長である専門家の意見を徴しながら、最終決定は自ら下すべきである。これが基本的な考えのはずだ。

 もっとも実際には日常的な人事管理上の細々とした意思決定は、人事部長に委ねることは珍しくない。重要な人事上の決定は人事部長の意見を聞きながらも経営者が自ら下すとしても、日常の人事管理の細かいことの決定については人事部長に委ねることが一般的だ。ただし、そうしたいのであれば、筆者は経営者に一つ注文がある。権限を移譲する前に、経営者自らが、人事部長に対して、会社の方針や方向性、現地法人を経営する自分の考え方を十分に説明し、理解させ、納得させることだ。経営者は人事部長に委譲した“細かい”人事案件のひとつひとつについて、人事部長が、経営者の視点で正しいと思う決定を常に下すことができるような体制を整える責任を負う。経営者と人事部長の考えに乖離があってはならない。経営者は「自分が人事部長であっても同じ決定を下す」という状況をまず最初に整備する。かかる状況の整備が終わった後でも、人事部長が任された人事案件について誤った決定を下した場合、当然、経営者もその人事部長に権限を委譲した責任を負う。誤った決定の被害者は社員、すなわち会社のもっとも重要な資産の“人財”であるからだ。

 海外駐在先の現地法人にベテランのローカル人事部長がいる場合は、人事の決定を任せる事は構わない。しかしながら、その人事部長があたかも自分の分身のように行動してくれることが前提となる。そのためにも、海外駐在員は、最初に、人事部長に対して、自分の考える会社のヴィジョン、ミッション、長期経営計画等を説明し、これらに基づいた人材の登用・育成・活用の基本理念を理解してもらうことが肝心であろう。もっともヴィジョン、ミッションの共有は人事部長のみならず、他の部門長とても必須だと思う。部長以上の経営層が1泊2日程度の合宿を行う事は、欧米企業では珍しくない。日本企業ではどうだろうか?海外駐在員の赴任前のセミナーで、駐在先の現地法人企業に、このような経営陣の合宿があるか?を尋ねると、「そのような合宿は現地ではない」という意見と「そのような事が行われているかは、よくわからない」という声が圧倒的に多い。関心の低さを表している。

 経営に参加する者が、時間を気にせずに徹底して議論するという場面の設定は、極めて重要であると筆者は考える。海外赴任後、現地での事情もおおむね呑み込めたタイミングでこのような合宿を行い、以後定期的(少なくとも年に1回)に、経営層が会社の経営全般に関する議論を徹底的に行うことは、権限を委譲された者が、常に会社として正しい決定を行うことができる体制作りの一助となるはずだ。特に、人材が“人財”であり、社員が会社にとってもっとも重要な資産であれば、その最重要の資産を預かる人事部長の実際の決定が、常に経営者の考え方と齟齬のないような組織の実現は経営者にとっての最重要課題であろう。

 この項の最後に、筆者が最近聞いた事例をご紹介しよう。そこでは、ローカル社員の人事についての一切をベテランのローカルの人事部長に任せていた。その結果、その現地法人では、ローカルの人事部長を核とした強力なグループが形成され、そのグループから除外された社員はいじめにあったり、人事考課で不当に評価されたり、出世が遅れたりもしているという。日本人駐在員も当然そのような状況には気が付いているが、人事部長を核としたグループには優秀な社員が多く含まれており、この状況を修正しようとしてやり方を間違えると、たちまち本業に差し支え、業績が低下することになる。このような事態が容易に予想されるため、現状では不味いと思いながらも長年放置している。

日本の常識は海外の非常識

 本稿冒頭の海外駐在員の赴任前の労務管理セミナーの場面。参加者からは「駐在先では現地法人の経営に直接携わるため、人事関係も自ら決定を下す、あるいは、経営陣の一員として会社の決定に関与することになると思う。しかしながら人事労務については全くの素人なので不安が一杯だ」という声が多い。既述のように、現地事情に明るいローカルの人事部長を雇う事が出来ればいくらかの安心感はあろうが、現地の法人の規模などの事情から、そのような人事部長の採用が難しい場合も多い。筆者の実感では、海外駐在の場合、現地には人事部長不在で、駐在員自らが人事の責任を担うケースのほうが多いように思う。

 彼らの関心は、不慣れな人事労務管理の決定に際して、大きなミスは避けたいが、そのためにはどうすれば良いかという点にある。加えて、駐在直前というタイミングでは、使える時間も限られているので、人事労務についての知識を最初から体系的に丁寧に勉強することもできない。要は致命的なミスをしないための、実践的なノウハウが必要となる。

 このニーズに応える事は中々難しい。筆者なりの工夫は次のようなものである。最初に、日本人駐在員の海外勤務における失敗の事例をできるだけ具体的に、かつ多く紹介する。参加者の興味を引くと同時に、労務管理のミスの怖さもわかってもらえるようにと、まずは心がける。色々な失敗事例を取り上げたとしても、所詮は個別各論の紹介にすぎない。参加者の海外駐在の場面で、同じような事例に接することは、それほど多くはないのだ。

 失敗事例を紹介した後で、必ず、「海外においては常に現地の法制や慣習に耳を傾けることを最優先としてほしい」と結ぶ。続いて「日本の労務管理の常識をそのまま無批判に海外に持ち込むこと」を強く諌めている。労務管理にあっては「日本の常識は海外の非常識である」また「現地での常識は日本の非常識である」と何度となく強調している。

 “常識”“非常識”の根拠は、一言でいえば、各国における法制の違いである。歴史、伝統、文化、習慣、風俗などの違いも関係はすると思うが、人事労務管理における「日本の常識が海外の非常識」になり「赴任先の常識が日本の非常識」になる一番の原因はそれぞれの国における法制、とくに労働法の違いにある。

 これを説明するには、日本の“常識”に戸惑う海外企業の声をご紹介するのがわかりやすいと思う。海外企業、特に、労務管理が極端に(日本から見れば“極端”となる)に契約という個別合意で判断される米国企業の戸惑いの声をご紹介してみよう。

 自宅から職場までの通勤に要する費用を給料として会社が支払うこと。日本では通勤手当としてごく一般的に見られる体系だ。彼らからすれば、どこに住むかは個人の選択の結果のはずだが、遠くに住めば通勤費用は高くなる⇒給料が高くなることは、不公平ではないか?と思う。

―ホワイトカラーはブルーカラーと異なり、能力が高い社員ほど効率よく、短時間で成果をあげるが、日本では、長時間労働者ほど給料が高い。これは、管理監督の地位以外の大半の社員に、残業代が支払われていることの影響を示している。

―会社が社員の健康管理に関心を持ち、毎年会社が社員の健康診断の費用を負担してくれることはとても良いことだ。本社(米国)でも実施されている。しかしながら、健康診断結果という重要な個人情報が人事に送られることは不味い。プライバシーの侵害だ。また健康診断を受けるか受けないかは、まずは個々人の判断であり、X線を拒絶する個人の権利まで侵害することは受け入れることができない。

―そもそも雇用も契約の一形態のはずだ。契約であれば契約当事者間は対等なので、契約の締結は当事者間の合意により、契約の解消は一方の意思表示でできることになる。米国企業の日本における労務紛争で、不当解雇の例が多いのもこの考え方がベースにある。

―雇用は契約であるので、配置転換にも当事者間の合意が必要のはずだ。それなのに、何故日本では会社が一方的に配置転換を命令するのか?

“常識”が“非常識”となるリスクをわきまえること。これが海外駐在における労務管理上のポイントとなる。

2011年11月01日

第31章 中国事情 その5 −少数意見のご紹介−

「それでも中国は嫌いです」という中国通の存在

 中国に関するシリーズは前回の「評価」に関する記述で終了の予定だった。「評価」で筆者が強調したのは、実は部下と上司のきめ細かいコミュニケーションや期初の適切な目標設定、期末の成績の考課の公平性と特に丁寧なネガティブフィードバックなどの重要性であったが、これは何も中国における人事管理固有の話ではなく、海外に進出している日系の現地法人にとっては共通の重要な課題である。要は、中国シリーズの最終回として、筆者は、海外における人事管理の要諦は中国であっても他の外国と同じであるということで纏めようとしていた。しかしながら、筆者の親しい中国通の友人をはじめ、中国に対してはそんな綺麗ごとで纏めて欲しくないと、筆者の意図に反対する声が複数あがった。曰く「中国は特別だ」「中国は他国、欧米諸国と同列には論じられない」「中国駐在も通算して10年を超えるが、本音を言えば中国は嫌いだ」と。本章ではあえて“少数意見”と注釈を付け、そのような生の声をご紹介しながら、中国の特殊性にスポットを当ててみよう。今回はいわば番外編。

 日本人の嫌中国観については、中国シリーズの第1回目に統計データでご紹介した。それによれば、それまでは好悪の感情がほぼ相半ばしていた日本人の中国観が、2005年に悪化した。原因は中国各地の反日デモである。毒入り餃子事件(これもついに曖昧決着のようだ。最近これと同様の食品事件が中国国内で起こったが、被害者が中国人で、中国国内では大きく報道され、その食品工場はすぐに操業停止となった。被害者には賠償金も支払われたと言うが…)、尖閣諸島沖の中国漁船の衝突事件、レアメタルの日本に対してのみの輸出規制と、日本人の嫌中国観を刺激する出来事が相次いでいる。昨年2010年にいたっては、嫌中国派が8割。要は日本人の10人中8人は中国が嫌いだという統計結果となっている。(内閣府大臣官房政府広報室「外交に関する世論調査」〜平成22年10月発表〜より)同時期の2010年の統計結果では、日本人の米国観は親米国派が8割と中国と正反対の様相である。

交通マナー??

 中国の車の増加は著しい。2010年の個人所有の乗用車台数は2065万台。絶対数ではピンとこないし、日本の個人所有の乗用車台数は5800万台なので、日本の3割程度の市場規模でしかないと思われるかもしれない。しかしながら、前年同期比の増加率は33.8%という驚異的な数字である。中国駐在の初期の時期に、中国人ドライバーの運転振りを目の当たりにしショックを受けて中国アレルギーが始まるという人は結構多い。常に先頭を争おうとするため、頻繁に車線変更をするが、後方確認などは一切しない。だいたい車線が引いてあっても、車線通りに走り続ける車などない。中国の車は日本と異なり右側通行で、交差点の右折は赤信号でもOKだが、自分の車線が赤信号だと、直進車が進む中、左右の安全確認もせずに、右折する。赤信号での右折は、青信号で横断している歩行者がいてもスピードは緩めない。自転車とバイクは信号や歩行者とは無関係に、自分の行きたい方向に向かってひたすら走る。

 途上国でのドライバーの運転マナーというものは、確かに“スリリング”なものがあり、筆者も10年〜20年近く前には、東南アジア諸国をはじめとする国々を訪れる都度、タクシーをはじめとするドライバーの、先頭争いの運転に何度となく肝を冷やした。しかしながらそれらの諸国の事情と比べても、確かに中国の運転事情は特に“スリル”溢れる。先日もたかだか3日程度の上海滞在で2件の交通事故を目撃した。歩行者として街中を歩くだけで緊張を強いられる。もっとも歩行者もスリリングな歩行を満喫している。信号を守っているのは外国人ばかりという場面も珍しくない。万博の時期には指導員がそこここにおり、笛を吹きならしながら注意を喚起し、歩行者に信号を守らせていたはずだが、万博も終わり元の黙阿弥か!思い出した。地下鉄もだ。駅に着いてドアが開くや否や、電車に乗り込む人と降りる人が同時に動き出す。整列乗車などは夢のまた夢(=実現不能の意)。

 これに慣れるまでは日本人は疲れるかもしれない。中には駐在期間中慣れることもなく、毎日がひたすら疲れるという、根が几帳面な方もいるはずだ。

健康面の不安

 中国でもっとも日本人駐在員が多い上海では、日本人医師も多く駐在している。外国人医師の場合は中国の医師免許がなければ、直接的な診療行為はできないが、中国人医師のアドバイザーという形であれば医療行為に関わることができる。上海に駐在している医師の一人である、GHC(Global Health Care)病院の船本先生によれば、中国国内では正確な統計データはまだないものの、医師の実感としてメンタル系患者は増加傾向にあるとのこと。特に外国人は日本人駐在員のみならず、ほぼ押し並べて、慣れない生活環境の中で、本国を離れて中国最前線で仕事をし、本社からは高い成果を上げることを期待され(中国のような高度経済成長で多くの企業が群がるところでの海外駐在員は、他社を押しのけてビジネスを成功させる事も期待されている。これだけでも結構大変な事だ)、一方で中国人社員の人事管理はなかなか一筋縄ではいかずという、様々なプレッシャーに囲まれた毎日を送っていることから、うつ病、パニック障害などのメンタル系の病気を発症することは間々あることだ。その際、注意を要するのは、中国の病院全般についていえることだが、正しいメンタル系疾患の治療法が浸透しているとはいえない状況であるという点。地元の国公立病院クラスでさえ、多くの症例で不適格な治療が行われている。これではおちおち病気にもなれない。こんな事を聞かされると、これもストレスの要因になりそうだ。また中国アレルギーが起きる。

中国社会保険法の外国人適用問題はどうなった!?

