ENGLISH

<< 第32章 人事管理で失敗を避ける ―国際人事管理― | トップ | 第34章“ ゼネラリストとスペシャリスト” いつまで続くのか、この無意味な議論・・・ ― 人材の育成における日本の非常識 ― >>

2012年01月05日

第33章 人事権限はどこに?・・・ ―国際人事管理―

海外では人事権限はライン長にある

 海外駐在に際しては、日本の労務管理の常識は海外では通用しないと思ってかかるのが安全である。人事労務に関して言えば、日本の常識は海外の非常識であり、海外の常識は日本の非常識である。

 典型例の一つは、人事権。海外では人事権は人事部にはなく、ライン長に委ねる。筆者は、海外駐在に赴こうとする方々に対して、よくこう話をする。日本本社ではまだ部下を持つマネージャーの職務にはついておらず、スタッフとしてマネージャーの下で毎日忙しく働いている社員も、海外の現地法人では、1階級、場合によっては2階級ほど“特進”して、海外駐在と同時にマネージャーとしての役割を果たさなければならない。このような立場になることは珍しくない。新入社員の頃から“人事に関する決定は人事部が行う”ことが当たり前だと刷り込まれてしまった人が、海外駐在に際して、この“日本の常識”にとらわれて、自分の部下の人事上の決定の場面で、マネージャーである自分が決定をせずに人事部に頼ろうという姿勢を見せれば、現地の部下の信頼はなくなってしまう。マネージャーとして当然持っている人事権を行使できないボスは怖くはないし、頼りにもならない。海外駐在員の方々に対して、赴任前に「海外では人事権はライン長にある」と予め話をしておくのは大切だ。

 裏返して言えば、海外での人事部は弱い。人事部は人事上の決定に際して意見を言う事はあっても、ライン長に諮ることなしに決定する事はない。人事部が反対してもライン長が決めた人事案件はライン長の決定通りに実現する。

 以下は日本本社から赴任してきて海外の現地法人で苦労している鈴木人事部長の嘆きである。

 出勤し、いつものように自分の席でモーニングコーヒーを楽しみながら今日一日の予定を確認していたところ、“あの”営業部長が近付いてきた。日本本社からこの海外現地法人の人事部長として赴任してこのかた、この営業部長とは全くもって馬が合わない。

 先日も、営業部長が突然、アシスタントマネージャーで優秀な営業マンがいるので課長に昇格させたいと言いだした(“営業マン”であれば日本語なので彼らにはわからないだろうが、英語でつい“セールスマン”と言ったりすると、『セールス“パーソン”と言ってください。人事部長ともあろう人が女性を差別するのですか!!』とジェンダーフリーを事あるごとに言い募るマーケティングのあの女性部長から、すごい勢いで噛みつかれる。何かというと現地採用のマネージャー連中は人事部長である自分の意見に反対する。全くとんでもないところに飛ばされてしまった!?)。そうそう、あの営業部長の持ち込んできた課長昇格の話だった。人事部長として、一つ目は定期昇格の時期は3カ月先である事、二つ目としてその営業マン(営業“パーソン”だった)は入社してまだ半年もたっていないこと、三つ目としておまけに営業部30人の営業マンの中で一番若いことを理由に挙げて反対をした。これだけ十分な理由があるのだから、こんな滅茶苦茶な話は自分のところで終わるはずだったが、あの営業部長は自分が反対しているとわかると、何と社長のところにこの案件を持ち込んだ。大体、昇格などというものは、何年もの間優秀な成績を収め、社内の誰もが認めるような社員を抜擢するのが正しい。年間スケジュールでは毎年3月に人事部長である自分が主催する全社昇格判定会議で、人事部が作成した昇格候補リストに基づいて4月1日付の昇格者が決定されるべきだ。営業部長だろうが誰であろうが、12月のこんな異例な時期に一人で勝手に決めてはならないはずだ。社長にも人事部長としてそう意見を言った。社長は実は自分の大学の大先輩だ。日本本社でも自分が所属する営業本部長だった人で、昨年からこの現地法人の社長をしている。彼は自分の大学の12期先輩になる。もちろん自分が学生時代には面識もなかったが、この会社に入社して同じ大学の先輩後輩であることが判明してから、何かと目をかけてもらっている。その社長から、「君はこちらに赴任して間もなく、現地の事情にはまだ不慣れな点もあるだろう。君の言う通り異例の措置であることはわかるが、ここは、この現地法人の設立と同時に入社し、ここまで売上をのばして営業部の組織を大きく成長させてきた営業部長の顔を立てて欲しい」と言われた。仕方なく社長の言葉に従ったが、次に同じようなことを言ってきたら、その場で断ってやる。

 さて、今朝は何を言いに来たのだろうか?営業部長の後ろに、見知らない人がいるな。一体彼は誰だろうか?