 2011年7月1日に中国社会保険法が施行された。その中では、「外国人が中国国内で就業する場合、本法規定を参照して社会保険に参加する」とされており、これに基づき、実施細則である中国社会保険法暫定弁法が9月6日に公布され10月15日から施行されている。これにより、駐在員も中国の社会保険、養老・医療・工傷・失業・生育の5種類の保険すべてに加入することが義務付けられた。

 産経新聞の試算によれば、本法律の適用による社会保険料の負担は、給料の40%近くになると言われている。もっともこの試算結果も曖昧で、ニューズウイークによると、給料の28%程度の負担増となっている。40%と28%、同じ試算でもこれほど結果が異なるのも、中国が提供している材料不足故とのことだが、それにしてもこの負担増は中国進出企業にとっては深刻な打撃となる。同じくニューズウイークでは、「外国人駐在員は高額の保険料を支払っても、15年以上中国に滞在しないかぎり年金の支給を受けることはできない」とし、続けて「問題山積の医療制度をはじめとする年金以外の社会保障についても、(外国人駐在員が)恩恵を受けられる見込みは薄い」としている。さらに「この政策は、急激に進む高齢化と労働人口の縮小によって揺らいでいる年金制度を立て直す方策のひとつではないかとの憶測もある」と結んでいる。

 これなども、法治国家でありながら、こうも短兵急で乱暴な法律の制定施行を平然と行うという、我々の理解を超えた行動をとる中国に対して、恐れや怒りを抱いたり不信感を持つようになるきっかけとなろう。

 しかしながらこの問題は、日本対中国という特殊な関係も考えると、さらに問題点が垣間見えてくる。実は、外国人駐在員に対して、自国の社会保険制度を適用させようという動きは、何も中国特有のことではない。今回の中国の件は、6月に社会保険法を施行し、わずかその4カ月後に今まで徴収の対象ではなかった外国人駐在員に社会保険料を払わせるという、準備期間も十分でない短時間での実施が異常なのだ。日本でも、当地で働く外国人社員は日本の社会保険の適用対象であり、欧米諸国でもこの基本的な考え方は同じである。したがって、かつて駐在員は、日本での社会保険をかけ続けると同時に、駐在先での社会保険制度にも加入するという、社会保険の二重加入が当たり前であった。社会保険の二重加入を回避するための工夫が、二国間の社会保障協定といわれているもので、日本では2000年の日独社会保障協定の締結を皮切りに、イギリス、韓国、アメリカ、ベルギー、フランス、カナダ、オーストラリア、オランダ、チェコ、スペイン、アイルランドと締結が終わりこれに基づく国内法も制定されている。これらの国との間では、駐在員の社会保険の二重加入が回避されているのだ。イタリア、ブラジル、スイスとの二国間の社会保障協定も締結済であり、これらの国でも近々駐在員の社会保険の二重加入から解放される。中国に対しても、同様に二国間の社会保障協定の交渉を行わなければならないはずだが、アメリカやヨーロッパ諸国と中国政府との社会保障協定の話し合いは着々と進んでいるが、日本政府からの働きかけに対しては、目下のところ中国政府の動きは極めて緩慢だ。厚生労働省のホームページなどを見ると、2013年を目途として日中社会保障協定を結びたいとしているが、そのための中国側からの積極的な動きは殆ど見えない。要は、日本は後回しのようだ。

辛亥革命と日本

 2011年は清から中国へと変わるきっかけとなった孫文を中心とした辛亥革命から丁度100年にあたる。10月9日には北京の人民大会堂で100年の記念式典が開催された。死亡説が流れた江沢民前国家主席が姿を見せ、スピーチを行ったことが日本でも大きく報道された。もっとも、中国の一般市民にとって辛亥革命100周年がどの程度であったか?といえば、いたって平静であり、いつもの日常が続いており、北京オリンピックや上海万博のようなお祭りムードなどは微塵もなかった。孫文の掲げた民族主義、民権主義、民生主義からなる有名な三民主義の真の後継者は果たして中国だろうか?という疑問は誰もがもつものと思う。現に、台湾では、台湾の辛亥革命100年の記念式典は2012年1月1日のはずだが、わざわざ、中国の辛亥革命の記念式典のタイミングにあわせて、三民主義の正統なる後継者は台湾であるという声明を発表している。

 さて、辛亥革命の主役、孫文は実は日本との関係は極めて深い。孫文は号を孫中山といい、中国でも盛んに孫中山と呼ばれているが、その中山は孫文が日比谷公園近くに住んでいた折、公園近くにあった中山という邸宅に掲げられていた表札「中山」の字が気に入り、自らを中山と号するようになったと言われている。今の中国ではそんなエピソードは一切触れられていない。孫文が最初の革命の蜂起に失敗をして亡命した国は日本であり、梅谷庄吉、頭山満、宮崎滔天、犬養毅らが孫文を支援し、辛亥革命の成功に協力した。そんなエピソードも中国での辛亥革命100周年記念の新聞の報道特集では、一切報道されていない。孫文と日本の関係の報道は、日本で開催された「孫文と日本人の友人達」という写真展を紹介した東京の特派員からの簡単な記事程度であった。10月9日の現地の新聞では、孫文は13歳の少年時代に年の離れた兄のいるハワイに留学したこと、ハワイでの教育が孫文の思想形成に大きな影響を与えたこと、また1894年にハワイで秘密結社興中会を結成し翌年武装蜂起したが失敗したことなどを詳しく報道していた。翌日10日は孫文が9回目の武装蜂起に失敗し隠れ住んだペナンについてである。ペナンの前には、もっと長い間日本に住んでいたのだが、日本での孫文についての報道はついに見ることがなかった。仮に中国における報道がある程度中国政府の意向を反映しているのであれば、一連の辛亥革命の特集記事から日本が外されていることの意味も、おぼろげながらも理解ができる。

 冒頭、少数意見としたが、これが中国の実像の一部であれば、嫌中国の日本人が存在することも、また中国だけは特別だと言う意見も、頭から否定はできまい。

2011年10月01日

第30章 中国事情 その4 −中国人の労務管理 その2−

カラ出張、業者からのリベート

 先だって、長い中国での赴任を終えて帰国した友人に、現地でのローカル社員を巡るトラブル事例について尋ねたところ、表題のような言葉が返ってきた。彼が勤務していた会社だけでなく、同じ日本人の駐在員同士の情報交換として聞いた他社の事例も含まれていると言う。それにしても随分と色々あるな!というのがその時の筆者実感であった。会社名等の匿名性をさらに担保するため、複数の会社のトラブル事例を一つの会社のように纏めて記載してみた。

 中国に進出当時から、その会社には出張に際して、事前に出張目的と訪問先、出張経路、出張スケジュールを記載する出張申請書のような書式はなく、必要に応じてそれぞれの判断で勝手に出張することを許していた。それでも、人数が少なかったため、その会社の社員全員が出張者の出張目的、訪問先、スケジュールなどを正確に把握しており、何の問題も生じなかった。中国での経営基盤も固まり、売上も増加、社員数も増えた。組織も細分化され、昔のように社員ひとりひとりの行動に目が届かなくなってきた。だが、出張については、担当者に一任という昔のままのやり方を続けていた。ある営業社員の複数の出張精算を調べたところ、宿泊先での高額の電話代の精算、休日にあたる日の高額のタクシー代の請求が見つかった。極め付きは、往復の所要時間を計算すると、現地ではほとんど仕事らしい仕事をする時間が残らないスケジュールでの出張精算である。ホテルの領収書にあった高額の電話代は私用の国際電話だった。タクシーも全くの私的利用であることが分かった。殆ど仕事をする時間がない出張に関しては、現地の訪問予定先に確認したところ、本人はその日に訪問しておらず、カラ出張であることが判明した。

 社有車の整備や修理に会社指定の業者を使わずに、「無理を聞いてもらえる上に安い」と言って勝手に知り合いの修理工場を利用している営業社員がいた。そこは現金精算しか受け付けないと言い、経理から現金を引き出していた。調査したところ、業者からその営業社員には毎回代金の何割かがリベートとしてバックされていた。また、その営業社員に貸与した社有車に限り故障が多いのか?勿論、そんな馬鹿な事はない。詳しく調べたところ、故障もでっち上げて、その修理工場に持ち込んでいたらしい。

 読者諸兄の中にも同じようなトラブルを抱えた経験はお持ちになる方がいらっしゃるのではないかと思う。しかしながら、このような話から「だから中国人は信用できない」と結びつけるのはアンフェアのように思う。第一に、中国人ばかりでなく、我々日本人にも同様の事をする不心得者はいる。「イヤイヤ、筆者も前章では、昇給査定の時には温厚な中国人ですら顔つきが変わると言っていたではないか。中国人は日本人よりもお金に執着する度合いが著しい。だからこんなトラブルを引き起こすのだろう」とか「このような不祥事を起こすのは中国人の方が多いだろう」と言う声が聞こえてきそうだ。しかしながら、まず、お金に執着するから、お金がらみの不祥事に繋がるというのは、合理的な帰結ではないし、第一に随分と失礼な話だ。また中国人と日本人のどちらが多く金銭絡みの不祥事を起こすのかという統計的分析は、人事労務の観点からは全く無意味な議論である。会社の経営では、そのような不祥事を一例でも引き起こさないことが求められる。発生事例の多寡をもって優劣を決定するような筋合いの話ではない。第二に、前述の出張のケースにしろ、社有車の修理のケースにしろ、会社がきっちりした事務手続きのフローを定め、これを遵守させていれば、かかるトラブルは事前に十分に回避できたことである。その意味では、社内手続きを的確に定め、遵守させなかった会社の怠慢が引き起こしたことであり、一番の責任は会社にあると思う。

 類似の例で、私用電話のケースもある。確かに中国人は電話好きだ。13億人の人口ですでに携帯電話の保有台数は8億台を超えたという。道を歩いてもひっきりなしに携帯電話で話をしている人が多い。ある日系の会社では、会社の電話を中国人社員が頻繁に私用に使っているとのこと。一回30分程度の長電話はザラにあるらしい。ところが、その会社では、中国人社員からの反感を恐れて私用電話の禁止を社内に通達することを躊躇しているという。最後には、「もともと中国人は電話好きだから」という説明で、中国人の私用電話を黙認するに至った。「全く信じられない結論ですね」とは別の会社の中国人経営者の言である。勤務時間中に仕事に専念しなければならないのは、何も日本人だけのことではない。中国人も同じである。これも会社がキッチリとした社内ルールを決めて、それを周知・遵守させる努力を怠っている典型的な事例の一つだ。

 規則を定める。手続きを定める。それらを社員に周知する。規則や手続きを社員に遵守させる。規則や手続きの違反がないかをチェックする。違反があった場合は事情を調査して、事情に応じて違反者を処罰する。これら一連のことは、中国に進出する企業に限って特別に行わなければならないことではない。企業経営では当然、どこの国でもやらなければならない事だ。しかしながら、残念なことに、往々にして海外駐在員は、営業、生産、マーケティング、品質管理などに注力しがちである。日本本社の海外駐在員の選抜に際しても、これら営業等関連部門から行うことが多い。そのため、人事を含めた管理部門の仕事は現地社員に任せてしまう事が珍しくない。社内の意思決定フローでは、人事等管理部門の書類も必ず日本人幹部社員が最終決裁をする場合であっても、管理部門はもともと自分の専門外であるということから、殆ど書類内容を見ずに半ば機械的に承認印を押すようなことが往々にして散見される。

最も多いのは評価に対する不満

 以前にも本稿で紹介したが、20歳代から30歳代を中心とした外国企業に勤務経験のある中国人に対するアンケート調査で、「再び欧米企業に勤務したい」と答えた者は8割近くだが、「再び日本企業に勤務したい」と答えた中国人はわずか7%だったという結果がある。

 中国人社員にとって、日本企業に対する不満は、「日本人の上司は自分の仕事に対する評価が曖昧で、何が評価され、何を改善しなければならないのかがわからない」がもっとも大きい。よく日本人の幹部社員は「中国人はお金にシビアなので、少しでも高い給料を提示されると、そっちの会社に簡単に転職してしまう」と言うが、中国人社員を対象としたアンケート結果からは、賃金水準の不満以上に評価に対する不満が大きい。

 さて、評価の問題は、何も中国に進出している日本企業固有のものではない。本稿で何度となく指摘してきたように、海外に進出する日本企業に共通の問題点である。先日、人事関係の大きなフォーラムがあり、海外人事についても大手日本企業が複数、自社の事例を紹介していた。何れも、誰もが社名を良く知っている有名企業であり、長らく国際化を積極的に進めてきている。フォーラムの主催者の思惑は、これらの会社の事例を海外人事の先進事例として参加者に紹介しようというものだったのであろうと推測するが、筆者の目には、何れも海外人事の“先進”事例のレベルには遠く及ばずと映った。これから海外進出を積極的に行おうとしている企業にとってみると、こんな有名な会社でも海外人事についてはこの程度で済ませられるのだという、無用の安心感を与えてしまうような事例のオンパレードだった。特に評価については、何れの会社も本社の海外人事は何もしていないに等しい報告に終始した。日本本社の海外人事からしてみると、海外拠点での現地社員に対する評価はあくまでも各海外拠点で解決すべき個別の人事の運用に関する事項であるらしい。評価は本社の海外人事の管轄外のようだ。そのため海外拠点からの情報収集もしていない。情報収集していない…つまり現状の把握ができていないということだ。現状の把握が出来なければ、分析はできず、分析が出来なければ原因が究明できない。原因が究明できなければ問題は解決されない。日本の海外拠点で働く現地社員にもっとも多い不満である評価については、このように本社の海外人事の問題意識から外れて、現地任せの状態で、かれこれ30年以上放置されてきている。

 またまた反論が来そうだ。「わが社の海外人事は本社の評価体系を海外拠点の現地社員にまで拡大する。この試みが完成すれば、日本人社員と海外拠点の現地社員が同じ土俵で公平に評価される。」確かに、先のフォーラムでもこのような試みを海外人事のプロジェクトとして紹介していた企業が若干だが存在していた。しかしながら、体系を作り、制度を導入すれば、それで現地社員が満足する評価が実現できるのだろうか?本社の海外人事担当者の行動の一例をご紹介しよう。日本の大手企業に奉職する筆者の知人が、人事部に異動となった。海外人事も担当するとのことで、彼は早速その会社の海外重要拠点である中国に出張に行った。出張から帰った後、筆者は彼と話をする機会があり、出張中での昼食をどのように済ませたかという質問をした。「出張中の昼食は拠点の日本人社員がすべてセットしてくれて、大変おいしい中華料理のレストランに出かけた。満足でした。」中国人社員と会議室で面談はしたが、大した話は出ませんでしたとのこと。筆者は彼に対して、次に機会あれば以下の行動をとるようアドバイスをした。昼食はできるだけ、現地の中国人社員と一緒にとること。食事の際には、彼らからの質問にはできるだけ誠実に答えると同時に今の中国に対して質問をすることで、自分が中国に対して興味を持ち、高い関心を抱いている事をわからせること。ただし、政治の話はNGである。こちらから彼らに一歩近づけば、彼らの考えが近付いた一歩分だけでもわかるようになるだろう。現地の社員が何を考えているかがわからないで、本社の海外人事の仕事は成功しないだろう。

 現地社員の不満は上司の評価が曖昧で納得できない事であって、本社の評価制度が導入されていないことではない。評価は 1.その社員がやるべきことが具体的に明らかとなっており 2.その社員が実際にやったこと(実績)が正しく記録されており 3.「やるべきこと」と「やったこと」が公平に比較されること で適切に運用される。この1から3までのプロセスが文章化できれば、評価の不満の大部分は解決される。これは日本人の上司と部下である現地の社員との間のコミュニケーションの問題にほかならない。日本人上司が的確で厳密なコミュニケーションを書面で行えば済む話である。しかしながら多くの日本人マネージャーにはこれができない。そうであれば、日本本社の海外人事のやるべき事は、評価体系の海外拠点への拡大ではなく(それはそれで結構だが)、日本人マネージャーのトレーニングのはずだ。決して海外の各拠点任せで放置して済むレベルのものではない。

 前述の1から3を実施すれば、現地の社員ひとりひとりの個別の評価という問題は解決する。しかしながら、たとえばA社員とB社員を比べて今回はどちらがより会社に貢献したか?という問題は解決しない。A社員、B社員とも1の「やるべき事」が同じような仕事であれば、比較もできようが、「やるべき事」の種類が異なると、比較は難しい。さてこの問題はどのように解決すれば良いのか?これも全社共通の評価体系を導入すれば自動的に解決できるというような問題ではなさそうだ。筆者の考えでは、この解決策も制度導入ではなく、各海外拠点の幹部社員にある。人間は、それぞれの構成要素別の厳密な比較ができなくても、相対として、どちらが上かという判断はできるものである。この点が二進法で全ての事象を分析するコンピュータと細かいことはあいまいなままでも全体を何となく正確に、あるいは直観的にとらえることのできる人間の頭脳との違いであろうか。評価にしてもしかりだ。たとえば、一人のマネージャーが自分の統括する部下についての今期の実績について、最上位の優秀者から最下位の部下まで順番をつけることはできる。部下の人数が多すぎて、順番付けなどとてもできないというマネージャーには、任意の二人の部下を選びどちらが優秀かを決定させることから作業をさせる。任意の二人の優劣が決定できれば、この組み合わせを繰り返すことで全員の順番付けは完成する。任意の二人の比較すらできなければマネージャーとはいえない。同様に自分の統括する部門以外の社員についても、自分に関係する部門の社員を中心にある程度の順序付けはできるはずだ。これも予備資料として用意させる。その上で会社のマネージャーが集まって全体の評価会議を行う。全体の評価会議の目的は、社員を優秀なグループ、やや優秀なグループ、普通のグループ、やや優秀でないグループ、優秀でないグループというような種類に分けることだ。何も部門を超えて一番から最下位まで順番をつける必要はない。この会議で会社全体の評価も決定できる。

 忘れてはならないのは、マネージャーが参加する評価会議において重要なのは、それぞれのマネージャーは他の会議参加者に対し、自分の評価結果に基づき、なぜ、部下Aは優秀なグループに入り、部下Bはやや優秀でないグループに入るのかを説明する作業だということだ。これが、実際にマネージャーが部下ひとりひとりに評価結果をフィードバックする際の練習になる。またマネージャーは他のマネージャーの説明の仕方から何かを学ぶこともあるだろうし、さらには、マネージャー全員が共通で、言うべき事を見つけることもあるだろう。何れも、評価の納得を得るには大切な要素となり得る。

 海外人事も中国を対象とすると、中国の特殊性や日本との関係に目が行きがちのようだ。確かに、中国は日本の隣国であるが、共産国家でありながら近年一国二制度の名のもとで自由主義経済が目覚しく発展しているという特殊な国家だ。中国人も、文革を知っている40歳代以上、文革末期の混乱の洗礼を強く受けた30歳代、文革を知らず改革開放の20歳代と混在しており、この世代間の認識の格差は日本人には想像も及ばない。加えて、何かというと、第二次世界大戦の日本の中国侵略や、日中間の領土問題が持ち出されたりして、反日運動に発展しかねないリスクを常に日本人は抱いている。人事問題で中国人社員が団結して日本人経営者に抗議することなどあれば、このリスクを思い出し、ついつい対応に腰が引けたりもする。こんな面倒くささを回避するため、逆に嫌中国人となって強圧的なマネジメントに走ったり(これは少数)、中国人の管理は中国人に任せてそれほどの関心を持たなくなる(これが大半)。これでは、折角、中国に進出して、中国人を多数雇い入れても、中国からは評価されない。

2011年09月01日

第29章 中国事情 その3 −中国人の労務管理−

中国人の常識は日本人の常識と一致するか?

 休暇で日本を離れていた時に出会った中国人グループのエピソードをご紹介しよう。雲ひとつない晴天に恵まれ、最高気温も30度を超す。滞在先のホテルから、車で小一時間のところに、透明度も高く、様々な種類の魚が泳ぐサンゴ礁の海岸がある。ホテル提携のシュノーケリングのツアー会社が、バスでホテルとビーチを往復してくれ、希望者にはシュノーケリング用具一式を貸してくれる。早速家内と二人でこれに申し込んだ。午前10時、バスに乗り込んだところ、乗り合わせたのは、アメリカ(ノースカロライナ)からやってきた家族連れ4人とドイツ人グループ5人、それにバスの最後方に中国人(北京から来たと言っていた)グループ4人。ドライバー兼ガイドは、運転しながら、観察できる魚の図鑑を乗客に回覧したり、到着したビーチの駐車場では簡単なシュノーケリングギアの使い方を説明したりと大忙し。アメリカ人家族やドイツ人グループは、ドライバー兼ガイドの説明に対して細かい質問をしてみたり、ジョークを取り交ぜて大声で笑ったりと大騒ぎ。海外で良く見られる風景だ。我々日本人二人はというと、基本はおとなしく、とはいえ、聞かれるままに「どこから来た」とか「明日は何をするのか」という、これもお決まりの質問に対応していた。対して中国人グループはドライバー兼ガイドの「どこから来た」と言う質問に対して「北京から来た」と代表者らしい人物が発言した以降は沈黙。随分とおとなしかった。

 事件は帰り、ビーチからホテルまでのバスに乗り込もうとしている時に起きた。行きと同じドライバー兼ガイドが中国人グループに対して突然大声で「NO」と言いだした。お互いが一方を言い負かそうとする迫力ある応酬が展開された。聞くともなしに聞いていると(あまりの大声で、他のアメリカ人とドイツ人のグループも思わず耳を澄ませて聞き入っている模様)、どうも中国人グループの一人がシュノーケリング用のマスクを海で失くしたらしい。中国人のグループ代表者がビーチハウスの売店で、水中マスクを購入し、「失くしたマスクの代わりに新品を買ってきた」と言っている。「うちがレンタルしているのはシュノーケリング用の専門の高級マスクだが、あなたが買ってきたのはそういう種類のマスクではない。はっきり言って子供のおもちゃのようなもので、こんなものは受け取れない」とドライバー。何度か同じようなやり取りが繰り返されたあと、中国人からは「では弁償に応じよう。一体いくら払えば良いのか?」ということになった。ドライバーは自分では判断できないから、会社に聞くと言い、電話をしたところ「35ドル」とのこと。筆者は「ちょっと高い気もするが、シリコン製の専用マスクであれば、まあ定価はそんなものか」と思ったが、中国人は「高い」「ビーチハウスのマスクは20ドルしない」と言いだし、それが受け入れられないとなると「35ドルは新品のマスクの値段のはず」「借りたのは新品ではない」と値切り交渉が始まった。ドライバーがかなりきつい言葉を発し(早口の英語で筆者には聞き取れず。多分、スラングいっぱいの発言だろう)、しぶしぶ中国人は支払いに応じた。バスはやっと出発。筆者はアメリカ人とドイツ人のグループと何となく目があって、お互いに肩をすくめたり、「ニヤリ」としたり。