 「鈴木さん。今日から当社営業部に入ることになったブラッドを紹介するね」「ブラッド。こちらはミスター鈴木。人事のマネージャーだ。入社手続きを彼と済ませ、できるだけ早く営業部に戻ってきて欲しい。入社初日だが、さっそく頼みたいことがある」「鈴木さん。そんな事情だ。忙しいところすまないが、できるだけ簡潔に必要な入社手続きを済ませて欲しい」

 「ちょっと待ってくれ、サム」「ブラッドさんと言うのか?でも今日はじめて会った人だ。僕は面接もしていないぞ」

 「ミスター鈴木。営業部で、新製品を担当する営業の人間を採用したいという話を前から人事部には頼んでいたはずだ。人事部から適当な候補者をあげてこないから、自分が親しいヘッドハンターに頼んでブラッドを紹介してもらった。キャリアも申し分ないし、自分が先月行った面接で彼の優秀さは確認済みだ。先週、営業部の主要な連中とディナーの場を設け、彼らに紹介したがお互いすぐに仲良くなり、一緒にこの会社のために頑張ろうと意気投合したところだよ」・・・この営業部長は人事部長である私をさしおいて、勝手に社員を採用したのか!?人事部長としては頭にくる事態だが、ブラッドには何の罪もないし、営業部の幹部連中には紹介済みとなれば、会社とブラッドとの雇用契約は、口頭だろうと成立しているはずだ。今さらこれをひっくり返すわけにもいかない。サムのやり口には憤懣やるかたもないが、今日のところは仕方がないか・・・サムには後できっちりと文句を言ってやろう。

 鈴木人事部長の嘆きや怒りは、実は海外では見当違いとなる。スタッフの採用はラインが決定する。営業マンの採用は営業部長が決定する。入社日まで鈴木人事部長がブラッドのことを知らなかったという事態はやや普通とは違うが、あり得ない話ではない。親分肌で何事も自分ひとりで決めたいという部長であれば、自ら候補者の面接をし、その場で採用不採用を決定することもあるだろう。鈴木人事部長が強烈にクレームしたとしても「営業マンの採用を営業部長である自分が決めることの一体どこが悪いのか?」と反論されるはずだ。営業部長のサムが筆者のような意地の悪い(?)性格であれば、社長と鈴木人事部長を前にして「実は人事部には、新製品の営業マンの採用は、極めて重要だということを3カ月も前から言っている。新しい製品の特質から、これまでの当社の販売先とは異なる新しい販売先、新しい販売ルートの開拓は不可欠だが、当社の営業マンでそのノウハウを持ち合わせている者は一人もいない。大至急、即戦力となる営業マンを中途採用しなければならない」「サムの要請に対して人事部はすぐに行動しました。職務記述書を作成して、出入りのエージェントにはJob Specificationとして手交し、候補者の選定を指示しています」「ミスター鈴木の協力には営業部長として感謝している。しかしながら、実際のところ、3カ月間、人事部からは一人の候補者のレジメ(履歴書)もあがってこなかった。当社が懇意にしているエージェント、ヘッドハンターは既存の当社製品の業界には強力なコネクションを持っているが、今回の新製品についてはどうだろう。違った業界なので、それほど潤沢な候補者のデータベースを持っていないのではないか?」「人事部の協力が得られないから、自分で行動したに過ぎない。今回の新製品の業界に詳しいヘッドハンターを自分で探し、候補者の選出を依頼した」「採用候補者を連れてくるという人事部の仕事を人事部が果たせないから、自分が自ら行動したまでだ。自分の行動に文句を言うのであれば、人事部は営業が必要としている人材の候補者を私に紹介するという人事部本来の仕事をして欲しい」「ブラッドをミスター鈴木に事前に紹介しなかったことは悪かったかもしれないが、すぐにオファーを出さないとブラッドはほかの会社に行ってしまう可能性もあった。新製品の発売が当初計画した予定より遅くなったり、新製品の販売目標が達成できなかったりすれば、その場合の責任は営業部長である自分が負うことになる」