 それやこれやでホテルに帰り、部屋でシャワーなど浴びさっぱりしてから、夕方ホテルのプールサイドのバーへ行くと、ビーチの往復で一緒だったアメリカ人一家とばったり。話題はやはり中国人グループの行動。「借りた物を失くした償いとして、安物を買って済まそうとした行動は信じられない」とは、アメリカ人家族のお母さんの言葉。お父さんの方は「物を借りるというお互いの約束、いわば契約である。借りた物を失くしたのは契約違反。それも自分の過ちが原因なのだから、貸主の主張する弁償に応じるのは当たり前のことだ。彼らは請求された弁償の金額を“高い”“高い”と声を張り上げていたが、その前に自分の過失で借りた物を失くしたことに対して素直に謝罪すべきだ。謝罪の言葉は一言もなかった」こうして、シュノーケリングマスク紛失事件は日米間の主要話題となった。その日ホテルのプールサイドのバーで、日米の共同歩調による中国包囲網が形成され、中国人と付き合う時はお互いに注意をしようということに相成った。

 帰国して、親しくしている中国赴任10年以上の中国通の方に上記エピソードを紹介したところ、「中国人の行動としては典型的だね。珍しいものではないよ」とのコメント。「休暇で海外に出かけることができるのだから、中国人社会では富裕層。外国とビジネスを行う上でのマナーも常識も知識としては十分もっていると考えてまず間違いないはず。そんな彼らでも、自分のお金が絡めば、眼の色が変わる。自分たちに少しでも有利な条件を勝ち取ろうと全力を傾ける。相手から少しでも譲歩を引き出せれば、その分自分は得をする。中国人の行動としては当たり前のものだ」というのが彼の説明だった。「周りがそんな自分の行動をどう見ているのかなどとは考えないのですか?」との筆者に対して「それは日本人の行動の典型ですね」「アメリカ人やドイツ人のグループも同じように呆れていたと思いましたが…」「中国人の態度や行動はアメリカ人やヨーロッパ人から見ても、常識外れと判断される事は珍しくありません。だから、中国人は誤解されたり嫌われたりするのかもしれません。しかしながら、中国人は、自分達のそんな行動が常識外れだとは思っていないのですよ」

毎日が賃上げ交渉 −アジア地区の人事責任者の中国出張 

 今回、中国の人事労務に関して小論を纏める際に、筆者は中国経験のある人事の実務家複数と会い、彼らの苦労話を聞いた。これからご紹介するのは、ある企業グループの国際人事のアジア地区統括責任者の話。彼は中国現地法人の人事部長の上司となる。その企業グループにとって中国は最重要拠点。したがって、彼も年に何回かは中国に出張している。出張を繰り返すうちに、現地法人の中国人社員に、彼が人事部長の上司であることが伝わったらしい。

 出張すると、初日から「○○さん。ちょっとお話があります」と現地の色々な人に声をかけられる。最初は、現地の人事労務管理で何か問題があるのかと思い、思わず緊張したのだったが…。最初の出張の時に、日本本社と同じように社員に対して「相談があれば遠慮なく言ってきて欲しい。自分でできることは努力しよう」と気軽に言ったのが間違いだった。

 中国人A社員。「2か月前から、退職した人間が担当していた仕事の一部が自分に割り振られた。自分は一生懸命働くし、能力もあるので、この新しい仕事もキチンとこなしている」「頑張ってくれてありがとう」とは彼の言。その言葉が終わるのも待たずに「それなのに給料が少しも上がらない。仕事が増えたのだから、その分給料が上がるのは当然ですよね。何とかして欲しい」

 続いてB社員。「先月から同じ経理課に入社してきた新人がいる。前の会社でも経理をしていたらしい。その人の給料が私よりも多いことがわかったのです。これは不公平です。私の給料をすぐに上げて欲しい」「他の社員の給料など正確にはわからないでしょう。あなたが気にし過ぎているのではないですか?」と尋ねたところ、「先月の給料日にお互いの給料明細を見せ合って比較したので間違いありません」との回答。

 C社員。「友人が日系のXX社に就職した。私と同じような仕事をしている」(今度はその戦法かと、こう続くと相手の出方も読めてくるが、案の定…)「友人の給料が私の給料よりも3割も高い。これは私がこの会社で仕事していく上で大変不味い。すぐに給料を見直して欲しい」

 それでいて、たとえば週末を挟む中国出張の時などは、「週末ホテルで一人ではさびしいでしょう。家に食事に来ませんか」とか「家族へのお土産などの買い物に付き合ってあげますよ。安くて良いものを売っている店に連れて行ってあげるから」などなど、彼の人徳もあるのだろうが、親切に声をかけてくれるという。「金の話さえ、もう少し“綺麗”なら本当に付き合いやすい良い人たちなのだがなあ」と彼の結びの言葉である。

 余談ながらその現地法人の人事部長は中国人だが、社長、副社長は日本からの出向者だ。彼ら日本人の社長・副社長コンビは異口同音に、「年に1回の定期昇給の時期はもっともっと大変ですよ。全社員の顔つきが変わるんですよ。普段はあんなに温厚な人が、半ばけんか腰で、自分の給料の見直しを迫ってくるんです」「仕事も好き。社長さんも会社も好きです。でも私には家族がいます…と泣きついてくる人もいます」

賃上げを巡る深刻なトラブル

 中国の日系自動車部品製造会社で、ストライキにまで発展した深刻な事例がある。2004年に最低賃金規定が公布され、労働者が法定の労働時間に通常の労働を提供する場合使用者が法により支払わなければならない最低賃金が規定されることになった。最低賃金水準は、都市部の住民の生活費の支出、社員個人が納付する社会保険料、住宅積立金、その地域の従業員の平均賃金、失業率、経済成長率などの要素を考慮して起算される。また最低賃金は少なくとも2年に1回改定されることとなっており、最近は2009年を除くほぼ毎年、その水準が見直されている。

 その工場では基本給と諸手当と合算すると、その都市部の最低賃金を上回っていたが、基本給は下回っていた。社員側は、基本給をその都市部の最低賃金の2倍に引き上げること、日本人管理職を含む全社員の給料を公開することを要求して、ストライキに入った。当初は一部職場の社員だけの動きであったが、たちまち全社員に広がった。労働組合である工会が調整に入ろうとし、具体的には会社と工会との協議会を提案したが、工会の幹部は管理職が多いため工会は一般社員の意見を代表としていないとして、ストライキの中心社員グループはこれも拒絶。

 最後は、会社側が譲歩することで事態が収集された。すなわち、1.基本給をその都市部の最低賃金の1.5倍にする 2.工会に職場単位の一般社員の代表を加えた組織を会社との協議会とする 3.日本人管理職の給料は公開しないが、給与体系と人事考課体系を整備し、給与改定の仕組みを作ることを約束する という合意が成立し、ストライキは解除され、工場は正常に戻った。しかしながら、また同じような事が起きるかもしれないという不安は今も払しょくされず、滓のように経営陣の心の奥底に残っているという。

 給料を巡るトラブルへの処方箋は?と言えば、Pay for Performanceを思想の中核に据えた給与と人事評価の体系を作り、社員一人一人の職務を正しく分析評価し、その評価結果に基づいた給与水準を定め、その後は、社員一人一人の業務目標を定めて、その達成状況に応じて給与水準の見直しを行うという、人事の基本原則に戻ること。これがまずは何よりも重要なことだ。労務管理の成功とは、結局のところ、社員一人一人から、給与決定と人事評価の実施に対しての納得性を勝ち取るプロセスを円滑に運営することに他ならない。鍵は社員一人一人との個別合意の積み上げである。きめ細かなコミュニケーション力だ。今までも繰り返して指摘しているが、これは日本人管理者には不得手な領域であるといえよう。

2011年08月01日

第28章 中国事情 その2 −労働法の日中比較−

日本の常識は中国でも通用しない

 アジア、特に東アジアの労働法各法を眺めると、日本の労働法各法と似たような記載を随所に発見することが珍しくない。これは、他の東アジア諸国に比べると、労働法の整備については、日本がやや先行しており、他の諸国が立法措置に入る準備期間中に、日本の労働法もある程度は参考としたのではなかろうかと推測する。とはいえ、やはり国それぞれの事情もあり、労働法の詳細を見ると、日本の定めとは大きく異なる点も散見される。他国の法律について、自国のそれとの類似性のみを頼りに、労務管理上の判断をする事はリスクが極めて高い。本章では、中国の労働法各法の日本との違う点をいくつかご紹介することで、日本の労働法によって形作られた日本の労務管理の常識は中国では通用しないことを明らかにしようと思う。一点ご注意いただきたいのは、中国における変化の早さと激しさについてだ。これは法制面も例外ではない。筆者としては、この部分については改定しないだろうという個所を出来るだけ探して、本稿を構成しようとは思うが、筆者がここで挙げる事例も、遠からず陳腐化してしまう可能性は否定できない。

雇用契約の締結は必ず書面で行う(労働契約法第10条)

 日本では民法によれば、雇用契約は諾成・有償・双務契約と定義づけられ、民法に従う限りは必ずしも雇用契約の締結自体は必要とされていない。労働基準法第15条で、重要な労働条件についての書面による明示義務を定めるが、契約の締結を定めてはいないため、契約書のような双方合意の様式ではなく、会社による一方的な書面である「労働条件通知書」を労働者本人に提示することで足りるとしている。

 一方で中国では、労働契約法第10条で「書面による労働契約(注:雇用契約と同義 注は筆者)を締結しなければならない」と明確に定めている。ここで興味深いのは、同法における、書面による雇用契約が締結されない場合のペナルティー条項。雇用契約がないまま雇用が開始される場合、遅くとも雇用開始後1カ月以内に雇用契約を締結しなければならないと規定し、仮に雇用契約が雇用開始後1カ月以上1年未満の間に締結されない場合は、雇用1カ月に付き2倍以上の賃金支払いを義務付けている。なお、雇用開始後1年以上雇用契約の締結がない場合は、当該雇用契約は期間の定めのない雇用とみなされる。

就業規則の制定と改正(労働契約法第4条)

 そもそも、就業規則はどうだろうか?筆者は本稿第1章で、米国には労働条件を包括的にかつ詳細に説明する従業員ハンドブックなるものは存在するが、それは会社がその内容を一方的に修正しても構わないような工夫も許されている代物で、日本で言うところの就業規則は存在しなかったと書いた。中国ではどうだろうか?中国では労働契約法第4条で、「使用者は法により労働規則制度を確立し、かつ整備しなければならず」と就業規則の制定と整備を会社の義務と定めている。

 続いて、同法第4条では「使用者は、労働報酬、労働時間、休憩休暇、労働安全衛生、保険福利、従業員の研修、労働規律及び労働定量の管理(注:労働定量とはいわゆるノルマなどの会社が社員に課する目標値のようなものが典型)等に関する、労働者の密接な利益に直接関わる規則制度または重要事項を制定、修正または決定する場合、従業員代表大会または全従業員による議論の上、試案及び意見を提出し、労働組合または従業員代表と平等な協議の上確定しなければならない」と定めている。就業規則は、ここで例示列挙した事項以外も言及はするであろうが、労務管理上、とくに重要と思われる労働条件はここで列挙されていると思われる。これらについての制定や修正には、労働組合または従業員代表との“平等”な議論が必要とされる。特に、中国進出の日本企業にあっては、このあたりの労働条件の修正にはくれぐれも注意する必要があろう。また今回、複数の中国の労働法を研究している専門家の意見をチェックしてみたが、異口同音に、労働契約法第4条で定められた事項以外の就業規則の制定や修正は面倒な手続きなしに会社が出来るという解釈があった。果たしてどうだろうか?未だチャレンジした事例は耳にしないが、“労働者の密接な利益に直接関わらない”労働条件を制定したり変更したりするのは会社が自由にできるとしても、“労働者の密接な利益に直接関わるか否か”の判断主体には、会社がなることができると同時に労働組合や従業員代表もなることができると思う。ご用心。結論としては、常日頃、労働組合や従業員代表との間での労使間の協議の仕組み作りが重要だという事になろう。これは日本の会社にとってはかなり高いハードルのように思える。

 一方で日本の労働基準法は第90条で、作成、変更の場合「従業員代表の意見を聴く」との定めがある。人事労務の世界の笑えないジョークに、就業規則を変更するに際して従業員代表から「今回の変更には反対である」という意見を聴取して、変更を行ったというものがあるが、中国と比べると、制定・変更手続きは随分と違う。

試用期間の長さは雇用期間によって異なる(労働契約法第19条)

 実は日本では試用期間については、労働基準法第21条の解雇の予告の除外規定で「試の使用期間」という表現があるが、試用期間についての明確な法の定めは実は存在しない。判例の積み重ねにより、1年を超える試用期間は長すぎるという解釈が定着している程度である。また、就労形態の多様化により、期間の定めのある有期雇用者数が増えているが、彼らについては、もともと試用期間は長期雇用を前提とした上での制度であるはずなので雇用期間が限定されている有期雇用者には試用期間は設けるべきではないという意見もある。

 対して中国は、明確に法により、雇用契約の雇用期間が3か月以上1年未満の場合は1カ月まで、1年以上3年未満の雇用期間では2か月まで、3年以上では6カ月までの試用期間との定めがある。

多種多様な罰金制度

 労働契約法や他の労働法とは異なるが、中国の会社の就業規則を複数レビューすると、実にさまざまな種類の罰金が懲戒規定に盛り込まれていることに驚く。日本では労働基準法第16条(賠償予定の禁止)に「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、または損害賠償額を予定する契約をしてはならない」と明記し、罰金制度を禁止している。なお、懲戒制度の一環として、賃金の一部を一時的にカットする減給の制裁は罰金ではないとされている。

 一方中国では、唾を吐いたら罰金、不良品を見逃したら罰金、遅刻も罰金、会社の電話の私的利用も罰金、タイムカードの押し忘れ、名札の不携帯、最終退出者の執務室のエアコンの消し忘れ等々も罰金と、本当に幅広い。社員が退職する際の罰金も可能である。たとえば、会社が優秀な社員だからと日本本社へ特別に研修に行かせたところ、研修が終わって中国に帰国してすぐに退職した場合に、その社員に罰金を課すというルールを、本人と会社の間で事前に作ることが出来る。もちろん、過大な罰金は違法とされ、また長期間の勤務を強制することもできない。また実際の罰金額は、当初設定された罰金総額から、その社員が研修後勤務した期間に支払われた賃金相当額を差し引いた残額となるとされる。かつて日本企業の研修予算が潤沢だった頃、企業研修の一環で海外留学した社員がMBA取得後すぐに退職する事例が相次ぎ、各社とも対応に困っていたが、これが中国であれば対応策は簡単に策定出来たことだろう。

 ただし、中国では、罰金を会社が管理して、福利厚生や社員の新年会などに供出すると聞く。社員に還元される仕組みが付加されているのであれば、罰金制度もいくらか救われる思いなのは筆者だけではあるまい。

有給休暇は前職での勤務期間が通算される(従業員年次有給休暇条例)

 日本では労働基準法の定めをいちいち引っ張り出すまでもなく、有給休暇の付与日数はそれぞれの会社における勤続年数に応じて決定される。しかしながら、中国では、複数の会社に勤務した場合、累計の勤務期間が連続して12カ月以上あれば、有給休暇を付与される権利が生じるとされている。

 なお、条例によれば、付与される有給休暇日数は、累計勤務期間が1年以上10年未満であれば5日、10年以上20年未満は10日、20年以上は15日とされている。また有給休暇は年始から年末12月31日までの期間を基準としているため、たとえば累計勤務期間が5年の人を7月1日付けで雇用した場合の有給休暇は5日×1/2=2.5日、1日未満が切り捨てなので2日間ということになる。また未消化の有給休暇について、会社は賃金の300%の賃金報酬を支払わなければならないとされている。これも日本の労基法で慣れ親しんだ労務管理の担当者には要注意であろう。

有期雇用から無期雇用の奨励への変更(労働契約法第14条)

 労働契約法が施行される際に、日本で大きな議論を巻き起こしたのが労働契約法第14条問題だ。1994年に制定された労働法のもとで、中国は社会主義国家であるにもかかわらず労働者にとっては好ましくない雇い止めを認める有期雇用が雇用形態の主流となっていた。雇用保障に伴う直接間接の労働コストが他の国(特に日本!!)に比べ割安に済むという点では、会社にとってこれほど好都合の雇用の仕組みはなかった。中国経済の成長に伴い、格差の問題が大きくクローズアップされ、この仕組みが大きく見直されることとなった。

 中国では、従来の有期雇用を固定期限労働契約と呼ぶが、これに対する無期雇用を無固定期限労働契約と呼ぶ。労働契約法の第14条の内容が発表された当時、日本のマスコミも「中国での新しい労働契約法では労使間で協議の上終身雇用契約を結ぶように求めている」「中国でも終身雇用を導入!!」「中国がいよいよ労働者保護へ大きく舵を切った」「工場で働く工員も生産調整のためとはいえクビにはできない」「アルバイトも簡単には雇えなくなる」というたぐいの報道が多かったように思う。今でも中国の労務管理を論ずる際に、固定から無固定への変化を、終身雇用の積極的導入という説明を行う中国専門家は多いようだ。

 しかしながら、中国の労働当局は労働契約法施行直後に「法理面から説明すると、無固定期限労働契約は決して期限がないという意味ではなく(注:終身雇用ではない 注は筆者)、明確な終了時期をあらかじめ定めないということだ。こうした契約は雇用側の負担にはならない。法定の条件を満たせば、雇用側は労働者との労働関係を解消することができる」とコメントしている。確かに、雇用期間が従来よりも長期化することは間違いなく、行政当局もその趣旨に沿い会社を指導していくはずだ。

 日本でも、日本通と自称する外国人経営者が「日本では一度社員を雇うとクビにはできないから、その点は本当に難しいですね」と言ったりするが、こんな発言は正しい日本の姿ではないことは読者諸兄はよくおわかりだろう。終身雇用などはすでに崩れ去ってしまっているし、会社の業績不振の場合ばかりでなく、不採算部門の撤退、合理化効率化の推進による人員削減などを理由とする解雇や雇用調整は珍しくなく、成績不振者や能力不足の社員に対する退職勧奨、普通解雇なども当たり前のように行われている。とかく外国の事はちょっとした変化が大きく報道されがちだ。冷静に現地の事情を分析すると、実際の事象は報道されているほどのことではないということは実に良くある。

 労働契約法第14条についても、期間の定めのない雇用契約を締結しなければならないのは第1項 当該使用者における労働者の継続勤務が10年以上である場合 第2項 略 第3項 期間の定めのある労働契約を連続して2回締結し、(中略)に該当せず、労働契約を更新する場合 とある。

 特に第14条第3項の有期雇用は2回までということの日本での反響は大きく、1回ごとの雇用期間をできるだけ長くして、無期雇用への転換を回避しようというようなことを提案する中国専門家もいた。筆者自身は、この種の議論を行う前に、人事がよく検討いしなければならないのは、この“中略”部分だと考える。第14条で筆者が“中略”とした個所、労働契約法第39条 「労働者が次の各号に掲げる事由のいずれかに該当する場合、使用者は労働契約を解除することができる」と同法第40条「次の各号に掲げる事由の何れかに該当する場合、使用者は30日前までに書面で労働者本人に通知しまたは労働者に対し1カ月分の賃金を支払った後、労働契約を解除することができる」という部分だ。すなわち中国の労働契約法では、雇用契約を解除できる事由を例示列挙している。この点の分析がより労務管理の担当者には重要なのではないだろうか?

以下、列挙する。
39条では

(1)試用期間において採用条件に合致しないことが証明された場合

(2)使用者の規則制度に大きく違反した場合

(3)重大な職務上の過失を犯し、私利のため不正を働き、使用者に重大な損害をもたらした場合

(4)労働者が同時に他の使用者と労働関係を確立しており、本来の使用者における業務上の任務の完了に著しく影響を及ぼすかまたは使用者の申し入れにもかかわらず是正しなかった場合

(5)第26条第1項=詐欺、脅迫の手段によりまたは他人の苦境に乗じて、真実の意思に反する状況の下、相手方に労働契約を締結させまたは変更させた場合

(6)法により刑事責任を追及された場合

第40条の1カ月前の予告または賃金支払いが必要なケースは

(1)労働者が疾病または業務外の負傷により、規定された医療期間(注)の満了後に元の業務に従事することができず、使用者が別途手配した業務にも従事することができない場合

(2)労働者が業務に堪えることができず、研修または職務調整を経た後もなお業務に堪えることができない場合

(3)労働契約の締結時に根拠とした客観的な状況が著しく変化したため、労働契約を履行することができなくなり、使用者と労働者による協議を経ても、労働契約の内容の変更について合意に達することができない場合

とある。

注:医療期間
社員が疾病または業務外負傷で欠勤する場合、前職等も含めた実際の勤続年数とその会社における勤続年数との組み合わせで、会社が有給(賃金の80%以上)で補償しなければならない期間=医療期間(3か月から24カ月)が定められている。

 日本法人の人事労務をご担当されている方々にはすぐにおわかりの事と思うが、お手元にあるご自分の会社の就業規則の普通解雇、懲戒解雇の定めを参照していただきたい。特に労働契約法第40条の例示列挙は、就業規則の普通解雇の定めに酷似しているはずだ。日本では解雇事由についての明快な法の定めがないため、各社就業規則でそれを定めている。中国ではこれを労働契約法で定めている。そうなると、労働契約法施行後、現地の労務管理は、いっそうきめ細かく実施し、それを支える人事制度もガラス張りで分かり易いものが必要とされることになる。それに対する準備は日本の各企業はできているだろうか?

2011年07月01日

第27章 中国事情 その1 ―中国労働法概論 ―

日中関係概況 まずは事実の確認から--- 

 中国の国内総生産がついに日本を追い抜き、世界第2位の経済大国となった。国内総生産をドルベースで比較すると、2010年度は中国が5.88兆ドルに対して日本が5.47兆ドル。前年2009年が、日本が5.07兆ドル、中国が4.91兆ドル(2009年、2010年のそれぞれの対ドル換算レートの変動があるため、単純な暦年の比較は不適当)であったことを考えると、中国経済の急成長振りが伺える。
注:計数はすべて内閣府発表

 一方で日本経済は、小泉内閣の一時期を除いて、約20年にも及ぶ低迷が続いており、この先も少子高齢化、これに伴う社会保障費負担の増加などで、肝心の国家の足元が揺らいでいる。加えて今回の東北の大震災である。日本経済を立て直すためには、近隣で成長著しい中国との良好な関係の構築と維持発展が不可欠であることは論を待たない。

 事実、日中間の貿易面でも、2010年通年の日中貿易は総額3,018億5,540万ドル(前年比30.0%増)と初めて3,000億ドルを突破し、通年ベースで過去最高の貿易高となった。輸出は1,490億9,960万ドル(36.0%増)、輸入は1,527億5,580万ドル(24.7%増)。下表は日中貿易の過去20年の推移だが、若干の凸凹はあるものの、日中貿易はまずは堅調に増加している。 注:計数、グラフともにジェトロ調査による

日中貿易の推移グラフ

 日本の貿易総額に占める中国のシェアは20.7%と引き続き日本にとっては最大の貿易相手国である。振り返れば2004年に中国の日本の貿易総額におけるシェアは米国を抜き第1位となり、以後この状況は今日まで続いている。他方、日本にとって第2位の貿易相手先である米国のシェアは2010年度12.7%と前年比で0.8 ポイント低下し、中国との差は8.0 ポイントにまで拡大した。

 中国に対する日本の直接投資をみると、90年代後半に一時低迷したが、中国がWTO(World Trade Organization 世界貿易機関 自由貿易の促進を目的とする国際機関)に加盟した2001年以降急速に増加。2010年度は財務省統計(速報ベース)によれば6,278億円と、日本の直接投資総額の12.6%。トップの米国、7,982億円(16.0%)に続く第2位の地位。対中投資の特徴は、製造業のシェアが65.7%と高い点だ。やはり、日本の隣国であるという立地関係に加えて、安価な労働力という優位性は今も崩れてはいない。同時に、中国市場の成長性を評価して、卸小売業やサービス業を中心とした非製造業の比率も徐々に高まってきている。また国際協力銀行が行った、日本の製造業企業の海外における事業展開の調査結果をみても、中国は1995年から2010年まで有望な事業展開の相手国として他の国々を圧倒的に引き離してトップのポジションを保っている。中国の在留邦人数をみても、外務省統計では、2008年は127,000人と米国の384,000人に続き第2位の位置にある。たとえば、中国で在留邦人数の一番多いのは上海の48,000人だが、10年前の上海の在留邦人数はわずか5千人強であったという。特に最近10年間をみると、中国は日本にとって大変重要な国となっていることは間違いがない。