 そして最後にサムはこう言う。「人事部は新製品の販売が遅れたり、目標を達成しなかったりしても一切の責任を負わないではないか。候補者探しに自分の時間を費やすのは、できれば避けたかったのだが、3カ月間一人の候補者も出てこない現状では、最終的に責任を負わなければならない営業部長である自分が行動しなくてはならないと判断した。人事部がもっとしっかりしていれば、こんな事にはならないはずだ」・・・またまた鈴木人事部長にとっては、理解不能な上に、自分がないがしろにされていると感じられる、忌々しい事態となってしまった。

 そろそろ昼休みの時間になろうとしている。鈴木人事部長は昨晩、同じ駐在員仲間であるA社の浜地さん、B社の若松さんとカラオケバーで飲み、かつ歌い大いに盛り上がったことを思い出していた。浜地さんは5年前に当地に着任した。若松さんも駐在3年を超えるという。ようやく6カ月が経とうとしている自分が、当地ではいわば一番の“後輩”であり、機会あるごとに会って、先輩の二人から色々とこちらの事情を教えてもらっている。3人ともカラオケ好きで、昨晩は、銀座で働いた事もあるという日本人のママが経営するカラオケバーに繰り出した。赴任直後は自分が日本の最新のヒット曲を知っており、他の二人に、曲の振り付けも含めて教えたりもした。残念ながら、自分のヒット曲情報も、日本を離れて6カ月も経つとそろそろ陳腐化してきている。来週、本社で同じ部門にいた後輩が出張で当地にやってくる。夜は自分がカラオケバーに彼を案内して、最新の日本のヒット曲を教えてもらおう・・・というようなことをぼんやりと考えていた。

 そこにマーケティング部長のスザンヌが自分に近寄ってきた。何かというと、「それは女性差別ではありませんか?当地でも日本と同じように差別はしてはいけません。場合によってはセクシャル・ハラスメントにも繋がりますよ」と煩くいう人物で、自分はどちらかと言えば苦手だ。先日の会社の経営幹部会議では、マーケティングの専門知識のない自分の発した質問に対してスザンヌは木で鼻を括るような態度を示した。

 そのスザンヌが今日は満面の笑みを浮かべて自分のところにやってきた。「鈴木さん、お願いがあるの」「ジョンのことだけど、どうにもウチの戦力にならないことがはっきりとしたので、早く人事が彼をクビにして欲しいの」―ジョンは、自分が着任したての頃、スザンヌが採用を決めたマーケッターである。自分も一度面接をして、理路整然としたプレゼンテーションには感心したものの、転職回数の多さとそれぞれの会社での勤続年数の短さに危惧を覚え、当社が採用することには消極的な意見を出したが、着任間もないこともあり、気が付いたらスザンヌ部長の主導で採用が決定していたという経緯があった。「スザンヌ部長。ジョンは入社してまだ6カ月しか経っていないだろう。新しい会社に慣れるにはそれなりの時間もかかるだろうし、もう少し長い目で見たらどうかな?」「マーケティング部門は当社の頭脳部分。立ち止まっているヒマなどウチのスタッフにはないの」「面接ではあれほどジョンを高く評価していたじゃないか」「面接では何とでも言えるわ。実際に仕事をさせたら使い物にならない」「ジョンの試用期間は3カ月だったはずだ。スザンヌ部長はジョンには何の問題もないと言って、ジョンが試用期間を満了し、本採用されることを認めたじゃないか。」「3カ月ではバケの皮は剥がれなかったという事ね。ともかく決定事項なので、あとはトラブルにならないように、人事で上手く処理しておいて。裁判などを起こされたら困るから。ただでさえ忙しいのに」・・・鈴木人事部長「?????」

“海外の常識“がいつも正しいとは限らない

 採用と退職(解雇?)という、二つの例をご紹介した。何れも日本本社で日本流の人事管理に慣れ親しんだ鈴木人事部長を悩ます案件だったがが、海外で人事部長を務めたことがあれば、似たような経験をお持ちの方もいるのではないかと思う。日本では人事上の最終決定に際しては、必ず人事部門が関与し、決定をリードするが、海外では人事権はライン長が握っているのだ。まさに日本の常識は海外の非常識である。

 筆者が海外赴任前にお話をする方々には、日本本社から海外現地法人各社あるいは海外支店の経営幹部やライン長として送り込まれる方々が多い。その方々に、海外では人事権はライン長にあって人事部にはないという話をしておくのは、現地に赴かれた際の戸惑いを避ける意味で大切な事なのだと思う。

 しかしながら、ライン長に人事権が集中している事は、組織の経営上果たして良い事なのだろうか?リスクはないだろうか?