 しかしながら、問題は下のグラフに代表される日本人の対中国観である。

 このグラフは、第二次大戦以降日本にとって最も重要なパートナー国である米国、近隣のアジア諸国の中で中国と同様、先の大戦で日本が迷惑をかけた韓国と中国、3つの国に対する日本人の好感度を1978年から2010年まで調査した結果である。

 日本人が持つ米国に対する親近感はこの30年間常に高位置にある。経済ばかりでなく政治・外交面でも常に米国は日本の重要なパートナー国であると同時に、芸術や文化面などでも深い関係があり、日本人にとっては親しみのある身近な国となっている。

 中国と同じく日本の隣国である韓国についても、特に最近の好印象振りが伺える。サッカーワールドカップの共同開催(2002年)や、「冬のソナタ」に代表される韓国ブーム(「冬のソナタ」の日本での上映は2003年のNHKのBS放送から)などもあり、日本人の韓国に対する親しみは堅調に改善していると言えよう。例外的に、韓国に親しみを覚える日本人の割合が2004年の56.7%から、2005年に51.1%(前年比−5.6%)、48.5%(前年比−2.6%)と2年続けてダウンした。この背景は竹島問題。竹島の領土問題自体は今も両国間の懸案事項ではあるが、日本人の韓国に対する感覚は2006年以降は改善され、今は6割の日本人が韓国に対して好印象を持っている。

 対して中国である。日中国交の正常化が成ったのは1972年。その頃の中国は日本人にとっては米国とほぼ同じくらいに親しみやすい国だったようだ。それがまず大きく落ち込んだのは1989年。きっかけはあの天安門事件である。前年の68.5%から51.6%、約17%の急落である。天安門事件をきっかけに日本人の2割弱が中国に対してネガティブな感情を抱くに至った。その意味でも看過できない大きな事件であった。1992年の天皇訪中で若干改善された数値は、その後の江沢民による対日強硬路線で再び悪化した。その後も2005年の中国各地で始まった反日デモ、2010年の尖閣諸島沖の中国漁船の衝突事件など、日本人がもつ中国に対するイメージを損なう大きな事件が生じ、中国に対する日本人の親近感は低くなる一方である。

 このように、米国・韓国とは対照的に、中国は日本にとっては決して良い印象ではない国となっている。筆者の知人にはグローバル人事に携わっている方々も多いが、多種多様な国籍の社員を抱え、公平公正な人事労務を実現するために日々苦労をされている斯様な方々の中でも、きっぱり「個人的には中国は嫌いです」なる意見を開陳される方は珍しくない。一方でその中国と日本は経済面で益々深く結びついている。その結果、既述の在留邦人数の動向を見ても中国に駐在する日本人も増加基調にある。海外に駐在する日本人にとって、人事労務は頭の痛い問題だが、こと中国は他の諸国に比べると一層難しい国のように思える。難問山積。中国における日本人の駐在員の抱える労務問題は極めて多い。

日本の労働基準法に対応する中国における労働の基本法とは? 

 中国における海外人事を論ずるにあたり、人事労務の土台とも言える中心的な労働法を比較分析してみよう。

 個別の労使関係、人事労務の実務を考える際に、日本でもっとも重要な労働法は労働基準法であろう。労働基準法は第二次大戦後の1947年に制定公布された。1945年、46年と連合国最高司令部(GHQ)主導のもとで社会民主化の諸施策が推進され、労働者の保護と労働組合の結成の奨励を狙った労働組合法、労働関係調整法がまず制定公布されたが、個別の労働関係に対応させるため労働基準法が成立した。労基法制定時は、ILOで定められた労働時間などの国際労働基準を念頭に、我が国の労働条件の最低基準を定め、刑罰と監督という強行法規の性格もあわせ持って、労働条件の最低基準の確保を担保しようとしたもの。労働契約との関係を見ると、労基法は、「労働契約を結ぶ場合に守らなくてはならない事項」を定めるのが主目的であり、労基法は、会社と労働者が締結した労働契約の有効か無効かを判断するための基準を示したものではなかった。日本では2008年の労働契約法の施行まで、労働契約に関する包括的なルールは存在しなかった。2008年の労働契約法も、「(従来の主要な雇用形態であった正社員に加えて、契約社員、パートタイマー等々、また派遣や業務委託、請負など)就業形態・就業意識の多様化に伴う労働条件決定の個別化の進展や経営環境の急激な変化、集団的労働条件決定システムの機能の相対的な低下(労働者の組合離れに代表される労働組合の結成率の低下と、景気の長期低迷を背景に賃金の上昇も長期間抑制基調が続き、春闘に代表される賃金交渉が下火となり、労働組合の存在意義、プレゼンスが薄れてきた)、労働者の個別労働関係(解雇、賃金の引き下げに代表される個々の労働者の労働契約に関する事項の)紛争の増加」(「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会」報告から抜粋。脚注は筆者)という最近の労務事情を背景として成立したものである。「労使当事者が社会経済状況の変化に対応して実質的に対等な立場で自主的に労働条件を決定することを促進し、紛争の未然防止等を図るため、労働契約に関する公正かつ透明なルールを定める新たな法律(労働契約法)が必要となり、制定されたもの。労働契約法は民法における契約の考え方を踏まえて、これまで判例等の蓄積で培われた労働契約の締結や解消、就業規則との関係等に関する事項を網羅的にまとめたもので、人事労務の実務家からすれば、これまで実践してきたことを法として後付けに定められたようなものでしかない。したがって、日本における人事労務実務の基本はやはり1947年に制定された労基法と言える。

 一方で中国はどうか?本邦労基法の定めの内、人事労務の現場に共通して重要と思われる項目と中国労働法各法の比較表を以下のように作成してみた。国が違えば、それぞれの法律の律法の背景が異なるのは当然だが、下表からすれば、中国の労務を考える際に、注意しなければならない主要な労働法は、労働法、労働契約法、賃金支払い暫定規定、従業員年次有給休暇条例の4種類ということになろうか。面白い事に、労働法と賃金支払い暫定規定の成立はともに1995年、

日本の労働基準法 労基法に対応する中国の法律
第2章 労働契約 労働法と労働契約法
第3章 賃金 労働契約法と賃金支払い暫定規定
第4章 労働時間、休憩、休日及び年次有給休暇 労働法と従業員年次有給休暇条例
第6章の2 妊産婦等 労働法
第8章 災害補償 労働法
第9章 就業規則 労働契約法

労働契約法と従業員年次有給休暇条例の成立はこれもともに2008年である。その背景を振り返ってみよう。前述の1989年の天安門事件の影響は触れざるを得ない。天安門事件によりそれまで推進してきた改革開放政策が大きく頓挫する。諸外国もこれに抗議し経済制裁で対抗した。1989年、1990年と中国経済は冬の時代を迎える。しかしながら1991年日本を嚆矢とし、天安門事件を理由とする諸外国の経済制裁が次々に解除される。1992年には江沢民・朱鎔基政権下による新しい体制が始まる。江沢民の「計画経済の終焉と競争を正面から見据えた社会主義経済の開始」という言葉に代表されるように、改革開放政策は再び力強く推進されるようになった。人民公社解体後の郷鎮企業(中国の郷(村)と鎮(町)における中小企業)の成功による富裕層が生じ、鄧小平の唱えた先豊主義(先に豊かになれる者から豊かになろうという思想)から極端な経済至上主義が中国全土に蔓延するようになったのも丁度この頃である。1995年の労働法や賃金支払い暫定規定はかかる事情を背景として成立した。特に労働法は、本邦の労働基準法に比べると、雇用契約期間の1年の契約社員を原則とする等、労働者にとっては厳しい労働条件を許す側面があった。

 2001年には1995年の申請以来の悲願であったWTO(World Trade Organization)加盟も成り、2002年からは新しく胡錦涛(温家宝首相の就任は2003年)体制がスタートした。私有財産の保護、外資系企業への一層の門戸開放等の策により、改革開放政策はさらに推進される一方で、前政権の経済発展優先主義を修正し「和楷社会(調和の取れた社会)」、中国社会での格差是正を志向するようになった。2008年に成立した労働契約法、従業員年次有給休暇条例にはかかる背景があり、社会的弱者である労働者の保護を狙っている。ちなみに、本邦の労基法も、民法の契約当事者の台頭原則だけでは不利となる、雇用契約の一方の当事者である労働者の保護を目的として成立している。

 このように、労働実務を考える際には、1995年の労働法と賃金支払い暫定規定(特に労働法)と2008年の労働契約法と従業員年次有給休暇条例(特に労働契約法)を忘れてはならない。また日本の労働実務家にとっては本邦労基法との比較により、中国の労働法体系がより身近に感じられると思う。次章ではこの比較検討を試みてみよう。

2011年06月01日

第26章 単身赴任者の悩み

海外単身赴任は子女の教育問題と裏腹の関係

 海外駐在員にとって、帯同する家族、特に子供の教育問題は頭の痛い問題である。前章では海外子女の教育について俯瞰してみた。これからの企業では、英語などの語学に堪能で、グローバルな市場で活躍できる人材が必要ということは頭ではわかってはいても、いざ自分の子供のこととなると、まずは日本で“立派”な教育を受けさせようとする。親の感情とすれば無理からぬことだろう。しかしながら日本では、今や幼稚園受験のための塾すら珍しくない状況である。筆者の姪も中学生であるが、1年生のときからすでに3年後の高校受験を目指した塾通いの毎日である。海外勤務者がいつまでも自分の子供を手元にとどめておかずに、中学生あるいは高校生ぐらいになると、子供は帰国させて、日本にいる同年齢の子供たちに負けないように受験に備えさせようとするのも、親心なのだとは思う。その結果として、海外勤務者の単身赴任者が生じる。

 何人くらいの海外単身赴任者がいるのだろうか?筆者は今回いろいろと調べて驚いたが、海外の単身赴任について外務省、厚生労働省はじめ行政や、行政周辺のいろいろな機関も含めてこれといった継続的な調査をしていないというのが実態だ。実は今回、この小論を試みるにあたり厚生労働省にも照会したが、海外はおろか、国内の単身赴任者についても最近は調査を行っていないとのこと。

 そこで若干古いが、厚生労働省の平成6年版の労働経済白書「労働経済の分析」によれば、男性の単身赴任者は国内も含めて48万人、男性の雇用者の1.5%に相当する。もっとも、この統計の取り方も、単身赴任はすべて男性という、いかにもお役所らしい理屈で割り切っている。筆者があれこれと探し回った結果、女性の有配偶者の単身者(いわば、女性の単身赴任者)は10万人という数字にたどり着いた。女性の社会進出がますます進む日本社会を考えると、今後は、女性社員が海外への単身赴任を行い、男性配偶者が子供と一緒に日本に残るというケースも出てくるのかもしれない。そういえば、筆者も、知り合いの学者夫婦(二人とも大学の先生だった)のうち、奥さんが2年ほど海外留学をしている間、ご主人は子供と一緒に日本で留守を守っていた。そんな話を聞いた際に、「学者の世界は中々厳しい」といわば他人事のように思っていたが、ビジネス社会でもそんな例が珍しくなくなることも遠くなかろう。 ― 閑話休題 ― それはさておき、先の48万人という男性単身赴任者のうち、海外単身赴任者はそのうちの15%程度と言われている。そこから推し量れば、海外単身赴任者数はおおよそ7万人あたりとなろう。

 国内も含めた単身赴任者に対するアンケート調査で「何年くらいの単身赴任であれば仕方がないと思いますか?」という質問があった。結果は、35%が1年以内、58%が1年以上3年以内であり、合計すれば全体の93%という大部分の者が単身赴任は3年以内が許容限度であるとしている。しかしながら、実際の単身赴任期間は、1年以内が30%、1年以上3年以内が39%と合計すると69%と7割近くではあるものの、3年から5年が19%、5年超が10%となっている。単身赴任者の3割近くは許容限度と考える3年を超える単身赴任生活を余儀なくされている。まさに企業戦士の状態だ。

海外駐在員が壊れていく----単身赴任の事例

 単身赴任事例をご紹介しよう。
 シンガポール。日本にとっては東南アジア、南アジアを中心とした地域への貿易拠点であり、金融市場としても重要な地域である。シンガポールには2,900社もの日系企業が進出しており、在留邦人数も25,000人弱に達する。シンガポールにも日本人会*があり、そこにはクリニックも常設され、心療内科の医師もいるとのこと。

*注 日本人会:海外に長期間在住する日本人の交流組織であり、その国や地域で暮らす日本人同士の交流、親睦などが目的。企業からの駐在員とその家族だけでなく、留学生やその国で国際結婚した日本人なども参加しており、年齢層や職業など広範囲の会員同士で幅広い情報交換が出来る。

 心療内科の受診者のうち、成人の男性は全体の約2割程度、海外から派遣されている駐在員はそのうちの半数。人数からいえば、それほど多いという実感はない。世界各国の生計調査などで有名なマーサ社が発表した2010年の世界各都市の生活環境調査(世界の主要な225都市をマーサ社が調査分析した結果)によれば、上位は欧米オセアニア諸国が占めるものの、シンガポールは28位、これはアジアでは最高位の成績だ。因みに東京は40位、大阪は51位、最近日本人駐在員が増加し、生活環境も随分と改善されたと言われるバンコックは115位とのこと。シンガポールの生活環境がアジア諸国では際立って優良である事が推し量られる。そのような生活環境で働くのであるから、仕事上のストレスはともかくとして、海外で生活をする上でのストレスは他の国に比べるといくらかは少ないように思える。

 さてそこでの心療内科の事例だ。堀氏(仮名)は50歳。これまで日本国内勤務一筋で、これまで海外勤務を上司にも人事部にも希望をした事すらなかった。また堀氏自身も海外で働くことになるなどとは一切想像していなかった。ところが、同じ事業部門で、こちらは若いころから海外経験のある同僚が、シンガポール転勤の内辞を受けた直後に発病、療養が長期間に及ぶ見通しとなったため、急遽堀氏にお鉢が回ってきた。堀氏の子供は一男一女、高校2年と中学2年、いずれも受験を控えて学校と塾の二重生活を送っている。家族会議の結果、堀氏は単身赴任でシンガポールで頑張ることとなった。家族に対し「シンガポールは治安も良いし、衛生面でも心配もないと聞いている。冬に良く風邪をひく父さんだから、年中夏のようなシンガポールはかえって風邪をひかなくて良いかもしれない」などと言い、勇躍現地に赴いた。1年後、堀氏は日本人会クリニックの心療内科の医師から重度の抑うつ状態との診断が下された。

 以下は医師の話である。堀氏は、シンガポール勤務の打診を受けた際に、これまで海外勤務など予想もしていなかったが、内辞を受けていた同僚社員が病気になったことにより誰かが代わりにシンガポールに行かなければならないという会社の事情を良く理解していた。上司や人事部の期待の声に押されて、ついシンガポール勤務を受諾してしまったという事情があった。仕事自体は長年携わっているものなので自信はあったが、部下は全員シンガポールでの現地社員。指示命令も部下からの質問も当然全て英語で行わなければならない。日本語であればもっと正確に、もっとわかりやすく伝えられるはずだというもどかしい思いを繰り返す毎日を送っていた。生活環境が良好なシンガポールとはいえ、海外で生活するのは堀氏にとっては初めてのこと。日本では食事の世話から掃除洗濯にいたるまで奥さんに頼り切っていたため、仕事でストレスを抱えて家に帰ってもホッとしない日々だったという。これで家族がいれば、お互いの毎日のシンガポールでの生活で戸惑った事、失敗した事、新たに発見した事などを話し合い、気分転換もできたはずだが、単身のアパート暮らしでは土台無理な話。せいぜい、スカイプを使って毎日のように家族の顔を見ながら話をするのが楽しみだったという。だが、堀氏は日本に残した家族に心配をかけてはいけないと思い、元気なふりをしていた。

 中国の事例。藤野氏(仮名)は49歳のまさに働き盛り。現地の工場長として着任、2年半後には工場長兼務のまま総経理(日本企業では社長にあたる)にも就任。一層重い責任を担うことになった。総経理就任から10カ月経過した頃、急性心筋梗塞で倒れ死亡した。享年52歳。実は中国単身赴任後は、肥満が進行(BMI32)、高血圧、脂質異常症、糖尿病が合併する典型的なメタボリック症候群だったとのこと。会社の規定に基づき、会社の費用で現地の大手病院で年1回の健康診断を受診していた。健康診断結果はさらに詳しい検査をした方が良いという「要検査」の判定だったが、会社からは二次健診の指示はおろか、健康診断結果に基づく助言指導などは一切なかったという。本人が運動不足の解消にとゴルフをはじめ、2回目のプレー中に急性心筋梗塞に倒れたもの。なお、遺族は、工場長に総経理を兼務するという過酷な業務実態、加えて単身赴任によるストレスを主因とし、会社が健康管理責任を十分に果たしていなかったため死亡したものと考えて、労災の申請をおこなった。しかしながら、日本本社に帰れば社員の立場であったが、赴任先の中国での立場は工場長兼総経理であり、日本の社長・経営者にあたるため、労働者性はないとの判断結果から労働局は労災の受給資格がないとして労災の申請を拒絶した。

 いずれの事例も、別に筆者は単身赴任だから、「重度のうつ状態になった」とか「心筋梗塞になった」と断ずるつもりはない。とはいえ、普通の家族と一緒の生活を送っている状況であれば、家族は「重度のうつ状態」の手前で堀氏の異状に気が付いたかもしれないし、藤野氏が「健康診断で要検査となった」との一言で、二次健診の手当を行ったかもしれない。あるいは、家族が一緒であれば、堀氏は仕事で疲れて帰宅した後も家族との会話でストレスは解消され、うつ状態などには陥らなかったかもしれないし、藤野氏は家での藤野氏の体調を考慮した食事によりメタボリックにもならなかったかもしれない。いずれも“かもしれない”という話で、単身赴任とそれぞれの発症事例との間に明快な因果関係が存するものではない。しかしながら、「家族は一緒に暮らす」という当たり前のことが、仕事を理由に中断してしまうという事態には、あらためて考えさせられる。

コスト至上主義の現われなのか?

 欧米企業では海外駐在に際して、単身赴任という状態は極めて稀である。本人の同意なくしては海外駐在を決定する事はあり得ない。また本人が海外駐在を決定する際には、家族一人一人の意見を聞き、全員が同意することが前提となっている。会社も、家族が納得して現地に帯同してもらうため、海外駐在を打診する段階で、本人と家族を1週間程度赴任予定地に“出張”させる。ここで“出張”という表現をあえて用いたのは、家族にも往復の旅費、宿泊費、日当等、社員と同じ出張規定を準用することが珍しくはないからだ。本人は家族と一緒に、赴任後に住むことになる家を探す。買い物、主治医、子供遊び場などなど生活するために必要な情報を収集する。子供が通う学校にも行き、先生との話し合いを持つ。それらの結果を踏まえて、家族で話し合って、海外駐在に同意するかを決める。仮にその社員から海外駐在に対する断りがあったとしても会社はそれをそのまま受け入れ、本人に人事上の一切の不利益的な取り扱いをしない。これが海外駐在の原則となっている。

 一方で日本はどうだろうか?人事部からは次のような反論が来るだろう。すなわち、単身赴任の背景の大半は、子供の教育問題であり、これは確かに会社が単独でどうこうできる問題ではない。また社員が自ら単身赴任を決断するのであり、会社が単身赴任を強制するものではない。

 先日、筆者はこんな人事部長と会った。業歴は浅いが、上場にも成功した伸び盛りの会社であり、まずは中国はじめ近隣アジア諸国へ積極的に進出しようとしている会社である。「海外勤務は単身赴任を条件としています」「ただし、日本でも単身赴任に対して特別な対応はしていませんので、海外勤務だからといって単身赴任の特別手当などは一切考えていません」「要は、日本で働くのも海外で働くのも一緒で特別な取り扱いはしません。ただし海外勤務だけは一人で行けということです」「家族帯同を希望する社員ははじめから海外勤務をさせません」「とはいってもあまり長く海外に置く事は不味いので海外勤務は1年から3年程度を目途としています」「そもそも海外勤務といえば、通常の給料に加えて、現地での住宅の手配、日本からの引っ越しなどなどただでさえコストがかかります。これに業務とは直接関係のない家族のための費用までを出すつもりはありません」「海外という手つかずの新しい市場で働くという素晴らしい機会を会社が与えているのです。海外勤務中は24時間仕事漬けで、会社の大きな期待に応えてもらいたいと思います」。確かにこの時期日本では珍しい急成長を続けている会社らしい話ではある。しかしながら、そこで働く社員はそれで幸せなのだろうか?

 このような事例は極端な話で、他社ではここまでのことはないと筆者は思う。しかしながら、先日も、海外人事の初任者研修をオブザーブした際、複数の会社が家族帯同と単身赴任の場合の費用の比較を行っているという話を聞いた。最初、筆者は、単身赴任は社員本人と留守家族の二重生活を補てんするため、会社からすれば割高となるので、コスト節減という観点から家族帯同を促そうとの考えが背景にあるのだろうと単純に思った。しかしながら、実態はまるで逆だった。

 そもそも海外勤務にあっては、家族帯同者の場合、家族数に応じた住宅の手配、日本人学校などの社員の子女の学校教育関係の費用等々、本人への給与以外に支払うコストが発生する。これらの費用はいずれも現地の税法では給与とみなされ、その上に所得税が加算される。この所得税まで会社負担となる。実はそれら社員本人以外の費用は馬鹿にならない金額で、比較すれば、単身赴任の海外勤務者の留守家族に対して会社が支払う留守家族手当などよりずっと割高になるとのことだ。ましてや、日本の教育問題もあり、最初に帯同した子女が一定の学齢に達すると、任期途中で家族だけ日本に帰し、本人が単身で任地に残るケースは珍しくない。会社の海外人事はその都度対応しなければならないという手間暇を考えると、海外勤務は最初から単身赴任を奨励する案を検討しているとのこと。

 寂しさを覚えた。高度経済成長下にあっては、日本企業は終身雇用の名のもとに「日本では首を切らない」として長期間の安定的雇用機会を提供していた。その後、日本市場自体が成熟化して成長スピードが鈍化し日本企業も右肩上がりの成長が望めなくなり、長期間の安定的雇用機会を提供し続ける事が難しくなった。その後の景気後退局面が相次ぎ、ついには生き残るため、ある程度のリストラも実施するようになった。やむを得ない流れなのだろうと思うが、日本企業は「絶対に首は切れない」時代から「生き残るためにはリストラ(首切り)は仕方がない」という時代に移った頃から、会社は「コストを最優先し、そのためには何をやっても良い」というような考え方に変わってきてしまったのだろうか?

2011年05月02日

第25章 帰国子女

海外子女、人数は増えてはいるが---

 前章では、海外駐在員を中心とする海外長期滞在者数は、平成14年が約58万6千人だったのに対して、平成20年には75万6千人と、6年間で22%弱の増であるとお伝えした。これは海外長期滞在者が毎年ほぼ3%ずつコンスタントに増え続けているからであるが、仮にこの調子で海外長期滞在者数が増加すれば、平成30年にはその数は100万人に迫ることになる。

 社員が海外に赴任する際、会社が考慮しなければならない問題の一つが社員の子女の教育問題である。日本であれば、会社が社員の子女の教育問題にまで関与する必要はなく、社員が自分の子供を公立の学校に進学させようが、私立を受験させようが、はたまた進学塾に通わせようが、それらの問題の一切に会社は関与しない。筆者の友人の一人も、子女教育では“有名”な学校の近くに引越しをし、子どもをその学校に通わせ、自分は以前よりは随分と遠くなった会社との通勤負担に耐えているが、つまることころはそれも全ては社員一人一人の自由な判断の帰結であり、会社はそれには一切関知をしない。

 海外赴任となると話は異なり、子女教育問題は会社の人事問題の一つとなる。海外の赴任地では日本と異なり日本人の子女が受けられる教育機会は限定されており、社員個人が色々な選択肢の中から自分の子供に最適な教育機会を探し出すような自由度はない。いわば親の仕事の都合で、子女は教育の選択肢が狭まってしまう。ではその実態はどうなっているのだろうか?