 ライン長としての特定の一人の人物に、配下のスタッフ全員に対する採用から退職までの人事権を与えることのリスクは大きい。事例でご紹介したサム営業部長やスザンヌマーケティング部長の行動は、会社全体の視点に立てば、危うく大きなリスクを内在している。また別の視点からいえば、配下のスタッフも直属上司を常に意識して仕事をすることになり、それがともすれば上司のご機嫌取りに終始する可能性もある。ライン長が経営陣から見て優秀であれば良いが、まあ仕事はできるが、できればもっと優秀な人物に置き換えたいというようなレベルであった場合には、その程度のライン長が人事権を掌握しているということになる。果たしてこれで健全な会社経営が実現できるだろうか?

 特定の人物に権限が集中することの危険性は近代社会になって、ロックやモンテスキューが指摘し、その解決策として権力の分立を考え出した。特にモンテスキューが法の精神で主張した立法、行政、司法の三権分立は現代国家の基本構造をなしている。そのモンテスキューの主張をさらに調べると、彼は三権分立だけでなく、四権分立や五権分立までも提唱していたという。因みに中華民国(台湾)は五権分立を国是としており、共産党に権力を集中させている中国と比較すると面白い。

 三権分立は国家構造を支える仕組みだが、会社組織を考えた場合、権利の集中を回避するというモンテスキューの考え方は、やはり有効ではないかと筆者は思う。ライン長に人事権を集中させるのは、組織経営の健全性を考えた場合望ましくない。

 対応策としては、実は外国企業でも色々と工夫をしている。社員が直属の上司を超えて人事部門や上司の上司に異義申し立てを行う事の出来るGrievance制度を取り入れている会社もある。ただし、この制度は、上司に対する一定のけん制効果はあるとは思うが、十分ではなかろう。またGrievanceにより申し立てられた異義が認められたとすれば、対象となった上司の判断は誤っていたという事になり、誤った判断が下されていた“時間”を取り戻す事は出来ない。結局はこの制度は補完作用しか期待できない。

 日本流に人事部に最終的な人事権限を持たせたらどうか?筆者は実はもともとは邦銀の出身で、人事部門の企画課に籍を置いた事がある。人事部門は企画課と人事権を実際に行使する人事課を中心に構成されており、人事課の諸先輩とも随分と親しくしてもらった。当時の邦銀は旧来の預金と融資業務を中心とする業務から、証券業務に乗り出し、また大規模なシステム開発の必要性から大量の行員をシステム部に傾斜配分させていた。しかしながら人事権を実際に行使して、昇格や昇給、配置転換を決定する人事課に証券業務やシステム業務の専門家はいなかった。知識も経験もないスタッフが社員の昇格昇給を決定していたことになる。公正公平な人事が実現できるものではない。

 解決策として筆者が提唱したいのは、それぞれのラインに人事を置くものである。欧米企業ではライン人事は既に実施しているところもあるが、人事権はあくまでもライン長が握るという考え方は継続している。筆者の考えはこれとも異なるものである。人事権はやはり人事部が握るべきだという日本流の思想は継承すべきであると考える。しかしながら、会社全体の人事本部のような、一極集中の中央集権型の人事体制では社員一人一人に対してきめ細かく目配りもできない。日本流の人事本部中央集権型人事管理が正しいのであれば、人材の流動化など加速したりはしないだろう。日本企業は今でももっともっと活性化していたはずだ。今までの人事本部中央集権型の人事管理の思想では、先行き不透明で不確実性に満ちた現状で、社員一人一人の英知を結集して、躍動感ある企業風土など作る事は難しいと思える。必要なものはNear is Betterの発想だろう。Near is better、現場に近いところに人事を置く。人事本部は持つが、実際の人事権はNear is betterのラインにいる人事スタッフが握る。ライン人事はライン長とまた会社全体の人事本部と密接にコミュニケーションを保ちながら、人事に関しての決定権限を持つというやり方が望ましいように思う。ライン長がいくら推してもライン人事の承認なしに採用を決定する事は出来ないし、ましてや解雇を決める事は出来ない。ライン長の人事管理に欠陥があればスタッフはすぐにライン人事に相談に行くことが出来る。そんな体制が望ましいように思う。

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)