海外での子女教育の実態−小学校、中学校の生徒数の変遷 単位:人
  H15 H16 H17 H18 H19 H20
小学校 日本人学校 12,794 13,205 13,798 14,458 14,650 15,017
補習校 12,594 12,836 12,294 12,624 12,997 13,159
現地校 14,631 15,328 16,046 17,017 16,833 17,987
日本人学校+補習校 25,388 26,041 26,092 27,082 27,647 28,176
63.4% 62.9% 61.9% 61.4% 62.2% 61.0%
小学生計 40,019 41,369 42,138 44,099 44,480 46,163
中学校 日本人学校 3,586 3,636 3,860 4,068 4,270 4,323
補習校 3,644 3,665 3,389 3,434 3,572 3,595
現地校 5,213 5,479 6,179 6,703 6,787 7,171
日本人学校+補習校 7,230 7,301 7,249 7,502 7,842 7,918
58.1% 57.1% 54.0% 52.8% 53.6% 52.5%
中学生計 12,443 12,780 13,428 14,205 14,629 15,089
合計 小学生+中学生 (日本人学校+補習校のみ) 32,618 33,342 33,341 34,584 35,489 36,094
小学生・中学生総合計 52,462 54,149 55,566 58,304 59,109 61,252

(外務省統計資料)

 上の表は外務省発表の海外子女教育の実数の推移である。外務省の統計数字では残念ながら、義務教育である小学校と中学校の海外子女数しか把握していないようだが、海外での小学生・中学生の合計人数も平成14年の52,400人から平成20年の61,200人へと増加している。6年間の増加率は約22%と、海外長期滞在者数の増加率と同じ割合となっており、海外の日本人子女も同じように増加基調と言えよう。

 少々面白い傾向が、筆者が勝手に集計した、日本人学校と補習校の占める割合の比較表(斜字で表示)から読みとれる。日本人学校と補習校は、海外の日本人子女に対して日本語教育を行っている。それ以外の学校(現地校としている)では、日本人子女に対する日本語教育は行っていない。日本人学校と補習校の占める割合が小学校では総児童数の6割を超しているのに対して、中学校生徒数では5割程度でしかない。

 次に、少々乱暴な議論を展開しようと思う。小学校が6年間、中学校が3年間であることを考えれば、仮に海外での日本人小学生全員がそのまま海外で中学生になれば、おおよそ小学生数の半分の人数が海外での日本人中学生の人数となるはずである。かなりラフな想定である事は重々承知だが、このようなラフな前提からでも、はっきりとした結論が導き出される。下表は前表の海外子女の中学生数と小学生数の割合を示したものだが、理論値では小学生数の5割近くが中学生数の割合となるはずであるが、実際は3割を前後する割合でしかない。中学生ともなると、海外駐在員は子供の高校、大学などへの進学事情から、子供だけでも帰国させることを考えはじめているように思う。実際、多くの海外駐在員を抱える企業の海外人事の方々からはそのようなお話を伺う事が多い。この乱暴な推定もある程度は的を射ているようだ。

海外子女の中学生数と小学生数の割合
  H15 H16 H17 H18 H19 H20
*参考 中学生/小学生の割合 31.1% 30.9% 31.9% 32.2% 32.9% 32.7%

 社団法人日本在外企業協会が、海外子女教育について定期的な調査を行っているが、最新(2009年)の調査(116企業からのアンケート結果)によれば、海外駐在員が帯同する子供の学校の種類別の割合は、小学生が41%で最も多く、次は幼稚園児の19%、未就学児童の18%、中学生14%、高校生6%、大学生2%という割合だった。それぞれの学校の在学年数の違いを念頭におけば、ここでも、小学校から中学校、高校、大学へと高年齢になればなるほど、海外での子女数は減少してくる。

 同じく、(社)日本在外協会の調査によれば、日本人学校の問題点として、教育レベル、をあげる回答が、全体の19%と最も多かった。続く回答は、赴任地に日本人学校がない(15%)、高校がない(10%)という、日本人学校の存在そのものについてのものなので、この「教育レベル」という提起は大きな問題であるように思う。

注:日本人学校高校は上海で最初の学校が開校されている。

 これが補習校となると、問題点は「教育レベル」がやはり第一位だが、その割合は40%近くにまで上がっている。ここから推論できるのは、海外駐在員が海外赴任する際に子供を帯同するが、任地での日本人学校、補習校とも教育レベルには不安を感じているという現実だ。親の立場からすれば、親が子供にしてやれる最大の支援は十分な教育機会の提供のはずだ。自分の海外勤務を原因として、子供が十分な教育機会に恵まれないのが事実であれば、親としては忸怩たる思いを抱くのではないかと思う。海外における日本人子女の教育問題は一企業で解決できるものではないが、一方で少子化の危険性や、グローバル人材の育成の必要性を声高に議論している政治家諸氏を見ると、海外子女教育の充実、要は海外でも親が安心して子供を学校に行かせることのできる環境の整備を早急にお願いしたいと切に思う次第である。

 アメリカやフランスの海外の学校は「自国の教育をそのまま他国でも広める」という明確な方針があると言われている。すなわち自国内と同じ教育がそのまま海外での教育となっている。これに対して日本人学校はどうだろうか?たとえば、香港の日本人学校は、以下の4つの教育理念を掲げている。

1. 自らの学ぶ意欲をもち、確かな学力を身に付ける生徒(知育)
2. 互いの違いを認め合い、思いやりのある行動ができる生徒(徳育)
3. 健やかで、たくましい心と体つくりに努める生徒 (体育)
4. 自他の文化を尊重し、国際人として歩む生徒(国際性)

 この4つ目の国際性を掲げるのが、日本人学校の共通の特徴のようだ。海外の日本人学校なのだから「国際性」を掲げるのが当然だとの考えなのだろうが、これを掲げた瞬間に、日本人学校は日本の学校の中では特殊な教育の場となる。アメリカやフランスの海外の学校では、このように「国際化」をわざわざ掲げはしないと聞いた。

 日本人学校で教えた経験のある方のコメントをご紹介しよう。「生徒の多くは海外で生まれ、また複数の国を転々としていました。30歳も過ぎてはじめて海外を経験する自分と比べ、そんな経験が出来るのを最初はうらやましいと感じたりもしました。しかしながら生徒たちは誰一人として自分の意志で海外にいるわけではありません。皆一様にできれば日本で暮らしたいと思っているようでした。次はどの国で暮らすのだろうか?日本に帰ってもやっていけるのだろうか?そんな不安を皆抱えていました」そして、この日本人学校の元教師は「だからこそ、日本に帰っても胸を張って強く生きていくことができる学力や情緒を養うことが自分に課せられた役割なのだと言い聞かせました」と結んでいる。海外人事に携わる我々も、真摯に耳を傾けたい意見だ。

帰国子女の適応障害

 外国で教育を受けた子女が日本に帰ってくると“帰国子女”と呼ばれる。考えてみると何故このように子どもを区別して呼ぶ必要があるのか?と素朴な疑問を覚えるが、専門家の研究によれば、彼ら帰国子女は帰国して日本での生活がはじまると、「適応障害や明らかな不適応を起こす」ことが多いという。

 不適応は、まず帰国直後から1か月程度の間を第1フェーズと呼び、カルチャー・ショックや直接的には時差ボケによる疲労困憊が観察される。帰国後1〜3か月程度で、日本語とそれまで親しんだ滞在国での異言語とのギャップから生じる言語的欲求不満が最高になる。言語障害を起こす事も珍しくない。これらの時期を経て、次第に落ち着き、新しい社会や学校との一体感や帰属意識が徐々に芽生えてくるという。

 もっとも、適応には個人差があり、長い間、異文化適用が上手く出来ない事例も散見される。筆者の友人の子息も、友人が15年以上アメリカに駐在し、彼もその間の殆どをアメリカで生活していたため、大学こそいわゆる帰国子女枠のおかげで、日本の有名大学を卒業したものの、その後“帰国”(彼は「国に帰る」と言って、アメリカに渡った)して、現地の会社に勤めている。「日本は自分にとって懐かしい国だが、日本に長く居るとだんだん息苦しくなりアメリカに帰りたくなる。アメリカに帰るとホッとする自分を感じる」と言っている。

 さて、この帰国子女の不適応だが、日本に長く住んでいる友人(外国人)の言によれば、「子供のころに海外で長く生活すると、帰国してからいわゆる異文化のギャップを感じる事は誰にでもある。これは日本人の帰国子女に限らない。しかしながら、たとえば、日本で生まれ育ち大人になってから帰国したガイジンに比べると、海外から帰ってきた日本人の帰国子女のほうが何倍も苦労しているように思う」と。この一言は実は新鮮な驚きだったが、そう言われて、筆者も周囲を見渡してよくよく考えてみれば心から同意できる意見だった。筆者はたまたま日本のインターナショナルスクールを卒業したオーストラリア人を知っている。彼とは何度もオーストラリアで会い、親しい付き合いは今でも続いているが、彼の言葉からは帰国してオーストラリアで苦労したというような事はうかがえなかった。オーストラリア人から見ても彼は根っからのオージーとしか思えないという。もちろん、日本という異文化の中で子供時代を過ごしたのだから、オーストラリアに生まれ育ったオージーとは違う部分はあるのだろうが、普段の生活にはそんな違いを感じさせるものは何もない。また筆者の悪友の一人は、神戸で生まれて名古屋で育ったイギリス人であり、流暢な日本語を強力な武器として、日本を舞台にグローバルなビジネス世界で辣腕を振るっているが、彼の話からも帰国子女としてイギリスに帰って苦労したという話は一つも聞いた事はなかった。今回、この稿を書くにあたり、あえてそのような質問をしたが、「英語がなかなか思い出せずに苦労したので、ローマ字で誤魔化したよ」というジョークで済まされてしまった。言われてみれば帰国子女に相当する英単語は存在しない。あえて英語にすればschool children who have returned from abroadという長ったらしい表現となる。どうも帰国子女の深刻な問題も日本特有の側面があるようだ。

 これは、周囲が帰国子女に「海外は日本と異なる特別な環境であり、帰国したからには日本と言う環境に馴染む」ことを暗に要求するために引き起こされるといわれる。そのような周囲の環境に敏感に反応して、帰国子女自身も海外生活と日本の生活との違い、周囲と自分の違いに必要以上に神経を使い、関心を向けすぎるために不適応が起きるように思う。

 これは帰国子女自らの問題というよりも、帰国子女を受け入れる側の問題なのではないだろうか。異質なものに対する拒絶反応というものが、日本には昔からあるように思う。地方からの転校生が方言を笑われ登校拒否を起こすという不幸な事象も、異質なものに対する不寛容さを示す日本人の典型事例の一つだろう。これは、先日のフクシマ原発事故からの避難者家族の子弟に対して「放射能がうつる」と言ってはやし立てた地元の子供たちの言動にも通じるものがあろう。自分達と“違う”存在に対しては違和感を覚える。違和感を覚えるメンバーが集団となると、違和感が簡単に反発や嫌悪に転じ、攻撃的な言動にうつる。そこには、“違い”に対する寛容性などは一切ない。“違う”世界から来た連中には速やかに自分たちと同化することを要求するとともに、同化しようと努力している過程にあっても、些細な違いを見つけると反発、嫌悪、攻撃を再開する。自分たちとは違う存在は常に排除しようとする。狭小さや不寛容さを見せつけられ、腹立たしく甚だ不愉快ではあるが、そのような子供の世界は大人の社会をそのまま投影したものだ。そう考えると、何ともやりきれない気持ちになる。

 日本人の狭量な島国根性はどんなに時代が経っても拭いさることのできない、身体の奥底に染みついた特徴なのだろうか。日本人のDNAなのだろうか。違いに対する寛容さ、さらには違いを楽しむ余裕、が日本人に広がることで、帰国子女の問題の根っこの部分は解決していくように思う。この違いに対する寛容さ、違いを楽しむ余裕は実はグローバル人材にとって必須不可欠の特性となる。